『占領期の出版メディアと検閲(プレスコード) 戦後広島の文芸活動』(著者 広島市文化協会文芸部会編、勉誠出版、2013/10/27)
内容
頁 |
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005 |
総論(岩崎文人) |
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GHQ / SCAP占領下の文学-表現への欲望とその抑圧 |
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戦前の言論統制…5
未曾有の出版状況…9
地方文壇を牽引した文学者 / 同伴者…11
占領下の文学者…13
CCD(民間検閲支隊)による検閲…16
検閲と原爆表現…24 |
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039 |
散文 |
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高揚への軌跡(岩崎清一郎) |
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焼け果てて樹々のみ黒き…39
原爆は敬遠・回避-反「中国文化」…46
「反戦」と「希望」-A・マルローに倣って…49
自己表現に魅せられた高校生たち…50
中央へのレジスタンス-「世代」の気負い…53
山っ気のめざすところ-「天邪鬼」…54
「原爆」への関与、占領期からの脱皮…55
ゆかりある作家の列伝(抄)…57 |
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071 |
児童文学 |
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「ぎんのすず」(広島図書)を中心に(三浦精子) |
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はじめに…71
子どもの本の発行…76
おわりに…102 |
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107 |
総合雑誌・サークル誌・大学高校文芸誌 |
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若い才能の開花と挫折(長津功三良) |
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はじめに…107
廃墟の中からの新しい出発「総合雑誌的なもの」…108
活発な職場活動の台頭・総合雑誌的な「サークル誌」…123
青年達の華麗な開花「高校・大学の文芸誌」…125 |
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131 |
詩 |
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詩誌の活動を中心として(福谷昭二) |
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はじめに…131
戦後初期の広島県内の詩誌・詩集…132
広島市における現代詩の復活…135
広島市の総合詩誌「地核」の活動…140
詩誌「われらの詩」とヒロシマの詩…146
現代詩の追究-詩誌「ABSURDE」…153
戦後現代詩への道程-「ABSURDE」101号から「知覚」へ…157
おわりに…163 |
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167 |
俳句 |
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戦後広島の俳句の復興者たち(飯野幸雄) |
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はじめに…167
占領期の広島俳句界の動向…169
プランゲ文庫と俳句…176
広島俳句前史…179
戦後の広島の俳句雑誌の創刊と創刊者たち…182
おわりに…210 |
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211 |
短歌 |
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1945-1954(山本光珠) |
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はじめに…211
昭和二十年(一九四五)後半…212
昭和二十一年(一九四六)前半…223
昭和二十一年(一九四六)後半…240
昭和二十二年(一九四七)…249
昭和二十三年(一九四八)…254
昭和二十四-二十七年(一九四九-一九五二)…256
独立以後…263 |
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266 |
年表 |
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274 |
刊行に至るまで(山田夏樹)…274 |
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276 |
あとがき (山本光珠) |
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目次
止
いしゅたる社(堀場清子)
『いしゅたる』
No. |
発行年月日 |
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備考 |
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5 |
198407 |
特集 わたしたちは核に反対する |
U |
6 |
198506 |
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U |
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8 |
198602 |
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U |
11 |
19910204 |
|
U |
12 |
19910901 |
『青鞜』創刊八〇周年記念特集号 |
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13 |
19920101 |
特集 真珠湾半世紀を迎えて反戦を訴える |
U |
14 |
19930410 |
特集 中国と結ぶ |
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15 |
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16 |
19951201 |
特集 原爆50年 |
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詩
いま 生きている人たちに 平野町子 2
かつて存在した”地球”という星の寓話 堀場清子 12
エッセイ
大きな骨は先生ならむ… 光成ヤエ 4
被害者責任 加納実紀代 7
被爆者だった私 古浦千穂子 8
原爆の悲惨を友に伝える手紙 断簡 藤節子 14
今井病院日記 今井泰子 16
かの閃光に 山本節子 19
接点 24 |
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17 |
20020707 |
特集 わたしたちは戦争に加担しない |
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止
あき書房刊行物一覧(広島平和記念資料館蔵)
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1980/08/20 |
呉鎮守府沿革誌 呉鎮守府副官部著編 |
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1981/05/01 |
呉海軍工廠造船部沿革誌 呉海軍工廠 |
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1982/09/20 |
廣島市地名索引 廣島灣要塞司令部編著 |
|
