年表:ローマ法王とヒロシマ(1945~80年)

年表:ローマ法王とヒロシマ(1945~80年)

年月日 事項 備考
1945
0807 ローマ法王庁機関紙『セルバトーレ・ロマナ』、広島に投下された原子爆弾を「戦争の終了を焦る破滅的手段」と非難。
1946
0906 フーゴー・ラサール神父(広島市幟町カトリック教会牧師)、ローマ法王にヒロシマ救済を懇請。
1947
1207 フーゴ―・ラサール神父(ドイツ人)、1年4カ月の欧米・南米講演旅行から広島市に帰る。「広島への関心と同時に同情はすこぶる大きい。ローマ法王ピオ12世も深い同情と激励の言葉を広島市民に贈られた」
1949
0603 聖フランシスコ・ザビエル来日400年記念でローマ法王特使ギルロイ枢機卿ら72人の国債巡礼団、広島市へ、平和広場で降福式。
1950
1002 山口愛次郎長崎市大浦天主堂司教、欧米各国巡礼の旅に出発。15日、ローマ法王ピオ12世に謁見。(1951.2.18長崎日日新聞)。
1954
0806 世界平和記念堂完工式。建設費1億円。信者約2000人、11カ国の駐日外交官、高松宮夫妻が出席。ローマ法王からメッセージ「(聖堂は)戦いの傷をいやすとともに平和への道の象徴」。
1956
0401 ローマ法王ピオ12世が原子兵器競争中止の呼びかけ。
1218 日本被団協(藤居平一事務局長)、ローマ法王ピオ12世から、広島カトリック教会を通じ、10月24日に送った原水爆禁止と放射能に対する医学機関設立についての要望書に対する返書を受け取る。(朝日新聞)
1957
0213 日本原水爆被害者団体協議会,ローマ法王ピオ12世にイギリス水爆実験禁止への協力依頼の手紙を送る.
1960
0508 ローマ法王ヨハネ23世、広島司教区新設時、野口由松司教をローマに呼び自ら異例の叙階式(任命式)を開く。
1963
0410 ローマ法王ヨハネ23世、「地上に平和を」と題する全世界のローマ・カトリック司教への回状を公表。平和と戦争の問題での法王の通達はローマ・カトリック2000年の歴史で初。
0414 広島の被爆者森木葉子、ローマ法王へ原水爆禁止を直訴するため広島を出発。世界キリスト教婦人有志の呼びかけ。
0520 森木葉子(広島女学院大勤務)、世界16カ国の代表60人とともにローマ法王ヨハネ23世に面会、原水爆禁止を訴える。
0603 ローマ法王ヨハネ23世死去。81歳。
0604 ローマ法王に原水爆禁止を直訴(5月20日)の森木葉子、広島に帰る。
0914 宗教者平和使節団(団長:松下正寿核禁会議議長)一行、羽田を出発。16日、ローマ法王に謁見し核兵器禁止と世界平和を訴える。(「核禁会議20年史」)
1965
0319 ローマ法王の特使、パウロ・マレラ枢機卿広島訪問。慰霊碑に参拝。浜井広島市長を表敬訪問。
1968
0527 山田広島市長、バチカンを訪問しローマ法王パウロ6世に接見、8月6日の広島平和式典への招待状を手渡す。法王「2年後の被爆25周年の1970年にはぜひ訪れたい」
0625 広島市、8月6日の平和式典要綱を決める。名称を「記念」から「祈念」へ変え「原爆死没者慰霊式ならびに平和祈念式」に。ローマ法王パウロ6世にもメッセージを要請。
0625 広島市、平和祈念式のメッセージを収録したメッセージ集の作成を決める。
0718 広島県宗教連盟、1970年の原爆記念日にローマ法王パウロ6世を超宗派で招請することを決める。
0806 広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。約4万人が参列。ローマ法王パウロ6世がメッセージを寄せる。会場に被爆者席300席を特設(初)
0806 被爆二十三周年、「原爆死没者慰霊式ならびに平和祈念式」。原水禁三団体代表を含む市民四万人。ローマ法王パウロ六世メッセージ
1029 アルフレッド・ベンクシュ枢機卿(ベルリン大司教区区長)、山田広島市長に会い、ローマ法王広島訪問への協力を約束。
1972
08 ローマ法王庁機関紙『ロッセル・バトーレ・ロマノ』から「正義と平和に関するメッセージ」(ローマ法王パウロ六世が1月1日に発表)が中国新聞社に届く。
1974
