年表:小西のぶ子(抄)

「小西のぶ子年表」(『炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集』所収)

月日 事項 備考
1906 1025 草津(現在広島市西区)に生まれる。父・小西末吉、母・ヨリ。
1928 日本大学専門部社会科にて三木清に学ぶ。
1941 広島電鉄社会福利課勤務(寮母)
1945 0806 広島にて被爆、一子満義(13歳)を失う。
0926 応急の事務室の黒焦げ電車の中で三木清の獄死を知る。
0927 原爆症で動けなくなる。※蝸牛吟社の同好となる(緑雨の号)。
1949 広島電鉄労組婦人部長、私鉄総連中国地方婦人部長。
06 日鋼争議を支援。
1950 0716 広島電鉄労組「勅令311号」違反容疑で家宅捜索、8名逮捕。
1002 平和擁護広島大会に峠三吉と共に議長団として参加。
1023 広島電鉄労組38名のレレッドパージ。姪の安部礼子婦人部長と共に広電を追われる。行商で妹和子と峠三吉の生計を支える。
1951 婦人民主クラブ広島支部設立。
1952 原爆被害者の会結成に参加。
※『われら母なれば(原爆体験記)』に「腐爛地蔵」発表―エスペラント語翻訳で世界に紹介される。
1955 0806 第一回原水禁世界大会に準備委(県婦協三役)として参加。於広島。
1956 第二回原水禁世界大会に被爆者代表として参加。於長崎。
1959 原水禁母の会結成。
※女性俳句誌『黒雨以後』に参加。
1960 安保闘争、婦人民主クラブとして国会闘争に参加。広大生逮捕者の救援活動
1961 『ひろしまの河』発刊、編集担う
1962 原水禁常任理事。
1965 母ヨリ失う。
1966 サルトルに出会う。
1967 『ひろしまの河』に宋年順聞き書きを発表。
※沖縄返還運動で訪沖。
1968 原子力空母エンタープライズ佐世保寄港阻止闘争に参加。
東北・北海道へ援護法制定要求行動50日行脚(巡礼に参加)
1969 0806 無期限スト封鎮中の広島大砦の八・六広島反戦集会に参加。
0818 広島大砦決戦の救援で活躍。
1970 0805 広島被爆者青年同盟結成に協力。
1971 0415 天皇来広糾弾闘争に参加。
0806 佐藤来広糾弾闘争に参加。
1010 全国被爆者青年同盟結成に協力。
中国訪問団(婦民)に加わる。
12 高陽病院建設全国キャラバン支援。
三里塚闘争に参加。
1972 0801 高陽病院(第一診療所)開設。
反公害、婦民運動、反弾圧闘争などに活躍。
婦民創立25周年に参加。
1974 戸村一作選挙応援。
1975 壱岐遺骨収集に加わる。
三里塚百万人動員中四国実行委員会結成、事務局長となる。
0417 三里塚現地集会に参加。
0622 反戦陂爆者の会結成、会長となる。
12 俳句集『腐爛地蔵』出版。
1978 0226 『腐爛地蔵』出版記念会。
1980 脳血栓で倒れる。
1981 草津南町義勇隊の碑建設。
1982 宮岡砂川反対同盟行動隊長の葬儀出席後北富士に行く。
反核行動(広島、大阪、東京)に参加。
『地獄絵』発刊。
1984 0910 骨折、脳血栓で入院(小山外科)。
1985 03 三里塚現地集会参加(最後)。
0805 8・5婦民集会参加(最後)。
11 入院(記念病院)。
12 退院。
1986 06 入院(加川外科)。
1987  0207 午前7時50分逝去(享年80歳)。

地獄絵 草津南町国民義勇隊全滅の記録

『地獄絵 草津南町国民義勇隊全滅の記録』(小西ノブ子著、田螺社、19821105)<作業中

内容

口絵写真
被爆直後の土橋付近
被爆直後の寿座付近
草津救護所
草津漁港
国民義勇隊追悼之碑
草津南町国民義勇隊戦災死者名
碑文
国民義勇隊出動指令伝達
006 発刊のことば 小西ノブ子
009 草津南町国民義勇隊全滅の記録
070 遺族探し
077 手記
<遺族8名>
098 慰霊碑建立に寄せて 門妙子
101 私の原爆体験記(堀憲義)
123 手記 腐爛地蔵( 小西ノブ子)
145 座談会
172 編集後記
174 あとがき(小西ノブ子:遺族代表)
175 著者略歴

炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集

『炎の巡礼者 ヒロシマの母 小西のぶ子遺稿集』(小西のぶ子遺稿集編集委員会、社会評論社、19880806)

内容<作業中

口絵
001 母と子(丸木俊)
007 刊行にあたって
008 きびしさと優しさと(宅和純:小西のぶ子遺稿集編集委員会・小西記念館設立準備委員会代表)
011 若者の中に生き続ける(下田礼子:遺族代表)
014 反戦ひとすじ-ヒロシマの母(伊豆ハルミ:婦人民主クラブ全国協広島支部)
019 Ⅰ 被爆のあとさき
020 [解題]
023 1 私の花物語
023 さくら
032 花菖蒲
040 黄水仙
048 夾竹桃
056 牡丹
065 鈴蘭
074 鈴蘭(続)
083 2 被爆のあとさき
083 戦前・非合法時代のこと
086 1945年8月6日のこと
087 峠三吉のこと
091 人間の尊厳―イースター行進
宮本定吉のこと
093 II 人間を返せと
094 [解題]
097 1 腐爛地蔵
崩壊 腐爛地蔵 餘燼 肉親たち 鈴ケ嶺収容所 婦民200名が長崎で集会 許せぬ安保改定強行 原水爆禁止広島母の会 初の広島母親大会 憲法の勉強はじめる
117 2 人間を返せと
124 III  ヒロシマに生きる
―[解題] 124
1 ピカドンはまだ消えない 127
2 原爆慰霊碑めぐり 132
白いつつじ 花時計 梅雨の晴れ間 8月6日 似の島 嵐の中の母子像 広島郵便局殉職碑 「原爆の子」の像 崇徳学園
3 原水禁運動をみつめて 175
岩国基地 原水禁運動をみつめて [資料]被爆17年の市民感情の方向 原爆病院を訪ねて 癒える日のないヒロシマ
4 平和は名もなき大衆が守る 202
春のいずみ 平和は名もなき大衆が守る
5 ヒロシマの声 207
子どもと放射能禍 広島の史跡残そう 8・6の季節はじまる 被災者を慰問 広島での人間蒸発の事実 人類の殉教者といわれても ズシリと重さを感じる折りづる 孤老とラジオ 大みそかに1年ぶりのお風呂 よみがえる大本営! ヒロシマ 原爆都市の名にそむく 被爆者に冷酷な特別措置法 農村で喜ばれる検診車 「止むなし」と被爆者は思う 「あのときはどうしとったん」 生活保護の被爆者 追憶の記
6 歩く―聞き書き 230
生まれた子供の顔がみたい 7年目の邂こうから 午前2時15分 その刻を私は無くしたい 遺影をしのんで 歩るく ケロイドから皮膚癌に きのこ会 原爆スラム街相生通り 亡き崔秀子さんと綾子さん 原爆投下の目標はどこであったか
7 新樹の楊 293
8 婦人民主クラブの活動 307
広島でも300人を集める (論壇)出る身になって
312 IV 炎と燃えて
―[解題]
1 広島の夏 314
広島の夏誓い新たに! 心の傷は癒えない 人間をかえせ! キャラバン隊ニッポン行脚 雀らにドームは親し夏蓬莱
2 反戦被爆者の会へ 327
今こそ反戦被爆者の会へ結集しよう 「反戦被爆者の会」結成宣言 被爆33周年 8・6広島反戦集会賛同よびかけ 反戦被爆者の会8・6総括会議から あいさつ 悲しみを怒りにかえて 編集後記 巻頭言 迷ったら原点に還れ 会長あいさつ 巻頭言 8・6の復讐戦へ 編集後記 巻頭言 農地死守の不屈の精神に学べ 峠三吉と現代
3 朝鮮人被爆者の戦後 354
朝鮮の被爆者が花束 朝鮮人被爆者への差別 在韓被爆者の戦後はつづく 韓国徴用工 遺体発掘の行 差別と貧困 ベトナムは人ごとではない
4 沖縄とアメリカの被爆者 372
貧しい沖縄から出てきて広島で被爆 広島原爆で死んだ米兵捕虜23人 消える海
5 正しい者は勝たねばならない 380
人権侵害に抗して 侵略に加担しない反戦教師、人事委と対決 綿ぼこりのなかのスト “小西さんはダメ”MP・私服が立入拒否 広島を軍靴で荒らすな! 正しいものは勝たねばならない 県労会議・原水禁への手紙
6 公害で市を告発 391
戦争の傷跡のこす毒ガス「障害者」 公害で市を告発 公害で泣く“神の島”(安芸の宮島) 石ケン害デマでシャボン玉戦争
7 句集刊行 402
句集『腐爛地蔵』への序―秋光泉児 402
句集『ヒロシマ』とするために―豊永恵三郎 408
412 V たおれてもなお
―[解題]
415 1 三里塚と連帯し核戦争を許さぬ闘いを
広島と私と三里塚 砂川から北富士へ 日本原風物詩 三里塚と連帯し核戦争を許さぬ戦いを
424 2 たおれてもなお
人類の巡礼者 『地獄絵』の手記のお願い 地獄絵周辺 私の絵と藤の花 日記抄
440 3 アピール
発刊にあたって 婦民運動の力強い発展を 全関西実行委員会宛アピール 動労千葉ジェット燃料貨車輸送阻止闘争へのアピール
[小西のぶ子氏を追悼する] 焼野(やまかわさくじ:反戦被爆者の会) 447
451 [小西のぶ子氏を追悼する]比類なき戦闘精神をわがものに人民解放の偉業を引き継ぐ(革命的共産主義者同盟 中・四国地方委員会)
456 小西のぶ子年表
459 あとがき

