原水爆禁止五日市市協議会原爆死没者慰霊碑
| 1965年5月建立、2019年5月26日撮影 |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
原水爆禁止五日市市協議会原爆死没者慰霊碑
| 1965年5月建立、2019年5月26日撮影 |
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動員学徒慰霊塔
建立年月日:1967(昭和42)年5月
場所:広島市中区大手町・原爆ドーム側
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動員学徒慰霊塔
[裏面]
広島県動員学徒犠牲者の会
会長 石橋礒一
建設委員長 大東和徳雄
後援会長 檜山袖四郎
設計者 村田相互設計事務所
彫刻者 円鍔勝三
施工者 株式会社砂原組
昭和42年5月
[右側碑]
慰霊塔建設委員
委員長 大東和徳雄
副委員長 朝日輝一 松田亀夫
委員 石橋礒一 沖本津代 栗末義則 笹野口栄 佐々木寿雄 住田道子 平馨 辰本キミヨ 寺前妙子 土井通哉 二井サワエ 温品康子 判田勇 升田建造 丸谷儀一
[側碑]
動員学徒 歌
ほのお果てては
一、君知るや 学徒百万 祖国こそ 生くる命と うち捨てぬ ペンもノートも
二、たたかいの すさぶ折から こぞり立ち 力つくして うち振りし 鎌やハンマー
三、黒髪の 子らも男の子も 若き胸 血汐こぼれて うち絶えし 者や幾人
四、禍つ日の ほのお 果てては いけにえの 人となりもて うち目守る 明日の世界を
うち目守る 明日の世界を ああ学徒 動員学徒
(広島県動員学徒犠牲者会撰)
第二次世界大戦中増産協力等いわゆる勤労奉仕に動員された学徒は全国にわたり三百数十万人あたら青春の光輝と学究の本分を犠牲にしつつ挺身した者の内戦禍にたおれた者は一万有余人その六千余人は原爆死を遂げたこの塔は明眸青雲を望み将来空高く羽ばたこうとした夢も空しく祖国に殉じたそれら学徒の霊を慰めようと有志同胞の手によってうち建てた
広島県宗教連盟
略年表
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 19450806 | 被爆直後、爆心地に近い慈仙寺(現在の原爆供養塔付近)の境内は、臨時火葬場となり、そこには、氏名、年齢、性別などほとんどわからない痛ましい無数の死体が運ばれ火葬されました。 | |
| 194601 | 広島市宇品神田三丁目養徳院住職 国居道憲氏、呉市西辰川町白蓮寺住職 吉川元晴氏らが原動力となって、広島市戦災死没者供養会が設立され、名誉会長に浅野公爵、会長に広島市長が就任 | |
| 19460429 | 慈仙寺鼻に供養塔を建設することを決定 | |
| 194605 | 「広島市戦災死没者供養塔」建立。卒塔婆を形どった高さ6mのもの(木材不足のため張りぼて) | |
| 供養塔完成後の約1週間、広島県仏教連合会、供養会、町会連盟、広島市、広島県は在広各新聞社の後援で戦災死没者遺骨収容大供養週間とし、各町内会は、遺骨収集作業日とし、自主的に区域内の遺骨を収容し、追善供養を執行。 | ||
| 194607 | バラック建ての納骨堂と礼拝堂が市民の喜捨により建立。 | |
| 19460806 | 供養塔前で各宗派合同の慰霊祭。以後、毎年開催 | |
| 1950 | 広島市戦災死没者供養会を「広島戦災供養会」に改組。新供養会は、地元各界から選ばれた民間組織となる。以後、毎年の慰霊祭は、供養会主催により8月6日、朝6時15分から執行。 | |
| 195507 | 50m北寄りの現在地に新供養塔を建設。大きさ:直径16m、高さ3.5m。表面に芝生を植える。 | |
| 以上の出典:『原爆供養塔ができるまで – 広島市公式ホームページ 』(原爆供養塔ができるまで – 広島市公式ホームページ https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/atomicbomb-peace/15507.html | ||
| 19960806 | 『広島県宗教連盟「戦後五〇年」誌 平和と慰霊・追悼の歩み』刊行。 | |
段原町原爆慰霊碑
| 所在地:広島市(段原新町・猿猴川岸)、建碑:1959年8月6日 |
| 2008年3月10日撮影 |
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| 840柱(出典:『原爆慰霊碑巡礼の案内』) |
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広島文理科大学・広島高等学校 原爆死没者遺骨埋葬の地の碑
建立年月日:1972年12月25日
場所:広島市東千田町・広島大学
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ドキュメント:2021年8月6日<作業中>
| できごと | 備考(主催・場所など) |
|---|---|
| 原爆死没者慰霊行事 | 広島戦災供養会・原爆供養塔前 |
| 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 | 広島市・平和公園 |
| 原水爆禁止2021年世界大会 | |
| 被爆76周年原水禁世界大会 | |
| 連合2021平和ヒロシマ集会 | |
| 日本生活協同組合連合会~ピースアクション~ | ? |
ドキュメント:2020年8月6日<作業中>
| できごと | 備考(主催・場所など) |
|---|---|
| 原爆死没者慰霊行事 | 広島戦災供養会・原爆供養塔前 参列者:役員約20人。 |
| 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 | 広島市・平和公園。785人。83か国とEU代表。 |
| 原水爆禁止2020年世界大会・広島デー | オンライン |
| 被爆75周年原水禁世界大会 | オンライン |
| 2020連合平和IN広島 | メッセージ等動画配信によるWEB開催 |
| 2020ピースアクションNヒロシマ(日本生活協同組合連合会) | 現地への参集に替わり、動画配信・オンラインを活用した形式で開催 |
ドキュメント:2019年8月6日<作業中>
| できごと | 備考(主催・場所など) |
|---|---|
| 原爆死没者慰霊行事 | 広島戦災供養会・原爆供養塔前 |
| 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 | 広島市・平和公園 |
| 原水爆禁止2019年世界大会 | |
| 被爆74周年原水禁世界大会 | |
| 連合2019平和ヒロシマ集会 | |
| 日本生活協同組合連合会~ピースアクション~ | |
| ピースナイター2019 | |
ドキュメント:1995年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 毎日新聞、広島市の原爆供養塔納骨者名簿を掲載。 | |
| 原爆被爆当時に広島市内を走っていた電車内で当時の関係者46人が「被爆電車のつどい」を開催。 | |
| 太平洋戦争中に広島高等師範学校や広島文理科大学で学んだ元「南方特別留学生」9人、広島市内の「興南寮」跡で留学時代をしのぶ会を開く。 | |
| 「元大正屋呉服店(広島市のレストハウス)を保存する会」、レストハウスで旧中島地区ゆかりの人の交流会を開催。約50人が参加。 | |
| 井出厚生大臣、北米在住被爆者に被爆者手帳が短期間で交付されるよう、今年6月から申請書類を希望者に事前配布していることを明らかにする。 | |
| 村山首相、広島市内のホテルの「被爆者代表から要望を聞く会」に出席。伊藤サカエ・梶下昌彦・鄭達男・李実根・近藤幸四郎・金子一士・部家充から要望を聞く。 | |
| 斉藤十朗参議院議長、広島市の原爆養護ホーム「舟入むつみ園」を慰問。 | |
| 村山首相、広島市の原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を慰問。 | |
| 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。過去最高の6万人が参列。村山富市首相・土井たか子衆議院議長・斉藤十朗参議院議長・草場良八最高裁判所長官の3権の長が参列。 | |
| 「こども平和のつどい」の参加者代表2人、広島市の平和記念式典で「平和への誓い」を読む。 | |
| 広島県・広島市が招いた米国・マレーシアなど11か国20人の在外被爆者・遺族代表、平和記念式典に参列。 | |
| アメリカン大学の夏季セミナーに参加している米4大学の11人、広島市の平和記念式典に参列。 | |
| 広島市内の小学生が広島市平和記念式典で初めて「平和の鐘」を打鐘。 | |
| 平岡広島市長、平和宣言で「共通の歴史認識を持つために、被害と加害の両面から戦争を直視しなければならない」と述べる。 | |
| 北マリアナ連邦テニアン島・テニアン市のハーマン・マングローナ市長、広島市の平和記念式典に参列。同島は、「エノラ・ゲイ」が飛び立った島。 | |
| 広島市内で約1万個の灯ろう流し。 | |
| 第77回全国高校野球選手権大会に出場する宮島工ナイン、8時15分に西宮市の宿舎で黙とう。 | |
| 連合、広島市の本川で灯ろう流しを実施。 | |
| 広島県警、平和記念式典にともなう交通規制を実施。 | |
| 広島県佐伯町の被爆者と同町、同町総合スポーツセンターで平和記念式典を初めて開催。 | |
| 長崎県被爆者手帳友の会の会員約40人、8時15分に長崎市平和公園の「長崎の鐘」を打ち鳴らす。初。 | |
| 広島祭委員会・広島市中央部商店街振興組合連合会・中国新聞社、広島市の元安川で「被爆50周年とうろう流し」を開催。「とうろう流し」の最中に原爆ドーム前の台船を舞台に薪能を催す。 | |
| 米国ウィスコンシン州ミルウォーキーで灯ろう流し。 | |
| 広島県大竹市原爆被爆者協議会、第13回原爆死没者追悼・平和祈念式典を慰霊碑「叫魂」前で挙行。約500人が参列。 | |
| 山口市の「原爆死没者之碑」前で広島原爆忌・死没者追悼式。 | |
| 中国郵政局、原爆犠牲者の慰霊式を挙行。今年4月に局内に植樹した被爆アオギリ二世の記念碑の除幕式も。[被爆樹木] | |
| 日本赤十字社、広島赤十字・原爆病院で追悼式を挙行。約250人が参列。 | |
| 広島市・流川教会、50年ぶりに被爆した十字架を掲げた礼拝堂で追憶の礼拝。約150人が参列。 | |
| 福山市原爆被害者の会、、原爆死没者慰霊式を挙行。 | |
| 中国地方建設局、旧中国四国土木出張所慰霊祭を原爆ドーム横の碑前で挙行。約100人が参列。 | |
| 広島県動員学徒犠牲者の会、追悼式を平和公園の動員学徒慰霊碑前で挙行。約300人が参列。 | |
| 熊本県原爆被害者の会、原爆犠牲者の碑除幕式と慰霊式を熊本市小峰墓地公園で挙行。2百数十人が参列。 | |
