広島の証言の会
1981年12月5日発足
1997年9月27日再発足総会
事務局:広島市***
資料
| 年月日 | 資料名 | 発行者 | 形態など |
| 19820220 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言 冬』創刊号 | 広島・長崎の証言の会 | 刊本 |
| 19830105 | [連絡とお願い] | 事務局 | b4紙1枚 |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
広島の証言の会
1981年12月5日発足
1997年9月27日再発足総会
事務局:広島市***
資料
| 年月日 | 資料名 | 発行者 | 形態など |
| 19820220 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言 冬』創刊号 | 広島・長崎の証言の会 | 刊本 |
| 19830105 | [連絡とお願い] | 事務局 | b4紙1枚 |
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『広島県労働運動史 第2巻』(広島県労働運動史編集委員会編、広島県労働組合会議、19800111)
内容<作業中>
| 部章節 | 項目 | 備考 |
| 第4部 | 県労会議を中心とした県内の労働運動 | |
| 第1章 | 県労会議の確立と県内の労働運動 | |
| 第1節 | 講和後の県内の労働組合 | |
| 1 講和後、反動化のきざし 835 2 弾圧法粉砕総決起広島大会 836 3 破防法粉砕と県下のストライキ 838 4 スト規制法反対闘争 844 5 ABCC労組、首切り反対のたたかい |
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| 第2節 | 県労組織の強化と全日通県支部、電産中国、私鉄広電にたいする組織攻撃 | |
| 1 呉、大竹、三原、広島、仁方の各地区労結成 850 2 県労会議第4回総会-執行体制の強化 854 3 全日通県支部の分裂と第2組合の発生 855 4 電産中国の組織分裂のたたかい 857 5 尼鋼呉製鉄所回顧反対闘争 861 6 私鉄広島電鉄の分裂 |
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| 第3節 | 総同盟の脱退と県民労の結成 | |
| 1 総同盟県連の脱退 869 2 県民労の結成 |
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| 第4節 | 平和擁護のたたかい | |
| 1 広島平和推進会議 877 2 平和擁護労働者総決起大会 880 3 広島平和国民大会 885 4 憲法擁護国民連合広島会議の結成 889 5 世界平和者広島会議と『広島アッピール』 890 6 総選挙闘争と県労会議 |
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| 第5節 広島県労働金庫の設立 | ||
| 1 開設までの経過 897 2 広島県「労働金庫」創立総会 |
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| 第2章 | デフレ下の労働運動と県労会議 | |
| 第1節 | デフレ下の造船業と労働者 | |
| 1 深刻化する県下の労働経済 904 2 造船不況と造船政策要求 |
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| 第2節 | 第2節 総評路線指向の県労会議 908 | |
| 1 県労会議第6回大会と性格論争 908 2 県労会議第7回大会と総評路線の確立 |
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| 第3節 | 東洋工業等の諸闘争 | |
| 1 東洋工業労組の賃上げ・職務給反対闘争 915 2 5万人参加の第25回メーデー 918 3 廣島銀行従組の賃上げスト 919 4 教育2法案と広教組、高教組のたたかい 924 5 競艇場設置反対のたたかい |
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| 第4節 | 原水禁、平和運動の推進 | |
| 1 原水禁広島市民大会と平和 930 2 第1回原水禁世界大会とヒロシマ・アピール 934 3 主要単産の8・6平和集会 940 4 全日自労、原爆被災者の実態調査 |
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| 第5節 | 社会党県連の統一と県労会議 | |
| 1 選挙闘争と県労会議 945 2 社会党広島県連の統一と県労会議 |
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| 第6節 | 共闘の拡大と組織統一への動き | |
| 1 電産・国労の組織統一への努力 953 2 私鉄広電の“裸統一”提案 |
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| 第3章 | 勤評・警職法闘争と県春闘共闘の発足 | |
| 第1節 | 勤評反対闘争 | |
| 1 強まる教育の反動化と国家統制 963 2 今田校長(長束小)降格、処分反対のたたかい 971 3 九・一五闘争と子弟の登校拒否 975 4 教育課程改悪反対のたたかい 978 5 県労会議第一一回大会と勤評闘争総括 |
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| 第2節 | 警職法反対闘争 | |
| 1 県労会議、警職法改悪反対で「非常事態宣言」 984 2 警職法改悪反対共闘会議の結成と一一・五闘争 986 3 警職法スト処分反対闘争 992 4 松川事件対策協議会の結成 |
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| 第3節 県下春闘の開始と県労会議 994 1 八単産共闘の発足と県下の春闘 995 2 生産性向上運動と県労会議の態度 998 3 県下春闘の発足と広電争議 1001 4 県労会議第8回大会 1008 5 春闘不当処分と県労会議第9回臨時大会 |
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| 第4節 激化する中小企業争議と下請け、臨時工のたたかい 1016 1 大東ゴム争議と3週間のスト 1016 2 佐竹製作の総同盟脱退と県労加盟 1019 3 針労働者の統一 1022 4 社外工、臨時工のたたかい 1023 5 東洋工業関連労組懇談会開催 1026 6 県労会議第10回大会 1028 |
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| 第4章 | 安保・三池闘争と県労会議 | |
| 第1節 安保闘争と県労会議 1033 1 安保改定の政治的背景 1033 2 安保条約改定阻止国民会議の発足 1035 3 安保前段のニセ最賃打破などの活動 1037 4 広島平民協の結成と活動 1038 5 広島県安保共闘の発足とたたかい 1042 6 県労会議第14回定期大会-安保闘争を総括 1091 第2節 三池闘争と県労会議 1096 1 三池闘争の始まり 1096 2 三池闘争と県労会議 1098 3 広島三池を守る会の結成 1102 4 県労会議の三池闘争総括 |
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| 第5章 | 原水禁運動と県労会議 | |
| 第1節 ソ連の核実験と原水協の動き 1111 第2節 県原水協の統一と原水禁運動の再建 1114 第3節 “いかなる国”を拒否した共産党 1118 第4節 日本原水協の破産と第9回世界大会 1123 第5節 被災3県連の発足と原水禁運動 1131 第6節 原水禁国民会議の結成 |
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| 第6章 | 新安保体制と県内の労働運動 | |
| 第1節 高度成長下のたたかいと県労会議 1137 1 安保後の総選挙と県労会議 1138 2 61年春闘と県春闘共闘 1140 3 政暴法粉砕のたたかいと県労会議 1144 4 県労会議第15回大会と地区労再編成 1146 5 県労会議、予算要求運動を提唱 1147 6 東洋工業の県労会議脱退 1148 7 「解放運動無名戦士の碑」の建立 1151 8 県労会議第17回定期大会 1152 9 64年春闘と共産党4・8声明 |
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| 第2節 高度成長の破綻と県労会議のたたかい 1158 1 県労第19回大会と“スト資金規則”設定 1159 2 全造船三菱広船の組織分裂攻撃 1160 3 ベトナム反戦闘争と県労会議 1162 4 67年選挙と県労会議 1166 5 67春闘と県春闘共闘 1168 6 県労会議、最賃審議会をボイコット 1170 7 広島県民間共闘会議の結成 1171 8 ストを背景に39.4%の賃上げ-県内の68年春闘 1173 9 10・21国際反戦デー 1174 10 “ガイド・ポスト”打破の69春闘 |
||
