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原爆被害の実相-長崎レポート 長崎原爆被害総合報告1977

『原爆被害の実相-長崎レポート 長崎原爆被害総合報告1977』(NGO被爆問題国際シンポジウム長崎準備委員会、19770730)

内容

巻頭言
核兵器廃絶に向かって 具島兼三郎 1
世界平和への大きな指針 諸谷義武 2
国際連合への要請 広島市長・長崎市長 3
 原爆被害の全体像にどう迫るか 7
1 原爆による物理的破壊
1. 原爆のエネルギー 9
2. 爆風の威力 10
3. 熱線の威力 14
4. 爆風と熱線と火災による総合的被害 17
5. 放射能の威力 23
5-1 初期放射線 24
5-2 残留放射線 28
5-3 放射線の植物への影響 29
6. 原爆による死傷者数 31
7. 被爆当日の気象 33
(参考文献)41
2 原子爆弾による身体的障害
1. 概説 44
2. 急性原爆症について
2-1 急性期 46
2-2 亜急性期 47
2-3、4 亜慢性期および慢性期 49
3. 後障害
3-1 ケロイド 50
3-2 眼障害 51
3-3 血液疾患 57
3-4 悪性腫瘍 60
3-5 老化現象 62
3-6 精神神経障害 63
3-7 若年期被爆者の障害 64
3-8 胎内被爆による障害 66
3-9 遺伝的影響 68
4. 長崎原爆医療史 70
(長崎文献)78
3 長崎における原爆と人間
1. 長崎原爆とは何か-アプローチと全体像 82
2. 長崎原爆をめぐる社会的政治的諸問題
2-1 なぜ原爆は投下されたのか 84
2-2 なぜアメリカは長崎を投下地に選択したか 86
2-3 なぜ8月9日、外国人たちが長崎にいたか 89
3. 原爆による社会の崩壊
3-1 住居、家屋等の物理的被害 91
3-2 人的被害 92
3-3 家族崩壊と世代形成への打撃 94
3-4 地域社会の崩壊と生活資源の破壊 96
3-5 被爆者一般調査にみる社会の崩壊 98
4. 原爆による生活の破壊
4-1 生命の破壊 101
4-2 生活の場・生活資材の破壊 104
4-3 身体の障害と健康の阻害 105
4-4 家庭生活への影響 107
4-5 生活力・労働力の喪失と減退 108
4-6 被爆者の生活記録 110
5. 被爆者の精神的苦悩
5-1 被爆者の精神的苦悩をどう認識するか 113
5-2 被爆者の 否定 意識 113
5-3 被爆者の意識の前進 116
6. 表現活動に見る長崎の被爆意識 117
7. 被爆者の住宅づくり・まちづくり
7-1 重度被爆者の住宅づくり 124
7-2 平和都市建設への課題と展望 130
8. 長崎における被爆者の運動
8-1 被爆者運動の胎動と初期原水禁運動 135
8-2 原水禁運動・被爆者運動の試錬期 138
8-3 被爆者運動の到達点と課題 141
4 原爆と平和教育
1. 現代の平和教育 142
2. 平和教育の歴史
2-1 長崎における平和教育運動の経過 145
2-2 日本の教科書における原爆記述の変遷 149
2-3 学校教育における平和児童文化の教材化 157
2-4 爆心地付近の学校実践 160
2-5 長崎市における平和教育の実態 163
2-6 修学旅行団の対する体験談を通しての平和教育の実践 164
2-7 学校教育の実践例 167
3. 平和教育の視点とカリキュラム
3-1 小学校における平和教育の視点とカリキュラム 174
3-2 中学校平和教育の視点 176
3-3 高等学校における平和教育の視点カリキュラム 176
4. 家庭と社会における平和教育
4-1 被爆証言運動の歩みと現状 182
4-2 原爆資料収集、研究、展示の諸活動 184
4-3 長崎国際文化会館の活動 185
4-4 親子文集・読書・映画・絵図展・追悼碑建立等の諸活動 187
5 長崎におけるマスメディアの活動
1. 原爆報道とマスメディア 189
2. 長崎新聞-被爆県紙としての課題を背負って 191
3. 共同通信-原爆企画の主なもの 195
4. 長崎放送-「長崎原爆」報道活動について 198
5. KTN-長崎問題報道年表 205
6. NHK長崎放送-原爆問題への取組み 208
7. 長崎原爆関係文献一覧 216
6 長崎における被爆者の実情-調査報告 222
1. 被爆者調査報告の目的と意義 222
2. 被爆者一般調査報告
2-1 今回調査の概要 223
2-2 問「被爆による不利」への回答例 224
2-3 被爆による不利の全体像 226
2-4 被爆者の「人間回復」のための社会的条件とは何か-失対労働者群にみる 226
2-5 問「被爆者としての要求や訴え」への回答例 229
3. 被爆者医学調査報告
3-1 調査目的 236
3-2 とりくみの経過 236
3-3 医学調査集計結果 236
3-4 医学調査結果の特徴と問題点 238
3-5 医学調査・事例報告 239
4. 被爆者生活史調査 241
(証言-事例研究篇)
原爆被爆者の32年-生活史調査における証言記録 243
4-1 石本秋男さんの場合-疎外と逃避をのりこえて 244
4-2 永瀬和子さんの場合-病気と差別、貧困にたえる 249
4-3 松尾敦之さんの場合-妻子を奪い私のナカにもえる原爆 255
4-4 小佐々八郎さんの場合-被爆から反被爆、被爆者運動へ 262
4-5 中村順さんの場合-どん底からの証言と告発 267
4-6 田島治太夫さんの場合-連合軍捕虜たちとともに被爆して 274
4-7 崔季てつさんの場合-釜山から長崎へ、国境を越える怒りと愛 279
被爆体験の思想化と継承 286
(付) 長崎原爆関係年表 288
(あとがき)1977年7月25日 鎌田定夫(編集委員会代表)
NGO国際シンポジウム長崎準備委員会 312
 sinpobkn19770730

