科学者と平和(三村剛昻)

『科学者と平和 三村剛昻先生遺稿集』(三村剛昻先生遺稿収録委員会、196710)

内容

No. タイトル 出典 年月日
まえがき 196710 三周忌を目前にして 遺稿収録委員会
01 原子力への夢 平和利用で理想郷 ”戦争などなくなるよ” 夕刊朝日 195001
02 「新春放談:原子力時代」 共産社会はだしの天国 つらいかな経済も科学もしばる 夕刊朝日 19500103
03 放談リレー 科学の巻 「足らぬ利力の結集 科学活動を無制限にやれ」(小島丈児との) 中国 19500521
04 秋の角度・天体 「理論創造の時期」 夕刊朝日 19510929
05 あれから8年 原爆の日と科学者 毎日 19530806
06 学芸 平和への道 朝日 19530807
07 サクレツ高度と被害を予言 洗礼受けた原子学者三村博士語る
08 ビキニの灰と広島の灰 毎日 19540602
09 読者の会議室「原水爆と日本人」 毎日 19540724
10 平和をめぐる論争 体験者だけにわかる原爆の恐怖 ユネスコばりの発言(森戸広大学長)に批判 毎日 19540801
11 いろいろの原子炉 毎日 19550627
12 一分間講座:酔生夢死の徒 (?19560313)
13 こたつ談議「社会改造」?(竹原書院図書館長・三村剛昻) 19601204
14 第2回科学者京都会議開く 広島県竹原で キューバ以後の情勢など 三テーマを柱に討論 読売 19630508
15 私のいいたいこと 科学者京都会議に寄せて
16 ヒロシマに被爆して18年 ちょっぴり希望がもててきた人類の滅亡からの救い 毎日 19630806
17 わたしの散歩道 竹原・広大研究所の庭 雨によく風また楽し 朝日 19641129
18 科学の発達と人類の幸福 学校教育臨時増刊号 1954
19 原・水爆と原子炉 学校教育8月号 1955
20 特別寄稿:科学技術の現状と将来 廿日市高校研究論集第2号 1956
21 ブックレビュー「死者の声」 自然 195403
22 通信 ヒロシマ医学第9号 1956
23 原子力発電の今後の動向 火力発電12月号 1959
24 原子力問題に関する討論ー学術会議第13回総会における 自然1月号 1953

 

死者が語る戦争

『死者が語る戦争』(河出書房新社編集部編、河出書房新社、19830801)

内容

写真No. 撮影者
03 日中戦争
13 太平洋戦争
21 アウシュヴィッツ
29 沖縄
39 空襲
45 広島・長崎
66 松重美人
67 宮武甫
68 中田左都男
69 中田左都男
70 中国新聞社
71 山端庸介
72 山端庸介
73 山端庸介
74 山端庸介
75 山端庸介
76 山端庸介
55 朝鮮戦争
63 ベトナム戦争
71 アフリカ諸国
79 エルサルバドル
87 ベイルート

 

原爆展 忘れまい、この惨禍

『原爆展 忘れまい、この惨禍』(朝日新聞東京本社企画部、19820701 )

内容

表紙 写真
ヒロシマー1945 ナガサキー1945 挿図写真
02 ごあいさつ 広島市・長崎市・朝日新聞社
広島市から 荒木武(広島市長)
03 長崎市から 本島等(長崎市長)
05 広島ー人類最初の日
13 地球最後の地
21 非核日本の責務 岸田純之助
24 原爆の開発・破壊力
27 目標都市の選定
28 日本の原爆開発
29 広島・八月六日
32 被爆直後〈松重美人〉
34 被爆の品々
40 遺品など
48 原爆被害の全貌 庄野直美
51 長崎・八月九日
54 余燼くすぶるなかで 〈山端庸介〉
60 被爆の品々
64 遺品など
70 ラジオゾンデ・伝単など
76 原爆による人体の障害 西森一正
81 ヒバクシャの戦後 〈福島菊次郎〉
84 原爆の図-救出 〈丸木美術館〉丸木位里・丸木俊
86 原爆以後の核開発と反核
88 米ソの核戦力
89 もし「核」が落ちたら
90 私の反戦 瀬戸内晴美
92 出品目録

