広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年7・8月(平和祭関係))
広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年7・8月(平和祭関係)) |
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番号 |
件名 |
発元又は宛名 |
1 |
平和擁護運動並全面講和愛国運動の概況 |
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2 |
広島平和擁護委員会の動向について |
特審調査部長宛 |
3 |
平和擁護運動について |
特審中国支局長宛 |
4 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
5 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
6 |
平和擁護委員会等の動向について |
復命書 |
7 |
平和擁護委員会等の動向について |
特審調査部長宛 |
8 |
広島平和祭に併う(共)主流派の平和講演会開催について |
特審調査部長宛 |
9 |
日共関係者の動行について |
安芸地方事務所発 |
10 |
団体動行調査について |
甲奴地方事務所発 |
11 |
平和芸能祭の状況について |
復命書 |
12 |
反戦同盟準備会について |
特審調査部長宛 |
13 |
平和祭をめぐる諸団体の動向について |
特審調査部長宛 |
14 |
全国平和会議の状況について |
特審調査部長宛 |
15 |
平和運動に関する資料送付について |
特審調査部長発 |
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広島県総務部地方課『特別調査一件』(1951年8月~12月) |
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番号 |
件名 |
発元又は宛名 |
1 |
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2 |
人形劇団クラルテ「人形劇教室」公演について |
特審調査部長宛 |
3 |
平和擁護委員会の届出について |
特審調査部長宛 |
4 |
平和擁護委員会の団体等規正令による届出の勧奨について |
平擁委会宛 |
5 |
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6 |
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7 |
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8 |
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9 |
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10 |
松本治一郎民主陣営復帰歓迎大会について |
特審調査部長宛 |
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『民政新報No.4』(民政新報社、19510910)[印刷・編集・発行人=小堺吉光] |
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『人間に光あれ 部落問題研究資料』(土岡喜代一著、民政新報社編集・発行) |
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11 |
日本社会党広島県連合会並びにこれと提携せる団体の動向について |
特審中国支局長宛 |
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第6回国民体育大会際しての行幸啓に伴う広島自由労働者組合の動向について(報告) |
特審中国支局長宛 |
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(別記1)『天皇陛下に訴える』(広島自由労働者組合) |
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(別記2)『 』(広島の一貧乏人より) |
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(別記3)『ハズカシメを忘れるな 天皇から遠ざける市役所』(広島自由労働者組合) |
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(別紙4)『大砲かめしかNo.4』(日本共産党自由労働者細胞、19511101) |
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12 |
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13 |
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14 |
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15 |
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16 |
劇団「ぶどうの会」の公演状況について |
特審調査部長宛 |
17 |
県下における日雇自由労働組合の動向について |
特審調査部長宛 |
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「(写し)抗議文 広島市長浜井信三・広島市議会議長秋田正之・市幹部40名・市議会議員あて」(広島日雇自由労働組合協議会・広島自由労働組合・広島日雇労働者労働組合・広島失業対策自由労働組合、19511220) |
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18 |
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19 |
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20 |
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21 |
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22 |
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23 |
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24 |
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25 |
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26 |
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27 |
(共)外郭団体現況表送付について |
CIC宛 |
28 |
県下における愛善苑の現況について |
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『ひろしま修学旅行ガイド 世界平和に貢献する水と緑と文化のまち 』(広島市観光課・広島市観光協会編 刊、19830731)
目次
頁 |
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はじめに 荒木武(広島市長) |
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1 |
君はいくつの広島を見るだろうか |
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6 |
広島のルーツたどってみよう |
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14 |
広島のあゆみ |
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16 |
頭の中に広島のデータを入れておこう |
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17 |
ひろしまナンバーワン |
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18 |
ピックアップひろしまシティ |
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18 |
中・四国圏をリードする90万人都市「広島」 |
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20 |
広島の母なる川・太田川 |
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22 |
世界に開かれた広島 |
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24 |
動く路面電車の博物館 |
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26 |
広島の都心には大きな公園が2つもある |
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28 |
スポーツ王国・広島の代表は赤ヘルカープ |
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30 |
海に向かって発展する広島 |
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ふるさと広島 |
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23 砂原美智子 25 若杉 慧 27 新藤兼人 31 原田真二 |