| 岐阜県原爆被害者の会(岐朋会)、慰霊祭を岐阜市内で開催。約70人が参列。 | |
| 熊本県原爆被害者の会、原爆犠牲者の碑除幕式と慰霊式を熊本市小峰墓地公園で挙行。2百数十人が参列。 | |
| 福岡県原爆被害者団体協議会、八女郡星野村に完成した「平和の塔」前で初の原爆死没者合同慰霊祭を挙行。 | |
| 香川県原水協など、被爆50周年祈念祭を高松市峰山で開催。160人が参列。 | |
| ローマ法王、「被爆者のための御ミサ」を実施。 | |
| 新聞労連・中国新聞労組、広島市の「不戦・原爆犠牲新聞労働者の碑」前で碑前祭。 | |
| 広島市商高の同窓会、慰霊祭を平和記念公園で挙行。 | |
| 鳥取県原爆被害者協議会、鳥取市のさざんか会館で原爆死没者追悼・平和祈念式を挙行。約300人が参加。 | |
| 広島市平和公園の原爆供養塔前で合同慰霊祭。約400人が参列。 | |
| 歌手のさだまさし、長崎市で記者会見し、同市に平和を願う世界地図のモニュメント「PEACE・SPHERE(祈りと誓いの壁)」を造る計画を発表。 | |
| 広島市平和公園の原爆の子の像碑前祭。約300人が参列。 | |
| 旧県立広島第一高等女学校の慰霊祭、平和大通りの「原爆犠牲者追憶之碑」前で挙行。約200人が参列。 | |
| 広島市の世界平和記念聖堂でアジア太平洋平和の祈り。約100人が参列。 | |
| 広島市医師会関係者130人、小町の碑前で原爆殉職医師・看護婦・職員の追悼法要。 | |
| カトリック広島司教区、「和解と平和のミサ」を広島市の世界平和記念聖堂で挙行。1300人が参列。 | |
| 広島県庄原市山内社会福祉協議会、山内国民学校に開設された広島第一陸軍病院庄原分院の死没者の慰霊祭を挙行。 | |
| 広島市保険年金課、原爆供養塔慰霊祭を挙行。 | |
| 広島県庁舎の記念碑が広島市中区の旧庁舎跡に完成、県職員原爆犠牲者追悼式に先立ち除幕式。追悼式には約20人が参列。県職員原爆犠牲者遺族更正会、年内に解散することを決める。 | |
| おこり地蔵供養祭、松山市の真言宗・竜仙寺で挙行。約50人が参列。 | |
| 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)マレーシア支部、クアラルンプール市のレイク・ガーデン公園で開催された「ヒロシマ・デー」で、碑建立のため誘致した広島市役所旧庁舎の被爆石を披露。 | |
| 北マリアナ連邦テニアン島のサンホゼ教会で戦争犠牲者追悼式。広島から武田靖彦・新谷満・松江達樹の3人が参列。11日帰国。 | |
| 広島大学原爆死没者追悼式、広島市東千田町の大学内で挙行。 | |
| 広島ガスなど中国地方5県のガス会社、広島市内の「原爆犠牲者追憶之碑」前で慰霊祭を挙行。5社の合同慰霊祭は初。 | |
| 広島銀行、被爆50年物故者追悼式を本社屋上慰霊碑前で挙行。 | |
| NTT中国支社、電気通信関係原爆死没者慰霊式を挙行。 | |
| 第28回韓国人原爆犠牲者追悼式、韓国・大韓赤十字社ソウル支社で挙行。約100人が参列。日本被団協の代表3人も昨年に続き参列。 | |
| 元南方特別留学生の4人、広島市五日市の光禅寺の元留学生の墓に参拝。 | |
| ノルウェーのナルビク市で広島市役所の被爆石を使ったモニュメントの除幕式。[被爆石] | |
| イギリス・ロンドンのウェストミンスター大修道院で礼拝。広島50周年を機に作曲された「ヒロシマの犠牲者のためのレクイエム」を演奏。 | |
| ドイツ・ハノーバー市の教会で被爆50周年の記念式典。広島市フォークダンス協会のメンバー21人が、フラワーフェスティバルでの交流が縁で招待され参列。 | |
| 東京在住で広島被爆者のカメラマン井上清司、被爆体験と戦後の生活をつづった「ヒロシマ・一期一会」を出版。 | |
| ネパール・ルンビニの平和団体「コミティー・フォー・ピース・アクション」、広島原爆ポスター展を開催。 | |
| 米国ハワイ・オアフ島のワイアナ地区に「ピース・センター」開館。日米両国の市民が基金を設けてつくったもので、原爆投下の瞬間や市民の描いた原爆の絵の写真が音声付きで展示される。 | |
| 新日本体育連盟広島市連盟など、第9回核兵器廃絶8・9平和マラソン大会を広島城ランニングコースで実施。126人が参加。 | |
| HOPEプロジェクト実行委員会、広島市の中央公園で3本の巨大な針を大地に立てるパフォーマンスを実施。-11日。病める地球のツボを被爆地に見立て針治療するという趣旨。 | |
| 大串正喜(横浜市在住の長崎原爆被爆者)ら12人の「平和アピール・ウオーク」、広島市を出発。15日に長崎に到着予定。 | |
| 「ピース・ラン95」、長崎(約450キロ)を目指して広島市の平和記念公園をスタート。1991年から始まり(昨年は中止)、今回が4回目。 | |
| 「広島壮年走ろう会」、9日長崎到着を目指す初の試み「ひろしま・ながさきピースリレー」を実施。約350人で継走予定。 | |
| 国連NGO「バハイ国際共同体」(本部:イスラエル)の広島から長崎までの約500キロを走り継ぐ「国際平和リレー」、広島市を出発。9日に長崎市到着の予定。 | |
| 佐古昭典、原仲裕三ら、「広島アートドキュメント」を広島市中央公園などで開催。-20日。ビデオアートやインスタレーションなど。 | |
| アメリカ・イリノイ大学講師ジョン・ブラッドレイら、峠三吉・栗原貞子など核問題を表現した7か国の詩人の作品朗読を全米10か所で同時に朗読。 | |
| 岡山県・里庄町立図書館で朗読ボランティアによる朗読劇「この子たちの夏」の上演。 | |
| 劇団はぐるま座、音楽詩劇「夏の約束」を広島市西区民文化センターで上演。 | |
| 久保浩之、昨年から始めた「原爆供養講釈」口演が100回に達する。 | |
| アートプロジェクト「8月6日の傘」、原爆ドーム前の元安川で実施。ドイツ生まれの和傘作家ステファン・クーラーのアイディアで、色とりどりの美濃和傘を浮かべる。 | |
| 広島市中央部商店街振興組合連合会など、「被爆50周年鎮魂薪能」を元安川特設舞台で開催。演題は「ひろしま」で「平安時代」・「戦国時代」「未来へ」の3部構成。 | |
| 神戸在住のソプラノ歌手瀬野光子、「ヒロシマ・長崎から50年・・・私のメッセージ」と題したリサイタルを大阪で開催。 | |
| オノ・ヨーコが作曲した「広島の空はいつも青い」、NHKニュース番組「おはよう日本」で放送。 | |
| マル・ウォルドロン(米国生まれでベルギー在住のジャズ・ピアニスト)ら、広島市内の善正寺でライブ。広島市原爆資料館で流れている詩「白い道」に曲を付けた作品などを演奏。8日には長崎でコンサートを開催。 | |
| 米の女性歌手スーザン・オズボーン、広島市の原爆供養塔前で「アベマリア」を独唱。 | |
| 「グローバル・ピース・ジャパン・コンサート」、東京芸術劇場で開催。 | |
| 平和コンサートの夕べ、広島国際会議場で開催。PMFオーケストラと広島交響楽団などが共演。聴衆約1300人。 | |
| さだ企画、コンサート「長崎から・1995夏・さだまさし」を長崎市稲佐山公園で開催。9回目。2万3000人が参加。 | |
| 南こうせつら、ピースコンサート「HIROSHIMA87-97」を広島厚生年金会館で開催。観客約2000人。10回目の今回で幕を閉じる。 | |
| 愛知県内の4つの合唱グループ総勢110人、広島市牛田の「ピカドンたけやぶ」でピースコンサート。はらみちをの絵本をもとにした合唱曲「ピカドンたけやぶ」などを合唱。 | |
| 「ヒロシマ平和祭」、広島市民球場で開催。邦楽ロックグループ「武TAKERU」らが出演。 | |
| 沖縄伝統の丸木舟「サバニ」で沖縄と広島を結ぶ旅を続けてきたミュージシャン喜納昌吉ら、広島市・太田川河川敷に到着。約500人が出迎える。 | |
| 広島ホームテレビ、テレメンタリー95「岐路に立つ放射線影響研究所」を放映。 | |
| 広島テレビ、「歴史を描く-平山郁夫の戦後50年」を放映。 | |
| RCC(中国放送)テレビ、広島・長崎の被爆映像を撮ったカメラマンと撮られた被爆者双方の「その後」に焦点を当てた番組「関口宏が迫る広島・長崎50年目の真実-埋もれたフィルムがいま語る」を放映。 | |
| NCC長崎文化放送(テレビ朝日系)、ドキュメンタリー「はだしのゲン・ヒロシマからアメリカへ」を放映。 | |
| RCC(中国放送)、「1995年8月6日ヒロシマ-21世紀へとどけ折り鶴メッセージ」を放映。 | |
| RCCテレビ、「遠い影-原爆孤児の軌跡」を放映。 | |
| 広島ホームテレビ、米のケーブルテレビ会社ショータイム・ネットワークス社、カナダのテレシーン・コミュニケーション社と日本の大映が共同製作したドキュメンタリードラマ「ヒロシマ」を放送。 | |
| 広島ホームテレビ、「若者たちの平和です-元安川に千本の傘が流れる」を放映。 | |
| 「ヒロシマデー・ラジオ・プロジェクト」、中国放送スタジオで5言語により式典の模様を海外放送。 | |
| NHK総合テレビ、NHKスペシャル「調査報告・地球核汚染」を放映。 | |
| テレビ朝日系列(広島ホームテレビ)、日英米露4か国共同制作ドキュメンタリー「ヒロシマ・原爆はなぜ投下されたか」を放映。最近公開された米国の機密文書を基に原爆投下の真の意味を検証する。 | |
| TBS系列、報道特番「関口宏が迫る広島・長崎50年目の真実」を放映。 | |
| 広島テレビ、「知ってるつもり!?-被爆の語り部・沼田鈴子」を放映。 | |
| 広島市の平和記念式典を取材する報道機関は、広島市の把握分で21か国95社。 | |
| テレビ新広島(フジテレビ系)、報道特別番組「揺らぐ太陽」をローカルで放映。スミソニアンの原爆展示の経過・背景を取り上げる。 | |
| 原爆被害者証言のつどい、広島YMCAで開催。27人の被爆者が証言。350人が参加。14回目。 | |
| 連合平和ヒロシマ集会、広島グリーンアリーナで開催。 | |
| 連合、「連合平和ヒロシマ集会」を広島グリーンアリーナで開催。原水禁国民会議と核禁会議が「協催」。1万人が参加。 | |
| 原水協など、原水爆禁止世界大会・広島の閉会総会を広島グリーンアリーナで開催。約9000人が参加。「被爆50年・広島の誓い」・「被爆50年・世界へのよびかけ」を採択。 | |
| フランスの核実験再開決定に抗議するためムルロア環礁に向かうヨット2隻、ニュージーランドのオークランドを出港。ボルジャー首相やグリーンピースが見送る。 | |
| グリーンピース・モスクワ支部のメンバーら35人、ロシア・モスクワの赤の広場でフランスの核実験再開決定やロシア・米国などの核政策に対する抗議行動を実施。 | |
| フランス・パリのエッフェル塔前で、フランスの核実験再開に抗議してダイイン。 | |
| ガリ国連事務総長、広島への原爆投下50周年記念日にちなみ声明を発表。核実験禁止に向けた取り組みを一段と強化するよう呼びかける。 | |