1984/03/01 |
呉案内記 池田幸重著 |
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1984/08/01 |
懐しい瀬戸内と広島 アルバム八十八景(明治40年頃)・増訂改版広島みやげ(明治38年) 藤谷寅蔵編著 |
|
1985/10/10 |
呉 明治の海軍と市民生活 呉公論社編 |
|
1993/03/01 |
廣島海軍監督官受持區域工場名簿 廣島海軍監督官事務所編 |
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1993/11/10 |
奠都祭博覧会遊覧乃栞―附 教師の見学旅行日誌― 瀧山瑄著 |
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1997/10/01 |
似の島陸軍検疫所-廣島・宇品名勝記念写真帖(復刻) |
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2006/11/10 |
廣島市案内記 復刻 昭和四年当時の地図と営業別住所入明細図 |
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2008/01/25 |
復興前後の廣島案内図 |
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2008/11/25 |
大日本職業別住所入明細圖 地図で見る 造船の街 豊田郡木ノ江町・安芸の小京都 賀茂郡竹原町 大正15年発行の復刻 |
|
2008/11/25 |
岩国 戦前の面影 昭和十七年四月発行 大日本職業別明細図 山口県岩国市復刻 |
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2009/06/1 |
廣島市綜合圖鑑[広島市綜合図鑑] |
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廣島商業地図 軍都と廣島 附厳島全図[広島商業地図]復刻 明治34年4月新版 |
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広島市地図 復刻版 昭和33年広島市街地図 業種別早見表付 地図でみる広島あのころ今、甦る |
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2010/08/15 |
昔ながらの情緒残る街、福山 昭和15年当時の福山市内地図(復刻) |
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戦時下の廣島 復刻 昭和十四年当時の地図と職業別明細図廣島市(番地入) |
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呉 海軍の街 (明治・大正・昭和) 呉市街地図 (四枚) 復刻版 |
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2012/05/10 |
呉鎮守府沿革誌 復刻新装版 呉鎮守府副官部著編 |
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2012/10/15 |
大日本職業別明細圖 佐伯郡・山形郡全図 : 昭和の想い出 昭和12年 |
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2013/03/27 |
明治・大正・昭和の移り変わり 廣島市街地図(五枚) |
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廣島の想い出 昭和十五年番地入大廣島市街地図 |
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2015/07/01 |
大廣島市街地図 附厳島地図 都市計画線入・番地入 昭和八年三月 |
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2015/08/01 |
原爆被爆前後 広島市内電車運転の推移 長船友則著 |
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2017/10/16 |
番地入大廣島市街地圖 昭和9年7月 |
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2017/10/16 |
新廣島市地圖 廣島縣地圖並都市計畫 昭和22年6月 |
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以下 宇吹蔵 |
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20150701 |
大呉市計画区域地図 市制施行30周年記念 大阪毎日新聞呉通信部同販売所発行 |
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20150801 |
呉海軍の街 |
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20220520 |
大廣島市街地図 附厳島地図 都市計画線入・番地入 昭和14年7月 |
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20220520 |
最新廣島市街地図 昭和15年3月8日 陸軍運輸部検閲済 |
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止
長崎原爆の戦後史をのこす会 2013年発足
サイト:
資料
資料名 |
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原爆後の75年 長崎の記憶と記録をたどる |
長崎原爆の戦後史をのこす会編、書肆九十九合同会社刊、 |
20210831 |
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止
広島映画センター 設立:1972年4月
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出典:『広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版) 』( 広島映画センター、広島平和教育研究所 1985/5/1) |
広島平和記念資料館所蔵文献
書名 |
著者 |
出版者 |
出版年 |
青葉学園物語 |
広島映画センター企画 吉本直志郎(原作) |
1980/5/31 |
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 |
広島映画センター、広島平和教育研究所 |
1982/5/28 |
はだしのゲン2 戦後激動編 |
ゲンプロダクション製作、広島映画センター(製作協力) |
1985/1/1 |
広島平和教育映画ライブラリー上映手引書 (改訂版) |
広島映画センター、広島平和教育研究所 |
1985/5/1 |
PEACE&シネマ 広島平和教育映画ライブラリー10周年記念誌 |
広島平和教育映画ライブラリー編 |
1987/1/1 |
ヒロシマの青春 飛翔 広島文団連50年誌 |
広島県文化団体連絡会議「50年誌」編集委員会 |
2012/12/15 |
『軍都廣島 「廣島」と「ヒロシマ」を考える』(清水章宏、橋本和正著 広島県労働者学習協議会編、一粒の麦社、20110711)
頁 |
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02 |
はじめに |
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05 |
軍都廣島 |
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「軍都」とは 5
軍都廣島の発展の特徴 12
広島に大本営 27
陸軍墓地 39
広島の郷土部隊 52
「廣島」と「ヒロシマ」 65 |
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74 |
マレーシア・シンガポール日本占領下の住民虐殺 |
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軍人にあこがれた叔父 74
