広島市爆撃問題に対する反響(1945年8月8日)

広島市爆撃問題に対する反響

1945年8月8日

[『旧陸海軍関係文書』内の「重要文書類綴 警視庁」所収]

[特機(極秘カ)]

昭和20年8月8日

広島市爆撃問題ニ対スル反響ニ就テ(第1報)

8月6日広島市ニ加ヘラレタル敵ノ新型爆弾攻撃ハ異常ナル反響ヲ示シ其ノ真相等ノ具体的発表ナキ為メ虚実交々憶説流言ヲ生ジツツアル状況ナルガ各界上層部ノ意向ヲ聴取スルニ其ノ真相明確ナラザルヲ以テ決定的意見等ハ見受ケラレザルモ大体ニ於テ

一.敵ノ新型爆弾ハ世界的ノ懸案タリシ原子爆弾タリシ原子爆弾ト認メラレ兵器ノ本質的革命ヲ斉ラセルモノニシテ戦争ノ様相ヲ一変セシムルニ足ル底ノモノタルハ勿論之ヲ作戦面ニ使用シ得タ国ガ世界ヲ制スルコトトナルトサヘ考ヘラレタモノデアル引続キ之ガ使用セラルルニ於テハ全ク戦争ハ出来ナクナル虞レガアル

一.其ノ威力等ニ就テハ未ダ真相不明ナルモ、継続シテ攻撃シ得ル状態トナラバ、吾兵力ノ集団地帯部隊ノ攻撃ニ依リ何千何万ノ兵カヲ消耗スルコトヽナルベク、如何ニ精神的ナ強ガリヲ言ツテ見テモ手モ足モ出ナイ事ニナルハ必然デアリ、戦局ハ愈々重大ナル段階ニ突入セリ

一.中小都市爆撃ニ依リ更ニ食糧事情等二依リ民心ノ不安動揺ハ覆フベクモ無イ事実デアルガ、加フルニ広島ノ大空爆ニ依リ民心ハ一層敗戦的厭戦気分二襲ハレ、人ノ力ヲ以テハ如何トモ為シ難イ重大ナ動向ヲ辿ル虞レガアル。当局者ノ最モ有能達識ヲ以テスル指導対策ヲ要望シテ止マヌ

一.嘗テ軍モ政府モ必勝ノ成算アリト国民二約束シテ居タガ、広島ノ問題デ総テ新局面ニ入ツタ感ガアル。軍モ政府モ決意ヲ新タニシテ出直ス可キ秋ガ来夕。サモ無クバ戦争ハ不可能トナル

一.戦争ガ今日ノ段階ニ立至ルコトハ当局ハ勿論吾吾ハ覚悟ヲシテ居タ。今更ラ何ヲ慌テルコトガアルカ。軍ハ急速二対策ヲ樹テ不退転ノ信念二基イテ戦争ヲ遂行シ、国民ハ軍ノ作戦ヲ信頼スルヨリ他ニ方策ハ無イ

等々ナルガ本日ノ大日本政治会ニ於ケル定例衆議院部会政調役員会等ニ在リテモ話題ハ概ネ広島事件ヲ以テ持切リノ形ニシテ大体ノ空気ハ従来ノ戦争指導ハ所謂軍官ノ専断ニ依ッタガ今日ノ段階ニ於テハ国民ノ意思 即チ議会ノ意思ヲモ尊重スルガ如キ軍官ノ新タナル覚悟ヲ必要トスベシ等々ニシテ表面極メテ強ガリヲ表示シ居レルモ内心広島爆撃事件ニ対シテハ極度ニ恐怖心ヲ昂メ相当神経過敏ノ様相ヲ露呈カ居レル情況ナルガ各界等一部ノ意向別記ノ通ナリ

貴族員議員 河西置太郎

政府ハ国民ノ戦意昂揚揚二就テハ色々ト対策ヲ講ジツツアル様ダガ幾ラ対策ヲ練ツテモ掛声丈デハ駄目ダ。要ハ今少シ国民二知ラシメテ納得サセ、然シテ政府ト国民トガー体トナリ相協力シテ戦意ノ昂揚ヲ計ルコトガ最モ必要ダト思フ。

大本営ハ今朝ノ新聞「ラヂオ」デ敵米ノ新型爆弾二就テ発表シタガ、只斯ル新兵器ヲ使用スルカラ充分ナ警戒ヲシロト言フ丈デ、何ウ云フ風二警戒ヲシタナラバ最モ効果的ナノカ、新型爆弾ガ如何ナル性能ヲ特ツテ居ルモノカニ就テハ、目下考究中ナド、云フ発表ヲシテ居ルガ、之デハ国民ノ不安ラー層駆リ立テルモノデアリ、従来トテ斯ル発表ヲシタモノデ後日具体的ナ発表ヲシタモノハ極ク一部分ノモノ丈ケデ、大部分ノモノハ其ノ儘「ウニヤムニヤ」ニナツテ仕舞ツテ居ル。斯ルコトノナイ様特二当局者二要望シタイ。