被爆問題国際シンポジウム[重要文献・資料集]1977

被爆問題国際シンポジウム[重要文献・資料集]1977

出典:『[重要文献・資料集]1977 核兵器廃絶と原水爆禁止運動の国民的統一をめざして』(原水爆禁止日本協議会 19770706)pp.197-221

内容

 

年月日 資料名 備考
  「被爆問題国際シンポジウム」について
  bk19770706-198
(1976・2・3)  国連非政府組織(NGO)軍縮特別委員会第22回会議決議
(1976・12)  国連NGO主催「被爆の実相のその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム」 (仮称)支持のよびかけ
(1976・9・1)  被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウムについての経過説明その1
(1976・9・20) 経過説明その2
(1976・12・23) 経過説明その3
(1977・2・21) 経過説明その4
(1976・10・2)  「被爆問題国際シンポジウム」について世話4団体覚書
(1977・5・10)  「被爆問題国際シンポジウム」の準備状況について(ICDAニュース」No.1より)

国連軍縮特別総会(1978)

国連軍縮特別総会(1978)
(日本平和学会『平和研究 第4号』19790620)

加藤俊作 国連軍縮特別総会の経緯と展望
 <資料>国連軍縮特別総会における最終文書(外務省情報文化局提供仮訳)
蔵田雅彦 <資料>NGOの日における六つの平和研究所の演説全文
国際情報センター(米国)
世界経済国際関係研究所(市冷えと連邦科学アカデミー)
ウィーン国際平和研究所
国際平和研究学会(IPRA)
スタンレー財団
ストックホルム国際平和研究所
佐藤栄一 <報告>国際平和探求へのたゆみなき実践―ストックホルム国際平和研究所

NGO被爆問題国際シンポジウム報告書

NGO被爆問題国際シンポジウム

目次

『被爆の実相と被爆者の実情-1977NGO被爆問題シンポジウム報告』(ISDA JNPC編集出版委員会、朝日イブニングニュース社、19780915)

