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資料年表:沼田鈴子

沼田鈴子

ぬまた・すずこ 19230730生20110712没 享年87歳 22歳の時、勤務先の旧広島逓信局(中区東白島町)で被爆。崩壊した建物の下敷きになり左足を切断。映画「にんげんをかえせ」(1982年)に被写体として登場。

資料年表:沼田鈴子

年月日 事項 備考
1923
0730
1979
1108 『柔しく剛く 安田リヨウ追想録』([安田リヨウ先生]記念誌編集委員会編、安田学園)
 下駄を手にはかしなさい 沼田鈴子 286
1982
0301 『被爆者の証言 40年間毎日が八月六日だった』(沼田鈴子)
0806 『Know more Hiroshima 10フィート運動記録集』(広島10フィート若者の会)
被爆者に聞く-「にんげんをかえせ」に出演された方々-吉川清・生美 44、沼田鈴子 46、柴崎時彦 48、深見潔・その他 50
0820 『ヒロシマ・ナガサキの証言’82夏 第3号』(広島・長崎の証言の会)
沼田鈴子「欧米へ映画と共に語り部の旅をして」  100
1983
1211 『ヒバクシャ ともに生きる 第2号』(原爆被害者相談員の会)
ヒバクシャとして悔いのない一生のために 沼田鈴子 43
1984
0701 『かけはし 第1号』(YMCA国際平和研究所)
生き残る運命を与えられた私-閃光が奪った左足-  沼田鈴子
1985
0630 『木の葉のように焼かれて 第19集』(新日本婦人の会広島県本部)
青春と足を奪った原爆 沼田鈴子 22
0701 『福祉のひろば 特集23号(通巻126号)』(大阪福祉事業財団)
特集 草の根の平和運動
終戦・被爆40周年――応募手記
1 あの日から/沼田鈴子…112
0725 『ヒロシマを語る』(ヒロシマを語る会)
沼田鈴子 12
0820 『ヒロシマ・ナガサキの証言’85夏 第15号』(広島・長崎の証言の会)
反核・平和のためにも救護の手を 沼田鈴子 65
以下未入力
1993
0430 『青桐の下で 「ヒロシマの語り部」沼田鈴子ものがたり』(広岩近広、明石書店)
1994
0420 『ヒロシマ花一輪物語 被爆者・沼田鈴子の終りなき青春』(川良浩和、山田真理子著、径書房)
 1995
0521 18:00平賀ゼミ(近現代史)2年生15人と一緒に、広島シティ・ホテルで沼田鈴子の話を聞く。<沼田鈴子と白梅女子短大学教養科平賀ゼミ(近現代史)
2011
0712
2013 
 0419  『被爆アオギリと生きる 語り部・沼田鈴子の伝言 岩波ジュニア新書 , 740』(広岩近広著、岩波書店)

田中好一

田中好一

たなか・こういち 18940120生19810709没 享年87歳 [50ヒロシマ・ピース・センター理事]。原爆ドーム保存を推進。
経歴<抄>:材木商田中真三の長男として、広島市天満町に生まれる。1911年広島県立商業学校を卒業、田中材木店を継ぐ。1931年(昭和6年)、山陽木材防腐株式会社(現ザイエンス)を設立し、社長に就任する。1941年広島商工会議所会頭に選任される。1945年8月6日観音町の自宅で被爆し、倒壊した家屋の下敷きとなって負傷するが一命を取り留める。1947年修道学園理事長に就任する。1953年 ラジオ中国(現中国放送)で、地元経済人の協力による公会堂建設を呼びかけ、二葉会を結成し、以後二葉会の世話人となる。1955年山陽木材防腐株式会社会長、1974年広島名誉市民。https://www.koichi-tanaka.info/#h.p_pgNQ5d0V3why

