フェニックス広島号の冒険

フェニックス広島号の冒険

関係資料

年月日
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)
1958
0407 不吉な静けさ ハワイ島ヒロ港
0502 海に立つ壁 ハワイ、ホノルルにて
0610 放射能図書室
0625 日本時間の中で
0708 長い一日
0711 保釈中の推理
0802 ヒロシマの日前後
0813 試練のうしお
0923 名弁護士きたる
0926 科学も”告発”する
0928 打ちひしがれた時に
1010 ここもゆれ動く世界
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)
1959
0101 地球会社の経営陣
0326 行為と無為
07  広島大会は赤か
0821 けわしい最新の道
0828 故意と善意
0920 青年に期待
1104 国策批判の声
1960
0201 平和都市の内情
0301 アメリカの自由
0220 エピローグ
  20220116082627797
196105 The Forbidden Voyages
19620101 All in the same boat : an American family’s adventures on a voyage around the world in the yacht Phoenix
by Earle and Barbara Reynolds   David McKay
1 THE RISE OF THE PHOENIX 1
“Between a dream and a deed lie the doldrums.”
2 PREPARATIONS FOR A VOYAGE 20
“Cruising is walking,talking,buying,scrounging … but
cruising is also sailing.”
3 FROM JAPAN TO HONOLULU 39
“The long shakedown … a seven-week course in How to
Sail.”
4 ON TO THE SOUTH PACIFIC: FROM HAWAII TO TAHITI 61
“Banzail Banzai! Banzai!”
5 TAHITI AND THE ISLANDS UNDER THE WIND 81
“Money? What I do with money?”
6 WESTWARD THROUGH THE SOUTH SEAS:
RAROTONGA, SAMOA, FIJI 100
“A broad reach, a quiet sea, a full moon …”
7 DOWN UNDER: NEW ZEALAND AND AUSTRALIA 115
“Ah-h-h, yes-s-sl …”
8 AND BACK UP: THE GREAT BARRIER REEF 133
“Better men than we had come to grief …”
9 INTO INDONESIA: THURSDAY ISLAND TO BALI 151
“Our life at sea was teaching us …”
10 BALI, JAVA, THE KEELING-COCOS 169
“A sense of uneasy anticipation …”
11 ACROSS THE INDIAN OCEAN: COCOS TO DURBAN 189
“You have seen people of all sorts. Makes my mouth
water …”
12 SOUTH AFRICA: BEAUTIFUL, UNHAPPY LAND 207
“What will you do when that day comes?”
13 ACROSS THE ATLANTIC THE LONG WAY:
CAPE TOWN TO NEW YORK CITY 225
“Beautiful night, new moon, slow progress, who cares?”
14 EVERY KIND OF CRUISING: NEW YORK TO PANAMA,
BY THE CORKSCREW ROUTE 247
“A man must stand up for what he believes.”
15 GALAPAGOS: HOME OF THE LAST PIONEERS 267
“Those delicate souls whose coffee must be just so …”
16 BACK TO HAWAII 286
“How come change ya mind?”
17 THE LAST LEG: HONOLULU TO HIROSHIMA 297
“Of course, there were a couple of incidents.”
INDEX 305
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)(「ヒロシマ巡礼」)
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)(「ヒロシマ巡礼」)

 

 

第1回原爆被爆者調査団会議開催案内(1959年2月16日)

第1回原爆被爆者調査団会議開催案内

1959年2月16日

拝啓

原爆被爆者調査の件について、調査団員となることを御承諾いただき、御礼申しあげます。

2月8日に第1回調査団会議を開き、次のように決定致しましたので御報告します。

一、調査案骨子の件

調査委員会決定「被爆者調査案」(同封別紙)を諒承

二、調査団員(広島側のみ)

石井金一郎(広島女子短大)、庄野博允(女学院大)、大西典茂(女学院大)、北西允(広島大学)、大江志乃夫(広島大学)、山手茂(広島女子短大)、小久保均(文学者)、仮井節子(広島女子短大)、長本伸枝(ABCC)

その他二、三の人について検討し、本人の意向を確かめ、次回調査団会議にはかることになった。

三、調査票

同封別紙調査票を決定

ついては、次の調査団会議を次の次第で開きます。御多忙中を恐縮ですが、実質的には調査の出発点となる会議ですから、万難を排し御出席下さるようお願い致します。

時日 2月22日(日)午後2時~6時

所  広島女子短大紫水会館(電停宇品13丁目下車、正門入って左手の建物)