代議士 田中武雄

広島二便用セシ敵新爆弾出現ニヨリテ戦争指導上劃期的ナ変革ヲ必要トスルニ至ツタ。

故二日政トシテハ遠カニ政府並二陸海軍当局ノ新タナル方策ヲ聞キ、国民ヲシテ新タナル信念ノ下二挺身セシムベキデアルトノ見地カラ、総裁ヨリ当路者ノ所信ヲ質ダスコトトナルタ。

代議士 勝田永吉

広島二於ケル被害状況二付テハ未ダ詳報二接セザルモ相当甚大ニシテ、現状ヲ以テシテハ戦争遂行不可能ナリトノ感ヲ抱カシメル至り、愈々攻府ハ重大ナル決意ヲ要スル段階ニ入ツタ。

此ノ際我方トシテハ遠カニ新爆弾ノ正体ヲ究メテ其ノ対策ヲ確立シ、以テ国民ノ不安ヲ解消シ更ラニ必勝ノ体制ヲ強化スル外ナイ。

陸軍大将 真崎甚三郎

今回広島市ニ対スル敵B29ノ投下爆弾ガ其ノ損害程度ノ大キイ点カラ見テ間違ヒナク原子爆弾デアル事ガ想像サレル。

原子爆弾ガドノ位ノ威力ノアルモノカハ科学知識二疎イ我々ニハ解ラナイノデ、科学者ノ話ヲ聞カヌト其ノ対策ニ就テハ何トモ言ヘナイガ、広島ノ例カラ見テ之ハ容易ナラザル事態ニ逢着シ大変ナコトニナツタト考ヘテ居ル。之ガ爆弾ヲ以テ我ガ全国ニバラ撒カレタトシタラ一体ドウナル。此ノ事ハ今後当然起ツテ来ル事ヲ覚悟シナケレバナラヌガ、彼等ガ軍隊ノ密集シテ居ル各部隊施設ニ此ノ爆弾ヲ投下スレバ、一瞬ニシテ幾万ノ将兵ガ殺傷サレルコトニナル。ソウナツタラ口先丈ケデハ如何ニ強ガリヲ言ツテ見タ所デ戦争ヲ持続シテ行クコトハ絶対二出来ナクナル。

広島ニ於ケル今度ノ損害ハ此ノ爆弾ノ性能ノ研究ガ終ルト同時ニ之ガ真相ヲ発表シ、之ニ対スル対策ヲ講ズベキデアル。グヅグヅシテ居テハ間二合ハヌ。

陸軍中将 建川美次

兎ニ角大変ナコトニナツテ来タ。日本モ遂ニ重大ナ段階ニ当面シテシマツタ。広島ニ敵B29ガ投下シタ爆弾ハ其ノ被害ノ甚大ナル点カラ推シテ、恐ラク原子爆弾ヲ使用シタモノト思ハレル。

畑総軍司令官ハ旅行中ナル為メ命拾ヒヲシタラシイガ、中部軍ノ将校達ヤ総監府、県庁ノ役人達ハ殆ンド全滅ノ状態ラシイ。四十方近クノ市民モ半数以上ハ犠牲ニナツタモノト思ハレル。

民家ノ防空壕ハ少シモ役ニ立タナカツタ様デアルガ、原子爆弾ナラバ当然ノコトデアラウ。

此ノ原子爆弾ハ各国共熱心ナ研究ガ進メラレテ居タノデアルガ、何レモ完成ノ域二達シ得ナカツタモノデ、之サへ完成サレタラバ戦争ガドンナニ敗ケテ居テモ問題デハナイ。独逸ノ敗退前早ク原子爆弾ヲ使ツテ呉レレバ良イガト夢ニモ頼ツタノデアルガ、遂ニ完成サレズニ崩壊シタ。広島へハ直チニ軍官ノ専門家ガ調査ニ向ツタ筈デアルカラ、原子爆弾カドウカ判明スルコトト思フガ、若シ自分ノ予想通リダトスレバ最早ヤ戦争ニハナラナイノデハナイカト思ハレル。

トルーマントアトリーハ昨日同時ニ米空軍ガ特殊爆弾ヲ使用シタ旨ヲ発表シタ模様デアルガ、其ノ後昨日モ今日モB29ノ本土来襲ガ無イ所ヲ見レバ、日本ノ出方ヲ見守ツテ居ルノデハナカラウカ。