広島県内の九条の会

広島県内の九条の会

出典:広島県内の九条の会 – hiromas9 ページ! (jimdofree.com)
第九条の会ヒロシマ
以下(順不同)
女性9条の会・ひろしま
広島宗教者九条の和
広島弁護士九条の会
音楽・演劇九条の会
損保九条の会ヒロシマ
安芸門徒九条の会
念仏者九条の会
ひろしま医療人・九条の会
子どもの本・九条の会広島
「俳句人」広島九条の会
広島のうたごえ9条の会
医療生協音楽ふぁん9条の会
ひろしま空手愛好家九条の会
九条を守る広島県美術の会
九条の会・おのみち
佐伯区9条の会
九条の会・みはら
府中町「9条の会」
九条の会・はつかいち
矢野・九条の会
栗原草の根・憲法9条の会
福山南・九条の会
みつぎ九条の会
寺戸九条の会
九条の会・広島県北
年金者組合広島県本部・九条の会
年金者組合市職労支部・九条の会
安佐南区年金者・九条の会
建交労広島県本部・九条の会
九条の会・退職教職員連絡協
ふれあいセンター協同・九条の会
県北退職教職員の会九条の会
福山医療生協九条の会
なかよし9条の会
呉市退職教職員協議会九条の会
九条の会・福山
瀬野川地区九条の会
呉・焼山9条の会
広島市職員九条の会
東広島女性九条の会
九条の会・呉
海田町9条の会
東城9条の会
九条の会・へさか
安佐南区・安佐北区九条の会
生協ひろしま憲法・9条を考える会
東広島九条の会
九条の会・府中
九条の会・くまの
己斐「九条の会」
井口・井口台中学校区九条の会
庚午・古田中学校区「9条の会」
中広中学校区「九条の会」
観音中学校区9条の会
憲法九条を守る会・世羅
九条の会安佐地区ネットワーク
西風新都9条の会
老後を考える会佐東支部9条の会
カラオケ9条の会
芸南教育・子育九条の会
広島県文団連9条の会
退職教職員九条の会・福山
呉九条の会連絡センター
カラオケ9条の会
九条の会・牛田
国民救援会広島県本部9条の会
可部9条の会
九条の会 沼隈

 

共同研究 集団 サークルの戦後思想史

『共同研究 集団 サークルの戦後思想史』(思想の科学研究会編、平凡社、19760620)