議題 調査分担、調査票説明

昭和34年2月16日

原爆被爆者調査団

代表 石井金一郎

 なお、同封葉書に御出席の有無を御記入のうえ、御返送下さい。

原子爆弾被爆者の医療・健康管理並びに援護に関する陳情書

原子爆弾被爆者の医療・健康管理
並びに援護に関する陳情書

1958年8月30日

 私共原爆被爆者のため、昨年四月原子爆弾被爆者の医療等に関する法律を制定せられ、被爆者の医療並びに健康診断が行われることとなり、誠に感謝に堪えない次第であります。

しかしながら、原爆症の治療につきましては、未だ根本的な治療法はないと伝えられているのであります。

加うるに被爆者は特別の健康状態にあり被爆後十三年の今日に至ってもなお発病し重体に陥り不測のうちに死亡するものがあとをたたない現状であります。

これは現に原爆症で悩んでいる多数の患者のみならず被爆者は一様に原爆症に対する不安におびえているのであります。

又、原爆被爆者は、一般の被災者と異なり、経済の基盤を失ったものが多く身体的にも活動能力を阻害され、日常生活をおびやかされているものが多数あるのであります。

以上申し述べました事情御賢察の上、被爆者の医療と健康管理との万全並びに援護対策の確立のため左記事項につきまして格別の御配慮を賜わらんことを切に懇願申し上げる次第であります。

一 医療範囲の拡大

二 温泉治療を認められたいこと

三 医療交通費の支給

四 生活援護費の支給

五 被爆者福祉センターの設立

六 健康管理の完全を期するため栄養物の補給

七 根治療法の確立

八 原爆死没者の遺族援護の確立

昭和三十三年八月三十日

広島市原爆被害者の会連合会 会長 渡辺 忠雄

  広島県原爆被害者団体協議会

代表委員 森滝 市郎

〃 藤居 平一

〃 伊藤 正子

〃 井上  昇

       殿

被爆者の援護対策の確立に関する陳情書

被爆者の援護対策の確立に関する陳情書

1958年8月30日

 被爆者は、一般の被災者と異なり経済の基盤を失った者が多く、身体的にも活動能力をそ害されているのが現状であります。

医療をうけるに際しましても、経済基盤がしっかりしていないと生活に優先されて医療がおろそかにならざるを得ません。

現に障害者の中には人院治療を必要としながらなお入院をちゆうちょするもののあることであります。

その数は明らかにすることは困難でありますが、これらの事実のあることは被害者の集いのあるところ必ず聞かれるところであります。

これらの人々は、生活保護法のあることを承知しているものでありますが、できるだけこれをさけて自立再起したいという念願に外なりません。

つきましては、右事情御賢察の上、左記各項目について被爆者の援護対策を確立せられ、もって、被爆者の医療と健康管理との万全が期せられますよう格段の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

一 医療中における生活保障(医療前に得ていた収入を一定限度において確保する。)を確立すること。

二 医療交通費の支給

三 指定病院へ寝具の備付

四 身体障害者の装具の支給(例えば白内障治療による眼鏡或は身体障害者の義足等)

五 被爆者福祉センターの設立(被爆者の生活相談、職業補導施設、休養施設、宿泊施設など総合的なもの)

昭和三十三年八三十日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原爆白書の作成に関する陳情書 1958年8月30日

原爆白書の作成に関する陳情書

1958年8月30日

 原爆の被害と障害に関しましては、その悲惨と残酷なることは周知のとおりでありますが、今回、これらの実態が国家においてまとめられていないというのは甚だ遺憾なことであります。

広島と長崎との各分野にわたる資料の収集と記録とは一地方の手に委ぬられることなく国家においてとりまとめられなければならないと存ずるものであります。

これは国民一般に権威あるものとして、その実態が認識せられ併せて対外的関係においても同様の措置は当然のことと思われます。

資料も時日を経るに従って散逸するのでありますからこの措置は速かに行われなければなりません。

つきましては、右事情御賢察の上、速かに原爆白書が作成されるよう格段の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

昭和 年 月 日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原爆被爆者の健康管理及び医療を促進するための対策に関する陳情書(1958年)

原爆被爆者の健康管理及び医療を
促進するための対策に関する陳情書

1958年8月30日

 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が施行せられてから一年有余を経過いたしましたが、その間の実施状況では、被爆者特有の各種の事情が在在し、私共の努力にもかかわらずその運用は必ずしも充分とはいえません。

しかしながら、被爆者の健康状態は、本年六月までに精密検査を必要とされているもの約六千人、治療をうけているものは約九百人もあり、この事実はまことに重大事でありまして、今後ますますこの法律の使命の重要性を痛感するものであります。

つきましては、右事情を御賢察の上、特に左記各項目について速かに法の適用拡大を図られ被爆者の健康管理の目的が達成せられるよう格別の御配慮を賜わりたく、切に懇願する次第であります。

一 検査を促進するため機動性のある検査車を設けること

二 健康管理の完全を期するため栄養物の補給をすること

三 医療範囲の拡大と認定手続の簡素化を図ること

四 原爆症の根本的治療方法を研究するため現地に原爆医療研究機関を設置すること

昭和三十三年八月三十日

広島市長 渡辺 忠雄

広島市議会議長 仁都栗 司 殿

原水爆実験停止命令申請訴訟(1958年4月)

