NHK広島放送局60年史

『NHK広島放送局60年史』( NHK広島放送局60年史編集委員会編、NHK広島放送局刊、1988/07/01)

内容

章節
開局60周年にあたって
広島放送局の誕生 1
1 日本放送協会中国支部設立
ラジオの幕開け 1
日本放送協会中国支部設立 2
JOFK・こちらは広島放送局 4
総動員の郷土芸能人-開局記念番組- 7
2 初期の放送番組
放送番組の編成 9
とぎれとぎれの放送時間 10
報道放送 13
ニュース 臨時ニュース 産業ニュース 職業紹介 時報 生繭相場 局報 日用品値段 気象通報 経済市況
教養放送 17
講演講座 料理献立 青年の時間と農家の時間 学校放送 子供の時間
慰安放送 20
演芸 演劇 邦楽 洋楽
スタジオ外放送 23
3 初期の放送設備
放送機 電源 空中線 演奏室 マイクロホン 音声増幅器 連絡線・中継線・非常時連絡装置 有線中継と無線中継
4  強まるラジオへの関心
全国初めての聴取者嗜好調査 30
受信者普及運動 31
文書宣伝 映画講演会 放送実演・放送実験つき子供大会 ラジオ体操の会 講習会 ラジオ商組合・供電業者 特殊サービス
伸びる受信契約者数 35
地方局と出張所 37
中国支部が広島中央放送局に 38
戦争と放送
1 戦争体制へ
日中戦争と放送統制 41
戦時色に変わる放送番組 42
ひろがる放送網 45
岡山・鳥取放送局は、大阪から広島中央放送局管内に 46
2 太平洋戦争
きびしい電波管制 48
戦時中の放送番組 49
原放送所に三角塔型空中線建設 53
妨害放送 53
受信者の動き(昭和10年代)55
司令部地下壕からの空襲警報放送 56
番組表・加入者原簿の疎開 57
原爆と広島中央放送局
昭和20年(1945)8月6日、広島に原爆投下 59
原爆投下8月6日午前8時15分 61
被爆直後の広島中央放送局 63
広島中央放送局職員の被爆状況 65
原放送所での救急活動と生活 77
惨禍の中での単独放送開始 78
昭和20年8月21日以降の放送部事務日誌から 81
混乱から復興へ
1 占領下の放送
第二放送、第三放送開始 89
ラジオコードの指令 90
復旧した流川演奏所 92
再生第一歩の初放送 94
ゼロからの出発 95
2 開放された放送
ローカル放送番組始まる 97
戦後のJOFKかいわい 99
マイク街頭へ 101
放送ストライキと放送国家管理 102
放送記者誕生 104
天皇ご巡幸と報道 105
平和記念式典の変遷 106
公開番組あれこれ 107
広島県放送文化普及委員会の発足 109
発展するラジオ文化
1 新しい放送制度
電波三法の施行 111
特殊法人日本放送協会の発足 111
中国地方の民間放送 112
2 ラジオ全盛期へ
多彩なラジオ番組 115
戦後の番組編成から- FKのスタジオ事情 農事放送とRFD全局をあげての仕事 スポーツ放送(昭和20年代)全国版に躍り出たローカル番組 芸能番組と部外放送関連団体
報道課誕生(昭和26年から現在まで)134
ラジオ・ドラマ花ざかり 151
FK芸能団体の活躍 156
広島放送管弦楽団 広島放送交響楽団 広島放送合唱団 広島放送劇団 広島放送児童合唱団 広島放送児童劇団
円盤録音からテープ録音へ 167
ラジオ放送網の建設 168
活発な周知活動 171
瀬戸内海文化船・文化バス 巡回ラジオ列車 NHKたすけあい夏・期移動相談 ラジオの集い NHK全国学校音楽コンクール
受信者の動き(昭和20年代)176
