広島折鶴の会

作業中

1958年6月22日?
一九五六年に発足して「原爆の子の像」を制作した「平和をきずく児童・生徒の会」の活動は、像の完成(一九五八年五月)とともにその主目標を終った。また子どもたちの身の上にも就職・進学などの変化かおとずれたため、なんらかの転換を必要とするようになった。たまたま一九五八年(昭三三)四月、映画「千羽鶴」に出演協力した子どもたちがいたが、彼らを中心にして新しく参加した子どもたちを加え、発展的に「折鶴の会」を発足させることになった。
この会は、河本一郎氏夫妻を世話役として一九五八年六月に発会し、中学・高校生で組織され、現在は約六〇人の会員をもっている。被爆者の慰問や世話、各国核実験への抗議、ボルゴグラード・ピオニールやアウシュヴィッツなど外国との交流活動などのほか、一九五九年(昭三四)からは市内の少年少女たちに呼びかけて、八月六日に「原爆の子の像」の前で平和集会を開くなどの活動を続けている。
広島平和文化図書刊行会(編)『ヒロシマの証言-平和を考える』日本評論社(刊)、1969年8月6日

1958年5月、平和記念公園の一隅に原爆の子の像が建てられ、さらに佐々木禎子の死をテーマにした映画『千羽鶴』も同年6月に完成した。この映画に出演した子供たちに、禎子の兄佐々木雅弘も加わって、広島折鶴の会が発足した。世話人は、禎子とは生前から親しく、子ども達への平和指導を続けてきた入市被爆者の河本一郎。以来23年間」、女子中学生を中心に200人を超える少年少女がこの会に参加し、被爆者救援に、また来広する世界の人々の送迎に、広島の子供たちの平和の灯を掲げ続けて今日に至っている。この間、1972年西ドイツのハイネマン大統領の招きで西ドイツを訪問、また韓国へも前後7回、平和の使節として渡り、被爆二世のビドルギ団とも交流しているほか、ブラジルのヒロシマ中学とも姉妹団体となっている。1981年現在の会員数は約10人。『広島県大百科事典』(橋本栄一執筆)より抜粋。

「星は静かに動いた そこにある平和37 新しい芽 折鶴の会 被爆者へいじらしい救援」 (『中国新聞』1961年8月1日)
ロベルト・ユンク『廃墟の光』
ロベルト・ユンク生誕100周年記念資料展 「ヒロシマを世界に伝える-核の被害なき未来を求めて-」
広島平和記念資料館・ユンク科研グループ(共催)
2013年2月15日~3月28日