| グリーンピースなど約100団体、フランスの核実験再開に抗議する集会をパリで開催。約2000人が参加。 | |
| 村山首相、広島市の平和記念式典の挨拶の中で中国・フランスの核実験を名指しで批判。 | |
| 「フランスは核実験をやめろ!大阪連絡会」、ワインミュージアムを持つ「ふれあい港館」にフランス産ワインの販売を自粛するよう申し入れ。 | |
| 米国の団体「平和を求める退役軍人(VFP)」など、米国立ローレンス・リバモア研究所前で反核行動。 | |
| 連合、ピース・ウオークを広島市の平和記念公園で実施。 | |
| 第5回世界陸上選手権大会組織委員会など、スウェーデン・イェーテボリで。「ヒロシマ・デー」を開催。横路謙次郎核戦争防止国際医師会議日本支部事務総長が招待され参加、平岡広島市長のメッセージを届ける。 | |
| 石田明広島県原爆被爆教職員の会会長ら、「電車内被爆者のつどい」を開催。 | |
| 連合の「長崎平和キャラバン、広島市の平和記念公園を出発。車で長崎市へ平和のメッセージを届ける予定。 | |
| 「ヒロシマ平和祭」、広島市民球場で開催。和太鼓、バイオリン演奏、被爆者の「語り」を歌にした合唱など。 | |
| 広島YMCA、被爆50周年国際平和セミナーを開催。-9日。 | |
| 広島市地域女性団体連絡協議会、平和大通り緑地帯の石灯ろうへの「献灯式」を実施。 | |
| 千葉県八千代市の「市民の平和祈念の日実行委員会」、市民会館広場の平和祈念像(広島市役所旧庁舎の被爆石を使用)前で、「黙とうと献花の会」を開催。9回目。 | |
| 米・シカゴ大学で被爆者を交えた講演会を開催。(サンケイ) | |
| オーストラリア・シドニー市の「広島デー委員会」、平和行進を実施。約1万5000人が参加。先頭に訪問中の北海道広島町の北広島少年少女合唱団と岡山県の笠岡みたけ少年少女合唱団の計100人が参加。 | |
| 台湾の最大野党民主進歩党、台北市内の公園で「平和を、原爆50周年記念大会」を開催。 | |
| グリーンピース・ウィーン支部、フランスの核実験に抗議してフランス大使館前に反核キャンプを設置。 | |
| 原爆ドーム周辺でダイ・イン。約1000人が参加。 | |
| 江津市の原爆被爆者有福温泉療養研究所「有福温泉荘」で平和祈念式。 | |
| 高橋昭博広島市原爆資料館元館長、東館でテニアン市長ら8人に被爆体験を話す。 | |
| 「デルタ・女の会」、広島市・元安川河岸の中曽根元首相の句碑前で反核集会。 | |
| 米シアトル市で広島市特別名誉市民のフロイド・シュモーの百歳の誕生日を祝う集いが開催される。400人以上が参加。 | |
| 米ハワイ・オワフ島にピースセンター「ハレ・ホオマルヒア」開設。 | |
| インド・カルカッタの屋内競技場で核兵器廃絶を求め、米国による原爆投下を非難する集会。1万人が参加。城田尚彦全労連副議長も参加。 | |
| カトリック広島司教区の平和年推進委員会事務局、シンポジウム「アジアの司教から」を、広島市の世界平和記念聖堂で開催。韓国とフィリピンの司教を招き、旧日本軍の侵略の歴史など日本の加害責任を見つめ直す試み。 | |
| カザフスタンの反核組織「ネバダ・セミパラチンスク」、広島・長崎への原爆投下50周年を記念して核実験の全面禁止と核兵器廃絶を求める集会と行動を首都アルマトイで実施。-7日。 | |
| 「ヒロシマデー・ラジオ・プロジェクト」(世話人代表:ロナルド・クライン広島女学院大学助教授)、ラジオを通じ平和記念式典の模様を約30か国に中継。 | |
| 「カトリック高校生平和フォーラム」、広島市のエリザベト音大で開催。 | |
| 第22回全国高校生平和集会ヒロシマ集会、広島市・安田女子高校で開催。25県から約700人が参加。山岡ミチコが被爆体験を語る。「平和の決議-高校生の50年決議」を確認。 | |
| 全国高校生平和集会実行委員会・広島高校生平和ゼミナール、「NO・NUKES・CONCERT’95-黒板正文さんと私たちコンサート」を広島市・安田女子高校で開催。約600人が参加。吉永小百合も参加。 | |
| 福岡県八女郡星野村、「平和祈念式典」を開催。 | |
| 広島市の「あの日あのこと-ひろしま50年展」の入場者は1万195人で、総入場者が4万1000人を突破。 | |
| 長崎県、ピース・イン・ザ・パーク(国際平和のための歴史めぐり・懇談会)を開催。 | |
| 「国際市民フォーラム・長崎」、平和・核廃絶・環境保全など5つの分科会を開催。 | |
| 長崎県など、「国際市民フォーラム・長崎」を開催。-8日。全体会議を長崎市の県総合体育館で開催。テーマは「平和-軍縮と環境」。全体会には14カ国の有識者を含む約1000人が参加。酒井和歌子元環境庁長官が基調講演。 | |
| 広島市・広島平和文化センター、「ヒロシマ・地球市民フォーラム」を広島国際会議場で開催。パネリストにロバート・リフトン、リチャード・ローズ、加藤周一、池澤夏樹の4人。聴衆は約800人。 | |
| 広島市、政府が計画している「原爆死没者追悼平和祈念館」について、平和記念公園内に建設する方針を固める。 | |
| 英国コベントリー市のコベントリー大聖堂で広島国際会議場に先月設置されたブロンズ像「レコンシリエーション(和解)」と同じ像の除幕式。像は英国人女性彫刻家ジョセフィーナ・ヴィスコンチェロス。 | |
| 米・ワシントン紙、核兵器廃絶を訴える平岡広島市長名の1ページ意見広告「広島をよく見て」を掲載。 | |
| 村山首相、広島市の平和式典に参列後、「ひろしま50年展」視察、広島原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」慰問、藤田県知事ら、被爆者団体代表と懇談。 | |
| 広島県三良坂町で平和の集いを開催。三良坂平和美術館外壁のレリーフ大壁画「翔べ永遠に」(吉野誠デザイン)の除幕式。 | |
| 米原爆投下機エノラ・ゲイの元爆撃手トム・フェアビー、「原爆投下を遺憾に思う」と語る。 | |
| 村山首相、平和記念式典後の記者会見で、国際司法裁判所(JCJ)での意見陳述で被爆国として核廃絶をアピールする意向を表明。 |
ドキュメント:1990年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 長崎県の山口彊(広島・長崎の二重被爆者)、45年ぶりに広島市を訪問。 | |
| 長崎県被爆二世教職員の会会長平野伸人に、ソウルでの韓国人原爆犠牲者追悼式で、韓国原爆被害者協会から感謝の盾が贈られる。 | |
| 日本弁護士連合会の在韓被爆者問題委委員長、訪韓し、強制連行され被爆した韓国人らが三菱重工業に補償を求めている問題について現地調査。 | |
| 広島県甲奴郡の元陸軍上等兵、被爆直後に救援トラックに乗せた女学生の消息捜しを呼びかけ。 | |
| 広島電鉄、「広島電鉄家政女学校および女子挺身隊員のつどい」を広島市で開催(106人参加)。 | |
| 広島市の広島信用金庫横川支店(原爆遺跡)で救護活動をした元医療学生ら、同支店を再訪。 | |
| 広島市の路面電車の中で被爆した被爆者ら、被爆電車に乗り込み、「電車内被爆者のつどい」を開催(34人参加)。 | |
| 「被爆者代表から要望を聞く会」、広島市で開催(広島県両被団協代表ら7人が参加)。在日居留民団代表、北朝鮮在住被爆者への支援を要請。 | |
| 海部首相、原爆死没者への弔意の表し方について、年末をめどに結論を出したいとの意向を表明。被爆者援護法についは消極的見解。 | |
| 「原爆被爆者援護法制定を求めるヒロシマ集会」(連合・原水禁・核禁会議共催) 、広島市で開催。 | |
| 海部首相、広島原爆養護ホーム舟入りむつみ園を慰問。 | |
| 小山参院副議長、広島市の原爆養護ホーム神田山やすらぎ園を慰問。 | |
| 広島赤十字・原爆病院で、入院患者ら、原爆投下時刻に黙とう。 | |
| 広島県警、平和祈念式などに伴い、平和記念公園一帯で交通規制を実施。 | |
| 夏の全国高校野球大会に参加する広島代表の山陽高校の選手ら、原爆投下時刻に、大阪市で黙とう。 | |
| 広島県・市の在外被爆者招待事業で、米在住の韓国人被爆者、来広し、平和祈念式に参列。 | |
| 呉原爆被爆者友の会、広島市での平和祈念式へ参加するための大型バス3台を運行。うち1台を市内在住被爆者に無料開放。 | |
| 長崎市、広島市の原爆投下時刻に、サイレンを吹鳴。 | |
| 「’90女性国際シンポジウム・イン・ヒロシマ」に出席する米・ソ連などの代表、平和祈念式に参列。 | |
| 広島市原爆死没者慰霊・平和祈念式典、広島市平和公園で開催(約5万5千人参列)。海部首相、参列し、あいさつの中で原爆死没者調査に言及。広島市長、「平和宣言」で、「海外のヒバクシャ」の救援を訴え。 | |
| 海部首相、平和祈念式参列後、原爆資料館仮展示場を見学。 | |
| 広島市の元安川などで、とうろう流しを実施。 | |
| 広島市の原爆供養塔の遺骨名簿(960人分)、韓国で初めて公開。歌人深川宗俊が名簿を携え訪韓。 | |
| 長崎市の原爆犠牲者慰霊・世界平和祈念旬間、開始(15日まで)。 | |
| 世界平和祈念ポスター・標語展、長崎市で開催(15日まで)。 | |
| 滋賀県被団協、追悼慰霊祭を大津市・円城寺、堅田教会で挙行。各生協などと共催。 | |
| 大竹市の原爆慰霊碑「叫魂」前で、追悼・平和祈念式(約500人参列)。 | |
| 新潟県被団協、追悼慰霊祭を新潟市役所前広場で挙行。 | |
| 福井県被団協、追悼慰霊祭を福井市・西山光照寺で挙行。終了後体験発表と懇談。 | |
| 北海道被団協、追悼慰霊祭を札幌市・新善光寺で挙行。15時、語り継ぐ会、18時とうろう行列。 | |
| 原爆殉難者慰霊祭、広島市の原爆ドーム横で挙行。 | |
| 広島県高田郡の敬覚寺で、被爆者ら、平和祈念の集いを開催(約150人参加)。 | |
| 米ミシガン州の郵便局員の作った千羽づる、静岡県の姉妹郵便局を通じて、広島市の「原爆の子の像」に供えられる。 | |
| 広島市の原爆供養塔前で、各宗派合同慰霊祭(約100人参列)。 | |
| キリスト教慰霊集会、広島市の原爆供養塔前で挙行。 | |
| 広島県安芸郡府中町の原爆の碑前で、府中町原爆慰霊式(約100人参列)。 | |
| 仏教慰霊法要、広島市の原爆供養塔前で挙行。 | |
| 広島市の平和記念公園前で、献燈式。 | |
| 原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇] | |
| 「第23回韓国人原爆犠牲者追悼式」、韓国・ソウルで挙行(約300人参列)。日本政府による40億円の一括・即時支払いなどを要求。長崎市長の謝罪メッセージを発表。 | |
| 第18回国鉄原爆死没者慰霊式典、広島市の同慰霊碑前で挙行。 | |
| 広島郵便局原爆殉職職員慰霊祭、広島市の多聞院で挙行(約200人参列)。 | |
| 広島県職員原爆犠牲者追悼式、広島市中区で挙行。 | |
| 郵政関係職員原爆死没者慰霊式、広島市の中国郵政局で挙行。 | |
