原爆被災者数(1950年)と被爆者数の推移<都道府県別>

原爆被災者数(1950年)と被爆者数の推移<都道府県別>

*1950年国勢調査の付帯調査としてABCCが実施した原爆被災生存者調査の結果判明した数。**各年度末の被爆者健康手帳所持者数

1950広島* 1950長崎* 1950両市計* 1975年度** 1995年度** 2017年度**
北海道 581 105 686 592 638 292
青森県 103 15 118 85 113 50
岩手県 145 24 169 110 116 27
宮城県 256 27 283 234 273 130
秋田県 131 18 149 48 74 19
山形県 163 12 175 104 101 18
福島県 264 25 289 147 161 62
茨城県 360 29 389 369 600 344
栃木県 247 31 278 273 351 176
群馬県 242 17 259 215 268 118
埼玉県 372 54 426 1499 2607 1728
千葉県 611 67 678 2174 3722 2213
東京都 2936 766 3702 9158 9791 5203
神奈川県 925 215 1140 4459 6166 3886
新潟県 262 29 291 193 225 92
富山県 97 26 123 132 137 52
石川県 170 32 202 186 189 82
福井県 190 31 221 178 165 57
山梨県 152 11 163 107 130 72
長野県 264 30 294 196 227 106
岐阜県 331 39 370 543 722 338
静岡県 438 65 503 786 1062 534
愛知県 940 120 1060 2862 3610 1957
三重県 431 40 471 619 796 336
滋賀県 360 72 432 317 536 311
京都府 821 143 964 1422 1707 927
大阪府 2362 634 2996 9184 10795 5083
兵庫県 2025 475 2500 5045 6033 3204
奈良県 240 60 300 542 985 553
和歌山県 386 53 439 467 509 207
鳥取県 586 19 605 622 779 255
島根県 1667 67 1734 2119 2626 918
岡山県 1840 88 1928 3289 3385 1417
広島県 125167 318 125485 179761 147695 19836
山口県 4245 331 4576 7008 6387 2602
徳島県 377 123 500 426 520 139
香川県 702 113 815 812 796 298
愛媛県 1410 209 1619 1842 1664 666
高知県 442 127 569 333 395 141
福岡県 1854 2530 4384 8597 10527 5892
佐賀県 304 1685 1989 2157 2190 943
長崎県 1031 111287 112318 109650 86913 11385
熊本県 498 1843 2341 2286 2372 999
大分県 667 870 1537 1028 1236 547
宮崎県 427 692 1119 732 1024 398
鹿児島県 575 1334 1909 1013 1749 652
沖縄県 0 0 0 340 353 146
広島市 0 0 0 114542 96929 50384
長崎市 0 0 0 82705 59850 29064
全国 158597 124901 283498 364261 323420 154859
1950広島* 1950長崎* 1950両市計* 1975年度** 1995年度** 2017年度**

 

日本原爆論大系 (全7巻)

日本原爆論大系 全7巻(日本図書センター、1999.06.25刊)

巻 タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
2 被爆者の戦後史
3 原爆被害は国境を越える
4 核兵器禁止への道Ⅰ
5 核兵器禁止への道Ⅱ
6 核兵器禁止への道Ⅲ
7 歴史認識としての原爆
巻 章 著者 タイトル
1 なぜ日本に投下されたか
1  原爆投下はどう受け止められたか
仁科芳雄 原子爆弾
長田新 「原爆の子」序
塩月正雄・岡本彰祐・山本杉・草野信男・浦松佐美太郎 世界に訴へる日本原爆医学
2  なぜ日本に投下されたか
長田新 原子爆弾はなぜ投下されたか
荒井信一 「原爆投下への道」〈抄〉
3  原爆はどう報道されたか
松浦総三 原爆、空爆報道への統制
堀場清子 「禁じられた原爆体験」〈抄〉
2 被爆者の戦後史
1  原爆は人間に何をもたらしたか
川手健 半年の足跡
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
ロバート・J・リフトン 生存者
石田忠 反原爆の〈立場〉
2  被爆者は戦後をどう生きたか
伊東壯 厚生省被爆者調査に欠落したもの
伊東壯 原爆被害者の現状と“否定”意識
石田忠 反原爆の〈立場〉
3 「きのこ会」を見つめ続けて
山代巴 わたしの報告
大牟田稔 「八月の沈黙」
大牟田稔 「原爆の刻印」背に半世紀
4  ヒロシマ・ナガサキからの訴え
 鎌田定夫  ナガサキ・七〇年代の記録と証言運動
松元寛 ヒロシマとナガサキ-その意味を考える視角
3   原爆被害は国境を越える
1 原爆被害の裏側
 金井利博 核権力と自由
2  南米・北米のヒバクシャ
藤原茂 ボンバ・アトミカ-南米に生きる被爆者たち
3  もう一つのヒロシマ・ナガサキ
李実根 被爆朝鮮人問題と「朝被協」
4  在韓被爆者は訴える
平岡敬 国家と被爆者
原爆被爆者対策基本問題懇談会 原爆被爆者対策の基本理念及び基本的在り方について
5  強制連行された中国人被爆者
6  被爆者補償
 田村和之  在外被爆者への被爆者法の適用
4   核兵器禁止への道Ⅰ
1  占領下の核兵器禁止運動
今堀誠二 朝鮮戦争に抗して〈抄〉
2  ビキニ被災事件の衝撃
3  原水爆禁止運動の高揚と分裂
自由民主党広島県議会議員会 原水爆禁止世界大会の正常会を望む
黒田秀俊 原水協にまつわる黒い影
今堀誠二 国民運動の崩壊と再生への四つの芽
4  運動の統一と運動のあり方をめぐる論争
金子満広 原水禁運動-よみがえった原点
松江澄 民主主義の徹底をとおして新しい社へ〈抄〉
高橋昭博 原水禁運動の「統一」について
5 NGO被爆問題シンポジウム
5   核兵器禁止への道Ⅱ
1  国連軍縮特別総会に向けて
2  文学者の反核声明をめぐって
3  核絶対否定か核兵器絶対否定か
森滝市郎 被爆三十一周年原水爆禁止世界大会国際会議主催者代表演説
三宅泰雄、安斎育郎、本谷勲 三科学者、大いに語る
4  原水爆禁止運動は再分裂へ
5  核抑止か核兵器廃絶か
6  核不拡散条約をめぐって
7  核の傘・非核三原則をめぐって
6   核兵器禁止への道Ⅲ
1  沖縄の核
2  非核自治体運動とは何か
西田勝 日本における非核自治体運動の現状と今後の課題
西田勝 非核自治体は世界を変える
自由民主党 非核都市宣言について
今堀誠二 世界平和連帯都市市長会議の意義と課題
鎌田定夫 核廃絶へ都市と市民の連帯を
林茂夫 非核都市宣言の理念と目的
3  戦略防衛構想をめぐって
安斎育郎 SDIで核廃絶は可能か
4  中距離核戦力をめぐって
5  日本政府の核政策をめぐって
6  核不拡散条約の延長問題
7  包括的核実験禁止条約をめぐって
8  核使用は国際法違反か
平岡敬 国際司法裁判所における広島市長の陳述
9 東西冷戦終結後の課題
土山秀夫 被爆地から核兵器廃絶への道を問う
庄野直美 北東アジア非核化条約を実現せよ
10 印パ両国の核実験をどうみるか
11 核時代の文化と芸術
芝田進午 核時代の文化的展望II-世界の地理的-文化ビジョン
芝田進午 核時代の文化的展望III-大国中心主義をこえて
芝田進午 核時代の芸術的展望-“反核芸術”-“反核芸術”論序説
7 歴史認識としての原爆
1 広島・長崎はどう語られてきたか-5年ごとのプレイバック
庄野直美 ヒロシマ25年
岡本三夫 アメリカ合衆国・一九八五年八月
2 慰霊碑の碑文論争
浜井信三 「過ちは繰返しません」
山田節男 「原爆慰霊碑改築の是非!」広島市長 山田節男氏に訊く
朝尾義光・吉川清・宮本正夫・中村良三 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-1
森弘助治・浜本万三・佐竹信朗・田淵実夫・田辺耕一郎 「原爆慰霊碑改築の是非!」座談会-2
荒木武 第二回国連軍縮特別総会における荒木武・広島市長の演説
3 被害と加害をめぐって
今堀誠二 ヒロシマ・ナガサキと中国
栗原貞子 「地による昭和史」
平岡敬 アジアとヒロシマ
本島等 広島よ、おごるなかれ
広島県原爆被害者団体協議会 本島論文に対する抗議文
本島等・袖井林二郎・松元寛・河野一郎 原爆ドーム世界遺産化で考える
高橋昭博 複眼で見よう原爆被害と戦争加害
4 スミソニアン原爆展問題
マーティン・ハーウィット・油井大三郎 スミソニアン原爆展示はなぜ阻止されたか
斉藤道雄 「原爆神話の五〇年」〈抄〉
米山リサ 越境する戦争の記憶
米谷ふみ子 ヒロシマと真珠湾
直野章子 「ヒロシマ・アメリカ」〈抄〉

