原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の一部を改正する法律案(大原亨君外13名提出)の提案理由説明

原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の一部を改正する法律案(大原亨君外13名提出)の提案理由説明

衆議院社会労働委員会、1959年11月28日

○大原議員

私は日本社会党を代表して、わが党の提案いたしました原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の一部を改正する法律案(原子爆弾被爆者等援護法案)に関しまして、提案の趣旨及び内容のおもな点を御説明申し上げます。

わが党は今日まで、原爆被害者救援の問題は生きながらにして死の恐怖に直面する原爆被害者を守る運動であり、原水爆禁止の運動は実験検による被害を含んで、将来一人の原水爆被害者も作らないという運動であって、この二つは表裏一体であるとの考え方より一貫して努力して参りました。

すなわち原水爆禁止に対する固い決意を前提としてのみ被害者救援の運動が成果をあげ得るものであり、被害者救援の決意なくして原水爆禁止運動の結実はあり得ないと考えるものてございます。一部の人々が運動発展の歴史を無視いたしましてこの二つの運動を切り離して考え、原水爆禁止の運動を非難するがごときは、その意識するとしないとにかかわらず原爆の被害を過小に評価することによって戦争の準備を正当化せんとする、誤った考え方に起因するものといわねばなりません。特に広島、長崎のあの惨劇の後十四年間、歴代の保守党内閣がこの恐るべき原爆症の科学的、社会的実相を国の責任において明りかにする努力を怠っていたことは人道的にも非難されなくてはなりません。

わが日本社会党は、昭和三十二年のいわゆる被害者医療法を抜本的にこの際改正して総合的な援護立法を制定することを主張する理由として次の四つの点をあげたいと存じます。

その第一は、原爆の投下は国際法規に違反する、非戦闘員をも対象とする大量無差別の殺戮行為であるという点であります。日本の加盟する一九○七年締結のハーグ陸戦法規の第二十二条は「交戦者は外敵手段の選択につき無制限の権利を有するものに非ず」と規定し、同第二十三条A項では「毒又は毒を施したる兵器を使用すること」及び同条E項においては「不必要な苦痛を与うべき兵器、投射物その他の物資を使用すること」を禁止しているのであリます。そればかりではありません。一八六三年のセント・ペテルスブルグ宣言は、戦争の必要が人道の要求に一歩を譲るべき技術上の限界を決定している赤十字条約にも違反しており、空戦における軍事目標主義(空戦法規第二十四条)に反し、さらに一九二五年五月のジュネーブ議定書及び一九四八年の集団殺害防止処罰条約の精神に違反するものであることは明白であります。

日本がサンフランシスコ条約において締約国との間における一切の賠償請求権を放棄したとはいえ、被害を受けた国民の要求権を無視したものではなく、少なくとも講和条約締結の日本国政府が被害者に対する義務を負担するものであって、賠償が戦勝国のみに保障されるものであっては、人道を名にする国際法は無意味といわなければなりません。このことにつきましては、以上二つの点にわたりまして、去る十一月十九日の社会労働委員会におきまして、藤山外務大臣を招いて質問した際も、藤山外務大臣は私のその主張に対しまして、同意を表明いたしたのであります。要するに、原爆被爆者の損害に対して国は責任を負うものであることは明らかであります。

第二の理由は、原爆による傷害作用はいかなる凶器や毒ガス、細菌などよりも致命的被害を与えるものであり、特に被爆後の十四年の今日も放射能の影響によって死亡するものもあり、遺伝的影響をも与えることが実証されているのであります。わが国の放射能医学の第一線の権威である日赤の都築博士は「人体の細胞の中の核に放射線が作用するということが明らかになった。核の中の染色体だけに作用するという障害因子は細菌や毒薬にはなく放射能だけだ」と述ぺているのてあります。

第三に、いわゆる医療法は原爆症の特殊性を認めた立法でありますけれども、この医療法は実施三年にしてその法的な欠陥が明らかとなり、医療の目的を達するためには国の責任による生活保障が不可欠となったのであります。

第四に、社会立法との均衡上の問題でございますが、今日公務員すなわち軍人軍属に国家保障を限るということは、当時国家総動員法などから見て不当であるばかりでなく、戦犯や引揚者に対する恩給や一部保障軍がなされていることからも被爆者の家族及び遺族に対する援護は当然といわねぱなりません。

以上の理由によりまして、わが党は次の項目を骨子とする原爆被爆者援護のための法律改正を提出いたす次第でございます。

第一に、現行医療法の治療認定基準を拡大し、被爆者の負傷または疾病が原子爆弾の傷害作用に関連しているもののすぺてを対象とすることにいたしました。

第二に、医療給付を受ける被爆者に対して援護手当を支給することにいたしました。この際援護手当は栄養補給など医療中の被爆者の家族の生活援護であって、いわゆるボーダー・ライン層を含んだわけであります。

第三に、医療を受けるため労働することができず、このため収入が減じたと認めるものに対しまして、援護手当とは別個に医療手当を支給することにいたしました。

第四に、健康診断または医療給付を受ける被爆者に交通手当を支給することにいたしました。

第五に、被爆死亡者の遺族には三年に限り、一人年額一万五千円の給与金を支給することにいたしました。ただし戦傷病者戦没者遺族等援護法の規定による年金、給与金を受けるものを除外いたしました。

第六に、被爆死亡者の遺族に、一人につき十年以内に償還すべき記名国債で三万円の弔慰金を支給することといたしました。

第七に、厚生大臣の諮問機関として被爆者援護に関する重要事項の調査審議のため原爆被爆者等援護審議会を置き、この審議会には被爆者及び死亡者の遺族代表も加えることにいたしました。

第八に、原爆の影響を総合的に調査、研究、及び治療をし、原爆症患者の医療と福祉向上のため原子爆弾影響研究所を設立し、付属病院を併置することにいたしました。

以上が国際法規の精神を中心として、国が全責任を持って放射能の影響と治療の根本的研究、その上に立つ完全なる医療給付と生活援護についての方針を骨子とする援護法の内容でございます。

言うまでもなく、日本はただ一つの被害国であります。世界ただ一つの被害国が原爆被害の実相を究明し、再びこのあやまちを繰り返さないために、この決意をこの援護法を通して表明することは、全世界の人々が原水爆、ミサイルの究極兵器の今日、原水爆禁止と完全なる軍縮を願い、国連にもこれにこたえて討議、諸決議を上げられておる。そういう現状から見て、わが日本の政府、国会の当然の責務であると存じます。すでに本委員会におきましても、渡辺厚生大臣、中曽根科学技術庁長官、藤山外務大臣等が出席いたされました際に、すべて賛意を表し、努力を約束されておるところてございまして、特に広島や長崎を中心といたしまして、被爆関係者あるいはその地域、全国的に与野党とも一致いたしましてこのことを要求をいたしておるのでございます。何とぞ慎重御審議の上、すみやかに可決あらんことをお願い申し上げまして、提案の説明を終わります。