| 第3節 70年代闘争の開始と県労会議 1177 1 1970年春闘と県労会議 1179 2 70年安保闘争と県労会議 1182 3 6・23安保廃棄のたたかいと県労会議 1184 4 県労会議青年部“独自活動”の凍結 1187 5 広黄幡弾薬庫全面返還のたたかい |
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| 終章 | 低成長下の労働運動と県労会議の課題 | |
| 資料 1197 編集を終えて(瀬戸高行) |
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『広島県労働運動史 第1巻』(広島県労働運動史編集委員会編、広島県労働組合会議、19800111)
内容<作業中>
| 部章節 | 項目 | 備考 |
| 刊行にあたって(今田正義) | ||
| 本書を読まれるみなさんへ(渡辺悦次) | ||
| 第1部 | 戦前の広島県労働運動 | |
| 第1章 | 日本労働運動の開幕と県下の労働運動 | |
| 第1節 | 県下労働運動の開幕と呉海軍工廠の大争議 | |
| 1.鉄工組合呉支部の結成 2.呉海軍工廠の大争議 呉工廠の拡張/1902年の争議/1906年の大争議/1912年の大争議 |
||
| 第2節 | その他の諸争議 | |
| 第3節 | 明治の県下社会主義運動 | |
| 1.村松民太郎と片山潜・西川光二郎の来広 2.平民杜の運動と県下への波及 3.県下の社会主義者と“大逆事件” |
||
| 第2章 | 第一次世界大戦と県下労働運動 | |
| 第1節 | 友愛会県下組織の設立と活動 | |
| 1.友愛会県下組織の設立 58 2.友愛会呉支部 63 呉支部の設立/呉支部の発展/呉支部の衰退・消滅 3.友愛会西条分会の設立・消滅 73 4.友愛会広島支部 74 広島支部の設立/広島支部の活動とその衰滅 |
||
| 第2節 | 1918年の県下の米騒動 | |
| 広島市/呉市/尾道市/福山市/双三郡三次町・十日町/その他の地方 | ||
| 第3節 | 運動の昂揚と労働組合組織の簇出 | |
| 1.呉労働組合の結成 95 2.広島活版親友会の結成 97 3.広島製針朋友会の結成 98 4.広島洋服工親会の結成 99 5.丹悦太と新人会広島支部 |
||
| 第4節 | ワシントン軍縮条約と呉工廠の整理 | |
| 第5節 | 総同盟因島労働組合の結成と県下第1回メーデー | |
| 1.総同盟因島支部の結成 109 2.県下第1回メーデー挙行 111 3.退職手当制度要求と600名解雇 |
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| 第6節 | 日本製鋼所広島工場争議 | |
| 1.労正会の結成と1922年争議 118 2.創立1周年大会と要求提出119 3.争議突入 120 4.安芸郡協調会の設立 122 5.争議解決-労正会壊滅 |
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| 第7節 | 広島市第1回メーデー | |
| 1.メーデー準備 125 2.広島市第1回メーデー |
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| 第3章 | 県下労農無産政党組織の確立 | |
| 第1節 広島県下の無産政党結成運動 132 1.政治研究会広島支部の結成 133 2.労農党広島支部の結成 134 3.社民党広島支部の結成 135 4.独立民衆党の結党 |
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| 第2節 県下労働組合組織の発展と争議 138 1.広島労働者同盟の結成と活動 139 広島青年革進会の結成/広島労働者同盟の結成 2.松永木履争議と松永労働組合の結成 145 組合結成の動き/木履争議/松永労働組合の結成 3.1924年大阪鉄工所因島工場争議 149 争議突入/争議激化・児童同盟休校/争議解決/裁判 4.呉海工会、広工僚会の結成 157 呉海工会の結成/広工僚会の結成 |
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| 第3節 総同盟第1次分裂と県下労働組合組織の分立 160 1.総同盟第1次分裂と因島労組 161 2.広島合同労組などの評議会加盟 163 広島鉄工組合の結成/広島合同労組紡績支部の結成/中国地方評議会創立大会 3.評議会県下組織の活動 165 レプセ一行の歓迎/日本紙業争議と広島合同大竹支部結成/広島一般労働組合の結成 4.総同盟中四連合会の結成169 田中四連合会創立大会/中国製紙争議 5.因島労組の労働組合主義路線の確立 |
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| 第4節 広島自由労働組合などアナ系労働組合の結成と運動 175 1.広島自由労働組合、広島印刷工組合の結成 176 広島畠労働組合の結成/広島印刷工組合の結成と佐伯便利舎争議 2.八田舟三と労働講習会開設 180 3.広島純労働者組合の結成 182 4.呉自由労働組合の結成と呉メーデー事件 186 5.広島労働組合連合会の結成と県下アナーキズム運動の衰退 |
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| 第4章 | 恐慌と県下の労働運動 | |
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第1節 三・一五事件と中国無産党の結党 198 県下の三・一五事件/中国無産党の結党/佐竹新市の広島市議当選/中国無産党第2回大会 第2節 総同盟福山労働組合の結成と総同盟第3次分裂 203 1.総同盟福山労働組合の結成 204 福山労働組合の結成/総同肇国薙労働組合の結成/福山労働組合三支部合同発会式 2.総同盟福山労働組合の分裂 208 全国同嬰持派の動き/総同盟支持派の動き/福山裏労働者組合の結成 3.分裂後の総同盟県下組織の再建 212 三原合同労働組合の結成/逓友同志会土生支部結成/逓同三原、石油労働糸崎支部の結成/因島労働会館の建設 第3節 全労中国連合会の結成と活動 217 1.広島自由・広島合同の結成 218 広島自由労働者組合の結成/広島自由昭和5年度大会/広島合同労働組合の結成 2.全労中国連合会の結成 223 3.福山労働組合、広島自由等の活動 227 第4節 全国大衆党県連の結成と活動 231 1.三派合同の経過 231 日大党広島支部準備会の結成/全民党福山支部準備会の結成 /三派合同の経過 2.全国大衆党県連の結成 239 合同協議会の開催/全国大衆党広島県支部連合会創立大会 第5節 社民党広島県連の結成 247 社民党因島分会等の結成活動/社民党広島県連創立大会 第6節 恐慌下の諸争議 250 1.恐慌下の県下労働争議一覧 252 1928(昭和3)年/1929(昭和4)年/1930(昭和5)年/1931(昭和6)年 2.合同運送等の争議 256 段原印刷争議/広島合同運送会社争議 3.広島電鉄争議 261 広島交通労働組合の結成/ストライキの決行/乱闘事件起こる/裁判、左派・中間派の対立 第7節 軍縮と呉海工会・広工僚会 |
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| 第5章 | 戦争と県下の労働運動 | |
| 第1節 満州事変と県下の労働運動 273 1.帝国主義戦争反対を掲げた全労運動 274 広島自由昭和6年度大会/広島合同の再建、広島一般産業労組と改称/広島映画館ゼネスト/福山労組の活動/広島統一労働組合の結成 2.総同盟の産業協力と10万人突破運動 288 10万人突破運動/呉映従等の総同盟加盟/産業協力運動の展開/因島郵便局スト 第2節 労大党系「社会大衆党県連」の結成 291 1.労大党県連昭和6年度大会 292 2.労大党系「社大党県連」の結成 295 地方選挙闘争/社大党県連第1回大会 第3節 戦時体制の進行と県下の労働運動 298 1.全総の結成と県下労働戦線 299 田村ゴム争議と広島地方労組同盟の結成/福山労組の現勢/全総結成後の活動/広島労働組合の結成/東洋工業争議/金光平のILO出席/奥海工会の変質 2.人民戦線事件と社大党県連 311 社大党県連の結成/人民戦線事件、佐竹・村井の検挙/社大党県連の解体 3.県下労働組合組織の解体珊 318 第4節 太平洋戦争下の県下労働運動 321 1.産報体制の確立 321 2.太平洋戦争下の諸争議 333 別章 戦前における県下の共産主義運動 339 第1節 県下の三・一五事件と全協組織の確立 341 1.県下の三・一五事件 341 2.全協広島地方協議会の確立 342 全協組織確立への動き/全協広島地方協議会の確立 3.五.四事件-最初の大弾圧 368 五.四事件までの組織/五・四事件-全協一斉検挙 第2節 共産党宙地方委員会の結成と三・五事件 372 1.共産党中国地方委員会の結成 372 共産党中国地方委員会の結成/共産党員地区委員会の結成 2.呉海軍水兵の組織化-党軍事部設置まで 374 『聳ゆるマスト』/共青広島地区委員会の活動 3.全協組織の再建 378 全協広島地方協議会の再建/呉における全協組織の再建/全協福山地区協議会の確立 4.反戦闘争奪の展開 384 5.三・五事件 384 第3節 共産党呉軍事部の設置と一〇・三〇事件 384 1.三・五事件後の再建活動 387 再建に着手/赤救、国鉄細胞等の活動 2.共産党呉軍事部の設置 388 3.一〇・三〇事件 394 第4節 四.二六事件と組織の壊滅 395 1.一〇・三〇事件後の再建活動 396 再建活動に着手/共産党広島県オルグ会議の結成/組織拡大=社会主義競争/全協広島地区協議会準備会の結成/日本プロレタリア文化連盟(コップ)広島地方協議会等の結成/赤救広島地方委員会の再建 2.四・二六事件とその後の動き 405 |
