焼跡からのデモクラシー 草の根の占領期体験(上)・(下)

『焼跡からのデモクラシー 草の根の占領期体験(上)・(下)』(吉見義明、岩波書店、20241115)

内容<作業中

はじめに
1 戦争から戦後へ
2 平和の構想
1 平和主義の成立
2 原爆と平和
原爆の威力への感嘆
科学技術信仰の発生・強化
原子力の「平和利用」
民衆の中の「平和利用」論とその批判
放射能の危険性と被爆者
原爆の甘受と日本の責任
被爆体験から
原爆批判と平和の希求
原爆の国際管理と世界国家論
3 平和意識の獲得
4 戦争責任と天皇制
5 自由と民主主義の再創造 Ⅰ
6 自由と民主主義の再創造 Ⅱ
7 女性の自立と解放をめざして
8 中国・ソ連へのまなざし
9 見えない他者
10 変わらざる意識-あるエリート社員のインドネシア体験
おわりにー草の根の占領期体験の意味
あとがき
岩波現代文庫版あとがき

 

県労被爆連の歩み 12年の運動の軌跡

『県労被爆連の歩み 12年の運動の軌跡』(広島県労働組合原爆被爆者団体連絡協議会編、19870806)

内容

発刊にあたって 梶山俊明 1
発刊によせて 森瀧市郎 3
発刊によせて 藤崎徳雄 5
詩 ヒロシマ というとき 栗原貞子 7
1. 被爆連結成と今日までの活動 8
(1) 結成までの経緯 8
(2) 被爆連のとりくみ 11
◇ 被爆者援護法制定運動 11
◇ 核実験抗議の座りこみ 17
◇ 座りつづけて 19
◇ 東京・三多摩原水禁との交流 21
◇ 平和へのとりくみ 22
(3) 被爆二世協結成と活動 32
2. 被爆者は訴える 37
◇ 消えた面影 室田秀子 37
◇ 原爆雲の下を生きのびて 植野サダコ 40
◇ 突然の閃光 岡田三智夫 48
◇ 8・6そのいまわしい1日 安井健一 53
◇ ヒロシマ 8月6日 島田四郎 55
◇ 戦争は何であったのか 北川哲 61
◇ あの日 私は 橋本俊子 66
◇ 私の見た被爆時 加茂一三 68
◇ 「ピカッドン」を大切に 森信広子 70
◇ 子供達に再び核の脅威を体験させぬ 神崎昭男 72
◇ 被爆体験記(学徒動員時代の回想)新田通善 74
◇ 1945年8月夏 入沢庄平 76
◇ 8月6日-生死の間 増岡清七 79
◇ 後遺症(バセドー氏病)に悩む母と娘 岡村美江子 83
◇ 夢中でさがした雑のう袋 清水池一正 86
◇ 原爆体験を通して 日野一利 89
◇ 原爆の悲惨さを顧み 泉広清 95
◇ 被爆二世の苦悩と不安 朝原健次 97
◇ 被爆二世の訴え 西本守 100
◇ 三たび人類の頭上に原水爆をうけないために 瀬戸高行 102
◇ 竹田氏の死を悔む 大田哲雄 107
3 資料
◇ 被爆連役員体制及び総会 110
◇ 被爆連幹事会 114
◇ 被爆連会則 119
◇ 援護法制定要請書 122
◇ 原爆訴訟 137
◇ ひろしまフラワーフェスティバルに抗議 141
◇ 原爆死没者の慰霊と1分間一斉黙とうの実施の申し入れ 142
◇ 靖国神社への公式参拝に対する請願書 145
◇ 広島の案内 147
◇ 資料紹介-詳しく知りたい人のために 152
4 年表 153
あとがき 193

2025年8月(日録)

2025年8月(日録)

できごと
01 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマを生き抜く 精神史的考察」、「ヒバクシャの心の傷を追って
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「医学的根拠とは何か
03 ()ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマはどう記録されたか
 04
05
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「社説・論説20250806
 07
08
 09
10 ()
11 ()ヒロシマ遺文への投稿=「橋口収」、「21世紀への都市戦略を考える 都市政策フォーラム・in・ひろしま
12
13
13
 14
15
16  新たなヒロシマ遺文用入力機器として<DELL>導入。費用7万円余。
 17 ()ヒロシマ遺文への投稿=「2025年8月(日録)
18  ヒロシマ遺文への投稿=「県労被爆連の歩み 12年の運動の軌跡
19
20  ヒロシマ遺文への投稿=「焼跡からのデモクラシー 草の根の占領期体験(上)・(下)
21  ヒロシマ遺文への投稿=「あなたは戦争で死ねますか
22
23  ヒロシマ遺文への投稿=「中谷クンの面影」、「日本被団協と出会う 私たちは「継承者」になれるか」、「原爆災害 ヒロシマ・ナガサキ
24 ()
25   ヒロシマ遺文への投稿=「長崎 爆心地復元の記録
26   ヒロシマ遺文への投稿=「昭和天皇物語
 27
28   ヒロシマ遺文への投稿=「象徴天皇制への道-米国大使グルーとその周辺
29
30 () ヒロシマ遺文への投稿=「天皇とマスコミ報道
31
 ヒロシマ遺文への投稿=「」、「」、「」、「」、「」、「」、

21世紀への都市戦略を考える 都市政策フォーラム・in・ひろしま

『21世紀への都市戦略を考える 都市政策フォーラム・in・ひろしま NIRA地域政策研究シリーズ 4』(総合研究開発機構 19850601)