政府ハ昨日ノ閣議後重大ナ協議ヲ行ツタ様ダガ一体ドウシヤウトスルノデアラウカ。原子爆弾ヲ先二完成シタ国ガ世界ヲ制スルト言ハレテ来タガ事実其ノ通リデアルト思フ。此ノ爆弾ハ相手国ガ使用スル心配ガナイノデ仮令人道二反スルナドト非難サレテモ相手国ガ手ヲ挙ゲル迄攻撃ヲ続ケルデアラウ。

自分ハ決シテ反戦論ヲ好ムモノデハナイガ、残念乍ラ敵側ニ偉大ナ科学兵器ガ完成サレタ以上、之ニ対抗スベキ方策ガ無イトスレバ軍部ダケニ委セテ置ガズニ政府ハ慎重ニ考慮スル必要ガアルト思フ。

陸軍中将 谷寿夫

実ニ困ッタコトニナッタ。一昨日敵機ニ依ッテ広島市ニ投下サレタ爆弾ハ其ノ被害ノ甚大ナル所カラ見テ明ニ原子爆弾デアルコトニ間違ヒナイ。彼等ガ此ノ爆弾ヲ使用シ始メタ以上、我ガ方トシテハ之ガ対策ノ具体案ヲ練リ国民ニ対シ早急ニ徹底セシムルコトガ今後我ガ人畜ノ損害ヲ最小限度ニ喰イ止メル道デアル。

従来国ハ今後特ニ此ノ爆弾投下ニ力ヲ注グ事ト思ハレルガ、今デスラ国民ガ既二委縮シテ居ル所ニ此ノ威力ノアル爆弾ガ次々ト投下サレテハ、如何ニ当局者ガ立派ナ口ヲ聞イテ見タ所デ、民心ノ恐怖心カラ戦争ニ対スル厭戦気分ハ自然濃厚トナリ、人間ノ力デハ及ビモツカヌ問題ガ起キテ来ル虞レガアル。

当局者ハ何ヲ置イテモ広島ニ於ケル爆弾ノ性能ヲ早急ニ研究シテ之ガ対策ヲ講ジ、今後ニ於ケル被害ヲ最小限度ニ喰イ止ムベキ方策ヲ立テテ貰ヒ度イ。

戦時金融金庫総裁 大野龍太

六日ノ広島市ニ加へラレタ敵ノ攻撃ハ少数機カラ而カモ少数ノ投下弾デアツタニ拘ラズ其ノ被害ハ相当ナモノデ、敵ハ新型爆弾ヲ使用シタラシイトノ事タガ、此ノ点ニ付テハ我々ノ聞ク処モ今朝新聞発表ニアル程度ノ範囲ヲ出デテ居ラヌ。敵ガ果シテ今后引続キ新型爆弾ヲ使用シテ来ルガ、又之ニ対シテ軍ニ如何ナル本土防衛ノ備ヘガアルカ、之等ノ点ニ就テハ今日直チニ我々ガ窺知出来ヌ事柄ナノデアルカラ、今更敵ガ新型爆弾ヲ使用シ出シタカラト云ツテ我々ガ騒ギ出ス筋合デモ無イ。只茲ノ処ハ軍ヲ信頼シテ新ラシイ試練ニジツト耐ヘテ行クコトガ戦争ヲ有利ニ導ク道デアルコトヲ知ラネバナラヌ。然シ乍ラ当局トシテモ早急ニ事態ノ真実ヲ調査シテ、今後ノ防空指導二遺憾ナキヲ期シテ貰ヒ度イモノダ。

昭和石油社長 長崎英造

本年ニ入り第二四半期カラ敵ノ一方的戦争時代ニ入リ、国内的ニモ端境期ニアル食糧事情ノ逼迫カラ日本ハ極メテ深刻ナ試練ニ立ツダラウコトハ、サイパン失陥当時カラ私ノ機会アル毎ニ指摘シテ来タ処ダガ、壁二頭ヲ打チツケヌ限り活眼ノ開ケヌ役人ニハ困ツタモノト思ツテ居ル。

此ノ際ニ当ツテ敵ハ又新タナ攻撃方法ヲ採用シテ其ノ第一投ヲ広島市ニ加へ来タツタガ、今更斯ンナ事位デヘコタレルノダツタラ始カラ戦争シナイ方ガマシダ。

軍トシテモ云フ所ノ神機ニ備ヘテ充分確信ガアルト思フガ、我々モ此ノ際軍ヲ信頼シテ居ル。只軍ガ予想シテ居ル一方的戦争時代ノ期間ト自分等ノ予想トノ間ニハ可成リノ開キガアル様ダ。我々ハ此ノー方的戦争時代ハ可成長期ノ間続クモノト思ツテ居ルカ、此ノ辺ノ判断ヲ誤ルト国内崩壊ノ危機ニ当面スベキ機会ニ見舞ハレヌトハ限ラヌカラ、此ノ点ニ付テ今ニシテ軍ノハツキリシタ見透ノ確立ヲ望ム次第ダ。