原水爆実験停止命令申請訴訟 1958年4月

原水爆実験停止命令申請訴訟主任
弁護士ウイリン氏の来日について

 A・L・ウイリン氏は、五月九日早朝のパン・アメリカン機で突如来日した。A・L・ウイリン氏はロスアンジェルス市の在住者で、連邦裁判所の弁護士の資格をもっている。同氏は右の訴訟の考案者の一人であり、現在主任弁護士である。

一、訪日目的と滞在予定

同氏は、六日ハワイのホノルル地裁でおこなわれた「ゴールデン・ルール」号乗組員の公判に立会った。
今回の訪日の目的は、約一週間の予定で、日本で現在実際に研究に従事している原子力分野の科学者と会見して、核爆発実i験の影響に関する最近の科学資料を蒐集することであり、同時に実験による漁業と漁民への影響を調査することである。

二、日本原水協の受け入れ体制について

これらの目的を充分はたすために、同氏は訪日の直前の手紙で、日本原水協の協力を要請してきた。
日本原水協は、同氏とアメリカの平和活動家、なかんずく核政策健全化委員会との関係を考慮し、世界大会にたいする協力要請もあることなので、同氏の訪日目的にできるだけそうような協力をすることが必要である。
このため、各分野の科学者、漁業関係者、漁民、法律家との会見を調整して、これに必要な通訳兼助手を一名つけることにした。

三、財政について

右のために必要な財政支出は、通訳費約一万円、交通費など雑費約一万円で計二万円をこえない額におさまることになる。

原水爆実験停止命令申請訴訟

 本件は、1958年4月4日、アメリカにおけるコロンビア地区連邦地方裁判所に提起された。本件の詳細は次のとおりである。

1.原告

ライナス・C・ポーリング アメリカ、ノーベル化学賞受賞者、カルフォルニア工科大学化学教授)
バートランド・ラッセル イギリス、ノーベル文学賞受賞者
賀川豊彦 日本、日本原水協代表委員、キリスト教界長老
カール・ポール・リンク アメリカ、ウイスコンシン大学生化学教授
レスリー・C・ダン アメリカ、コロンビア大学動物学教授
クラレンス・E・ピケット アメリカ、アメリカ・フレンド奉仕委員会名誉執行委員
ウィリアム・ブロス・ロイド アメリカ、政治評論家、編集者
ノーマン・トーマス アメリカ、作家、アメリカ社会党長老
ステファニー・メイ アメリカ、家庭主婦
L・ジョーン・コリンズ イギリス、ロンドン聖パウロ寺院僧会議員
G・ミカエル・スコット イギリス、イギリス聖職者協会書記、国連アフリカ局名誉会長
中谷清明 日本、室戸岬船員同志会会長、船長
松下?江治 日本、室戸岬船員同志会会員、機関長
釣井高明 日本、第十一カトリ丸船主
ブロック・チショルム カナダ、世界保健機構前事務総長
D・マルチン・ニーメラー 西ドイツ、ドイツ福音教会会長、神学者
アンドレ・トロメク フランス、フランスF・O・OR会長
キャスリン・ロンズデール イギリス、ロンドン大学化学教授、王立協会会員

2.被告

ニール・H・マッケルロイ アメリカ国防長官
ルイス・L・ストローズ アメリカ原子力委員長
ウイリアード・F・リビー アメリカ原子力委員
ハロルト・S・ヴァンス アメリカ原子力委員
ジョーン・S・グレーアム アメリカ原子力委員
ジョーン・F・フローバーグ アメリカ原子力委員

 

3.提案の趣旨

放射能を発生する核兵器を、それに責任のある関係公務員が、今後爆発させることを防止する訴訟を、米・英・ソ連において提起する。この訴訟は、勿論、各国の法律が異なっているので、別々に各該当国で提起することになる。然しこれらの訴訟は同時に提起されるよう、あらゆる努力を払い、かつ若干の原告はすべてのこれらの訴訟に共通であるようにする。

米国における訴訟は、米国市民のグループ及び米国市民と共に他の国々の原告のグループから提起され、コロンビア地区の連邦地方裁判所に提起される。これは原子力委員会のメンバー、その主たる執行官等及び国防長官に対し、これらの公務員等が放射能を発生する核兵器を爆発させることを将来において差止めることを目的とするものである。

もし不利な判決があった場合は、コロンビア地区の控訴裁判所に上訴し、更に不利な判決があれば、連邦最高裁判所に上訴されるであろう。

第六回全国理事会議事及決定事項(原水爆禁止日本協議会 、1958.3.11)<抄>

「車の両輪」論

(原水爆禁止日本協議会「第六回全国理事会議事及決定事項」1958.3.11)<抄>

このようにして第一回世界大会では感情的であったにせよ救援運動の方向が大きく打ち出されたのであって、事実この大会以后世間の被害者に対する関心は急速に高まり、被害者自身もはげまされて立ち直りはじめた。この大きな動きは一九五六年八月ナガサキにおける第二回大会において更に強められ理性化され「日本原水爆被害者団体協議会」が発足するに至った。この間にあって、救援運動と禁止運動は切りはなせない関係にあり、車の両輪の如く、噛み合って進められなければならないことが広く確認され、また事実をもってそれは示されて来た。