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| 第2部 | 占領下の広島県労働運動 | |
| 第1章 廃櫨からの立ちあがり-県下労働運動の再生 415 第1節 原爆と広島 418 第2節 澎湃として起こる組合結成 427 1.日立因島の労働組合の再建 427 金正米吉の来島と再建の動き/因島労組創立大会/賠償問題陳情団のGHQ派遣 2.三原地方における労働組合結成 433 三車従業員組合の結成/帝人三原従組等の結成/中国労働組合協議会の結成/三原車輌争議と県下初の地労委提訴/三原地方労働組合連盟の結成 3.広島地区の労働組合結成捌すすむ組合結成/東洋工業争議 4.呉地区の労働運動の開始 456 5.福山地方における労働組合再建 459 第3節 戦後第1回メーデーと県下労働運動の前進 460 1.労組法の施行と組合結成の進展 460 1946年2月末の組合結成状況/広島地区労協準備会の発足 2.戦後第1回・第17回県下メーデー 462 戦後第1回メーデー準備活動/戦後第1回メーデー 3.食糧メーデーと広島県民主人民連盟の結成 474 広島県民主人民連盟の結成をめぐる情勢/広島食糧メーデー・県民主人民連盟結成式 第4節 労働者政党の結成 478 1.社会党県連の結成 478 県連の結成/4月総選挙による社会党の躍進と救国民主連盟の結成 2.共産党広島地方委員会の確立 484 三原・広島地方における党再建運動の開始/共産党広島地方委員会の結成 第5節 県連組織の確立 498 1.総同盟広島県連合会の結成 499 2.広島県労会議の結成 501 廣島地区労協の結成/県労会議の結成 |
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| 第2章 | 占領政策の転換と県下の労働運動 | |
| 第1節 10月闘争から二・一ストヘ 509 1.10月闘争と電産型賃金 509 広島地区全官公結成と9月闘争/県下の10月闘争 2.二・一スト 516 3.総選挙と片山内閣の成立 527 1947年4月総選挙/戦後第2回・18回メーデー 第2節 1948年3月攻勢と政令201号 530 1.ペース賃金と3月攻勢 530 3月攻勢まえの動き/3月攻勢/戦後第3回・第19回メーデー 2.広島県労働組合協議会の発足 539 県労協の発足/地域カンパニア闘争の展開 3.政令201号反対闘争 547 4.国鉄宇品事件と尾道駅職場離脱 550 国鉄宇品事件/尾道駅職場離脱 第3節 ドッジ・プランと日鋼争議 559 1.ドッジ・プランと企業整備 559 県下の企業整備/1949年1月総選挙/第20回メーデー 2.日鋼争議 565 |
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| 第3章 | 朝鮮戦争と県下労働運動の再編-広島県労働組合連絡協議会の結成 | |
| 第1節 広島県労働組合連絡協議会の結成 584 1.県産業防衛会議の結成と左右対立の激化 585 産防会議準備会/民同グループの結集/県産業防衛会議結成大会 2.県連協結成準備大会の開催 589 3.県連協結成大会 599 第2節 朝鮮戦争と県連協等の動き 615 1.朝鮮戦争勃発前後の県連協の活動 615 越年・3月闘争/1950年メーデー/参議院選挙/朝鮮戦争勃発と総評の結成/1950年八・六大会 2.県連協第2回定時総会 622 3.レッド・パージ 627 4.失業者組織と就労闘争 633 第3節 広島県労働組合会議の発足 641 1.地方選挙・メーデー闘争 641 地方選挙闘争/1951年分裂メーデー 2.初の労働者平和大会の開催 646 全国労働者平和大会/県労協・共産党系の平和大会 3.広島県労働組合会議の発足 651 |
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| 第3部 | 戦前・占領下の広島県婦人運動 | |
| 第1章 | 解放への胎動-広島県の生んだ最初の女性社会主義者・神川松子 | |
| 659 第1節 社会主義運動への開眼-平民社社会主義婦人講演 660 第2節 その生いたちと女性解放思想 666 第3節 赤旗事件とその後 674 |
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| 第2章 婦人運動の開始とともに-平田のぶと高津多代子 685 第1節 ひたむきに活動-高津多代子の生涯 686 暁民会の世話やき/赤瀾会への参加と暁民共産党事件 第2節 女教師たちの覚醒-新婦人協会広島支部の結成と平田のぶらの軌 跡 692 女教師団結へのきざし/新婦人協会広島支部の結成と広島事件/篠木のぶの軌跡 |
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| 第3章 立ちあがる女工 715 第1節 社会運動の昂揚と女性労働者の組織化 717 1.塩田女性労働者の組合-労友会・塩田寄子労働組合 718 労友会の結成/塩田寄子労働組合の結成 2.運動のなかでめざめる-松原カメ子の場合 721 第2節1928年の福紡争議 724 1.女工と労働争議 724 2.県下女工争議一覧 726 3.1928年福紡福山工場争議 272 福山市第1回メーデーへの参加/争議への序曲/1928年福紡争議 |
||
| 第4章 婦人運動の発展 743 第1節 恐慌下でたたかう無産婦人 744 1.娼妓・女給もともに 746 籠の鳥からの脱出-娼妓の自由廃業/廃娼への叫び/娼妓のスト/女給の団結-広島女給同盟の結成 2.恐慌下の労働争議のなかで 753 大清商会撚糸工場争議/山陽紡績争議 第2節 婦人運動の発展と組織化 763 1.女人芸術連盟広島支部の結成 764 2.婦選獲得同盟広島支部の結成 769 第3節 無産婦人の組織化と無産婦人団体の結成 77 1.労働組合婦人部・農民組合婦人部の結成 773 女性労働者と労働組合/呉海工会婦人部設置その他の動き/全労広島合同労働組合婦人部確立/広島合同労組婦人部以後/縁の下の力持ちとして/農民組合婦人部-全農県連婦人部確立の動き 2.無産婦人団体の結成 780 無産婦人同盟広島支部準備会の結成/社会民衆婦人同盟広島支部準備会の結成 第4節 階級解放のために-共産主義の旗を掲げて 790 1.“女工”から“女闘士”へ-花野フジエと天津セイ 791 花野フジエの場合/天津セイの場合 2.ある女教師の歩み-山本タキエ 800 |
||
| 第5章 戦後の民主化と県下の女性労働者 805 はじめに-敗戦から占領へ踊 第1節 民主改革と女性 810 1.広島県における戦後婦人運動の出発 810 2.初の婦人参政権行使-46年4月総選挙 812 3.労働組合婦人部への結集 813 4.最初の勝利-46年国鉄馘首反対闘争 815 第2節 盛りあがる労組婦人部活動 817 1.産別10月闘争、二・一ゼネストのなかで 817 2.拡大する婦人部活動 818 3.1948年・国際婦人デー広島大会-広島最初の国際婦人デー 820 4.労働基準法の実施と婦人少年局広島職員室の発足 |
||
| 第3節 | 労働組合運動の転換のなかで | |
| 1.反動のなかでの49年国際婦人デーと八・六平和婦人大会 | ||
| 2.占領政策の転換と労組婦人部活動-定員法・定数条例、レッド・・パージの影響 | ||
| 3.日雇い女性労働者の“職よこせ”闘争 | ||
| おわりに | ||
広島県労働組合会議
資料
| 書名 | 著者(発行者) | 発行年月日 | 備考 |
| 広島県労働運動史 年表 | 広島県労働運動史編集委員会編(広島県労働組合会議) | 19790401 | |
| I 戦前広島県の労働運動 II 占領下広島県の労働運動 III 広島県労を中心とした県下労働運動 付 歴代役員・書記・オルグ名簿 |
|||
| 広島県労働運動史 第1巻 | 広島県労働運動史編集委員会編(広島県労働組合会議) | 19800111 | |
| 広島県労働運動史 第2巻 | 広島県労働運動史編集委員会編(広島県労働組合会議) | 19800111 | |
広島県社会運動史研究会
例会一覧
| 回 | 年月日 | 報告者 | 演題 | 参加数 |
| 1977 | ||||
| 1108 | 広島県社会運動史研究会創立総会 | |||
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||||
| 1978 | ||||
| 01 | 0224 | 久保浩之(国労) | 国鉄労組広島地本30年史について | 18 |
| 02 | 0414 | 森祐二 | ||
| 03 | 0704 | 水原肇・李実根 | ||
| 04 | 0825 | 安藤福平 | ||
| 05 | 1027 | 水原史雄 | ||
| 06 | 1222 | 佐藤光雄 | ||
| 1979 | ||||
| 07 | 0223 | 藤原浩修 | ||
| 総 | 0323 | 第2回総会 | ||
| 08 | 0427 | 中川秋一 | ||
| 09 | 0530 | 間田*、久保浩之・安藤福平 | ||
| 10 | 0725 | 丸屋博 | ||
| 11 | 0822 | 松尾雅嗣 | ||
| 1980 | ||||
| 12 | 0130 | 宇吹暁 | ||
| 13 | 0227 | 藤原浩修 | ||
| 14 | 0404 | 渡辺悦次・鈴木裕子・山本敏雄 | ||
| 15 | 0423 | 今中保子 | ||
| 16 | 0528 | 水原肇 | ||