 

広島復興大博覧会誌(目次)

廣島復興大博覧會誌(目次)
広島復興大博覧会誌編集委員会編
広島市役所 1959/04/01

開催期間:1958(昭和33)年4月1日~5月20日

 口絵
発刊のことば  渡辺忠雄(広島市長・広島復興大博覧会会長)
役員の面影
第1部  開催までの経過
1、広島市の大観
2、博覧会開催の機運
3、博覧会開催決定までの経過
4、財政事情
5、開催及び企画の決定
6、準備
 1 総務…11
(1)事務局の開設と規則及び諸規定の制定…11
(2)役職員の委嘱と任命…12
(3)運営委員会の設置…12
(4)後援及び協賛の依頼…13
(5)県の補助…13
(6)他都市の視察…13
(7)会場敷地決定に伴う措置及びその経過…14
(8)専門委員の委嘱…15
(9)交通業者との連絡調整…15
(10)場内食堂及び売店の決定…16
(1)食堂
(2)売店
(11)職員徽章と各種入場券、通門証…19
(12)臨時職員の採用と服装の決定…21
(1)守衛
(2)看視員等の採用
(3)服装の決定
(13)映画の制作…24
(1)宣伝映画「ヒロシマ」二巻
(2)記録映画「広島復興大博覧会」二巻
(14)開会式の準備…24
2 出品…25
(1)基本方針…25
(2)出品計画…25
(イ)各館の構想
(ロ)出品作業計画
(ハ)出品勧誘班の派遣
(3)装飾業者の指定…35
(4)運輸業者の指定と出品物の搬入、展示…36
(5)出品物の運賃割引申請…37
(6)各館責任者の決定…37
(7)監視員の配置…37
(8)出品物の保管…38
(9)報道機関の協力…38
(10)無料休憩所の設置…38
3 宣伝…39
(1)基本方針…39
(2)宣伝実施経過の概要…39
(3)宣伝活動…39
(1)文書、図書による宣伝…42
イ 看板類によるもの
ロ ポスターなどによるもの
ハ 印刷物によるもの
ニ 新聞広告
ホ ラジオ放送
ヘ 利用宣伝
(2)特殊宣伝…48
イ ミス広島博
ロ 宣伝車
ハ 宣伝船
(3)団体観覧客誘致宣伝…52
イ 前売券の売さばき
ロ 一般団体観覧客の誘致
ハ 学校団体観覧客の誘致
(4)連絡打合せによる宣伝…55
(5)観覧客の受入準備…55
4 施設…56
(1)会場施設の基本方針…56
(2)恒久施設の造営…56
(イ)広島城天守閣の復原
(ロ)噴水池
(ハ)鯨の池
(3)仮設建物の建築…64
(4)会場整地及び造園…64
(5)給水施設…64
(6)電話と放送設備…65
(7)電灯、電力工事…66
5 演芸…66
(1)番組篇成の基本方針…66
(2)つなぎ(下荷)演芸…67
(3)地元舞踊家及び地方民俗芸能等の誘致…67
(4)有名芸能人の来演誘致…67
(5)ラジオ公開録音…68
(6)印度芸能を招く…68
(7)軍官公衛音楽隊の来演…68
(8)演芸館の設営…69
7、協賛会
 1 組織と機構…69
2 事業計画…72
3 事業概況…72
4 収支決算…74
第2部 開会
1、開会式
 1 式典と祝宴…77
2 慶祝行事-こけら落しとパレード-…90
3 会場開き…90
2、人工衛星館の誘致
3、博覧会の情景-会場見てある記-
  1 人工衛星館…95
2 原子力科学館…98
3 復興館…102
4 観光館…104
5 専売館…106
6 電信電話館…108
7 郵政館…110
8 生活文化館…113
9 飲料館…116
10 体育保健館…117
11 テレビ電波館…122
12 国際館…124
13 新聞館…130
14 映写館…132
(特設)花道館…135
 第二会場…136
15 全国物産館…136
16 電気科学館…138
17 近代工業館…141
18 清酒館…143
19 農機具館…146
20 林業館…148
21 農水産館…150
22 演芸館…152
23 宇宙探検館…156
24 木工館 …162
25 国鉄館…163
26 交通科学館…166
27 お菓子の国…168
28 子供の国…169
(特設)クボタ館…171
(特設)ヤンマーディゼル館…172
(特設)その他の館…172
 第三会場…173
29 郷土館…173
4、各館小間配置図
 第一会場…178
第二会場…192
第三会場…208
5、会期中の行事と催物
 1 会期中の催物等による宣伝…211
2 広島祭…213
3 大名行列…214
4 自衛艦の来航…214
5 米軍楽隊吹奏行進…214
6 その他…215
7 会期中の催物写真集…217
6、会場の警備
 1 警備機構と事務分掌…224
2 火災予防計画…224
3 事故発生状況…225
7、救護
 1 準備…227
2 運営及び結果…227
8、会場雑記
 1 入場者と会期中晴雨表…228
2 会場清掃…232
3 余話(こぼれ話)…232
4 思い出のグラフ…237
第三部 閉会
1、閉会式
2、博覧会の成果
 1 入場券売上数…260
2 即売品売上…261
3 子供の国遊具使用料…262
3、本博覧会の反響
 1 来広客の増加…263
2 一般経済界に及ぼした影響…266
3 博覧会出品の効果…270
4 アンケート…270
5 児童作品集-作文-…275
4、残務整理
 1 出品物の搬出…280
2 会場施設の整理…280
3 運営委員会の開催…281
4 事務整理…281
イ 感謝状、礼状の発送
ロ 諸払いの清算と未収金の整理
5 事務局の解散…283
6 報道陣への感謝…284
5、予算及び決算
附録
1 開催趣意書
2 広島復興大博覧会条例
3 諸規則と規程
 イ 施行規則
ロ 事務局設置規定
ハ 事務局組織規定
ニ 会場整理要綱
ホ 出品物販売取扱要領
ヘ 看視員服務要領
4 役職員名簿
5 出品者名簿
編集後記