原爆障害者生活援護費給付の手びき(1958年)

原爆障害者生活援護費給付の手びき

財団法人 広島原爆障害対策協議会

一.制定の趣旨

原爆障害者の治療に関しては、昭和二十八年以来財団法人広島原爆障害対策協議会(以下「原対協」という)に於て医療費の殆んど全額に亘る給付を行っているのであるが、昭和三十二年四月原爆医療法の制定に伴い、原爆症に関する検査及び医療費の全額国庫負担の実見を見るに至り、一応治療費に関して万全の措置が講ぜられたが、一方原爆障害者に対する生活援護は遂に取りあげられることなく今日に至った。原爆障害者の治療は長期に亘るため、これが治療の促進は単に医療の給付のみでは解決することは困難であり、特に入院を必要とする障害者の治療に影響を及ぼすこと多大であるため治療意欲の減退を来し、ひいては治療活動を阻害する結果となっている。

ここに於て原対協は昭和三十二年度予算に治療推進費を計上し、その一項目として生活援護を行い、安心して治療に専念し、生活再建の途を開かしめると共に治療の円滑化を期することとした。

二、生活援護費の給付をうけられる人

1.原爆障害者であって、現に原爆症の治療をうけている人であること
2.、低額所得者であって、援護の必要がある人
例えば
イ、本人が家計の主なものであって、入院治療のため収入が得られなくなる場合(規定第三条第一号参照)
ロ、家族であるが収入の一部を生計に当てていて入院治療のため収入が得られなくなる場合(規定第三条第二号参照)
ハ、その他の事情により入院治療をうけるため生計の資料が得られなくなる場合
などですが、お困りの方は一度御相談下さい。

三、給付の内容

1.給付期間 右の給付のある期間
2.給付額 毎月一定額を右の期間に給付する。(規定第三条参照)

四、手続

所定の申請書を左記場所え提出する。(用紙も備え付けてあります)

五、決定

審査の上決定通知されます。

申込場所

一、財団法人 広島原爆障害対策協議会

広島市千田町一丁目広島原爆病院内(電話(4)三一一一)

又は
一、広島市厚生局原爆被害対策課

広島市国泰寺町三九北庁舎内(電話(4)〇一〇一、(4)一一一二)

原爆障害者生活援護費給付規程

第一条 財団法人広島原爆障害対策協議会(以下「原対協」という)の行う生活援護費の給付業務は、この規程の定めるところによる。
第二条 生活援護費の給付は、原爆被爆者にして低額所得のため原爆医療を受けることにより生活を脅かされるおそれのある者に支給するものとする。
第三条 前条の給付は、次の要領によって行う。
一、主として生計を維持しているものが医療をうけることにより収入が得られない場合
一ケ月六、○○○円以内
一、右以外の者が医療うけることにより援護の必要あると認られる場合
一ケ月二、○○○円以内一
第四条 生活援護費の給付を受けようとする者は、生活援護費給付申請書(別紙様式)を原対協会長に提出し、審査を受けるものとする。
付則
この規定は、昭和三十三年一月一日から実施する。但し特別の事情があるものについては、昭和三十二年四月一日にさかのぼることができる。

原爆関係資料 (広島県)

『原爆関係資料』(広島県 昭和32年2月)

健康手帳交付数(1957年月別)

月別 交付数 月別 交付数
7 11458 1 931
8 11497 2 336
9 2569 3 634
10 3392
11 951
12 574 合計 32342

健康手帳交付数(法第2条による分類)

区分 1号 2号 3号 4号
交付数 19358 9304 1520 259 30441
百分率 63.6 30.6 5.0 0.8 100

 

健康手帳交付・健康診断受診者・要精密検査数(1957年末現在)

保健所 健康手
帳交付
予定数
交付数 一般
健康診断
受診者数
要精密
検査数
呉東 1700 346 321 13
呉西 1237 1107 40
三原 520 705 287 61
尾道 930 713 465
福山 530 306 192 41
廿日市 4830 5439 927 128
可部 9670 4314 1036 45
加計 1030 835 278 27
千代田 420 896 68
甲田 1760 1888 1019 233
西条 1880 2955 825
竹原 930 1365 442 84
甲山 400 582 293
府中 360 366 257 23
三和 200 267 245 25
上下 160 173 149 25
三次 930 981 897 74
三良坂 250 251 189 28
西城 760 955 490 63
海田 5830 5100 1615 99
大柿 500 767 225 49
原爆病院 1419 707
その他 385 42
合計 33590 30441 13131 1809

医療

病院別 精密検査
受診者数
要治療者
原爆病院 1091 234
広島赤十字病院 46
広大附属病院 15
県立広島病院
1153 243
(21%)

 

メモ:久保良敏資料

原爆被爆者健康手帳交付集計表 (広島市厚生局原爆被害対策課、昭和33年2月28日現在)