0530 森滝市郎(原水禁国民会議)代表委員・近藤幸四郎常任理事、インド・仏への核実験抗議のため羽田を出発。山田広島市長、ローマ法王パウロ六世やジスカールデスタン仏大統領あてのメッセージを託す。
1979
0509 長崎市の原爆被爆者団体「乙女の会」、ローマ法王に接見。
1980
0925 ローマ法王庁筋、来年2月のローマ法王の広島・長崎市訪問を発表。
1221 ローマ法王の訪日計画、正式決定。それによると、被爆地広島・長崎を訪問予定。
1981
0117 ローマ法王の特使としてバチカンの宗教家、来広し広島原爆資料館など見学。
0109 広島県被団協の森滝理事長、2月に来日予定のローマ法王に核廃絶を訴える録音テープを作成。
0110 長崎県・市、2月来訪のローマ法王に対して核廃絶メッセージの発表などを要望する書簡を送付。
0110 ローマ法王の特使として、バチカンの宗教家ら、長崎市を訪問。
0224 「NGO被爆問題国際シンポジウム広島継続委員会」、ローマ法王の広島訪問を歓迎、原水禁運動への協力を訴えるアピールを発表。
0225 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、来広。原爆慰霊碑に参拝し、核兵器撤廃などを訴える平和アピールを採択。約2万5千人の市民が歓迎。
0225 ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世、長崎市を訪問。26日、恵の丘原爆ホームを慰問。
0225 広島市在住の詩人栗原貞子、ローマ法王に同行して来広する外国人記者に自作の英文詩集を贈呈。
0225 NHKなど、ローマ法王来広のもようを放送。
0225 RCC制作の特別番組「広島のローマ法王」放送。
0306 広島への原爆投下について報道したバチカン法王庁の機関紙(2月に来広したローマ法王の寄贈)、翻訳を終了。
0319? 広島原爆資料館、ローマ法王のアピールを米のマーク・ハットフィールド上院議員に送付。
0322 ローマ法王の長崎訪問を収めた記録映画、完成し公開される。
0404 日本被団協代表、ローマ法王より2月来日中に渡した手紙に対する礼状とカードをうけとる.
0410 2月に来広したローマ法王から贈られた原爆投下直後のバチカン市の新聞を刻んだ銅板など、平和記念館で一般公開。
0413 広島市、2月のローマ法王の来広を記録した映画「ローマ法王広島訪問」を制作。
0513 2月に来広したローマ法王ヨハネ・パウロ二世、バチカン市で狙撃され重傷。
0517 ローマ法王の長崎訪問を記念して、碑建立され除幕。
0505? 2月に来広したローマ法王に自作の詩を贈った広島市の詩人栗原貞子に、ローマ法王から返礼のハガキ届く。
0624? 広島市在住の被爆者、ローマ法王来広(2月)の記念碑建立運動を開始。
0702? 広島市在住の染色家(三田嘉一)、2月に来広したローマ法王のサインをろうけつ染めに仕上げ、広島市に寄贈。
0804 広島市の一被爆者、広島平和文化センターにローマ法王平和アピール碑建立運動に協力要請。
0830 ローマ法王、第二次大戦ぼっ発記念日を前に核廃絶を訴え。
1205 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、日本の新聞社記者と会見。日本訪問について広島・長崎の原爆の悲惨さが印象に残っていると語る。
1212 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世、米・ソなどに核軍拡競争中止を訴える使節団を派遣する方針発表。
1214 ローマ法王、米大統領に、核兵器不使用を訴える親書及び「人類の生存と健康に関する核兵器使用の調査結果」報告書、提出。(近くソ連共産党書記長にも提出)
1219 ローマ法王来広を記念する「平和アピール碑建立委員会」、広島市で発足。
1226 広島YMCA、ローマ法王の「平和アピール」を記念して「平和のためのモニュメント」を建立、除幕式。
1982
0206 「ローマ法王平和アピール碑建設委員会」、同碑の制作を広島県出身の彫刻家杭谷一東に依頼。
0209 カトリック正義と平和広島協議会・平和を願う会、ローマ法王来広を記念して文集「平和への道」を発行。