内容<広島市・国土庁・NIRA共催シンポジウムレポート(1984年11月29日~30日)>

007 開会挨拶 広島市長 荒木武
011 21世紀ビジョンシンポジウム 
012 基調講演 「21世紀への広島の都市づくりの方向」
法政大学法学部教授 田村明
026 パネル討議 「広島市の21世紀に向けた都市づくりを考える」
コーディネーター
中国新聞社総合企画室長 碓井巧
パネリスト
国土庁長官官房審議官 澤田秀男
法政大学法学部教授 田村明
広島大学経済学部教授 櫟本功
三菱総合研究所都市経営研究室長 平本一雄
ゲスト
広島商工会議所専務理事 鈴川俊夫
広島経済同友会代表幹事 檜山且典
広島青年会議所理事長 上田宗嗣
広島県企画振興部長 竹下彪
広島市企画調整局長 河合護郎
051 瀬戸内海シンポジウム
052 基調講演 「瀬戸内海地域の開発の方向」
東京都立大学名誉教授 磯村英一
062 パネル討議 「21世紀に向けた瀬戸内海地域の活性化を考える」
コーディネーター
東京大学名誉教授 高山英華
パネリスト
香川大学経済学部教授 石津英雄
北九州大学産業社会研究所所長 白石馨
(株)滝沢鉄工所副社長 滝沢輝治
宇部興産(株)相談役(宇部商工会議所会頭) 中安信丸
瀬戸内海汽船(株)社長 仁田一也
広島大学総合科学部数授 舟場正富
愛媛大学名誉教授 和田茂樹
091 都市の国際化シンポジウム 
092 基調講演 「21世紀への都市の国際化の方向づけ」
国土庁計画・調整局長 小谷善四郎
102 パネル討議 「都市の国際化」-コンベンションシティーづくり-
コーディネーター
広島銀行頭取 橋口収
123 パネリスト
大阪大学工学部教授 上田篤
東京大学教養学部教授 木村尚三郎
(株)モルテン社長 民秋史也
ハノーバー・メッセ日本代表部総支配人 ホルガー・ヴィッティヒ
神戸市長 宮崎辰雄
都市政策フォーラム・in・ひろしま総括
124 挨拶 「21世紀に向かっての四つの大きな潮流」
国土政務次官 西田司
128 記念講演 「日本における都市政策の流れと今後の方向」
総合研究開発機構理事長 下河辺淳
140 特別講演 「西ドイツにおける都市づくりと広島の将来展望」
ドイツ連邦共和国大使館経済部長 ハンス・ディーター・シェール
148 「シンポジウムを終えて 広島市長 荒木武

橋口収

橋口収 はしぐち・ おさむ

資料年表:橋口収<作業中

年月日  事項
1921
0908 誕生
1984
06 広島銀行頭取
1988
**** 広島商工会議所会頭。~1999
1997
0716 橋口収著『「近代」の座標軸を求めて― 文明・文化そぞろある記』(金融財政事情研究会)
 2005
 0713  没。享年83歳。

社説・論説20250806

社説・論説20250806

紙名 見出し
北海道新聞 <社説>原爆投下から80年核依存脱却し廃絶の道を
秋田魁新報 社説:原爆投下80年 核廃絶への誓い新たに
福島民報 【戦後80年 原爆の日】節目に核廃絶の道筋を(8月6日)
信濃毎日新聞 〈社説〉広島被爆80年核廃絶へ抑止への依存断て
新潟日報 80回目「原爆の日」 未来の核被害を防がねば
福井新聞 広島・長崎被爆80年核のない世界逆行許すな
京都新聞 社説:80回目の原爆の日 核廃絶の道、日本が開かねば
神戸新聞 <社説>広島原爆の日/核兵器の非人道性伝え続ける
山陽新聞 広島原爆の日 核のタブー訴え続けねば
中国新聞 ヒロシマ80年 誰もが語り継ぐ人になろう 被爆80年 広島原爆の日
愛媛新聞 [社説]原爆の日惨禍から目背ける核回帰を憂う
高知新聞 【原爆犠牲80年】核廃絶への決意を新たに
西日本新聞 【社説】被爆80年核兵器廃絶の決意新たに
佐賀新聞 広島・長崎原爆の日過ち繰り返さない決意を
琉球新報 <社説>広島原爆投下80年 「核抑止力神話」と決別を
沖縄タイムス [社説]広島・長崎 被爆80年 核なき世界 決意新たに
 中日新聞  何かが「おかしいなあ」原爆忌に考える
南日本新聞  [戦後80年=広島原爆の日] 核にすがる被爆国の罪 (8/6)
東京新聞 原爆忌に考える 何かが「おかしいなあ」
朝日新聞  被爆80年と市民社会 「継承」追求し連帯を広げる
毎日新聞  戦後80年 ヒロシマ・ナガサキ 「核のタブー」を守り抜く
読売新聞  原爆忌 惨禍の記憶を語り継ぐ責務
日本経済新聞 被爆80年に誓う核廃絶の固い決意
産経新聞  <主張>犠牲者を心から追悼する 惨禍防ぐには核抑止が必要だ

ヒロシマはどう記録されたか

『ヒロシマはどう記録されたか 上 昭和二十年八月六日 』、『ヒロシマはどう記録されたか 下 昭和二十年八月七日以後』(小河原正己著、朝日新聞出版、20140730)

