黒田秀俊

黒田秀俊

くろだ・ひでとし 19050415生19890614没 享年84 元原水協事務局長。1955年当時、原水協結成に尽力。『広島県史 原爆資料編』に日記・メモの一部を掲載。

資料年表:黒田秀俊

年月日 事項 備考
1905
0415
1957
0725 『人類の危機と原水爆禁止運動 第3回原水爆禁止世界大会討議資料 第2分冊』(原水爆禁止日本協議会)
黒田「あとがき」…374
1958
0415 『平和日本 322号』(日本平和委員会)
(対談)風雪にたえて 櫛田ふき・黒田秀俊 18
0501 『平和日本 323号』(日本平和委員会)
世界をゆるがした核実験の停止(座談会)平野義太郎・新名丈夫・岡倉古志郎 司会=黒田秀俊 3
祖国の土をまもって(対談)山西きよ・黒田秀俊 18
1963
0501 『現代の眼 4巻5号』(現代評論社)
黒田「原水禁運動分裂の背景」 101
1964
0301 『現代の眼 5巻3号』(現代評論社)
黒田「日本原水協始末記」 142
1965
0701 『月刊新世界』(新世界社)
黒田秀俊「原水禁運動の問題点について」12
1966
0201 『世界 第243号』(岩波書店)
読者の頁 /黒田秀俊(237)/
0901 『総合ジャーナリズム研究 第3巻9号通巻25号』(総合ジャーナリズム研究所)
図書室 青山憲三「黒田秀俊著「昭和言論史への証言」」 67
1969
0801 『思想の科学 No.91』(思想の科学社)
黒田秀俊「大学闘争と報道者の立場」82
1972
0331 『広島県史-原爆資料編』(広島県)
1973
1124 『東京大空襲・戦災誌 第4巻』(東京空襲を記録する会)
黒田秀俊「灰色の焦土に立ちて 」 974
1974
0610 黒田『南京・広島・アウシュヴィッツ』(太平出版社)
1975
1101 『平和教育研究 広島平和教育研究所・年報 Vol.3 』(広島平和教育研究所)
黒田秀俊「原水爆禁止運動を中心とした平和運動史の一考案」 35
1976
0131 『知識人・言論弾圧の記録 昭和史の発掘』
1979
0420 『昭和軍閥 軍部独裁の20年』(図書出版社)
1986
0805 『もの言えぬ時代 回想の戦時ジャーナリズム受難記』(図書出版社)
1987
0201 『マスコミ市民 No.221.222』
黒田秀俊「権力と言論」 68
1989
0614 没。享年84歳
1999
0625 『日本原爆論大系 第4巻 核兵器禁止への道』
黒田秀俊「原水協にまつわる黒い影」200

森滝日記1962年

森滝日記1962年<作業中>

『ヒロシマ40年 森滝日記の証言』(中国新聞社編、平凡社、19850710)所収

月日
基本原則貫く、社党・総評路線の色濃し
0125
0305
0306
大学に辞表出し、米核実験再開に抗議
0419
「悟り」精神的原子の連鎖反応こそ力
0501
第8回世界大会のさなか、ソ連が核実験 反対巡り、社共激しく対立
0801
0802
0803
0804
0805
0806
0809
0813
0817
0818
0825
0901
0916
社会党系団体で、原水禁世界大会
1017
1105
1107
1108
1119
1120
1202
1203
1204

平和の条件 アクラから広島へ (1962年)

『平和の条件 アクラから広島へ』(『中国新聞』連載、19621001~1023)