0215 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の呼びかけで開かれる核兵器廃絶のための会議の準備会、ウィーンで開催。
0225 ローマ法王平和アピール碑建立委員会、広島市で碑建立費のカンパを求めるビラを配布。
0225 広島地区カトリック教会の信者ら、ローマ法王来広1周年を記念して平和記念公園で「平和を願う祈りの集い」開催。
0225 広島YMCAのメンバー、ローマ法王来広1周年を記念して市内で、ローマ法王の平和アピール文を印刷したビラを配布。
0228 ローマ法王平和アピール碑建立委員会、広島市で、街頭募金をし市民に協力呼びかけ。
0319 ローマ法王からの核兵器廃絶を願う書簡、日本被団協に届く。(2月の被団協の核廃絶訴えの返書)。
0319 日本被団協、ローマ法王から2月中央行動の要請書への返書を受け取る.
0501 子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会にローマ法王から、同会が作成した原爆記録映画を見たいとの手紙届く。
0611 ローマ法王、訪問先のアルゼンチンで、同国民に向け、広島・長崎の原爆被害に言及したメッセージ発表。
0611 ローマ法王、SSDⅡに「力の論理よりも理性の力を」とのメッセージ送付。
0615 ローマ法王の平和アピール記念碑づくりを提唱した被爆者藤枝良枝、同碑建立委員会に寄金。
0721 「子どもたちに世界に!被爆の記録を贈る会」代表、バチカンの法王庁を訪問。被爆記録映画(伊語版)を贈り、ローマ法王と接見。(22日に上映)
0803 「子どもたちに、世界に!被爆の記録を贈る会」代表、帰広し、ヨーロッパでの活動のもようを報告。(7月21日、ローマ法王と接見)。
0819 日本被団協派遣のヨーロッパ「語り部の旅」代表団(28名)、欧州に出発。(30日帰国)。5回目。東西独・仏・オランダ訪問。25日、ローマ法王に会見。
0825 日本被団協海外派遣代表団ローマ班、ローマ法王に謁見.
0901 曹洞宗大本山永平寺貫主、バチカンを訪れ、ローマ法王に世界平和を訴えるメッセージを堤出。
0919? ローマ法王アピール碑、完成。(翌年2月除幕式。)
1983
0225 ローマ法王平和アピール碑(広島平和記念公園・広島平和記念館)
0514 ローマ法王庁の駐英代表者が、反核運動に参加しているカトリック神父らを非難する手紙を書いていたことが判明。
0531 広島市友好親善代表団(荒木市長ら)、ローマ法王に特別接見。法王、平和へ向け努力する決意を表明。
0624 在日ローマ法王庁大使マリオ・ピオ・ガスパリ大司教、死去。広島市、弔電打電。(1981年のローマ法王来日実現に尽力。)
0824 原爆をテーマにいた映画「この子を残して」の木下恵介監督、同映画をローマ法王に寄贈。
1984
0225 ローマ法王来広3周年記念行事、広島市で開催。
0531 長崎市、ローマ法王へ原爆写真展の開催について協力を要請。
0914 広島市の平和記念公園の「平和の灯」、カナダ・トロント市に分火され、ローマ法王なよって同市の「平和の庭」聖火台に点火。
1985
04 今秋、ローマバチカン市国で開かれる原爆展のオープンセレモニーにローマ法王が出席するとの通知が、長崎市に届く。
0806 ローマ法王、原爆記念日で、原爆犠牲者のための特別ミサを実施。
0911 「ヒロシマ・ナガサキ原爆写真展」( 長崎市主催) 、バチカン市国で、開催( 10月 9日まで) 。ローマ法王・長崎市長ら、開会式に出席。
1116 広島県出身の書家岸本磯一の作品展「現代美の写経展」、広島市で開催(18日まで) 。ローマ法王による「平和アピール」の抜すいなども展示。
1986
0715 広島市のデザイナー月下美紀、ローマ法王の平和アピールの墨書を、米・ソ首脳に送付。広島市にも寄贈。
1027 ローマ法王の提唱で、世界平和祈願集会、イタリア中部アッシジで開催(約150人参   加)。日本からも仏教・神道代表者が参加。
1987
0108 広島市の被爆者、ローマ法王の平和アピール記念碑建立に協力した広島インターナショナルに、同記念碑の写真を寄贈。
0123 全国のミニ独立国の平和使節団、バチカン市国などを親善訪問。(28日、ローマ法王に広島・長崎両市長からの平和メッセージを伝達。)
