広島市立似島中学校
『平和への叫び』(19720301)

ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
広島市立似島中学校
『平和への叫び』(19720301)

『原爆展の話を聞いて』(品川区立浜川小学校特殊学級、鵜沼礼子、196709)
所蔵:ピカ研
安田女子高等学校 (資料所蔵:ピカ研分)
| 資料名 | 年月日 | 備考 |
| 文化祭[プログラム] | 19761102-03 | |
| 『文化祭テーマ 白島わがまち』(制作:安田女子高等学校社研部) | 19781102-03 | |
| 「ようこそ 社研部へ」(社会科学研究部) | 19781102-03 |
八王子高等学校(東京、私立)
『原爆の爪跡 青年の訴え』(発行:1年3組、19671208)目次
| 頁 | 見出し | |
| 03 | 前書き | |
| 04 | 原爆投下直前の世界情勢 | |
| 07 | 原爆投下直後の状態 | |
| 09 | 被爆者の現状 | |
| 13 | 広島の顔 | |
| 15 | 原水爆禁止運動の歩み | |
| 21 | 呼びかけ | |
| 23 | 核兵器と世界平和 | |
| 25 | 我々はどうすべきか | |
| 29 | 「原爆の図」周辺 | |
| 33 | 「原爆の図」のデッサン | |
| 35 | 『原爆展』感想・批評集 | |
| 39 | 編集後記 | |
| 40 | 詩 | |
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広島県立広島商業高等学校
資料 (所蔵:ピカ研)
『創立70周年記念文化祭 10月31日、11月1日・2日』(冊子)
『県立広島商業高校 創立70周年記念文化祭 本校被爆実態調査を終了するにあたって、御来場皆様に訴える』(広商原爆実態調査研究会、1970年)

広島県立廿日市高等学校
| 教育研究年報 | ||||
| 号 | 発行年月日 | 資料名 | 内容 | 所蔵 |
| P=ピカ研、U=宇吹 | ||||
| 4 | 19640401 | 鉄樹 | 開校50周年記念号 | PU |
| 4 | 19640401 | 鉄樹別刷 | 森下弘「高校生の原爆に対する意識調査の概要」 | P |
| 5 | 19650203 | 鉄樹別刷 | 森下弘「平和巡礼報告」 | P |
| 6 | 鉄樹別刷 | 森下弘「高校生の原爆に対する意識調査(続)」 | P | |
| 7 | 19650310 | 別刷 | 森下弘ほか「高校生の原爆(被害)等に関する意識および知識の調査(広島・佐世保・福島・札幌)=若い人は何をしたらいいか。=」 | P |
| 8 | 19680301 | 別刷 | 森下弘・末広忠節・堤慶一ほか「教科書の中の原水爆等の記述―高校ではどう扱われているか―」 | P |
| 9 | 19690301 | 別刷 | 森下弘「教科書の中の原水爆等の記述(続)―高校教科書の時代的推移―(付・高校生の原爆意識[映画”ひろしま”])」 | P |
| 14 | 鉄樹別刷 | 昭和47・48年度 原爆・平和教育 資料と実践例 研究部等 | P | |
『YUCCA 第5号』(広島県廿日市高等学校文芸部、19651030) 所蔵:ピカ研
| 頁 | 著者 | タイトル |
| 特集 あれから20年 | ||
| 特別寄稿 | ||
| 06 | 森下弘 | 見つめる-原爆・戦争・文学- |
| ルポルタージュ | ||
| 11 | 少年少女慰霊の集いに参加して | |
| 13 | 祈りの街にて | |
| 15 | 外人と過ごした8月6日(1)友情の家を訪れて | |
| 16 | 外人と過ごした8月6日(2)ことばと平和 | |
| 19 | 文芸部 | 原爆・折鶴の会 |
高校生による原爆資料紹介の会(仮称)活動報告
発行:広大教育学部附属高校
高校生による原爆資料紹介の会(仮称)
印刷:広島刑務所
| 本 | ||
| 高校生による原爆資料紹介の会(仮称)活動報告 | ||
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布野村教育研究協議会
資料
| 本 | 年月日 | 所蔵 |
| 父母と教師の戦争体験 | 1972 | ピカ研、原医研 |
| [内容]原爆、銃後、学童疎開、動員、外地、「戦没者名簿」。 | ||
庄原市社会科同好会
| 刊行物 | ||
| 書名 | 発行年月日 | 所蔵 |
| 郷土史研究シリーズ | ||
| 1集 原爆の記録 | 19720105 | 原医研 |
| 2集 庄原原爆の記録 | 19790101 | 原医研 |
| 3集 学童集団疎開の記録 | 19721228 | 原医研 |
| 4集 庄原 被爆農民の証言 | 19750523 | ピカ研、原医研 |
| 比婆部隊の被爆記録。広島第一陸軍病院庄原分院は多数の被爆軍人を収容。 | ||