 

 

原水爆禁止大会・平和集会(2018年)

○原水爆禁止2018年世界大会(原水爆禁止日本協議会)
8月3日~9日広島・長崎で開催。6000人(広島)1500人(長崎)の代表が参加。

○被爆73周年原水禁世界大会(原水爆禁止日本国民会議)
7月28日福島大会640人。8月4日広島大会2200人、8月7日長崎大会1700人

○被爆73年連合2018平和ヒロシマ集会 約2100人

○日本生活協同組合連合会~ピースアクション~
8月4日~6日「ピースアクションinヒロシマ」。全国70生協より延べ2,300人。
8月7日~8日「ピースアクションinナガサキ」。全国50生協より延べ1,110人。

〇「ピース・ナイター2018」 (広島東洋カープ)7月30日3万人余 MAZDA Zoom-Zoom

広島市平和式典(2018年)

平成30年8月6日広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式

原爆死没者慰霊碑の奉安箱の原爆死没者名簿の概要

あらたに3冊の名簿に記帳された氏名 5393人.
名簿登録者総数 314118人
名簿総数 115冊

参列者の概要

被爆者や遺族など 約5万人
安倍晋三 内閣総理大臣
アントニオ・グテーレス 国連事務総長(中満泉国連事務次長兼軍縮担当上級代表.代読.)
遺族代表 40都道府県
各国大使や代表 85か国(核兵器保有7か国代表を含む)と欧州連合(EU)。

出典:『平和文化 No. 2018年月号』(広島平和文化センター)

広島市長平和宣言(下記参照)

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1110537278566/

広島市 – 平和宣言【平成30年(2018年)】

 

内閣総理大臣挨拶

 一発の原子爆弾が、街を一瞬にして破壊し、十数万ともいわれる貴い命を奪いました。あれから73年、一命をとりとめた方々にも、筆舌に尽くし難い苦難の日々をもたらしました。若者の夢や明るい未来が容赦なく奪われました。

 原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならない。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けて、粘り強く努力を重ねていくこと。それは、我が国の使命です。
近年、核軍縮の進め方について、各国の考え方の違いが顕在化しています。
真に「核兵器のない世界」を実現するためには、被爆の悲惨な実相の正確な理解を出発点として、核兵器国と非核兵器国双方の協力を得ることが必要です。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、粘り強く双方の橋渡しに努め、国際社会の取組を主導していく決意です。
その具体的な取組として昨年、核軍縮に関する「賢人会議」を、ここ広島で開催しました。
「賢人会議」を通じて有識者の知見も得ながら、核兵器不拡散条約(NPT)発効50周年となる2020年のNPT運用検討会議が意義あるものとなるよう、積極的に貢献してまいります。
また、その非人道性を、後の世に、また世界に、伝え続ける務めが我々にあります。
若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐ。
政府として、そうした取組をしっかりと推し進めてまいります。
被爆者の方々への援護施策については、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的に推進してまいります。特に、原爆症の認定について、引き続き、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行ってまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、「核兵器のない世界」と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

平成30年8月6日

内閣総理大臣・安倍晋三

出典http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0806hiroshima.html

 

類似式典(総理官邸ホームページより)

2018年月日 行事
0311 東日本大震災7周年追悼式 東京都千代田区の国立劇場。
<篠宮同妃両殿下、約人。前年までは天皇皇后>
0623 沖縄全戦没者追悼式 沖縄県糸満市摩文仁の平和祈念公園 <約人>
0809 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。 平和公園 <約人>
0815 全国戦没者追悼式 東京・日本武道館 <天皇・皇后、約人>

 

「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して

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志賀賢治広島平和記念資料館館長 講演「記憶の継承」―次世代に引き継ぐ資料館を目指して
開催日時:2017年8月2日、会場: 広島大学東千田キャンパス>
出典『平成29年度第1回広島大学平和科学研究センター主催国際シンポジウム「原爆体験・戦争の記憶の継承~託す平和遺産」 No.33 Editor: Institute for Peace Science, Hiroshima University 201804』

 

 

原爆被害相談員の会からの報告

原爆被害相談員の会からの報告(IPSHU研究報告シリーズ No.23 広島大学平和科学研究センター 1996年3月1 日)

 著者  タイトル
 相良カヨ(原爆被害者相談員の会) 被爆者とABCC
 三村正弘(広島県保険医協会)  原爆被害者援護法と社会保障の一考察
 若林節美(広島YMCA健康福祉専門学校)  被爆者は今
 船橋喜恵(広島大学総合科学部)  原爆被害者相談員の会の歩み

戦後ヒロシマの記録と記憶(小倉馨のR・ユンク宛書簡)

『戦後ヒロシマの記録と記憶 小倉馨のR・ユンク宛書簡 上・下』(若尾祐司・小倉桂子編、名古屋大学出版会、2018年7月10日)

目次

上巻
ロベルト・ユンク「広島での出会い
第一編 共同作業に向けて-一九五七年五月末から同年末まで
 概要
小倉書簡(一九五七年五月二五日~一二月三〇日)
解説1 浜井信三インタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(一)
第二編 反核平和運動の高まりの中で-一九五八年一月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年一月八日~五月二七日)
補遺(一九五八年六月初旬~九月四日)
解説1 中央公論一九五八年八月号「ヒロシマ-その後十三年」
解説2 ロベルト・ユンクの動向(二)
第三編 被爆当時と後障害の究明-一九五八年九月から五九年一月まで
 概要
小倉書簡(一九五八年九月八日~五九年一月二九日)
解説1 長岡省吾インタビュー
解説2 医師へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(三)
下巻
第四編 戦後の生活と性の現場へ-一九五九年二月から同年五月まで
 概要
小倉書簡(一九五九年二月二日~五月二九日)
解説1 遊郭関係者へのインタビュー
解説2 ロベルト・ユンクの動向(四)
第五編 平和を求めて生きる人々-一九五九年六月から同年一〇月半ばまで
 概要 486
小倉書簡(一九五九年六月三日~八月二四日と九月一五日~一〇月一三日)
解説1 河本一郎インタビュー
解説2 広島市観光課へのインタビュー
解説3 ロベルト・ユンクの動向(五)
付録 小倉馨の人と生涯
 1 小倉馨関係年譜
2 小倉桂子インタビュー
3 追記

 

 

広島市被爆70年史

『広島市被爆70年史  あの日まで そして、あの日から 1945年8月6日』(被爆70年史編修研究会編、広島市刊、2018年7月28日)

