ひろしま 世界平和の聖都

『 ひろしま 世界平和の聖都』(広島原爆資料保存会編・刊、19690801)

内容

刊行のことば(横田工・原爆資料保存会長)
01 目次
<キノコ雲写真>
原爆の広島
物的被害
人的被害
被爆者の苦悩
被爆死亡者と生存者調査
原爆病院
被爆者福祉センター
原爆孤児
健康手帳交付
限りなき思い出
平和記念都市法実施
平和記念施設
平和記念資料館
平和記念館(平和文化センター)
平和記念式典
市民の平和活動の実際
原爆日誌
秘められた原爆関係公文書
市内慰霊碑巡礼(碑文)
被爆者の傷心
製作:(株)浜田写真工芸社

 
目次

戦争遺跡保存全国ネットワーク

戦争遺跡保存全国ネットワーク<作業中

https://sensekinet.jimdofree.com/

過去の戦争遺跡保存全国シンポジウム

会場  備考
1996 00 横浜市(神奈川県) 準備会
1997 01  長野市松代(長野県)
1998 02  南風原町(沖縄県)
1999 03 京都市 (京都府)
 2000 04  南国市(高知県)
 2001  05  川崎市・横浜市(神奈川県)
 2002  06  甲府市(山梨県)
 2003  07  宇佐市(大分県)
 2004  08  館山市(千葉県)
 2005  09  長崎市(長崎県)
第9回(長崎市) 被爆遺跡、平和ミュージアム、端島
2005年8月20~22日。 八太楼(長崎市風頭町)。 参加者250名
長崎大学留学生によるミニコンサート
基調報告 村上有慶「戦争遺跡の現状と課題2005」
特別報告 高實康稔「長崎における韓国朝鮮人・中国人強制連行と被爆」
記念講演 本島等「原爆投下は正しかったのか」(21日)
第1分科会 「戦争遺跡の保存運動の現状と課題」(原田弓子・穂刈清一・新井撥博・村上康蔵・窪田充治・大城一也・森口貢)
第2分科会「戦争遺跡の調査方法と保存技術」(山口秀雄・大城牧子・十菱駿武・北原高子・平川豊志)
第3分科会「平和博物館と若者への継承」(奥山忍・浅川保・赤嶺玲子・安達菜子・各務敬)
現地見学Aコース。涙痕の碑、被爆鳥居、被爆くすの木、長崎大門柱、浦上天主堂、原爆記念講演、爆心地、城山小学校
現地見学B1コース。原爆資料館、出島、ピースミュージアム、岡まさはるき記念資料館
現地見学B2コース。三菱重工、端島(軍艦島)
 2006 10  みなかみ町(群馬県)
 2007  11  国立市(東京都)
 2008 12  名古屋市(愛知県)
 2009  13  松本市(長野県)
2010  14  南風原町(沖縄県)
 2011 15  横浜市・川崎市(神奈川県)
 2012  16  鈴鹿市(三重県)
2013  17  倉敷市(岡山県)
 2014  18  川崎市(神奈川県)
 2015 19  館山市(千葉県)
 2016  20  長野市松代(長野県)
2017  21  高知市(高知県)
 2018  22  豊川市(愛知県)
 2019 23  熊本市(熊本県)
 2020  24  東大和(東京)  オンライン
 2021
 2022  25  広島市
藤川晴美(ピース・ナビゲーター『呉フィールドワーク(戦争遺跡保存全国シンポジウム)』に参加して)(『ヒロシマの子育て・教育』第354号、2022年9月)

原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会

原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会(かき船問題を考える会) 結成日:2015年1月24日

関係資料<作業中

資料名 著者など 年月日 備考
 世界遺産条約の制度と最近の動向(1)  日本イコモス国内委員会  20171211  紙1枚
原爆ドーム近くのかき船(料亭)営業を許すな かき船問題を考える会・広島自治体問題研究所 20171220 冊子
 DSC06506 (2)
 表紙の写真説明
 A 世界イコモス・アローズ会長<右端>に訴える高校生平和ゼミの生徒  20151101
 B 裁判提訴  20150611
 C 景観問題シンポ  20160723
 D 料亭船「かなわ」 20171125

 

 

せこへい美術館

せこへい美術館<作業中

年月日 会場 備考
01 2002 原爆資料館・留学生会館 せこへいのあるフォトコンテスト
02 2003 まちづくり市民交流プラザ まちブラ・せこへい美術館
03 2004
04 2005
05 2006
06 20070721~26  旧日本銀行広島支店  せこへい美術館
07 2008
08 2009
09 2010
10 2011
11 2012
12 2013
13 20140810~20  旧日本銀行広島支店   せこへい美術館 世界の子どもの平和のための美術展2014
14 20150818~13  広島県民文化センター  せこへい美術館 せかいのこどものへいわの美術展2015
15 2016
16 2017
20180811~17 旧日本銀行広島支店   せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展
20190810~18   旧日本銀行広島支店  せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展
20200808~16  旧日本銀行広島支店  せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展
20210817~22 旧日本銀行広島支店 せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展
 20220726~31  広島県立美術館県民ギャラリー展示室5  世界の子供の平和像(せこへい)をつくる会ヒロシマほか