シンポジウムの宣言
発刊にさいして 三宅泰雄
まえがき アーサー・ブース
シンポジウムの背景・準備・経過・影響 川崎昭一郎
国際準備委員会の報告 アーサー・ブース
開会のあいさつ ショーン・マクブライド
広島県知事のあいさつ 宮沢弘
歓迎のあいさつ 飯島宗一
広島市長のあいさつ 荒木武
長崎市長のあいさつ 諸谷義武
イラク共和国大統領メッセージ アーマド・ハッサン・アル=バクル(アメル・アブドラー代表)
ユネスコ事務局長メッセージ アマドゥ・マター・ムボウ
日本学術会議会長メッセージ 越智勇一
メッセージを寄せた組織・個人一覧
被爆者調査の概要報告 浜谷正晴
被爆者代表の訴え 伊東壮
第I分科会「原爆の医学的遺伝的影響・後遺」の要約報告
第II分科会「原爆の社会的影響、とくに被爆者問題」の要約報告
第III分科会「情報の普及、宣伝、平和教育」の要約報告
第IV分科会「核兵器の廃絶、放射能からの人類の防護(NGOの役割)」の要約報告
シンポジウム第2段階の報告書(採択文書)
長崎準備委員会のあいさつ 秋月辰一郎
日本原水爆被害者団体協議会のあいさつ 行宗一
閉会のあいさつ フィリップ・ノエル=ベーカー
ラリーはじめに 服部学
広島ラリーにおける第2段階総括報告メフ演説  マリアン・ドブロシェルスキー
広島ラリーのよびかけ
長崎ラリーへの長崎県知事のメッセージ 久保勘一
長崎ラリーへの長崎市長のメッセージ 諸谷義武
長崎ラリーへの国際準備委員会会長のメッセージ ショーン・マクブライド
長崎ラリーのよびかけ
1977年日本シンポジウムに関するプレスレリース
国際調査団報告書・作成文書 はじめに 庄野直美
作業文書作成に協力した専門家名簿
国際調査団自然科学グループの報告書 「広島・長崎原爆の物理的・医学的影響」
国際調査団社会科学グループの報告書 「原爆の人間的意味と平和教育」
国際調査団による作業文書Vの要約
作業文書I「原爆による物理的破壊と死亡者数」
作業文書II「原爆の医学的影響」
作業文 III「原爆と人間」
作業文書IIIの付属資料「在外、外国人被爆者について-在韓国被爆者の場合-」
作業文書IV「平和教育とマスメディア」
作業文書V「核兵器と地球環境の放射能汚染」
作業文書Vの補遺「ビキニ核兵器実験とその影響」
被爆者調査 はじめに 田沼肇
****一般調査の結果について
(付属資料)一般調査票
生活史調査の結果についての若干の予備的考察
(付属資料1)生活史調査の概要
(付属資料2)生活史調査 面接要領
医学調査の中間要約報告
(付属資料3)医学調査・問診票
被爆調査員名簿
シンポジウムの諸役員
国際準備委員会の機構と役員
広島準備委員会
国際スポンサー一覧
国際調査団(第1段階)のメンバー
日本準備委員会の機構と役員
長崎準備委員会
シンポジウム推進団体連絡会議
都道府県シンポジウム推進(支持)委員会
シンポジウムのプログラム
シンポジウム(第2段階)への招請状
NGO軍縮特別委員会第21回会議の原爆被害者に関する決議
NGO軍縮特別委員・・3回会議の議事録(抜粋)
日本シンポジウムの発展・意義・支持 アーサー・ブース
NGO国際軍縮会議における日本代表の演説  渡辺千恵子
国連軍縮徳別総会の NGOデー における日本代表の演説 田中里子
経過の日誌

 

SSDⅠ(第1回軍縮特別総会)