No. 見出しなど
1 04 「爆弾なき世界」会議 シンポジウム
参加者:浜井信三(広島市長)、相原和光(広島YMCA主事)、中野清一(広島大学教授)、森滝市郎(広島大学教授)今堀誠二(広島大学教授)、石井金一郎(広島大学助教授)、
2 05 エンクルマの平和構想
国際間にも道徳律 人類の良心こそ最大の防備 ”爆弾なき世界”会議の演説から
3 06 エンクルマ演説
核脅威取り除け 人類の良心で解決を
4 07 エンクルマ演説
5 08 エンクルマ演説
6 09 エンクルマ演説
7 10 エンクルマ演説
8 11 エンクルマ演説
9 12 エンクルマ演説
10 13 エンクルマ演説
11 14 シンポジウム1 エンクルマ演説を読んで
”解放”の熱意に共感 国連は現状維持機関と違う
12 15 シンポジウム2
いささか理想主義 だが植民地支配一掃は真剣
13 16 シンポジウム3
”解放”の切実さ認む 欲しい軍縮の基礎づけ
14 17 シンポジウム4
現実的な検討が必要 国際間の道徳律 国家主権もからむ
15 18 シンポジウム5
”大国中心”改めよう 問題多い世界連邦構想
16 19 シンポジウム6
国連中心に共存 偏狭な国家主義を克服
17 20 シンポジウム7
世界の幸福が前提 運命共同体 ”民族”を尊重して
18 21 シンポジウム8
核禁協定の調印急げ 先細る運動?に中だるみ
19 22 シンポジウム9
生かしたい”原体験” 軍縮、核実験の阻止に
20 23 シンポジウム10
大衆の自覚こそ必要 力の政策だけで防げぬ全面戦争

核戦争阻止・原水爆禁止第8回世界大会中国ブロック・県内平和行進参加のしおり

『核戦争阻止・原水爆禁止第8回世界大会中国ブロック・県内平和行進参加のしおり』(原水爆禁止広島県協議会、1962.7.20)

内容

01 はじめに
02 平和行進について
03 平和行進県内コース
04 平和行進とりくみの要領
05 市内行進(8月5日)
中国ブロック・県内行進歓迎集会(8月5日17時 於原爆慰霊碑前)
06・07 世界大会広島集会(8月6日)
08 広島集会への地域原水協代表割当数
09 世界大会広島代表団
10・11 世界大会
12 原爆を許すまじ
13 宣伝カーの放送文句

11県被団協への日本被団協代表理事会回答 1962年9月9日

11県被団協への日本被団協代表理事会回答 1962年9月9日

1962年9月9日

広島市大手町8-59

日本被団協代表理事会

大分県、大阪府、兵庫県、
京都府、滋賀県、岐阜県、
愛知県、富山県、徳島県、
香川県、栃木県、被団協 殿

8月10日付文書にて提出された11府県共同提案に対して、第10回代表理事会において充分討議した結果、左記のような結論を得ましたので回答いたします。

一、地方組織においてすでに核禁会議に参加しているところは、やむを得ないこととして理解した上で、日本被団協としては、統一と団結を守って、日本原水協に加盟している現状を維持する。

近畿ブロック会議ニュース

近畿ブロック会議ニュース

1962年9月2日

近畿ブロック会議ニュース

開催日時 昭和37年9月2日  場所 兵庫県芦屋市副島会長宅

出席者 日丸、布沢(京都)、斉藤、新開(大阪)、小寺(滋賀)、副島(兵庫)、外兵庫1名傍聴。

討議の内容は被団協代表理事会の議題を中心とした。

1.被団協総会、世界大会の反省として

総会については

(イ)総会の運営並びに進行が手ぎわよく進められてよかったが反省として

(ロ)参加者が少なかった、資格審査(代表者の確認)の発表が欠けていた。

(ハ)議長の降壇発言は遺憾であり、今後絶対に禁止すべきだ。

(ニ)山田氏の提案発言中、人格を損なうような発言が福岡よりされたことは謹んでもらいたい。

(ホ)総会議事運営委員の行儀が悪かった。総会前日の代表理事会の席上、近畿代表に対して入江議長の威圧的態度は今後の運営に支障を来たし、対等の話合が出来ないので早急に改めるべきだ。