内容抜<作業中>作業中

執筆者 備考
序論
1945~54年
民主主義科学者協会婦人問題研究部会
1955~64年
杉の子会 長岡弘芳
草の実会 天野正子
折鶴の会 越智道雄
大正会 越智道雄
方向感覚の会 野見隆介
日本ジャーナリスト会議日経大阪支部 田村紀雄
東京解放運動旧友会 隅田繁雄
プルナの会 隅田繁雄
1965~76年
きのこ会 長岡弘芳
楯の会 伊藤登志夫
水俣病を告発する会 藤川治水
原爆体験を伝える会 長岡弘芳
日大全共闘 小沢信男
非暴力行動準備会 丸山睦男
あとがき 「集団の会」編集委員会 1976年4月

重松逸造

重松逸造 しげまつ・いつぞう

19171125生20120206没 享年94  放射線影響研究所理事長(1981.7.1-1997)。箕輪真澄「日本の疫学における重松逸造先生の足跡」(『ヘルスサイエンス・ヘルスケア12-1』2012)

 

原爆後障害研究と原医研
『広島大学原爆放射能医学研究所創立30周年記念講演会記録』
広大原医研30周年-10
広大原医研30周年-11

全日自労の歴史

『全日自労の歴史』(全日本自由労働組合編、労働旬報社、19770823)

内容<作業中

見出し 備考
はしがき
1 戦後労働運動の高揚と全日土建の結成(1945~48年)
2 反動の嵐と朝鮮戦争下のたたかい(1949~52年)
3 サンフランシスコ体制下の労働運動の高まりと全日自労の確立(1952~55年)
4 「戦争と失業に反対する国民大行進」と安保闘争(1955~60年)
5 第1次法改悪反対闘争と”5つの権利”要求(1960~69年)
6 第2次法改悪反対闘争と70年代の全日自労の課題(1970~現在)
70年代を展望して
全日自労運動史年表
あとがき

広島県医師連盟推薦候補と選挙結果

広島県医師連盟推薦候補と選挙結果<作業中

『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第15章

第1節  広島県医師連盟等の略史…1364
1. 広島県医師連盟の結成…1364
広島県医師連盟初代役員
日本医師連盟初代役員
2. 常勝県医連、反省の一敗地…1365
3. 県医連委員長の旗の下に…1365
4. 新しい医政活動の推進に…1366
日本医師連盟の活動方針
第2節 衆議院議員総選挙…1368
1. 第30回総選挙
2 第31回総選挙
3 第32回総選挙
4 第33回総選挙
5 第34回総選挙
6 第35回総選挙
7 第36回総選挙
8 第37回総選挙
9 第38回総選挙
10 第39回総選挙
11 第40回総選挙
12 第41回総選挙
13 第42回総選挙
14 第43回総選挙
第3節 参議院議員選挙…1392
1. 第6回参議院選挙
2 第7回参議院選挙
3 第8回参議院選挙
4 第9回参議院選挙
5 第10回参議院選挙
6 第11回参議院選挙
7 第12回参議院選挙
8 参議院地方区補欠選挙
9 第13回参議院選挙
10 第14回参議院選挙
11 第15回参議院選挙
12 第16回参議院選挙
13 参議院広島補欠選挙
14 第17回参議院選挙
15 第18回参議院選挙
16 第19回参議院選挙
17 第20回参院選候補に西島英利日医連常任執行委員
第4節 広島県知事選挙…1413
1. 大原博夫知事の誕生…1413
2. 永野厳雄知事の誕生…1414
3. 宮沢弘知事の誕生…1415
4. 竹下虎之助知事の誕生…1415
5. 藤田雄山知事の誕生…1416
第5節  広島県議会議員選挙…1417
1. 田坂三友県議の誕生…1417
  2. 杉原久夫候補、県議に…1417
3. 大谷彰候補、4度県議に…1418
4. 長船元昭候補、県議に…1419
5. 桧田仁県議の時代…1419
6. 麻尾朋久候補、県議補欠選挙…1420
第6節 広島市長選挙など…1421
1. 荒木武候補、広島市長選挙…1421
2. 杉本純雄候補、広島市長選挙…1421
広島県医師連盟役員(平成2年9月8日現在)
杉本純雄後援会規約
「瑠璃の会」発足 杉本純雄の政治団体
広島県医師連盟執行委員会
杉本すみお後援会事務所の移転
自民党、杉本純雄候補を推薦
出陣式から投票日《1991年2月3日》まで
開票結果
 平岡敬(63歳) 276781
 杉本純雄(61歳)151845
 森脇勝義(56歳)18172
3. 大田晋候補、広島市長選《1999年1月31日》、惜敗…1427
 開票結果
 当選:秋葉忠利 次点:大田晋(無新、元厚生官僚) 中本弘(自新)
広島市長選《2003年2月2日》
 当選:秋葉忠利 次点:大田晋、 古葉竹識
  4. 寺上正人候補、庄原市長選挙…1428