資料年表:田中好一<作業中

年月日 事項 備考
1894
0120 材木商田中真三の長男として、広島市天満町に生まれる。
1954
0625 『ながれ』(村上哲夫)
田中好一(山陽木材防腐株式会社社長)「力持では一番」
1955
0720 『広島評論』(広島評論社)
ヒロシマ原爆10周年を迎えて  田中好一 13
0815 『廣島人物傳 一九五五年版』(広島グラフ社)
田中好一…(25)
1957
0101 『平和都市建設に活躍する人々』(児玉琢雄編、県報関西新聞社)  田中好一氏、 10
1962
1225 『長崎五郎を偲ぶ』(長崎孝)
第2章 思いでの記
磊落な「親分」 田中好一 25
1963
0801 『いづみ ひろしま・197』(広島県警察本部警務部教養課)
公安委員長退任に際して 田中好一 8
1968
1010 『ひろしまの観光 33号』(広島市観光協会)
22 明治人気質 伊藤信之 白井市郎 田中好一 松田恒次
1969
0806 『浜井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会)
稀有の市井の政治家 田中好一 204
1974
0801 『政治経済セミナー 8月号 第900号』(政治経済セミナー社)
広島空港問題について 13
ジェット機乗入れの是非! 田中好一ほか
1976
0725 『山田節男追想録』(山田節男追想録刊行委員会)
第2部 追憶篇 典型的な英国型紳士 山陽木材防腐株式会社会長 田中好一…307
1977
0101 『政治経済セミナー 1月号 第929号』(政治経済セミナー社)
広島空港
ジェット化は是か非か! 10 田中好一ほか
1979
0620 『熊平源蔵追想録』(熊平源蔵追想録編集委員会編、熊平製作所刊)
熊平翁の思い出…田中好一氏…101
0901 『政治経済セミナー 9月号 第961号』(政治経済セミナー社)
広島空港 ジェット就航に思う 4
田中好一・山内敕靖・八百千頭夫・児玉秀一・宮沢弘
1981
0709
1982
0101 『広島日独協会会報 第29号』(広島日独協会)
1.永野巖雄氏の御逝去を悼む 金沢文雄 1
2.田中好一氏の御逝去を悼む 金沢文雄
1992
0320 『広島商工会議所百年史』(広島商工会議所)
4 各会頭とその時代 205
熊平源蔵会頭の時代205/森田福市会頭の時代207/守屋義之会頭の時代213/山縣元兵衛会頭の時代216/山崎吾一会頭の時代219/森田福市会頭の時代(再任)224/柳生昌一会頭の時代225/勝盛達之助会頭の時代227/田中好一会頭の時代228/鈴川貫一会頭の時代(広島県商工経済会)230

長崎五郎を偲ぶ

『長崎五郎を偲ぶ』(長崎孝、19621225)

内容

題字 大原博夫
墓誌 松坂義正
年譜 佐藤清丈
1 弔辞
弔辞 楠瀬常猪 3
弔辞 浜井信三 5
弔辞 松坂義正 7
弔詞 清水多栄 11
弔辞 波多野要蔵 12
弔辞 小畑惟清氏他26氏並団体 14
2 思いでの記
長崎さんを偲びて 大原博夫 19
長崎一家と私 浜井信三 23
磊落な「親分」 田中好一 25
長崎五郎先生の憶い出 原田東岷 27
思い出雑記 蜂谷道彦 30
長崎孝先生へ 薄田太郎 32
五郎先生を想う 村上哲夫 35
五郎おじさん 大貫修郎 36
いろいろな人の印象 長崎英造 38
孝 様へ 長崎茂子 49
思い出一つ二つ 栗栖光代 51
父の思い出 黒田幸子 53
父を偲ぶ 長崎 孝 56
3 長崎五郎13回忌追悼会
 主席者並びに欠席者名簿一覧 75
追悼会を催すにあたりまして 長崎 孝 82
挨拶 原田東岷 85
挨拶 松坂義正 87
長崎先輩と私 三宅 坦 93
「親父」を語る 大内五良 99
責任感の強さ 井上敏夫 102
「広島医学」と長崎先生 西丸和義 105
「健保の長崎」について 後藤 実 108
「火傷の長崎」について 佐々木 亮 111
「学校保健の長崎」について 佐伯益三 115
「相撲界の長崎」について 花木 務 118
政治家としての先生 田村雅人 123
幅のある思いやり 西村徳一 126
公安員長の頃 野口 進 130
ある日の思い出 沢崎嘉衛 134
まとめ役・相談役 吉本寿一 136
研究室の先生 宮庄州男 140
長崎一家 熊平源蔵 143
思い出の一言 成田 猛 146
「無私・無慾」 沓内一知 149
伯父の遺訓 児玉 晋 152
保健への情熱 今川卓治 155
代議士推薦談 岡本与茂一 156
原爆直後のことなど 原田楽一 161
思い出あれこれ 富士波 雄三 164
お礼のことば 栗栖光代 169
閉会の挨拶 原田東岷 172
4 家族・親族・追悼座談会 175
あとがき 189

