資料年表:猪飼隆明
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1944 | ||
| 0213 | 誕生 | |
| 1969 | ||
| 京都大学文学部国史学科卒 | ||
| 2024 | ||
| 0514 | 死去。享年80歳。 | |
| 0515 | 『熊本日日新聞』 | |
| 「猪飼隆明さん死去 歴史学者、大阪大学名誉教授 文化財保護、護憲に注力」 | ||
止
資料年表:猪飼隆明
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1944 | ||
| 0213 | 誕生 | |
| 1969 | ||
| 京都大学文学部国史学科卒 | ||
| 2024 | ||
| 0514 | 死去。享年80歳。 | |
| 0515 | 『熊本日日新聞』 | |
| 「猪飼隆明さん死去 歴史学者、大阪大学名誉教授 文化財保護、護憲に注力」 | ||
止
資料年表:深川宗俊
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1921 | ||
| **** | 誕生。本名:前畠雅俊。 | |
| 1945 | ||
| 0806 | 被爆。 | |
| 1950 | ||
| 0422 | 新日本歌人協会広島支部を中心に「反戦詩歌人集団結成準備会」を広島市内で開く | C |
| 0501 | 『反戦詩歌集第1集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会) | U |
| 0801 | 『戦争はいやだ』(山口健次郎編、暁明社) | |
| 0806 | 『反戦詩歌集第2集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会)反戦詩歌集第2集 | U |
| 1951 | ||
| 0331 | 『私は戦争に生き残った。そして・・・ 15人の戦争記録』(暁明社) | U |
| 深川宗俊「恐怖の街」pp.128-134 | ||
| 0815 | 深川宗俊『歌集・群列-途絶えざる歌抄』(新日本歌人協会広島支部) | 3 |
| 1953 | ||
| 0307 | 深川宗俊(日本歌人クラブ会員)「悲しみに耐えてー『原爆文学』論を中心に」(『中国新聞(夕刊)』19530307) | |
| 1954 | ||
| 0215 | 『風のように炎のように-峠三吉追悼集』(峠三吉追悼集出版委員会、われらの詩の会編、19540215) | |
| 深川宗俊 「芸術は人間のためにある」98 | ||
| 0806 | 『廣島 歌集』(歌集廣島編集委員会編、第二書房) | |
| 深川宗俊 132 | ||
| 1956 | ||
| 0520 | 『川-広島詩集』(深川宗俊・増岡敏和等編、われらのうたの会) | |
| 1959 | ||
| 0201 | 『紫紅の鳥 広島は歌ふ 青史第1合同歌集』(合同歌集編さん委員会編、短歌文学を研究する会「青史」刊 | |
| 紫紅の鳥によせて 深川宗俊 | ||
| 0806 | 『広島-原爆の街に生きて』(深川宗俊(著)「青史」編集部(編)、短歌文学を研究する会) | 5 |
| 1960 | ||
| 1103 | 『かえらぬ鶴』(瀬戸奈々子、白樺社) | |
| 祓…深川宗俊 | ||
| 1964 | ||
| 0801 | 『The Songs of Hiroshima 広島のうた』(大原三八雄訳、「広島のうた」編集委員会、) | |
| 第3部 原水爆禁止を ケロイドの貌 深川宗俊 |
||
| 1966 | ||
| 0401 | 『歌集新選十二人』(新選十二人著、短歌新聞社) | |
| 火 深川宗俊 181 | ||
| 0720 | 『広島はたたかう』(胎内被爆者・被爆二世を守る会) | |
| ABCCとその周辺 深川宗俊 | ||
| 0806 | 『原爆と文化・芸術-その創造と歴史をとらえる』(日本民主主義文学同盟広島支部) | |
| 文学と原爆 深川宗俊 35 | ||
| 1016 | 『加害者への怒り-ABCCはなにをしたか 第1集』(原水爆禁止広島県協議会) | |
| ひろしまの証言-ABCCを告発する- 深川宗俊 42 | ||
| 1967 | ||
| 0301 | 『広島県短詩型文芸合同作品総鑑』(村本節子編、文化企画社) | |
| 深川宗俊 47 | ||
| 1968 | ||