目次

戦前編
第1章 プロローグ
第2章 広島市の誕生
第3章 日清戦争と軍部の形成
第4章 近代都市への発展
第5章 都市の変貌
第6章 社会運動と市民文化
戦中編
第1章 戦時下の広島
第1節 戦時体制の強化
第2節 銃後としての広島
第3節 広島の外国人
第4節 「決戦」命令の日々
第2章 原爆被災
第1節 グラビア 1945年8月6日
第2節 広島壊滅
コラム 原子爆弾の開発と投下
戦後編
第1章 廃虚からの出発
第1節 子どもたちと原爆
第2節 原爆はどう報じられたのか
第3節 占領軍の展開と占領の諸相
第4節 廃虚の中の市民生活
第5節 海外からの復興支援
第6節 医療と衛生の復興
コラム ニつの平和記念日
第2章 復興のつち音
第1節 復興計画の立案と進展
第2節 平和記念都市建設法と平和記念施設
第3節 基町を中心とする公園・緑地・住宅計画
第4節 丹下健三と広島の都市デザイン
第5節 太田川改修事業
第6節 市民球団カープの誕生と発展
第7節 文化の復興
第8節 戦後の経済復興と商工業
第9節 原子力の「平和利用・展示」
コラム 町名から見る城下町広島
第3章 民主化と労働運動の高まり
第1節 民主化と市民
第2節 労働運動の高まり
第3節 学校の復興と学制改革
第4節 広島の文芸と原爆文学
コラム 広島お好み焼の歴史
第4章 被爆者とヒロシマの展開
第1節 被爆者の実相の解明
第2節 被爆者の援護
第3節 被爆者の苦悩
第4節 核実験禁止・核兵器廃絶運動とヒロシマ
第5節 ヒロシマの継承
第6節 平和都市を担って
コラム エノラ・ゲイ号と原爆展示
第5章 高度成長以降の都市の拡大
第1節 経済と社会基盤整備
第2節 環境問題・環境対策
第3節 都市機能の「流出」-広島大学の統合移転と空港の移転
第4節 広島の大規模宅地・各種開発の歴史と課題
コラム 若者文化と広島フォーク村
第6章 エピローグ
第1節 グローバル化と21世紀の平和都市像
第2節 被爆100年後の広島に向けて
特論
特論1 広島・ヒロシマと美術
特論2 広島と音楽
特論3 映画と広島・ヒロシマ
特論4 スポーツ王国広島

 広島市被爆70年史 映像編目次
広島市の歴史 ~明治から現代
 Ⅰ -市誕生から被爆まで-
Ⅱ -被爆からの復興-
10人の証言集 記憶から紡ぐ あのころの広島
 「戦争に翻弄された少女の青春」 切明千枝子
「母が綴ったわが子への思い」 渡部定子
「迫る業火を逃げのびて」 竹内節子
「原爆乙女と呼ばれて」 笹森惠子
「麦畑の少年が見た広島の復興」 鈴木孝
「原爆と在日の二つの重みを背負って」 朴南珠
「広島復興の象徴、基町の再生」 中村和正
「被爆、そして原子力の平和利用」 伊藤薫
「ヤミ市から立ち上がった広島商人」 山西義政
「原爆にも負けないで、野球に打ち込んだ人生」 原田高史
ドキュメンタリー 幻の記録映画を追って 平和記念都市ひろしま

広島国際文化財団

広島国際文化財団

1977年、中国新聞社と中国放送が広島の文化振興を目的に設立した財団法人

主な事業

年月日
197807 街づくりシンポジウム(丹下健三、平山郁夫など)
197811 デザイン会議1978広島
197904 ガウディ展
198008 増田勉ヒロシマシリーズ作品展
米国記者招請計画(アキバ・プロジェクト)

平和の時計塔

平和の時計塔
建立年月日:1967(昭和42)年10月28日
場所:広島市中区中島町・平和公園
hic094a[正面]
平和の時計塔
PEACE CLOCK TOWER
核原子力の出現により、人類はいま生か、死か、破滅か、繁栄かの岐路に立っている。
ひろい世界を同じ心で一つに結ぶ、全世界のライオンズ会員が平和実現のために果す役割は大きい。
原爆ドームの永久保存に呼応し、人類が初の原爆の洗礼を受けた時刻、8時15分に、毎日全世界に向けこの時計塔のチャイムが「ノーモアヒロシマ」を強く訴え、人類の高級平和実現の一日も早からんことを祈り、この時計塔を建設し、市に贈るものである。昭和四十二年十月二十八日
チャーター伝達十周年を記念し
広島鯉城ライオンズクラブ

資料

「ライオンズを探せ!@広島県・広島 村上薫元国際会長のテーマを伝えるピープル・アット・ピースの碑」(『LION 日本語版 2015年10月号』https://www.thelion-mag.jp/emag/201510/index_h5.html)

企画展:原爆白書運動と広島大学

『企画展:原爆白書運動と広島大学』(被ばく学創生研究会編、広島大学文書館、20160701)

目次

章
1 金井利博
金井利博と原爆白書運動
原民喜の詩碑建立
原民喜の遺書と受けとった梶山季之
原爆白書作成の訴えと運動
広がる原爆白書運動
2 国連へのはたらきかけ
国際連合への働きかけと被爆フィルム返還
3 原爆白書運動
「原水爆被災白書」をすすめる様々な動き
原爆被災資料広島研究会と『原爆被災資料総目録』
原爆被災資料総目録の発行 恩給をつぎ込んで
4 協力者 今堀誠二
金井との関係 『原水爆時代』
協力者 今堀誠二と談和会
5 金井学校 平岡敬と大牟田稔
金井学校の二人 平岡敬と大牟田稔
被爆者調査報道 「リフトン取材」
被爆20年特集記事「炎の系譜」
平岡敬 韓国の被爆者取材
大牟田稔 中国新聞社に入社して
大牟田稔 沖縄取材
きのこ会と大牟田
平岡と大牟田
6 広島大学原爆放射能医学研究所と湯崎稔
湯崎稔と爆心地復元運動
爆心地復元運動の成果
原爆爆心地復元運動
原水爆被災資料センター設立から原医研資料センターへ
7 『核権力』の執筆 志なかばの死とその後
病の中で、訴えつづけた雄大な構想 難民研究所を最後に
追悼文 今堀誠二「ヒロシマと金井利博」(『中国新聞』19740622)
国連報告から被爆の実相まとめへ
8 湯崎資料の遺産
原医研の保管資料 復元運動のその後
9 講演「金井利博と原爆白書運動」

参考資料

原爆白書運動と広島大学(企画展)
https://home.hiroshima-u.ac.jp/hua/event/genbakuhakusyo.html
核・被ばく学創成研究会(代表 小池聖一)・広島大学文書館は、平成27年7月3日~6日(旧日本銀行広島支店 1階ロビー)、9日~15日(広島大学中央図書館 地域・国際交流プラザ)の期間、広島大学原爆放射線医科学研究所、広島大学平和科学研究センターとの共催、中国新聞社の後援で、企画展「原爆白書運動と広島大学」を開催いたしました。
原爆白書運動とは、核戦争を防止するため、原爆被災の全体像と被爆体験を科学的に調査し、その記録を永久に残すともに国連を通じて全世界に公表するよう、日本政府に求めた運動です。運動の中心人物であった金井利博の足跡を中心に、今堀誠二、湯崎稔らの取り組みを紹介しました。
本企画展は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究B「広島における核・被ばく学研究基盤の拡充に関する研究」(26280123)の研究成果の一部です。
7月3日~6日には1270人、4日の小池文書館長の講演会には57人、9日~15日には15777人(ゲート通過換算)のご来場がありました。ありがとうございました。

 

 

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会

核兵器廃絶をめざすヒロシマの会
2001年3月20日設立
Hiroshima Alliance for Nuclear Weapons Abolition (HANWA)
【共同代表】 岡本三夫 河合護郎 森瀧春子
【事務局】
〒730-0802
広島市中区本川町二丁目6番11号 第7ウエノヤビル 5F
広島県生活協同組合連合会内
https://www.e-hanwa.org/date/2001/03