会報
『航路二十年 婦人民主クラブの記録』(婦人民主クラブ二十年史編纂委員会編、 婦人民主クラブ、19671101)
内容<作業中>
| 部章節 | |||
| Ⅰ | 最初の5年 | ||
| 1章 | 婦人民主クラブと新聞の誕生 | ||
| 1 | 婦人民主クラブができるまで 8 | ||
| 2 | 『婦人民主新聞』の発刊と経営権の確立 15 | ||
| 2章 | 草の根の婦人組織として | ||
| 1 | 地域に根を下ろす組織 20 | ||
| 2 | 初期支部の活動 23 | ||
| 3 | 全日本婦人大会不参加の意味 29 | ||
| 3章 | 組織活動の発展 34 | ||
| 1 | 共闘活動はじまる 34 | ||
| 2 | 地域市民活動の芽生え 38 | ||
| 3 | 味噌・醤油も文化問題も 41 | ||
| 4 | 朝鮮戦争の圧迫の中で 44 | ||
| 4章 | 二度と戦争のない未来を 49 | ||
| 1 | いち早くかかげた平和の旗 49 | ||
| 2 | 世界の婦人とともに 60 | ||
| 5章 | 朝鮮戦争下の平和の誓い 65 | ||
| 1 | 平和戦線の統一をめざして 65 | ||
| 2 | 一年間の平和署名 70 | ||
| 6章 | 第六章 政党の私物化に抗して 78 | ||
| 1 | 婦人民主クラブと政党 78 | ||
| 2 | 五○年問題 84 | ||
| Ⅱ | 1951年から60年まで | ||
| 7章 | 婦民再生-地域活動を積み上げて 102 | ||
| 1 | 財政の危機をくぐって 102 | ||
| 2 | 地につくPTA活動 105 | ||
| 3 | 成功した黄変米拒否運動 116 | ||
| 8章 | 手をつなぐ婦人の組織 123 | ||
| 1 | 婦人戦線統一への動き 123 | ||
| 2 | 母親大会と婦人民主クラブの果たした役割 128 | ||
| 9章 | 地域をかえる支部の活動 138 | ||
| 1 | 勤評反対運動にとりくむ 138 | ||
| 2 | 自治体政治に目をむけて 147 | ||
| 10章 | 平和のために! 湧きおこる国民運動 154 | ||
| 1 | 原水爆禁止をめざして 154 | ||
| 2 | 基地反対運動 165 | ||
| 3 | 世界の婦人と手を結んで 174 | ||
| 11章 | 組織・新聞一体の奮戦-新聞代値上反対運動 181 | ||
| 12章 | 不服従の決意-安保条約に反対して 200 | ||
| 1 | 警職法・社教法に反対する婦人たち 200 | ||
| 2 | 平和と民主主義を守って-安保闘争に全力あげる 205 | ||
| Ⅲ | 安保のたたかいののち | ||
| 13章 | 政党系列化の進展と平和運動の分裂 218 | ||
| 1 | 固められる安保体制 218 | ||
| 2 | 婦人組織づくりの波紋 221 | ||
| 3 | 原水爆禁止運動の分裂と婦民の苦悩 232 | ||
| 14章 | 安保体制下の諸運動 | ||
| 1 | 巻きこまれる戦争危機に立ちむかって 244 | ||
| 2 | 小児マヒを追放する 249 | ||
| 3 | 高校全入・増設運動 255 | ||
| 4 | 政治のしくみに目をむける物価値上反対運動 259 | ||
| 5 | 出産費はすべて国の手で 263 | ||
| 6 | 有害洗剤のボイコット、その他 265 | ||
| 7 | 婦民、事務所を買う 268 | ||
| 15章 | 労働婦人のもんだい 272 | ||
| 16章 | 組織活動と自己変革 287 | ||
| 17章 | これからの婦人民主クラブの課題 295 | ||
| あとがき(佐多稲子) | |||
| 年表:婦人民主クラブ20年の歩み | |||
広島市千田婦人会
参考資料『20年のあゆみ』(広島市千田婦人会、19680426)
内容<作業中>
| 頁 | ||
![]() |
||
| 0 | 千田婦人会の歌 | |
| 01 | ごあいさつ(伊藤正子・千田婦人会長) | |
| 03 | 母子愛育会と名づけた理由は | |
| 04 | 昭和23年 | |
| 05 | 昭和24年 | |
| 05 | 昭和25年 | |
| 06 | 昭和26年 | |
| 07 | 昭和27年 | |
| 07 | 昭和28年 | |
| 08 | 昭和29年 | |
| 09 | 千田婦人会に受賞したもの | |
| 10 | 昭和30年 | |
| 10 | 昭和31年 | |
| 11 | 昭和32年 | |
| 12 | 昭和33年 | |
| (抄)平和記念式典に参加。 | ||
| 12 | 昭和34年 | |
| (抄)原爆式典湯茶接待。護国神社大祭と湯茶接待。第11回広島市婦人大会に参加。母と女教師の集いに参加。平和行進を歓迎に参加。ホノルル市長姉妹都市縁組レセプションに参加。 | ||
| 13 | 昭和35年 | |
| 13 | 昭和36年 | |
| (抄)原爆記念日 県婦協大レクレーション大会(市民球場) | ||
| 14 | 昭和37年 | |
| (抄)広島まつり(市民球場) | ||
| 14 | 昭和38年 | |
| (抄)広島まつり(市民球場)。原爆記念式典、盆踊(市民球場) | ||
| 15 | 昭和39年 | |
| 15 | 昭和40年 | |
| (抄)原爆式典参加 | ||
| 15 | 昭和41年 | |
| (抄)原爆ドーム保存募金に協力 | ||
| 16 | 昭和42年 | |
出版物
機関誌『木の葉のように焼かれて』(新日本婦人の会広島県本部)<作業中>
| 集 | 発行年月日 | メモ | 所蔵 |
| 01 | 64080101 | [第1集・創刊(改訂版号)]![]() |
15
|
| 02 | 65080101 | 15 | |
| 03 | 66080102 | 1 | |
| 04 | 67080101 | 1 | |
| 05 | 69070101 | 1 | |
| 06 | 72073301 | 15 | |
| 07 | 73073301 | 1 | |
| 08 | 74080401 | 15 | |
| 09 | 75080401 | 15 | |
| 10 | 76080101 | 15 | |
| 11 | 77080101 | 15 | |
| 77080102 | 木の葉のように焼かれてBurned Like Fallen Leaves-英・和対訳 | 1 | |
| 12 | 78080102 | 15 | |
| 13 | 79080101 | 15 | |
| 14 | 80073101 | 15 | |
| 81071002 | 『木の葉のように焼かれて』(新日本婦人の会広島県本部編、労働教育センタ-刊) | ||
| 同名の小冊子第1集(1964年8月1日刊)-第14集(1980年7月31日刊)をまとめる。「木の葉のように焼かれての20年」PP153-170、「木の葉のように焼かれて総目次」PP171-183。 | |||
| 15 | 81071504 | 15 | |
| 16 | 82072801 | 15 | |
| 17 | 83072901 | 15 | |
| 18 | 84072501 | 15 | |
| 19 | 85063001 | 15 | |
| 85071501 | 新日本出版社
1-18集(1964-1984年)の中から原爆体験記33篇、聞き書き13篇、ルポ9篇、他を再録.執筆者や証言者は広島被爆者. |
15 | |
| 20 | 86072504 | 15 | |
| 21 | 87072501 | 15 | |
| 01 | 87080102 | 5 | |
| 22 | 88071501 | 15 | |
| 23 | 89072002 | 15 | |
| 24 | 90072001 | 5 | |
| 25 | 91072505 | [手記]H=10、[ききがき]H=7、N=1、[証言によるその日の爆心地]H=6。 | 3 |
| 26 | 92072501 | 5 | |
| 27 | 93072501 | 手記10人、「生きるも地獄死ぬも地獄-川内の妻たちのその後」(15人の聞き書き)、ききがき4人。 | 5 |
| 28 | 94072501 | 手記5点、ききがき15点収録。 | 5 |
| 29 | 95072501 | [目次]1.手記(11人)、2.読者の手紙、3.ききがき(12人)、ほか。 | 5 |
| 30 | 96072501 | H=15 | 5 |
| 31 | 97072001 | 「特集・爆心の惨状を原爆遺跡に伝えさせよう」 | 5 |
| 32 | 98072001 | 「レポート:アメリカネバダ核実験被害者の調査活動に参加して」(南京子) | 5 |
| 22 | 99071001 | [手記]井上久子、池辺ムヨ、池辺正夫、竹下清香、葉田芙美子、森永恭枝、西尾慶子、有田武志、川崎巳代治、川本毅、高尾美智子、田中義晴(H=12)、聞き書きH=6。 | 5 |
| 23 | |||
| 24 | |||
| 25 | |||
| 26 | |||
| 27 | |||
| 28 | |||
| 29 | |||
| 30 | |||
| 31 | |||
| 32 | |||
| 33 | |||
| 34 | |||
| 35 | |||
| 36 | |||
| 37 | |||
| 38 | |||
| 39 | |||
| 40 | |||
| 41 | |||
| 42 | |||
| 43 | |||
| 44 | |||
| 45 | |||
| 46 | |||
| 47 | |||