0220 ローマ法王の「平和アピール」全文を墨書した。広島市の月下美紀、同法王の署名をもらいにローマへ出発。25日、法王に特別接見。
0401? 1981年のローマ法王による広島市での「平和アピール」が、事前に配布された日本語訳文と違っていることが判明。
0428 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世から、広島平和文化センター高橋昭博事業部長あてに、サイン入りの写真パネル届く。
1988
0120 長崎県の布津町長、バチカンのローマ法王を訪問、長崎市長より託された被爆がわらを寄贈。
0225 ローマ法王の来広(1981年)を記念する「平和を祈る集い」(カトリック広島司教区主催)、広島市で開催(約50人参加)。
0420 高橋昭博広島平和文化センター事業部長、バチカンで、ローマ法王と会見し、「世界平和連帯都市市長会議」(24日から伊コモ市で開催)について説明。
1989
0225 ローマ法王来広8周年を記念して、カトリック信徒ら、広島市平和記念公園の原爆慰霊碑前で祈りの集い(約50人参加)。
1014? 広島市の被爆者榎野譲、自作の詩集「水辺の祈り―構成詩―ヒロシマから」をローマ法王へ寄贈。同詩集には、詩「ローマ法王さま」などを収録。
1991
0804 広島市平和記念公園でローマ法王平和アピール10周年記念カトリック平和行事を開催。
0805 ローマ法王広島訪問10周年を記念した「カトリック平和行事」、広島市で開催。シンポジウム「平和を問う」を開催、平和記念公園から世界平和記念聖堂までを行進(約800人参加)。
0805 ローマ法王訪日記録映画と被爆者の証言の集い、広島市の聖母幼稚園で開催
1992
0223 カトリック広島教区、広島市の世界平和記念聖堂でローマ法王ヨハネ・パウロⅡ世来広11周年を記念するミサと講演を開催。浄土真宗の僧侶が講演。
1995
0101 ローマ法王、新年のミサで「1995年は広島と長崎に原爆が投下されてから50年目にあたる」と指摘。
0225 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世、法王庁を訪問した日本のカトリック司教代表団との会見で、核兵器廃絶と紛争の平和的解決を訴える。3月16日、朝日新聞社の幹部に対し、同発言を日本国民へのメッセージとして伝達。
0418 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世、ローマ市内で行われた「十字架の道行き」の儀式の冒頭で、アウシュビッツ・ドレスデン・広島の3都市の「悲劇から50年」と題して犠牲者追悼の祈りを捧げる。
0516 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世、戦後50年にあたってのメッセージを発表。広島と長崎の原爆被害について「人間に与えた影響は計り知れない」と述べる。
0805 ローマ法王庁、広島への原爆投下を追悼する「平和へのコンサート」をバチカンの公会堂で開催。聴衆約7000人。ローマ法王、メッセージを寄せる。
0806 ローマ法王、「被爆者のための御ミサ」を実施。
0809 ローマ法王、「被爆者のための御ミサ」を実施。
1996
0113 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、バチカン駐在の外交団向けの新年演説で早期の核実験中止を呼びかける。
0808 81年のローマ法王の日本招聘を実現させた里脇浅次郎枢機卿、長崎市の聖フランシスコ病院で死去。92歳。
1998
0623 伊藤長崎市長、パウロ二世ローマ法王を近く訪ねる日本反核法律家協会のメンバーに、核廃絶への「特別の呼びかけ」を求める法王あてのメッセージを託す。
0627 国際反核法律家協会、総会をローマで開催。佐々木猛也日本反核法律家協会副会長らが参加。29日、ローマ法王尾ヨハネ・パウロ二世宛の広島・長崎両市長のメッセージを届ける。
1999
0909 小渕首相、バチカン市国のローマ法王庁でヨハネ・パウロ2世と会見。法王、首相に核兵器廃絶への努力を要請。