(ヘ)森滝発言の節操の問題はあくまで個人のものであり、被団協全体のものでない。従ってこのような問題を公私混同されたくない。核禁問題については継続審議の形で討論されるはずにも拘らず意見の発表をされたことはまずかった。新代表理事の意見聞かず発表すべきでない。たとえ旧代表理事が再選されても6日の近畿東海北陸関東以外の意見一致はこの場合関係ないものとして扱うべきだ。又今後の問題として先入観念を与えることは重要な問題だけに極めて遺憾である。

(ト)質問に対して執行側から答弁がされたが事実をまげて御都合主義に報告された。

世界大会について

(イ)人道主義に立脚する原水爆禁止運動を特定政党の私有化する傾向にあることは遺憾である。

(ロ)禁止運動の基本原則が確認されていたにも拘らず守れなかった事実。

(ハ)禁止運動の中で救援活動は大きな柱であると言れながら実際は低調である。

(ニ)公正の立場で禁止運動を進めるべきであるのに対して現在日本原水協は公正でない。又大衆運動から遊離しつつある。

(ホ)日本被団協として過去の世界大会をはじめ今回の大会の積極的参加及び支持がされてきたが基本原則を守れないような現原水協は支持できない。

2.総会で決定した基本方針の具体化について

(イ)基本項目の順列を考慮すべきだ。即ち第1項に援護獲得運動、第2項に組織、宣伝、財政問題、第3項に原水禁運動にする。その理由については第1項に原水禁運動を掲げることは被団協の性格を誤解される恐れがある。

(ロ)あらゆる友好団体との協力は原水協一本にしぼられ核禁に対する問題は再三提案されているにも拘らず無視された。11府県の提案はこの意味で当を得ており代表理事会で充分討議されるよう望む。尚11県の外に栃木県も共同提案支持県として新しく参加した。

(ハ)原水禁運動の中で学習活動が強調されているが、むしろ援護法、組織、宣伝、財政問題に関する研究会、学習会を盛にすることこそ大切である。

(ニ)未組織県への働きかけは原水爆禁止のための組織より被爆者の共通の目的のために組織されなければならない。従って37年度の具体的な案を確立する必要がある。

3.援護法獲得のための運動について

(イ)推進委員会設立について。提案者の伊藤氏の出席を求めて更に具体的説明を得てはどうか。

(ロ)国会請願については各府県毎に出身議員に援護法制定の呼びかけをする。様式については日本被団協で作成し各県に配布する。自民党の実力者に訴える。全国を一単位として国会請願大会を開催し関係各方面に陳情団を派遣する。

以上

出典:京都府原爆被災者の会「京友会のあゆみ」

広島市原爆被爆者協議会

広島市原爆被爆者協議会

工事中

年月日
1961
0410 広島市原爆被害者の会連合会、広島市原爆被爆者協議会(略称:市被爆者協)と名称変更。市行政と切り離し自主的運営をするために、広島市長が務めていた会長に任都栗司広島市議が就任。
0627
0706
0728
09
1113
1962
0522
1012
1963
0722
0817
1964
0815
1017
1109
1965
0106
0118
0529
1966
0703
1104
1967
0317
1127
1968
0605
0826
1969
0719
1127
1970
1112
1971
02 広島市原爆被爆者協議会、組織強化のため会長を任都栗司氏から山田広島市長に、理事に財界や市議会代表も参加へ。

 

原水爆禁止世界大会(第8回)日程

原水爆禁止世界大会(第8回)日程 1962年8月1日~9日

行事 会場 備考
1 予備会議(第1日) 東京・高羽輪プリンスホテル
2 予備会議(第2日) 東京・高羽輪プリンスホテル
3 予備会議(第3日)  東京・高羽輪プリンスホテル
4 予備会議(第4日)
平和行進歓迎集会  東京・隅田公園野球場
本会議開会総会  東京・台東体育館
5 分散会の討論  都内30会場
 1  隅田公民館
 2
 3
 4
5
 6
 7
 8
 9
10
 11
 12
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 14
15
 16
 17
18
 19
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21
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29
30
6 原爆犠牲者慰霊祭  東京虎ノ門・社会事業会館
本会議閉会総会   東京・台東体育館
5 平和行進ヒロシマ歓迎集会 平和公園原爆慰霊碑前
 6 広島集会  広島市
9 長崎集会  長崎国際体育館