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32 |
自分の足で気軽に見てまわろう |
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32 |
文化の道コース |
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37 |
平和の道コース |
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40 |
歴史の道コース |
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43 |
水の都散策コース |
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46 |
橋のコース |
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49 |
グループで楽しむコース(サイクリングコース) |
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52 |
瀬戸の小島めぐりコース |
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55 |
東洋工業と黄金山のコース |
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58 |
西部流通センターコース |
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61 |
足をのばそう市内観光 番外編 |
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64 |
スケジュールに取り入れたい産業施設見学 |
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65 |
君に語りかけるヒロシマ |
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66 |
あの日時計は8時15分で止まった |
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67 |
原子爆弾の破壊力 |
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68 |
多くの児童・学徒たちも原子雲の下にいた |
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69 |
被害者の一人としてヒロシマを語る |
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72 |
年間130万人が訪れる 広島平和記念資料館 |
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73 |
いつまでも記憶の中にとどめておきたい |
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77 |
平和について学び語りあおう 広島平和記念館 |
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80 |
ヒロシマを世界へアピール |
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82 |
平和記念公園はヒロシマの原点 |
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86 |
私が見たヒロシマ |
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87 |
もっと広くヒロシマを見つめよう |
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88 |
フリータイムひろしま |
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90 |
ひろしまの四季 |
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96 |
ひろしま味覚事典 |
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99 |
広島地酒の話 |
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100 |
広島伝統工芸事典 |
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101 |
広島流お好み焼き物語 |
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103 |
広島のむかし話 |
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105 |
ひろしまのことば・広島市の読みにくい地名 |
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106 |
広島の周辺みてある記 |
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107 |
三段峡・湯来温泉 |
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108 |
宮島 |
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110 |
岩国 |
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111 |
呉・江田島 |
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112 |
交通メモ |
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114 |
広島駅ガイド・バス路線ガイド |
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116 |
お問合せコーナー |
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『被爆(戦後)50周年 被爆(戦争)体験談児童生徒の平和作文集』(府中町・府中町教育委員会編 刊、19960101)
目次
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はじめに |
林原亘(府中町長) |
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被爆(戦争)体験談 |
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八月六日(池本四郎)
私の見た光景(江種祐司)
被爆体験(岡村守三)
私史断片(梶川進)
敗戦直前の頃(片桐隆三)
私の青春は終始、戦争の地獄だった(栗栖徳政)
私の原爆体験記(滝山政輝)
原爆の追憶(多羅尾義男)
一生懸命働いた(中山アヤ子)
戦争と母(二井貴衣)
私の戦争体験(橋本正紀)
平和への願い(橋本ツネ子)
私の青春時代(溝本燁子)
あの思いを胸に今…(山手博)
私の原爆記(山室安江)
府中小学校講堂での被爆者看護の日々(吉田美江子) |
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平和作文(中学生の部) |
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平和作文(小学生の部) |
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資料 |
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01 |
「日本非核宣言自治体協議会」結成の経過 |
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02 |
日本非核宣言自治体協議会会則 |
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03 |
年度別協議会会員自治体数及び非核宣言自治体数 |
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04 |
1995年都道府県市区町村別内訳 |
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05 |
内、1995年広島県市町村別内訳 |
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06 |
広島県内非核宣言自治体一覧表 |
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07 |
核兵器廃絶・平和宣言を呼びかける共同声明 |
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08 |
非核町宣言(府中町・府中町議会) |
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09 |
抗議文(府中町) |
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10 |
抗議決議(府中町議会) |
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11 |
府中町被爆者健康手帳保持者数 |
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松永照正
20080127没 |
まつなが・てるまさ |