 

 

ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔

ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔

(正面)平和宝塔
〔副碑〕
(正面)第二次世界大戦中にポーランドの
アウシュビィッツで、ナチズムの
反ユダヤ政策の犠牲となった人々
の霊がここに眠っています。この
非人道的な惨劇はヒロシマの体験
と共に、決してくりかえされて
はなりません。
私たち一人一人の心の奥に
ひそんでいる貪欲、怒り
無智を深く反省し、人間の真
の心を培い、ひらきましょう。
(英文略)
(裏面)昭和四十八年五月十二日建立
ヒロシマ、アウシュビィッツ委員会

平和の灯奉讃会

平和の灯奉讃会

設立:1965年1月25日
代表者など:
出典
関連資料

平和の灯

建立年月日:1964(昭和39)年8月1日

場所:広島市・平和記念公園

 

 

(裏面)

平和の灯

〔説明板〕

「平和の灯」は数十万原爆犠牲者の霊を慰めるとともに 核兵器を禁止し 永久平和を建設しようといふ日本国民の祈願により建設されたものであり 核兵器が地球上から姿を消すまで この灯は燃えつづけるであろう

この灯は争う心ではなく 無償で献げる心の結晶である

昭和三十九年八月一日

平和の灯建設委員会

 

*現在 説明板は撤去されている

 

1963年6月、核兵器禁止平和建設広島県民会議は、原爆死没者慰霊碑付近にオリンピックの聖火台のような「平和の灯」を建設することを計画した。この計画は、同年12月3日の核禁会議全国幹部会で取り上げられ、核禁会議が700万円を募金することが決定された。

灯の設計は、丹下健三が担当し、64年5月27日、「平和の灯」の起工式が挙行された。灯台は、原爆死没者慰霊碑と同じくコンクリート素打の工法で、高さ3メートル、幅13メートル、両手が力強く灯を掲げる姿を表現し、灯は、平和を求める積極的な姿を示したものであった。

起工式に出席した丹下は、設計者としての意図を、「安らぎを象徴するハニワ型の慰霊碑だけではもういけない。いまひとつ動的な平和の象徴が必要な時代だ」と語っている(「中国新聞」64年5月28日)。

「平和の灯」点灯式は、約1万人の参列のもとに64年8月1日午後7時から開始された。点灯に用いられた火は、伊勢神宮、東西両本願寺など全国12宗派から寄せられた「宗教の火」と溶鉱炉など全国の工業地帯から届けられた「産業の火」であった。

 

<「年表:核兵器禁止平和建設国民会議」へ

 

被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会

被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会

創立時会長:早坂昭

no  位置
1  西応寺
2  広陵高等学校
3   広島YMCA。
撮影日 20200301 撮影者:宇吹暁
IMG_20200301_141949
IMG_20200301_142122
IMG_20200301_142049
4  日本福音ル-テル広島教会
5  広島女学院
8月6日に除幕された広島女学院の原爆の絵碑には、本校の卒業生で、オーストラリア在住の絵本作家である森本順子さんの絵本「MY HIROSHIMA」(「わたしのヒロシマ」)から、7枚の絵が採用されています。(『広島女学院報』第 143 号 2004(平成16)年10月1日)
6  天満小学校
7  福島生協病院
8  フジグラン広島
9  原爆の動員学徒の碑
 (広島赤十字原爆病院メモリアルパーク)
10  広島医療生協共立病院
11

 

 

原爆犠牲建設労働者・職人乃碑(全国建設労働組合総連合会・広島県建設労働組合)

全国建設労働組合総連合会・広島県建設労働組合
原爆犠牲建設労働者・職人乃碑

 設置場所:広島市中区大手町一丁目9番(元安橋東詰南)
設置日:1988年8月5日
撮影日:2017年8月6日
撮影:宇吹
DSC05990
 正面
慰霊 原爆犠牲建設労働者・職人之碑
 背面
 全建総連に結集する43万人の総意にもとづき 原爆の犠牲となられた建設労働者・職人と家族の霊を慰め 地球上から一切の核兵器をなくし 平和で豊かな社会をつくることを念願しここに建立する 1988年8月5日 全国建設労働組合総連合会・広島県建設労働組合
 原爆の犠牲となった広島と長崎の多数の建設労働者や職人及び家族の御霊を慰め、再び、いかなる国のいかなる民族も犠牲者となってはならないことを後世に伝えるため、広島と長崎にそれぞれ碑が建立された。碑は、住宅の屋根をかたどっている。原爆関係の慰霊碑等の概要 – 広島市公式ホームページ|国際平和文化都市 (hiroshima.lg.jp)

 

広島損害保険史

『広島損害保険史』(荒谷輝雄編、保全社、19561225印刷)

内容<作業中

章節
1 前史
2 損害保険統制会中国支部時代
3 戦争保険
4 被爆都市の損害
5 原爆と戦争保険会
6 原爆犠牲社員
3 日本損害保険協会広島地方委員会時代
4 戦後の広島市
5 各社広島支店の発展
6 全日本損害保険労働組合広島地方協議会時代
7 損害保険代理業協会
8 各種災害共済保険
付録
保全社の生立