受信障害対策の変遷 178
テレビ時代の到来
1 広島テレビジョン局開局
テレビの始まり 181
比治山テレビ放送所 182
昭和31年3月21日JOFK-TV開局 185
2 初期のテレビ番組と放送制作
テレビローカル定時番組開始 189
平和記念式典初のテレビ中継 190
ローカルテレビニュース放送開始 192
待望のテレビ中継車配備 196
テレビ中継車でスタジオ番組を制作 199
8ミリによるローカル番組 200
テレビ特集、特別番組(昭和30年代)202
スポーツ放送(昭和30年代)205
FK制作テレビドラマの系譜 207
広島放送会館落成 213
テレビジョン放送局建設ラッシュ 217
中国地方放送番組審議会の発足 221
FM放送の開始と運行業務 222
3 放送利用運動と視聴者サービス
放送教育研究会全国大会の開催 225
NHK婦人学級・放送利用農業集団の開設 228
あいつぐ海外演奏家・海外著名人の来広 228
番組公開 230
NHKサービスステーションの開設 231
テレビ受信対策 232
福山テレビ開局対策 大崎テレビ局UHF転換対策
受信者の動き(昭和30年代)234
カラー放送の時代
1 テレビ、カラー化進む
カラー放送の開始 237
ローカル番組もカラー化 238
爆心地図復元運動 240
ローカル30分番組の移り変わり 246
市民の手で原爆の絵を運動 249
特集・特別番組(昭和40年代)256
スポーツ放送(昭和40年代)と昭和50年のカープ初優勝 258
2 視聴者とともに
視聴者サービス月間実施 261
生涯学習と放送 262
NHK交響楽団公演 266
番組公開 267
難視解消への取り組み 268
広島中央放送局ロビーに原爆之碑建立 272
受信者の動き(昭和40年代)275
地域放送の拡充
1 多様化するテレビ番組
ローカルワイドニュースの新設 277
特集番組の拡充 284
瀬戸内海企画シリーズ(昭和15年から現在まで)285
番組素材の宝庫「厳島」 288
昭和50年代の特集番組 290
地域とともに「まちかど号」 293
スポーツ番組(昭和50年代)296
昭和50~60年代の主なラジオ番組 297
2 新しい技術
ニュース・番組制作全面ビデオ化 298
ニュースメディアの幕開け 300
衛星放送 文字放送 テレビ音声多重放送 緊急警報放送 ハイビジョン放送
3 放送文化の発展を願って
視聴者センターの設置 304
テレビ放送開始30周年キャンペイン 305
中国地方テレビ映像祭 306
地域総合イベント 307
受信者の動き(昭和50年代)311
4 ニューメディア時代を迎えて
各地で衛星放送公開・BSコンサート 315
中国地方文字放送フェア 315
広島放送局のきょうとあす 317
原爆放送史
原爆放送の概観 321
NHKの原爆放送と私 327
原爆関連放送番組表(昭和21年~昭和63年)330
広島放送局制作原爆関連番組出版図書一覧 364
資料
昭和63年度地域放送番組一覧 367
広島放送局制作受賞番組一覧 368
ラジオ受信契約数の推移 371
テレビ受信契約数の推移 373
中国管内・県別受信契約数 376
中国管内ラジオ放送局一覧 377
中国管内テレビジョン・FM放送局一覧 378
広島県内の辺地共同受信施設一覧 393
広島放送局在籍者名簿[管理職 昭和2年度~61年度] 399
〃 [全職員 昭和30年度~61年度] 413
〃 [全職員 昭和62年度] 426
年表 429