言報専務理事 斎藤忠

敵少数機ノ広島市爆撃ハ従来ニ其ノ例ヲ見ザル程ノ強烈サデ、恐ラク原子爆弾ニ類似ノモノデアラウト想像サレル。今後敵側ガ斯カル爆撃方法ヲ反復スルヤ否ヤ目下ノ処予想ガツカヌガ、恐ラク敵ガ斯ル新タナル構想二依ル爆撃ヲ為シタ所以ハ此ノ種新型爆弾ノ大量生産成リタル結果ニヨルモナルカ、或ハ極ク少数ノ生産ニ不拘昨今焦燥気味ノ敵側ガ一挙ニ戦局ヲ終息セシメントノ意図ト我ガ方ノ厭戦気分ヲ煽リ立テル為メノ所謂牽制的爆撃ノ様ニモ考ヘラレル

若シ前者ノ如キ理由トセバ、今后相当ニ此ノ種爆撃ガ繰リ返へサルルデアラウコトヲ覚悟セネバナラヌシ、例へ後者ノ場合ニシテモ早急ニ之ガ対応策ヲ実行ニ移スニ非ザレバ実際ニ犠牲ノ増加ハ勿論、延イテハ国民ニ及ボス思想的ノ影響モ憂慮スベキ事態トナルハ天ヲ見ルヨリ瞭カデアル。

然シテ之ガ対策トシテハ、従来ノ如キ国民任セノ防空防火対策デハ到底至難デ、此ノ際政府ハ思イ切ツタ措置トシテ、現在軍事的築城其ノ他ニ利用シツツアル軍隊ハ勿論、其ノ他工兵隊及全国ノ土木業者ヲ打ッテ一丸トシタル土木軍ヲ急遽編成、以テ早急ニ民衆築城ノ徹底化ヲ図ルベキデアル。

然シテ老幼妊産婦其ノ他要疎開音ハ、此ノ際当局ノカヲ以テ強制的ニ集団疎開ヲ実施シ、都内要残留者ハ之総ベテ前記ノ民衆築城ニヨリ地下壕生活ニ移行セシムベキデ、之ガ急速ニ実行サルルニ非ザレバ、到底此ノ種爆撃ニ耐へ戦ヒ抜クト云フ気概ヲ持続セシムルコトハ至難デハアルマイカ。

某新聞記者

広島ニ対シテ加へラレタ敵ノ新型爆弾ハ何ト云ツテモ兵器ノ本質的革命ヲ物語ルモノト謂フベキデアル。而シテ我方ニ於テモ急速ニ対策ヲ樹立シ、広島二加ヘラレタ攻撃ノ実相ヲ具体的二国民ニ周知セシメ、以テ一億ノ戦意ヲ強靱ナラシムルガ如キ具体的措置ヲ構ズルノ要ガアル。唯徒ラニ当局ガ周章狼狽シ、被害ノ様相ヤ枝葉末節ノ流言等ヲ神経過敏ニ弾圧スルコトヲ以テ民意ノ沈滞ヲ喰イ止メントスルハ、当ヲ得タ策トハ謂ヒ難イ。

国民モ亦、敵ガ広島ヲ攻撃シタカラ直チニ本土全域ニ対シテ斯種ノ新型爆弾ヲ以テ攻撃スルナラムト憶断スルニハ当ルマイ。

由来決戦兵器ハ乾坤一擲ニ際シテ相当多数ヲ使用スル性質ノモノナルニモ拘ラズ、僅カニ広島ニ於テ少数ヲ試シタルニ過ギヌ程度ヨリ見テ、多分ニ謀略的政治的意味ヲ含ムモノト認メラレ、未ダ多量使用ノ域ニ達シテ居ナイノデハアルマイカ。

要スルニ決定的決戦兵器トシテハ尚不安定ナル状態ニアルモノト思ハレル。而シナガラ戦争ノ前途ノ斯ル革命的兵器ノ出現ニ依ツテ一層凄惨苛烈化スルコトハ必然的デアリ、国民ハ不退転ノ決意ヲ以テ難局突破ヲ覚悟シ、当局ハ国民ヲシテ斯ル方向ニ向ハシムルガ如キ万全ノ措置ヲ構ズベキハ、言ヲ俟タナイ処ナリト思フ。