| 48 | |||
| 49 | |||
| 50 | 2016 | ||
| 51 | 2017 | ||
| 52 | 2018 | ||
| 53 | 201907 | ||
| 寄稿 ビキニ核被災者救済のために…山下正寿 45 2019新婦人新春交流会~私の被爆体験・戦争体験と新婦人との出会い~…矢野美耶古 48 「平和のバナーで原爆ドームを囲もう」リレ~トークで発信…小林貴子 52 |
|||
| 54 | 20200601 | ||
| 特集 被爆75年に思う…矢野美耶古 39 被服支廠を学ぶ…「木の葉」編集委員会 41 原爆遺跡の保存を求める運動から生まれた歌「憶えています」…今正秀 45 寄稿 父・四國五郎の活動と「表現の考え方」について…四國光 47 朗読劇で語り継ぐヒロシマ…西尾幸子 52 被爆二・三世の会全国交流集会…古田光恵 55 |
|||
| 55 | 2021 | ||
| 56 | 202206 | ||
| 57 | 202306 | ||
『文学選ひろしま 文学選ひろしま 1』(文化評論出版編、広島市文化振興事業団、19820327)
内容<作業中>
| 頁 | 団体名など | 備考 |
| 詩 | ||
| 02 | 杏の会 | |
| 09 | 山陽吟社 | |
| 12 | 詩を求める仲間たち | |
| 23 | 橡 社 | |
| 31 | 火皿詩話会 | |
| 38 | 広島県女流詩人会 | |
| 45 | 「広島通信」の会 | |
| 50 | ひろしま文芸の碑の会 | |
| 53 | ぷれるうど | |
| 短 歌 | ||
| 火幻短歌会 56 原点短歌会 60 汐々短歌会 64 眞 樹 社 65 浅紅短歌会 69 短歌入門の会 70 地中海社 73 白炎短歌会 75 晩 鐘 社 77 柊短歌会 81 表現短歌会 83 広島アララギ会 84 広島未来歌会 86 |
||
| 俳 句 | ||
| 廻廊発行所 88 楓俳句会 91 木椅子俳句会 94 黒雨以後の会 95 天狼俳句会 99 俳句結社「風土」 100 ひまわり句会 101 広島酔木会 105 広島ホトトギス会 109 紅葉発行所 113 夕 凪 社 117 雷 斧 舎 121 |
||
| 川 柳 | ||
| 126 | 広島川柳会 | |
| 130 | 広島番傘川柳会 | |
| 小 説 | ||
| 咽 声 記 ひろしま-日本民主主義文学同盟広島支部 奥 田 泰 治 136 出 奔 「凾」同人会 花 本 圭 司 162 ノンフィクション 白いノート ふだん記広島グループ |
||
| 186 | 相 原 百里江 | |
目次 もくじ
『水を風を光を 日本YWCA80年1905-1985』(日本YWCA80年史編集委員会、日本キリスト教女子青年会、1987/05/25)
内容
| 章・節 | 見出し | 備考 |
| 序にかえて」 | ||
| 1章 | 日本にYWCAが生まれるまで1900~1905年 | |
| 1 | YWCA運動のはじまり | |
| 「ミッションの世紀」の推進力 女性解放思想の展開 英国YWCAができるまで 米国YWCAの歩み学 生YWCAの誕生 世界YWCAの創設 |
||
| 1 | YWCA運動のはじまり | |
| 「ミッションの世紀」の推進力 女性解放思想の展開 英国YWCAができるまで 米国YWCAの歩み学 生YWCAの誕生 世界YWCAの創設 |
||
| 2 | 世界YWCAの記録に残る日本 | |
| 宣教師たちの活躍 世界YWCA初代総幹事レイノルズ来日 「日本のバーミンガム」にYWCAを 世界YWCA、初の幹事派遣 |
||
| 3 | 日本国内でも気運たかまる | |
| 創立委員会の結成 キャロリン・マクドナルド、日本の土を踏む 機関誌「明治の女子』創刊 公私立の女学校に種をまく 東京YWCA発会式を挙行 会則をつく |
||
| 2章 | 創設期の息吹き一九〇六~一九一二年 | |
| 1 | 夏期修養会始まる | |
| シルヴァ・ベイの出会い 修養会実現へ向けて 第一回修養会の感動 |
||
| 2 | 東京YWCAの活動始まる | |
| 寄宿舎事業に着手 エマ`カフマンの来日 |
||
| 3 | 学生YWCA運動の発展 | |
| 世界の学生キリスト者との交わり キリストに在りてひとつ 学生YWCAの組織化すすむ |
||
| 4 | 日本人女性としての目覚め | |
| 4 日本人女性としての目覚め 54 河井道子の訪欧 日本のYWCAは日本人の手で |
||
| 3章 | 社会的関心への目覚め19391924年 | |
| 1 | 働く女性たちとともに | |
| 女工への働き 看護婦への働き 職業婦人への働き |
||
| 2 | 実践への意欲にもえる | |
| 修養会の発展 さかんな聖書研究会 「旅行者の友」事業始まる 「最も小さい者のために」幹事餐成に力を入れる |
||
| 3 | 第一次世界大戦とYWCA | |
| 戦争の悲惨につき動かされる 露国児童救済 移民女性のために マクドナルドの辞任 シベリア慰問事業 |
||
| 4 | 関東大震災から富士岡荘建設まで | |
| 幹事養成科始まる 「平和博」に婦人休憩所をおく 二つの募金 関束大農災 月島事業 森の中の富士岡荘 |
||
| 5 | 市YWCA次つぎに誕生 | |
| 横浜YWCA大阪YWCA神戸YWCA京都YWCA外国人幹事の働き在米日本人YWCA | ||
| 4章 | 建設時代へ1925~1936年 | |
| 1 | 第一回全国総会を開く | |
| 「光によって光をみる」河井道子の辞任 学生会員の資格問題 全国幹事会の歩み |
||
| 2 | 女子労働問題と取りくむ | |
| 「女工哀史」の時代 名古屋インダストリアル・センター 「友の家」活動から名古屋YWCAへ 婦人労働問題に関する調査 農村へ、海浜へー友の家夏のプログラム 各市YWCA有職婦人部の働き 全国で労働週間を守る 大阪YWCA、夜間女学校を開校 |
||
| 3 | 暗雲が近づく中での国際活動 | |
| 日中関係の窓口として 国際会議へ代表を送る 学生YWCAとSCM運動 平和への願いをこめて 世界総会の開催地、中国に決まる 世界総会延期1ひろがる暗雲 第五回全国総会-世界YWCA会長、総幹事を迎えて「青年の 平和への願い」ー学生部 セイロン会議でのわかちあい 創立三〇周年を迎える |
||
| 5章 | 戦時下、苦悩の時代1937~1945年 | |
| 1 | なお平和への道を求めて | |
| 「非常時局」を迎える 世界の友人たちの励まし 国際晩餐会で平和を考える 農村婦人の問題を取りあげる 第七回全国総会「婦人の地位と貢献」研究会 エキュメニズムヘの強い関心 国際会議に代表を送る |
||
| 2 | キリスト教団体としての模索 | |
| 戦時下最後の第八回全国総会 戦時下の修養会 戦時下の市YWCAのうごき 窓が閉ざされてゆく中で |
||
| 3 | 戦局拡大に耐える | |
| 全国代表者会 青年会員の動員始まる 中国に幹事を派遣 上海のYWCA設立 きびしい試練の中で 幹部錬成会 動員体制に組みこまれる |
||
| 4 | ウッズモール訪日報告 | |
| 日本への道 日本YWCAの全般的情況 |
||
| 6章 | 敗戦から立ち上がる1945~1952年 | |
| 1 | YWCAの使命を再確認 | |
| 建物のほとんどすべてを失う 戦後初めての欝任委員会「万国祈祷週」を守る 『女性新聞」発刊 女教師研究会を開く 再出発した中央委員会 植村環、平和使節として渡米<> 世界の友とのきずな |
||
| 2 | 新鮮な世界の風を送り込む | |
| 世界の指導者を迎え、戦後初の総会 世界婦人円卓会議 物心両面の惜しみない援助 学校YWCA再組織と修養会の復活 YWCAと社会的責任 かけがえのない指導者を喪う |
||
| 3 | 全国にひろがるYWCA | |
| 会館をもたない市YWCA第1号-湘南YWCA 農村にYWCAを!西遠グループ 教師研究会と植村報告会から生まれたYWCA ジーン・ベッグと呉YWCA 幼児教育で新分野を開拓 |
||
| 4 | 新しい全国運動をめざして | |
| 機関紙「YWCA』の創刊 | ||
| 平和への道を!青年フォーラム開く | ||
| 新民法と女性の地位に目を向ける | ||
| 7章 | こだまする平和を求める声1953~1960年 | |
| 1 | 新たな希望を抱いて進む | |
| 今こそYWCAが働くとき ギフト`ショップと国際交流-横浜YWCA 大阪YWCAユースセンター 京都YWCA西陣センター設立 名古屋YWCA、伊勢湾台風救援活動 神戸YWCA生活部 肢体不自由者水泳を開始-東京YWCA |
||
| 2 | 平和を希求するキリスト者女性の声、世界に | |
| 第五福竜丸事件と原水爆禁止の訴え 創立五〇周年を祝う 女の一生健康展 ブルソナ 博士講演会の感動 記念式典と第一二回全国総会 世界総会「平和に関する声明」採択 光をみようーアジア婦人会議開く |
||
| 3 | つよまる全国運動 | |
| 初の全国会員会議を開く BGセミナーの歩み マザース・カレッジ開講 |
||
| 4 | 平和憲法を守るために | |
| 教育二法案に憂慮 警職法改正に反対の声をあげる 安保改定問題とYWCAの姿勢 各市、学校YWCAで署名運動 米国YWCAへのアピール |
||
| 8章 | 変革への力となるために1961~1970年 | |
| 1 | 新陣容で明日の社会をめざす | |
| 「人間の尊重」を掲げる 「平和のとりで」全国で上演 「キリスト者と憲法」研究会始まる 核実験再開に警鐘 波紋をなげるー世界総会で問題提起 平和を願い地道な努力 歴史を担う青年の課題-全国青年会議 「時を知る」ー 歴史責任を問い直す |