「原爆の図」くまもと展記録集

『「原爆の図」くまもと展記録集』(「原爆の図」くまもと展記録集編集委員会編、「原爆の図」くまもと展実行委員会、19850301)

目次

見出し
002 [はじめに]1984年1月 「原爆の図」くまもと展実行委員会
003 グラビア
004 グラビア「原爆の図」くまもと展 1984年7月30日(月)➡8月」5日(日)
006 くまもと展へのメッセージ 丸木位里・丸木俊
010 連帯メッセージ 石川保夫(原爆の図・丸木美術館事務局長)
011 京都展 7月13日➡7月22日 京都市立美術館  石田紀郎(丸木位里・丸木俊「原爆の図」を見る会事務局長)
014 実行委員の感想 私にとっての「原爆の図」くまもと展
二度とくり返さないために (江崎啓子・熊本YMCA ) 真実を伝え、平和を築くために (永野輝全) 創りつつ育てていく平和(竹熊千栄子) リンゴの木を植えつづけること(神田公司) 自分の感覚で真の市民参加(砂岡憲喜 ) 戦争を考える一つのきっかけ( 神谷弘子 ) 夏の情熱から秋の実りへ( 成毛克美 ) いのちを守るための運動(新井正子) 私が抱えてやらねば… (藤本寿子) 熱い「原爆」の夏 (開安紀子) 「しまった ─!」コンサート (会沢剛也 ) 未来を背負う子供達と共に!( 相沢いく子 ) 会場整理係のイスの上で( 坂梨勝一 ) 「原爆の図」展を学内活動の糧に( 重永剛志) 「ノーモア」、さけびつづけなければ (徳丸亮子 ) 一人一人の殻を破って (上村邦彦) 若い人達と共に掴んだ「大きな課題」 (中沢順子) 日常に中で反戦運動を( 植村仁美 ) 人間の顔が見える運動 (迫和久 ) むじな (中川寿子) すっぽり抜け落ちた学生( 草間康弘 ) 今、生きていること (坂田幸二) 「からす」の前で (高倉美和 ) 病院を脱け出して観覧(松田健二) 平和運動を前進させる( 柴田徳義 ) 未だ見ぬ「原爆の図」に捧ぐ( 榎田弘) 静かに燃え続けている反戦・反核の火 (高橋章夫) 成功の要因 (中川周三) おんな達よ、こだわりつづけよう( 須藤久仁恵) 反戦・平和を願いつづける子供らに (坂本恵子 ) どくだみの花 「原爆の図展」におもう (河上洋子 ) ただ今、クマモト戦争中! (古園学 ) 平和の中で生命をはぐくむ (古閑和子 ) ほとばしる平和への願い(瀬上拡子 ) いのち( 久保田伸子 ) 平和運動の教訓に(今泉克己 ) 子供達と参加した原爆展( 山野幸司 )
052 くまもと展に関する新聞報道スクラップ
066 丸木夫妻を迎えて オープニングのつどい 県立劇場大会議室
067 丸木位里さんのお話
070 丸木俊さんのお話
084 質問に応えて
099 ドキュメント 熱い、熱い8日間― 神田公司(原爆の図くまもと展事務局)
108 アンケート集約 6776枚のアンケートから
130 高校生の反核シンポジウム 報告
136 平和のためのシンポジウム :平和への限りない願いを、熊本での豊かな潮流とするために
145 平和のためのシンポジウム :「原爆の図」くまもと展の閉幕にあたって
146 座談会:女たちが支えた「原爆の図」くまもと展
166 くまもと展のあ・ゆ・み 1983・11月→1984・8月
170 京都・熊本・長崎 原爆の図展共同アピール
171 原爆の図くまもと展ニュース
171 1号(19840118)
175 2号(19840213)
179 3号(19840309)
183 4号(19840507)
187 5号(19840607)
191 6号(19840701)
199 くまもと展ちらし
201 講演会ちらし 関屋綾子さんと「原爆の図」を語る集い(6月17日)
202 ポスター
203 会計報告
205 「松木美術館友の会」の呼びかけ
206 呼びかけ人
207 後援団体
207 賛同団体
210 賛同者名簿
228 編集後記