年表:広島折鶴の会

年月日 備考
1958
0622 広島折鶴の会発足。
1960
0208 広島の「折鶴の会」の代表8人、ドゴール大統領宛の核実験中止署名3700余人分を浜井市長に渡す。
0828 広島折鶴の会、原爆ドーム保存署名運動を開始。
1965
0211 広島「折鶴の会」、広島市に原爆ドーム保存資金として9181円と1300人の署名を提出。
1968
1006 広島折鶴の会、原爆症治療のため密入国した孫貴達の治療などを求めた嘆願書を赤間法相・園田外相宛に送付。
1969
0216 広島折鶴の会と韓国原爆被害者援護協会、広島市内で姉妹縁組の調印。約70人が参加。
0725 広島折鶴の会、28日から韓国で開かれる夏季学校に参加する広島在住の韓国席の高校・大学生一行22人に、韓国原爆被害者援護協会にあてたメッセージや折り鶴を託する。
1970
0507 在日大韓民国居留民団広島県本部と韓国原爆被害者援護協会の幹部、広島折鶴の会を訪れ、少女たちの韓国への招待を申し入れ。
0806 広島の女子高校生グループ「折鶴の会」、3月に白血病で死亡した8歳の被爆二世の少女をしのぶパンフレットを平和記念式終了後、遺族に配布。
1012 朝日新聞「ひろしま文化:悲惨な韓国の被爆者-「広島折鶴の会」会員に聞く」
1971
0818 広島折鶴の会の少女ら8人、在韓被爆者慰問のため広島を出発。ソウル市に5日、釜山市に2日滞在し、在韓被爆者や韓国の被爆二世の会「ビドルギ団(鳩の会)と交流の予定。
0929? 広島折鶴の会のもとに、韓国の被爆二世の団体・ビドルギ団(鳩の会)のメンバーによる父母からの聞き取りが届く。同会では出版を計画。
1972
0426 日米交換留学生としてアメリカに滞在した「広島折鶴の会」会員、帰広。米国原爆被爆者協会と折鶴の会が姉妹団体縁組み、「在米被爆者たちは広島からの医師団が来ることを心待ちにしている」と報告。
0617 広島折鶴の会、韓国の被爆二世を平和式典に招待するための募金活動を開始。
0730 「韓国被爆二世ビドルギ団」の4人、広島折鶴の会の招きで広島入り。14日まで滞在。
0731 広島折鶴の会の招きで広島入りしている「韓国被爆二世ビドルギ団」の4人、山田広島市長を訪問。
1973
0507? 広島折鶴の会、韓国への原爆診療所建設のための募金活動(3回目)を広島市内で実施。
0624 広島折鶴の会、創立15周年の集いを広島市青少年センターで開催。出席した約30人の韓国人被爆者が「韓国人被爆者の会」を組織することを計画
0817 広島折鶴の会、韓国人被爆者の慰問のため広島を出発。韓国政府の招待による同会の訪韓は4回目。
1009 広島折鶴の会、ハワイひろしま親善訪問団に、ハワイ在住県人会宛ての、在米被爆者救援をはたらきかける手紙託す。
1974
0206? 広島折鶴の会のメンバー韓国人被爆者の体験記集の作成を計画。
0803 韓国被爆二世の会「ビドルギ団」の少女2人、広島折鶴の会のメンバーと広島女学院高校で懇談。
0817 広島折鶴の会、韓国大統領暗殺未遂事件のため、この日からの韓国人被爆者との親善訪問の予定を中止。
1123 広島折鶴の会、広島市の河村病院に入院中の韓国人被爆者・崔英順を見舞う。
1975
0913 広島折鶴の会、来日中の白光欽韓国原爆被害者援護協会副会長を招き親善懇談会を広島女学院高校で開催。
1976
1127 広島折鶴の会、河村病院に入院中の在韓被爆者・林福順を見舞う。
1978
0820 折鶴の会、韓国を訪れ、被爆者慰問。
1009 ブラジルサンパウロ市の広島中学の役員来広し、「折鶴の会」と交流。
1979
0519 「広島折鶴の会」、広島県の南米訪問団に、在南米被爆者激励の手紙など託す。
1980
0420 「ヒロシマ折鶴の会」、広島市中・高校校長の歓迎交流会開く。
1983
0220 広島折鶴の会のメンバーら、広島原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を慰問。
07 カナダの作家コーリン・トーマスより、脚本執筆のため原爆症で死んだササキ・サダコについての資料を依頼する手紙が広島折鶴の会へ届く。
1984
0310 「広島折鶴の会」、放火で折りづるが焼失した動員学徒慰霊塔に折りづるささげる。
0513 広島折鶴の会、広島市を訪れている在カナダ被爆者協会のメンバーに折りヅル、平和カレンダーなどを贈る。
1985
0117 ブラジルの日本語学校の生徒ら、来広し原爆資料館など見学、原爆病院を慰問。18日広島折鶴の会と交流。
1116? 原爆をテーマにした戯曲「千羽鶴」の作者コーリン・トーマスから、同戯曲の脚本(日本語訳)などが、広島市の平和活動グループ「広島折鶴の会」に届く。
1214 広島市、西独で出版される児童文学「サダコと千羽鶴」の插絵・折りづる(「広島折鶴の会」などが作成) を、ハノーバー市へ送付。
1986

 