原爆被爆者健康手帳交付集計表 (広島市厚生局原爆被害対策課、昭和33年2月28日現在)Bk580305

広島市の施行状況

 

性別 人員
総数 73771 100 32800 40971
1号 68472 92.8 30008 38464
2号 3100 4.2 1662 1438
3号 1236 1.7 687 549
4号 963 1.3 443 520

 

メモ:久保良敏資料

 

広島県原水協年表(1958年)

広島県原水協年表(1958年)

月日 事項 備考
0213 広島市議会, トルーマンの水爆使用発言に抗議決議.
3.21 広島の原爆乙女村戸由子(「生きていてよかった」の発言者), ヨーロッパ各国へ原水爆禁止を訴えるため羽田出発.
5. 5 原爆の子の像除幕式. 平和公園に1万人参集.
5.15 エニウエトク・クリスマス島水爆実験阻止・勤務評定撤回要求全国学生総決起広島大会. 平和公園に1300人参加.
6.20 原水爆禁止を訴える初の平和行進(広島~東京)の一行, 原爆慰霊碑前を出発.
6.22 広島折り鶴の会発足.
7. 1 岩国米軍基地からの原爆積載機即時撤去を要求する山口県民大会. 広大学生60人が参加.
8. 8 第4回原水爆禁止世界大会広島県代表者大会.広島市平和記念館に 150人参 加.
8.12 第4回原水爆禁止世界大会(東京).20日まで.
9.25 台湾海峡の緊張とともに県内の弾薬積出し活発化. 8日秋月弾薬庫で 170人, 11日広・秋月・川上弾薬庫で 800人, 17日広弾薬庫で 127人を臨時雇用.     広島県労会議, 弾薬積出しやめよと知事へ要請することを決定. 全日自労県支部も反対運動を決定.
9.27 広島平和委員会結成総会(広島市光道会館). 県内から50人参加. 会長佐久間澄.
10.10 広島平和委員会三次連絡会議を三次教育会館で結成.
10.21 広島県原水協・共産党・社会党・県労会議など15団体 700人が参加して生活と権利と教育を守り日中関係を打開する広島大集会. 「平和と民主主義を守る広島県協議会」を結成しようとの決議.
11. 9 岩国市東小学校校庭で核武装阻止岩国基地平和大行進山口・広島県民集会. 3000人(広島から1000人)参加. 基地周辺 5キロをデモ.
11.30 1958年広島のうたごえ大会. 広島市労働会館に30数団体参加.
1218 平和と民主主義を守る広島県協議会結成.

 

ストックホルム平和大会(1958)の記録

『軍縮と国際協力のためにーストックホルム平和大会の記録』(軍縮と国際協力のための世界大会日本準備会編、日本平和委員会、19581225)