 

沖縄全戦没者追悼式

沖縄全戦没者追悼式<作業中
沖縄県主催
6月23日(沖縄県制定の記念日)
会場:糸満市・平和祈念公園(沖縄県糸満市摩文仁)

総理大臣 メモ
1958年1月25日全琉球戦没者追悼式 識名霊園(琉球政府関係写真資料)
1964
1963
1964
1965 沖縄戦戦没者追悼式典 糸満 摩文仁(琉球政府関係写真資料)
1966 沖縄全戦没者追悼式 第5回 会場遠景 糸満 摩文仁  戦後と援護 – 沖縄県公文書館 (pref.okinawa.jp)
 1968  慰霊祭に関する資料 1970年 -沖縄県公文書館 (pref.okinawa.jp)
1990 海部 俊樹
1991
1992
1993
1994
1995 村山 富市
1996
1997
1998
1999
2000 森 喜朗
2001 小泉 純一郎
2002 小泉 純一郎
2003
2004 小泉 純一郎
2005 小泉 純一郎
2006  小泉 純一郎
2007 安部 晋三
2008 福田 康夫
2009 麻生 太郎
2010 菅 直人
2011 菅 直人
2012  野田 佳彦
2013  安部 晋三
2014  安部 晋三
2015
2016
2017
2018
2019 安部 晋三
2020 安部晋三(欠席) コロナ禍
2021 菅義偉(欠席) ビデオメッセージ<コロナ禍>
20210623
令和3年沖縄全戦没者追悼式 : 沖縄政策 – 内閣府 (cao.go.jp)
2022 岸田 文雄 主催:沖縄県・沖縄県議会
共催:一般財団法人沖縄県遺族連合会
公益財団法人沖縄県平和祈念財団
公益財団法人沖縄協会

「首相あいさつ」(2019年)

令和元年沖縄全戦没者追悼式が執り行われるに当たり、沖縄戦において、戦場に斃(たお)れた御霊(みたま)、戦禍に遭われ亡くなられた御霊に向かい、謹んで哀悼の誠を捧(ささ)げます。
先の大戦において、ここ沖縄は、苛烈を極めた地上戦の場となりました。20万人もの尊い命が失われ、この地の誇る美しい自然、豊かな文化は、容赦なく破壊されました。全ての戦没者の無念、御遺族の方々の言葉に表し得ない悲しみ、沖縄が負った癒えることのない深い傷を思うとき、胸塞がる気持ちを禁じ得ません。
沖縄戦から74年。犠牲となった方々が送るはずであったそれぞれの未来に思いを致し、こうした尊い犠牲の上に、今日、私たちが享受する平和と繁栄がある。そのことを改めて深く噛(か)み締めながら、静かに頭(こうべ)を垂れたいと思います。
我が国は、戦後一貫して、平和を重んじる国家として、ひたすらに歩んでまいりました。戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この誓いは令和の時代においても決して変わることはありません。平和で、希望に満ち溢(あふ)れる新たな時代を創り上げていく。そのことに不断の努力を重ねていくことを、改めて、御霊にお誓いいたします。
沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいております。この現状は、何としても変えていかなければなりません。政府として、基地負担の軽減に向けて、一つ一つ、確実に、結果を出していく決意であります。
昨年引き渡しがなされた西普天間住宅地区跡地は、嘉手納(かでな)以南の土地の返還計画に基づき実現した初の大規模跡地であり、基地の跡地が生まれ変わる成功例として、県民の皆様に実感していただけるよう、跡地利用の取組を加速します。
引き続き、「できることはすべて行う」、「目に見える形で実現する」との方針の下、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くしてまいります。
美しい自然に恵まれ、アジアの玄関口に位置する沖縄は、今日、その優位性と潜在力を存分にいかし、大きな発展を遂げています。出生率は日本一、沖縄に魅せられて訪れた観光客は昨年度約1000万人と、6年連続で過去最高を更新しました。沖縄が日本を牽引(けんいん)し、21世紀の「万国津梁(しんりょう)」として世界の架け橋となる。今、それが現実のものとなりつつあります。この流れを更に加速させるため、私が先頭に立って、沖縄の振興をしっかりと前に進めてまいります。
結びに、この地に眠る御霊の安らかならんこと、御遺族の方々の御平安を、心からお祈りし、私の挨拶といたします。