86 02 21 広島折鶴の会、広島-札幌間の航空便就航を記念して、北海道・広島町などに千羽づるを贈呈、広島市で贈呈式。
86 03 08 広島折鶴の会のメンバー、広島市平和記念公園内の原爆ドーム前で、ドームを国の特別史跡に指定するよう求める署名運動を開始。
86 04 17 広島折鶴の会、カナダ原爆被害者の会に親子縁組を申し込むメッセージなどを、カナダを訪れる広島市長に寄託。
86 05 09? 広島折鶴の会が1960年頃交流していたインド人のヒロシマ・ボガの消息が判明し、同会のメンバーら、交流の再開を呼びかける手紙を送付。
86 06 22 広島折鶴の会、ソ連原発事故の被災者に見舞いの折りづるを作成、ソ連共産党書記長に寄贈。
86 11 30 広島折鶴の会、国際駅伝広島大会に参加した韓国の選手に折りづるを贈る。
87 01 15 広島折鶴の会、韓国人原爆犠牲者の慰霊碑を平和記念公園内に移設するよう求める署名運動を開始。
87 01 21 ブラジル・サンパウロ市の日本語学校生徒(18名)、来広し、平和学習。広島折鶴の会のメンバーと交流。
87 06 18h 広島折鶴の会に、姉妹縁組しているソ連ボルゴグラード市のピオネール(少年団)から、旗など届く。
87 10 25 広島折鶴の会、広島市の平和記念公園「原爆の子の像」前で、原爆症で死去した佐々木禎子の追悼式開催。
88 04 27? 「広島折鶴の会」、1936年のベルリン・オリンピックに「日本人」として出場させられた韓国のマラソン選手に、折りづるを送付し、同選手から礼状届く。
88 07 25 「広島折鶴の会」、原爆ドームの設計者ヤン・レツルのめい(チェコスロバキア在住)にドームの写真などを寄贈。
89 04 02 広島折鶴の会、24年前のドーム保存運動のきっかけとなった日記を残した故楮山ヒロ子(1960年に白血病で死去)の墓前に献花、ドーム保存運動の再開を報告。
89 04 02 広島折鶴の会、カナダの小学校などから届いた千羽づる約2000羽を平和記念公園の原爆の子の像にささげる。
89 04 05? 旧広島県産業奨励館(原爆ドーム)の設計者故ヤン・レツルのめいから、「広島折鶴の会」メンバーに、ドーム保存への協力を訴えた手紙(1988年夏に送付)に対する返書が届く。
89 05 04? 広島折鶴の会、長野市の布コイ製造業赤石平太郎から託された「こいのぼり」をブラジルのヒロシマ中学校に寄贈。
89 06 02 広島折鶴の会と電気通信共済会中国支部、原爆ドーム保存募金協賛のテレホンカードを作成し、販売を開始。1枚1000円で、うち200円を募金に。
89 06 10 埼玉県与野市の与野西中学校生徒、修学旅行で来広し、「原爆の子の像」前で慰霊祭。チェコ・ナホト市へ贈る原爆ド-ムの絵を広島折鶴の会に寄託。
89 07 30 米ミシガン州の小学生より千羽鶴と平和メッセージが届き、「広島折鶴の会」メンバーらによって「原爆の子の像」に献納。
89 08 04 仏マラコフ市のミシェル・シボ助役一家、来広し、「原爆の子の像」前で「広島折鶴の会」と交流。
89 08 25 広島折鶴の会と電気・電信共済会中国支部、原爆ド-ム保存募金テレホンカ-ドの販売益金(80万円)を広島市に寄付。
89 10 14 米のアニメーション映画「サダコと千羽づる」の米国人プロデューサー、ジョージ・レベンソン、来広し、「原爆の子の像」に参拝。「折鶴の会」会員らと交流。
90 04 01 「広島折鶴の会」、原爆ドームの設計者のめいに送るため、補修工事の終了した同ドームを撮影。
90 04 01 「広島折鶴の会」、原爆ドーム保存運動のきっかけになった故楮山ひろ子の墓前に、ドーム補修工事の終了を報告。