享年81 |
国際文化会館(現原爆資料館)館長。著書『ナガサキよ世界へ』(松永照正著刊、19890628) |
『ナガサキよ世界へ 元原爆資料館長の回想』(松永照正著刊、19890628)目次
章節項 |
見出し |
備考 |
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発刊に寄せて |
本島等(長崎市長) |
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はじめに |
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1 |
海外で核兵器廃絶をアピール |
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2 |
原爆資料館を訪れた印象深い内外の人々 |
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3 |
長崎原爆資料館(長崎国際文化会館)の紹介 |
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4 |
長崎市民へのメッセージ |
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あとがき |
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核実験禁止要請に関する決議
世界で最初に原爆の惨禍を受け、今尚放射能害による死と闘いつつ原水爆禁止と核実験停止を全世界にくりかえし強く呼びかけてきた広島県民は、今回の貴国の核実験に対し不安と憤激の念とどめがたく、真に遺憾とするものである。
たといどのような理由があろうと実験のもたらす放射能は人類の生存に多大な悪影響を与え、実験が実験を呼ぶ悪循環は、軍拡競争に拍車をかけ、恐しい人類の危機をますます増大させている。
よって、広島県議会は従来しばしば決議要請した如く広島県民を代表してここに貴国核実験の即時中止を要請するとともに核保有国による実験停止協定の締結、核兵器の製造禁止を含む軍備全廃を目指して即時首脳会談を開いて努力されるようう要請する。
昭和三十七年八月十一日
要請先
ソビエート社会主義共和国連邦
アメリカ合衆国
核実験停止協定締結要請に関する決議(1962年12月22日)
アメリカとソ連は、現在なお核実験を続けています。核実験は、現在将来にわたって人類の生命と健康に害を与えます。
広島県議会は、従来しばしば決議要請してまいりましたがすぺての国の核実験をやめさせるために何度でもくりかえし反対し、一刻も早く停止協定を結ばせなければなりません。
ここに広島県民を代表して、すべての核保有国は来年一月一日を期して核実験停止協定を締結されるよう要請します。
右決議する
昭和三十七年十二月二十二日
『時代と記憶 メディア・朝鮮・ヒロシマ』(平岡敬、影書房、20110615 )
目次
部章 |
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1 |
メディアの世界で |
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1- |
衰弱する言論 |
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1– |
“書き屋”の弁 |
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|
吉川幸次郎氏 人間生活こそ文明 |
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1— |
唯一の一面コラム |
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天風録 |
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1—- |
新聞界の苦悩 |
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1—– |
「為人民服務」はどこへ |
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2 |
朝鮮半島へのまなざし |
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2-1 |
韓国の被爆者たち |
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2-2 |
私の”朝鮮体験” |
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3 |
原爆・平和をめぐって |
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3- |
原水禁運動の混乱と後遺症 |
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分裂と主導権争い 一九六一年の平和運動 |
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一九六二年・平和理論の課題 |
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被爆者の苦悩みつめる福島菊次郎の写真集「ピカドン』 |
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今も消えぬ原爆のせん光 二十四年目の被爆者たち |
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広島市の平和行政の展開 |
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新しい生き方を |
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痛烈な異議申し立て こうの史代『夕凪の街桜の国」(双葉社) |
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被爆五十周年の広島 |
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核兵器を禁止する国際法を |
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世界各国で「原爆展」を |
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二十一世紀におけるヒロシマの役割 |
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ヒロシマからアジアへ 平和をつくる市民運動 |
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癒しの空間 効率主義に抗して |
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調査と医療支援の一体化 NGO「ヒロ・セミ」の活動 |
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日本・カザフスタンの人々の連帯を強め核兵器廃絶の世論を |
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事前説明が不充分か?不満を訴える被害者 |
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前進する被曝者医療 第五次医療支援訪問を終えて |
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カザフの聞き取り調査に対する所感 |
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生き抜く人々 |
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カザフの高麗人 |
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広島と長崎の教訓を忘れるな |
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私と原子力光と影を見つめて |
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大胆な原子力政策の転換を ヒロシマからのメッセージ |
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「ヒロシマ再考」ノート |
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おわりに |
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『報復ではなく和解を いま、ヒロシマから世界へ』(秋葉忠利、岩波書店、20040707)
内容
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はしがき |
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三つの勝利 |
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国際平和会議「ハーグ平和アピール1999」19990513、オランダ・ハーグ市にて |
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報復ではなく和解を、敵対関係ではなく人道を |
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国連軍縮フェローズ 市長講演 20031007 広島国際会議場にて |
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女性と平和 |
