母の自分史

私の想い出 やす

左:「自分史」を書くように勧めた際に渡した暁のメモ

右:上記のメモととも手書き原稿が入れられていた袋の表書き

無題
<自分史の冒頭>
大正10年1月19日生、安芸郡矢野町字**、**吾一郎の五女として生まれる。
父 吾一郎
母 キクヨ
長男 次郎   矢野町在住
長女 キヨノ  **筆雄と結婚 50歳にて死亡
次女 千代   **太郎と結婚
三女 ユキ   宇吹静男と結婚 21歳にて死亡
四女 シズ   幼児中死亡とのこと 記憶なし
五女 ヤス   三女ユキ死亡後の後妻として意志なきままを結婚させられ今日に至る
六女 キミ   **節郎と結婚 43歳にて死亡
次男 一士   焼山**家に養子縁組現在に至るいつわり多き 一生と思う 夏草の

茂る季 生れしと 亡母言いませり

私が五年生、妹きみちゃんが二年生の時、合同で学芸会をした写真が一枚残っている。「乞食と王子」。妹が「乞食」で私は陸軍大臣か何か大臣になって演じた。父は乞食の配役に文句を言っていた。妹は上手に演じた。ハワイ帰りの**さんが英語で歌をうたった。美しいベールをかぶりながら。今の学校の様に主役でもめる事はなく先生が適役を決められるので芸達者が主役で面白かった。
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つづく