平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)
Let’s cry for Peace– Materials for self-activity on Hiroshima
編集:広島県平和教育教材編集委員会(英語部門)
広島県原爆被爆教師の会
発行:広島教育会館出版部 19700701
所蔵:ピカ
『原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校) 資料No.2』(編集 「平和教育」資料編集委員会(仮称) 発行 広島県教職員組合、19681101) 所蔵:ピカ研
広島県原爆被爆教師の会入会のしおり 1972年6月現在
| 所蔵:ピカ研 |
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市岡正憲
| 19190609生19930622没 | いちおか・まさのり | 享年74歳 | 広島県被団協理事長・県原水協理事長。 |
資料
| 19710622 | 『教研速報No.2』 | 広教組広島地区支部教文部 | 所蔵:ピカ研 |
| 学級づくり・集団づくりの学習会-6月26日(土)午後2時より 社会福祉センター(予定) 講師 市岡正憲(三原附属教頭・三原市生研)先生 | |||
| 19890605 | 歌集・炎1-反核非戦の闘いのために | 火幻短歌会 | |
『”ひろしま”-原爆をかんがえる(試案)=そのとり扱いと若干の留意点について=』(広島県原爆被爆教師の会・広島県平和教育教材編集委員会・広島県教職員組合、19690701)
| 所蔵:ピカ研 形態:紙1枚 | ||
| はじめに(1969年7月1日) | ||
| 平和教育教材「ひろしま」について | ||
| 1 | 8月6日8時15分 | |
| 2 | 被爆の苦しみと怒り | |
| 3 | 第2次世界大戦のありさま | |
| 4 | 戦争をすすめた人びとのうごき | |
| 5 | 原爆投下の目的 | |
| 6 | 原子爆弾の破壊力 | |
| 7 | 死の科学 | |
| 8 | 原爆症 | |
| 9 | プレスコード | |
| 10 | ストックホルム・アピール | |
| 11 | 映画「ひろしま」 | |
| 12 | 第五福竜丸と原水爆禁止運動の高まり | |
| 13 | ひろしまの子どもたちのさけび | |
| 14 | いまなお続く被爆者の苦しみ | |
| 15 | 被爆者の苦しみ、その責任はどこに | |
| 16 | 日本人としておもうこと | |
平和教育校内研究会(石田講師)の概要(19701120)
| 資料所蔵:ピカ研 |
| 骨子 |
| 平和教育のあゆみ |
| 現代の世相と平和 |
| 平和教育の位置づけ |
| 平和教育の定義 |
| 学校と家庭 |
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第22次教育研究広島県集会報告書4 第1分科会[1972年]
| 氏名 | 所属 | タイトル |
| 仁田 | 甲山支区 中央小 | 「あるハンノキの話-6年生でのとりくみ」 |
| 砂畠 | 三原地区支部 中之町小学校 | 国語教育を通しての人間形成はどのようにすればよいか |
| 神原 | 三原地区支部 尾道支区 吉和中学校 | 平和教育共通教材のとりくみ「ヒロシマのうた」 |
| 今西祐行 | ヒロシマのうた | |
『文学教材をどうとられどう教えるか―自主教材「ヒロシマのうた」をめぐって』(児玉晴子 国語教育研究サークル・ニ土会 段原中学校)
日教組第21次・日高教第18次教育研究全国集会報告書 34
第5分科会
注:『ヒロシマのうた』=今西祐行の小説。1970年刊。
2020年3月(日録)
| 日 | 事項 |
| 01 | 3・1ビキニデー |
| 02 | ヒロシマ遺文への投稿=「わたしたちの広島市」、「きょうど「ひろしま」」、「なつやすみ(46年度)」、「夏の生活」。 |
| 03 | ヒロシマ遺文への投稿=「現代教育科学」、「イモヅル(広島地区高部協機関誌)8号」、「原爆犠牲者国民学校教師と子どもの碑」、「「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」建立についてのおねがい」、「流灯-ひろしまの子と母と教師の記録」、「『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか」、「2020年3月(日録)」 |
| 04 | ヒロシマ遺文のTOP頁の更新。 |
