「04 できごと」カテゴリーアーカイブ

秘録大東亜戦史 原爆国内篇

『秘録大東亜戦史 原爆国内篇』(田村吉雄編、富士書苑、19531110)

内容

見出し 著者 メモ
口絵
昭和20年8月6日 原子爆弾、広島に爆発の一瞬  広島原子雲
B29の翼の下に 長崎原子雲
悪夢を綴って 平和に祈る子(長崎)
009 北辺の悲劇 森川勇作 北海道新聞社社会部次長
028 霧の中の死闘 山口武光 北海道新聞社旭川支社
044 敗戦への道 三沢重美 北海道新聞社遠軽支局長
050 北海道戦争末期図絵 森川勇作 北海道新聞社社会部次長
079 予告された空襲 本多徳治 ラジオ青森編成局長
085 猛火に崩れた仙台 佐藤英敏 河北新報社社会部
095 ああ、この惨禍 高橋清一 栃木新聞社編集局次長
098 記者ざんげ 河合栄 朝日新聞社弘前支局
103 女子挺身隊 五十嵐清江 朝日新聞社企画部
108 東京の表情 野村正男 朝日新聞社社会部
122 松代大本営異聞 河合栄 朝日新聞社弘前支局
126 山本元帥の墓碑 成沢猛 新潟日報長岡支局編集局長
131 金鯱炎上 中越富雄 中部日本新聞社社会部次長
142 雨の面会日 宍倉恒孝 朝日新聞社社会部次長
149 古都洛陽の紙爆弾 後藤明 京都新聞社編集局次長
155 焼都大阪 金子喜三 朝日新聞社調査研究室
168 岡山戦災記 谷竜太郎 山陽新聞社顧問
172 殉難の乙女二十二柱 石田晃 愛媛新聞社報道部
183 呪われし空襲 鶴田敬一 西日本新聞社文化部次長
195 壊滅した鹿児島市 川越政則 南日本新聞社論説委員
204 槍奇譚 鈴木正七 日本新聞協会事業課
215 赤い砲火を浴びて 藤井康吉 北海道新聞社連絡部長
226 鉄扉をくぐる 星野竜猪 元樺太新聞社編集局次長
242 第三十二軍壊滅す 富田祐行 日本文化放送協会製作部長
272 曼珠沙華ー原子雲の下の広島 中村敏 共同通信社整理部次長
空襲解除/紅蓮の焔/竜巻―黒い雨/(絵)自転車に無電気をくくりつけ広島へ/火傷者の群/合掌…/猛火のそと/可部街道/ピカッドン/(絵)原爆第一報を送るべく電話機をつかんだ/第一報、十七万/虫も鳴かない/信じられない第一報/算を乱す老兵/運命の酒/(絵)にぎり飯を口にした皆の頬に涙が流れた/体験者たち/屍の川/(絵)猛火に追われて川べりに集まる半裸の人々/白骨の父母/すすり泣き/(絵)変り果てた父のまわりを赤ん坊は無心に這い/一本の注射液/友の屍を焼く/大本営発表/収容所/悪魔の正体/(写真)石垣だけ残った広島城/裸の参謀長/(絵)全身繃帯した参謀長はテントの中で敗戦を/横穴陣地/(写真)形のみ残った産業奨励館/応援/合宿/(絵)明治時代そのままの新聞社が出現した/第二弾/トルーマン放送/政府の抗議/ソ連の参戦/真っ赤な太陽/平和の詔勅/建設そして絶望/神は許さない/
311 歴史の終焉―八月六日の悲劇 大下春男 中国新聞社調査部長
時に八時十五分/地獄図絵さながら/(絵)客車の中は重傷者でいっぱいだった/火の海を行く/燃える木材、飛び散る米/累々たる死屍/(図)広島市被害図―7万の家屋と26万の人命を一瞬に失い16万の傷者を出した広島市の被害区域/街を呑む紅蓮の焔/無電で代替紙の依頼/(絵)倒れた家から火がふき助けを求める声がする/必死に消火に努む/口伝隊の編成/青い火柱のたつ街/肉親者、地獄の生別/無謀な避難阻止/七十年死滅説/責任を回避する米人/人間モルモット/原爆投下状況/(写真)今なお残る階段の跡/いたまし、戦争の惨禍/
327 原子雲の下(長崎原爆) 熊倉一夫 読売新聞社神戸支局長
//(絵)//ピカドンの名付け親/(絵)///(写真)猛火におびえる市民《松重美人撮影・御幸橋写真》//////////////////////
340 私は生きていた(長崎) 田崎八重子
   勤労挺身の乙女///////////

 

グラフひろしま

『グラフひろしま』(広島市役所秘書室広報課)

目次(抄)