年表:核兵器廃絶をめざすヒロシマの会

年月日 事項 備考
2001
0320 核兵器廃絶をめざすヒロシマの会発足
0806 「核のない21世紀を!広島国際対話集会の夕べ」
1114 ブッシュ米大統領にCTBT発効促進会議欠席への抗議文を送付。
2002
0911 米中枢同時テロから1年。原爆資料館で集会。
1215 会員3人、イラクへの「市民平和使節団」員として広島を出発。
2022
0122 核兵器禁止条約発効から1年。原爆ドーム前で10人が横断幕。
0308 原爆ドーム前でロシアのウクライナ侵攻と核兵器による威嚇に抗議する集い。
0806 『8・6国際対話集会~反核の夕べ  2022 核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える』
講演「核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える」

止

社史が語る原爆・ヒロシマ

社史が語る原爆・ヒロシマ(『赤旗(中国四国版)』連載 2002.1.6~8.9)

広島電鉄

01 0106 あの日の姿 路面電車も被爆した
02 0108 女学生の体験 黄色い炎が顔をなめ
03 0109 1945年「あの日」 4000度の熱線あびる
04 0110 広電本社崩れる 鬼哭啾々 朝の惨状
05 0111 電車の被爆(上) 女性車掌が「助けて」
06 0114 電車の被爆(下) 運転手は黒焦げに
07 0115 復旧への努力 「おっ、電車が動くんか」
08 0116 運転手の証言 行方不明の同僚を捜して
09 0117 平和のとりくみ 会社あげて被爆体験継承
10 0118 幻の卒業生 学業のかたわら運転も

 

中国電力

01 0128 暗黒の一夜 惨状は前後を絶する
02 0129 戦時下の電力事業 国策会社として出発
03 0130 被爆直前 動員学徒らと仕事に
04 0131 壊滅のとき(上) 一瞬、真っ暗になって
05 0201 壊滅のとき(下) サッシが背中貫いて
06 0204 動員学徒の死 お母さん!痛いよう
07 0205 原爆第一報 血みどろになりながら
08 0206 希望の灯 復興はまず電気から
09 0207 戦後復興担った人 点灯に無上の喜び
10 0228 元社員の思い 私たちが見た被爆の怖さ

 

中国新聞

01 0225 被爆カメラマン(上) ファインダーは涙で
02 0226 被爆カメラマン(下) 「あの日」は数枚だけ
03 0227 本社壊滅 従業員三分の一が犠牲に
04 0228 社員の伝言 戦争は再びあってはならぬ
05 0301 記者の追憶(上) 中国新聞も終わりか
06 0304 記者の追憶(下) 焼け跡に赤いかんざし
07 0305 8月9日付発行 代行印刷を指示、奔走
08 0306 プレス・コード 原爆写真掲載に呼び出し
09 0307 消えたペン 遺族訪ねた告発と鎮魂の書
10 0308 不戦の誓い 戦争のためのペン持たず

 

日赤病院

01 0325 塔のある病院 廃虚の中のオアシス
02 0326 不眠不休の救護 押し寄せる被爆者
03 0327 元看護婦の証言(上) 変わり果てた街で
04 0328 元看護婦の証言(下) 遺体見送る被爆者の目
05 0329 生きる希望 全身を焼かれても
06 0401 奇跡の生還 6年間の入院生活
07 0402 原爆患者一号 今に生きる被爆体験
08 0403 ジュノー博士 遺志を引き継いで
09 0404 「保存運動」 追体験の場残して
10 0405 「いのちの塔」 生へのたたかい記録

 

福屋百貨店

01 0513 白亜の殿堂 骨組み、外郭残し全焼
02 0514 国民統制の時代 ”雑炊食堂”に行列
03 0515 火事嵐 道を隔て移る猛火
04 0516 動員学徒の「脱出記」 指一本の明かり頼りに
05 0517 燃え盛る市内 避難先から見た惨状
06 0520 被爆後の混乱 自然鎮火を待つだけ
07 0522 再興を誓う人々 手がかりは福屋から
08 0523 酒の立ち飲み うっ積を晴らす憩い
09 0524 弾圧のもと平和集会 原爆使用に危機感
10 0525 現在これから 地元に根ざし続けて

 

金正堂書店

01 0603 星野村 火 57年後も燃え続ける
02 0604 星野村 碑 平和への思い内外に
03 0605 創業のころ 本屋の「のれん分け」
04 0606 発展と衰退 文京都市の文化ささえて
05 0607 革屋町壊滅 涙の中から復興へ
06 0610 おいの体験(上) 宇品への車中で被爆
07 0611 おいの体験(中) 叔父求め歩き続ける
08 0612 おいの体験(下) 灰を吹きつけると炎が・・・
09 0613 23年の管理 惨状知る火、絶やしてはならぬ
10 0614 恒久平和願う「火」 全国9ヵ所に「分火」

 

旧国鉄

01 0624 苦い記憶 57年前の「あの日」今も
02 0625 長い腕 貨物列車に回れ右
03 0626 ガラスの嵐 壁になった友人・・・
04 0627 広島駅の被爆 「バケツ」一杯ノ水デモト
05 0628 無言の語り部 父は「ピカドンで死んだ」
06 0701 脱線転覆 ”大事故を起こしたか”
07 0702 山陽本線の復旧 ”死体の川”の上で
08 0703 救援隊の涙 紙で作った人形が・・・
09 0704 救援列車 トマトが食べたい
10 0705 この怒りを 国鉄労働者289人の碑

 

島病院

01 0729 爆心直下 瞬時に命を奪われた
02 0730 一枚の写真 再び顔そろうことはない
03 0731 黒焦げの遺体 「これは婦長さんです」
04 0801 救護活動 助け求める声、声、声
05 0802 病院のある街で 肉親の死 遺骨もなく
06 0805 35枚の絵 鉛筆画に残すわが町
07 0806 旧天神町住民の証言(上) これが「死の世界」か
08 0807 旧天神町住民の証言(下) 「いとこの死」が原点
09 0808 再建 平和と貧しきものにささぐ
10 0809 連載終了にあたって 充実した原爆報道へ

 