広島の郷土部隊「歩兵第一一連隊」 77
シンガポール占領と華僑粛清・「検証」 84
裁かれた戦争犯罪 100 |
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|
止
止
『広島 爆心地中島』(原爆遺跡保存運動懇談会編、 新日本出版社、20060806)
内容
頁 |
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備考 |
001 |
推薦のことば―改訂版刊行にあたって―(浅井基文) |
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第一部 爆心地 中島―あの日、あのとき―(元大正屋呉服店を保存する会・原爆遺跡保存運動懇談会編) |
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013 |
発刊にあたって |
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あの日、あのときを(諏訪了我・元) |
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平和な世界を創るために(河瀬正利・) |
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019 |
原爆で消された繁華街 |
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025 |
一 ただ一つ残った建物、ただ一人の生存 |
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①元安橋西詰めに建つレストハウス…………………25
あのとき………………26
水の竜巻だ……………28 |
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033 |
二 駆けつけた人々の見た惨状 |
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②相生橋の東詰め、橋上から…………………………33
産業奨励館は、まだ燃えていなかった(午前九時ごろ)………33
一面火の海(午前一〇時過ぎ)……………………34
おびただしい遺体、積み重ね熱風を避ける(午後四時から夜に)………36
③中島本町、慈仙寺周辺………………………………39
上体は白骨化(正午ごろ)………………40
火を噴く慈仙寺(午後二時ごろ)………41
燃料会館の外枠だけ残る(午後二時ごろ)………42
焼け崩れて、踏み込めず(昼過ぎ)………………43
焼け跡に炎がゆらぐ(午後四時過ぎ)……………44
焼け残った燃料会館で(夜)………・……………45
パンク修理のままの姿で(七日朝)………………46
先生のまわりに子どもたちの骨が(七日朝)…………48
④本川左岸、元柳町一帯…………………………50
突然天井が落ちてきた(六日朝、八時一五分)………51
中学生がたくさん倒れている(九時ごろ)……………53
中学生や女学生の遺体が(七日朝)……………………55
⑤材木町………………57
焼け落ちて家の軒は一つも見えなかった(午後三時ごろ)…57
臨月だった妻の骨が、三人の子は行方不明(七日朝)………58
たくさんの骨がバラバラに砕けて(七日朝)…………………60
近所の人はみんな死んだ(七日朝)……………………………62
⑥天神町………………64
首のところだけ白骨化(七日朝)…………………………66
母の骨をさがして(七日夕方から八日朝)………………67 |
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073 |
三 全滅した建物疎開作業動員学徒・国民義勇隊 |
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建物疎開作業の経緯と中島地区の生徒の被害…………73
⑦新大橋界隈の県立二中生徒の被害…………………………76
血路は川だ(六日八時一五分)……………………………76
二〇〇〇人もが押しかける(被爆直後)…………………77
「水ッ。水をちょうだい」(一〇時ごろ)………………78
川の中に這い降りていく女学生(午後二時ごろ)………80
無数の死体(六日夕方)……………………………………80
散乱する焼死体(七日午後二時ごろ)……………………82
⑧新橋付近の市女生徒の被害…………………………………83
焦熱地獄が眼前に(六日昼ごろ)…………………………83
顔はふくれ上がり(夕方)…………………………………84
死体を山にして、つぎつぎ火葬に(七日昼過ぎ)………87
工事現場から、真っ白い二体の遺骨が(一九四七年夏)……89
⑨県立工業学校生徒の被害…………92
青い色をした光の玉……………92
⑩中国新聞社国民義勇隊全滅……………………99
皮膚はただれ、誰がだれかわからない(被爆直後)………99
川面を巻き上げる火焔竜巻(被爆直後)……………………101
⑪川内村国民義勇隊の被爆……………………103 |
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107 |
あとがき |
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第二部 働突の悲劇はなぜ起こったのか―その明暗を分けたもの― |
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113 |
はじめに |
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115 |
一 広島の建物疎開動員学徒の被害は全国最大 |
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(一)学徒動員………………115
(二)一、二年生への配慮………………115
(三)建物疎開……………115
(四)広島の建物疎開動員学徒の死亡者数は全国の半数以上……116 |
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二 なぜ、一、二年生が動員されたか |
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(一)七月初旬の出動会議―学校側の反対と軍部の強圧…………117
(二)「軍責任者」とは……………………119 |
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(三)○○中将とは…………………………120 |
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(四)藤井中将も秋吉内政部長も被爆死…………………122 |
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123 |
三 明暗を分けた教師の判断 |
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(一)七月下旬―再び教師が「無謀な計画」と反対…………123
(二)八月五日―その一―「非国民」と言われても…………126
(三)八月五日―その二―「教頭が責任を取ります」………129
(四)八月六日―学校長、軍命令を無視して教室待機を指示……134 |
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別表 |
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138 |
建物疎開の状況、作業場所 |
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140 |
当日建物疎開に出動していた学校・死亡者数 |
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143 |
おわりに |
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145 |
改訂版編集後記 |
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ISBN 4-406-03306-8
『せこへい 平和をつくる子どもたち』(世界の子どもの平和像を広島につくる会編、部落問題研究所刊、20020806)