||
| 2 | 世界ファミリーの一員として | |
| 世界YWCA相互援助プログラムに参加 リーダーを送り出す アフリカヘの道「留学生の母親」連動始まる |
||
| 3 | 転換期のただ中に立つ | |
| 試されたYWCAの姿勢 YWCAの革新 「会員資格問題」と会則改正 会員問題の経過 新しい決断の総会 会則改正とその後 学生YWCAの解体 中高YWCAの再編 |
||
| 9章 | 核時代における平和を求めて1971~1985年 | |
| 1 | 「核」否定の思想に立つ | |
| 「ひろしまを考える旅」始まる 中高生「ひろしまを考える旅」 「核」否定を会員運動に―第8回総会 「核」否定の思想に立つ アジアの中の日本-全国幹部委員研修会 「原爆の図」の前で 「ひろしま」を世界的視野でとらえる 全国各地で原爆絵画展開く |
||
| 2 | 国内、国外でひろがる運動の輪 | |
| 地方都市に新しいYWCA誕生 「核」否定、世界総会の議題に 70周年を迎える 消費文明から心の文明へ 被爆問題国際シンポジウムに協力 軍備増強に反対の声をあげる |
||
| 3 | ともに生きる世界を求めて | |
| 3 ともに生きる世界を求めて 410 世代をこえた出会い―会員会議 「この日…新しく」 ひとつになった平和への若い力-国際青年プログラム 「ひろしま」を若い心にうけとめる 六日間の野尻キャンプ YWCA全国募金始まる 青年層とともに シンガポール世界総会と青年会議 世界YWCAユース・コーディネーター来日 日本YWCAユース・コーディネーター誕生 生命を選ぶー80周年記念プログラム |
||
| 付章 | 資料 | |
| 日本YWCA声明、要望書 日本YWCA会則 全国総会一覧 憲法研究会一覧 加盟YWCA、中高YWCA |
||
| あとがき | ||
きのこ会 設立:19650627<作業中>
年表:きのこ会
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 19650627 | きのこ会発足。広島県婦人会館で。胎内被爆による小頭症の子を持つ親たちの集まり。 | |
| 19670703 | きのこ会、結成2周年総会を広島市内で開催。 | |
| 198406 | 胎内被爆小頭症患者らの会「きのこ会」広島市で総会開き、県・市への要望事頃など決定。 | |
| 20210824 | きのこ会総会。広島市と横浜市の小頭症の被爆者4人、支援者の約30人がオンラインを中心に参加。 | |
年表:胎内被爆者
| 54 | 04 | 30 | アメリカン・ジャーナル・ディシージス・オブ・チルドレン、長崎の胎内被爆児に放射能の悪影響が見られるとの研究報告(ヤマザキ、ライト、ライト著)を掲載。(朝日新聞) |
| 56 | 05 | 09? | 諌早市で出血・難聴で苦しむ胎内被爆児中道ひろ子を守る会が組織される(アカハタ)。 |
| 56 | 08 | 05 | 母親の胎内で被爆した少女、京大医学部助教授らによって、原爆症と診断される。(読売新聞) |
| 57 | 09 | 21 | 胎内で二次放射能を受けた梶山健二、広島原爆病院で死亡。 |
| 59 | 08 | 06 | 原水爆禁止世界大会に参加した外国代表が「被爆者を囲む会」、広島市内の国泰寺高校講堂で開催。畠中国三、小頭症の娘百合子と参加。 |
| 65 | 03 | 10 | 米原子力委、広島、長崎の原爆症患者の発病傾向について発表①白血病発病率の増大②放射そこひなどある種の眼球異状の増大③被爆時、母親の胎内にあった子供たちの間での知恵おくれ傾向④放射能を多量に浴びた被爆者の間でみられる甲状センガンの |
| 65 | 06 | 27 | きのこ会発足。広島県婦人会館で。胎内被爆による小頭症の子を持つ親たちの集まり。 |
| 65 | 10 | 16 | 田淵昭広島大学教授「胎内被爆による広い意味での小頭症は四十五人が確認された」と発表。 |
| 65 | 12 | 04 | 日本原水協、広島県原水協に被爆者救援資金百九十万円贈る。原爆病院入院患者百人と被爆困窮家庭千二百世帯に千円ずつと原爆小頭症患者の生活治療援助資金二十万円など。 |
| 65 | 12 | 06 | 原爆被爆者救援広島大会開く。広島市公会堂で。日本原水協、広島県原水協なと主催。被爆者の完全援護法制定と原爆症の根治治療研究機関の設置、原爆小頭症患者の完全補償などを決議 |
| 66 | 01 | 12 | 広島県婦協、原爆小頭症児の成人式開く。広島県婦人会館で。原爆小頭症児九人が出席 |
| 66 | 03 | 01 | 中国新聞、文沢隆一「小頭症と取り組んで-原爆被災白書はなぜ必要か」 |
| 66 | 06 | 30 | 厚生省、原爆小頭症の調査決定。志水清、日淵昭両広島大教授を中心に調査班を編成。実態調査に乗り出す |
| 66 | 07 | 10 | ①胎内被爆者・被爆二世実態調査②医療、生活援護③国家補償の実現--の運動方針を決める。前年小頭症の子供を持つ親たち十七人で結成した「ぎのこ会」は、独自の運動を進めるため参加せず |
| 66 | 07 | 10 | 胎内被爆者・被爆二世を守る会結成。共産党系の広島県原水協や県被団協など八団体が中心。広島市・見真講堂で結成大会。五十人が参加。 |
| 67 | 05 | 18 | 厚生省委託の原爆被爆者小頭症研究班、胎内被爆が原因と報告。班長、中泉正徳東大名誉教授らが研究。「胎内で被爆した子供たちの小頭症は、原爆放射線が原因として推定される」 |
| 67 | 07 | 03 | きのこ会、結成2周年総会を広島市内で開催。 |
| 67 | 08 | 31 | 原爆医療審議会、坊厚相に「胎内被爆による小頭症を原爆症に認定すべきである」と答申。厚生省がつかんだ患者四十四人のうち六人を十月に認定 |
| 67 | 08 | 31 | 原爆医療審議会。「胎内被爆による小頭症を原爆症に認定すべきである」との結論をまとめ、31日、坊厚生大臣に答申。 |
| 67 | 08 | 31 | 厚生省、胎内で原爆に被爆した子供たちに見られる「小頭症」を「近距離早期胎内被爆症候群」として認定疾病とすることを決定。 |
| 67 | 09 | 12 | 広島市、独自の被爆者援護対策費五百万円を予算化。小頭症患者介護料、認定患者死亡時の葬祭料、家庭奉仕員五人増など |
| 71 | 08 | 05 | 成田知巳社会党委員長、広島市内で原爆小頭症の畠中百合子を見舞う。 |
| 73 | 02 | 05 | 原爆小頭症児の広島市内の母親、自殺。 |
| 75 | 07 | 01 | 広島市、原爆小頭症患者に「援護金」の終生支給を決定 |
| 75 | 07 | 01 | 広島市、胎内被爆による高度小頭症患者の介護人に支給していた介護料を援護金として本人に終生支給するよう要綱を改正。 |
| 75 | 10 | 13 | 広島県議会本会議、原爆胎内被爆小頭症患者の援護措置についての意見書を決議。 |
| 76 | 03 | 19? | 厚生省、原爆小頭症患者の認定更新制度を廃止することを決定。 |
| 76 | 05 | 18 | 広島・長崎両県・市の「8者協」、東京で幹事会を開催。-19日。原爆小頭症対策を新たに国に要望する方針を決定。 |
| 76 | 06 | 17 | 田中厚生大臣、広島・長崎の陳情団に小頭症対策に前向きの意向を表明。 |
| 76 | 08 | 06 | 宮沢広島県知事と荒木広島市長、三木首相・田中厚生大臣に原爆小頭症の具体策などを陳情。 |
| 76 | 08 | 25 | 自民党原爆被爆者対策小委員会、厚生省の昭和52年度の被爆者対策予算の概算要求を了承。原爆小頭症患者への特別措置は見送り。 |
| 76 | 10 | 19 | 参議院社会労働委員会。原爆小頭症患者対策や放射線影響研究所の運営問題などを論議。 |
| 77 | 01 | 11 | 広島・長崎八者協、自民党小委で小頭症対策など十項目を要望。 |
| 77 | 01 | 18 | 原爆小頭症の生活指導費補助金認められる。 |
| 77 | 01 | 24 | 「きのこ会」、小頭症患者の恒久対策を県・市に要望。 |
| 77 | 05 | 17? | このほど広島市、来広予定の福田首相に対する要望事項(原爆小頭症などへの援護の充実等)を決定。 |
| 77 | 06 | 07 | 6月定例県会で、知事、原爆小頭症患者の終身補償を国に要望するとの態度表明。 |
| 77 | 06 | 27 | 胎内被爆女性の記録「生きる-その証のために」(秋吉宜子監督)、第7回国際赤十字映画祭でグランプリ受賞。 |
| 77 | 07 | 20? | このほど広島市、原爆小頭症患者宅への被爆者相談員の派遣を開始。 |
| 77 | 09 | 01 | 広島市、原爆小頭症患者に対する援護事業の10月実施を決め9月補正予算に計上。 |
| 77 | 09 | 09 | 10月から原爆小頭症患者への生活指導補助をめぐって、物品支給か手当支給かで論議。 |
| 77 | 09 | 29 | 厚生省公衆衛生局課長、来広。被爆者の消化器系疾患に健康管理手当を支給する方針発表。また原爆小頭症患者への生活指導費は物品支給で行うとの意向表明。 |
| 77 | 11 | 10 | 広島市、原爆小頭症患者への生活指導費を病院・事業所を通して生活指導奨励金として、11月から支給することを決定。 |
| 77 | 12 | 07 | 長崎県・市・国の原爆小頭症患者、生活指導事業費の予算を議会に計上。 |
| 77 | 12 | 29 | 53年度予算案で、胎内被爆による小頭症患者への手当支給を決定。その他被爆相談員設置費補助各種手当の所得制限緩和など決定。 |
| 78 | 02 | 17 | 広島市、原爆小頭症患者への援護金の新年度からの打ち切りを発表。 |