出典:『第8回原水爆禁止世界大会議事要録』

ヒロシマの証言(中国新聞連載)

ヒロシマの証言(中国新聞連載)1962年7月15日~8月16日

月日 見出し 備考
01 0715 奪われた青春 結婚はあきらめる やり場のない父親の苦悩 緒方静子
02 0716 運命の誕生日 健康そのもの 今はテニスだけ
03 0717 原爆一号 ドームが自分んの姿 あくまで「平和」訴える 吉川清
04  0718  自衛隊の中で 今の生活が一番いい とっくに捨てた感傷や夢
05  0719  ミシン踏む男
 06  0720  おもかげの孫
07 0721  切腹した老人
 08 0722  バラックの教会
 09  0723  簡易宿泊所で
10  0724  ふたりの娘
11  0725  神に仕えて
 12  0726  入れ墨の老人
13  0727  ある原爆孤老
14 0728  小頭症
15  0729  17年ぶりの幸福
16  0730  ある母子寮で
17  0731  肉親への疑惑
 18  0801  千羽ヅル
19  0802  両足切断
 20 0803  原爆僧
21 0804  禎子さんの遺族 佐々木
22 0805  若いコーラス *川義雄
 23 0806  ある夫婦のなげき 河本一郎
24 0807  原爆おとめ  *橋佳枝
25 0810  帰化した神父  クラインゾルゲ
26  0809  原爆資料館  長岡省吾
27  0810  白衣の願い 喜多村栄子
28 0812  放射能医学  渡辺漸
29  0812  原爆病院 重藤文夫
30 0813  ABCC  槇弘
 31 0814  フェニックス号 レイノルズ
32 0815 ある主婦 栗原貞子
33  0816  取材を終えて

 

年表:核禁会議の主な動き(前史)

年表:核禁会議の主な動き(前史)

年月日 事項 備考
19540325 米国政府が3月1日に水爆実験を行ったビキニ環礁の危険区域をさらに拡大すると発表したことに対し、海員組合が「拡大反対」声明表
19560309 第五福竜丸被災2周年を迎えた3月1日、米国が再び4月20日以降同区域を拡大して核実験を行うとの声明に対し、海員組合はアメリカ大使館に水爆実験中止を要請。
19570304 原水協が、米国のクリスマス島の水爆実験場に抗議船団を出すとの計画に、海員組合は「死地への船団派遣は特攻隊的行動」と反対を声明。
0322 全労執行委員長は、英国労働党、英国労働組合などに対し、「原水爆の実験禁止」を要請。
19580228 アメリカ政府の14日発表の春から夏にかけての核爆発実験に対し、海員組合はアイゼンハワー大統領に即時中止を申し入れ。
19580805 全労第21回執行委で、7月14日、国際地球観測年の観測行事に参加しようと赤道付近に赴いた「拓洋」「さつま」の2船が太平洋上で強烈な放射能を受けたことに対し、国際アピールを行い、国際自由労連および各国労働組合に訴えることを決定。
19600801 東京・四谷の主婦会館で、全労・民社党が中心となって「原水爆禁止運動全国討論集会」を開催。決議文とアピールを採択。
19610801 被爆者を救おうと、広島で「原水禁全国討論集会」開催。
0815 特定のイデオロギーに奉仕し、特定の国に敵対する原水協運動から、人類愛に基づく全国民的な運動をめざそうと、東京・千駄ヶ谷の東京都体育館に全世界の平和を希求する全労会議、父母会議、日本婦人連盟などの団体・個人約1万人が集まり、核兵器禁止・平和建設国民大会を開催(代表者・松下正寿立教大学総長)。
0915 ソ連の死の灰に抗議する「国民大会」を開催。九段会館に2000人が参加。ソ連に対する抗議など5決議。
1031 午後3時から8時にかけてソ連大使館に50メガトンの死の灰に抗議の提灯デモ。約1万人が参加。
19611115 8月15日に開かれた「核兵器禁止・平和建設国民運動の組織化に関する決議」に基づいて、東京・神宮外苑の日本青年館に5000人が参加して核兵器禁止・平和建設国民会議(略称・核禁会議)の結成大会が開かれ、正式に核禁会議がスタート。