内容

はしがき  日本準備会事務局長 阿部行蔵
「軍縮と国際協力のための世界大会」の概要
出席の諸代表-戦争に対する一致した反対-大会の重要議題-討論の結集点-分科会と活動グループ-経済の分野において-文化交流のために-数多くの大会がなぜ必要か?-民族独立の問題-平和のための協力
開会の辞
平和は体制の相違を超えて アルトゥール・ルンドクヴスィト(スエーデン)
大会基調報告
1  軍縮の諸問題について フレデリック・ジョリオ=キュリー(フランス)
2   軍縮討議の分析 ジョン・D・バーナル(イギリス)
附属文書
その1 首脳会談の議題にかんする諸提案
その2 1957年における軍縮にかんする諸提案の要旨
その3 軍縮問題年表
3 平和5原則に従えば戦争は根絶する -政治協力について- ラメシュワリ・ネルー(インド)
4 国際経済協力について オスカー・ランゲ(ポーランド)
5 文化交流促進の活動を アルトゥール・ルンドクヴィスト(スエーデン)
6 民族独立と平和 オルガ・ポブレーテ(チリー)
7 国家の偉大さは人間の福祉にたいする関心の大きさによって決まる -平和勢力の協力について- ジェイムズ・G・エンディコット(カナダ)
平和運動の全般的諸問題
1 1平和運動は戦争という病気を予防し治療する運動である 郭沫若(中華人民共和国)
2 平和の問題点はどこにあるか イリヤ・エーレンブルグ(ソ連)
3 平和運動の中に冷戦を持ちこませてはならない アマニュエル・ダスティエ(フランス)
4 平和のための行動の統一 ルチオ・ルザット(イタリア)
5 一にも、二にも、三にも団結 -労働者階級と平和- スギリ(世界労働組合連盟)
平和運動と経済協力
1  国際経済関係の新紀元 アロンソ・アキラル(メキシコ)
2 軍縮と国際協力を求めるソ連経済 ネステロフ(ソ連)
ハンガリー・ナジ処刑問題をめぐって
1 人権問題に関心をはらえ カルル・ボネヴィエ(ノルウェー)
2 意見の相違と平和運動の団結 ピエール・コット(フランス)
3 ナジ事件を冷戦の道具とするな ジョセフ・ダルヴァス(ハンガリー)
西欧諸国の平和運動
1 西ドイツの情勢と平和運動 ) クララ・マリー・ファスビンダー(西ドイツ
2 われわれの生命はわれわれの手中にある ハンス・イヴァント(西ドイツ)
3 統一された民主的平和ドイツを ワルター・フリードリッヒ(東ドイツ)
4 フランス平和運動の進む方向 フランシス・ボスク(フランス)
5 イギリスの核兵器反対運動 ロバート・ルトスレー(イギリス)
6 オーストリアにおける平和運動の組織形態 フランク・ハートレー(オーストラリア)
民族独立の運動と帝国主義に反対するたたかい -アジア、アフリカ、アメリカ- 
1 動乱の中東から【その1】
陰謀渦巻く都から独立のとりでの都へ
サファ・ハフェル(イラク)
2 動乱の中東から【その2】
レバノン人民は必ず勝利する
ジョージ・ハンナ(レバノン)
3 地獄と化したエデンの島、キプロス ジョン・ポタミティス(キプロス)
4  アジア・アフリカの叫び【その1】
国際協力の生きた実例、アジア・アフリカ
ユーセフ・エル・セバイ(アジア・アフリカ連帯委員会)
5 アジア・アフリカの叫び【その2】
アルジェリアのたたかいは独立達成のときまで続く
アルジェリア民族解放戦線代表(アルジェリア)
6 アジア・アフリカの叫び【その3】
人民の意志こそ奇蹟を生む
モハメッド・カメル・エル・ビンダリ(アラブ連合共和国)
7 アジア・アフリカの叫び【その4】
積極的行動への3つの提案
サヒブ・シン・ソケイ(インド)
8 アジア・アフリカの叫び【その5】
国をあげての平和運動
シラジュディン・アバス(インドネシア)
9 アジア・アフリカの叫び【その6】
戦争挑発の危機のなかで
韓雪野(朝鮮民主主義人民共和国)
10 中南米の声【その1】
ラテン・アメリカの後進性の原因
アルベルト・T・カセロ(アルゼンチン)
11 中南米の声【その2】
ラテン・アメリカを平和地域に
ホセ・ラファエル・ガバルドン(ヴェネゼラ)
日本からの報告
1 力の政策の現段階と平和運動の中心的課題 平野義太郎(日本)
2 各国の大衆運動強化とその間の積極的協力関係の確立 安井郁(日本)
3 沖縄のたたかい 瀬長亀次郎(日本)
閉会のことば  ジョン・D・バーナル(イギリス)
各国代表団参加者数
参加者の職業別構成
国別参加者数
参加国際団体代表数
アピール・決議・声明・勧告等
アピール
大会議長団から提出された決議
中東情勢にかんする世界諸国民へのアピール
国連へのアピール
首脳会談即時開催にかんする決議
軍縮委員会の宣言
 政治協力にかんする委員会の声明
政治協力にかんする委員会の民族独立の問題にかんする決議
政治協力にかんする委員会のドイツ問題にかんする声明
経済協力委員会の勧告
文化委員会の勧告
文化委員会の作家、芸術家にたいするアピール
文化委員会の世界ジャーナリストへのアピール
平和勢力の協力にかんする委員会の勧告
付 世界平和評議会新役員一覧
日本選出世界平和評議会評議員
日本における準備状況
日本提案
1 政治提案
1 軍縮(核兵器禁止を含む)
軍事ブロックの廃止、平和地域の設置についての提案
3 国際関係の改善と国際協力についての提案
4 大国会談の開催についての提案
2 経済提案
3 文化提案
1 文化交流についての勧告案
2 世界平和運動10周年記念コンクールについての提案
4 組織提案
付:日本平和大会宣言
日本代表団名簿
解説
軍縮と国際協力のための大会の成果 日本平和委員会理事長 平野義太郎

 

 

ヒロシマ 土門拳(1958)

『ヒロシマ 土門拳  KEN DOMON HIROSHIMA』(土門拳、研光社、19580325)

目次

原色版 『原爆第1号』吉川清氏の手
001 広島原爆病院
 左顔面醜形瘢痕植皮 1
皮膚癌患者沢田とし子さん 15
左腕醜形瘢痕筒状有茎皮弁造置術 18
ドーナー・エリア 20
右足外側火傷瘢痕植皮 21
前頭部醜形瘢痕切除縫合 22
左拇指及示指間瘢痕攣縮植皮 24
右肘関節部、左側頸部、左・右下肢瘢痕攣縮植皮 26
入院生活 28
左第一・二趾瘢痕攣縮植皮 44
左前膊部瘢痕攣縮Z縫合術 48
慢性骨髄性白血病患者梶山健二君の死 55
062 ABCC(原爆傷害調査委員会)
068 精薄児施設六方学園
079 広島市戦災児育成所
086 盲児施設広島明成園
105 13年寝たきりの人・平本ツタさん
108 13年寝たきりの人・中村杉松氏
112 被爆者同士の結婚・小谷夫妻
118 広島平和記念公園
広島ノート
001 『原爆第1号』吉川清氏の被爆記
005 原爆病院の患者たち
013 胎児だった少年
017 ケロイドについて
022 白血病について
025 『八月六日の遺産』
031 原爆の子
035 孤児たちの家
037 深い闇の世界で
042 13年寝たきりの人
044 被爆者同士の結婚
046 倶会一処
047 原爆慰霊碑
047 解説