NO. 発行年月日 記事
01 19731001
56  19930331 ひろしま昭和ヘソ時代 みんなが残した路地裏グラフィティ<1952~1962>
61 19951201 変わらない約束 被爆50周年記念号
今後、すべての色の花が、おだやかな風に吹かれますように。~ダグラス・グラハム~ 1
天地いっぱい、緑のゆりかご 2
未来の記憶の中へ 4
忘れかけの街で 6
風化しないように、子どもたちヘヒロシマを託す 7
風景の途上にて 8
故郷のうたを聴きながら 10
八月六日午前四時。いとおしい夜明け 12
Hiroshima:8:15a.m.August6,1995 平和宣言(全文) 14
Midnight-8:00p.m.August6,1995 回復する時間 16
遠い先のまだまだ先へ。8:00p.m.August6,1995 18
まなざしがくれたもの。●8.6ヒロシマ発のメッセージ● 20
あしたの夢を掘る。 22
百万人の大ピース。1995.8.2ピース・ワールド・イン広島’95 24
ボクら平和と隣組。1995.8.1~2こども平和のつどい 26
21世紀と話をしよう。 28
広島市被爆50周年記念事業 30
変わらない約束「ヒロシマ」 32
63 199610 ボランティア特集
64 199612 特集・ひろしま国体 おりづる大会ひろしま
71 19991001

原爆第1号―ヒロシマの写真記録

『原爆第1號 ヒロシマの写眞記録』(梅野彪・田島賢裕編 、朝日出版社(発売:洛陽書院)、19520814 )

目次

第Ⅰ部 写真の部
005 原子雲
008 死の街
041 原爆第1号投下されたり
044 原爆直後・市民の表情
065 罹災患者
第Ⅱ部 解説の部
073 原爆1号投下されたり!
姿なきB29の侵入
原爆炸裂の一瞬!
原爆の威力
焦熱地獄“死の街”
涙で綴る体験記
 電車の中に乗客の遺骸ズラリ
 郊外一里で軒並み全滅
 惨!累々たる死骸
 八月六日の朝 松重美人(キャメラマン)
軍都広島と終戦
被害と罹災救助
095 残された原子爆弾の恐怖
いわゆる原爆症
火傷ケロイドについて
原爆の妊婦に与える影響
その後の爆弾症は?
原爆症と遺伝について
105 原子爆弾の威力を解く
原爆の科学的性能
 人体及び動植物に与える影響
 距離的にみた被害状況
 爆風の威力は想像以上
 熱効果と副射線の作用
 直射をうけると水腫れになる
ウラニウム爆弾とは?
 <中略>
121 ピカドン・エピソード集
”ピカドン”の由来
<以下未入力>
137 原爆の研究から使用決定まで
原爆研究の過程
大沙漠地帯で初の実験
ポツダム会談で使用決定
トルーマン大統領の声明
144 あとがき
梅野彪 <以下未入力>
田島賢裕 <以下未入力>

 

 

HIROSHIMA

『HIROSHIMA』(発行所:Hiroshima Publishing Company<観音町613>、1949)

内容

Hiroshima’s role in Japan Paintings Hatsusaburo Yoshida
Hiroshima its former Military role Paintings Hatsusaburo Yoshida
Emplosion of the atomic bomb Paintings Hatsusaburo Yoshida
Hiroshima  that evening Paintings Hatsusaburo Yoshida
Love in the Ruins Tomikazu Matsui
Effects of the atomic bomb
1.Scientific phenomena of the  atomic bomb T.Fujiwara, D.SC.  Professor of Hiroshima University
1 国泰寺大樹
2
3 元安橋
4 御幸橋
5 萬代橋
6 ガスタンクに遺された影
7 墓石
8 国泰寺石塔
2.Medical aspects of the atomic bomb K.Takeuchi,M.D. Former;Director Hiroshima red cross hospital
Atomic Bomb Casualty Comission Medical Research  Program <未完>
 American contributions to the people of Hiroshima
 Hitoshima today
 History of Hiroshima
 Looking at old  Hiroshima
 Present impressions and future outlook
 Hiroshima speaks
 Visitors to Hiroshima
 Commanding officers of the Hiroshima M.G. team and city planning advisor
 Map of urban Hiroshima
 Table of contents
Paintings  Hatsusaburo Yoshida
 Hiroshima  Masanori Nagao
 Love in the Ruins  Tomikazu Matsui
 Photographic Section  Etsuji Kato
 Hiroshima Speaks
 Four Outstandings News
Map of Hiroshima   Fujito Haitani

生きているヒロシマ

『生きているヒロシマ』(中島健蔵<著者代表>、田中嗣三<発行者>発行所<広島県観光協会>、19490510)