備考

爆心(朝日新聞連載)

『爆心』(朝日新聞(広島版)連載 19850403~0822)

被爆死の空白
1 白い花の記憶 遺骨の中に一輪 手向けの主は呉服商と判明 消えた繁華街・中島 消息不明なお多数
2 小さき骨
3 軍用旅舎
4 天神町北組
5 検校社
6 支社史
7 1/37
8 アイゴー
9 白衣
10 通行人
11 動員学徒
12 68.8キロ
その生活史
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
40年の歩み
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
生還
1
2
3
4
5
6
7
8
9 二度とあっちゃいけんこと 9歳の記憶

 

 

消えたペン-新聞労働者の8月6日

『消えたペン-新聞労働者の8月6日』(中国新聞労働組合編 、汐文社、19880718)

目次

項目 備考
003 はじめに 中国新聞労働組合不戦の碑実行委員会
009 炎熱のもとで取材したこと 大佐古一郎
019 <記録>新聞労働者の1945・8・6
 相川愛子さん(21) 相原利夫さん(23) 有馬軍治さん(25) 井川勝雄さん(28) 伊藤音三郎さん(29) 石井道子さん(32) 石井諒一さん(36) 出雲初一さん(39) 今田レツさん(42) 今出良秋さん(44) 上田照子さん(46) 後チサ子さん(50) 小野一明さん(53) 落窪ミカさん(55) 神田留次郎さん(57) 本原フサヨさん(59) 北山一男さん(63) 串本誉さん(65) 桑原玉江さん(67) 小迫周蔵さん・美律枝さん(68) 小谷増夫さん(70) 河野秀三さん(72) 佐伯カメさん(84) 佐上美代子さん(77) 佐々木猪勢治さん(80) 佐瀬実さん(84) 坂本定造さん(86) 下本キクエさん(88) 下江達重さん(91) 新城朝子さん(96) 杉野勝吉さん(97) 高田久子さん(100) 竹前省三さん(102) 千葉恭子さん(105) 寺尾政之さん(107) 寺本簫三さん(108) 戸田正記さん(111) 伴谷ヤスヨさん(112) 中井ヨシヱさん(114) 中野勝正さん(115) 仲伏一之さん(118) 中村正男さん(121) 難波くみ子さん(124) 西村静一さん(126) 馬場謙一郎さん(128) 橋本令一さん(130) 桧山八重子さん(132) 平本ウメ子さん(134) 深川庄三郎さん(136) 福井ミツヱさん(137) 藤勇哲さん(140) 法安雅次さん(143) 細川儀一さん(146) 前田英子さん(148) 三木芳郎さん(150) 三田久ニさん(152) 三好友太郎さん(155) 水原智識さん(157) 宮武松三郎さん(161) 宮本軍一さん(163) 宮本澄香さん(165) 宮本藤吉さん(166) 望月慶三さん(168) 矢田茂さん(170) 保田博さん(173) 山井治吉さん(176) 山根喜美子さん(179) 山本利さん(181) 横田怐治さん(185) 横山隆ニさん(186) 吉田芳夫さん(189) 若林ツネヨさん(190)
192 藤間侃治(合同新聞=現山陽新聞)
196 <座談会>「不戦の碑」運動と犠牲者遺族取材を通して
204 戦時編集局の八月六日 ト部清隆
209 逝ってしまった先輩たち 兼井亨
214 原爆と私 下住忠
218 涙でうるんだファインダー 松重美人
224 おわりに 浅井幹夫(中国新聞労働組合執行委員長)

 

戦争展(読売新聞社)開催概要

戦争展(読売新聞社)開催概要

会期 会場 備考
1
『戦争記念館 第1回・第2回 <戦争>展全記録  別冊新聞記者が語りつぐ戦争』(読売新聞大阪社会部編、読売新聞社、19790515)
2
3
『戦争記念館 第3回・第4回 <戦争>展全記録  別冊新聞記者が語りつぐ戦争』(読売新聞大阪社会部編、読売新聞社、19790515)
4 昭和55年8月7日-19日
5 昭和56年8月6日-18日 大丸大阪店
6 昭和57年8月5日-16日 大丸大阪店
7 昭和58年8月4日-15日 大丸心斎橋店
『真夏の戦争記念館  戦争展 第7回全記録 付第6回 記録 』(読売新聞大阪社会部編、読売新聞社、19830801) U
8 昭和59年8月9日-21日 大丸心斎橋店