 

広島平和記念館と丹下健三

『広島平和記念館と丹下健三』(山崎荒助 編 吉田道郎 英訳、三友社出版、19800806)

内容

04 まえがき 山崎荒助
06 平和への願い 丹下健三論稿抄
08 設計のはじめにあたって
15 原爆慰霊碑
18 イグチ・イサムの橋
20 伝統について考える
23 建築の尺度についてまたは空間と社会
28 丹下健三の略歴
31 あとがき

 

日本の老人たち

『日本の老人たち』(船越恵<ふなこし・けい>、創樹社、19730630)

内容

章節
序 呼び覚まされるもの―この写真集に寄せて 佐多稲子
東北の老人たち
都市の孤老たち
広島の老人たち 備考
ベッドが”お城”の原爆孤老 寺内キシノ
だれの罪 広本フサ
廊下が玄関の家で 吉田英子
迷路の奥で 曽根ヨシ
自己にこもる 梅野智章
筑豊の老人たち
あとがき

 

被爆者からの伝言 原爆の実相を語りつぐ

『被爆者からの伝言 原爆の実相を語りつぐ』(日本原水爆被害者団体協議会、あけび書房、19950601)(DVD付 20060601)

内容

『被爆者からの伝言』刊行にあたって
1 紙芝居(ミニ原爆展パネル)のシナリオと解説
2 原爆、そして被爆者のはなし
(1)原爆被爆者とは
(2)被爆者の死
(3)被爆者の生
(4)原爆はなぜ投下されたか
(5)アメリカは被爆者に何をしたか
(6)日本政府は被爆者に何をしたか
(7)被爆者の要求
(8)被爆者の運動
(9)被爆者の網の目援護・相談活動
(10)被爆の実相普及、語り残し運動
(11)被爆者を包む運動
3 広島・長崎の碑・遺跡・施設めぐり
  広島の部
長崎の部
4 資料篇
 原爆・被爆問題の文献目録
原爆と児童文学
反核・平和のうた(歌詞カード)
各地の原水爆被害者の会連絡先
あとがき
19950601=備考 3点セット; 紙芝居・ミニ原爆展パネル32枚 ; 解説書 ; 紙芝居ナレーション, 反核・平和のうた
20060601=備考 Set: 解説書(88p 26cm) ; 紙芝居兼ミニ原爆展パネル(B4・32場面) ; 付属資料: DVDビデオディスク(1枚 ; 12cm 32分) ; 付属資料: 原爆関連グッズ(5点)

 

10フィート映画世界を回る

『10フィート映画世界を回る』(永井秀明、朝日新聞社、19830730)

目次

章節 見出
序章 出会い
1 衝撃的な出会い
2 旅の概要
第I章 旅立ちまで
4  被爆者を求めて
5  フィルムの中の被爆者
6 被爆者はいま
7 証言者への軌跡
第II章  ヨーロッパの旅
8  反核の波の高まるヨーロッパに入る
9  東西緊張の最前線、西ドイツ
10 オランダの反核兵士と難波博士
11 東西両陣営の接点 フィンランド
12 非核自治体宣言のすすむイギリス
第III章 アメリカの旅
13 核凍結運動とニューヨーク
14  カナダ国立美術館
15 シカゴの平和資料館
16 セツコ・サーローの軌跡
17  再びニューヨークで
18 アマーストのハートマン牧師
19 ネルソン兄弟の活動
第IV章  旅は続く
20  片岡ツヨ、バチカンに立つ
21 キリスト教3大指導者に会う
22  世界を回るフィルム
10フィート運動の歩み-広島を中心に
あとがき
参考文献
10フィート映画リスト