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「文学教材をどうとられどう教えるか」、「広島県集会報告書4」、「平和教育校内研究会(石田講師)の概要」、「ひろしま-原爆をかんがえる(試案)について」、「市岡正憲」、「広島県原爆被爆教師の会入会のしおり」、「原爆を中心とした平和教育教材(小・中学校)」、「平和を叫ぼう-”ひろしま”についての自主教材として(試案)」、「庄原市社会科同好会」、「布野村教育研究協議会」、「高校生による原爆資料紹介の会(仮称)」、 |
| 05 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立廿日市高等学校」、「広島県立広島商業高等学校」、「八王子高等学校」、「安田女子高等学校」、「原爆展の話を聞いて」、「似島中学校」、「白島小学校」、「東京都葛飾区立上平井中学校」、「平和への教育 広島の初等教育」 |
| 06 | 山口勇子『原爆瓦』読了。 |
| 07 | 山口勇子『原爆瓦』読了。 |
| 07 | ヒロシマ遺文への投稿=「年表:原爆瓦」、「日本印象記-ヒロシマの家」、「大原三八雄」、「山崎与三郎」 |
| 08 | ヒロシマ遺文への投稿=「神田三亀男」、「咲け山ユリの心 山村児童と広島原爆病院の交流」、「広島県被爆教師の会(原爆被爆教職員の会)出版物」、「未来を語りつづけて-原爆体験と平和教育の原点」、「未来を語りつづけて(続)」、「明日に生きる 高校生のための平和読本」 |
| 09 | 広島市公文書館。 |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「沈黙の壁をやぶって」 |
| 10 | ヒロシマ遺文への投稿=「沈黙の壁をやぶって」、「ながさきの平和教育I」、「ながさきの平和教育Ⅲ」、「松永照正」、「ナガサキの原爆読本」、「平和を叫ぼう!」、「ヒロシマからの報告 平和・教育・被爆者問題を考える」、「この子らに語りつぐもの」、「高校生の原水爆・平和等意識調査」、「教科書を国民の手に」、「ヒロシマへの旅-平和学習のしおり」 |
| 11 | 政府主催 東日本大震災9周年追悼式。新型コロナウイルスのため中止。総理大臣官邸で献花式 を挙行。 |
| 11 | ヒロシマ遺文への投稿=「平和教育入門」、「人類の未来への証言」、「ひろしまたたかう婦人教師」、「続・ひろしまたたかう婦人教職員 」、「ヒロシマ その惨禍 未来への証言」、「失った日から-原爆・引揚・教育・戦中の暮し体験記」、「世界の平和・軍縮教育 1982年国際シンポジウム報告書」、「被爆教職員ここまで生きてきて」、「被爆建造物をたずねて」、「被爆二世として生きる」、「原爆を許すまじ 音楽平和教材伴奏集Ⅰ」 |
| 12 | ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止少年少女のつどい」、「第25回原水爆禁止似島少年少女のつどい」、「原爆の子 見よ!戦争の惨苦を!」、「軍縮教育資料集」、「ヒロシマの旅-碑めぐりガイドブック」、「原爆モニュメント物語」、 |
| 13 | ヒロシマ遺文への投稿=「ドキュメンタリー原爆遺跡21世紀への平和と創造」、「空白の学籍簿」、「こだまするうた 第2集」。 |
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「昭和史を学ぶ高校生たち」、「年表:平和教育(~1960)」、「年表:平和教育(1961~1970)年表:平和教育(1971年)~(1979年)」、「年表:平和教育(1998年)」、「広島大学公開講座:放射線が人体に与えた影響」、「書誌2019」、「ヒロシマの声を聞こう」、「占領下の「原爆展」-平和を追い求めた青春」、「にんげん 反戦平和編1」、「高校生平和大使にノーベル賞を」、「誓いの炎ー長野県高等学校「学校平和宣言」」、「修学旅行[2006/10/25(水)~28(土)]」 |
| 15 | ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ散歩 原爆遺跡・戦跡をたずねて」、「ひろしまの原爆の木たち」、「被爆(戦争)体験談児童生徒の平和作文集」、「ひろしまの詩 女声合唱のための組曲」、「青い空は青いままで 平和と子どもたちの未来を」、「ひろしま修学旅行ガイド」、「慟哭の悲劇はなぜ起こったのか」、「書誌1995」、「書誌1992」、「書誌1990」、「アジア太平洋戦争から何を学ぶか」 |
| 16 | ヒロシマ遺文への投稿=『広島県総務部地方課特別調査一件』 |
| 17 | ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1952年」。 |
| 19 | 桜が丘へ。倉庫の呉関係資料の所在確認と女学院関係資料の整理。 |
| 19 | ヒロシマ遺文への投稿=「爆心復元運動とヒロシマの思想」。 |
| 20 | 桜が丘へ。倉庫の女学院関係資料の整理と原医研関係資料の所在確認。 |
| 21 | 桜が丘へ。倉庫の原医研関係資料の一部を自宅に持ち帰り整理。 |