 

 

原爆展(朝日新聞社主催)

原爆展(朝日新聞社主催)

資料

資料名 年月日 備考
本冊子 (編著者・発行所)
ヒロシマ原爆展 朝日新聞東京本社企画部、  広島市・朝日新聞社 19670905 G
原爆展アンケート集 朝日新聞社 19680101 G
ヒロシマ原爆参考資料集-原爆ドーム保存工事完成記念 朝日新聞社東京本社企画部・広島平和記念資料館 19680115 G
原爆展 朝日新聞西部本社企画部   広島市・長崎市・朝日新聞社 19680702 G
長崎原爆展 朝日新聞東京本社企画部 長崎市・朝日新聞社 19680806 G
ヒロシマ・ナガサキ原爆展 朝日新聞東京本社企画部 19700701 GU
原爆展 忘れまい、この惨禍 朝日新聞東京本社企画部 1982/07/01 GU
「原爆展」を見て 会場アンケートから 朝日新聞東京本社企画部 19820920 G

 

 

原爆展 忘れまい、この惨禍

『原爆展 忘れまい、この惨禍』(朝日新聞東京本社企画部、19820701 )

内容

表紙 写真
ヒロシマー1945 ナガサキー1945 挿図写真
02 ごあいさつ 広島市・長崎市・朝日新聞社
広島市から 荒木武(広島市長)
03 長崎市から 本島等(長崎市長)
05 広島ー人類最初の日
13 地球最後の地
21 非核日本の責務 岸田純之助
24 原爆の開発・破壊力
27 目標都市の選定
28 日本の原爆開発
29 広島・八月六日
32 被爆直後〈松重美人〉
34 被爆の品々
40 遺品など
48 原爆被害の全貌 庄野直美
51 長崎・八月九日
54 余燼くすぶるなかで 〈山端庸介〉
60 被爆の品々
64 遺品など
70 ラジオゾンデ・伝単など
76 原爆による人体の障害 西森一正
81 ヒバクシャの戦後 〈福島菊次郎〉
84 原爆の図-救出 〈丸木美術館〉丸木位里・丸木俊
86 原爆以後の核開発と反核
88 米ソの核戦力
89 もし「核」が落ちたら
90 私の反戦 瀬戸内晴美
92 出品目録

毎日ムック

『毎日ムック』(毎日新聞社 )