 

朝永振一郎

朝永振一郎

ともなが ・しんいちろう 19060331生19790708没 享年73歳 物理学者。ノーベル物理学賞(1965年)。

資料年表:朝永振一郎

年月日
1906
0331 誕生。
1949
0601 『科学朝日 第9巻第6号通巻第96号』
自然にどれだけ肉薄しているか(座談会)
中谷宇吉郎・田宮博・岡小天・朝永振一郎 17
1951
0401 『自然 第6巻第4号 通巻60号』(中央公論社)
仁科先生を偲んで(座談会) 朝永振一郎・山崎文男・竹内柾・坂田昌一・中山弘美・玉木英彦 64
1952
1201 『中央公論 12月号 第769号』(中央公論社)
街の人物評論 松野鶴平 永野護 朝永振一郎 36
1954
0501 『科学 Vol.24 No.5』(岩波書店)
座談会 日本の原子力研究をどう進めるか(250-258)
伏見康治・朝永振一郎・田中慎次郎・武谷三男・杉本朝雄
渡漫武男・富山小太郎
1957
0901 『世界 第141号』(岩波書店、1957/09/01)
原水爆の追放
科学と道徳 湯川秀樹 30
科学者として発言する 朝永振一郎 32
戦争は廃絶しなければならない-国際科学者会議声明〔全文〕- 34
原水爆に対する道義的批判は無力か J・A・ジョイス 40
『きれいな』水爆 豊田利幸 46
1959
0101 『世界 第157号』(岩波書店)
〈対談〉朝永振一郎・田中愼次郎「核戦争の危機と科学者の責任」 23
1960
0501 『自然 第15巻第5号』(中央公論社)
グラビア・日本の科学者 1
朝永振一郎 [撮影]菊池俊吉 3
0901 『中央公論 9月号 第886号』
対談: 朝永振一郎・桑原武夫「科学・技術の無用と有用 」 291
1961
1101 『世界 第191号』(岩波書店)
〈座談会〉朝永振一郎・田中慎次郎・福田歓一・(司会)吉野源三郎「核実験再開と全面軍縮-恐怖の悪循環をたち切るもの」34
1962
0801 『世界 第200号』(岩波書店)
パグウォッシュ会議の歴史 朝永振一郎 (147)
1963
0125 『平和時代を創造するために 科学者は訴える 岩波新書476』(湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一編著)
0827 『エコノミスト 第41年 第34号』(毎日新聞社)
この人を評定する 原子力潜水艦問題ととり組む 朝永振一郎 52
1965
0201 『世界 第230号』(岩波書店)
科学と科学者 朝永振一郎 92
1966
0901 『世界 第250号』(岩波書店)
特集 核兵器体系の巨大化と日本の科学者-第三回科学者京都会議の記録-
核抑止政策の矛盾 朝永振一郎 42
1967
0701 『科学 Vol.37 No.7』(岩波書店)
座談会 日本における素粒子論の黎明(388~395)
田村松平・朝永振一郎・湯川秀樹・井上健
0820 『核の傘に覆われた世界 現代人の思想19』(久野収 編、平凡社)
Ⅰ 核の傘に覆われた世界
核抑止政策の矛盾 朝永振一郎 36
1968
0401 『世界 第269号』(岩波書店)
非核武装に関する国会議員各位への要望 大内兵衛・谷川徹三・朝永振一郎・宮沢俊義・湯川秀樹・我妻栄(五一氏) 62
0820 『核時代を超える 平和の創造をめざして 岩波新書687』(湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一編著)
核抑止政策の矛盾 朝永振一郎…14
1971
0801 『今日のソ連邦 第15号』(ソビエト社会主義共和国連邦大使館広報課)
朝永振一郎教授のソ連科学アカデミー外国人会員証 7
1973
0806 『原子爆弾 広島・長崎の写真と記録』(仁科記念財団編纂、光風社書店)
序 朝永振一郎
1001 『世界 第335号』(岩波書店)
「核のかさ」論からの脱却を 朝永振一郎・内山尚三 204
1975
1101 『国際平和研究レポート Vol.30 No.317』(国際平和協会)
核時代の核廃絶への道 朝永振一郎
1201 『世界 第361号』(岩波書店)
〈特集〉完全核軍縮への新しい構想-第二十五回パグウォッシュ・シンポジウムの記録-
核軍縮についての基本的な考え方-パグウォッシュ運動の方向づけ- 湯川秀樹 91
科学と人類 朝永振一郎 96
1976
1201 『国際平和研究レポート Vol.30 No.329』(国際平和協会)
科学と宗教と文明 朝永振一郎
1977
0802 『核軍縮への新しい構想』(湯川秀樹, 朝永振一郎, 豊田利幸編、岩波書店)
朝永振一郎「II パグウォッシュ会議の歩みと抑止論 」 16
1979
0708
0901 『世界 第406号』(岩波書店)
朝永振一郎先生を偲ぶ 豊田利幸 297
1980
0910 『平和研究 第5号  現代日本の平和保障』(日本平和学会)
高榎堯「永振一郎博士とパグウォッシュ運動 」 90
1982
0312 『科学と人間』(朝永振一郎、みすず書房)
0910 『科学者の社会的責任』(朝永振一郎、みすず書房)
1984
0515 『朝永振一郎博士 人とことば』(加藤八千代著、共立出版) U
1991    
1226 『仁科芳雄 日本の原子科学の曙』(玉木英彦、江沢洋編、みすず書房)  
朝永振一郎「仁科先生」  3  
1992    
1215 『軍縮問題資料 12月号 No.145』(宇都宮軍縮研究室)  
朝永振一郎の先駆的警告―死の灰の評価と核抑止論批判―小川岩雄 62  
     