出典:『核兵器廃絶の叫び 核禁会議二十年史』

世界の中のヒロシマ 平和巡礼団に同行して 1964年

『世界の中のヒロシマ 平和巡礼団に同行して(満井特派員記)』(『中国新聞(連載)』1964.07.10~08.17)

<作業中>

月日 見出し 備考
01 0710 一市民の「力」 胸を圧した使命感 憎しみ越え平和確信
    20220116212701513
 02  0711  羽田からハワイ
 03  0712  ハワイ
 04  0713  ロサンゼルス
 05  0714  ロス周辺
 06  0715
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38
39 0817 慰霊碑の前で 「平和」を国民の手に 碑文の”誓い”を再確認
    20220116213122493

 

年表:広島・長崎平和巡礼 1964年

広島・長崎平和巡礼 1964年

事項
04 24 19630424 レナ・エッケルト(シュバイツァー博土のひとり娘)広島を訪問。「広島は全世界の人間性を象徴する意味をもつ都市です。広島を見てたとえようのない感銘を受けました。広島こそ巡礼地にいる気持ちをいだかせるところです。非人間性は破壊されねぱ
10 08 19631008 広島・長埼世界平和巡礼実行委員会開く。委員長原田東岷、副委員長バーバラ・レイノルズ決まる。
1964年
01 08 広島・長崎世界平和巡礼実行委員会(原田東岷委員長)、4月の世界平和巡礼第2陣のメンバーを決定。志水清広大原医研教授ら4人。???
01 17 広島・長崎世界平和巡礼団の広島関係メンバー決まる。志水清(広島大学教授)ら15人。
03 28? 世界平和巡礼が携行する英文『原爆被害の実相』完成。
04 11 広島市キリスト教連合婦人会と日本基督教婦人矯風会広島支部員ら20人、平和巡礼資金の街頭募金を広島市内で実施。-12日。
04 16 第2回広島・長崎世界平和巡礼団、広島を出発。(21日羽出発)。広島市・平和記念館で結団壮行式。松本卓夫団長、団員:バーバラ・レイノルズ、松原美代子、小佐々久仁子、庄野直美、副島まち、森下弘、阿部静子、高原弘子、吉田チエ、河本時恵、満井晟(中国新聞記者)ら40人。2カ月をかけ、欧米・ソ連などを回る予定。
04 20 平和巡礼団庄野直美(広昆女学院大学教授)の米国入国査証交付が保留。
04 29 米、平和巡礼団庄野直美に入国査証発行。
05 05 平和巡礼団が米ミズリー州インデペンデン市で、トルーマン元米大統領と会見。「広島、長崎両市の代表に会えてうれしい。二度と悲劇の起きないことを心から望む。あのときは原爆投下の決定をくださざるをえなかった。
05 28 平和巡礼団、米上下両院合同原子力委員会で訴える。「いかなる理由があろうとも原水爆の使用は許せない。原子力は人類の繁栄のために使ってほしい」
06 11 広島・長崎世界平和巡礼団、国連ウ・タント事務総長に,国連が原爆被災者の実態を調査し,その結果を世界に知らせるよう要望.
06 11 平和巡礼団、ウ・タント国連事務総長と会見。国連放射能科学研究所が原爆の影響を研究するよう要望。
06 26 広島・長崎世界平和巡礼団、モスクワに到着。
07 04 広島・長崎世界平和巡礼団帰国。ナホトカから横浜ヘ。米、ソ、ヨーロッパなど8カ国150都市訪問。松本卓夫団長「広島・長崎の名はよく知られているが、後遺症などの実態はほとんどわかっていない。被爆者の生の声は〃生き証人〃として大きな感動を与えた」
07 05 広島・長崎世界平和巡礼団、広島に帰る。6日、広島平和記念館で帰国報告会。
07 06 平和巡礼団の広島市民への帰国報告集会。
07 33 談和会、7月例会.庄野直美,平和巡礼の報告をおこない,原爆被害者の調査を国際的規模で実施することの重要性を提案.
1965年
05 04 世界平和巡礼団(広島・長崎の被爆者グループ)、「米はベトナムから撤退せよ」とジョンソン大統領へ抗議文送る。
05 17 広島・長崎平和研究会(1964年春、欧米各国を回った平和巡礼団関係者で組織、庄野直美幹事長)、周恩来中国首相に核実験反対の抗議文送る。
07 19 広島・長崎世界平和巡礼団、ジョンソン米大統領へ送ったベトナム戦争にかんするの要望書への返書を受け取る。「核兵器の使用は現段階では軍事的必要がない」