目次

タイトル
005 まえがき 生きているヒロシマ 中島健蔵
009 戦前ヒロシマの珍らしい航空写真
010 ヒロシマ小史 山室太柁雄
011 140年前のヒロシマ絵図と広島城
013 地上から撮ったヒロシマの原子雲
014 原子沙漠(爆撃当時の爆心地附近)
016 被害区域地図と破壊状況各種
018 繁華街の跡
019 破壊状況を示す4枚の写真
020 元の産業奨励館と爆破後の同館
020 元の相生橋と破壊された同橋
021 以前の泉邸と焼かれた泉邸
022 爆心地から同距離に於ける破壊状況を示す3枚の写真
023 爆心地から異った距離に於ける3ッの破壊物
024 段原町附近の民家の屋根
025 ヒロシマ病院で手当てを受け荷車で帰る負傷婦人
026 植物も例外ではなかった!(松、竹、橙、ヒヒラギ等の火傷)
028 活躍した科学陣
028 軍国日本の最後(無残に吹き飛ばされた兵器廠・大本営・城)
030 3年目のヒロシマはどうなっていたか?(城跡、蓮池、孤児たち、平和の樹、建築、繁華街、街頭所見、店舗その他)
042 3年後の同じ場所を比較対照する
044 中国新聞屋上から鳥瞰したヒロシマ市街の新旧対照写真
046 ヒロシマを訪ねた天皇
047 平和祭
048 その後の子供の世界
049 本川小学校の生徒たち
050 無心に遊ぶ子供
051 たそがれの孤独な幼児
052 五日市孤児収容所の生活
 053 僧侶になった5人の孤児
054 爆心地附近のその後
056 復活した二つの教会
058 ハーシーの「ヒロシマ」の中に出てくる6人の登場人物訪問記録
060 珍らしい原爆被害の現象9種
062 われわれが訪問した6人の犠牲者とその話
064 赤十字病院のその後
064 被害を受けた看護婦さん
064 有名な第1号患者
065 施療状況
065 壁に突きささった窓硝子の破片
066 ヒロシマの民主化
071 ヒロシマは本当に復興したのか?
072 みじめな住宅 72
073 舟の住居
073 川縁の壕舎
073 大本営跡のアベック
074 たちあがるヒロシマの青春男女
074 英文学習
074 広島聖心女学院
 077 海浜の娘たち
078 平和都市ヒロシマは日本でも最良の観光地帯である!
078 海に浮ぶ厳島神社
080  日本最古の踊り
082 厳島の奇妙な行事
085 観光列車
087 三段峡の奇景と典型的な日本農家
089 茶ノ湯に招かれた占領軍家族
090 ヒロシマ農村風物誌
 092 七塚村の大牧場
 093 吉田口の梨畑
094  三次町の鵜飼
095  帝釈峡の風景
 096 帝釈峡の鍾乳洞と美しい石灰岸壁
 096  怪物さんしょう魚
 097 川底の奇現象
097  道後山スキー場
098  福山駅と福山城
 098 優良酒の産地と醸造実況
100  以前の要塞地帯を探る
100  呉軍港はどうなっているか?
105  江田島の現在
106 瀬戸内海風景
 110 倉橋島の魚猟
 114  日本軍隊防備の跡
 115 怒り島
 115  緬羊
 116  大崎島の蜜柑畑
 117  軍艦伊勢の末路
 118  新造船平和丸
 120  尾道から瀬戸内海を望む
 122 生口島の寺院と宝物
124  捕鯨船の建造(因ノ島)
 125  塩田
 126  鞆港風景
 127  家なき吉和村の人々
128  尾道港の夕景
「Living Hiroshima : scenes of A-bomb explosion with 378 photographs including scenery of Inland Sea」

原爆と写真

『原爆と写真』(徳山喜雄、御茶の水書房、20050715)

目次

はじめに
キノコ雲と空爆写真
生身の一人一人への視線
忘却と想起の間で
土門拳
「魔性の爪跡」を記録/叫び、怒りながら撮影/かなぐり捨てた中立性
東松照明
「白いうなじ」と疎外感/被爆者は核時代のキリスト
大石芳野
「かれらのいま」に対時/半世紀の風貌を撮る
江成常夫
見えなくなったものの視覚化/遠かったヒロシマヘの道
キノコ雲の下で起こったこと
松重美人
原爆禍を伝える最初の一枚/なんと惨たらしい光景か/加害と被害
山端庸介
被爆翌日の長崎に入る/廃嘘をさまよう少年/冷徹に任務を遂行/重慶爆撃にも従軍/被爆者と人間天皇を撮って
松本栄一 アサヒグラフで初公開
林重男 「道楽」をせずに、忠実に記録
原爆棄民を追う
伊藤孝司
なぜ韓国・朝鮮人の被爆者が多いのか/身の丈の目線で淡々と/被響が警認める不条理
山本将文
「恨」を象徴する一枚/スナップショットを超えるために
鈴木賢士
「韓国のヒロシマ」という意味/被爆した屍まで差別された/「定年カメラマン」と称して
核の風下の人々
豊崎博光
おしゃべりするマグロ/水爆実験で流浪の民にされた人たち
徳山喜雄
冷戦崩壊後の危険な「核」の行方/核弾頭を搭載したミサイルを眼前にして
森住卓
「残虐な写真」を撮る勇気と確信/日本の被爆者と向き合えなかった
広河隆一
原発事故で消えた村を記録/自ら救援組織を立ち上げる
おわりに
参考文献
写真家紹介