| 原爆殉職会員並びに医療従事者の追悼法要、広島市の平和大通りで挙行。 | |
| 広島市平和記念公園内の慰霊碑前で、損保従業員慰霊祭(約200人参列)。 | |
| 中・四国土木原爆殉職者慰霊祭、広島市の原爆ドーム横で挙行(約90人参列)。 | |
| 新聞労働者慰霊祭、広島市の「不戦の碑」前で挙行(約100人参列)。 | |
| 電気通信関係原爆死没者慰霊式、広島市のNTT基町ビル前で挙行(約200人参列)。 | |
| 広島第一県女原爆犠牲者追悼式、広島市の平和大通りで挙行(約120人参列)。 | |
| 第34回原爆追悼式、広島市の動員学徒慰霊碑前で挙行(約200人参列)。 | |
| 広島市の平和記念公園内「平和観音像」前で、中島本町追悼法要(約120人参列)。 | |
| 広島市の旧天神町北組の遺族ら、平和記念公園の慰霊碑前で慰霊祭。 | |
| 広島県比婆郡の禅仏寺で、東城平和祈念式(東城町原爆被害者の会会員ら120人参列)。 | |
| 第45回広島県被団協慰霊祭、広島市の浄園寺で挙行。 | |
| 鳥取県原爆被害者協議会主催被爆45周年鳥取県原爆死没者追悼・平和祈念式典、鳥取市で開催(約180人参列)。 | |
| 嵐の中の母子像の供養式(広島市地域婦人団体連絡協議会主催)、広島市の平和記念公園で挙行(約100人参列)。 | |
| 平和祈念茶会、広島市平和記念公園で開催(裏千家淡交会広島県支部青年部主催、約600人にお茶)。 | |
| 「非核の政府を求める徳島の会」、「原爆の火」を保存する灯ろうを建設し、完成式開催。(福岡県八女郡星野村、「原爆の火」の分火の申し入れに対して、政治的利用の恐れを理由に分火を拒否。) | |
| 「ヒロシマを語る会」、在韓被爆者の証言集「海峡を越えて-訪韓・在韓被爆者の訴えを聞いて」(B5、102ページ)を出版。 | |
| 原爆詩集「原子雲の下より」(1952年刊行)に収録されなかった原爆詩を集めた「行李から出てきた原爆の詩」(B6、227ページ、広島文学資料保全の会発行)、刊行。 | |
| 広島県神石郡の原爆被害者協議会、「被爆45周年記念誌 ピカドン第2集-終わりなき闘い」を発行。 | |
| 原爆被害者相談員の会、広島市で、「原爆被害者証言の集い」を開催(約350人参加)。被爆者援護法制定を訴える寸劇などを上演。 | |
| 「第1回広島原爆俳句展」(中国地区現代俳句協会広島県支部主催)、広島市で開催(10日まで)。作品42点を展示。 | |
| 原爆記録映画会、長崎市の各公民館で開催(8日まで)。 | |
| 「第2回ヒロシマ平和映画祭in府中」、広島県府中市で開催(9日まで)。ポーランドの映画監督の講演「ヒロシマへの私の思い」、など。 | |
| ポーランドのアンジェイ・ブジォゾフスキ監督、来広し、被爆45周年を迎えた広島・長崎両市を描いたドキュメンタリー映画の製作を開始。 | |
| コンサート「8月の祈り」、大阪市で開催。原爆をテーマにしたオラトリオ「鳥の歌」を演奏。 | |
| 歌手さだまさしによるコンサート「長崎から・1990・夏・さだまさし」、長崎市で開催。 | |
| 「ノー・ニュークス・コンサート’90」(広島高校生平和ゼミナール主催)、広島市で開催。女優吉永小百合、友情出演し、原爆詩を朗読。 | |
| 「HIROSHIMA’90コンサート」、広島市で開催(聴衆約1200人)。収益金は原爆養護ホーム建設資金として活用。 | |
| 「’90平和コンサートの夕べ」(広島平和文化センターなど共催)、広島市で開催。「広島レクイエム」(糀場富美子作曲)などを演奏。 | |
| テレビ番組「ヒロシマから世界へ、世界からヒロシマヘ」(衛星第一テレビ)、放送(午前6時から終日)。 | |
| 中国新聞社、6日付夕刊で、英語版「ヒロシマ45周年」を特集し、発行。 | |
| テレビ番組「特集フレッシュモーニング」(原爆特集、広島ホームテレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「いま過ちをくり返していないか~ソ連反核運動からの教訓」(新広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「45年目の朝ヒロシマから」(広島テレビ)、放送。 | |
| 米NBCテレビ制作のドキュメンタリードラマ「ヒロシマ、灰の中から」、全米に放送(夜のゴールデンアワーに、2時間放送)。 | |
| テレビ番組「ニュースプラス1特集 被爆45年ヒロシマ・フォーク歌手小室等が見たヒロシマ・平和記念式典・海部首相と被爆者など」(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「マミーの顔がぼくは好きだ~母と子のヒロシマ」(NHK)、放送。在米被爆者の半生をドキュメンタリー部分を交えて構成。 | |
| テレビ番組「RCCスコープスペシャル いまヒロシマを問う・韓国の8・6ほか」(中国放送)、放送。 | |
| テレビ番組「衛星ブリッジ~ヒロシマ・ナガサキ・セミパラチンスクとの対話」(中国放送)、放送。 | |
| NHK・民放各局、広島市の平和祈念式典の模様を中継放送。 | |
| テレビ番組「墓標からの伝言~原爆ドームとヤン・レツル」(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「現代ジャーナル『作家が語る・自作への旅①堀田善衛“審判”』」(NHK教育)、放送。 | |
| テレビ番組「徹子の部屋『夫妻で原爆を描く 丸木位里・俊』」(広島ホームテレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「核・平和・女性~女性国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマ」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「世界に広がる核被害、いまヒロシマの役割」(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「特集ズームイン! 朝 ヒロシマ被爆45年・チェルノブイリは今」(広島テレビ)、放送。 | |
| 長崎で被爆した大串正喜ら、広島-長崎450キロを歩き通す「平和アピール・ウォーク」を開始(15日、長崎着)。 | |
| 日本被団協、「被爆者の森」植樹と記念碑完成式を広島市内で挙行。約130人が参加。 | |
| 「被爆者援護法を求めるヒロシマ集会」(連合・原水禁・核禁会議主催)、広島市で開催(約1000人参加)。援護法の早期制定を求めるアピール採択。 | |
| 原水爆禁止1990年世界大会「平和の波」行動、広島市で実施。 | |
| 日本原水協主催の原爆ドームを取り囲む「折鶴・人間の鎖行動」、実施(約2500人参加)。 | |
| 三原市の社会奉仕団体、市民に折りヅル作りを呼びかける「おりづるの会」を同市内で開催。 | |
| 広島市の福島生協病院前で、平和風船飛ばし。 | |
| 核兵器廃絶第4回8・6ヒロシマ平和マラソン大会、広島城周辺で実施(4回目、56人参加)。 | |
| 平和集会、広島市の西隣保会館で開催 。講演「被爆者医療の歩みと現状」など。 | |
| 広島市の原爆ドーム周辺で、原爆投下時刻に「ダイ・イン」実施(約1000人参加)。 | |
| 「セイクレッド・ラン・ヨーロッパ1990」、ロンドンを出発。モスクワまで約8000キロを走破し、核廃絶などを訴え。 | |
| 「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む広島集会」、広島市で開催(同集会実行委主催、約800人参加)。韓国人被爆者らを招待。 | |
| ソ連の「サマンサ・スミス少年少女合唱団」・広島女学院高校生・米ワシントンの高校生ら、広島市の元安川で灯ろう流し(約100人参加)。 | |
| 「ヒロシマ・デー国際電話プロジェクト」、広島市の平和祈念式の様子などを、国際電話でカナダなど十数カ国に生中継。 | |
| 「非核の呉港を求める会」、呉入港の外国艦船に非核証明の提出を義務づける市条例改正の直接請求署名簿(約3万4千人分)を、呉市選管に提出。 | |
| 米コネティカット州の高校生と広島女学院高校生徒が折った千羽づる、広島市の「原爆の子の像」に供えられる。 | |
| 北海道の占冠中学校生徒ら、来広し、平和学習。山県郡安野中学校生徒らと交流。 | |
| 広島市の舟入高校演劇部、第36回高校演劇コンクールで、原爆劇「ともこのオルゴール」を上演。 | |
| 原爆フィールドワーク、広島市平和記念公園で実施(広島県高校生平和ゼミナール主催、約400人参加)。 | |
| カトリック広島司教区、広島市で、韓国の戦争犠牲者から証言を聞く集いを開催。 | |
| 広島国際少年協会、西独ハノーバー市を訪問。同市主催「ヒロシマ被爆45周年平和記念式典」に参列。 | |
| 広島市、庁内関係部局による「被爆建物等継承方策検討会議」を設置。(広島市資料)[原爆遺跡] | |
| 「’90女性国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマ」(広島市・広島平和文化センター主催)、広島市で開催(聴衆約1000人)。日・米・ソ連・中国などのパネリストらが討論。テーマ「世界平和を考える 国際平和と核軍縮のために」。 | |
| 「国会議員・ヒロシマプロジェクト」に参加する議員ら、放影研などを見学。 | |
| 長崎市の国際文化会館、長崎市民に限り無料開放(15日まで)。 | |
| 日本被団協、広島市の平和大通りに「被爆者の森」を建設、完成式を開催(約100人参加)。 | |
| 1958年に、原爆資料館の展示品の説明文を英訳したアンドルー・ヒューズ、今秋の帰国を前に来広し、平和記念館などを見学。 | |
| 韓国のキリスト教アジア研究院生徒ら(15人)、来広。 | |
| 「原爆の図・丸木美術館」、原発分の電気料金支払い拒否で送電をストップされているため、太陽光発電装置を設置し、初点灯。 |
ドキュメント:1985年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 徳島市在住の被爆者、同一プールでの遊泳5000キロを達成。 | |
| 南太平洋での核実験を禁止し、核廃棄物や放射性物質の海洋投棄も禁止。南太平洋フォーラムで署名。 | |
| 広島電鉄、「電車内被爆者の集い」を開催。電車内で被爆した37人が参加。 | |
| 中曽根首相、広島市で、被爆者援護法の制定は必要ないとの見解を再表明。 | |
| 「被爆者代表から要望を聞く会」、広島市で開催。被爆者代表ら、中曽根首相に被爆者援護法制定などを要請。 | |
| 増岡厚相、広島市で、南米在住被爆者健康相談実施のため、10月にブラジル | |
| 広島県知事・市長、広島市で、中曽根首相・増岡厚相に被爆者援護措置の拡充強化を陳情。 | |