************************

宇吹 暁(うぶき さとる)「被爆体験の継承をめざして」(「しんぶん赤旗」中国四国総局、新日本出版社、2003年1月20日)pp133-141

原爆報道

被爆体験は、被爆後直後からこれまで、報道・手記・文学・映画・演劇などさまざまな形で継承されてきた。中でも、多数の人々の被爆体験を伝えてきたのは、報道と手記である。
朝日新聞(東京本社版)は、一九四五年八月一〇日付の紙面に「閃光 熱い痛い感じ」との見出しで体験者の談話を掲載、同月一二日には、浅井・松尾・岸田特派員発の現地報告「一瞬に広島変貌」を載せた。また、三〇日には「海底のやうな光-原子爆弾の空襲に遭って」との見出しで、広島で被爆した作家大田洋子の体験記を掲載している。新聞だけでなくラジオやテレビも、多くの被爆者の声を紹介してきた。NHKラジオ(広島県域)では、四九年八月九日の「原爆一号[吉川清]に聞く」、同テレビでは、五八年二月二八日の「原爆被災者は訴う」が、記録(広島放送局放送部資料班『広島ハンドブック(八三年作成)』)で確認できる早期のものである。
講和条約の発効以後、毎年八月前後には新聞各紙が、数回から十数回の企画・連載を組むようになった。一九五二年には、朝日新聞(広島版)が「原爆白書」(七月二九日から五回)を掲載するが、これは条約発効前後に広島で胎動を始めた被爆者の組織作りや平和運動などを取り上げたものであった。原爆関連の企画・連載には、「原爆症」や「復興」といった単一のテーマを取り上げたもの以外に、その年の原爆問題をめぐるさまざまな動きを紹介する「原爆問題年報」的なものがあるが、朝日のこの「原爆白書」企画は、確認できるこうした形式の最も早い例である。また、中国新聞が、「原爆モニュメント遍歴」(五二年七月二九日から八回)を掲載している。これは、「原爆で断ち切られた人間の生命を永久に結び付ける象徴」として原爆慰霊碑を紹介したものであった。
中国新聞は、この後、原爆問題をテーマとした大型連載を精力的におこなった。中には、「原爆十年-広島市政秘話」(一九五五年七月一五日から七四回)、「フェニックス広島号の冒険」(第一部・第二部、六一年一〇月一〇日から一三四回)という大型のものもあった。また、同社は、被爆二〇周年を迎えた一九六五年には、七月八日から「ヒロシマ二十年 世界にこの声を」(三〇回)、「あの日と私」(二〇回)、「炎の系譜」(三〇回)、「広島の記録」(九〇回)、「廃墟からの道 広島復興裏面史」(夕刊、三〇回)の連載を開始した。この年には、他社も積極的に原爆問題を取り上げたが、中国新聞社の力の入れようは群を抜くもので、高い評価を受け、同年の日本新聞協会賞を受賞した。
一九七〇年代に入ると、原爆企画は、マスコミ各社が当然のこととして取り上げ、その内容をめぐって競争するという活況を呈した。被爆者を対象とした本格的な世論調査が、六八年の中国新聞社を皮切りに、中国放送、NHK中国本部などで行われた。また、七四年五月にはNHK中国本部が市民に、「絵による証言」の提供を呼びかけ、大きな反響を呼んだ。手記の募集もしばしばおこなわれた。『被爆体験・私の訴えたいこと』(NHK中国本部、七七年)、『いつまでも絶えることなく』(NHK広島放送局、八六年)、『手記・被爆者たちの四〇年』(朝日新聞大阪社会部、八六年)は、マスコミの呼びかけに応じた被爆者の手記を特集したものである。これらは、マスコミが、被爆者の実態解明や被爆体験継承の担い手として大きな役割を果たしたことを示すものである。こうした原爆報道の歩みは、規模こそ広島に比べれば小さいものの、長崎においても見ることができる。中でも、長崎新聞の記事『私の被爆ノート』は、九六年二月一六日から二〇〇二年七月一一日まで連載された三〇〇回に及ぶ大型連載であった。
日本共産党の機関紙「赤旗」も毎年八月の原爆記念日前後に被爆体験継承をテーマとした連載を掲載している。一九六三年の「ここに生きる 一八度目の“あの日”を迎えた被爆者」(八月五日~八日、三回)が、同紙の縮刷版で確認できる初めてのものである。以後、「被爆者はたたかっている 被爆二十周年を迎える広島と長崎」(六五年七月~八月、一〇回)、「被爆者は訴える」(六六年七月、六回)、「広島からの手紙」(六七年七月、五回)、「被爆者は訴える」(六八年七月~八月、七回)、「被爆者とともに 援護運動この一年の歩みから」(六九年七月~八月、七回)、「“原爆”から二五年 この人をたずねて」(七〇年七月~八月、六回)と続き、今日に至っている。
新聞・ラジオ・テレビで紹介された被爆者の証言は、膨大な量になることは明らかである。これまでにも、原爆被災資料広島研究会(一九六八年結成)などにより整理が、試みられたことはあったが、中断したままである。

原爆手記
現在でも、報道機関による被爆体験継承の試みは存在している。しかし、各紙が競うように行ったのは、一九七〇年代までである。原爆手記の出版が、これと入れ替わるように活発になった。原爆手記は、九五年までの出版物に限っても、三万七七九三件の手記を掲載する三五四二点が存在するが、これらの大半は、七〇年代以降に現れたものである。これらを出版主体別にまとめれば、第1表のようになる。

第1表 原爆手記掲載書誌及び手記の分類別件数

分類 書誌数 手記数 割合(%)
1被爆当時の組織 348 6836 18.1
2被爆者団体 462 15312 40.5
3被爆者関係施設・団体 339 4100 10.9
4平和教育関係団体 287 3386 9.1
5原水爆禁止・反核団体 207 962 2.6
6社会団体 323 2085 5.6
7その他 1576 5112 13.5

注)割合=全手記数に占める割合
分類別では、「被爆者団体」によるものが最も多く、手記数は全体の四〇%に及んでいる。このほか、原爆被爆者養護施設(分類「被爆者関係施設・団体」)、平和教育の一環として学校や公民館(「平和教育関係団体」)、原水禁団体(「原水爆禁止・反核団体」)、婦人団体(「社会団体」)などによっても出版された。これらのほとんどは、広く読まれることを期待して出版されたものであり、日本の反核運動の高揚に大きな役割を果たしてきた。しかし、広島の社会的な被害実態の解明に役立つものは少ない。これらの手記では、官公庁・学校、工場など個別の名称が省かれているものが多いからである。

米国戦略爆撃調査団の調査によれば、広島には、中国地方総監府・中国海運局・広島控訴院・広島鉄道管理部・広島逓信局・広島財務局などの官公署をはじめ、広島中央放送局・日銀・勧銀・日通などの支店が置かれていた。また、市内およびその近郊には、三菱重工業・東洋工業・日本製鋼などの大企業をはじめ、六千をこえる工場が存在していたという。また、職種別の被雇用者の状況は第2表のようなものであった。

第2表 広島地域の職種別被雇用者数

職 種

平均被雇用者(人)

比率(%)
工場 83671 64.1
官公庁 13049 10.0
運輸 12288 9.3
商業 9141 7.0
専門職 3252 2.5
その他 9425 7.2
合計 130826 100.0

出典:合衆国戦略爆撃調査団「広島市に対する空襲の効果」

第1表の分類の「その他」の多くは私家版である。「被爆当時に存在した組織」と合わせた手記数は、全体のほぼ四分の一に及んでいる。これらは、限られた関係者に配布されたものがほとんどであり、反核運動に及ぼした影響は被爆者団体などによる手記ほどではなかったと思われる。しかし、分類「被爆当時に存在した組織」に含まれる「官公庁」、「学校」、「事業所」関連の手記は、いずれも社会的な被害実態を明らかにするための貴重な素材である。
「被爆当時に存在した組織」の分類に属し、広島の手記を含むものは全部で二五六点存在する。この内、最も早い例は、被爆から一年後の一九四六年八月一日に出版された『泉第1集-みたまの前に捧ぐる』(広島興産文化部編、広島興産株式会社)である。この書は、広島興産の前身である広島航空機に動員され犠牲となった広島一中や県立第一高女の生徒への追悼文集であり、一五人の手記を収録している。この後、『広島貯金支局戦災復旧事務史』・『東洋工業株式会社三十年史』・『原爆記-千代紙の小箱』(星野春雄、広島女子高等師範学校物理学教室原爆五周年刊行会)・『中国菓業名鑑-広島県之巻』・『追悼法会』(広島車掌区)が、占領期間中に発行された。また、独立後には、学校・官公庁関係のものや、被爆者の救護のあたった広島県内の医師会や三菱重工業株式会社広島造船所関係のものが多数出版されている(拙著『原爆手記掲載図書・雑誌総目録』、日外アソシエーツ、一九九九年)。