| 0712 | 『ぼく生きたかった-被爆二世史樹ちゃんの死』(竹内淑郎編、宇野書店) | |
| 史樹ちゃんに捧げるうた 211 うた 深川宗俊 |
||
| 1103 | 『キャンバスのうた-神崎敏記文集』(「キャンバスのうた」編集委員会) | |
| 未来をとらえる青年の譜 深川宗俊 23 | ||
| 1969 | ||
| 0515 | 『詩集・ヒロシマ1969-戦後25年アンソロジー[改訂新版]』(詩集「ヒロシマ」編集委員会[大原三八雄・栗原貞子・深川宗俊・米田栄作]編) | 5 |
| 0806 | 『濱井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会) | |
| VII 座談会 その6 出席者 615 中村義男・相原和光・林寿彦・永田守男・村上安恵・高井正文・藤田一雄・大原三八雄・山本康夫・深川宗俊・田辺耕一郎・田淵実夫 |
||
| 1970 | ||
| 0806 | 深川宗俊『1950年8月6日-朝鮮戦争下の広島』(原水爆禁止広島市協議会) | U |
| 1971 | ||
| 0201 | 『河口のある風景 中下煕人歌集』(中下煕人著、青史) | |
| 中下煕人作品の原点をとらえる 深川宗俊 160 | ||
| 0515 | 『朱花 宮前初子歌集 新日本歌人叢書』(宮前初子著、新日本歌人協会三重県支部) | |
| 解説=深川宗俊 169 | ||
| 0804 | 『未来を語りつづけて 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑序幕にささげる 構成詩』(深川宗俊作・構成、原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会) | |
| 1215 | 『流灯 ひろしまの子と母と教師の記録 原爆犠牲国民学校教師と子ども追悼の記』(原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会事務局編、石田明) | U |
| 「流灯」によせて 深川宗俊 276 | ||
| 1972 | ||
| 0715 | 『被爆二世 その語られなかった日々と明日』(広島記者団被爆二世刊行委員会編、時事通信社) | |
| Ⅳ 国、地方自治体と被爆二世 185 4 長崎にて<ルポルタージュ> 深川宗俊 206 |
||
| 0806 | 『夾竹桃(広島はたたかう 第三集)』(「夾竹桃」編集委員会編、胎内被爆者被爆二世問題対策会) | |
| ABCC協定とは 深川宗俊・31 | ||
| 1973 | ||
| 0718 | 『閃光の丘から わがうたまつり 近藤幸子歌集 青史叢書, No.6』(近藤幸子著、短歌文学を研究する会・青史グループ、春陽社出版) | |
| 広島の戦後史に生きる-歌集「閃光の丘から」鑑賞の手がかりを求めて 深川宗俊 189 | ||
| 1974 | ||
| 0925 | 『鎮魂の海峡-消えた被爆朝鮮人徴用工246名』(深川宗俊、現代史出版会) | U |
| 1115 | 『未来にかけるたたかい ドキュメント昭和五十年史 6』(佐藤静夫編、汐文社) | |
| 原水禁運動と分裂 深川宗俊 111 | ||
| 1975 | ||
| 0628 | 『河 民藝の仲間166号』(民藝の仲間」編集部編、劇団民藝) | |
| ヒロシマの青春…深川宗俊…(11) | ||
| 0806 | 『詩画集・ひろしまの子-愛のうた』(深川宗俊(詩)四国五郎(絵)、春陽社出版) | |
| 1976 | ||
| 0430 | 『広島・長崎30年の証言(下)』(広島・長崎の証言の会編、未来社) | |
| 朝鮮人被爆者復権のたたかい 深川宗俊 93 | ||
| 0501 | 『平和教育運動 No.3』(日本平和教育研究協議会編、広島平和教育会館出版部) | |
| 朝鮮人問題をどうとらえるか 155 深川宗俊 | ||
| 0915 | 『坦白抄 短歌とエッセイヒロシマに生きて』(根川由夫著、短歌文学を研究する会・青史グループ) | |
| 跋文 深川宗俊 248 | ||
| 1977 | ||
| 0701 | 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部、) | |
| 占領下における文芸 深川宗俊(30) | ||
| 0806 | 『炎の中の私 第1集』(広島医療生活協同組合原爆被害者の会) | |
| 「炎の中の私」に新鮮な感動をおぼえる 深川宗俊 34 | ||