| 中曽根首相、広島市内の原爆養護ホームを慰問。 | |
| 島原市立第二中学校生徒ら、同市長に、被爆者にと千羽づるを寄託。 | |
| 中国総領事、日赤長崎原爆病院を慰問。 | |
| 日赤長崎原爆病院、過去一年(1984.8.1-1985.7.31)の被爆者診療概況をまとめ発表。 | |
| 広島・長崎双方の原爆投下に参加した B29の搭乗員、来広し、平和祈念式に参加。 | |
| 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式典を挙行。約5万5000人が参列。 | |
| 第67回全国高校野球選手権大会に出場する広島工選手ら、原爆投下時刻に、大阪市で黙とう。 | |
| 広島県警交通部、平和祈念式・灯ろう流しに伴い、交通規制を実施。 | |
| ジーン・ラロック米海軍退役少将、来広し、平和祈念式に参列。 | |
| 福山市の国鉄職員、来広し、平和祈念式のもようなどを写真撮影(20年前から撮影を継続)。 | |
| 「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(広島市主催)、同市で開催(約 55000人参加し、過去最高)。中曽根首相参列。在外被爆者初めて献花。 | |
| 広島市の原爆投下時刻に、長崎市で、サイレン吹鳴。 | |
| 全米教会協議会(米最大の宗教団体)から、広島市の平和祈念式に声明文届く。 | |
| 今年 4月に死亡した在米被爆者クニコ・ジェンキンズ、原爆慰霊碑の死没者名簿に記載され奉納。 | |
| 広島市の川で、原爆犠牲者慰霊の灯ろう流し。 | |
| 被爆四十周年原爆犠牲者慰霊・世界平和祈念旬間、長崎市で開始(15日まで)。 | |
| 広島市で、同市医師会原爆殉職会員・医療従事者慰霊祭。 | |
| 広島市で、電気通信関係原爆死没者慰霊式。 | |
| 鳥取県原爆被害者協議会、鳥取市で被爆40周年原爆死没者追悼・平和式典を開催(300人参加) 。 | |
| 広島市で、県立二中原爆慰霊祭。 | |
| 広島市の平和記念公園内原爆供養塔前で、原爆死没者慰霊祭(広島戦災供養会主催)。 | |
| 広島市で、広島市女原爆忌追悼会。 | |
| ローマ法王、原爆記念日で、原爆犠牲者のための特別ミサを実施。 | |
| 広島市で、広島県職員原爆死没者慰霊祭。 | |
| 巡業中の広島市で被爆した移動演劇隊「桜隊」の慰霊追悼会、東京都で開催(約 100人参加)。 | |
| 広島市の動員学徒慰霊碑前で、動員学徒原爆追悼式。 | |
| 広島市の旧内務省中四国土木出張所殉職碑前で、慰霊祭。 | |
| 広島市の平和記念公園で、「嵐の中の母子像」供養。 | |
| 広島県被団協、広島市で被爆40周年追悼法要。 | |
| 広島市の第一県女慰霊碑前で、慰霊祭。 | |
| 広島市の慈母碑前で、原爆死没者慰霊祭。 | |
| 広島市で、広島市女職員・生徒原爆死没者慰霊祭。 | |
| 「原爆犠牲新聞労働者の碑-不戦」、広島市に建立され除幕式(約 100人参加)。 | |
| 広島市で、旧中島町の第40回追悼法要(約 200人参加)。 | |
| 広島市で、広島女高師・同付属山中高女・第二県女三校合同原爆死没者慰霊祭。 | |
| 東広島市の養護施設広島新生学園で、原爆死没者らの慰霊碑を建立し、除幕式。 | |
| 広島市の西本願寺広島別院で、全戦没者追悼法要。 | |
| 大竹市原爆被爆者協議会主催第三回原爆死没者追悼・平和祈念式、同市で開催(約 250人参加)。 | |
| 広島護国神社で、原爆慰霊祭。[天皇] | |
| 広島市の旧市立第一高等女学校慰霊碑に、原爆犠牲者名を刻んだ銘碑 2基建立され、除幕式(約 500人参加)。 | |
| 市立第一高等女学校慰霊碑の銘碑(中島町・平和大橋西詰) | |
| 広島市で、国鉄職員原爆死没者慰霊祭。 | |
| 広島市の左官庁周辺縁故者供養塔前で、原爆犠牲者慰霊法要(約30人参加)。 | |
| 不戦の碑-原爆犠牲新聞労働者の碑(加古町・河岸緑地) | |
| 吉田町原爆被害者の会の無名戦没者慰霊碑(高田郡吉田町) | |
| 原爆の碑(安芸郡府中町) | |
| 庄原市の原爆慰霊碑前で、原爆犠牲者追悼慰霊祭。 | |
| 広島市の天神町北組慰霊碑前で、慰霊祭(約70人参加)。 | |
| 広島市の郵政関係職員原爆死没者慰霊碑前で、慰霊式。 | |
| 広島県高田郡吉田町原爆被爆者の会、原爆死没者のための慰霊柱を建立し、慰霊式典開催。 | |
| 広島県安芸郡府中町に原爆慰霊碑完成し、除幕式(約 200人参加)。 | |
| 広島市の広島大学関係学校追悼碑前で、原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島新生学園慰霊碑(東広島市) | |
| 広島市の川内村義勇隊慰霊碑前で、慰霊祭。 | |
| 広島市の広島郵便局原爆殉難碑前で、原爆殉職職員慰霊祭。 | |
| 広島市の天理教広島教務支庁で、原爆死没者慰霊祭。 | |
| 「韓国原爆被害者協会」、ソウル市で、原爆犠牲者追悼式を開催(約 150人参加、18回目)。 | |
| 元陸軍兵士、保管していた長崎市の被爆遺物「天使の石像」を返還するとの意向表明。[原爆遺跡] | |
| 広島女高師付属山中高等女学校同窓生ら、被爆直後、治療を受けた似島での医療活動を聞く会を広島市で開催。[原爆遺跡] | |
| 「被爆者証言の集い」、広島市で開催。被爆者55人が体験発表(聴衆約 500人)。 | |
| YMCA国際平和研究所、平和記念公園で、核兵器の脅威を訴える野外ギャラリー開催。 | |
| 米・N・Y紙、日米関係意識調査(原爆投下、真珠湾(パールハーバー)攻撃などについて)結果を掲載。 | |
| 広島市の雑貨店経営者、友人の作った原爆詩を、平和祈念式参列者らに配布。 | |
| 原爆記録映画会、長崎市の公民館で開催(8,9日も)。 | |
| 科学万博・国連平和館の大壁画「平和のキャラバン」制作参加費、割引き(9日も)。 | |
| 画家たべ・けんぞうによる立体構成の作品展「ヒロシマの日・満40周年記念展」、東京で開催(18日まで)。テーマ「平和な日常生活にしのびよる核戦争」。 | |
| スウェーデン・ゲーテホルグで、染色工芸家による原爆作品展開催(25日まで)。 | |
| 広島で被爆した浄土真宗西本願寺布教使・稲葉道善、原爆慰霊碑前で、琵琶の弾き語りで、原爆の惨状訴え。 | |
| 「第六回原爆犠牲者にささげる音楽の夕べ」(同実行委主催)、広島市で開催(聴衆約 600人)。 | |
| 米の指揮者レナード・バーンスタインら、被爆40周年を記念して、広島市で「広島平和コンサート」開催(聴衆約1800人、 7日も。11日はウィーンで最終公演)。 | |
| 原爆をテーマにしたオラトリオ「鳥の歌・ひろしま」、大阪市で上演。 | |
| 東京の私立成城高校OBら、広島市の原爆供養塔前で、鎮魂歌「めぐり来る原爆の日に-」合唱。 | |
| ラジオ番組「それぞれの平和宣言~原爆資料館対話ノートから」(NHK)放送。 | |
| テレビ番組「鶴」(被爆した旧制広島一中生徒を取材)(中国放送)、放送。 | |
| テレビ番組「ヒロシマ・ナガサキの役割」(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「被爆40周年・アメリカ・核・ヒロシマ『40年目の断層』」(中国放送)、放送。 | |
| テレビ番組「奇蹟の再会」(電車内被爆者の再会の記録)(テレビ新広島)、放送。 | |
| テレビ番組「ウィズYOU『平和への提言 ジャック・レモン』」(中国放送)、放送。 | |
| ラジオ番組「被爆40年次の世代への伝言」(HNK)、放送。 | |
| テレビ番組「被爆40年~爆心地・生と死の記録」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「ナイス11『平和宣言と広島の役割』(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「被爆40年特集『夏の詩・永遠のみどり』」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「ニュースセンター9時『原爆の日 世界はヒロシマをどう伝えたか』」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「ドキュメンタリー『夏炎』 第一部ヒロシマへ・軍都は流転する(再) 第二部天に焼かれる・被爆作家大田洋子(再) 第三部歳月・ヒロシマ40年 第四部ヒロシマ・日本・地球-人類に未来はあるのか」(広島テレビ)、放送。 | |
| ラジオ番組「ジャーナル・ステーション」(広島FM)、平和祈念式典の模様を中継放送。 | |
| テレビ番組「ズームイン!!朝! 『ヒロシマ40年目の夏・大江健三郎を迎えて』」(広島テレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「戦争を知っていますか『子どもたちへのメッセージ・広島』」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「ズームイン!!朝!」、平和祈念式の模様などを中継。 | |
| テレビ番組「被爆40周年特集・ひろしま630スペシャル 平和宣言にみる戦後40年」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「朝のホットライン 被爆40年目の再会」(中国放送)、放送。 | |
| テレビ番組「こんにちは!長崎」(テレビ長崎)、広島・長崎の二重被爆者を取り上げ、放送。 | |
| 米3大テレビネットワークのABC・CBS・NBC、広島市での「平和祈念式」を、全米に衛星中継(米への生中継放送は初めて)。 | |
| NHK、中国など民間放送、平和祈念式の模様をテレビ中継。 | |
| テレビ番組「被爆40年ヒロシマの願い」(ホームテレビ)、放送。 | |
| テレビ番組「ニュースアイ」(広島テレビ)、原爆記念日の広島市の模様を放送。 | |
| テレビ番組「被爆40周年特集『いつまでも絶えることなく・次の世代へのメッセージ』」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「被爆40周年特集『原爆の絵は訴える』」(NHK)、放送。 | |
| テレビ番組「もう少し生きたい-ガンと闘う在米被爆者の記録」(中国放送)放送。 | |
| 、南仏・ソルグ市に「1945年8月6日公園」が誕生. | |
| 原水爆禁止 ’85世界大会「ヒロシマのひろば」、広島市で開催(約1万人参加)。核兵器廃絶を訴えるアピール採択。折り鶴平和行進実施。 | |
| 日本原水協、広島市で、独自集会「核兵器全面禁止・廃絶 8.6国際共同行動 デー広島集会」を開催(約6000人参加)。 | |
| 原水協・被爆者懇談会、広島市で開催。 | |