ヒロシマに、なぜ 海外よりのまなざし

『ヒロシマに、なぜ 海外よりのまなざし 渓水文庫』(小倉馨著、溪水社、19790720)

内容<作業中

人名 備考<リンク先など>
7 フロイド・シュモー 資料年表:フロイド・シュモー
21 ノーマン・カズンズ ノーマン・カズンズ博士顕彰事業(広島県医師会)
41 ロベルト・ユンク…
61 アール・レイノルズ…
89 バーバラ・レイノルズ…
101 ロバート・リフトン…
123 フィリップ.ノエル・ベーカー…
143 ガイガー博士夫妻…
159 ライナス・ポーリング…
165 ドミニク・ピール…
171 ユージン・ラビノヴィッチ…
179 二ール・ブレイズデル…
187 アイラ・モリス…
197 ジョーン・バエズ…
203 グスタフ・W・ハイネマン…
209 リチャード・ニクソン…
213 ジョルジュ・ムスタキー…
217 シャーリー・アメラシンゲ…
223 エドワード・ケネディ…
229 エドマンド・ブランデン…

核時代 昨日・今日・明日 リレーインタビュー米の18人

『核時代 昨日・今日・明日 リレーインタビュー米の18人』(中国新聞ヒロシマ50年取材班著、中国新聞社、1995/07/20)