『ヒロシマはどう記録されたか 上 昭和二十年八月六日 』
目次 はじめに…3
序章 そのとき、ラジオ・新聞は…25
ラジオ放送が止まった/
新聞記事にできない
第一章 それぞれの八月六日朝…39
八月六日付中国新聞朝刊/
その朝のラジオ放送/
大佐古記者の身代わり/
生き運のいい松重カメラマン/
中村記者の汚れたワイシャツ/
間一髪、三人の放送局員
第二章 広島壊滅のとき…85
原爆投下・一〇秒の衝撃/
広島中央放送局壊滅/
中国新聞・もう一つのヒロシマ/
中国新聞社壊滅/
中国新聞社国民義勇隊全滅
第三章 あの日の五枚の写真…131
八月六日午前・二枚の写真/
黒い赤ちゃんと丸坊主/
後ろ姿の少年とセーラー服の少女/
明の行方を知っていますか/
八月六日午後・三枚の写真/
被爆写真・もう一つの記憶
第四章 絵に残されたあの日の記憶…175
市民の手で原爆の絵を/
母と子の原爆の絵/
血みどろの被爆者の列/
まぼろしの声/
母と子の絵、ふたたび/
母の形見・人影の石
第五章 幻の原爆第一報…217
黒い雨/
幻となった原爆第一報/
軍管区発表、記事にできない/
ピカドン第二報、地獄の川を下る
第六章 爆心地の夜…247
八月六日夜・相生橋の一夜/
袋町小学校の朝、比治山の夜/
韓国に渡った原爆孤児/
アメリカに渡った原爆乙女/
生ましめんかな
第七章 原子野の月…277
比治山多聞院の臨時県庁/
宇品・江戸家猫八さんと原爆資料館長/
中国新聞社、代行印刷へ/
呉鎮調査隊、市内に入れず
『ヒロシマはどう記録されたか 下 昭和二十年八月七日以後』
第八章 原子砂漠の朝…11
八月七日・広島が消えた/
爆心半径五百メートル/
被爆地図復元へ/
爆心地復元の元ディレクター/
材木町から中島本町へ/
ヒロシマからの第一声
第九章 子どもたちの被爆…53
三位一体の人形になった子どもたち/
母たちの悲しみ/
元原爆資料館長と元エノラ・ゲイ機長/
動員学徒たちの被爆
第十章 アメリカ兵捕虜の被爆…89
爆心地の被爆米兵/
爆撃機ローンサム・レディー号/
元搭乗員たちの生と死/
トルーマン米大統領の声明/
二発目の原爆・長崎被爆
第十一章 特殊爆弾の正体を解明せよ…127
呉鎮調査団、爆心地へ/
密命・幻の海軍原爆調査団/
陸軍原爆調査団/
わが国の原爆研究/
三発の不発弾(?)/
終戦を決めた原爆調査報告書/
調査団員、それぞれの戦後
第十二章 新聞再開への苦闘…185
在広新聞社の被爆/
一県一紙と代行印刷/
八月九日付中国新聞、そして終戦/
九月三日付、自力発行第一号/
原爆プレス・コードの発令/
台風、ふたたび代行印刷へ/
十一月五日付、本社復帰第一号/
生きている「死せるカメラマン」/
放送局再開、平和祭の開催
第十三章 「廣島特報」から「ビロシマ新聞」へ…253
三十五年目の原爆新聞/
昭和二十年八月七日付け「廣島特報」/
昭和二十年八月八日付け「廣島特報」/
昭和二十年八月七日付け「ヒロシマ新聞」/
いまなぜ「ビロシマ新聞」か
昭和二十年八月十五日付け「沖縄戦新聞」
終章 未来への伝言…295
俳優木村功の遺言/
記者たちの伝言/
科学者たちの予見・核戦争後の地球/
ヒロシマとチェルノブイリ/
ヒロシマからフクシマへ

あとがき この十年の間に…343
解説・竹西寛子…356
引用・参考文献

 

医学的根拠とは何か

『医学的根拠とは何か』(津田敏秀、岩波新書、20131120)

内容

 まえがき
 序  問われる医学的根拠―福島・水俣・PM2.5
 1  医学の三つの根拠―直感派・メカニズム派・数量化派
 1 繰り返される三つ巴の論争
2 現代医学の柱は数量化、対象は人
 2  数量化が人類を病気から救った―疫学の歩み
1 数量化を始めた人々
2 疫学の現代化
3 病気の原因とは何か
 3  データを読めないエリート医師
1 数量化の知識なき専門家
(1)なぜ100ミリシーベルトか―「有意差がない」と「影響がない」との混同
  広島と長崎の被ばく者数
  診断X線の影響
  「有意差がない」≠「影響がない」
  解消されない混同
  福島の直観派とメカニズム派
(2)O157による大規模食中毒事件
2 水俣病事件
3 赤ちゃん突然死への対応を逸した研究班
 4  専門家とは誰か
1 進まない臨床研究
2 日本の医学部の一〇〇年問題
3 診察室でデータを作る時代
 終  医学部の”開国を”

津田敏秀[ツダ・トシヒデ]

ヒバクシャの心の傷を追って

『ヒバクシャの心の傷を追って 岩波現代文庫/社会355』(中沢正夫、岩波書店、20250715)