90 05 28 広島折鶴の会、来広したチェコの体操選手団に、原爆ドームの保存工事終了を記念して、同ドームのレプリカを寄贈。
90 08 03 米の児童文学者エレノア・コア、女性国際シンポジウム参加のため来広。「広島折鶴の会」メンバーらと「原爆の子の像」に参拝。
90 10 31? 福山市の専門学校講師吉原綾子ら、1967年当時の原爆ドーム保存運動の記録「爆心地」(B5、96ページ、折鶴の会自費出版)の英訳を開始。
91 04 10 チェルノブイリ原発事故被災地の子供ら、広島赤十字・原爆病院に入院(13日まで)。市民グループ「広島折鶴の会」、折りづるなどの慰問品を届ける。
91 06 09 埼玉県の与野西中学校の生徒(234人)、来広し、平和学習。チェルノブイリの子どもたちへの贈物を「折鶴の会」に寄託。
91 07 19 広島女学院大学名誉教授メアリー・マクミラン、ニューヨーク市で死去。広島滞在中、折鶴の会・ワールド・フレンドシップ・センター などの平和運動に参画。1980年には広島市の特別名誉市民に選ばれる。(広島女学院)
91 11 24 「広島折鶴の会」、ハワイ真珠湾(パールハーバー)のアリゾナ記念館に折りづるを送付。12月8日に同記念館に献納。
91 11 14? 「広島折鶴の会」、ハワイ真珠湾(パールハーバー)のアリゾナ記念館に折りづるを送る運動を開始。
92 01 12 広島折鶴の会の子どもたち5人、河村病院で韓国人被爆者と一緒に書初め。ハングル文字で「韓国人原爆犠牲者慰霊碑を平和公園に」。
93 05 29 広島折鶴の会の小学生ら6人、広島赤十字・原爆病院に南米から里帰り治療で入院中の3人の被爆者を慰問。
93 12 13 広島折鶴の会、中国・南京の小学生と平和文通を行うことを決める。
94 03 11 広島折鶴の会、カナダ・モントリオール市の生徒から届いた千羽鶴を平和記念公園の「原爆の子の像」に供える。
94 08 06? 「広島折鶴の会」、新潟県の主婦らの手づくりによる親指大の幸福地蔵200体を受け取る。
95 06 18 広島折鶴の会の5人、ブラジルから里帰りして広島赤十字・原爆病院で治療中の被爆者4人にブラジル・サンパウロ州立ヒロシマ市中学校宛の折り鶴を託す。
95 08 03? 広島「折鶴の会」の河本一郎、英水爆実験に抗議し1957年に原爆慰霊碑前に初めて座り込み、2年後に首相官邸前で割腹自殺した僧侶・小林葆生の遺骨を原爆供養塔に納骨することを希望。
95 08 09? 「広島折鶴の会」、今年2月に北朝鮮で結成された「反核と平和のための朝鮮被爆者協会」との交流を計画。
95 10 03 「広島折鶴の会」、韓国釜山市の医師から贈られたチョゴリを着て、広島市内で療養中の韓国人被爆者と交流。
95 10 19 「折鶴の会」(河本一郎世話人)、県庁を訪れ、来月南米を訪問する藤田知事に託する折鶴4000羽を渡す。
96 06 12? 広島折鶴の会、中国の核実験に対する手紙を千羽鶴を添えて送ることを計画。
96 09 28 広島折鶴の会、広島市を訪れたチェコ・プラハ国立歌劇場還元楽団に千羽鶴などを贈る。
96 11 28? 広島折鶴の会のメンバーである市立基町高校2年生、ユネスコの世界遺産化委員会のメンバーに原爆ドームの世界遺産化を願う手紙を送る。
97 10 25 河本一郎ら「広島折鶴の会」のメンバー2人、広島市平和公園の「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子の墓に折り鶴をささげるため福岡市に向かう。
98 07 09 「広島折鶴の会」の小学生2人、インドの市民団体に送る折鶴約500羽を「プルトニウム・アクション・ヒロシマ」の代表に託す。