| 78 | 04 | 14 | 原爆小頭症患者手当の支給について(衛発第345号厚生省公衆衛生局長通知)。 |
| 78 | 12 | 26 | 小頭症患者の母で岩国市在住の原爆症認定患者死亡。 |
| 79 | 08 | 06 | ドキュメンタリー番組「自立-原爆小頭症児の33年」、放送。 |
| 79 | 08 | 22? | 原爆小頭症患者・家族の会「きのこ会」の会報(11号)、刊行される。 |
| 79 | 11 | 03 | 原爆小頭症などの研究活動を続けた元広島大学教授、田淵明、勲三等旭日中綬章受ける。 |
| 81 | 02 | 18? | 原爆小頭症児らの35才の誕生日を祝う会、広島市で開催。 |
| 81 | 08 | 10 | ニューヨークタイムズ、広島市の原爆小頭症患者についての記事を掲載。 |
| 82 | 07 | 12 | 山口放送ディレクター磯野恭子、国際ソロプチミストアメリカ連盟大会で国際婦人援助賞受賞。胎内被爆児のテレビドキュメンタリー制作が評価されたことによる。 |
| 82 | 08 | 05 | 胎内被爆者を扱ったテレビドラマ「白い夏の絶唱」、テレビで放映。 |
| 83 | 06 | 19 | 「きのこ会」(胎内被爆小頭症患者とその親の会)、広島市で、総会開催。終身收容施設設置などの要望事項を决定。 |
| 84 | 03 | 24 | 被爆者問題研究会(原爆被害者問題研究会)、広島市で開催。「原爆小頭症患者の実態について」他。 |
| 84 | 06 | 26 | 胎内被爆者をめぐるテレビドラマについての対談番組、「わたしと夢千代とヒロシマと」(NHK製作)、送放。 |
| 84 | 06 | 99 | 胎内被爆小頭症患者らの会「きのこ会」広島市で総会開き、県・市への要望事頃など決定。 |
| 84 | 08 | 14 | 日韓両国政府の合意に基づく在韓被爆者渡日治療(第11陣)で、被爆者20名来日。(広島へ12名・長崎へ8名)(胎内被爆者が、初めて加わる)。 |
| 85 | 03 | 05 | 放影研の第12回専門評議員会、広島市で開催。(7日まで)。新研究項目として胎内被爆者の追跡調査などを勧告。 |
| 85 | 03 | 99 | 胎内被爆者を描いた映画「夢千代日記」の撮影開始(6月公開予定)。 |
| 85 | 06 | 16 | 「きのこ会」(原爆小頭症患者とその家族)の第20回総会、広島市で開催(16人出席) 。活動計画など決定。 |
| 85 | 06 | 30? | 被爆小頭症患者の家族会「きのこ会」、政府に手当増額と養護ホーム建設を要望。 |
| 86 | 02 | 24 | 胎内被爆による小頭症患者とその親の集まり「きのこ会」、広島市で、「四十歳を祝う会」を開催。 |
| 86 | 10 | 01? | 放影研、広島・長崎の胎内被爆者にがんの発生率が高いとの追跡調査結果を発表。 |
| 87 | 06 | 14 | 原爆小頭症児をテーマにした合唱組曲「百合子のうた」、完成し、徳山市で初上演。 |
| 87 | 07 | 28 | 「アキバ・プロジェクト’87」の記者、広島原爆病院などを訪れ、取材開始。29日、 原爆資料館を見学。31日、広島市長にインタビュー。3日、原爆小頭症患者を取材。 |
| 87 | 08 | 05 | 青森県在住の胎内被爆者、遺族代表として平和祈念式に参列するため来広。 |
| 87 | 08 | 05 | 「第8回ノーモア・ヒロシマコンサート」、広島市で開催(聴衆約600人)。原爆小頭症の母子をテーマにした合唱組曲「百合子のうた」など上演。 |
| 87 | 11 | 09 | 放影研のウィリアム・シャール博士、同研究所での延べ8年間の研究を終え、帰国。 主として胎内被爆と放射線の因果関係について研究。 |
| 88 | 01 | 14? | 放影研、胎内被爆による重度精神遅滞が起きる被爆放射線量を発表。 |
| 88 | 02 | 13 | 広島市で胎内被爆した下村盛長(41才)、がんで死去。昨年9月に小頭症の認定。 |
| 88 | 08 | 06 | 日本被団協相談員、原爆小頭症の認定を受けた直後死亡した胎内被爆者の遺影を携えて来広。 |
| 89 | 07 | 24 | 広島平和文化センタ-製作の被爆証言ビデオの本年度分50巻、完成し、貸し出し開始。胎内被爆者の証言など収録。 |
| 89 | 08 | 04 | 「第6回反核平和マンガ展」(広島県労マンガ集団主催)、広島市で開催(6日まで)。「被爆44周年原水禁世界大会」の行事で、約140点展示。 |
| 90 | 07 | 21 | テレビ番組「ウィークエンドリポート『胎内被爆45歳の肖像』」(NHK)、放送。 |
| 90 | 08 | 01 | ソ連ノーボスチ通信社カザフ支局のアスカル・ヌルマノフ記者、中国新聞社の招きで来広し、取材を開始(6日まで)。2日、岩国市で、胎内被爆者を取材。 |
| 90 | 08 | 03 | 旭川医科大学の立川裕幸助手、低線量の胎内被ばくでも、将来、不妊になる可能性が強いとの動物実験結果を発表。 |
| 91 | 03 | 17 | 原爆小頭症の患者と家族による「きのこ会」、子供の45歳の誕生日を祝う会を広島市で開催(29人参加)。 |
| 91 | 08 | 06 | 北九州市在住の原爆小頭症の婦人、広島市の平和平和記念式典に初参列。 |
| 91 | 08 | 06 | テレビ番組「おとう~小頭症患者の45年」(中国放送)、放送。 |
| 92 | 08 | 04 | 第1回「アジア記者招請プロジェクト」の記者5人、原爆小頭症の畠中百合子を取材。 |
| 92 | 12 | 06 | 原爆小頭症患者とその家族でつくる「きのこ会」、広島市内で総会を開催。親子で原爆養護ホームに入所できるよう県や市に働きかけることを決定。 |
| 93 | 08 | 03 | 広島国際文化財団の招請した記者4人、原爆小頭症の畠中百合子を取材。 |
| 93 | 11 | 13 | 光石信幸(全国に26人存在する原爆小頭症患者の一人)、長崎市の病院で死亡。47才。 |
| 94 | 08 | 04 | 第3回アジア記者招請プロジェクトの記者4人、岩国市を訪れ、原爆小頭症の畠中百合子を取材。 |
| 95 | 06 | 08 | 広島市立安佐市民病院の平位剛院長と医療相談室の村上須賀子主査、「きのこ会」の会員18人を対象とした面接と電話聞き取りによる調査結果をまとめる。原爆小頭症患者の8割が身体障害者手帳などを未申請。 |
| 95 | 07 | 12 | 北九州市在住の原爆小頭症患者とその母が、広島市内に建設中のケアハウスに入居を申し込んで断られていたことが判明。 |
| 95 | 08 | 01 | 広島国際文化財団の「アジア記者招請プロジェクト」の記者5人、原爆小頭症の畠中百合子と父国三を取材。 |
| 96 | 03 | 20 | 原爆小頭症患者と親で組織する「きのこ会」、50歳の誕生会を広島市内で開催。11家族と医師・ボランティアら約70人が参加。 |
| 96 | 07 | 24 | アジア記者招請プロジェクトの記者4人、岩国市の原爆小頭症患者・畠中百合子を取材。 |
| 96 | 07 | 25 | 米ハーバードがん予防センターのトリコポウロス博士らの研究グループ、チェルノブイリ原発事故の放射性降下物が大量に降ったギリシアで、母親の胎内で被曝した乳児の白血病発病率が2.6倍とする調査結果を英科学誌ネイチャーに発表。 |
| 96 | 08 | 28 | 大牟田稔広島平和文化センター理事長、「きのこ会」に10年にわたりカンパを届けていた新潟の労組を訪ね、お礼を述べる。 |
| 97 | 03 | 28 | 広島市の人事異動で4月1日に胎内被爆者の畑口実が原爆資料館館長に就任することが判明。原田浩館長は市民局理事(国際平和推進担当)に専任。 |
| 97 | 06 | 13? | 被爆者援護法に基づいて支給される特別葬祭給付金が、胎内被爆者に支給されていないことが判明。 |
| 97 | 08 | 04 | 広島国際文化財団の「アジア記者招請プロジェクト」に参加の記者4人、岩国市在住の原爆小頭症患者・畠中百合子を取材。 |
| 97 | 08 | 06 | 10時20分、RCCテレビ、「ひとりぼっち-原爆小頭症・信子」を放映。 |
原爆訴訟を支援する会 結成集会 20030426
参考資料:『核なき世界をめざして 原爆症認定を求める闘い』(「原爆訴訟を支援する会」編集委員会、20040710)
内容
| 頁 | ||
| 01 | はじめに…豊永恵三郎 | |
| 03 | 原爆症認定を求める集団訴訟…田村和之 | |
| 07 | 原爆症訴訟への思い…青木克明 | |
| 13 | 弁護団報告…池上忍 | |
| 21 | 原告の証言 | |
| 原爆に人生を狂わされて…小田アサミ あの日を境に変えられた人生…舛岡善光 原子爆弾を使った人にいいたい…重住澄夫 原爆に壊された青春時代…中田忠義 被爆者に目を向けてください…大江賀美子 劫火の中に母と妹を残して…鳴床輝子 弱いものが犠牲になる…三谷キミエ 今も果てなく続く苦しみ…木村裕彦 「原爆後遺症」に苦しみつづけて…川上誠 原爆という重い荷物を背負って…丹土美代子 好きで親なし子になったわけではない…西博 たった一人で生き抜いて…小松清興 被爆していなかったら・・、夢でした…萬膳ハル子 健康な身体を奪った原爆・・、…石川吉則 |
||
| 90 | 「原爆訴訟ヒロシマ」裁判の経過 | |
| 94 | 今後の活動 | |
| 95 | あとがき | |
『 ひろしま 世界平和の聖都』(広島原爆資料保存会編・刊、19690801)
内容
| 頁 | |||
| 刊行のことば(横田工・原爆資料保存会長) | |||
| 01 | 目次 | ||
| <キノコ雲写真> | |||