内容

はじめに
1 ヒロシマへの旅…1
2 見ても見えない-記憶の障害から「心の傷」を探る…9
3 「見捨て体験」とその記憶の再現-自責感の発生…48
コラム 「水、水…」 80
4 見ても感じない-広範に起きた感情麻痺の自己査定…82
コラム 五感と障害 95
5 いまなお続く、引き戻らされ体験…96
コラム PTSD 117
6 「心の被害」もあの日がスタート-さらに加わる心の傷…118
コラム 日本被団協 136
7 被爆二世-体験伝達をめぐる微妙な親子関係…138
コラム 遺伝子の問題 161
8 生き残ったことの意味を求めて-被爆者たちの老い…163
9 改めて心の被害とは…181
10 旅のおわりは、旅のはじまり?…192
おわりに 197
岩波現代文庫版のためのあとがき 207
解説「ヒバクシャの心の傷」をめぐって 栗原淑江 …211
被爆者の「心の被害研究」歴史と解説

 

ヒロシマを生き抜く 精神史的考察

ロバート・J.リフトン『ヒロシマを生き抜く(上・下) 精神史的考察』(岩波現代文庫、20090716)

内容

(上)
岩波現代文庫版への序文-被爆者の英知
はじめに-研究と研究者…1
証言を引用した被爆者の一覧…19
第一章 広島…21
第二章 被爆体験…25
1 予感…26
2 死の洗礼…33
3 閉ざされた心-心理的閉め出し…51
4 生存者意識…58
第三章 見えざる破壊…99
1 「疫病」…100
2 原爆神話…110
3 真空状態…142
4 悩み多き再生…155
第四章 原爆症…177
1 深く傷ついた肉体…178
2 「原爆ノイローゼ」…205
3 呪われた肉体の町…226
4 医師と原爆症…258
第五章 原爆を受けた人…285
1 被爆者であること…286
2 原爆の烙印…298
3 否定と克服…316
4 みせかけの保護(カウンターフィト・ナーチュランス)…336
5 死者との一体化…352
第六章 原爆運動の指導者たち…367
1 英雄的な対応…370
2 信仰治療をする女性…378
3 宗教面の指導者…385
4 科学面の指導者…391
5 倫理面での指導者…398
6 「原爆一号」…405
7 原爆熱狂聖者…419
(下)
第七章 解けやらぬ葛藤-信頼、平和、そして克服…1
1 相争う二つの要素…2
2 原爆記念…34
3 平和の諸次元…72
4 広島と長崎―それぞれに「固有な」原爆以後の行動…103
第八章 アメリカ認識…123
1 被爆と被爆後…124
2 その後のアメリカの代弁者…155
3 モルモット…174
4 出しゃばりなアメリカ人…199
第九章 精神的再形成(フォーミュレーション)・自己と世界…223
1 二つの型-無抵抗と使命感…227
2 否定性、無、及びそれらを越えるもの…262
第十章 生存者…281
1 死の刻印…283
2 死に対する罪意識…301
3 精神的麻痺…326
4 保護(ナーチュランス)と伝染…349
5 精神的再形成(フォーミュレーション)…381
6 生存者の世界…413
訳者あとがき…419
解説 田中利幸…427

事項索引
人名索引

資料年表:麻生太郎

資料年表:麻生太郎

年月日
1940
0920 誕生
2006
1017 麻生太郎外相、衆院安全保障委員会で、日本の核保有論議についてタブー視すべきでないとの考えを示す。 C
2007
0610 麻生太郎『とてつもない日本』(新潮新書、新潮社) U
2008
1105 麻生太郎首相、米大統領選で当選したオバマの核軍縮への強い熱意を示したことについて、「そんな簡単ではない」との冷めた見方をしめす。 C
2009
0413 麻生太郎首相、自民党役員会で米国と連携して核廃絶に取り組む意向を伝える親書をオバマ米大統領に送る意向を明らかにする。 C
 0806  平成21年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式
 あいさつ
 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

六十四年前の今日、原子爆弾が、この地に投下され、幾万の尊い命が一瞬にして奪われ、多くの方々が傷つきました。美しい「水の都」、広島の街も焦土と化しました。
しかし、戦後の歩みの中で、広島は、市民の皆様とともに、立ち上がり、今や「国際平和文化都市」として、大きく発展をしました。今日までの、広島の奇跡的ともいえる復興と発展に、尽力された皆さま方に心から敬意を表します。

日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければなりません。

我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」を宣言し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明しております。

そして本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立っていくことをお誓い申し上げます。

被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療並びに福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。特に、原爆症の認定につきましては、できる限り多くの方々を認定するとの方針で臨んでおります。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、対象を拡大いたしました。
また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳の取得を容易にするため、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるよう、引き続き、取り組んでまいります。

結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして広島市の一層の発展を心よりお祈り申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。

平成二十一年八月六日

内閣総理大臣 麻生太郎

広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ
0809 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ
 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に臨み、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

六十四年前、長崎の方々は、この地に投下された原子爆弾によって、筆舌に尽くしがたい苦しみを経験されました。七万ともいわれる尊い生命が、一瞬にして失われました。一命をとりとめた方も、いやすことのできない傷跡を残すこととなられました。今、日本の平和と繁栄を振り返る時に、尊い犠牲があったことを決して忘れることはできません。

日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければならないと存じます。

我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月、ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明をいたしております。

そして、本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを、改めてお誓い申し上げます。

被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療、福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。今回、原爆症の集団訴訟につきましては、原告の方々がご高齢でもあられること、また長きにわたり訴訟にたずさわってこられたことなどに鑑み、私は、新たな方針を決断しております。極めて異例な対応でありますが、一審で勝訴した原告の方々について、「国は控訴を取り下げることにより、原爆症と認定すること」を柱とする内容で、先日、合意をいたしました。原告団は、これをもって、集団訴訟を終結させることとなり、こうした合意に至ったことは、誠に喜ばしいことと考えております。