| 1220 | 深川宗俊『さわだちやまぬ海峡の怨-深川宗俊訪韓レポート』 | U |
| 1978 | ||
| 0724 | 『『生キテ帰ルンダゾ』 親が子に語る戦争と原爆の話 第2集』(日本キリスト教団広島府中教会内平和教育文集編集委員会) | |
| 銃後の体験 火の葬いをうけた韓国人遺体 深川宗俊 13 |
||
| <以下作業中> | ||
| 1982 | ||
| 0401 | 『劇映画・冬のリトルボーイ-対話のための資料集』(深川宗俊編、平和プロダクション) | 5 |
| 1985 | ||
| 1220 | 『紫紅の鳥-青史三十三人集・合同歌集Ⅱ』(深川宗俊(編)、短歌文学を研究する会・青史) | |
| 1990 | ||
| 0806 | 『歌集・連祷-深川宗俊歌集』(深川宗俊、短歌新聞社) | U |
| 1992 | ||
| 0731 | 『海に消えた被爆朝鮮人徴用工-鎮魂の海峡』(深川宗俊、明石書店) | U |
| 2008 | ||
| 0424 | 没。 | |
止
児玉正昭<作業中>
| こだま・まさあき | 1934生20240306没 | 広島県史編さん室勤務期(宇吹)の上司。 |
資料年表:児玉正昭
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1934 | ||
| **** | 生 | |
| 1992 | ||
| 02 | 『日本移民史研究序説』(児玉正昭著、溪水社) | |
| 序-本書の課題と方法-/ 第一編 ハワイの官約移民 第一章 官約移民制度成立の背景 第二章 移民送出の諸要因 第三章 官約移民制度の推移 第四章 官約移民の諸相 第五章 領事報告からみた移住地の状況/ 第六章 官約移民の影響第二編 移民会社と移民 第一章 移民会社の概要 第二章 オーストラリアへの移民-初期移民会社の移民募集とその実態 第三章 ガードループ島への日本人契約移民 第四章 日本人移民の増大に対するハワイの対応 第五章 海外渡航株式会社の研究 第三編 明治後期の日本人移民の諸相 |
||
| 1993 | ||
| 0118 | 学位:博士<文学>(広島大学)取得。 | |
| 2024 | ||
| 0306 | 没 | |
止
マッカーサー、ダグラス<作業中>
| マッカーサー、ダグラス | 18800126生19640405没 | 享年84歳 | アメリカ陸軍軍人。連合国軍最高司令(1945~50年) |
資料年表:ダグラス・マッカーサー
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1880 | ||
| 0126 | 生 | |
| 1945 | ||
| 0919 | ”THE NEW YORK TIMES” | |
| M’ARTHUR CLOSES ASAHI, TOKYO PAPER Orders 48-Hour Suspension for Mocking Comment on Our Atrocity Reports SHARED GUILT-CHARGED Foe’s Editional Says Atom Bomb’s Use Is Inhumane – Other Journals Coopetate [マッカーサー、朝日新聞に発行停止を命令] | ||
| 1964 | ||
| 0405 | 没 | |
| 2016 | ||
| 0929 | 『昭和天皇実録 第9』 | |
| <1945年9月27日>午前九時五十五分御出門、聯合国最高司令官ダダラス・マッカーサーと非公式に御会見のため、東京都赤坂区内の米国大使館に行幸される。 | ||
止
石母田正『歴史と民族の発見 歴史学の課題と方法』(東京大学出版会、19520305)
内容
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止
『ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇』(土屋時子・八木良広編、藤原書店、20190806)
内容<作業中>
| まえがき 土屋時子 1 | ||||
| Ⅰ | 土屋清とはどのような人物か 15 | |||
| 土屋時子 | 土屋清・・・ 昭和の闇と光を生きた劇作家 17 | |||