SSDⅠ(第1回軍縮特別総会)1978年5月23日~6月30日、ニューヨーク

出典:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_cd/gun_un/gaiyo.html

国連における軍縮・不拡散への取り組み
平成25年2月
1.国際連合による議論
国際連合は、1945年の創立以来、国連憲章第11条(国連総会が、軍縮について審議し、加盟国もしくは安全保障理事会に勧告を行うことを規定)等に基づき、軍縮問題についても積極的に取り組んできた。
冷戦時代は、非同盟運動諸国(NAM)のイニシアチブによって、1978年、1982年、1988年と計3 回の国連軍縮特別総会が開催されるなどの動きはあったものの、全体としては国連を通じた具体的な軍縮・不拡散上の成果は限定的であり、むしろ二国間又は地域的な枠組みを通じて主要な軍縮の合意が形成されてきた。
他方、国連は基本的に総会における議論及び決議の採択という形で軍縮・不拡散に関与してきている。これらの議論や決議は、その時々の国際情勢、安全保障環境の中で国際社会の軍縮・不拡散問題についての関心や考えを反映したものであり、中長期的にみれば、これらの問題についての国際世論の形成に大きな役割を果たしてきた。
冷戦終焉後は、国連軍備登録制度の設置(1991年)、包括的核実験禁止条約(CTBT)の国連総会における採択(1996年)、国連小型武器行動計画の採択(2001年)等、国連総会の場を通じて軍縮・不拡散の具体的な成果が上げられている。また、安全保障理事会も1992年1月に軍縮・不拡散の重要性を強調する議長声明を発出したほか、2001年の米同時多発テロ以降のテロ組織等非国家主体に対する大量破壊兵器拡散への懸念の高まりを受けて、2004年4月には不拡散に関する安保理決議第1540号を採択し、さらに、2009年9月に行われた核不拡散・核軍縮に関する安保理首脳会合において安保理決議第1887号を採択した。また、2006年以降、安保理は北朝鮮及びイランといった個別の核問題について、制裁措置を含む決議を採択しており、国際的な不拡散体制の強化に安保理が果たす役割は、近年急速に増大している。

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出典:外交青書21_1977
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1977_1/s52-2-4-2.htm#ab1

6. 軍縮特別総会
(1) 第31回国連総会では「全面完全軍縮」の議題の下に,ユーゴースラヴィア等非同盟主要国が提唱し,わが国を含む75カ国が共同提案した軍縮特別総会の開催に関する決議が採択された。これにより78年5月ないし6月に国連創設以来初めて専ら軍縮問題の審議にあてられる特別総会が開催されることとなった。
(2) 軍縮特別総会開催の構想そのものは,1946年12月の第1回国連総会再開会合で採択された決議に始まるが,一方,非同盟諸国は,1961年の第1回首脳会議において世界軍縮会議もしくは軍縮特別総会の開催を呼びかけて以来,特別総会の開催を度々提唱してきた。76年,スリ・ランカで開催された第5回非同盟首脳会議で採択された政治宣言においても,1978年までに軍縮特別総会の開催を要求する趣旨が謳われており,第31回総会に提出された決議案もこれを受けたものである。
(3) 採択された決議に基づき,総会議長により指名された54カ国から構成される準備委員会が設立され(わが国もアジア・グループの一員としてメンバーとなり,副議長国となった),今後特別総会開催までに77年3月,5月,9月の3回にわたり同委員会の会合が開催され,特別総会の議題及び手続規則を決定する予定である。

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外交青書22_1978
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1978/s53-2-4-2.htm

3. 軍縮特別総会開催準備状況
(1) 78年5月に開催される国連軍縮特別総会のための準備委員会(54カ国で構成。わが国は副議長国)は,77年中に3回会合(3月,5月及び9月)し,次の決定を含む報告書を作成して第32回総会に提出した。
(イ) 特別総会開催期日
78年5月23日~6月28日。
(ロ) 特別総会開催場所
国連本部(ニューヨーク)。
(ハ) 代表レベル
できる限り高いレベル。
(ニ) 仮議題
(a) 軍縮交渉の成果と現状の再検討。
(b) 軍縮宣言及び行動計画の採択。
(c) 軍縮交渉のための国際的機構の役割の再検討。
(2) また第31回国連総会で採択された決議は,各国政府に対し,4月15日までに軍縮特別総会に関する見解を国連事務総長に提出するよう要請していたが,77年末までに,国連加盟国のうち合計59カ国がその見解を提出した。
わが国は,軍縮特別総会においては,次の項目が優先的に取り上げられるべきであるとの見解を4月15日付で国連事務総長に提出した。
(イ) 核軍備競争の停止と核兵器の削減。
(ロ) 核実験の全面的禁止。
(ハ) 化学兵器の禁止。
(ニ) 通常兵器の国際的移転。
(ホ) 軍事費削減問題。
(3) 第32回国連総会は、準備委員会の報告書を承認し,更に同委員会に作業を継続するよう要請する決議を採択した(わが国を含む55カ国の共同提案)。
78年の2月及び4月には,上記決議に基づく第4回と第5回の準備委員会を開催し,特別総会において審議,採択されるべき最終文書の起草作業を行う予定である。

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外交青書23_1979
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1979/s54-2-4-2.htm#1_1