 

10フィート運動記録集

『10フィート運動記録集  Know more Hiroshima 』(広島10フィート若者の会編・刊、19820806 )

もくじ

01 はじめに 松井あずさ(10フィート運動ヒロシマ事務局)
04 あいさつ 永井秀明(10フィート運動ヒロシマ事務局長)
10フィート運動紹介
08 前史
10 10フィート運動
12 10フィート運動の展開
18 海外派遣活動
10フィート運動 海外派遣チームに参加して ロニー・アレキサンダー
海外派遣アメリカチーム 点が面になるまで 香川博司(福山YMCA主事)
「100万人は何故、集まったか」 市民の伝書鳩を送る会 中井貴美子
21 映画紹介
「明日への伝言」-10フィート運動メッセージ映画-
あらすじ
アンケート
24 「にんげんをかえせ」-10フィート映画第一作-
あらすじ
監督に聞く 橘祐典 (たちばな・ゆうてん)監督
アンケート
31 「予言」-10フィート映画第二作-
あらすじ
監督に聞く 羽仁進 監督
アンケート
38 「10フィート映画第三作」
監督に聞く 熊谷博子 ディレクター
40 募金と共に寄せられた手紙から
43 被爆者に聞く-「にんげんをかえせ」に出演された方々-
44 これからの若い人達が・・・ 吉川清・生美
46 被爆体験を聞く勇気を 沼田鈴子
48 一人ひとりが意識を 柴崎時彦
50 ほんとは思い出したくないよ・・・ 深見潔
51 「にんがんをかえせ」より
24歳の時長崎で被爆 片岡津代
14歳の時長崎で被爆 山口仙二
51 各地の実践記録
52 全国13団体
68
88 原爆記録映画10フィート運動広島呼びかけ人会
10フィート運動広島事務局
広島呼びかけ人名簿 (19801001現在・154名)
90 あとがき 児玉克哉(広島10フィート若者の会)
奥付
裏表紙裏 明日への伝言 山川啓介(作詞)・いずみたく(作曲)

 

 

核の20世紀 訴える世界のヒバクシャ

『核の20世紀 訴える世界のヒバクシャ』(平和博物館を創る会、日本原水爆被害者団体協議会編、平和のアトリエ、19971020)

目次

見出し
1 あの日
原子雲
2 生きる
米軍フィルムに「記録」された被爆者
3 地球を覆う核実験汚染―核軍港競争がもたらした実態
太平洋核実験場=マーシャル諸島
アメリカ=ネバダ核実験場
セミパラチンスク(旧ソ連)核実験場
フランス・イギリスの核実験
中国・ロプノール核実験場
核兵器工場の事故と被曝
チェリャビンスクの惨事
ハンフォード核工場
汚染海岸/セラフィールド
アズギール核実験場周辺
危険な核サイクルの入り口/ウラン採掘核廃棄物の悪夢
 

 

4 「平和利用」の美名のかげで
チャイナシンドロームの恐怖
チェルノブイリの大惨事
日本でも揺らぐ「安全神話」
5 ヒバクシャの叫び
PART1 That Day 7
PART2 Living 85
These Hibakusya were filmed by the U.S. Military
PART3 Contamination from Nuclear Test Poisons the World 171
—What the nuclear arms race produced
The Pacific Test Sites : The Marshall Islands
Nevatda Test Sites. USA
Semipalatinsk (former USSR) Nuclear Testing Range
FRENCH and BRITISH Nuclear Tests
Lop Nor Nuclear Test. Sites CHINA
Accidents and contamination at nuclear weapons factories
The Chelyabinsk Disaster
Hanford Nuclear Facilities
Sellafierld, the Contaminated Coast
The Vicinity of the Azgir Test Site
The first stage of the dangeraous nuclear cycle/Uranium mining
The Nightmare of Nuclear Waste
PART4 “Fpr peaceful purpose…” 255
—The idea is attractive, but the reality is grim.
The Terrifying prospect of the ‘China Syndrome’
The Chernobyl Disaster
In Japan, too, people are losing faith in the ‘myth of nuclear safety’
PART5 The cry of the HIBAKUSYA 289