 

 

年表:原爆展(1958~64年)

年表:原爆展(1958~64年)

記事
58 03 03 アジア・アフリカ連帯会議常設事務局、カイロで核兵器反対展示会を開催。広島・長崎の被害写真など展示(アカハタ)。
58 04 17 ブリュッセル万国博開幕。日本館の中央に広島の原爆の被害を示す写真を展示。
59 07 03 広島大学教養部学友会、学内で「八・六原爆展示会」を開催。-5日。
59 07 23? 原水爆禁止世界大会現地本部、大会参加者向けに原爆写真の展示と市内見学バスの臨時運行を計画。
62 05 21 広島市、二十一世紀世界平和博覧会(米シアトル市で四月二十一日から開催中)に被爆写真六十枚なとの出品決める。六月二十日発送を目標に準備進める。
64 02 03 米ボルダー市コロラド州立大学で二十一世紀世界展広島原爆展開く。八日まで。

 

広島(吉川清)

『広島』(吉川清<編集・発行人>、広島八・六の会<発行所>、19580415)<第3版>

写真 備考
表紙 原爆慰霊碑、原爆ドーム
原爆ドーム
01 原子雲 木村権一撮影
02 被爆前の広島 比治山より写す
04 広島城 被爆前
04 広島城 被爆12年後
05 広島大本営跡
05 広島大本営表門
06 原爆ドーム・広島産業奨励館
07 原爆ドーム 閃光電球による美観
08 原子雲
09 原子雲
10
11 御幸橋西詰
12 兄弟
13 似ノ島収容所、
14
15
16 広大萩原教室のドーム内放射能検査
17
18
19
20 動員学徒及び義勇隊の罹災
21
22
23
24
25
26 日赤病院
27
28 日赤病院
29 富国生命ビル6階
30
31
32
33
34 収容名簿に見入る人々
35 富国生命ビル内、白骨
36
37
38
39
40 広島市戦災児育成所、天皇
41 原爆乙女
42
43 原爆・水爆禁止広島市民大会
44
45
46 原爆資料館、原爆資料館内部
47 100米道路、広島市公会堂
48 中国新聞社
49
50
51 広島大学、市営アパート
52 広島赤十字原爆病院
53 比治山ABCC
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63 (深川宗俊記)
64 広島原爆一号 吉川清氏
65

 

千羽鶴-原爆の子の像の記録

千羽鶴-原爆の子の像の記録(豊田清史、昭森社、19580806)目次

1 起き上った子どもたち
2 千羽鶴の折紙も空し
3 「こけしの会」から「平和をきずく会」へ
4 少し勉強して出血する
5 非人間への抗議の証
6 全国の友達の激励に支えられて
7 私たちは論議よりも実践をする
8 級友の手で文集『こけし』を発刊
9 恵美子さんの臨終
10 百万の子どものねがい、制作は菊池先生
11 世界の子どもが手をつなごう
12 クリスマス島の水爆実験に抗議する
13 いためつけられる墓碑
14 星の一つが見つめている
15 大人の批判もうけて
16 広島の死の事実を
17 世紀の握手、Xマスの集い
18 〈原爆の子〉の祈念像
〈附録〉「平和をきずく児童・生徒の会」のあしあと
あとに
補記

〈附録〉「平和をきずく児童・生徒の会」のあしあと

月日 事項
1955(昭和30) 1025 佐々木禎子さんが原爆症でたおれた。12人目。
1110
1225

広島復興大博覧会誌(目次)