発行年 書名 所蔵
19950325 戦後50年 G
広島爆心地360度パノラマ写真
002 原爆・広島・長崎
055 アインシュタインの日本国民への釈明
066 第5福竜丸ビキニ被爆
188 エンタープライズ寄港阻止闘争
207 京大闘争
214 三島由紀夫割腹
19950815 アメリカ人の見た日本50年前 : カラー新発見 1945-1951 <毎日ムック 戦後50年姉妹篇> GU
031 広島商工会議所屋上望楼から360度パノラマ写真 194510<林茂夫撮影>
073 終戦1周年の平和式典 広島19460815<誤?>
090 ボルネオで日本軍と戦ったオーストラリア第7・9師団1200人が占領軍としてモロタイ島から呉に到着 広島19460214
102 米国人家庭の日本でのクリスマス 広島19471225
120 復興する広島 65%が再建された 19470516
154 瀬戸内海 広島・音戸 194908
176 広島駅 194904
178 カナダ人と日本人の血をひく着物姿の女性と子供 1949
179 肥おけのある商店街 広島194909
184 復興する広島 195001
184 原爆ドーム 19500112
184 広島爆心地「平和の木・戦争はもうたくさん」 19500112
185 戦争はもうこりごり 「NO MORE HIROSHIMA 」を掲げた西連寺 広島195004
191 米映画の看板 広島195004
194 ままごと遊び 広島19500403
204 墓地に隠した密造のドブロク 広島195012
238 ミスター・スチールと撮影著たち
19990220 シリーズ20世紀の記憶
1945年 : 日独全体主義の崩壊 日本の空が一番青かった頃
G
042 戦艦大和の最期(吉田満「戦艦大和の最期」より)
099 最初の原爆
100 エノラゲイ
101 ヒロシマ 1945/8/6 8:15
101 太陽の廃立1945年8月(カネッティ『断想1942-1948』より)
103 広島は平らになった (徳川夢声『夢声戦争日記8/10』より)
104 戦後丸儲け(『丸山真男手帖5』より)
105 ナガサキ 1945/8/91 11:02
252 原爆開発[木幡越士]
19991230 毎日ムック シリーズ20世紀の記憶 連合赤軍・”狼”たちの時代 : 1969-1975 G
003 東大落城へ
023 日大その後
025 早大
028 大学紛争 関東編
029 京大闘争
041 大学紛争 関西編
042 「広島死闘編」(広島大)
045 九大
046 4・28沖縄デー1969
047 ASPAC(アジア・太平洋協議会)粉砕闘争
047 10・21国際反戦デー
052 高校生全共闘
106 70年安保闘争
109 三島由紀夫の決起
 三島由紀夫割腹
三島由紀夫氏の死ののちに[武田泰淳]
(「中央公論」1971年1月号、『レクイエム57』より)
要するに天皇一家の存在はあんたの飯の種なんだね(「中井英夫未発表日記(1949~1992)抄」より)
112 三島回想
180 未完の変革 高橋和巳君の死
276 中ピ連

 

 

敗戦と原爆投下(週刊朝日百科)

『週刊朝日百科日本の歴史122 現代1敗戦と原爆投下』(朝日新聞社、19880821)

目次

所蔵
藤村道生(責任編集) GU
02 日本の降伏をめぐる国際政治 藤村道生( 上智大学教授)
04 昭和二十年八月十五日 藤村道生
08 コラム:東京大空襲-昭和二十年3月十日 伊藤正徳 (聖徳学園関東高校教諭)
10 「和平」への戦い サイパン陥落以後  藤村道生
16 全国主要都市の空襲被害
18 玉砕―その「構図」と精神的風土 黒沢文貴 都(立日比谷高校講師)
18 連合軍の反攻から原爆投下まで
20 戦術としての<特攻> 櫻井良樹 (麗澤大学非常勤講師)
21 沖縄戦と原爆投下 藤村道生
23 原爆の惨劇
24 広島・長崎被害地図
26 もの言わぬ証言者
27 戦時下の教育-学徒動員と学童疎開 斎藤聖二 (茨城キリスト教短期大学助教授)
29 ポツダム宣言の受諾 藤村道生
30 満州開拓団とソ連軍の進入

アサヒグラフ

アサヒグラフ(原爆関係記事一覧)

発行年月日 記事  所蔵
19500816  18  ヒロシマを記録した人々告知板本  G
19520806 特別増刷 原爆被害の初公開 U
 19530701  04 原爆症患者その後-被爆八年目の広島にて

 G
 19530826  04   原爆記念日 広島 長崎   G
 19530930  06

本【雑誌】|広島平和記念資料館 平和データベース

原爆傷害調査委員会 広島
 G
 19531223  03  本年度”浮世バンザイ”告知板 国内で初めて縁組 原爆孤児を精神養子に   G
 <未入力>
19650528 表紙・くずれゆく原爆ドーム(広島)  U
 03 霊界から来だ”歌手・丸山明宏
 27  くずれゆく原爆ドーム
19730824 19 この人々に「戦後」はない―韓国・陝川郡の原爆被災者たち(写真と文:吉岡攻) U
19770617 特集:日本原発地図 U
 19780811  12  追跡全調査「原爆の子」106人の33年 閃光の記憶 いまも深く生々しく U

 

 