| 平和を語る青年のつどいなどの呼びかけで、原爆投下時刻に広島市でダイ・イン(約 600人参加)。 | |
| 「仙台七夕まつり」で「平和を祈る七夕・市民のつどい」、「ノーモア・ヒロシマ」を願って、ツルの吹き流しを展示。 | |
| 英のCNDグループ、反核デモ実施(ロンドンなどで47人逮捕)。 | |
| 米・サンフランシスコ市議会、全米から寄せられた折りづる約3000羽を市役所ホールに特別展示。 | |
| 「ストップ・ザ戦争への道!ひろしま講座」、独自の平和宣言文を作り、平和公園周辺で配布。 | |
| 日本青年平和友好祭長崎県実行委員会、長崎市に「非核自治体宣言」の早期決議などを要請。 | |
| 広島市の平和団体「ワールド・フレンドシップ・センター」などでつくる「ヒロシマ・デー・国際電話プロジェクト」、電話を通じて海外15カ国に同時中継。 | |
| 広島県愛瓢会、 8月 6日の平和祈念式に参列する核保有国代表にヒョウタンを贈り、核廃絶を訴え。 | |
| 非核平和都市宣言をしている東京・中野区、大阪・枚方市など、広島市の平和祈念式に住民を派遣。 | |
| 環境保護団体「グリーンピース」、米国会議事堂の改修工事用クレーンに横断幕を掲げ、核廃絶を訴え。 | |
| 日本生協連、各地の子供連れの母親らによる平和運動交流会、開催(約 200人参加)。 | |
| 女性の反核グループ、広島市で「女たちが創る 8.6ヒロシマのつどい」開催(約 120人参加)。 | |
| 米の市民グループ「生存のための動員」など、全米45カ所の核施設に抗議デモ(10日まで、計 150人余が逮捕される)。 | |
| 「フィリピン非核連合」など、マニラで集会開催。 | |
| 西独ムートランゲンで反核デモ(18人逮捕)。 | |
| 民間のスポーツ団体、「広島-長崎マラソン」開催(9日、長崎着)。 | |
| 日米の大学生による平和シンポジウム、安芸郡府中町で開催(約80人参加)。 | |
| 呉市の延崎保育所で「愛と平和の集い」開催。 | |
| 世界平和連帯都市市長会議協賛特別展、長崎市で開催(11日まで)。 | |
| 長崎国際文化会館、無料開放(15日まで)。 | |
| 米が、広島・長崎への原爆投下直後、ソ連に核攻撃する図上計画を検討していたことが判明。 | |
| 広島市の特別名誉市民ノーマン・カズンズ、広島市で16年ぶりに原爆乙女と再会。 | |
| 米大統領、原爆投下40周年で声明を発表。 5日の発言より穏やかな表現で原爆投下を正当化。 | |
| ソ連共産党機関誌、1945年の米の原爆投下についての論説を掲載。 |
ドキュメント:1980年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 長崎市で被爆した元連合軍捕虜ら、平和祈念式参列のため長崎市を再訪。 | |
| 米下院商業委小委員会、ネバダ核実験場周辺住民の被ばく問題についての報告書発表。同報告書は、核実験被ばく者の存在を確認。 | |
| ネバダでの核実験による住民の被害を調査している米国下院小委は、原子力委員会が住民の被害記録を隠していたことを暴露。被曝者への慰謝料支払い勧告。 | |
| 原爆で全滅したとされていた部隊の生存者、広島市で部隊長の遺族と対面。 | |
| 来広中の官房長官、被爆者代表と懇談、行政への要望を聴取。 | |
| ひろしま美術館、原爆手帳所持者に無料開放される。 | |
| 原爆医療に尽くした故永井博士の和歌を彫った銅板、長崎市に寄贈される。 | |
| 日赤長崎原爆病院、1979年8月~1980年7月の被爆者診療概況を発表。 | |
| 広島市主催「広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」、広島市平和記念公園で開催。広島市長、平和サミットの広島での開催を提唱。 | |
| 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式典を挙行。雨の中、約3万5000人が参列。 | |
| 全国高校野球大会出場の広島の高校野球チーム、大阪市で原爆投下時刻に黙とう。 | |
| 広島市の電車・バス、原爆投下時刻に停車し乗客ら黙とう。 | |
| 広島原爆病院で原爆投下時刻に入院患者ら、黙とう。 | |
| 広島市元安川で、原爆死没者慰霊の「とうろう流し」行われる。 | |
| 爆心地に当たる島病院で職員ら、被爆死した患者らの慰霊祭。 | |
| 広島県被団協(森滝理事長)、広島市で「被爆35周年原爆死没者追悼法要」。 | |
| 庄原市の原爆犠牲者慰霊碑前で追悼法要。 | |
| 広島市の中国電気通信局で、原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島市の原爆供養塔前で、宗教家による原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島市の旧県庁跡慰霊碑前で、広島県職員原爆犠牲者追悼式。 | |
| 広島市の原爆ドームそばで、旧内務省中四国土木出張所の原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島西郵便局、市内の寺院で旧広島郵便局職員の原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島市の動員学徒慰霊塔前で、広島県動員学徒等犠牲者追悼式。 | |
| 広島大学で、広島大学原爆死没者追悼式。 | |
| 広島市観音高校で、旧広島二中原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島市皆実高校で、旧広島第一県女の原爆犠牲者追悼式。 | |
| 広島市の旧広島市立高等女学校慰霊碑前で、原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 広島師友会、護国神社で旧中国管区司令部の原爆犠牲者慰霊祭。[天皇] | |
| 福山原水爆禁止市民の会、原爆犠牲者慰霊にと福山市でとうろう流し。 | |
| 福岡県八女郡の「原爆の火」前で平和祈念式。 | |
| 兵庫県の「アンネのバラ教会」で、原爆犠牲者追悼ミサ。 | |
| 広島県五日市町で、身元不明の4名の原爆犠牲者の追悼法要。 | |
| 広島県東城町原爆被害者の会、同町で原爆犠牲者慰霊祭。 | |
| 呉市の県立広高校で全校生徒登校し、平和学習。 | |
| 横浜市在住の被爆者、被爆ズボン等を広島市原爆資料館に寄贈。 | |
| 福岡県在住の婦人、未公開の長崎市の被爆写真を長崎国際文化会館に寄贈。 | |
| 広島県高校生平和ゼミナール、平和学習法をまとめた「平和のための学力を」刊行。 | |
| 「子どもたちに、世界に!被爆の記録を贈る会」、東欧での原爆写真展開催のため日本を出発。 | |
| 「原爆犠牲者にささげる音楽の夕べ」、広島市で開催。 | |
| 中国の人民日報、原爆記念日に「今日の広島」と題するルポルタージュ掲載。 | |
| NHK制作ルポルタージュ「爆心地のジャーナリスト」、放送。 | |
| NHK制作原爆特集シリーズ「平和祈念式を前に」、放送。 | |
| KTN制作のローカル番組で、7月に出版された原爆絵本「長崎を忘れない」を取り上げ放送。 | |
| 広島ホームテレビ制作のローカル番組で、基町の被爆エノキを取り上げ放送。[被爆樹木] | |
| RCC制作原爆の日特別番組「ヒロシマ35年未ダ補償ナシ」放送。 | |
| RCC制作の家庭番組で「原爆投下後35年の広島の声」など放送。 | |
| NHKなど「原爆死没者慰霊・平和祈念式」を中継放送。 | |
| 広島国際文化財団の招きで原爆問題取材中の米記者の平和祈念式の記事、米地方紙に掲載される。 | |
| 原爆のため休刊した1945年8月6・7日の新聞が、当時の記者によって発刊される。 | |
| 広島テレビ制作のローカル番組で、原爆資料など取り上げ放送。 | |
| NHK制作のローカル番組で原爆遺跡を取り上げ放送。 | |
| 広島市在住の被爆者、核保有国元首に核廃絶を求める手紙を送付。 | |
| 第6回北海道灯篭流しを鴨々川で実施.100人参加. | |
| 鳥取県被団協、慰霊祭を鳥取市・丸山墓苑で開催.新慰霊碑への移転式. | |
| 北海道被団協、原爆死没者36周忌北海道追悼会を札幌市・新善光寺で開催.200人参加. | |
| 新潟県被団協、新潟市庁舎外廊で原爆犠牲者追悼の行事を挙行. | |
| 広島県被団協、被爆35周年原爆死没者追悼法要を広島市・見真講堂で開催. | |
| 「核実験に抗議する長崎市民の会」、7月31日の米・ソ連の核実験に抗議して、長崎市平和公園で座り込み。 | |
| 市民団体による核軍縮キャンペーン「ヒロシマ・デー」、ロンドンで開催。広島県原水禁代表ら参加。 | |
| 「1980ヒロシマ・ナガサキ行事実行委員会」、米・ハリスバーグ市で核廃絶訴え集会を開催。 | |
| 米の市民グループ「生存のための動員」など、全米約百ヶ所で原水爆反対を訴え集会・デモ。 | |
| スウェーデンの市民グループ、ストックホルムで核兵器反対のデモ。 | |
| 「第7回8・6全国高校生集会」、広島市で開催。 | |
| 岡山県の湯原中学校の卒業生ら、来広し平和祈念式に参列。 | |
| 竹原市の賀茂川中学校で全校生徒登校し、平和学習。 | |
| 大竹市の小方小学校で全校生徒登校し、平和学習。 | |
| 来日中の日米反核専門家会議会長、広島市に米の原発事故被災のハリスバーグ市との姉妹都市縁組を申し入れ。 | |
| 原爆慰霊碑横がスロープ化され、広島福祉青年会議事務局長、車イスで慰霊碑参拝。 | |
| 広島市の原爆資料館、開館以来最高の入館者を記録。 | |
| 三重県で、非被爆者による被爆者手帳の不正使用が発覚。 |
ドキュメント:1975年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 倉本寛司北カリフォルニア被爆者協会会長と据石和南カリフォルニア被爆者協会代表世話人、ホワイトハウスを訪れ、在米被爆者に対する連邦政府の援助を求めるフォード大統領宛ての直訴文を渡す。 | |
| 田中正巳厚相、外国人被爆者への原爆医療法の適用について、治療目的のビザに限らず適用するとの方針表明。 | |
| 米オハイオ州ウィルミントン大学で開かれた「広島・長崎30年後」会議で、倉本寛司、据石和、在米被爆者の救いのない実情を訴え、参加者の支援を求める。 | |
| 田中厚生大臣、平和式典終了後、広島原爆養護ホーム・原爆病院・放射線影響研究所を訪問。 | |
| 韓国原爆被害者援護協会、日本政府に在韓被爆者の治療と補償を求める声明を発表。 | |
| 大阪市の被爆二世の高校生、白血病で死亡。 | |
| 旧陸軍兵器学校広島分校所の元学徒兵19人、広島市内で開催。 | |
| 広島県公安委員会・広島市、午前7時から3時間、平和記念公園前の平和大通り900メートルを車両通行止めとする。(初) | |