 

原爆ドームの世界遺産化活動(広島県医師会)

原爆ドームの世界遺産化活動<作業中

『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第8節

1 「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」結成…683
原爆ドームの概要
2 請願運動、署名の重み…684
原爆ドームの世界遺産化に関する請願
 3 被爆50周年記念に実現を期す…685
 平和の象徴・広島原爆ドーム西岸の全会一致にむけた要請
4 世界遺産化早期実現ヒロシマの集い…686
原爆ドーム世界遺産化早期実現を求めるアピール
 5  「原爆ドーム」の世界遺産、登録決定…687
ヒロシマからのアピール

 

ノーマン・カズンズ博士顕彰事業(広島県医師会)

ノーマン・カズンズ<作業中

かずんず 19150624生19901130没 Norman Cousins 享年75 広島市の特別名誉市民。1949年に来広し、原爆孤児の精神養子運動や原爆乙女の渡米治療に尽力。990年4月「庭野平和賞」受賞のため来広。

 

ノーマン・カズンズ博士顕彰事業(広島県医師会)
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第7節

1 ノーマン・カズンズ博士の功績と略歴…676
ノーマン・カズンズ博士(1912~1990)略歴(広島関係のみ)
ノーマン・カズンズ、広島市特別名誉市民
2 カズンズ氏記念碑建設委員会…678
第1回(20021101)~第5回(20030710)
ノーマン・カズンズ氏記念碑建設委員会委員
ノーマン・カズンズ博士の記念碑の設置について
 設置計画の概要
3 カズンズ氏記念碑除幕式…679
真田幸三主催者代表挨拶
ノーマン・カズンズ氏記念碑除幕式次第
碑文
4 カズンズ氏記念碑建設委員会に「国際交流奨励賞」…683

 

マルセル・ジュノー博士顕彰事業(広島県医師会)

マルセル・ジュノー博士顕彰事業(広島県医師会)<作業中
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第6節

内容

1 Dr.ジュノーと広島…657
マルセル・ジュノー略歴
2 Dr.ジュノーの掘り起こし…659
 3 Dr.ジュノー顕彰世話人会発足…661
1.ジュノー博士顕彰第1回世話人会
2.第2回世話人会
3.第3回世話人会
4.第4回世話人会
4 Dr.ジュノー発起人会、役員会…662
ジュノー博士記念碑建立会会則
ジュノー博士記念碑建立会役員
5 Dr.ジュノー記念碑除幕式…664
 6 Dr.ジュノー記念祭…666
第1回ジュノー記念祭
第6回ジュノー記念祭
第13回ジュノー記念祭
ジュノー記念祭略史…674
 第1回 19900617
第2回 19900616
第3回 19900614
第4回 19900613
第5回 19900612
第6回 19900618
第7回 19900616
第8回 19900608
第9回 19900607
第10回 19900620
 第11回 19900618
第12回 19900617
第13回 19900616
第14回 19900615

放射線被曝者医療国際協力推進協議会《略称HICARE》の活動(広島県医師会)

核戦争防止国際医師会議<作業中>作業中
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第5節

内容

1  放医協設立の目的…648
2 放医協の機構…648
放医協組織図
歴代会長
初代:重松逸造放影研理事長(平成3年度~9年度)
2代:鎌田七男広大原医研所長(平成10年度~11年度)
3代:真田幸三県医師会長(平成12年度~1現在)
3 放医協事業の概要…649
 1医師等受入研修・派遣事業 …649
 2被曝者医療解説書作成事業…650
 3放射線被曝者医療国際協力普及啓発事業…650
 4  放医協の活動状況…650
1 医師等受入研修事業
  研修機関
  年度・国別受入研修生
  平成3年度
  ~~平成14年度
2 医師等派遣事業
3 普及啓発事業
①講演会、パネル展
②『原爆放射線の人体影響1992』
内容
執筆者
5 広島県医師会の放医協への直接協力…655
平成3年
~平成12年

核戦争防止国際医師会議(広島県医師会)