廣島復興大博覧會誌(目次)
広島復興大博覧会誌編集委員会編
広島市役所 1959/04/01

開催期間:1958(昭和33)年4月1日~5月20日

 口絵
発刊のことば  渡辺忠雄(広島市長・広島復興大博覧会会長)
役員の面影
第1部  開催までの経過
1、広島市の大観
2、博覧会開催の機運
3、博覧会開催決定までの経過
4、財政事情
5、開催及び企画の決定
6、準備
 1 総務…11
(1)事務局の開設と規則及び諸規定の制定…11
(2)役職員の委嘱と任命…12
(3)運営委員会の設置…12
(4)後援及び協賛の依頼…13
(5)県の補助…13
(6)他都市の視察…13
(7)会場敷地決定に伴う措置及びその経過…14
(8)専門委員の委嘱…15
(9)交通業者との連絡調整…15
(10)場内食堂及び売店の決定…16
(1)食堂
(2)売店
(11)職員徽章と各種入場券、通門証…19
(12)臨時職員の採用と服装の決定…21
(1)守衛
(2)看視員等の採用
(3)服装の決定
(13)映画の制作…24
(1)宣伝映画「ヒロシマ」二巻
(2)記録映画「広島復興大博覧会」二巻
(14)開会式の準備…24
2 出品…25
(1)基本方針…25
(2)出品計画…25
(イ)各館の構想
(ロ)出品作業計画
(ハ)出品勧誘班の派遣
(3)装飾業者の指定…35
(4)運輸業者の指定と出品物の搬入、展示…36
(5)出品物の運賃割引申請…37
(6)各館責任者の決定…37
(7)監視員の配置…37
(8)出品物の保管…38
(9)報道機関の協力…38
(10)無料休憩所の設置…38
3 宣伝…39
(1)基本方針…39
(2)宣伝実施経過の概要…39
(3)宣伝活動…39
(1)文書、図書による宣伝…42
イ 看板類によるもの
ロ ポスターなどによるもの
ハ 印刷物によるもの
ニ 新聞広告
ホ ラジオ放送
ヘ 利用宣伝
(2)特殊宣伝…48
イ ミス広島博
ロ 宣伝車
ハ 宣伝船
(3)団体観覧客誘致宣伝…52
イ 前売券の売さばき
ロ 一般団体観覧客の誘致
ハ 学校団体観覧客の誘致
(4)連絡打合せによる宣伝…55
(5)観覧客の受入準備…55
4 施設…56
(1)会場施設の基本方針…56
(2)恒久施設の造営…56
(イ)広島城天守閣の復原
(ロ)噴水池
(ハ)鯨の池
(3)仮設建物の建築…64
(4)会場整地及び造園…64
(5)給水施設…64
(6)電話と放送設備…65
(7)電灯、電力工事…66
5 演芸…66
(1)番組篇成の基本方針…66
(2)つなぎ(下荷)演芸…67
(3)地元舞踊家及び地方民俗芸能等の誘致…67
(4)有名芸能人の来演誘致…67
(5)ラジオ公開録音…68
(6)印度芸能を招く…68
(7)軍官公衛音楽隊の来演…68
(8)演芸館の設営…69
7、協賛会
 1 組織と機構…69
2 事業計画…72
3 事業概況…72
4 収支決算…74
第2部 開会
1、開会式
 1 式典と祝宴…77
2 慶祝行事-こけら落しとパレード-…90
3 会場開き…90
2、人工衛星館の誘致
3、博覧会の情景-会場見てある記-
  1 人工衛星館…95
2 原子力科学館…98
3 復興館…102
4 観光館…104
5 専売館…106
6 電信電話館…108
7 郵政館…110
8 生活文化館…113
9 飲料館…116
10 体育保健館…117
11 テレビ電波館…122
12 国際館…124
13 新聞館…130
14 映写館…132
(特設)花道館…135
 第二会場…136
15 全国物産館…136
16 電気科学館…138
17 近代工業館…141
18 清酒館…143
19 農機具館…146
20 林業館…148
21 農水産館…150
22 演芸館…152
23 宇宙探検館…156
24 木工館 …162
25 国鉄館…163
26 交通科学館…166
27 お菓子の国…168
28 子供の国…169
(特設)クボタ館…171
(特設)ヤンマーディゼル館…172
(特設)その他の館…172
 第三会場…173
29 郷土館…173
4、各館小間配置図
 第一会場…178
第二会場…192
第三会場…208
5、会期中の行事と催物
 1 会期中の催物等による宣伝…211
2 広島祭…213
3 大名行列…214
4 自衛艦の来航…214
5 米軍楽隊吹奏行進…214
6 その他…215
7 会期中の催物写真集…217
6、会場の警備
 1 警備機構と事務分掌…224
2 火災予防計画…224
3 事故発生状況…225
7、救護
 1 準備…227
2 運営及び結果…227
8、会場雑記
 1 入場者と会期中晴雨表…228
2 会場清掃…232
3 余話(こぼれ話)…232
4 思い出のグラフ…237
第三部 閉会
1、閉会式
2、博覧会の成果
 1 入場券売上数…260
2 即売品売上…261
3 子供の国遊具使用料…262
3、本博覧会の反響
 1 来広客の増加…263
2 一般経済界に及ぼした影響…266
3 博覧会出品の効果…270
4 アンケート…270
5 児童作品集-作文-…275
4、残務整理
 1 出品物の搬出…280
2 会場施設の整理…280
3 運営委員会の開催…281
4 事務整理…281
イ 感謝状、礼状の発送
ロ 諸払いの清算と未収金の整理
5 事務局の解散…283
6 報道陣への感謝…284
5、予算及び決算
附録
1 開催趣意書
2 広島復興大博覧会条例
3 諸規則と規程
 イ 施行規則
ロ 事務局設置規定
ハ 事務局組織規定
ニ 会場整理要綱
ホ 出品物販売取扱要領
ヘ 看視員服務要領
4 役職員名簿
5 出品者名簿
編集後記