令和元年六月二十三日
内閣総理大臣 安倍晋三

 

憲法9条を守る音楽と講演のつどい(主催:呉9条の会連絡センター)

憲法9条を守る第*回音楽と講演のつどい(主催:呉9条の会連絡センター)。ところ:ビューポートくれ。<作業中

年月日 【音楽】・【講演】 備考
1
2
3
4
5
6
7 20121117 【音楽】沖縄に向き合い、平和を想う
【講演】戦争被害と憲法(宇吹暁)
8
9
10
11
12
13
14 20191019 【音楽】和太鼓の演奏
【講演】9条の挑戦―日本と東アジアの安全保障のリアリズム(布施祐仁)
15
16 20211107 【音楽】四国五郎を歌う(弟への鎮魂歌、灯ろう流し他)
【講演】ミャンマー(ビルマ)市民の民主化を求める運動から、憲法9条を持つ内実を問い返す(小武正教)
17
18  20231015
 19
20 20251026 【音楽】<RICOさん>
【講演】<是恒高志さん>

法隆寺地域の仏教建造物

法隆寺地域の仏教建造物 登 録 年 1993年<作業中

2008年12月8日 撮影者:宇吹暁
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 日本最初の世界文化遺産 法隆寺 平山郁夫書
 夢殿
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 世界遺産法隆寺ー1400年の歴史遺産を未来へー(法隆寺 2022/06/15 公開) – クラウドファンディング READYFOR

 

参考

 遺産名 所在地  登録基準 資 料 No.
法隆寺地域の仏教建造物 奈良県 C(I)(ii)(iv)(vi)、 660
姫路城 兵庫県 C(I)(iv) 661
屋久島 鹿児島県 N(ii)(iii)  662
白神山地 青森県・ 秋田県 N(ii)  663
  1996年
広島平和記念碑(原爆ドーム) 広島県 C(vi)、 775
厳島神社 広島県 C(I)(ii)(iv)(vi) 776

『世界政治―論評と資料』1985年

『世界政治―論評と資料』1985年(日本共産党中央委員会)

発行月 記事名
684
685 01 日ソ両党首脳会談の画期的意義(聴涛弘)
686 02 核兵器廃絶言明を実行し大問題に解決を
687 02 核兵器全面禁止・廃絶のために ヒロシマ・ナガサキからのアピール
688 03 核兵器廃絶の巨大な国際的共同へ―「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」支持国際署名について―(佐藤光男)
689 03 核兵器廃絶こそ死活の緊急課題
690 04 ソ連・チェルネンコ書記長の訃報に接して(宮本顕治)
691 04 現地ルポ:ベルギー反核運動を見る(加藤長)
692 05 核戦争阻止・核兵器廃絶をめざして―世界反核平和運動の現状と問題点(立木洋)
693 05
694 06
695 06
696 07 核兵器全面禁止・廃絶の国際協定の今日的意義―米ソ交渉の問題点にもふれて(「赤旗」主張)
696 07 《てい談》「赤旗」記者は語る:世界の反核運動を取材して(増田紘一・緒方靖靖夫・宮前忠夫)
697 07 SDI問題と核兵器廃絶の課題(「赤旗」主張)
698 08
699 08
700 09 原水爆禁止世界大会の大きな成果とその意義(聴涛弘)
701 09
702 10 「核戦争を阻止し、核兵器全面禁止・廃絶を実現するたたかい―国際シンポジウムについての各国党の反響」
703 10
704 11
705 11 いまこそ「核兵器廃絶」合意の具体化を―米ソ交渉の現段階について(「赤旗」論文)
706 12
707 12 米ソ首脳会談と反核・平和勢力の任務―米ソ首脳会談を論ず(「赤旗」論文)