また、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、これまでも、できる限り多くの方々を、認定するとの方針で、臨んでまいりました。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方々を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、本年六月にさらに対象を拡大いたしております。今後とも、新たな認定基準に基づき、できる限り迅速な認定に努めてまいりたいと考えております。

また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳を容易に取得できるよう、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるように、引き続き、取組みを進めてまいります。

結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして長崎市の一層の発展を心より祈念申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。

 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に臨み、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今なお、被爆の後遺症に苦しんでおられる方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

六十四年前、長崎の方々は、この地に投下された原子爆弾によって、筆舌に尽くしがたい苦しみを経験されました。七万ともいわれる尊い生命が、一瞬にして失われました。一命をとりとめた方も、いやすことのできない傷跡を残すこととなられました。今、日本の平和と繁栄を振り返る時に、尊い犠牲があったことを決して忘れることはできません。

日本は、被爆の苦しみを知る唯一の被爆国であります。広島、長崎の悲劇を二度と繰り返さないためにも、国際平和の実現に向け、あらん限りの努力を傾けていかなければならないと存じます。

我が国は、これまで十五年間にわたって、国連総会に核廃絶決議を提出してきました。こうした中で、昨今、米露両国は、核兵器の一層の削減を目指して交渉を進めております。G8のサミットでは、先月、ラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明をいたしております。

そして、本日、私は、改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向け、国際社会の先頭に立っていくことを、改めてお誓い申し上げます。

被爆により、苦しんでおられる方々には、これまで保健、医療、福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。今回、原爆症の集団訴訟につきましては、原告の方々がご高齢でもあられること、また長きにわたり訴訟にたずさわってこられたことなどに鑑み、私は、新たな方針を決断しております。極めて異例な対応でありますが、一審で勝訴した原告の方々について、「国は控訴を取り下げることにより、原爆症と認定すること」を柱とする内容で、先日、合意をいたしました。原告団は、これをもって、集団訴訟を終結させることとなり、こうした合意に至ったことは、誠に喜ばしいことと考えております。

また、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、これまでも、できる限り多くの方々を、認定するとの方針で、臨んでまいりました。昨年四月からは、新たな方針に基づいて、約四千人の方々を認定いたしましたが、その後の司法判断を踏まえ、本年六月にさらに対象を拡大いたしております。今後とも、新たな認定基準に基づき、できる限り迅速な認定に努めてまいりたいと考えております。

また、昨年、在外被爆者の方々の被爆者健康手帳を容易に取得できるよう、改正被爆者援護法が施行されております。今後とも、多くの方々を援護できるように、引き続き、取組みを進めてまいります。

結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸、そして長崎市の一層の発展を心より祈念申し上げ、私のあいさつとさせていただきます。

平成二十一年八月九日 内閣総理大臣 麻生太郎

 <作業中

この怒りを―国鉄労働者被爆体験記

『この怒りを―国鉄労働者被爆体験記』(石川俊彦編、国鉄労働組合・国労原爆被爆者対策協議会刊 19710101)

内容

序にかえて 中川新一(国労被爆者対策協議会議長)
発刊に寄せて 望月優子(参議院議員)
 広島
二度とこの悲惨はくりかえさない 中野敏雄(下関保線区) 1
ボロボロの黒焦の水ぶくれの悪魔 佐藤寛(下関保線区) 2
悲しいきのこ雲の思いで 黒本祐敏(下関信号区) 5
原爆死傷者は平和の犠牲者 佐伯悦人(下関建築区) 7
苦しみに耐えて 井上胖(幡生駅) 9
命ある限り戦争廃止の叫びを 田熊秋子(家族会) 11
被爆の爪痕 内田作治(小郡機関区) 13
おそろしい原爆の想い出 弘中員人(徳山車掌区) 17
この苦しみを誰にもさせまい 種田武夫(徳山車掌区) 19
平和を愛することを忘れてはならない 中島伊勢夫(広島工場) 22
戦争は地球上から抹消せよ 川本勝人(広島工場) 25
失った弟と妹 伊藤友三(広島工場) 27
世界中に叫ぶ!戦争はもうしないと 好井博(広島工場) 29
悪夢 英徹(広島工場) 32
また訪れる八月六日、平和のために生きぬきます 津崎シズエ(広島工場) 35
原爆の傷痕は永遠に消えない 田村長治郎(広島工場) 37
被爆者のたたかいはまだ終らない 迫正(広島駅) 40
犠牲を乗りこえて平和を 堀徹(広島駅) 43
人間は万物の霊長ではなかったのか 高原辰夫(広島工事区) 45
あやまちをくりかえさせぬために 石本信康(広島物資部) 48
八月六日の傷は癒えず 大田道子(家族会) 51
ピカドンの残酷さは語りつくせない 坂本八重子(家族会) 54
一ときも忘れぬあの日 伊籐隆三(局コンピュータ課) 56
原爆の悲惨さを顧みて 泉広清(広島地本) 58
いのちのかぎり戦争反対を 片山一(広島地本) 60
三度人類の頭上に原水爆を受けないために 瀬戸高行(広島地本) 62
屈辱の八月 久保美津子(家族会) 66
被爆二世にも被爆手帖の交付を 名越操(広島地本) 71
被爆から二十五年を過ぎて 矢崎坂治(上諏訪駅) 74
心から平和を 高橋岩男(糸崎駅) 77
この世の地獄図絵、被災者救援記 渡辺明(浜松工場)
原爆記念日によせて 斉藤親則(宇和島機関区)
長崎
被爆者診療記 坂本亀良(長崎駅)
拭えないいまわしい記憶 山下哲生(元長崎車電区) 95
被爆一週間後でも 山下チエ子(長崎電気区) 97
九死に得た一生を平和のために 森内初美(長崎客貨車区) 99
苦しんで死んだ母の想い出 岩下治之(長崎客貨車区) 106
あの泣き叫ぶ声が忘れられようか 佐々口千年(長崎機関区) 110
亡き家族への供養、それは平和だ 岩松博泰(長崎保線区) 115
原爆の悲惨に耐えて 松尾澄子(長崎診療所) 120
チンク油を塗った友のケロイドの感覚が 浜崎八郎(長崎駅) 124
父と弟を奪った原爆を呪う 久保信子(長崎機関区) 127
母の霊に誓う 田中強(下関機械区) 135
資料
国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会の歩み 140
被団協による被爆者数 143
別紙(1) 被爆者数について 144
国鉄当局が調査し集約した被爆者数 144
別紙(2) 国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会運動方針 145
別紙(3) 国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会会則
別紙(4) 原爆被害者援護法案(要旨) 152
別紙(5) 国労被爆者実態調査結果
別紙(6) 諸要求と交渉経過について 157
 あとがき 158
編集後記 159