| 無名の人生 17/ 生い立ち 18/ 予科練・十四歳の挫折 20/ 思春期・占領下の別府 23/ 地下活動家という放浪者 25/ 大分から福岡へ 25/ 福岡から熊本へ 27/ 熊本から牛深へ 28/ 九州から広島へ 30/ 「広島民衆劇場」の研究生として 31/ 「劇団」を立ち上げる 32/ 創作劇『河』の誕生 34/ 小野宮吉戯曲平和賞のこと 36/ 『河』とその後の劇団活動 37/ 劇団とは何か 38/ 限りある命の日々 42/ 見果てぬ夢なれど 44/ |
||||
| 土屋清 | 『河』と私(一九七二年) 49 | |||
| 土屋清 | 峠三吉のこと、『河』への思い 講演原稿メモから(一九七四年) 53 | |||
| 第一の動機 峠三吉のことなど 53/ 第二の動機 「炎の時代」の意味 58/ 叙事と叙情について 65/ 第三の動機 政治と芸術 68 |
||||
| 尊大なリアリズムから土深いリアリズムへ 私にとって西リ演史 (一九八四年) 土屋清 70 はじめに 70 一 戦後史認識について 71 二 政治と芸術について 83 三 叙事と叙情について 136 あとがき 138 |
||||
| 〈資料1〉土屋清略年譜(1880-1988) 140 | ||||
| Ⅱ | 『河』とはなにか 145 | |||
| 八木良広 | 『河』とはなにか、その軌跡 147 | |||
| 一 『河』公演の変遷 147 二 『河』が断続的に上演されてきた理由 157 三 土屋清が描こうとした『河』の世界 160 |
||||
| 池田正彦 | 歴史の進路へ凛と響け 土屋清の青春 169 | |||
| 一『河』がめざしたもの 叙事と叙情 170 二 「われらの詩の会」と「日鋼争議」 173 三 平和運動の分裂と『河』 189 |
||||
| 〈資料2〉『河』上演記録 194 | ||||
| 土屋さんの怒鳴り声(1978年)池辺晉一郎 196 土屋清の頑固なナイーブ(1988年) 広渡常敏 198 土屋清の闇の深さについて(1988年) 広渡常敏 200 “風のように炎のように”生きた原爆詩人・峠三吉の姿を通して(2015年) 林田時夫 203 |
||||
| Ⅲ | 土屋清の語り部たち 『河』を再生・生成すること 207 | |||
| 水島裕雅 | 土屋清の時代と『河』の変遷、そして今 209 | |||
| はじめに 209 『河』が書かれた時代 210 『河』の初稿と第四稿の違い 説明から観客の参加へ 212 そして今 再び核戦争の危機に直面して 214 |
||||
| 笹岡敏紀 | 今、私の中に甦る『河』労働者として生きた時代と重ねて 217 | |||
| はじめに 217 若き日の私と『河』 川崎の地で上演された『河』 218 時代と格闘した土屋清 そのリアリズム演劇論を読んで 219 『河』との再びの出会い2018年「京都公演」を観る 222 |
||||
| 三輪泰史 | 『河』京都公演に思う 半世紀の時をこえて 224 | |||
| 1970年前後 大阪の夜学生を魅了した舞台 224 2018年の京都公演 『河』との再会 226 京都公演の今日的意義 229 補論あるいは断り書き 231 |
||||
| 永田浩三 | 『河』、そのこころはどう引き継がれたのか 占領期のヒロシマを振り返って 234 |
|||
| 自由な表現の場の登場と新たな弾圧 234 抵抗の中で詩が生まれ、絵が生まれ、声が結集した 237 朝鮮戦争に抗い、声をあげる 239 峠たちのこころは、どう引き継がれたのか 241 |
||||
| 四國光 | 『河』と詩画人・四國五郎 243 | |||
| 『河』の中の四國五郎 243 峠三吉と四國五郎 言論統制下の反戦活動 247 四國五郎にとっての『河』 251 市民運動としての『河』 今、何を『河』から学ぶべきか 254 |
||||
| 大牟田聡 | 『河」、もうひとつの流れ 峠三吉とともに歩んだ人びと 256 | |||
| 『この世界の片隅で』 256 『河』で描かれた時代 257 もうひとつの『河』 259 再び『この世界の片隅で』 261 |
||||
| 趙博 | 今日も流れる「川」と『河』被爆のサブカル化に抗して 263 | |||
| 「広島の川」と『河』 263 脱色される「葛藤」と『河』 267 |
||||
| 中山涼子 | 林幸子の詩「ヒロシマの空」にこめられたもの 270 | |||
| 武器になる詩を探して 峠と市河 271 本当のこと 273 |
||||
| Ⅳ | 『河』上演台本(2017年) 279 | |||
| 池田正彦 | あとがき 353 | |||
止
資料年表:甲斐英男
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1927 | ||