岩国の海と山をめぐる法律問題(本田博利)

『岩国の海と山をめぐる法律問題 愛媛大学法学研究叢書3』(本田博利、愛媛大学法文学部総合政策学科、20101228)

内容<作業中>

はじめに
第1章 米軍再編と基地イワクニ
基地イワクニの形成
1 基地の概要
2 基地の沿革と現況
3 基地と市民生活
4 滑走路沖合移設事業
米軍再編と基地イワクニ
1 厚木からの空母艦載機移駐
2 住民投票と新庁舎建設問題
3 愛宕山米軍住宅問題と民間空港再開問題
4 市長選挙と新市長の移駐容認
5 4つの基地訴訟の提起
6 政権交代と愛宕山米軍住宅案の提示
第2章 [第1論文]米軍岩国基地沖合移設事業の公有水面埋立法上の門題点一県知事権限の活用提案
はじめに
1 地元「無視」の米軍再編
2 移設事業の本来目的一基地騒音の軽減
3 本稿の趣旨一埋立目的の逸脱に対する県知事権限の活用提案
問題の所在
1 移設事業に関する4枚の図面
2 3つの疑問
3 航空機騒音調査の再実施の必要性
海の埋立ての法システム
1 海の管理法制
2 公有水面埋立法の基本構造
3 1973年改正①環境配慮条項の導入
4 1973年改正②環境アセスメント実施の義務付け
5 瀬戸内海環境保全特別措置法による埋立規制
6 環境影響評価法に基づくアセスメントの実施
移設事業の公有水面埋立法上の問題点
1 願書の法的問題点①埋立ての目的・用途の変容
2 願書の法的問題点②航空機騒音予測の欠落
3 埋立承認処分の法的問題点
4 法違反への対応①アセスメント実施の義務付け
5 法違反への対応②変更申請の承認
6 法違反への対応③免許権者による独自のアセスメントの実施
7 法違反への対応-承認の取消し(撤回
V 結び一県知事権限の活用提案
補論 1 県の変更承認と国の竣功通知
補論 2 裁判の推移
第3章 [第2論文]岩国市・愛宕山新住宅市街地開発事業廃止の法的問題点一新住宅市街地開発法及び都市計画法の観点から
はじめに
補論
付録 第3論文
あとがきに代えて(追記)

国立西洋美術館本館(2016年世界遺産記載)

国立西洋美術館本館 2016(平成28)年世界遺産記載<作業中

7か国(日本、フランス、アルゼンチン、ベルギー、ドイツ、インド、スイス)にまたがる「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の構成資産の一つ。出典:我が国の世界遺産一覧表記載物件|外務省 (mofa.go.jp)

幟:台東区・国立西洋美術館世界遺産登録上野地区推進委員会
CIMG00011s
CIMG00021s
CIMG00961
CIMG01031
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 以上の撮影日:2009年3月17日、宇吹暁撮影
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世界遺産一覧表記載認定書(複製) 2022年6月12日M撮影

東京大空襲・戦災資料センター

東京大空襲・戦災資料センター <作業中>作業中

サイト:東京大空襲・戦災資料センター (tokyo-sensai.net)