ヒロシマ 21世紀へのメッセージ

『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(朝日新聞社文化企画局大阪企画部(編・刊、199409)

目次

口絵写真
020 19940927-1030 熊本県立美術館
19950551-0612 大丸ミュージアム・梅田
19950812-0924 郡山市立美術館
19951007-1203 広島市現代美術館
021 ごあいさつ 主催者
024 霊魂よ眠れ 新藤兼人
033 コレクションテーマ[ヒロシマ]
087 ヒロシマ―半世紀への黙示
114 コレクション、テーマ「ヒロシマ」について 竹澤雄三(広島市現代美術館学芸課長)
120 21世紀への黙示―ヒロシマ 小泉晋弥(郡山市立美術館主任学芸員)
127 原爆写真とは何か―次代の人類のヴィジョンのために 平木収(写真論)
133 戦争を風化させないために―フォトCD[ヒロシマ・1945] 後藤和雄(朝日新聞写真データベース委員会幹事)
135 市民が描いた原爆の絵 小泉晋弥
136 作家略歴
140 出品目録

 

ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録

『ヒロシマは生きていた 佐々木雄一郎の記録 』(佐々木雄一郎写真、毎日新聞広島支局編 、毎日新聞広島支局、19770701 )

内容

撮影年月日 備考
荒木武
194509 爆心
1948 原爆ドーム
<以下要入力>
ヒロシマの歩み<年表>
ヒロシマと生きて 佐々木雄一郎
ヒロシマに思う 山本皓三
編集後記 河野通宏
編集委員

原爆死の真実―きのこ雲の下で起きていたこと

『原爆死の真実―きのこ雲の下で起きていたこと』(NHKスペシャル取材班、岩波書店、20170725 )

目次

1 きのこ雲の下の二枚の写真
 原爆投下三時間後の写真
「涙でファインダーがくもった」
御幸橋は壊滅地帯の出口だった
コラム① 「地獄の再現」は、証言者がいたからこそ実現した
2 橋の上には凄惨な光景が広がっていた
少女は動かなくなった赤ちゃんを抱いていた
「どこに逃げればいいのか」それだけを考えていた
瀕死の重傷を負って
あれは「死の前の光景」だった
コラム② 私たちは八月六日、御幸橋を通った
3 写真にはどのような”痛み”が写し出されているか
「科学の力」で原爆の実相を浮かび上がらせる
人間が感じる最大の痛み、”フラッシュ・バーン”
写真は”原爆の非人道性”を物語る
放射線による影響は出ていたか
コラム③ 対談 熱傷の専門家×原子核物理学者
4 橋の上は、命を救う最前線だった
御幸橋は、救護の拠点となっていた
広島に入った特攻兵を皮肉な運命が待っていた
命の選別が行われた
似島に運ばれて
コラム④ 水をあげるか、あげないか。それは究極の選択だった
5 私は友を置いて橋へと逃げた
がれきの下で校歌の合唱が始まった
橋の上にいたのは、一〇代の少年少女たち
最大の犠牲者は中学生だった
悔いを抱えて
コラム⑤ 写真が写し出す”悲しき物語”
終章 原爆は市民の上に落とされた
公表になぜ七年もかかったのか
世界で唯一の写真は、訴え続ける
「被爆の真実」は伝わっているか
コラム⑥ 差別を超えて
あとがき

 

長崎 よみがえる原爆写真

『NHKスペシャル 長崎 よみがえる原爆写真』(NHK取材班編、日本放送出版協会、19950830)