内容
章部 |
見出し |
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私たちの反核平和アピール |
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第1章 |
せこへい誕生3 |
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1 |
せこへい誕生-世界の子どもの平和像が広島にできるまで4 |
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2 |
せこへいデザイン・コンペ26 |
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第2章 |
せこへいたちの夢31 |
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1せこへいの心、平和の心中本小百合/2スウェーデンとサダコとせこへい 池田かおり/3夢に向かって西原理乃/4平和って何?飯田和浩/5「せこへい」を始点として大井赤亥/6私にとっての「せこへい」熊谷篤/7命、平和、そして環境貝原史香/8せこへいストリー鈴木慎二 |
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第3章 |
せこへいにかける夢67 |
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第1部 |
インタビュー三題 |
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(1)大牟田稔さんに聞く68 |
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(2)秋葉忠利広島市長と子どもたちの会見録74 |
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(3)平岡敬さんインタビュー80 |
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第2部 |
サポーターたちの夢92 |
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好永良子/福島俊を/盆子原賢治/奥田秀樹 |
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第4章 |
現代の平和モニュメントを求めて大井健地103 |
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おわりに |
澤野重男118 |
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機関誌『せこへい』 掲載内容一覧 |
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No.1 |
20000501<発行年月日> |
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No.2 |
20000801 |
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No.3 |
20001101 |
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No.4 |
20010310 |
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No.5 |
20010610 |
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No.6 |
20010806 |
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『年刊せこへい2005』(世界の子どもの平和像をつくる会ヒロシマ、2005/08/06)<23頁> |
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執筆者(50音順)
浅井基文
安斎育郎
池崎美代子
石井あみ
井上ひさし
大井健地
大原穣子
北浦葉子
きたがわてつ
黒坂黒太郎
こうの史代
澤野重男
谷光愛子
寺岡由樹
那須正幹
原健二
肥田舜太郎
福島俊を
盆子原賢治
M.イクバル
森住卓
森田俊男
吉田ルイ子
吉永小百合
好永良子
高校生の平和メッセージ |
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止
『部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ』(田阪正利編、部落問題研究所、20000501)
内容
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若い人たちへの贈り物 |
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苦楽をともにしたあゆみ |
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推薦の辞 |
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序にかえて 軍都・広島と庶民 |
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一 軍都・広島の形成 15
1 鎮西鎮台第一分営/2 鉄道と港湾の整備/3 専制的権力の確立
二 兵役と暮らし 22
1 日本の軍事行動/ 2 兵役と労働力/ 3 戦争犠牲者と国の責任
三 戦費調達と県民の生活 31
1 戦費/ 2 戦争と県民の生活
四 軍備拡張の思想 36
1 日清戦争・その後/ 2 軍備拡張の思想 |
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Ⅰ |
わが町「ふくしま」 |
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一 広島市と福島町-地勢と産業 41
1 デルタの町/ 2 軍需/ 3 川田村から福島町へ
二 底辺の暮らし 50
1 缶詰工場/ 2 年季奉公/ 3 乳幼児死亡
三 戦前の福島の活動1 組織的活動 60
1 福島町民一致協会の活動/ 2 県水平社福島支部の活動
四 戦前の福島の活動2 課題別活動と町民有志の活動 67
1 夜学校と福島小学校/ 2 青年団と子供会活動/
3 福島の医療機関/ 4 福祉・医療及びその他の活動
五 総括 79
1 戦前、福島の解放運動のあゆみ/ 2 戦前から戦後の活動へ/
3 福島町と「解同」 |
|
|
Ⅱ |
福島の原爆災害 |
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一 被害者と加害者 91
1 弔いと祈り/ 2 終戦の詔勅/ 3 アメリカの良心
二 劫火 98
1 学徒動員/ 2 救護活動/ 3 それから
三 若い人たちに伝えたい-未解放部落被爆者の手記 105
1 差別と貧乏/ 2 若い人たちに伝えたい
四 福島町の被害 113
1 建物の被害/ 2 人的被害/ 3 総括 |
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|
Ⅲ |
原爆症 |
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一 原爆症の解明へ 123
原子爆弾災害調査研究特別委員会の結成
二 菊池日記 127
1 菊池日記/ 2 遭難/ 3 巡回診療
三 米軍による原子爆弾障害調査 134
1 リボーの日記/ 2 原爆による人体影響の調査/
3 調査資料の収集と加害調査
四 原爆行政 142
1 原爆行政/ 2 プレスコード/ 3 原爆傷害調査委員会(ABCC)
五 被爆者とともに1 151
1 ブラックボックス/ 2 治療研究体制の再建/ 3 死の灰/
4 原水爆禁止署名運動
六 被爆者とともに2 159
1 負の遺産/ 2 原子爆弾後障害研究会/
3 被爆者運動の発足/ 4 NGO被爆問題シンポジウム |
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Ⅳ |
福島の被爆者 |