核戦争防止国際医師会議<作業中>作業中
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第4節

内容

1 IPPNWとは…619
1 設立の経緯
IPPNW世界大会
2 組織運営
3 一般大衆に対する知識の普及
4 世界の指導者に対する知識の普及
5 医療専門家に対する知識の普及
 6 IPPNWの新しい活動展開
2 IPPNWの歩み…621
1980年
2003年
3 IPPNW日本支部の創生…626
ノーベル平和賞受賞、日本支部の貢献
1 「被爆の実相」を普及させた努力
2 平和の原点を求めての努力
4 IPPNW世界大会(日本支部関係)…629
1回
2回
3回
4回
5回
6回
7回
8回
9回
10回
11回
12回
13回
14回
15回
 5  IPPNW日本支部の関連諸活動…632
IPPNWの歩み
1 1982年
2 1983年
3 1984年
4 1985年
5 1986年
6 1987年
7 1988年
8 1989年
9 1990年
10 1991年
11 1992年
12 1993年
 13  1994年
14 1995年
15 1996年
16 1997年
17 1998年
18 1999年
 19  2000年
20 2001年
 21 2002年
 22 2003年
 IPPNW日本支部役員名簿
 第9回 IPPNW世界大会広島組織委員会委員

在外被爆者支援対策事業(広島県医師会)

在外被爆者支援対策事業
『広島県医師会史 第II編』(広島県医師会、20040330)第6章第2節

内容

1 在北米被爆者検診事業…591
1 大内会長国連訪問の旅
2 米国西海岸で在米被爆者と会見
3 ロサンゼルス郡・広島県の両医師会姉妹縁組
4 第1回在北米被爆者健診
5 アメラシンゲ国連議長、初来広
大内五広島県医師会長スピーチ
広島市長歓迎夕食会出席者
6 第2回在北米被爆者健診
7 第3回在北米被爆者健診
8 サンフランシスコ・広島県の両医師会姉妹縁組
9 第4回在北米被爆者健診
10 ブラッドレー・ロサンゼルス市長、広島へ
11 第5回在北米被爆者健診
12 第6回在北米被爆者健診
13 第7回在北米被爆者健診
14 在北・南米被爆者協会幹部・来広
15 第8回在北米被爆者健診
16 第9回在北米被爆者健診
17 第10回在北米被爆者健診
18 ハワイ州医師会・広島県医師会友好姉妹提携20周年記念会
19 第11回在北米被爆者健診
20 第12回在北米被爆者健診
21 第13回在北米被爆者健診
22 第13回在北米被爆者健診
2 在南米被爆者検診事業…603
1 在南米被爆者の実態調査
2 第1回在南米被爆者巡回医師団
南米の各医師会へ持参した広島医師会長の書簡
3 第2回在南米被爆者巡回医師団
4 第3回在南米被爆者巡回医師団
5 第4回在南米被爆者巡回医師団
6 第5回在南米被爆者巡回医師団
7 第6回在南米被爆者巡回医師団
8 第7回在南米被爆者巡回医師団
9 第8回在南米被爆者巡回医師団
10 第9回在南米被爆者巡回医師団
11 第10回在南米被爆者巡回医師団
12 平成15年度在南米被爆者健康診断事業派遣団
3 在北米被爆者帰国治療事業…607
1 在外被爆者帰国治療事業の充実
2 女流作家上坂冬子の支援
3 広島県医師会長、米国被爆者協会長に確約
4 北米被爆者帰国治療受入実績
4 在南米被爆者帰国治療事業…610
第1回(1990年)~第12回(2001年)計38人

今堀恭子の面影

『今堀恭子の面影』(今堀一枝編、今堀友市、19560302)