目次

序文
序章 アメリカでよみがえる長崎
写真修復計画「長崎・ジャーニー」
1945年8月10日、川端庸介の「長崎・ジャーニー」
山端写真と最新技術との出会い/クリスとジュディ
第1章 長崎を記録した男
ヒロシマとナガサキ
原爆を記録したカメラマンたち
写真家・山端庸介の戦争
西部軍報道部と火野葦平
新たに発見された山端写真
PHOTOGRAPHS 8・10 長崎・ジャーニー
第2章 長崎・ジャーニー1 ラッキーガール、おにぎりを持った親子
偶然の「浦上工場」/八月十日「悲劇の谷」到着/早朝の憲兵隊本部
少女の微笑み/「ラッキーガール」の悲劇/「さまよう兄弟」との出会い
炊き出しのおにぎり/「おにぎりを持った親子」/優しかった母の面影
第3章 長崎・ジャーニー2  爆心地・傷つき焼かれた人々
モンペの柄から/トラックの上の炎熱地獄/爆心地の悲惨/立ちすくむ少女
平和を祈る龍さんの五十年/路面電車、生と死のドラマ
謎の「浦上天主堂」写真
第4章 長崎・ジャーニー3  救援・逃げ延びた人々
爆心地から北へ/市役所職員奮闘す/「これは私の家だ」
道ノ尾駅の幻の看護婦/日赤第七一三救護班/胸に滲むチンク油の匂い
語ってくれた[お乳をあげる母]/二人の子を失って/写真が説明している
〇〇 PHOTOGRAPHS  8・10 長崎・ジャーニー
終章 長崎の映像は語る
クリスとジュディの長崎再訪/アメリカ・原爆写真展の衝撃
あとがき

ヒロシマの記録(西本雅実)

ヒロシマの記録(西本雅実・中国新聞記者)

(抄)

見出し1 見出し2 備考(掲載日など)
001 ヒロシマガールズ
017 ドームの街 猿楽町
031 体験記53年後の訴え
041 ヒロシマの記録―遺影は語る
053 ヒロシマの記録―平和都市法50年
058 ヒロシマの記録―遺影は語る
132 写真家・林重男
135 ヒロシマの記録
平和記念式典の歩み
136 ヒロシマ打電第1号 レスリー・ナカシマの軌跡
144 ヒロシマの記録
平和大通り
被災写真をみる
147 原爆被災写真 1945~2003年
156 ヒロシマの記録―原爆・平和写真データベース化  20040322
資料館と本社共同 参加や式典2802枚 1次分を保存
157 松重美人さんが撮影 45.8.6全5カット 貴重な「記憶」次代へ
158 広島平和ミッション 歴史を見つめて 中国編
167 広島平和ミッション 過去、今、未来 韓国編
174 ヒロシマの記録
 182  ヒロシマの記録 原爆被災写真  20050802
被爆の惨状 鮮明267枚 被災撮影者の会台帳の原本 中国新聞社に保存
183 被爆直後の市民 惨禍伝える「証言者」
原子雲 市内外から9カット
193 被爆者運動50年
206 ヒロシマの記録
224 被爆1カ付き 廃墟の映像が現存
226 原爆写真を追う 1945―2007年
 230  原爆写真を追う 1945―2007年⑤  20070814
御幸橋の惨状
231 ヒロシマの記録―原爆写真の撮影者たち  20070814
   原爆写真57人が2571枚 1945年8月6日―年末に撮影 資料館、1819枚保存 全体像が判明
232~233 広島原爆の写真撮影者(1945年8月6日~12月末)
234 広島県女一年六組 1945-2008年
243 ヒロシマの記録

新研ニュース(中国新聞労組新研部)

新研ニュース(中国新聞労組新研部発行)

発行年月日 備考
01
02 19840113
03 19840117
04 19840204
05 19840209 自治体報道への提言①兼井亨「一貫性欠ける特落ち対策」
11 19840321 原爆・平和報道への提言①秦野裕子「『なぜ』に答えぬ連載 多い常とう句深まらぬ認識」

 

爆心復元運動とヒロシマの思想

『世紀を超えて-爆心復元運動とヒロシマの思想』(児玉克哉編 、中国新聞社、19950801)