| 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。約4万人が参列。88人が流れ献花。式中、糾弾状を持った男が荒木市長にかけ寄ったが制止される。 | |
| 大阪・西成あいりん地区の「釜ケ崎被爆者の会」代表13人、広島平和式典に参加。 | |
| ラロック米海軍退役少将、広島市の平和式典に参列。 | |
| 荒木広島市長平和宣言。(被爆の惨状を述べたあと)「今や世界が、無秩序な核戦略時代という人類の滅亡を招く重大危機に突入しつつあることは、広島市民として絶対に黙視できないところである」と訴え | |
| 式典出席の田中厚相、外国人被爆者の治療で「治療目的のビザでなくても正規の手続きで入国、一定期間滞在すれば原爆医療法を適用」の方針を表明 | |
| 中核派の学生、早朝広島平和公園の原爆慰霊碑を「占拠」、平和宣言を読み上げる直前の市長に突進し、それぞれ逮捕される。 | |
| 浄土真宗本願寺派築地別院(東京)で「原爆被爆30周年追悼法要。約150人が参列。江戸屋猫八(落語家)・佐々木久子(雑誌「酒」編集長)らの発起。 | |
| 広島県庄原市山内町で元広島第1陸軍病院庄原分院山内病棟で死亡した軍関係被爆者の慰霊祭と死没者追悼座談会。 | |
| 広島市立中学慰霊碑除幕式。約300人が参列(小網町・天満川岸) | |
| 極楽寺山地蔵尊(佐伯郡廿日市町) | |
| 被爆者青年同盟のメンバー、原爆ドームに上がり、軽犯罪法違反などの疑いで逮捕される。 | |
| 福島菊次郎の写真展「30年目のゲンバク-放射能遺伝障害の恐怖」、東京・赤坂で開催。 | |
| 山田典吾監督の映画「はだしのゲン」の撮影が、広島市で始まる。 | |
| 阿部野人監督の日本とポーランドの合作映画「灯は生きている」の撮影が、広島市で始まる。 | |
| 「丸木位里・俊原爆の図展」、広島市の福屋デパートで開催。-14日。約4万5000人が入場。 | |
| 反戦集会「ヒロシマ+1」(核実験抗議船フリーのよびかけ)、広島市内で開催。約200人が参加。 | |
| 第3回原爆と科学・教育・文化を考える集い実行委員会、「原爆30年を考える長崎市民の集い」を開催。 | |
| 広島市の安田女子高校、栗原貞子の詩「生ましめん哉」のモデルになった平野美貴子の被爆体験を聞く。 | |
| 広島県三次市の高杉小学校、集団疎開した広島市袋町国民学校の疎開児童6人を招き、体験を聞く。 |
ドキュメント:1970年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 広島の女子高校生グループ「折鶴の会」、3月に白血病で死亡した8歳の被爆二世の少女をしのぶパンフレットを平和記念式終了後、遺族に配布。 | |
| 内田常雄厚生大臣、平和式典終了後、広島原爆病院と原爆養護老人ホームを慰問。 | |
| 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。約5万人が参列。米兵捕虜の名前が合祭。 | |
| 山田広島市長平和宣言。「ヒロシマの叫びは、世界の世論に支えられ、少なくとも核兵器の使用を阻止してきた。われわれはこの成果を踏まえて、国民的悲願を結集しつつ、ヒロシマの体験をすべての人の心に探く定着させ、核兵器の全廃と世界恒久平和 | |
| 広島市の原爆死没者名簿に米兵捕虜と白系ロシア人の名簿を記載。 | |
| 旧中島本町原爆復元地図製作委員会、平和公園で復元地図の碑除幕式と慰霊式. | |
| 鷹野橋商店街振興組合原爆犠牲者慰霊碑、大手町五丁目で除幕式 | |
| 済美学校の碑、広島市八丁堀で除幕式。 | |
| 原爆被災資料広島研究会、原爆被災資料総目録第二集を発行.内容:官公庁文書・中国放送(RCC)・広島テレビ(HTV)・映画・音楽. | |
| 原爆記録映画「ヒロシマ・原爆の記録」、広島市公会堂で一般公開。中国放送・広島テレビでも放映。 | |
| 広島市と報道三社製作の映画「ヒロシマ・原爆の記録」(29分)、一般公開。広島市公会堂で六回上映。テレビ放映も | |
| ニューヨーク・タイムズ、「ヒロシマの教訓」と題する社説を掲載。 | |
| 中国放送RCC,平和記念式典の模様を宇宙衛星により米CBS系ネットワークを通じ全米に向け放映。初の試み。 | |
| 日本原水協の第16回原水禁世界大会広島大会。広島県立体育館に約五千人「核兵器と侵略のない世界実現のために、共に戦うことを被爆二十五周年の広島から全世界に呼びかける」 | |
| 原水禁国民会議などの被爆25周年原水爆禁止世界大会、閉会。 | |
| 8・6ヒロシマ反戦集会。広島平和記念公園に学生、労働者ら1500人が参加。 | |
| 北ベトナム労働党機関紙ニャンザン、原爆投下は不必要だったとする社説を掲載。 | |
| クランストン米上院議員、「原爆投下はトルーマン大統領の誤り」と、広島・長崎平和使節団に語る。 | |
| クレイグ・ホズマー塀下院議員、下院本会議で原爆投下は「必要やむを得ない措置であった」と演説。 | |
| フランス、ムルロア環礁で核実験。同国の実験はこれで通算39回に。 |
ドキュメント:1960年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 広島県・市、原爆慰霊式ならびに平和記念式典を挙行。明仁皇太子・中山マサ厚生大臣・清瀬衆議院議長・各政党代表など参列。約4万人が参列。[天皇] | |
| とうろう流し、広島市内6つの川11か所で実施。 | |
| 原爆15周年記念総合体育大会、広島市内の22会場で開催。-7日。 | |
| 中山マサ厚生大臣、広島市内の旅館で県動員学徒犠牲者の会・県身体障害者団体連合会など県内23団体の陳情を受ける。広島市、原爆総合医療研究所の設置を要望。 | |
| 「原爆の子追悼のつどい」(第3回)、広島市平和公園の原爆の子の像の前で開催。約200人が参列。 | |
| 原爆などで死亡した消防関係者の慰霊祭、広島市比治山公園内の慰霊碑まえで開催。 | |
| 原爆犠牲者慰霊のミサ、広島市幟町の世界平和記念聖堂で開催。約200人が参列。 | |
| 広島市古田町古江婦人会、似島沖で原爆犠牲者の海上供養を実施。 | |
| 東京虎ノ門・社会事業会館で被爆15周年原爆犠牲者慰霊祭を挙行。1500人が参加。 | |
| 広島市医師会原爆殉職碑(小町・平和大通公園) | |
| 嵐の中の母子像(広島平和記念公園) | |
| 英の原水爆禁止全国青年運動のメンバー、広島原爆犠牲者追悼ミサを英首相官邸前で実施。 | |
| 広島県原水協、平和公園で、原水爆禁止県民大会を開催。約3000人が参加。 | |
| 第6回原水爆禁止世界大会本会議(第1日)、東京・千駄ケ谷の都体育館で開催。中国代表、中国総工会などから被爆者に見舞金10万元(日本貨で約1,500万円)を贈るとのメッセージを発表。 | |
| 「若い日本の会」の城山三郎・大江健三郎・開高健・桂芳久の4人、広島入り。平和式典に参加後、県教育会館で開催されたシンポジウムに出席。 | |
| 広島県三次市三次小学校の生徒約30人、広島市平和公園の「原爆の子の像」建立の契機になった佐々木禎子の墓(三次町の専法寺)に千羽鶴を捧げる。 | |
| 明仁皇太子、広島原爆病院を見舞い、ABCCを訪問。[天皇] | |
| 明仁皇太子、似島学園を慰問。原爆慰霊碑の近くに楠の記念植樹[孤児][天皇] |
ドキュメント:1955年8月6日<作業中>
| できごと | 備考 |
|---|---|
| 神戸市在住の被爆者(52才)、自殺。原爆で父を失った少年(19才)も、自殺。長田新、原因として政治の貧困と市民による救援活動の欠落を指摘。 | |
| 広島市社会課、供養塔に眠る無縁仏のうち2200柱の名簿を同塔前で公開。50名が遺骨と対面。 | |
| 久保山すず、吉川清を見舞う。 | |
| 広島市、原爆孤児ら約2000人を招いて、戦災児童と戦災母子世帯慰安の夕を開催。 | |
| アームストロング米国平和協会幹事(世界大会米国代表)、原爆患者治療費100万ドル募金運動を計画。 | |
| 元米国下院議員、来広し、米で原爆被災者救援のため百万ドル募金を起こす考えを表明。 | |
| 広島市原対協、平和公園で、被爆者に無料の治療を呼びかけ。(毎日新聞) | |
| 広島市、原爆死没者慰霊祭・平和記念式典を開催(約3万人参列)。原爆10周年を記念して、被爆当時、防火・避難復旧作業などに活躍した人々を表彰。 | |
| ひろしま川まつり委員会、午後8時から本川など7つの川でとうろう流し。 | |
| アームストロング前米下院議員から広島市民への平和のチャイム贈呈式、平和式典終了後、慰霊碑前で開催。 | |
| 移動劇団「さくら隊」原爆殉難碑、広島市(中町・平和大通公園)に建立され除幕式。 | |
| 元広島師団司令部関係原爆死亡者の慰霊祭・供養塔除幕式、広島市基町で(100人余参列)。(毎日新聞) | |
| 原爆死没者供養祭(戦災供養会主催)、広島市広島平和記念公園の新原爆供養塔で開催。約2000名が参加。 | |
| 広島県庄原市の「原爆犠牲者軍人慰霊碑」前で追善法要。(毎日新聞) | |
| 電電公社職員の原爆職員慰霊碑除幕式、広島市基町で(約350人参列)。(毎日新聞) | |
| 日蓮宗、広島市の原爆慰霊碑前で世界立正平和運動平和大会を開催。信者約1000名が参加。増田日達管長、小型機で空から原爆犠牲者の冥福を祈る。 | |
| 西本願寺広島別院、24隻の船を連ねて水上法要。 | |
| 柴田重暉広島市議会議長(被爆当時、市助役)、体験記「原爆の実相」を出版。 | |
| 広島高等学校第19回文科同窓会、原爆死した江村美智也遺稿抄「ふるさと」出版記念会を開催。 | |
| 広島物療専門学校、市内医師会館で放射能とその影響についての講演会を開催。講師:佐久間広島大学教授、重藤広島赤十字病院長。 | |
| 米ABC放送、「広島の声」を放送。 | |
| 原爆被災者大竹同志会結成式、大竹市で開催(約600人参加)。大竹市からは被爆当時、義勇隊が出動、うち約400人が被爆死。 | |
| 京都府在住の被爆者3名(藤田登良雄・高木幸太郎(公三)・福井満夫)、第1回原水爆禁止福知山大会で出会い、被災者の回結成発起人となる。(「京友会のあゆみ」910333) | |
| 甲奴・神石連合原爆被害者の会(会長井手口茂美)会員(135名)、労組・青年会などによる無料バスで、原水爆禁止大会に出席(毎日新聞備後版)。 | |
| 高橋昭博(広島)、原水爆禁止世界大会本会議に被爆者代表として参加。 | |
| 山口みさ子(長崎原爆乙女の会会長)、原水爆禁止世界大会本会議に被爆者代表として参加。 | |
| 久保山すず、原水爆禁止世界大会本会議に水爆実験被害者代表として参加。 | |
| 吉川清、広島県教組主催「原爆被害者を囲む懇談会」(天満小学校)に参加。 | |
| 峠和子、広島県教組主催「原爆被害者を囲む懇談会」(天満小学校)に参加。 | |