「社史が語る戦争・原爆」
本書に収録された新聞連載は、交通(広島電鉄・旧国鉄)・エネルギー(中国電力)・商業(福屋百貨店)・情報(中国新聞)・医療(日赤病院)の各分野の広島における基幹組織と「島病院」・「金正堂書店」の八社を取り上げている。前の六社が報道で紹介されるのは、今回が初めてではなく、これまでにもしばしば新聞報道や出版物で紹介されてきた。本連載では、「社史」という埋もれがちな文献を手がかりとし、それに現存する被爆者の証言を加え、被爆状況と関係者の平和への取り組みを簡潔にまとめているところにその特色がある。「当時のことを鮮明に証言できる被爆者が数少なくなってきていることを痛感」しながらも、これらの記事は、なお、現在でも被爆者からの聞き取りが可能であることを証明した。日本で生まれ、反核運動に大きな役割を果たしてきた「原爆報道」の伝統を受け継ぐ企画ということができよう。
「島病院」と「金正堂書店」では、遺稿集や県外資料を使用し、要領よくまとめられている。これらは、前者が、広島の原爆爆心地、後者が福岡県星野村に戦後燃え続けていた「広島原爆の火」が採火された場所という特異な存在ではある。しかし、両者は、ともに、被爆当時の広島に存在した多数の病院・商店などの一つである。この記事は、こうした組織の被害状況とその戦後の歩みが、見落としがちな資料をもとに明らかになる可能性を示してくれた。
被爆体験は、日本における反核運動のエネルギーの源泉であった。一九六〇年代半ばには、原爆被災白書作製が提唱された。この時期から、原爆被災資料広島研究会による原爆被災資料の所在確認作業、広島・長崎両市の原爆資料館をはじめとする公共機関による資料の収集・保存事業、一〇フィート運動による原爆映画の製作、マスコミ各社の原爆企画報道、被爆者団体を中心とした原爆手記の出版など、被爆体験継承の試みがさまざまな形でなされている。また、八〇年代以降、被爆体験の証言活動を中心とした被爆者運動が、日本の平和運動の中心的役割を果たしている。しかし、現在なお、原爆被災白書はまとめられておらず、また、核兵器の廃絶は実現されていない。
被爆体験の直接の担い手である被爆者は年々確実に減少している。また、当時の記憶が次第に不鮮明になることも、避けることはできない。さらに、われわれ残された原爆報道や被爆手記などに含まれる証言は、間接的であり、被爆者の生の証言にかわることはできない。今後も被爆体験を継承し続けるためには、多くの労力と英知を必要とするであろう。「中国四国版」という、限定された紙面で展開された今回の試みが、まずは長崎に、次いで全国に広がり、更には他社へも広がってゆくことが期待される。

 

書誌2007一覧

書誌2007一覧

月日 書誌名 編著者 発行所 メモ
0131 動員学徒「慟哭の証言」 広島県動員学徒等犠牲者の会
0327 図録 原爆の絵 ヒロシマを伝える 広島平和記念資料館編 岩波書店
0331 つながってひろがって 被爆者のおもいを受けつぐ学生たち 仏教大学社会福祉学科黒岩アフターゼミ/ クリエイツかもがわ
0331 広島大学五十年史 通史編 広島大学50年史編集委員会・広島大学文書館編 広島大学
0420 被爆動員学徒の生きた時代  広島の被爆者運動 小畑弘道 たけしま出版
0425 核爆発災害 そのとき何が起こるのか 高田純 中公新書
0430 夏のことば ヒロシマ・ナガサキ・れくいえむ 伊藤明彦 文芸春秋企画出版部
0610 とてつもない日本 麻生太郎 新潮社新書
0702 ミサコの被爆ピアノ 松谷みよ子(文)木内達朗(絵) 講談社
0704 シンポジウム 核兵器廃絶の展望を探る 非核の政府を求める会
0709 国際シンポジウム「逆風の中、再び核軍縮を進めよう-中央アジアの経験を東アジアへ」 報告書 広島市立大学広島平和研究所
0710 東アジアの終戦記念日 敗北と勝利のあいだ 佐藤卓巳・孫安石編 筑摩書房
0720 小説 夕凪の街 桜の国 国井 桂 双葉社
0720 邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 長谷部日出雄 新潮新書
0720 カラマーゾフの兄弟5 エピローグ別巻 ドストエフスキー 光文社
0727 ヒバクシャの心の傷を追って 中沢正夫 岩波書店
0730 「仲みどり」をさがす旅 青木笙子 河出書房新社
0805 手塚治虫「戦争漫画」傑作選 手塚治虫 祥伝社
0807 ヒロシマ・ナガサキ 岩波DVDブック Peace Archives 安斎育郎編、宇吹暁など執筆 岩波書店
0807 「ヒロシマ以後」の広島に生まれて 平井和子 ひろしま女性学研究所
0810 あなたは戦争で死ねますか 斉藤貴男・知念ウシ・沼田鈴子・広岩近広 NHK出版(生活人新書)
0821 アジア・太平洋戦争 シリーズ日本近現代史⑥ 吉田裕 岩波新書
1110 没後33年記念事業 時代を先取りした作家 梶山季之をいま見直す 梶山季之記念事業実行委員会 中国新聞社
1220 敗戦の記憶 身体・文化・物語 1945-1970 五十嵐恵邦 中央公論新社
1220 昭和陸海軍の失敗 彼らはなぜ国家を破滅の淵においやったのか 半藤一利・・・・戸高一成・・・ 文芸春秋

止

書誌2006

書誌2006

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
 戦後社会運動史論-1950年代を中心に-  広川禎秀・山田敬男編  大月書店  20060120
“戦争と科学”の諸相-原爆と科学者をめぐる2つのシンポジウムの記録 広島大学総合科学部/編 市川浩/責任編集 山崎正勝/責任編集 丸善
長崎医科大学と原爆-被爆60周年記念誌- 長崎大学医歯学総合研究科付属原爆後障害医療研究施設・長崎医学同窓会 20060315
基幹共同研究「戦争体験の記録と語りに関する資料論的研究」 平成18年度第2回研究会 報告・討論要旨集 国立歴史民俗博物館 20060401
近きに在りて 第49号 横山英先生追悼特集 広島中国近代史研究会(汲古書院) 20060530
ヒロシマと音楽 「ヒロシマと音楽」委員会編 汐文社 20060710
広島から世界の平和について考える 広島大学文書館/編 原爆放射線医科学研究所附属国際放射線情報センター/[編] 平和科学研究センター/[編] 現代史料出版 20060725
編集・発行者: 小栗康治(広郷土史研究会員)<昭和図書館蔵>  200607
劫火の記憶-福山市原爆被害者の会50年の歩み 福山市原爆被害者の会 20060801
広島 爆心地中島 原爆遺跡保存運動懇談会編 新日本出版社 20060806
戦争の記憶と和解 池尾靖志/編著 五十嵐美穂子/[ほか著] 晃洋書房 20060815
呉海軍病院史 呉海軍病院史編集委員会 20061001
いまに問うヒバクシャと戦後補償 グローバルヒバクシャ研究会/編 高橋博子/責任編集 竹峰誠一郎/責任編集 凱風社 20061020
時代を生きて 文集・鎌田定夫 「時代を生きて」刊行会 20061125
 戦後日本と戦争死者慰霊 シズメとフルイのダイナミズム  西村明  有志舎  20061225

