7月忌一覧

7月に亡くなった人々

没年 名前 よみ 享年 備考
01 2000 宇都宮徳馬 うつのみや・とくま 93 月刊誌「軍縮問題資料」を私費を投じて発行する など一貫して軍縮を訴え続ける。
02 1993 中野清一 なかのせいいち 88 広島大学名誉教授。元立命館大学教授。「あゆみグループ」を組織し、原爆孤児を支援。
04 1981 木村功 きむら・いさお 『広島県現代文学事典』
06 1992 大原三八雄 おおはらみやお 87 「世界原爆詩集」(角川文庫)を編集。広島女子大学・広島工業大学名誉教授。『広島県現代文学事典』
07 1990 愛宮真備 えのみやまきび 92 フーゴ・ラッサール=ドイツ生まれのイエズス会員。広島市の幟町天主公教会(幟町教会)で被爆。世界平和記念聖堂を建設することに尽力
08 1992 木村毅一 きむらきいち 88 京都大学名誉教授。京大理学部の助教授時代の1945年8月、調査団員として広島入り。
09 1981 田中好一 たなかこういち 87 [50ヒロシマ・ピース・センター理事]。原爆ドーム保存を推進。
12 2011 沼田鈴子 ぬまたすずこ 87 22歳の時、勤務先の旧広島逓信局(中区東白島町)で被爆。崩壊した建物の下敷きになり左足を切断。映画「にんげんをかえせ」(1982年)に、被写体として登場。
13 1979 小倉馨 おぐらかおる 588 広島平和文化センター事務局長(1977年~)。[69原爆被災資料広島研究会]。原爆資料館館長。英文翻訳でお世話になる
13 2011 末宗明登 すえむね 84 1988年から2005年まで広島県原爆被害者団体協議会<金子一士理事長>事務局長。「広島被爆者団体連絡会議」の事務局長も経験。
14 1976 山崎与三郎 やまさきよさぶろう 86 [69原爆被災資料広島研究会]。
14 1994 ユンク、ロベルト  ゆんく 『広島県現代文学事典』
18 2017 日野原重明 ひのはら・しげあき 105 聖路加国際病院理事長。
19 1895 大木惇夫 おおき・あつお 87 詩人。広島市天満町生まれ。本名・軍一。広島商業学校卒業。1941年、文化部隊宣伝班の一員として、ジャワ作戦に配属。『広島県現代文学事典』
21 1992 徐立伝 じょりつでん 70 広島刑務所内で被爆した中国人
24 1991 志水清 しみず・きよし  84 元広島大学原医研所長。
24 2011 増岡 博之 ますおか ひろゆき 88 67年衆院選(旧広島2区)に自民党から出馬、初当選し、当選8回。この間、厚相、党国対委員長などを歴任
26 1980 今中次麿 いまなか・つぎまろ 87 [52広島平和問題談話会](広島大学政経学部教授)。[54世界平和集会世話人(発起・常任)]。広島大学名誉教授。世界平和評議会評議員、第1回原水爆禁止世界大会議長、広島平和教育研究所議長。『広島県大百科事典』で中村義知が紹介。
28 2010 増岡敏和 ますおかとしかず 82 8月6日(1945年)には海軍の予科練(飛行機練習生)で松山航空隊に入隊、8月6日頃は軍隊疎開で愛媛県の南部の深浦町にいた。敗戦の数日以内に広島市に帰る。祖母、母、長妹(原爆死)、次妹被爆弟たちは学童疎開中。
 30  1980  山下 義信  やました・ぎしん 95  元参院議員。1945年に原爆孤児を養育する「広島戦災児育成所」を創設、参院社労委員として原爆医療法制定に尽力。
31 2001 小寺 初世子 こでら・さよこ 大阪国際大法政経学部教授、広島県立広島女子大名誉教授、国際法。論文:「朝鮮人被爆者の法的地位」(『広島女子大学文学部紀要 第7号』1972)