| 1120 | 生 | |
| 1980 | ||
| 0918 | 『広島, 全2巻〈歴史と文化〉〈史蹟郷土史〉』(講談社出版研究所著、講談社) | |
| 第一部 広島県の歴史 九、幕末動乱と広島県の成立 甲斐英男 131 |
||
| 1983 | ||
| 0825 | 『広島県の百年 県民百年史34』(有元正雄、天野卓郎、甲斐英男、頼祺一著 山川出版社) | |
| 1985 | ||
| 0117 | 『甲斐英男先生山陽新聞賞受賞記念 講演とディナーの夕べ』(「アンデルセン」6階ホール、1985年1月17日) | |
| 1986 | ||
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第9号』(広島市公文書館) | |
| 軍都広島の都市経営と宇品-広島市会の論議を中心に-(甲斐英男) 29 | ||
| 1989 | ||
| 0206 | 没。享年61歳 | |
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第12号』(広島市公文書館) | |
| 渡辺則文「甲斐英男運営委員の逝去を悼む」 123 | ||
| 0601 | 『追悼 甲斐英男先生』(『追悼甲斐英男先生』出版世話人<渡辺則文・天野卓郎・有元正雄>) | |
| 2016 | ||
| 03 | 『広島市 甲斐英男氏蒐集文書仮目録』(広島県立文書館) | |
甲斐英男
| かい・ひでお | 19271120生19890206没 | 享年61 | 広島県史編さん室時代の上司。 |
止
資料年表:河音能平(かわね・よしやす)
| 年月日 | |||
| 1933 | |||
| 0325 | 神戸市に生まれる。 | ||
| 1964 | |||
| 12 | 京都大学文学部助手 | ||
| 2003 | |||
| 1122 | 死去。享年70歳。 | ||
| 2004 | |||
| 06 | 『延暦寺と中世社会』(河音能平・福田榮次郎編、法藏館) | ||
| 1011 | 『能平のアゴラ―河音能平追悼文集』(河音能平追悼文集刊行委員会) | ||
| 2010 | |||
| 0901 | 『河音能平著作集 1 中世の領主制と封建制』(文理閣) | ||
| 1001 | 『河音能平著作集 2 天神信仰と中世初期の文化・思想』(文理閣) | ||
| 1101 | 『河音能平著作集 3 封建制理論の諸問題』(文理閣) | ||
| 2011 | |||
| 0201 | 『河音能平著作集 4 中世畿内の村落と都市』(文理閣) | ||
| 0401 | 『河音能平著作集 5 中世文書論と史料論』(文理閣) | ||
| 大山喬平「特論 河音能平の時代とその歴史学」 | |||
止
資料年表:朝尾直弘<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1931 | ||
| 1217 | 誕生。 | |
| 1962 | ||
| 02 | 『大阪労音10年史―勤労者芸術運動の一つの歩み』(朝尾直弘編著、大阪勤労者音楽協議会) | |
| 1979 | ||
| 1002 | 受入承諾のハガキ(藤原⇒宇吹) | |
| 1995 | ||
| 0425 | 『朝尾直弘教授年譜・著作目録』(朝尾直弘教授退官記念事業会) | |
| 0429 | 『日本国家の史的特質 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 吉田守男「長崎原爆の照準点」 | ||
| 0429 | 『日本国家の史的構造 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 宇吹暁「日本原水爆被害者団体協議会の結成」 | ||
| 2022 | ||
| 0707 | 没。享年90歳。 | |
『「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい』(「原爆の子」をうけつぐ会、本の泉社、20120806)
内容
| 頁 | ||
| 002 | 宇野豪 | はじめに (「原爆の子」をうけつぐ会会長、修道大学名誉教授) |
| 009 | 第1部 | 応募作品より |
| 009 | えみ かりん(小1) | 『8がつ6にちのこと』をよんで |
| 011 | えきだ あすか(小1) | せかいのへいわ |