 

フェニックス広島号の冒険

フェニックス広島号の冒険

関係資料

年月日
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)
1958
0407 不吉な静けさ ハワイ島ヒロ港
0502 海に立つ壁 ハワイ、ホノルルにて
0610 放射能図書室
0625 日本時間の中で
0708 長い一日
0711 保釈中の推理
0802 ヒロシマの日前後
0813 試練のうしお
0923 名弁護士きたる
0926 科学も”告発”する
0928 打ちひしがれた時に
1010 ここもゆれ動く世界
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)
1959
0101 地球会社の経営陣
0326 行為と無為
07  広島大会は赤か
0821 けわしい最新の道
0828 故意と善意
0920 青年に期待
1104 国策批判の声
1960
0201 平和都市の内情
0301 アメリカの自由
0220 エピローグ
  20220116082627797
196105 The Forbidden Voyages
19620101 All in the same boat : an American family’s adventures on a voyage around the world in the yacht Phoenix
by Earle and Barbara Reynolds   David McKay
1 THE RISE OF THE PHOENIX 1
“Between a dream and a deed lie the doldrums.”
2 PREPARATIONS FOR A VOYAGE 20
“Cruising is walking,talking,buying,scrounging … but
cruising is also sailing.”
3 FROM JAPAN TO HONOLULU 39
“The long shakedown … a seven-week course in How to
Sail.”
4 ON TO THE SOUTH PACIFIC: FROM HAWAII TO TAHITI 61
“Banzail Banzai! Banzai!”
5 TAHITI AND THE ISLANDS UNDER THE WIND 81
“Money? What I do with money?”
6 WESTWARD THROUGH THE SOUTH SEAS:
RAROTONGA, SAMOA, FIJI 100
“A broad reach, a quiet sea, a full moon …”
7 DOWN UNDER: NEW ZEALAND AND AUSTRALIA 115
“Ah-h-h, yes-s-sl …”
8 AND BACK UP: THE GREAT BARRIER REEF 133
“Better men than we had come to grief …”
9 INTO INDONESIA: THURSDAY ISLAND TO BALI 151
“Our life at sea was teaching us …”
10 BALI, JAVA, THE KEELING-COCOS 169
“A sense of uneasy anticipation …”
11 ACROSS THE INDIAN OCEAN: COCOS TO DURBAN 189
“You have seen people of all sorts. Makes my mouth
water …”
12 SOUTH AFRICA: BEAUTIFUL, UNHAPPY LAND 207
“What will you do when that day comes?”
13 ACROSS THE ATLANTIC THE LONG WAY:
CAPE TOWN TO NEW YORK CITY 225
“Beautiful night, new moon, slow progress, who cares?”
14 EVERY KIND OF CRUISING: NEW YORK TO PANAMA,
BY THE CORKSCREW ROUTE 247
“A man must stand up for what he believes.”
15 GALAPAGOS: HOME OF THE LAST PIONEERS 267
“Those delicate souls whose coffee must be just so …”
16 BACK TO HAWAII 286
“How come change ya mind?”
17 THE LAST LEG: HONOLULU TO HIROSHIMA 297
“Of course, there were a couple of incidents.”
INDEX 305
19611010 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険(第1部)」(77回)(「ヒロシマ巡礼」)
19620108 中国新聞連載「フェニックス広島号の冒険」(57回)(「ヒロシマ巡礼」)