この怒りを6集-碑の叫びに聴け

『この怒りを6集-碑の叫びに聴け』(国鉄労働組合原爆被爆者対策協議会(編・刊)19820833)

内容

序 森影誠 4
この怒りを忘れまい 穐山篤 5
ヒロシマ・ナガサキ 村上義光 6
碑の叫びに聴け 森滝市郎 7
 原爆死歿者過去帖 8 9
追悼のことば
森影誠 10
石井幸孝 10
一ノ瀬正尋 12
栗村実次 13
被爆者遺族の訴え
広島
明賀礼子 15
国本貞子 16
四竈一郎 17
引野為恵 18
松本モト 18
嶋末勝 19
満田義忠 20
津村正啓 20
磯村豊子 21
深町キヨ 22
森三酉 22
田中イソ 23
開原貞子 24
勝野井美代 24
吉田公子 25
赤木静子 26
水野キヨ子 26
長崎
冨永ミサ 27
森廣次 28
北原タエ子 29
中山マス 30
野田きみ 30
岩松博泰 31
山下悟 32
松下直太郎 33
中原ミツ 34
吉野キミ 34
一瀬スヨ 34
望まれる被爆二、三世対策 開彰人 35
今こそ反核への草の根運動を 瀬戸高行 36
慰霊碑建立の思い出 石川俊彦 37
全国の仲間の協力で完成した碑 天野憲次 39
鎮魂歌
堀川泰志 41
岩崎由紀夫 41
福田裕子 42
石原敏一 42
和田攻 42
まつうらまさお43
田中強43
国労被対協運動小史 竹本栄一 44
 慰霊祭(式)十年のあゆみ 宮園静雄 48
 写真 菊池俊吉・佐々木雄一郎
 あとがき 由水勇 54

女性・家庭・社会-広島で学んだこと

『女性・家庭・社会-広島で学んだこと』(山手茂・山手秀子著、東方出版)

まえがき 3
1 生きることと学ぶこと
学ぶことと生きること 10
一生かかって学ぶこと 13
学校での学習と社会での学習 23
読書と人生 26
変動する社会のなかでの婦人の学習 29
社会科学を国民のものに 32
科学的な家庭観をもとう 38
文学と人生と家庭と 40
2 女性・家庭・社会
人間らしく生きること 48
主婦の栄光と悲惨 68
「婦人解放の壁」は何か 82
婦人解放論の前進のために 87
共かせぎの将来 96
女性化論争・家庭論争への批判 103
大熊信行氏の家庭論への批判 114
これからの家庭はどう変わるか 119
これからの家庭と婦人 128
人間らしい生活と文化 134
3 子ども・家庭教育・学校教育
子どもの生活はどう変わっているか 138
子どもを忘れた子どものための文化 147
子どもの非行化に対する親の責任 158
カギッ子ママ 166
共稼ぎ家庭の家庭教育の方向 168
入学試験と親の立場 177
父母と教師との協力 180
家庭科教育の課題 184
高等学校教育はどう変わっているか 190
大学教育と学問の自由 193
「期待される人間像」の検討 198
平和教育と同和教育との共通の課題 205
4 原爆・人間・平和
原爆被爆者と原水爆禁止運動 220
原爆被爆体験と戦争体験の交流を 224
原爆被爆20周年を迎えた被爆者 227
原爆被爆体験を原水爆禁止運動に生かそう 232
原爆被爆者問題と被爆体験の意義 237
戦争と平和 246
拙著『現在日本の家族と家庭』への書評およびそれに対する感想
広島大学助教授・新堀通也氏の批評 250
広島県立保育専門学校主事・野垣義行氏の批評 251
『家庭と教育』誌編集長・切明悟氏の批評 252
小田原女子短大助教授・毛利明子氏の批評 255
大阪市立大学教授・上子武次氏の批評 256
『生産性新聞』HB氏の批評 258
書評に対する感想 259
あとがき 263

 