| 011 | 森本あやか(小3) | 『おりづるの旅』を読んで |
| 014 | ||
| 014 | 鳥井原聖(小4) | 平和新聞 |
| 015 | 中元達也(小4) | ヒロシマに生まれて |
| 018 | 山下穂乃佳(小5) | 命の大切さ |
| 020 | 大原杏歌(小6) | 戦争はなくなるか |
| 022 | 藤川とも(小6) | 平和と戦争 |
| 024 | 遠藤正隆(小6) | 八月六日 |
| 026 | 尾形萌音(小6) | みんな同じ地球で生まれた仲間 |
| 028 | 渡辺香依(小6) | 命の尊さ |
| 030 | 玖村成(小6) | 後悔の後にあるもの |
| 032 | 好永るり佳(中1) | 平和を世界へ |
| 034 | 蔡志遠(中1) | 身辺の平和 34 |
| 036 | 寺本光希(中1) | 六十六年目を迎えた広島 |
| 038 | 山本研矢(中1) | 身近な平和 |
| 040 | 高部祐香(中1) | 次に伝えていくために |
| 042 | 槙場百香(中2) | 平和の大切さ |
| 043 | 小川稚果(中2) | 知らないことを知ってもらうために |
| 045 | 城代花佳(中2) | 『原爆の子』を読んで私が思ったこと |
| 047 | 八木稜平(中2) | 祖父の被爆体験をうけついで |
| 048 | 佐伯菜那(中2) | ヒロシマを学び語りつぎたい |
| 050 | 田羅理美(中2) | 他校との交流で深めあったこと |
| 052 | 市川里奈(中3) | 原爆の子 |
| 053 | 山田美咲(中3) | 私たちが気がつかなければいけない事 |
| 055 | 柴田龍人(中3) | 画面上の疑似戦争 |
| 057 | 岡智慧(高1) | 『原爆の子』を読んで |
| 060 | 上野結花(高1) | 広島高校生平和ゼミナールの活動の感想 |
| 062 | 鷹屋桃子(高2) | 空がとっても青いから |
| 065 | 秋山唯(高2) | 『原爆の子』を読んで |
| 067 | 川本彩子(高2) | 「世界に平和を」なんて言わない世界 |
| 070 | 芝亮祐(高2) | 『わたしがちいさかったときに』を読んで |
| 072 | 原田葵(高2) | 世界はいま平和か。平和でないとするとそれはなぜか。平和を妨げているものは何。自分に出来ることは何か。 |
| 075 | 加地真理子(高2) | 戦争とは、平和に反するものである |
| 077 | 馬場智大(大1) | 祖父の「記憶」を受け継いで |
| 085 | 梶山栞理(大3) | 私の考える「原爆の子」 |
| 088 | 窪川佐紀(大2) | 私の思う「原爆とむきあう」ということ |
| 092 | 中山結(大学院2) | 『原爆の子』を読んで今思うこと |
| 094 | 龍永直記(33歳) | 『原爆の子』をうけつぐ |
| 098 | 諏訪義圓(39歳) | 『原爆の子』がもたらす気付き |
| 102 | 上田寿世(49歳) | 子どもたちが命輝かせて生きる世界を |
| 105 | 宇城昌里子(49歳) | 命 生かされた つながって |
| 110 | 岡昌子(59歳) | 『原爆の子』を読んで |
| 114 | 大内正子(60歳) | 「母の記憶」から「私の記憶」へ |
| 116 | 藤井幸恵(68歳) | 蒔かれた種たち |
| 119 | (70歳) | |
| 120 | 大越和郎(71歳) | 『原爆の子』と私 |
| 選考委員講評 | ||
| 124 | 大槻和夫 | <委員長>『原爆の子』を受けつぐ文章を読んで |
| 129 | 大井健地 | ヒロシマのなお語られるべきもの |
| 131 | 柴田幸子 | こども達の感想文から思うこと |
| 133 | 三浦精子 | 「原爆の子」をうけついで 選考を終えて |
| 第2部 | 寄稿 | |
| 136 | 海老沼香織 | 広島スタディーツアーを終えて |
| 138 | 渡部久仁子 | 『ヒロシマと私』 |
| 141 | 忍岡妙子 | ヒロシマを伝え続けて |
| 144 | 長田真紀 | 精神の橋をかける |
| 147 | 長田五郎 | 父長田新の願い |
| 第3部 | 集い「『原爆の子』をうけついで」 | |
| 150 | 舟橋喜恵 | 記念講演「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」から学ぶもの |
| 170 | 資料 | |
| 174 | あとがき | |
止