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日

書誌2005

書誌2005

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
 広島市実施計画 2004-2007 広島市企画調整局 広島市  200502
戦艦大和が沈んだ日 運命の4月7日 元戦艦大和乗組員・八杉康夫聞き書き 中川秀彦 牧歌舎 20050228
「NPT体制の再検討-広島・長崎からの提言」「東アジアの核軍縮の展望」 広島市立大学広島平和研究所 200503
福岡空襲死者の祭り-集う、悼む、伝える- 西村明編、九州大学文学部人間化学科比較宗教学研究室 20050301
ピース!PEACE! NAGASAKIから世界へ飛び出す若者たち 高校生1万人署名活動実行委員会・長崎新聞社報道部 長崎新聞社 20050317
 新藤兼人・原爆を撮る 新藤兼人  新日本出版社 20050325
ハト派の伝言 宮沢喜一元首相が語る 宮沢喜一 中国新聞社 20050328
丹下健三 時代を映した”多面体の巨人” 日経アーキテクチュア編 日経BP社 20050516
広島被爆体験集 60年目に語る被爆市民の心 「原爆と峠三吉の詩」原爆展を成功させる広島の会 長周新聞社 20050525
僕のヒロシマノート 木原省治 七つ森書館 20050601
木原フミ子「私の被爆体験」pp14-17
原爆体験-6744人・死と生の証言 浜谷正晴 岩波書店 20050607
八月のいのり-あの日のヒロシマから60年 平口洋(監修)・野村隆信(編集)・池田一成(制作) 平口洋事務所 20050615
広島のおばあちゃん 過去・現在・未来 -中・高校生、社会人向け- 鎌田七男 20050620
原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって 鈴城雅文 窓社 20050620
BC級戦犯裁判 林博史 岩波書店 20050621
ヒロシマ、60年の記憶 近藤紘子 リヨン社 20050624
呉戦災 あれから60年 呉戦災を記録する会 20050701
BRUTUS Casa イサム・ノグチ伝説 マガジンハウス 20050710
八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 佐藤卓己 筑摩書房 20050710
原爆災害 ヒロシマ・ナガサキ 広島市・長崎市原爆災害編集委員会(編) 岩波書店 20050715
原爆と写真 徳山喜雄 御茶の水書房 20050715
チンチン電車と女学生-1945年8月6日・ヒロシマ- 堀川恵子・小笠原信之 日本評論社 20050715
2005年NPT再検討会議をどうみるか-被爆60年、いま核兵器廃絶へ 非核の政府を求める会 20050716
広島 記憶のポリティクス 米山リサ 岩波書店 20050726
広島大学原爆放射線医科学研究所所蔵 平岡敬関係文書目録(韓国人・朝鮮人被爆者問題関係史料) 広島大学文書館編 広島大学平和科学研究センター 200507
爆心地中島-あの日、あのとき- 元大正屋呉服店を保存する会・原爆遺跡保存運動懇談会 200507
原子爆弾は語り続ける ヒロシマ六〇年 織井青吾 社会評論社 20050730
ピーステップ いまからはじめる平和の第一歩 創価学会女性平和文化会議 第三文明社 20050801
平和を祈る人たちへ-広島女学院同窓会被爆60周年証言集 被爆60周年証言集編集委員会 広島女学院同窓会 20050806
新装版 戦後民主主義-戦後日本・占領と戦後改革第4巻 中村政則・天川晃・尹健次・五十嵐武士編 岩波書店 20050811
秋の蝶を生きる-山代巴 平和への模索 佐々木暁美 山代巴研究室 20051031

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日

 

書誌2004

書誌2004

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
 石の記憶-ヒロシマ・ナガサキ 被爆資料に注がれた科学者の目  田賀井篤平編 東京大学出版会  20040305
GHQ占領下のジャーナリズムと原爆文学研究-プランゲ文庫検閲文献を視座として 岩崎文人(研究代表者) 20040310
平成13年度~平成15年度科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))研究成果報告書
韓国のヒロシマ村・陜川-忘れえぬ被爆韓国人の友へ 織井青吾 社会評論社 20040315
新しい追悼施設は必要か 国際宗教研究所/編 ぺりかん社 20040330
黒い雨 ヒロシマからの証言 広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会 200405
原爆と寺院-ある真宗寺院の社会史 新田光子 法蔵館 20040508
「原爆の絵」と出会う-込められた想いに耳を澄まして 直野章子 岩波書店 20040706
報復ではなく和解を-いま、ヒロシマから世界へ 秋葉忠利 岩波書店 20040707
核なき世界をめざして~原爆症の認定をもとめる闘い~ 「原爆訴訟を支援する会」編集委員会 20040710
山代巴―中国山地に女の沈黙を破って― 小坂裕子 家族社 20040720
爆撃機ロンサムレディー号 被爆死したアメリカ兵 トーマス・C・カートライト NHK出版 20040725
夏の花たち ヒロシマの献水者宇根利枝物語 鈴木ゆき江 ひくまの出版 200408
証言 原爆納骨安置所と佐伯敏子さん ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会(中川幹朗) 20040929
峠三吉資料目録 IPSHU研究報告シリーズ 研究報告NO.32 松尾雅嗣・池田正彦編 広島大学平和科学研究センター 200410
夕凪の街 桜の国 こうの史代 双葉社 20041020
慟哭の悲劇はなぜ起こったのか-その明暗を分けたもの 建物疎開動員学徒の原爆被災を記録する会 20041026
この星に生まれて : 復興・ひろしま・国連 中国新聞社 20041101
国連訓練調査研究所(ユニタール)アジア太平洋広島事務所開設記念
峠三吉被爆日記 池田正彦・松尾雅嗣(編)広島大学ひろしま平和科学コンソーシアム・広島文学資料保全の会 200412

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日

 

書誌2003

書誌2003

本・パンフレット

書名 著者 発行所 発行年月日
 原爆の絵-ヒロシマの記憶  NHK広島放送局編 日本放送出版協会  20030130
カザフスタン共和国ゼミパラチンスク被曝実態調査報告書 広島大学原爆放射線医科学研究所 広島大学・ひろしま平和科学コンソーシアム 200303
ヒロシマ-壁に残された伝言 井上恭介 集英社 20030722
ヒロシマはどう記録されたか-NHKと中国新聞の原爆報道 NHK出版 20030730
なみだのファインダー 広島原爆被災カメラマン松重美人の1945.8.6の記録 松重美人/著 柏原知子/監修 ぎょうせい 20030803
英語で読む広島・長崎文献 中村朋子 中国新聞社事業出版センター 20030806
原爆開発における人体実験の実相 米政府調査報告を読む 河井智康/訳著 新日本出版社 20030810
報告集 アフガニスタン国際戦犯民衆法廷 第9回 公聴会 in 広島 アフガニスタン国際戦犯民衆法廷広島公聴会実行委員会 200309
高校生1万人署名運動-高校生パワーが世界を変える 長崎新聞社 20031115

雑誌論文

著者 タイトル 雑誌名(発行者) 発行年月日