 

核―半減期(広島・長崎の写真)

核―半減期(広島・長崎の写真)

19950921-19951110 主催・会場:東京都写真美術館

図録

005 ごあいさつ 東京都写真美術館
008 平和のための写真映像資料館を 岩倉務(平和博物館を創る会専務理事)
松重美人氏写真をコンピュータで修復 NECが協力/CD-ROMで永久保存
015 核―半減期 ヒロシマ・ナガサキの写真 金子隆一(東京都写真美術館専門調査員)
025 第1部 1945 広島・長崎
026 松重美人
028 深田敏夫
030 岸田貢宜
041 菊池俊吉
047 山端庸介
062 林重男
068 松本栄一
073 第2部 戦後史の中のヒロシマ・ナガサキ
074 福島菊次郎
080 土門拳
092 石黒健治
098 土田ヒロミ
113 東松照明
138 作者解説
石黒健治・菊池俊吉・岸田貢宜・土田ヒロミ・東松照明・土門拳・林重男・深田敏夫・福島菊次郎・松重美人・松本栄一・山端庸介
140 出品作品リスト

 

 

日本平和博物館会議

日本平和博物館会議 1994(平成6)年に結成

目的=「戦争の惨禍を人々に伝え平和の実現に資することを目的とする博物館が協力して調査・研究等を行うことにより、相互の連携を図りつつ平和推進事業の一層の発展を期する」

加盟館 10 館=埼玉県平和資料館、川崎市平和館、神奈川県立地球市民かながわプラザ、立命館大学国際平和ミュージアム、ピースおおさか、広島平和記念資料館、長崎原爆資料館、沖縄県平和祈念資料館、ひめゆり平和祈念資料館、対馬丸記念館)

 

2020年10月(日録)

2020年10月(日録)

できごと
 01  ヒロシマ遺文への投稿=「10フィート運動記録集」、「10フィート映画世界を回る」
 02 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ案内・平和教育関係図書一覧」、「被爆者からの伝言 原爆の実相を語りつぐ」、「日本の老人たち」、「ヒロシマ・広島  hirou-*im*」、「Hiroshima 1988」、「丹下健三」、「広島平和記念館と丹下健三」、「「原爆の図」くまもと展記録集」、
 03  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆展 忘れまい、この惨禍」、「原爆展(朝日新聞社主催)」、「戦争展(読売新聞社)開催概要」、「死者が語る戦争」、「平和のための広島の戦争展(資料)」、
 04  ピカ資料研究所調査。
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「科学者と平和(三村剛昻)」、「理論物理学研究所の歴史」、「写真記録  原爆棄民 韓国・朝鮮人被爆者の証言」、「ヒロシマ HIROSHIMA (広島平和文化センター)」、「平和を創る(YMCA国際平和研究所)」、
07  ヒロシマ遺文への投稿=「図説広島市史」、「街と暮らしの50年」
08  中国新聞朝刊、同社の新聞協会賞受賞を伝える。
08  ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま 市制90周年記念」、「ひろしま今昔-’80広島市政指定都市記念」、「広島平和会館ものがたり」、「消えたペン-新聞労働者の8月6日」、
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「広島大学の50年」、「日本学術会議(本)」、「かけはし(YMCA国際平和研究所通信)」
11  新聞切り抜き作業。前日分まで終了。
 12  新聞切り抜きの分類作業。
17  午前中、広島大学文書館・県立文書館が公表した被団協関係資料目録をWEB上で確認。
17 ヒロシマ遺文への投稿=「ピカ資料研究所の中の「今堀」」
18 NHK[総合]午前6:10~午前6:45(35分) 目撃!にっぽん「原爆の図とわたし~命をみつめた ひと夏~」視聴。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆時代(今堀誠二)」、「原水爆時代(上)」、「原水爆時代(下)」、
19  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆時代(上)(ピカ研校訂作業)」、「原水爆時代(下)(ピカ研校訂作業)」、「ピカ暦(ぴかごよみ)」、
 20  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ研究の会満1周年記念映画会(案内ビラ)」、「原爆資料の収集と保存を考える(今堀・山崎・田原)」、
21  兄と一緒に倉庫に収蔵中の西岡喜美子旧蔵資料の整理作業。
 22  田原資料の中の資料をコピー。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマは問う(田原伯197107)」、「原爆体験記読書会(198604~198703)」、
23  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆と広島大学 「生死の火」学術篇」、「広島大学と「被災資料センター」」、
 24  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:学術会議(稿)」、
 25 広島市 平和公園取材。
 25  ピカ資料研究所で資料整理。
 26  核兵器禁止条約批准国が50か国となり90日後の2011年1月22日発効となることを1面で取り上げた新聞をコンビニで購入。朝日・毎日・読売・中国・日経の5紙。産経には掲載なし。
29  呉市立美術館企画展「原画で巡る「この世界」」・令和2年度コレクション展Ⅱ:写真コレクション「海と共に生きる」を中心に。(10月5日~11月3日)。
 29  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止運動(今堀)」
 30  「被爆建物 広島陸軍被服支廠」を撮影。
30 広島大学原医研。久保田明子助教に面会。資料センターの現況・貴重資料の保存方法のレクチャーを受ける。中性紙のサンプルをいただく。松井恵美子さん(計量生物研究分野)より私の在籍時代の同僚の消息を聞く。
31 ヒロシマ遺文への投稿「年表:学術会議(稿)」の増補校訂作業。