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第13回日本・ヨルダン・エジプト・パレスチナ女性交流公開フォーラム 20040214 |
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平和宣言の作り方 |
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20020901 神奈川県二宮町にて |
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本書に関連する広島市の主な平和への取組み |
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平和宣言(1999年~2003年) |
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『人間の心ヒロシマの心』(秋葉忠利、三友社出版、19881223)
目次
章節=頁 |
タイトル |
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はしがき |
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Ⅰ |
広島・長崎の経験を人類の祈りの基盤に〈基調講演〉 |
大江健三郎 |
Ⅱ |
被爆体験の意味と平和運動 |
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028 |
なぜ広島でシンポジウムか〈主催者挨拶〉 |
柿木昇治 |
030 |
「ヒロシマの心」を世界の心に〈開会挨拶〉 |
荒木武 |
033 |
高い理想、そして具体的な出発〈オーガナイザー挨拶〉 |
秋葉忠利 |
035 |
何を誰にどう伝えるのか-そして何のために |
秋葉忠利 |
Ⅲ |
被爆体験の人類史的意味 |
|
060 |
「被爆の証人」として生きる |
高橋昭博 |
072 |
あらたな意味をもつ被爆体験の継承 |
宇吹暁 |
079 |
あたらしい被爆者像を求めて |
舟橋喜恵 |
092 |
被爆後の年月を通して考える〈パネルディスカッション1〉 |
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Ⅳ |
広島のメッセージを実現するために |
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116 |
教育の現場で平和を考える |
片山美代子 |
127 |
仏教徒としての被爆体験と平和の願い |
光寺重信 |
144 |
核廃絶の可能性を求めて |
安江良介 |
153 |
心理学者と平和の問題 |
ジョン・J・フューレディ |
158 |
「広島のこころ」を蘇らせるために〈パネルディスカッション2〉 |
|
193 |
平和シンポジウム趣意書 |
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196 |
平和シンポジウム感想歌集から |
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198 |
パネリスト紹介 |
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203 |
広島ターミナルホテルあいさつ |
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204 |
協力者一覧 |
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205 |
フロアからの発言者プロフィル(発言順) |
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原田東岷 |
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竹内千代 |
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上神千波弥 |
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江崎寿賀子 |
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原伸幸 |
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熊田信道 |
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空フミコ |
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|
中川幹朗 |
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山本誠 |
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延本充弘 |
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井上敬喜 |
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ローレンス・ウィイグ |
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永井秀明 |
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あとがき |
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『 真珠と桜 「ヒロシマ」から見たアメリカの心』(秋葉忠利、朝日新聞社、19860720)
目次
章(頁) |
タイトル |
メモ |
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はしがき |
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Ⅰ |
怒涛 |
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009 |
アキバ・プロジェクト ローカル・ジャーナリストを広島へ |
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(『ヒロシマ』森下弘)あなたの目で確かに見つめなさい |
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039 |
平和の使徒 アメリカ人の原爆観 |
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(アメリカ合衆国国家)赤いロケットの焔/空中に炸裂する爆弾/それは星条旗が翻っている証(しるし) |
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058 |
卑劣な日本人 悪の原点=パール・ハーバー |
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(能『葵上』)今の恨みはありし報い 瞋恚の炎は身を焦がす 思い知らずや 思ひ知れ |
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079 |
一人ひとりの顔 記者たちの広島体験 |
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(『法句経』友松円諦)われらはここ 市の領域に近し… このことわりを知る 人々にこそ かくしていさかひは止まん |
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Ⅱ |
源流 |
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097 |
鎖を断つ プロジェクト実現まで |
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118 |
他人の痛み 私の見た平和運動 |
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136 |
道端の焼夷弾 私の戦争体験 |
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156 |
カラオケに耳を覆う 文化の壁は越えられるか |
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179 |
プラウド・オブ・ユア・サン アメリカで父になる |
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Ⅲ |
分水 |
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201 |
ビッガー・ザン・ユー カウボーイ社会アメリカ |
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225 |
医者と患者の関係 エキスパートの支配 |
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243 |
ワシントン・シンドローム 忘れられる過去 |
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265 |
死を歓迎する心 被爆者は『生ける屍』か |
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281 |
二重被爆者神話 アメリカ社会の無力感 |
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303 |
現実と想像力 平和への意志 |
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327 |
あとがき |
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。