| 原爆の広島 | |||
| 物的被害 | |||
| 人的被害 | |||
| 被爆者の苦悩 | |||
| 被爆死亡者と生存者調査 | |||
| 原爆病院 | |||
| 被爆者福祉センター | |||
| 原爆孤児 | |||
| 健康手帳交付 | |||
| 限りなき思い出 | |||
| 平和記念都市法実施 | |||
| 平和記念施設 平和記念資料館 平和記念館(平和文化センター) |
|||
| 平和記念式典 | |||
| 市民の平和活動の実際 | |||
| 原爆日誌 | |||
| 秘められた原爆関係公文書 | |||
| 市内慰霊碑巡礼(碑文) | |||
| 被爆者の傷心 | |||
| 製作:(株)浜田写真工芸社 |
目次
戦争遺跡保存全国ネットワーク<作業中>
https://sensekinet.jimdofree.com/
過去の戦争遺跡保存全国シンポジウム
| 年 | 回 | 会場 | 備考 |
| 1996 | 00 | 横浜市(神奈川県) | 準備会 |
| 1997 | 01 | 長野市松代(長野県) | |
| 1998 | 02 | 南風原町(沖縄県) | |
| 1999 | 03 | 京都市 (京都府) | |
| 2000 | 04 | 南国市(高知県) | |
| 2001 | 05 | 川崎市・横浜市(神奈川県) | |
| 2002 | 06 | 甲府市(山梨県) | |
| 2003 | 07 | 宇佐市(大分県) | |
| 2004 | 08 | 館山市(千葉県) | |
| 2005 | 09 | 長崎市(長崎県) | |
| 第9回(長崎市) 被爆遺跡、平和ミュージアム、端島 2005年8月20~22日。 八太楼(長崎市風頭町)。 参加者250名 長崎大学留学生によるミニコンサート 基調報告 村上有慶「戦争遺跡の現状と課題2005」 特別報告 高實康稔「長崎における韓国朝鮮人・中国人強制連行と被爆」 記念講演 本島等「原爆投下は正しかったのか」(21日) 第1分科会 「戦争遺跡の保存運動の現状と課題」(原田弓子・穂刈清一・新井撥博・村上康蔵・窪田充治・大城一也・森口貢) 第2分科会「戦争遺跡の調査方法と保存技術」(山口秀雄・大城牧子・十菱駿武・北原高子・平川豊志) 第3分科会「平和博物館と若者への継承」(奥山忍・浅川保・赤嶺玲子・安達菜子・各務敬) 現地見学Aコース。涙痕の碑、被爆鳥居、被爆くすの木、長崎大門柱、浦上天主堂、原爆記念講演、爆心地、城山小学校 現地見学B1コース。原爆資料館、出島、ピースミュージアム、岡まさはるき記念資料館 現地見学B2コース。三菱重工、端島(軍艦島) |
|||
| 2006 | 10 | みなかみ町(群馬県) | |
| 2007 | 11 | 国立市(東京都) | |
| 2008 | 12 | 名古屋市(愛知県) | |
| 2009 | 13 | 松本市(長野県) | |
| 2010 | 14 | 南風原町(沖縄県) | |
| 2011 | 15 | 横浜市・川崎市(神奈川県) | |
| 2012 | 16 | 鈴鹿市(三重県) | |
| 2013 | 17 | 倉敷市(岡山県) | |
| 2014 | 18 | 川崎市(神奈川県) | |
| 2015 | 19 | 館山市(千葉県) | |
| 2016 | 20 | 長野市松代(長野県) | |
| 2017 | 21 | 高知市(高知県) | |
| 2018 | 22 | 豊川市(愛知県) | |
| 2019 | 23 | 熊本市(熊本県) | |
| 2020 | 24 | 東大和(東京) | オンライン |
| 2021 | |||
| 2022 | 25 | 広島市 | |
| 藤川晴美(ピース・ナビゲーター『呉フィールドワーク(戦争遺跡保存全国シンポジウム)』に参加して)(『ヒロシマの子育て・教育』第354号、2022年9月) | |||
原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会(かき船問題を考える会) 結成日:2015年1月24日
関係資料<作業中>
| 資料名 | 著者など | 年月日 | 備考 |
| 世界遺産条約の制度と最近の動向(1) | 日本イコモス国内委員会 | 20171211 | 紙1枚 |
| 原爆ドーム近くのかき船(料亭)営業を許すな | かき船問題を考える会・広島自治体問題研究所 | 20171220 | 冊子 |
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| 表紙の写真説明 | |||
| A 世界イコモス・アローズ会長<右端>に訴える高校生平和ゼミの生徒 | 20151101 | ||
| B 裁判提訴 | 20150611 | ||
| C 景観問題シンポ | 20160723 | ||
| D 料亭船「かなわ」 | 20171125 | ||
せこへい美術館<作業中>
| 回 | 年月日 | 会場 | 備考 |
| 01 | 2002 | 原爆資料館・留学生会館 | せこへいのあるフォトコンテスト |
| 02 | 2003 | まちづくり市民交流プラザ | まちブラ・せこへい美術館 |
| 03 | 2004 | ||
| 04 | 2005 | ||
| 05 | 2006 | ||
| 06 | 20070721~26 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館 |
| 07 | 2008 | ||
| 08 | 2009 | ||
| 09 | 2010 | ||
| 10 | 2011 | ||
| 11 | 2012 | ||
| 12 | 2013 | ||
| 13 | 20140810~20 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館 世界の子どもの平和のための美術展2014 |
| 14 | 20150818~13 | 広島県民文化センター | せこへい美術館 せかいのこどものへいわの美術展2015 |
| 15 | 2016 | ||
| 16 | 2017 | ||
| 20180811~17 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展 | |
| 20190810~18 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展 | |
| 20200808~16 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展 | |
| 20210817~22 | 旧日本銀行広島支店 | せこへい美術館、ART Museum、世界の子どもの平和のための美術展 | |
| 20220726~31 | 広島県立美術館県民ギャラリー展示室5 | 世界の子供の平和像(せこへい)をつくる会ヒロシマほか |
ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔
(正面)平和宝塔
〔副碑〕
(正面)第二次世界大戦中にポーランドの
アウシュビィッツで、ナチズムの
反ユダヤ政策の犠牲となった人々
の霊がここに眠っています。この
非人道的な惨劇はヒロシマの体験
と共に、決してくりかえされて
はなりません。
私たち一人一人の心の奥に
ひそんでいる貪欲、怒り
無智を深く反省し、人間の真
の心を培い、ひらきましょう。
(英文略)
(裏面)昭和四十八年五月十二日建立
ヒロシマ、アウシュビィッツ委員会
平和の灯奉讃会
| 設立:1965年1月25日 |
| 代表者など: |
| 出典 |
| 関連資料 |
平和の灯
建立年月日:1964(昭和39)年8月1日
場所:広島市・平和記念公園
(裏面)
平和の灯
〔説明板〕
「平和の灯」は数十万原爆犠牲者の霊を慰めるとともに 核兵器を禁止し 永久平和を建設しようといふ日本国民の祈願により建設されたものであり 核兵器が地球上から姿を消すまで この灯は燃えつづけるであろう
この灯は争う心ではなく 無償で献げる心の結晶である
昭和三十九年八月一日
平和の灯建設委員会
*現在 説明板は撤去されている
1963年6月、核兵器禁止平和建設広島県民会議は、原爆死没者慰霊碑付近にオリンピックの聖火台のような「平和の灯」を建設することを計画した。この計画は、同年12月3日の核禁会議全国幹部会で取り上げられ、核禁会議が700万円を募金することが決定された。
灯の設計は、丹下健三が担当し、64年5月27日、「平和の灯」の起工式が挙行された。灯台は、原爆死没者慰霊碑と同じくコンクリート素打の工法で、高さ3メートル、幅13メートル、両手が力強く灯を掲げる姿を表現し、灯は、平和を求める積極的な姿を示したものであった。
起工式に出席した丹下は、設計者としての意図を、「安らぎを象徴するハニワ型の慰霊碑だけではもういけない。いまひとつ動的な平和の象徴が必要な時代だ」と語っている(「中国新聞」64年5月28日)。
「平和の灯」点灯式は、約1万人の参列のもとに64年8月1日午後7時から開始された。点灯に用いられた火は、伊勢神宮、東西両本願寺など全国12宗派から寄せられた「宗教の火」と溶鉱炉など全国の工業地帯から届けられた「産業の火」であった。
<「年表:核兵器禁止平和建設国民会議」へ
舟入・市女同窓会
| 広島市女職員生徒原爆死没者慰霊式典 |
| 撮影:2015年8月6日07:32 撮影者:宇吹暁 |
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原爆死没者慰霊行事2015
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