年表:核禁会議の主な動き(前史)

年表:核禁会議の主な動き(前史)

年月日 事項 備考
19540325 米国政府が3月1日に水爆実験を行ったビキニ環礁の危険区域をさらに拡大すると発表したことに対し、海員組合が「拡大反対」声明表
19560309 第五福竜丸被災2周年を迎えた3月1日、米国が再び4月20日以降同区域を拡大して核実験を行うとの声明に対し、海員組合はアメリカ大使館に水爆実験中止を要請。
19570304 原水協が、米国のクリスマス島の水爆実験場に抗議船団を出すとの計画に、海員組合は「死地への船団派遣は特攻隊的行動」と反対を声明。
0322 全労執行委員長は、英国労働党、英国労働組合などに対し、「原水爆の実験禁止」を要請。
19580228 アメリカ政府の14日発表の春から夏にかけての核爆発実験に対し、海員組合はアイゼンハワー大統領に即時中止を申し入れ。
19580805 全労第21回執行委で、7月14日、国際地球観測年の観測行事に参加しようと赤道付近に赴いた「拓洋」「さつま」の2船が太平洋上で強烈な放射能を受けたことに対し、国際アピールを行い、国際自由労連および各国労働組合に訴えることを決定。
19600801 東京・四谷の主婦会館で、全労・民社党が中心となって「原水爆禁止運動全国討論集会」を開催。決議文とアピールを採択。
19610801 被爆者を救おうと、広島で「原水禁全国討論集会」開催。
0815 特定のイデオロギーに奉仕し、特定の国に敵対する原水協運動から、人類愛に基づく全国民的な運動をめざそうと、東京・千駄ヶ谷の東京都体育館に全世界の平和を希求する全労会議、父母会議、日本婦人連盟などの団体・個人約1万人が集まり、核兵器禁止・平和建設国民大会を開催(代表者・松下正寿立教大学総長)。
0915 ソ連の死の灰に抗議する「国民大会」を開催。九段会館に2000人が参加。ソ連に対する抗議など5決議。
1031 午後3時から8時にかけてソ連大使館に50メガトンの死の灰に抗議の提灯デモ。約1万人が参加。
19611115 8月15日に開かれた「核兵器禁止・平和建設国民運動の組織化に関する決議」に基づいて、東京・神宮外苑の日本青年館に5000人が参加して核兵器禁止・平和建設国民会議(略称・核禁会議)の結成大会が開かれ、正式に核禁会議がスタート。

出典:『核兵器廃絶の叫び 核禁会議二十年史』