目次

章節
序に代えて-爆心地復元運動の今日的意義-(芝田進午)
人間の復権を目指して(湯崎稔)
Ⅰ-1 原爆被災復元調査の意味 (湯崎稔)
Ⅰ-2 原爆被災復元の論理の構想(志水清編、金沢寛太郎・長屋龍人・湯崎稔)
Ⅰ-3 広島における被爆の実相
『歴史評論 NO.336』(197804)
爆心復元運動の誕生と展開(長屋龍人)
はじめに
Ⅱ-1 被爆原点の空白
Ⅱ-2 「爆心半径五〇〇メートル」の衝撃
Ⅱ-3 「爆心復元」アイデアの源泉
Ⅱ-4 爆心復元の論理と構想
Ⅱ-5 キャンペーン始動
Ⅱ-6 爆心復元運動の展開
爆心復元運動からヒロシマ理論へ(児玉克哉)
はじめに
Ⅲ-1 日本現代史の縮図としての広島
Ⅲ-2 ヒロシマの視点
Ⅲ-3 ヒロシマと現代
Ⅲ-4 爆心地復元運動からヒロシマ理論へ
座談会「爆心調査」からヒロシマを考える
出席者
青木豊子(爆心地復元調査協力者)
鎌田七男(原爆放射能医学研究所研究員)
高橋昭博(爆心地復元調査参加被爆者)
長屋龍人(爆心地復元運動企画提案者、当時NHK番組ディレクター)
渡辺正治(元原爆放射能医学研究所研究員)
児玉克哉(三重大学人文学部助教授)
太田武男([中国新聞]編集部)
あとがき(児玉克哉)

生きて(中国新聞連載)

生きて(中国新聞連載)

氏名 見出し 掲載日・担当記者
葉佐井博巳 核物理学者 西本雅実
1 原爆 放射線測定で実態追う
15 顧みて 戦争なき世界つくろう
石丸紀興 都市・建築研究者 林淳一郎
1 復興史研究 被爆地広島の軌跡追う 20161206
15 提案 地域見つめて研究継続 20161227
鎌田七男 <医師・広島大名誉教授(1937年~)> 西本雅実
1 顧みて 被爆者に教えられ歩む 20170725
15止 継承 広島だからこその務め 20170815
サーロー節子 <被爆者(1932年~)> 金崎由美
1 新たな決意 廃絶へ仕事はこれから 20180803
20止 核兵器 終わりの始まり 20180901

広島国際文化財団

広島国際文化財団

1977年、中国新聞社と中国放送が広島の文化振興を目的に設立した財団法人

主な事業

年月日
197807 街づくりシンポジウム(丹下健三、平山郁夫など)
197811 デザイン会議1978広島
197904 ガウディ展
198008 増田勉ヒロシマシリーズ作品展
米国記者招請計画(アキバ・プロジェクト)

中国新聞

中国新聞

『山本正房追悼録』(中国新聞社、19710815)
論文
小池聖一「中国新聞・中国新聞社の戦前と戦後」
https://home.hiroshima-u.ac.jp/hua/public/mitsubishi/mitsubishi01.pdf#search=%27%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E6%AD%A3%E6%88%BF%27

閃光を背負って―原爆第一号の足跡

閃光を背負って―原爆第一号の足跡(毎日新聞(広島版)連載1989年8月16日~9月6日

 掲載月日  見出し1   見出し2
1  0816  署名運動  救済求め手を組もう
2 0817   請願書  最初は”外注”友人に依頼
3  0818  被爆者の叫び1  「このケロイドを見よ」
4  0819   被爆者の叫び2  東京でも体験語る
5  0822   被爆者の叫び3  被害者の会を脱退
6  0823  八・六友の会  すべてと仲良く
7  0824  抗議  広島の人間として
8  0826  あがき  自分が手がけたのに
9  0830  吉川清の思い  この”肩書”ずしりと
10  0831  歩み・上  権利の主体へと
11  0902  歩み・中  土産物店など経営
12 0902 歩み・下 ぐち口にせず往生