内容

没年月 日
3 はじめに
7 エドワード・テラー氏(物理学者)
23 バートン・バーンスタイン氏(歴史学者)
35 マーティン・シャーウィン氏(歴史学者)   20211006
49 ハーバート・ヨーク氏(物理学者)
75 ガー・アルペロヴィッツ氏(政治・歴史学者)
87 スチュアート・ユダル氏(元内務長官)
101 ライナス・ポーリング氏(物理・化学者)
115 マクジョージ・バンディ氏(元大統領特別補佐官)
129 ガブルリエル・コルコ氏(歴史学者)
145 エレノア・コア氏(児童文学者)
159 カール・モーガン氏(保健物理学者)
179 ブルース・カミングス氏(歴史・政治学者)
207 ダニエル・エルズバーグ氏(元国防総省職員)
233 デービッド・ウェルチ氏(政治学者)
251 ロバート・マクナマラ氏(元国防長官)
265 フィリップ・モーリスン氏(物理・天文学者)
281 ジョン・ゴフマン氏(化学・医学者)
303 バーナード・ラウン氏(IPPNW名誉会長)
321 「核時代 昨日・今日・明日」によせて(坂本義和)
325 あとがき

灼かれてもなお 山口仙二聞書

『灼かれてもなお 山口仙二聞書 西日本新聞連載
』(山口仙二[述]、藤崎真二著、西日本新聞社、2002/07/27)

内容

1 「閃光」に打たれて …17
 史上最悪の「テロ」 …18
軍需工場の町長崎 …20
「一億火の玉」時代 …23
運命の8月9日 …25
死体乗り越え避難 …28
目の前の地獄絵 …30
うじ地獄に苦しみ …33
悲惨な原爆患者ら …35
自分だけの命抱え …38
2 古里・五島での温もり …41
 退院して古里へ …42
よく働いた子ども時代 …44
「キリシタン」の島 …47
鍛えられた日々 …49
工業学校への進学 …52
古里での静養2カ月 …54
3 被爆者運動の胎動 …57
 原爆ぶらぶら病 …58
就職決まらぬまま …60
菓子店の手伝い …63
植皮手術で再入院 …65
入院患者会を結成 …68
長い期間経て発病 …70
命がけで東京陳情 …73
9年間の空白 …75
4 核の恐怖」クローズアップ …79
 杉並から全国へ …80
初の原水禁大会 …82
長野の集会に参加 …85
語り始めた被爆者 …87
援護へ高まる機運 …90
被爆者が初陳情 …92
青年乙女の会結成 …95
被爆証言集を刊行 …97
ABCCへ抗議に …100
なぜ影響調査だけか …102
5 届いた「被爆者の叫び」 …105
 原水協長崎が発足 …106
立場超え被災協結成 …108
長崎で原水禁大会 …111
日本被団協が誕生 …113
原爆医療法が施行 …116
「被爆者の店」開業 …118
6 心も身体も「もろさ」抱えて …121
 「心のもろさ」抱え …122
死のメッセージー …124
会って3日で求婚 …127
報道された結婚 …129
原爆病院オープン …131
美容学校の優等生 …134
小さな家庭の幸せ …136
建設会社の社長に …138
「三女」のメリー …141
7 「核廃絶の願い」世界に発信 …145
 初の海外遊説に出発 …146
知られぬ被爆実態 …148
冷戦最前線を実感 …151
核廃絶、思い新たに …153
安保闘争にも参加 …155
8 なぜ?反核運動の亀裂 …159
 原水禁大会が分裂 …160
二重の被害者に …162
被団協の機能停止 …165
運動統一を模索 …167
運動の広がり期待 …170
9 「真の平和」と「国の責任」問う …173
 援護法を求め運動 …174
厚生省前で抗議 …176
国家補償にこだわり …179
式典での平和への誓い …181
国連での演説決定 …184
世界に向けて訴え …186
カギ握る米国で遊説 …189
10 「核廃絶の心」で世界を結ぼう …193
 ジュネーブでも活動 …196
ゴルバチョフ氏と …199
花輪踏みつけ事件 …201
資料館へ天皇ご訪問 …204
実相切り取る写真家 …206
核兵器廃絶で一致 …209
国の政策を正す …211
法廷で実相継承 …214
核廃絶信じ声を …216
219 年譜
228 あとがき

115,500㎡の皮膚 被爆43年の自分史

『115,500㎡の皮膚 被爆43年の自分史』(山口仙二著、みずち書房、19880815)