親鸞からの射程-宗教・平和・国家

『親鸞からの射程-宗教・平和・国家』(樹心の会編、永田文昌堂、19830910)<作業中

内容

著者 タイトル
001 西光義畝 はじめに
002 上田義文 念仏と平和―念仏者の社会的課題
035 日高六郎 現代の日本社会をどうとらえるか
安田講堂事件から京都精華大学へ
「十五年戦争」という表現の意味
「十五年戦争」と「きけわだつみのこえ」の手紙
戦時下の農民の手記と学生の手記
大正生まれの三つの区分
戦後三十七年の学生の思想状況と推移―革新政党から保守政党へ
戦前社会から戦後社会への転換
戦後三十七年の質的変化―時代の開閉
戦後日本社会の質的変化を計るものさし
高度経済成長
国内政治と国際関係
天皇制について
戦前の日本国家の思想的構造
「滅私奉公」から「滅公奉私」へ
現代日本人の「天皇制」意識
1985年体制
軍事費突出の意味
日本の今後の課題
マルクス主義の課題と展望
080 池田行信 念仏者にとって国家とは何か
142 李実根 原爆体験をめぐって今思うこと
183 遊亀教授 真宗学とはなにか―その将来への展望
243 加藤西郷 あとがき

原爆に生きて 原爆被害者の手記

『原爆に生きて 原爆被害者の手記』(原爆手記編纂委員会、三一書房、19530625)

内容

著者 タイトル メモ
序(原爆手記編纂委員会=山代巴・隅田義人・山中敏男・川手健・松野修輔)
1 生きる
短かき夜の流れ星 檜垣干柿 17
生命の河 小原秀治 41
白血病と闘う 恵京吉郎 52
ヌートリアの思い出 石井一郎 63
真如の心 磯川喜幸 78
母子抄 吉川みち子 87
2 歩む
敗戦日記 山下寛治 97
七年の記 日詰忍 112
「無窮」の木 鳥本正治郎 126
四十八願 浮気モト 133
夫はかえらない 多田マキ子 136
友の手紙 山野音代 146
生長の家から 宮田君子 156
行くとこなし 辻本トラ 169
未亡人の願い 山田静代 175
喜生園 大屋ヒデ 180
父情記 内山正一 187
傷害年金受給のこと 温品道義 196
3 叫び
春雪日記 山中敏男 215
平和をわれらに 上松時恵 233
青年の独想 浦本稔 239
甲神部隊の父 横山文江 248
すみれのように 牧かよ子 254
母となりて 池田精子 258
私は生きたい 西山わか子 261
子等とともに 尾形静子 271
半年の足跡 川手健 280

2025年7月(日録)

2025年7月(日録)

できごと
01   ヒロシマ遺文への投稿=「2025年7月(日録)
 02  NHKお好みワイドヒロシマ午後6:10〜午後7:00「原爆に生きて」。原爆で顔に傷を負った2人の女性:匿名の手記<寺前妙子・阿部静子>。
03
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆に生きて 原爆被害者の手記
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16  ヒロシマ遺文への投稿=「親鸞からの射程-宗教・平和・国家
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20
21 海の日)ヒロシマ遺文への投稿=「女性・家庭・社会-広島で学んだこと
22
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26
 27
28
29  ヒロシマ遺文への投稿=「この怒りを6集-碑の叫びに聴け」、「この怒りを―国鉄労働者被爆体験記
30  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:麻生太郎
31
 ヒロシマ遺文への投稿=「」、「」、「」、「」、「」、「」、

オリンピック・スタデイーズ  複数の経験・複数の政治

『オリンピック・スタデイーズ 複数の経験・複数の政治』(清水諭<しみず・さとし>編、せりか書房、20040726)

内容<作業中

はじめに
近代オリンピックを問い直す
1  「ロゴ」の身体―カール・ルイスの登場とビジネスツールとしてのオリンピック
2  グローバル、ポピュラー、インター・ポピュラー―市場、国家、市民社会にまたがるオリンピック・スポーツ
3 オリンピック男爵とアスレティック・ガールズの近代
ナショナルなものの想像力
4  アメリカン・イメージの構築―’32ロサンゼルス大会の前史とアメリカニズムの変容・持続
5  規律化した身体の誘惑―ベルリン・オリンピックと『オリンピア』
6  国家戦略としての二つの東京オリンピック―国家のまなざしとスポーツの組織
プレ/ポスト
7  日の丸とモダン―’64東京大会シンボルマークとポスターをめぐって
8  未来の都市的生活様式―オリンピックの六〇年代東京
9  「東京の魔女」-その女性性と工場の記憶
アウターナショナルな経験
10  故郷/経路、人見絹枝の旅と遭遇―イエテボリ、アムステルダム、プラハ
11  レボルト’68―黒人アスリートたちの闘争とアウターナショナルなスポーツ公共圏
12  ボイコット
清水諭 「危機にあるオリンピック―「あとがき」にかえて」
 オリンピック関連年表

昭和天皇の「極秘指令」

『昭和天皇の「極秘指令」』(平野貞夫著、講談社、20040410)