(1) 国連軍縮特別総会
(イ) 概   説
国連史上初の軍縮特別総会は,1978年5月23日から7月1日までニュー・ヨークにおいて開催された。この特別総会には,従来軍縮交渉に参加していなかつた中国,フランスを含む145カ国が参加し,今後の軍縮審議,交渉の指針となる最終文書が,投票に付されることなく全会一致で採択されたほか,軍縮審議,交渉機構にも種々の改善が加えられた。
(ロ) 一般討論演説
5月24日から6月9日まで行われた一般討論演説においては,元首4名,首相16名,副首相4名,外相49名を含む126カ国の代表が演説を行った。
わが国は,園田外務大臣が5月30日に一般討論演説を行った。
演説において園田外務大臣は,平和憲法に立脚し,今後の国際社会における先覚者たるべく,軍事大国への道を排し,平和に徹し続けるわが国の決意を披瀝し,またわが国が非核三原則を堅持していることを宣明するとともに,核兵器国に対し,その責任を自覚し核軍縮を促進するよう強く要請した。さらに,軍縮の分野では,核兵器の廃絶を目標とした核軍縮の促進が,今日,最も高い優先度を置かれるべき課題であることを強調するとともに,この目標を達成するためには,まず核軍備競争を停止し,次に核軍備の削減を進めるとの方向で実行可能な措置を一歩一歩積み重ねて行くことが最も肝要である旨指摘した。そして,かかる観点から,米ソ戦略兵器制限交渉の早期妥結,包括的核実験禁止条約の早期締結などを強く訴えた。
(ハ) 最終文書
特別総会において採択された最終文書は,「序文」,「宣言」,「行動計画」,「機構」の4部から構成される。軍縮に関する一般原則を規定した「宣言」は,軍縮の究極的な目標が効果的な国際管理下での全面完全軍縮であり,この目標への前進のためには諸国の安全を守る必要性を考慮に入れ,軍備競争の停止と真の軍縮措置に関する協定の締結,及びその履行が必要であるとし,更にそのような措置の中では,核軍縮と核戦争の防止が最も優先度が高い旨規定している。
「行動計画」は,上記原則に沿って,今後,諸国家が着手すべき軍縮分野における諸措置を挙げ,今後の軍縮分野における努力の諸目標を示している。
(ニ) 軍縮審議交渉機構の改革
軍縮の審議,交渉機構の分野では,最終文書の「機構」が示すように特別総会において次のような改善,強化がなされた。
(a) 全ての国連加盟国が参加する審議機関としての国連軍縮委員会(UNDC)の復活(同委員会は65年以来休眠状態にあつた)。
(b) ジュネーヴ軍縮委員会については,主として次の改善が行なわれ,79年1月より新たに軍縮委員会(CD)として発足。
(i) 新軍縮委は米,英,ソ,仏,中の全ての核兵器国に開放されるとともに(従来軍縮委の加盟国であつたが実際上参加していなかつたフランスが参加を決定。中国は当面参加しないとみられている),わが国を含む旧軍縮委の加盟27カ国に加え,次の8非核兵器国が新たに構成国となった。アルジェリア,オーストラリア,ベルギー,キューバ,インドネシア,ケニア,スリ・ランカ,ヴェネズエラ。
(ii) 米ソ共同議長制を廃止し,議長を全ての構成国間で月毎の輪番制にする。
(c) 国連第1委員会は,従来,軍縮問題のほか,政治,安全保障,科学技術問題を審議してきたが,今後は,軍縮及びそれに関連する国際安全保障問題のみを取り扱う。
(d) 国連事務総長に助言するための軍縮諮問委員会の設置。
(2) 第33回国連総会
軍縮特別総会を受けて行なわれた第33回国連総会の軍縮討議においては,核軍縮の促進を中心として,軍縮特別総会で採択された最終文書の行動計画に盛られた諸分野につき審議され,40の軍縮関係決議が採択された。
なお,わが国は,包括的核実験禁止条約の早期締結を求める決議及び同条約が締結されるまでの間,全ての国に核実験を慎むよう要請する決議など,7つの決議の共同提案国となった。

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出典:http://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/libraries/research_guide/themes/disarmament/