予定

年月日
20201103  アメリカ大統領選挙。
202012  真珠湾攻撃(12月8日未明、ハワイ時間12月7日)79周年。

 

カール・マイダンス 激動日本の目撃者

『カール・マイダンス 激動日本の目撃者1941~1951』(三木淳監修 、ニッコールクラブ、19830301)

内容

002 フォトジャーナリスト<カール・マイダンス> ライフ写真家の経歴より
004 写真家カール・マイダンス 妻である立場を離れて彼の写真が歴史の中でしめる位置を考える シェリー・マイダンス
原爆投下跡を空から見る 長崎
2年後のヒロシマ
戦後最初に生産された三輪自動車 1947年 広島にて
被爆した墓地の壊れた水道から水を汲む老婦人
広島から2年後の広島の人たち
背中のケロイドが原爆の恐怖を如実に示す[吉川清]
ヒロシマの被爆者1号といわれる吉川清さん 1947年 現在も入院中
122 インタビュー:マイダンス夫妻 写真、戦争、そして家庭を語る (聞き手および写真・三木淳)
127 あとがき 三木淳(ニッコールクラブ会長)

 

浜口タカシ写真集

『浜口タカシ写真展 ドキュメント日本 激動の日々35年』(浜口タカシ著、浜口タカシ写真展実行委員会、19870526)

1987年横浜市民ギャラリーで開催された展覧会の図録

構成

撮影日
ごあいさつ (横浜市教育長)
浜口タカシ写真展に寄せて 三木淳(日本写真家協会会長)
人類初の惨禍
広島原爆ドーム 19830806
福田須磨子 19660808
片岡津代 19830809
ミッチーブームに湧く日まで
黄金の60年代・光と影
レジャーブーム到来
遅れた終戦
大学紛争
成田闘争
70年安保闘争
日本・人災列島
政界異変
北海に生きる
二つの祖国
同時代人としての浜口タカシ 青木雨彦 コラムニスト
執情の人の涙の塔 岡井耀毅 評論家
あとがき 奥村泰宏 神奈川県写真作家協会会長

 

 

写真でみる原爆の記録

『写真でみる原爆の記録』(手塚毅、原水爆資料保存会、19570601)