| 22 | 自宅の「広島県史」関係資料の整理。 |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県史研究記事目録(抄)」。 |
| 23 | ヒロシマ遺文への投稿=「核権力ーヒロシマの告発」、「原水爆禁止広島・長崎大会報告決定集(1964年)」 |
| 24 | 自宅書庫の自著関係の整理。 |
| 24 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島市公文書館紀要記事目録(抄)」、「原爆三十年-広島県の戦後史目次」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島新史編修手帖」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「原爆被災資料の収集・整理・保存-広島大学勤務期」 |
| 26 | NHK広島放送局のTwitterでの発信開始。「#ひろしまタイムライン」。 |
| 28 | 毎日新聞に平和式典時の音量制限に関する特集掲載<1月7日に小山美砂(広島支局)の取材)。 |
| 29 | 県立図書館に貸し出し申し込みをしていた『東寺百合文書を読むを』を昭和図書館で受け取る。<31日返却>。 |
| 29 | 昭和のくらし博物館特別展「映画「この世界の片隅に」さらにいくつものすずさんのおうち展」。会期:20191101~20200329.<観覧できず> |
| 30 | ヒロシマ遺文への投稿=「東寺百合文書を読む」、「広島県立音戸高等学校」。 |
『『ヒロシマ原爆の記録』でどう教えるか―ひろしまをすべての子らに―(試案)』
(広島県原爆被爆教師の会、197106) 所蔵:ピカ研
内容
| 章節 | タイトル | 備考 |
| ヒロシマ 原爆の記録 | ||
| 01 | 指導のねらい | |
| 02 | 指導にあたっての留意点 | |
| 指導展開例(中学校) | ||
| あとがき(この指導を機に発展させたいもの) | ||
| 図書の紹介 | ||
| この映画は、1970年7月広島市民の参加と支持のもとに、広島市および地元報道機関の協力により制作された。 | ||
| 企画・監修・広島原爆映画製作委員会 | ||
| 制作:株式会社日本映画新社 | ||
| 共同構成・小笠原基生、松川八州雄 | ||
| 語り手:宇野重吉 | ||
| ドキュメンタリー映画、16ミリ白黒(一部カラー)上映時間29分 | ||
| <ナレーション台本>ヒロシマ原爆の記録 | ||
『流灯-ひろしまの子と母と教師の記録』(原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会事務局 、19711215)
| 頁 | 著者 | タイトル | 備考 |
| 005 | 発刊によせて | ||
| 広島県連合小学校長会会長 広島県公立中学校長会会長 広島市公立中学校長会会長 広島県PTA連合会会長 広島県退職校長会長 広島県退職婦人教職員会会長 | |||
| 石田明 | 広島県原爆日学教師の会会長 | ||
| 宅和純 | 広島県教職員組合執行委員長 | ||
| 楠忠之 | 広島県教職員組合広島地区支部長 | ||
| 018 | 芥川永 | 制作をおえて | 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑制作者 |
| 原爆犠牲国民学校教師と子ども追悼の記 | |||
| 原爆犠牲国民学校子どもへの追悼 | |||
| 原爆犠牲国民学校教師への追悼 | |||
| 追悼によせて | |||
| 増田勉 | 未来を悔いあらしめぬよう | 第一国民学校勤務 | |
| 井上 博 | 原爆思い出すまま | 済美学校勤務 | |
| 寺沢 篤雄 | 原爆に遭いて | 竹屋国民学校勤務 | |
| 田島 三次 | 碑の建立に霊よ安かれ | 第一国民学校勤務 | |
| 小出 鈴子 | あのときのこと | 竹屋国民学校2年生 | |
| 「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」除幕にささげる 構成詩 未来を語りつづけて | |||
| 深川宗俊 | 作と構成 | ||
| 土屋清 | 演出 | ||
| 山本学 | 語りて | ||
| 小さな骨[楽譜] | |||
| 碑歌[楽譜] | |||
| 229 | 原爆犠牲国民学校教師と子ども・犠牲者名簿 | ||
| 265 | 附属関係資料 | ||
| <その1>建設の経過概要 | |||
| <その2>建設募金訴えのビラ | |||
| <その3>維持委員会と遺族会の規程・規約 | |||
| <その4>原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設募金会計中間報告書 | |||
| 深川宗俊 | 「流灯」によせて | ||
| 植野浩 | あとがきにかえて | ||