A/RES/31/189Bによる第1回軍縮特別総会(通算10回目の国連特別総会)は1978年5月23日から6月30日にかけ、ニューヨークで開催されました。
A/RES/31/189Bによって設置された準備委員会の作業文書は、文書記号A/AC.187/-の形で発行されました。会合記録は文書記号A/AC.187/SR.-で発行されました。準備委員会の総会に対する最終報告書は、A/S-10/1(GAOR, 10th spec. sess., Suppl. No. 1)として発行されています。
総会決定S-10/21によって設置された第10回特別総会アドホック委員会の作業文書は、文書記号A/S-10/AC.1/-の形で発行されました。会合記録は文書記号A/S-10/AC.1/SR.-の形で発行されました。アドホック委員会の最終報告書はA/S-10/23として発行されています。
同特別総会の作業文書は文書記号A/S-10/-の形で発行されました。会合記録は文書記号A/S-10/PV.-の形で発行されました。第1回軍縮総会の最終文書(A/RES/S-10/2)には宣言、行動計画および国際軍縮機構に関するセクションが含まれています。

 

 

核兵器全面禁止国際協定締結・核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する国民代表団

核兵器全面禁止国際協定締結・核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する国民代表団:1975年12月8日、ワルトハイム国連事務総長と会見。

出典:『広島・長崎の原爆被害とその後遺-国連事務総長への報告』(核兵器全面禁止国際協定締結・核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する国民代表団派遣中央実行委員会、19760806)

目次

原爆被爆者の30年-事例研究 1
事例-1.広島、男、65歳 被爆当時陸軍運輸部 現在、精神病 院入院中
事例-2.長崎、女、故人 原爆孤老となり、82歳で死亡
事例-3.広島、女、47歳 被爆当時高女在学 現在、離婚
事例-4.長崎、男、41歳 被爆当時小学生、後遺に苦しむ
事例-5.広島、女、73歳 被爆当時主婦、残留放射能による 被爆者
事例-6.ある被爆二世の死<長崎の事例>
原爆被害とその後遺の実態
1 被害の物理実態
2 被害の医学的実態
3 被害の社会的実態
あとがき<報告書作成の専門家グループ=伊東壮、庄野直美、川崎昭一郎、田沼肇、草野信男、峠一夫、佐久間澄>

 

被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会第1回社会科学委員会(広島)議事録(文責 宇吹)

第1回社会科学委員会(広島)議事録(文責 宇吹)
(被爆問題国際シンポジウム広島準備委員会)

第1回社会科学委員会(広島)議事録
1977.4.30 午後1:30~ 於YMCA
[出席者]宇吹暁、大西典茂、北西允、山本鎮雄、湯崎稔
議題
1. 日本準備委主催 第1回・第2回社会科学委員会の報告
湯崎世話人より概要の報告、内容は別添資料のとおり
2.「総合報告書」のItemsの検討
各委員に予め『市長国連レポート』を第0次案とし、これに関する修正・加筆の意見を送付してもらうよう事務局より依頼してあったが、寄せられた意見がなかったので、出席者で3月9日国際準備会に提出されたItemsをもとに討論をおこなった。その大要はつぎのとおりである。
作業文書Ⅲ(社会科学)
1. アプローチと原爆被害の全体像
2. 原爆投下をめぐる政治的諸問題
3. 原爆による社会の破壊
4. 原爆による生活の破壊
4-1家族の破壊
4-2労働力の損壊
4-3病気と貧困の悪循環
5. 原爆による精神的崩壊
6. 被爆者の運動
〇2.はどういう意図か。項目の中で2.が異質な感じがする。6.と一緒に論じた方がよいのではないか。
〇被害の実態にしぼってはどうか。政治的諸問題を扱うとすれば、さまざまな解釈があるので慎重を要する。報告書としては、2.の項目を立てない方がよい。
〇外国人被爆者の問題もとりあげるべきだ。
〇4.の項目内容は個人レベルの問題という感じが強いが、これが3.とどう結びつくのか。
〇これを機会に、広島における被爆者の実態を示す諸資料を集めたいので関係者をあげて欲しい。
<名前のあがった関係機関・個人>
市役所労政課、原対協、吉田治平、田中一郎、相原和光、温品道義、藤居平一、山口夕[ママ]子、中野清一
3.その他
〇湯崎世話人より、第3回社会科学委員会(東京)への出席要請および生活史調査(広島)の世話人決定の要請があったが、未定。
<文責 宇吹>