目次

記事編
◎爆発当時の広島の状況と原爆被害の実態
爆発当時の状況
被爆による人的被害
死亡者と死亡率
爆心地からの距離と死亡率
被爆生存一覧表(府県別)
原爆によって何人の人が死んでいるか
動員学徒死亡数
義勇隊死亡数
広島、長崎の被害比較表
◎被爆者の声
緒言
○三人の幼児を抱へ夫に去られたケロイドの婦人が歩む苦難の人生
多田まき子さんは語る
○原爆症と闘いついに死亡せる
恵原吉郎さん生前の手記
○ケロイドの妻のかなしい日日の生活
A夫人の手記より
於 広島
◎原水爆禁止世界大会
大会宣言 議長団代表 浜井信三氏
日本準備会事務総長 安井 郁氏
各国代表の声
アメリカ代表 ミルドレッド・スコット・オルムステツト女史
イタリー代表 ポブレア・デジー氏
インド代表 パリチウドル女史
インド代表 アチアリア氏
ポーランド代表 レオナルド・ソフノフスキー氏
オーストラリヤ代表 ウイリアムゴラン氏
アメリカ代表 アーム・ストロンク氏
フランス代表 ジヤキエ氏
世界民青連代表 バハルジン氏
ポーランド国会議員 ゾフイ・ヤワジルコウスカ夫人
インド代表 アニブ・シン博士
◎被害者の叫び
被害者(広島) 高橋明究氏
長崎原爆乙女の会々長 山口みさ子氏
福竜丸対策委員 山崎林太郎氏
ビキニ水爆の犠牲者 久保山すず未亡人
長崎の被害者(29才の婦人)
原爆症で愛児を失った 岩本夫人
原爆ドームの下の 吉川 清氏
10年してまた原爆症に 岩手代表
ビキニ被災者について 焼津代
◎被害者の救援問題について
◎原水爆の恐るべき影響について
長崎に於ける当時の状況
◎原爆被害者の治療及び剖検の経験 
塩月正雄(現メデカルセンター設立発起人)
写真編
広島編
広島に投下された原子爆弾
原爆はかくして投下された
原爆と水爆の種々
広島の原爆前原爆後の対照
原爆で吹っ飛んだ広島
原爆が物体に及ぼした影響
樹木・橋梁・木造建物
鉄筋建物・電車とレール・竹
墓石・屋根
放射熱線ののこした影の数々
放射熱線が物体に及ぼした焼痕
原爆の衝撃波
原爆直後の被爆者の診察
各収容所の状況
放射熱線に焼けただれた人々
熱線によるケロイド症状
原爆症
原爆患者死亡直後の写真
原爆の被害はまだ続いている
脱毛症・馬の原爆症
最近の患者の診療と手術
救はれざる人々
原爆未亡人・原爆乙女
原爆孤児・悲惨生活
原爆投下当時の新聞の報道
肉親や知人を探す人々
熱線と黒いもの白いもの
10年後爆心地付近で出るムクロ
長崎編 山端庸三氏撮影
最も完全に残された世界に唯一の原爆記録写真集
原爆後1年して撮った写真
水爆の恐怖
ビキニ水爆の実録
医師の記録 塩月正雄氏
平和運動世界にみなぎる
世界平和大会に於ける安井郁氏
ワルシャワの世界学生平和大会に於ける日本代表
世界に拡がる原水爆禁止署名運動
原爆10周年を期して広島で催された原水爆禁止世界大会
大会々場・渡辺広島市長
前市長浜井信三氏・大山郁夫氏
多大の感銘をあたえた長崎の山口さん
久保山未亡人
各国代表者たち・参集する群衆
その日の原爆ドームを中心とする市街
原爆犠牲者の霊をともらう人々
原子力の平和利用
ラジオアイソトープとその平和利用
古い年代を計る・医学への平和利用
工業への利用・農業への利用
気象観測へ・未来の交通機関
汽車・自動車・商船
原子力発電所・原子力バッテリー
食糧の耐久性へ・原子炉の種々
未来の原子力航空機・原子砲
放射能の処理・原爆避難壕
ジュネーブ原子力展示会