内容<作業中

第1部 遺稿
1 短歌 1
2 詩および物語詩 21
3 学校劇「運命の並木路」 63
4 随筆 93
5 民話「マコマの話」(翻訳)137
6 小説「悪魔の悲しみ」(翻訳)143
7 「死」についての言葉 229
第2部 小伝
恩寵は溢る -今堀恭子の追憶-(今堀一枝)235
誕生/大阪へ/入学/一本橋を渡るけいこ/お誕生日/作文/赤い鳥/紫式部が好き/鈴蘭の花/中島小学校/女学生時代/ヘレフォード夫人とジュリアさん/女高師時代/文理科大学時代/父の外遊/福山へ/大学副手に/大阪へ/大阪時代に思い出すことの一、二/工員/原爆投下/あずまくだり/佐原の生活/東京へ/乳癌/日赤病院に入院/ギブスのなやみ/癌ではなかろうか/病篤し/解剖/医師のノート/
納棺式/告別式/式の順序/
弔電 279
弔辞1/尚志会代表(杉本直治郎)/  280
弔辞2/市女同窓会代表(神谷文子)  283
弔辞3/文理大同期生代表(森田武)  284
弔辞4/  286
弔辞5/受業生・同窓会代表  288
弔辞6/ 289
恩寵溢る  292
第3部 思い出
1 友人 299
2 旧師 327
3 別懇 339
4 受業生 353
5 家族 361
今堀友市
今堀淳一
今堀誠二
今堀宏三
今堀和友
今堀百合子
6 雑録387
故今堀恭子氏告別式(日本基督教団広島教会週報第9号 2月27日) 388
原爆症が影響か 今堀さんの死亡(中国新聞 2月28日)
原爆症で友を失う(皆実有朋新聞 30年4月1日)
 今堀恭子先生逝去さる(豊多摩同窓会会報 30年7月1日)
年譜 391
後記 396

 

『ヒロシマの子育て・教育』1993年

『ヒロシマの子育て・教育』1993年

01 29 09 私学の頁=「呉・広地区父母懇の発足②」
02 30 06 全国教研集会に参加して
07 第19分科会・平和と国際連帯の教育
10 高校の頁:私の同和教育論
03 31 08 高校の頁:アニメ映画「キムの十字架」を使った平和学習の試み
11 広島教育研究所1年間の活動 1993.2
04 32 06 高校の頁:「沖縄戦」を歩いて
05 33 11 1993年度広島教育研究所の研究活動
06 34 08 八次小・岡田判決の意義(弁護士・高村是あつ)
07 35 06 教育実践:福山同授研サークルのあゆみ
09 私学の頁:夏の高校生(沢野重男)
09  36  05  わが街の資料館2:大久野島毒ガス資料館
 06  高校の頁:長崎・平和の旅(広島高校生平和ゼミナール)
08 マラソン講座「江戸時代の身分制度を教えて」は楽しかった(川島孝郎)
10 37 03 「激動する世界のなかの憲法と教育」 第2回全国教育研究交流集会
 11  38
12 39 04 今こそ八次小判決を生かす取り組みを

「生きて・労働運動家 吉田治平さん」

「生きて・労働運動家 吉田治平さん(1922年~)」『中国新聞』15回連載20100518~0609 西本雅実記)<作業中

内容

1 組合60年 「弱者」に寄り添い歩む 2010/5/18
2 新聞記者の息子 転校繰り返し父が急死
3 広島一中 軍国教育にはなじめず
4 外務省電信課 日米開戦の足音感じる
5 学徒出陣 電信隊に配属 九州回る
6 廃虚の街 掘り返した母と妹の骨
7 新聞記者 焼け跡の掃除から入社
8 夕刊ひろしま 「戦後」に手探りで挑む
9
10 広島自由労組 日雇いに飛び込み結成
11 「もち代」要求 市役所に座り込み拘置
12 広島市議 仲間に推され4期当選
13 わしらの被爆体験 今も許せない原爆投下
14 皆実平和住宅 復興期から住み続ける
15 私の訴え 怒りを覚え 声を上げよ 201006

資料年表:山岡ミチコ

資料年表:山岡ミチコ<作業中

 年月日
19530905 『花の命は短かくて 原爆乙女の手記』(小島順編、 共同出版社)
 19730717  『ひろしまの河』第17号( 原水爆禁止広島母の会)
19951223 『広島大学公開講座:被爆50年-放射線が人体に与えた影響』(広島大学放送教育実施委員会、19951001)
 1995yamaoka
  20070101  2007yamaoka2
  20130201  「山岡ミチコさん 被爆し 渡米治療」(『中国新聞』20130201、田中美千子記)http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=8665

 

山岡ミチコ

山岡ミチコ

やまおか・みちこ ************生20130202没 82 被爆証言者。被爆10年後に渡米しケロイド治療を受けた女性25人の一人(『中国新聞』)

広島大学公開講座の宇吹担当回に出演。