内容

9 みみらくの島やま
17 わが家の戦時
22 彦山に住む
31 八月九日
38 大村海軍病院で
46 身度尺で測る
52 べべん仔
59 ただよう日日
66 それぞれの闇
73 十年目の波
82 暗転
89 結婚
96 辻幸江さんの回想-証言
101 テンプラ屋の周辺
108 平和に核は似合わない
117 三人の養女
126 社長時代
132 桃源
140 わだつみの遠吠え
155 皮膚の内側にあるもの
162 蟻のリアリズム
169 お母さんとお父さん
175 資料
185 略年譜

山口仙二

山口仙二

やまぐち・せんじ 19301003生07062013没 享年82歳 長崎の被爆者。「藤居平一聞き書き」作業の中に登場。藤居の紹介で面談。

資料年表:山口仙二

年月日 事項 備考
1930
1003 誕生
 1965
 0729  『炎と影 被爆者二十周年の手記』(長崎原爆者の手記編集委員会編、原水爆禁止長崎県協議会、1965/07/29)
 平和を願う 山口仙二 60
1979
0801 『ナガサキの証言』(鎌田定夫編、青木書店)
山口仙二「原爆に灼かれてもなお」  198
1981
0805 『生き続けて 信州からの証言 第3集』(長野県原水爆被災者の会(長友会))
山口仙二「ナガサキから長野のみなさまへ」 8
1982
0101 『記録・82年 平和のためのヒロシマ行動』(82年・平和のためのヒロシマ行動広島実行委員会)
0601 『地球を覆う草の根のうねり SSDII行動日本代表団の記録1982.6.4-6.24』(第2回国連軍縮特別総会に核兵器完全禁止と軍縮を要請する国民運動推進連絡会議)
SSD-IIにおけるNGO代表の演説
-演説者リスト 112
-国民運動推進連絡会議代表・山口仙二氏の演説 113
0820 『ヒロシマ・ナガサキの証言’82夏 第3号』(石田明・浜崎均編、広島・長崎の証言の会)
資料
SSDIIでの日本NGO演説/発言 荒木武 120 本島等 121
庭野日敬 122 山口仙二 124 栗野鳳 126
1984
0620 『ナガサキ 1945年8月9日 岩波ジュニア新書』(長崎総合科学大学平和文化研究所編、岩波書店)
36 地獄を生きる-山口仙二・谷口稜曄の場合 154
0820 『ヒロシマ・ナガサキの証言’84夏 第11号』(広島・長崎の証言の会)
特集1/反核トマホークとヒロシマ・ナガサキ
被爆者はトマホークを許さない 山口仙二 16
 1988
0815 『115,500㎡の皮膚 被爆43年の自分史』(山口仙二著、みずち書房)
1990
1201 『反核家族のお陽さま 反核家族 1』(本間美智子編、反核家族)
反核家族八月九日に生きよ (長崎市)山口仙二 52
1991
0819 『あすへの遺産 長崎被災協結成35周年記念誌』(長崎原爆被災者協議会)
第二部 四十六年目の証言 163
生きつづけて・山口仙二
1992
0509 『ヒバクシャ ともに生きる 第10号』(原爆被害者相談員の会)
12・11シンポジウム報告
報告2核兵器廃絶と被爆者援護法 山口仙二.16
0730 『ゆるす思想 ゆるさぬ思想 若い世代と語る平和・原爆・いま・未来』(本島等、山口仙二著、こうち書房)
1993
0325 『ヒロシマ・ナガサキ原爆写真・絵画集成2-惨禍の傷跡』(家永三郎 [ほか]編、日本図書センター)
写真集 長崎の証言◎日本リアリズム写真集団長崎支部 161
THE TESTIMONY OF NAGASAKI
長崎原爆病院/山口仙二さん
1997
0330 『原爆被害者からの伝言』(岩手県原爆被害者団体協議会)
二、国際シンポジウムにおける被爆者代表の証言 168
被爆者の証言(ヒロシマ) 伊藤サカエ 169
被爆者の証言(ナガサキ) 山口仙二 172
0417 『人間銘木 藤居平一追想集』(「藤居平一追想集」編集委員会、藤居美枝子)
山口仙二「誤って奥様の寝床に」 134
0524 『未来への伝言 広島・長崎被爆者が綴る証言集』(尼崎市原爆被害者の会)
メッセージ
長崎県被団協理事長 山口仙二……14
2000
1130 『二十一世紀に向けた、三重の被爆者の伝言集』(三重県原爆被災者の会)
発刊に寄せて…日本原水爆被害者団体協議会代表委員 山口仙二…3
2001
0331 『核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ』(核兵器廃絶地球市民長崎集会実行委員会)
被爆者の声 山口仙二 30
2002
0520 『原爆被爆者の遺言集』(鹿児島県原爆被爆者協議会編・刊)
発刊に寄せて
日本原水爆被害者団体協議会代表委員 山口仙二
0727 『灼かれてもなお 山口仙二聞書 西日本新聞連載』(山口仙二[述]、藤崎真二著、西日本新聞社)
1010 『証言-ヒロシマ・ナガサキの声2002 第16集』(長崎の証言の会)
故・鎌田定夫さんの足跡…編集部…25
山口仙二「私利・私欲`自己保身のない平和運動の人」…36
2011
0731 『上空より = From above』(ポーレ・サヴィアーノ著、コンテンツ・ファクトリー)
山口仙二…42、154
2013
0706
1001 『証言-ヒロシマ・ナガサキの声2013 第27集』(長崎の証言の会)
追悼 核兵器廃絶を目指して―闘い続けた 山口仙二さん
「ノーモアヒバクシャ」―不条理への怒りに生き抜いた―その生涯を偲ぶ……「証言」編集部…274
みんなに好かれた山口仙二さん…廣瀬方人…276
『一一五、五〇〇m2の皮膚』―山口仙二著を読む…山川剛…277
2014
 0720  『NHK「ラジオ深夜便」被爆を語り継ぐ』(西橋正泰編、新日本出版社)
 核廃絶訴え五〇年 山口仙二…41
健常者の半分以下の穴しかない気管支…43
ピカッと光っても、音を知らない…46
生きたまま焼き殺される…49
「救援列車」の座席に、人が「置いている」…51
プラットホームに貼り付いた焼けた皮…55
ウジが焼けただれた傷口の肉を噛む…57
ケロイドの植皮手術…59
被爆者の自殺…61
被爆者運動との出会い…64
「戦争がしにくい世界をつくろう」…66
2016
 0601  『関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第2集(2013-2014)』(関千枝子・中山士朗著、西田書店)
 31 蓑輪豊子さんと山口仙二さんの生き方  7