 

 

広島・アウシュビッツ-平和行進ニュース  No.1~5

広島・アウシュビッツ-平和行進ニュース No.1~5

No.
1
趣意書・地図/団の結成過程及び行動経過の概要/行進団行動予定/官庁との交渉過程 付日誌/国内行進経過報告/国内・国外支持者及び支持団体名簿
2 編集発行:広島・アウシュビッツ-平和行進平和行進団事務局、19620601
1はじめに/
2ホンコンからサイゴンへ/////
 20220114213136601
3 編集発行:広島・アウシュビッツ-平和行進平和行進団事務局、19620726
4 編集発行:広島・アウシュビッツ-平和行進平和行進団事務局、19621005
5 編集発行:広島・アウシュビッツ-平和行進平和行進団事務局、19630213
1はじめに
2西パキスタンから
12『特報』ワルシアワにて[アウシュビッツ解放18周年記念集会にさんか]
13行進団のポーランド入りを聞きて
14あとがき

広島・アウシュビッツ-平和行進青年の記録

『広島・アウシュビッツ-平和行進青年の記録』( 加藤祐三、梶村慎吾著、弘文堂、19650815)

内容<作業中

まえがき/1962年2月6日広島を出発。33か国約9万キロ、1年3か月間行進。アウシュビッツ強制収容所(ポーランド)解放18周年記念日(1963年1月27日)に強制収容所に到着。1963年夏日本に帰国。
1 平和の原点を求めて
1  船出 2
4人だけの平和行進/
6・19の決意/
船はゆりかごである/
さまざまな青春/
団長「ジー」のこと/
三人の若もの//
2 インドシナの孤島 17
サイゴンに入る/
共通の言葉はない/
アメリカ大統領ケネディ殿/
ダンスホールに耳なし/
3 「大東亜」の遺痕 27
/////
4 誰がおかしいのか 40
/////
2 不服従の伝統
1 ガンジス河に入る 46
2 過去と未来のあいだ 57
3 はだしの八月六日 68
4 アジアの農民 73
/////
3 きざまれた傷痕
1 パキスタンでの平和論争 88
2 砂漠の祈り 101
3 いれずみの囚人番号 123
4 紺碧の地中海を行く 138
/////
4 聞け、世界の人々
 1  社会主義・自由・宗教 148
2 ヨーロッパの戦争と平和 159
3 ショパンの遺産 167
4 アウシュビッツの鉄条網 178
アウシュビッツの虐殺/
アウシュビッツに入る/1963年1月17日。
聞け、世界の人々よ/
///////

広島詩歌研究会

広島詩歌研究会

関係資料

同人代表:米田勝
機関誌『影と形』№.3  1962.6(伊木武三編)広島詩歌研究会
20220113173217340
 詩
大西 悟 夜の歌 3
讃岐増行 死腔 4
きよよし のぼる 胃袋と私 5土肥
清 再会 6
病身の異母に
伊木武二  蟻塚の寓話 10
冬村道之介 鎮魂歌Ⅳ<継承> 11
さかもと ひさし 鳥の橋 13
二月の野で
四月の野で
エープリル・フール
正田 篠枝  人生の日暮 14
エセー
未弘 忠節   “匂ひ”雑感 1
さかもと ひさし 世界の靉光・山路商 7
福井 芳郎    パリー日記Ⅲ 8
佐竹信郎     グランド・カンタータ
「人間をかえせ」を聞く 15
表紙・靉光(故) カット・福井芳郎