原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって

『原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって』(鈴木雅文、窓社、20050620)

目次

原爆=写真論
初発「原爆写真」の位相 山田精三と山端庸介
まなざしをめぐる〈神話〉8
基点としての一枚の写真 10
見ること/知ることを困難とした無告の光景 13
『黒い雨』の欠陥をめぐって 16
〈ことば〉への像の叛乱 19
撮影者を反照する「記録」 22
原爆写真には二つの「語りえぬもの」が溶融している 26
始まりのない終わりの始まり 30
原爆写真の現場性 32
戦後「原爆写真」の円環 土門拳と東松照明
「擬死」からの覚醒 37
ジェノサイド以降の〈野蛮〉 39
歓待された写真集、『ヒロシマ』 41
賞賛と翼賛の関係 44
なんという「非転向」だろう! 46
『ヒロシマ』から十年を経た原爆写真の「現在」 49
問われるべき「息苦しさ」の意味 52
落涙の理由とその帰結 54
自縛する反物語 58
『ヒロシマ』から『〈11時02分〉NAGASAKI』へ 62
現代「原爆写真」の展開 石黒健治と土田ヒロミ
薄れゆく「記憶」 66
見えがたいままに見届けようとする試み 68
非物語へ架橋する『広島HIROSHIMA NOW』 70
像と〈ことば〉の臨界 73
表現者から報告者へ 76
「見えないヒロシマ」の方ヘ 79
「引用」という想像力 81
方法を挑発する『ヒロシマ・コレクション』 84
「私写真」から遠く放たれて 88
来たるべき〈野蛮〉のために 90
リーフェンシュタール覚書
彷徨する眼球 開高健「闇、三部作」考
識閾の木霊〈ことば〉と〈まなざし〉の病理
写真をめぐる、欄外的独言

 

トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録

『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録』(ジョー・オダネル写真 ジェニファー・オルドリッチ聞き書き 平岡豊子訳 、小学館、19950610)

目次

見出し 備考
010 戦争は終わった!そして日本へ。
014 「君の任務は上陸の模様をカメラにおさめることだ」 1945年9月
016 水平線に蟻のような黒い点々が現れ始めた。 佐世保
018 あたりの空気はこげ臭く、空は淡い灰色にもやっていた。
024  その晩、招待を受けて市長宅を訪れた。
028 おもしろそうなものを見つけてはシャッターを切った。
030 「墜落した飛行士も気の毒な死者のひとりですよ」 八幡地区
036 福岡に海兵隊の新しい司令部ができることになった。 福岡
044  奇妙な老人の言葉を忘れずに。
064 なんとか現像してみよう。
065 雨の夜の惨事。 佐世保
066 海岸線はまだかなりの数の砲台が。 広島
068 死の町広島を歩く。 広島
072 ジープを捨てボーイにまたがる。 長崎
075 長崎の爆心地に立つ。
085 瓦礫の中に人骨が。
086 仮設病院の祈り。
090 彼らはリンゴの芯まで食べつくした。
092 子供たちの幸せな日。
096 少年ヘ気を付けの姿勢で、じっと前をみつづけた。
104 廃虚と化したカテドラル。
106 帰国命令。 福岡。1946年3月
109 あとがき

 

 

広島、1945 生きていた広島

『広島、1945 生きていた広島』(南々社編集部編著、南々社、20120806)

目次

No. 内容(写真解説など)
01 まえがき―生きていた広島
04 8・6以前の広島(大正中期~昭和20年)
06 商都として
中島地区(現平和記念公園)
本通
紙屋町・八丁堀・新天地
市内点描
学都として
軍都として
銃後の支え
学徒動
8・6以後の広島(昭和20年8月6日~12月末)
被爆の実相
一瞬で死の街に
救援・救護・捜索
弔う
復旧・復興への兆し
日常の回復
被爆調査
写真撮影者・所蔵先・提供先