稲賀敬二

稲賀敬二

いなが・けいじ 19280320生20010411没 享年73歳 国文学者。平安文学。1947年広島高等学校文科甲類卒業。広島大学名誉教授。

資料年表:稲賀敬二<作業中

年月日
1928
0320 誕生
1983
0930 『青春回想録 廣高その永遠なるもの 廣島高等学校創立六十年記念』(廣島高等学校同窓会)
稲賀敬二(昭二十二文甲) 「昔《入学》・今《統合移転》」… 347
1993
1001 『落暉燃ゆ 廣島高等学校創立七十年記念誌』(廣島高等学校同窓会)
(昭和22年卒)
昭和十九~二十年日記抄……文甲 稲賀敬二…427
1997
0801 『ヒロシマと廣高 被爆五十二年・回顧と追悼』(廣島高等学校同窓有志の会)
「偶然」の重み 稲賀敬二(昭22文甲)62
2001
0411 没。享年73歳
 2003
0714 『けさや昔の夢のおもかげ 稲賀敬二回想集』(稲賀敬二著、稲賀久美子刊)
0714 『明日何方ぞ迷い猫 : 稲賀敬二遺文集』(稲賀敬二著、稲賀久美子刊)
2004
0331 広島大学文書館設立準備室『広島大学史紀要 第6号』pp.51-81
「記録 稲賀敬二名誉教授 聞取記録」
稲賀敬二名誉教授 聞取記録 – 広島大学 学術情報リポジトリ (hiroshima-u.ac.jp)