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|
一 福島被爆者の会の活動 173
1 福島被爆者の会の結成/ 2 福島被爆者の会の活動/
3 運動の発展/ 4 手記集『壁』の発行
二 貧困と被爆の後遺 182
1 老人実態調査から/ 2 病院のカルテから |
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Ⅴ |
戦後、福島の解放運動 |
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一 戦後の福島 190
1 戦後の福島/ 2 太田川放水路改修反対闘争
二 「住みよい町づくり」の運動 195
1 診療所・病院建設と生協運動/ 2 子ども会活動/
3 住環境の整備とその影響/ 4 高齢者福祉の運動/5おわりに |
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参考資料 |
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あとがき |
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『被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために』(全国被爆二世団体連絡協議会・原水爆禁止日本国民会議編、新泉社、20010715)
内容
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はじめに3 |
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広島からのメッセージー10 |
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長崎からのメッセージー12 |
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Ⅰ |
被爆二世問題の理解のために 15 |
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被爆二世問題とは何か 16 |
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|
<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22 |
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被爆二世の体験と願い 24 |
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夕力ちゃんが死んだ日 24 |
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|
語らなかった父 31 |
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今なお続く健康不安 35 |
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<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40 |
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このような思いを二度としないですむ世の中に 42 |
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被爆二世の誇り 44 |
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|
二世運動に参加するまで 47 |
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|
被爆二世運動の今後の課題 52 |
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|
韓国被爆二世の思い 56 |
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|
<コラム>日韓被爆二世の交流 62 |
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|
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64 |
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Ⅱ |
放射線の遺伝的影響 67 |
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放射線の遺伝的影響 68 |
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<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64 |
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放射線の次世代への影響 86 |
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Ⅲ |
被爆二世健康影響調査の問題点 119 |
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放射線影響研究所と被爆二世健康影響調査 120 |
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だれにとっての、何のための調査か 125 |
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Ⅳ |
被爆二世問題の解決に向けて 135 |
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被爆二世運動の現状と課題 136 |
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<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146 |
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資料 |
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(1)被爆二世運動の概要 148 |
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(2)被爆者援護法に基づく被爆者対策 150 |
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(3)被爆二世健康診断 154 |
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(4)被爆二世・三世の要求 156 |
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(5)国の見解と被爆二世団体の主張 157 |
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(6)被爆二世健康影響調査(二世調査) 161 |
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(7)各自治体の被爆二世対策 165 |
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被爆者からのメッセージ173 |
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<コラム>被爆体験をどう継承してゆくか 22
<コラム>三世はどうなるのでしょうか 40
<コラム>日韓被爆二世の交流 62
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>「韓日被爆二世シンポジウム」共同宣言 64
<コラム>共和国の二世との初めての出会い 146 |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。