内容

まえがき 昭和天皇が託された願い1
前尾衆議院議長の遺言
昭和天皇のある「ご意志」16
核防条約に残された謎17
衆議院議長の真の力19
1 昭和天皇と田中角栄
自民党独裁政治の申し子24
社会的弱者の救済を26
権力の階段29
天皇のエリート官僚びいき31
アメリカの虎の尾34
田中首相は天皇が苦手35
外国人の天皇観を逆手に38
天命が田中角栄を見限った理由41
三木政権の功罪43
2 「ロッキード国会」の真相
原稿用紙三二九枚の覚書46
戦後最大のスキャンダルの裏側47
侍従長日記の興味深い記述50
捏造された診断書52
証人喚問が定着しないわけ55
国会決議は冷酒56
誰も予想しなかった「三木首相親書」58
前尾議長の斡旋に託す自民党62
衆議院議長が万能になる条件64
前尾議長に頼り切る三木首相66
社会党左派の誘い68
田中前首相への引退勧告70
「解散は絶対にさせない」72
CIA資金の行き先74
中曽根幹事長の奇妙な動き77
灰色高官公表に関する裏協定79
民社党の極秘工作82
3 衆議院議長の決意
解散阻止への異常なエネルギー86
外国からの資金提供と幹事長88
議長への「天の救い」91
鬼の形相92
憲政史上初の会談93
「宮本武蔵の心境か」96
議会政治史百年で初のケース98
テレビに出たいがために99
衆参両院議長の覚書の中身102
息を呑む書記長105
党首会談の早期開催への執念107
「なんとか今夜中に五党首会談を」109
一番長い日112
共産党・宮本委員長の仕切り114
鬼気迫る議長の執念116
核防条約にこだわる議長117
社会党・親中国派の反対120
戦後政治史の謎121
わずか一日の質疑125
その後のロッキード事件127
4 放置された核防条約
国会承認までに要した六年134
核防条約の真の狙い135
二つの意義136
不戦を誓った側面138
統一されなかった国論139
インドの核実験で昭和天皇は142
反対派の巧妙な抵抗144
自民党タカ派がつけた条件146
議長として最後の仕事149
前尾議長の奏上が長い理由151
各国元首の天皇への質問153
前尾議長が知った天皇のご心痛158
田中前首相逮捕の代償で160
奏上文に込めた遺志162
5 昭和天皇がもっとも信頼した政治家
内奏の部屋とは166
天皇がされた居睡りのあとで167
芸者遊びをお耳に入れた天皇は171
天皇のお気持ちを高松宮が173
死ぬまで国会議員をやる176
占領軍に抵抗して左遷178
衆議院議長が混乱を収拾する力180
防衛問題に対する昭和天皇のご発言182
6 昭和天皇と原子爆弾
最高の軍事機密「ニ号研究」188
海軍の原爆開発「F研究」191
天皇に叱責された東条英機194
原爆開発を裏づける議会証言197
足摺岬まで伝わっていた原爆開発200
東京大空襲のあと反対をしりぞけて視察203
戦争終結への一念206
八月二日までに「ポツダム宣言」を受諾していれば210
広島の真の惨状213
一時間ごとに状況をたずねられた天皇216
戦争終結への毅然たるお言葉218
小倉なら広島以上の犠牲222
トルーマン大統領のコンプレックス224
仁科博士が空から見た広島226
「私のことはどうなってもかまわない」227
「これでは国体は護持できない」230
軍部を説得された天皇232
涙を流される天皇235
日本が降伏した本当の理由236
「聖断」までの軍部との緊張241
広島で政治へのご不満を243
皇太子への手紙に示された真の姿246
7 天皇と憲法
天皇の政治的発言は禁じられているか250
奏上のたびに高まったお気持ち254
日本のためを考える人間同士として258
核問題についての昭和天皇の真意260
昭和天皇の深い苦しみ262
象徴天皇の「霊性」と憲法264
あとがき―昭和という時代の教訓268
年表272

「靖国」と日本の戦争

『「靖国」と日本の戦争』(岩井忠熊・著、新日本出版社、20080815)

内容

幕末・維新の動乱と靖国神社の成立
靖国問題
招魂社の成立と明治維新
大義名分の逆転
尊攘激派と会津藩の対照
祀られた殉難者と祀られなかった人たち
靖国合祀の政治的性格
明治国家の対外政策
明治維新と国威宣揚の宸翰
海外侵略論の萌芽
「征韓」の浮上
政府の分裂
 台湾出兵
朝鮮江華島事件
士族反乱と民選議院
壬午事件
軍備の確立と「靖国」
 甲申事件
 日清戦争
対露報復と義和団事件
 日露戦争
韓国併合と義兵闘争
第一次世界大戦と大正デモクラシー
植民帝国の大陸政策
陸海軍と「国防方針」
明治憲法体制と軍国主義教育
「明治立憲制」
明治時代の人は立派だったか
 大正デモクラシー
国体明徴論
普通選挙と治安維持法
政党内閣時代
アジア太平洋戦争
<前史>張作霖爆殺事件
柳条湖事件
日中全面戦争への展開
総力戦の矛盾
斉藤隆夫演説
三国同盟と欧州大戦
独「電撃作戦」への反応
南進か北進か
対ソ戦か対英米戦か
対ソ戦と対英戦
対米戦を許さず
中国駐兵権と「英霊」
 「ハル・ノート」
「大東亜戦争」の名称の虚偽
「自存自衛」の意味
海外出兵と軍国主義
海外侵略と軍事費
靖国神社公式参拝
「英霊」とは
戦死・戦病死の実態
戦場での死者-「戦場掃除」
犬死の証言
仏式葬と神式葬の衝突
靖国神社と天皇
昭和天皇不親拝とA級戦犯合祀
おわりに―戦没者の追悼はいかにあるべきか
戦争の悲惨・捕虜
戦争を美化する博物館
参考文献
あとがき