| 滝谷、広島県教組主催「原爆被害者を囲む懇談会」(天満小学校)に参加。 | |
| 寺岡、広島県教組主催「原爆被害者を囲む懇談会」(天満小学校)に参加。 | |
| ビルマのラングーンで広島10周年集会。 | |
| 原水爆禁止世界大会、広島市で開催(8日まで、正式参加約5000人、傍聴者を含めると2万人余)。2日目の分散会場で、原爆障害者による体験報告。3日目、本会議場で原爆被害者救援カンパを実施、被害者救済を盛り込んだ大会宣言を採択。 | |
| 原水爆禁止世界大会準備会、広島市の平和広場で「歓迎と祈りの国民大会」を開催。約3万人が参加。 | |
| 広島市公会堂で平和合唱交歓会。 | |
| 広島市内泉邸ホテルで8・6大会参加の文学者を囲む座談会。中野好夫・中野重治・山代巴・永瀬清子ら90余名が参加。 | |
| 世界連邦建設琉球同盟、原水爆禁止を要求する平和大会を開催。 | |
| 法務省、共済圏からの世界大会大会代表のうち北朝鮮系を除き、入国を許可。 | |
| 北海道美唄市で平和市民大会。1000名が参加。「8月6日を原水爆抗議の日として年中行事とする」ことなどを決める。 | |
| 会場内に入れなかった世界大会代表約500名、広島市本川小学校で開催された原爆被害者50名との懇談会に出席。 | |
| 世界連邦母の会広島支部、結成式を広島女学院中学校講堂で開催。柳原白蓮同本部理事らが参列。 | |
| 原水爆禁止世界大会「学生の集い」、修道高校で被爆者との懇談会を開催。全国70の大学・高校から約500人が参加。 | |
| 伊藤豊(被爆当時広島銀行副頭取)など9人、「原爆想い出の会」を東京で開催。 | |
| 長崎市教組・県高教組、平和教育研究集会を国際文化会館で開催(~9日)。九州各県から約700人が参加。清水幾太郎が講演。(長崎日々) | |
| 広島平和記念資料館、完工し、原爆資料展示会を開催。 |
ドキュメント:1950年8月6日<作業中>
| 事項 | 備考 |
| 広島戦災供養会、中島本町の供養塔前と似島で供養会を挙行。 | |
| 浜井広島市長、米国ロサンゼルス市で戦災5周年にあたりコメントを発表。「この戦災によって一挙に21万8000人を失った」。 | |
| 観音学区母子愛育会、上野妙大師堂で原爆犠牲者合同慰霊祭を挙行。
丸木位里・赤松俊子(絵・文)平和を守る会(編)「ピカドン」(ポツダム書店)発刊. |
|
歩兵第11連隊略歴
| 設置者:歩十一会 |
| 昭和55年7月建立 平成6年8月改定 |
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| 明治8年 1875 創設 明治9年 1876 萩の乱に出動 明治10年 1877 西南戦争に出動 明治27年 1894 日清戦争に出動 明治33年 1900 北清事変[義和団事件]に出動 明治37年 1904 日露戦争に出動 大正8年 1919 シベリアに出兵 昭和12年 1937 日中戦争に出動 昭和16年 1941 太平洋戦争勃発。マレー作戦に参加。 のち南太平洋諸島を転戦 |
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| この間、昭和十二年日中戦争[日支事変]以降、歩兵第十一連隊を母体とする藤部隊、槍部隊、開部隊、望部隊、西部第二部隊等を創設、各々克く健闘した[各々勇戦奮闘、克く郷土部隊の名声を高揚した] |
![]() |
| 1999年7月31日撮影 |
:::::::::::::::
『原爆慰霊碑巡礼の案内』(後藤純、原爆慰霊碑研究所、19670801)
内容<作業中>
| 表紙 | ||||
![]() |
||||
![]() |
||||
| 原爆死没者慰霊碑巡礼順路(昭和41年7月31日現在 原爆資料保存会 ) | ||||
| 慰霊碑合祀者(団体名) | 所在地 | |||
| 01 | 慰霊碑 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 02 | 供養塔 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 03 | 中島本町町民慰霊碑 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 04 | 安佐郡佐東町義勇隊慰霊碑 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 05 | 広島県立第二中学校職員・生徒慰霊碑 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 06 | 広島市立商業造船科職員・生徒慰霊碑 | 中島町1(平和公園内) | ||
| 07 | 損害保険合同慰霊碑 | 中島町2(平和公園内) | ||
| 08 | 広島市立第一高女職員・生徒慰霊碑 | 中島町11(平和公園内) | ||
| 09 | 広島県庁職員慰霊碑 | 加古町 | ||
| 60 | 中国四国土木出張所職員慰霊碑 | 大手町1-1 (ドーム内) | ||
被爆三〇年広島国際フォーラム・コミュニケ (19750804)
出典:『核廃絶か破滅か-被爆30年広島国際フォーラムの記録』(時事通信社、19760520)
**************************
被爆三〇年広島国際フォーラム・コミュニケ
被爆三〇年広島国際フォーラムは、飯島宗一(広島大学学長)、江口朴郎(東京大学名誉教授)、小野周(東京大学教授)、具島兼三郎(長崎大学学長)、上代たの (元日本女子大学学長)、関関治(東京大学教授)、藤井日達(日本山妙法寺山主)、三宅泰雄(日本学術会議会員)の八氏がよびかけ、吉野源三郎(評論家)を代表とする準備委員会によって組織され、一九七五年八月三、四日広島において開催された。
フォーラムは、核抑止の理論が核軍縮への道をきりひらくものではなく、核開発・核軍拡のとどまるところを知らない悪循環をもたらしていること、また、核保有国による核軍備の管理とその下での核の傘が諸国人民の安全を直ちに保障するものでないことを認識し、こんにちまでの核軍縮をめぐる政府間交渉の限界と問題点を諸国人民の意思によってどのように突破すべきかを、被爆三〇年にあたって明らかにすることを目的に、つぎの四項目を討議の主題に設定した。
一、被爆三〇年、核軍拡と核拡散の現状について - それは、いかなる危険と被害を現在と未来の人類にもたらしつつあるか。
二、軍縮、安全保障、エネルギー問題に関する政府間交渉に含まれている問題点は何か。
三、核兵器の完全禁止と廃絶に向かって、私たちはいかなる展望をもつことができるか。
四、私たちはいま何をなすべきか、何をすることができるか、広島から何を訴えるべきか。
上記の趣意は多くの賛同を得、フォーラムには海外二二カ国(オーストラリア、カナダ、チリ、キューバ、フィジー、東ドイツ、グァム、インド、アイルランド、イタリア、ミクロネシア、ニュージーランド、PLO、フィリピン、ポーランド、ルーマニア、スリランカ、スウェーデン、イギリス、アメリカ、北ベトナム、南べトナム)から六六名と、日本国内各界から一二八名、計一九四名が参加した。このフォーラムの全経費は、フォーラム参加者の登録料と、フォーラムを支持した広範な個人、団体(四七六名、二〇団体) の醸金によってまかなわれた。
フォーラムでは、広島・長崎への原爆投下以後三〇年間にわたる原水爆禁止運動、とりわけビキニ事件以降の日本における国民的規模での運動の発展が、広島・長崎の被爆の実相とその後遺、被爆者の現状と問題点とともに報告された。
三〇年経過したこんにち、一方では、ベトナム人民を先頭とするインドシナ諸国人民の崇高な闘争が勝利し、それに勇気づけられて第三世界で民族解放闘争がもりあがり、それらへの支持・連帯を示す世論がアメリカを含め各国でたかまっているが、他方では、平和と軍縮に反対する勢力は、歴史から正しい教訓をくみとることなく、産軍複合体をますます強化してきており、核戦争の危機はかえつて増大してきている面もあるといえよう。そして、いまや世界的に拡大しつつある原子力発電も、核兵器の完全禁止を実現しない限りきわめて危険な面をもち、放射能被害の面からも各国民にとつて脅威となっている。
こうした情勢評価をふまえて、フォーラムにおいては、いかにして核兵器の廃絶を実現するかという問題について、多くの提言がおこなわれた。
全面軍縮をめざす世界軍縮会議を開催させることが重要であり、それに国連のNGO (非政府組織) の意見を正しく反映させていかねばならないこと、太平洋非核武装地帯の設置、海洋法のなかで原子力潜水艦の航行を禁止すること、などが提起されるとともに、こんにちのように膨大な核が貯蔵・配備され、核の拡散がすすんでいる状況のもとでは、核兵器の完全禁止こそがもっとも緊急であり、かつ現実的な措置であることが指摘された。軍備管理ではなく真の軍縮へ向かって発想を転換すべきことが、討論全体の基調をなしており、とりわけ国際的レベルで核兵器禁止の条約を実現することの重要性が強調された。
討論のなかでは、人間性の追求を含め心の問題をあらためて深くふりかえり、考え方の根本的転換が求められていることが確認された。科学者・知識人は、こんにちの科学技術革命の時代についての正しい認識にたって、戦争を目的とする科学には従わないという決意を新たにするとともに、自然科学者、教育者、宗教者が相互に連帯し、国際連帯を強化しつつ、核抑止の信仰を打破するための具体的な研究をすすめ、その知識を広く大衆に伝えることによって運動の発展に寄与すべきことが確認された。
広島・長崎の事実を広く世界に知らせるとともに、運動の縦承発展のためにも平和教育を重視し、核兵器をもつことがみずからの利益にならない大衆の間における核廃絶の意識をさらに強め、大衆とともにたたかうことによって核兵器完全禁止の展望がひらけることが確認された。
このフォーラムは、当初、文書の採択を予定していなかったが、例外として、ショーン・マクプライド氏によつて提案され、満場の共感を得た、核兵器不使用国際協定締結に関する次の特別決議を採択した。
特別決議
被爆三〇年広島国際フォーラムは、軍拡、とりわけ核軍拡のかつてない重大なエスカレーションについて審議した結果、国際連合に対して緊急の問題として次のような国際法規を採択するよう要請する。
--どのような状況のもとで、どのような核兵器を使用しようとも、これを国際法と人道に対する犯罪とすること。
この決議は、マクプライド氏を通じてただちに国連事務総長に手渡すとともに (マクプライド氏からのその後の連絡によるとこの決議はすでに国連NGO加盟の全組織に配布されたとのことである)、フォーラムの全参加者がそれぞれの国の政府にはたらきかけ、この決議を国連の場にもちこませるよう努力すること、また、それぞれの組織を通じてもこの決議の実現のため広くよびかけとはたらきかけをおこなうことを申し合わせた。
一九七五年八月四日
本コミュニケは、国際フォーラムで採択された最終議長のまとめにもとづき、よびかけ人と準備委員会の責任で成文化されたものである。