資料年表:東京空襲を記録する会

年月日
1970 東京空襲を記録する会結成。
1973
0310 『東京大空襲・戦災誌  第1巻』『東京大空襲・戦災誌  第2巻』(東京空襲を記録する会刊)
1124  『東京大空襲・戦災誌  第3巻』『東京大空襲・戦災誌  第4巻』(東京空襲を記録する会刊)
1974
0320  『東京大空襲・戦災誌  第5巻』(東京空襲を記録する会刊)
1982
0310 『東京大空襲の記録』((東京空襲を記録する会編、三省堂刊))
2002
0309 東京大空襲・戦災資料センター開館
07 広報誌『東京大空襲・戦災資料センター』No.1発行
 2005
0715  『戦災資料センターから 東京大空襲を歩く』(東京大空襲・戦災資料センター・友の会)
2009
 1124  『第3回シンポジウム 「『無差別爆撃』の転回点―ドイツ・日本都市空襲の位置づけを問う」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター 戦争災害研究室)
  2010
1227  『空襲・戦災を記録する会全国連絡会議 第40回東京大会 シンポジウム 「空襲・戦災を記録する会40年の歴史と今後の展望」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)
 2011
0310  『第4回シンポジウム 「帝国と空襲―イギリス・台湾空襲を検証する」報告書』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)
2012
 0701  『東京大空襲・戦災資料センターニュース No.21 平和研究交流誌』(東京大空襲・戦災資料センター  2012/07/01)
0218  『アメリカ軍無差別爆撃の写真記録-東方社と国防写真隊-』(財団法人政治経済研究所付属 東京大空襲・戦災資料センター)

 

広島民報記事目録 1969年06月~

広島民報記事目録  1969年06月~<作業中

月日 記事  備考
 195 0601  広島の生き証人は叫ぶ―シリーズ①
196 0608  広島の生き証人は叫ぶ―シリーズ②
 197 0615  広島の生き証人は叫ぶ―シリーズ③
198 0629  広島の生き証人は叫ぶ―シリーズ④
199  0706
200 0713  第15回原水禁世界大会
201 0720  大学立法粉砕へ
202 0727  第15回原水禁世界大会の成功へ
203 0803   第15回原水禁世界大会の成功を
204 0810  世界へ示した核戦争阻止の決意
205 0817  ”被爆二世”を訴える
206 0824 広大へ機動隊
207 0831 「全共闘」の再封鎖許さぬ  学生自治会再建へ
208  0907 記者座談会 広大の現状
209 0914
210 0921
0928 第3回共産党県活動者会議特集
211 0928
212 1008  被爆二世の昭夫ちゃんが死亡
213  1012
 214  1019  10・21で統一行動
 215  1026  10・21統一行動 2万5千人が結集
 216  1102
217  1109  平和教育の実践など 広教組が教研集会開く
 1109  ひろがる安保学習運動
 218  1116  佐藤訪米に抗議
 219  1123
 220  1130  「日米共同声明」に抗議の行動
 221  1207  県文団連を結成
 222  1214  真の解放運動の前進を
 223  1221
 224  0111  1970年

 

広島民報記事目録 1969年01月~

広島民報記事目録  1969年01月~<作業中

月日 記事  備考
 176 0105 新年号 四国五郎「ひろしまの朝に」
177 0119
 178  0126
179  0202
180  0209
181 0216
 182 0223
 183 0302
184 0309
185 0316
 186 0323
187 0330  座談会 近づく総選挙 大学問題が焦点
 0330  「60年」から「70年」へ 広島電信の安保闘争
 188 0406  被爆教師の会を結成
 189  0413 沖縄現地報告①山瀬明(広教組執行委員)
190 0420  広大へ機動隊が介入
191 0427  沖縄現地報告③山瀬明(広教組執行委員)(おわり)
192 0511  広島大学闘争 自主解決へ前進
193 0518  再建~この1年 尾道原水協
 194 0525
 195  0601  広島の生き証人は叫ぶ―シリーズ①

 

広島民報記事目録 1968年09月~

広島民報記事目録  1968年09月~<作業中

月日 記事  備考
 159  0901    広島大会の分科会から③知らされない原水爆(おわり)
  0901  大本営復元お流れ 強い市民の反対うけ
160  0908  弾薬輸送激化の一途
 161  0915  劇映画ヒロシマの証人
162  0922  ごまかしの特別措置法
163  0929  特別措置法の説明会
164  1006  尾道市で被爆者健診
 165  1013  68年ひろしまのうたごえ
 166  1020  呉弾薬基地問題特集号
167 1027  広大トロツキストの生態①
168  1103  被爆者の救援を強化 日本原水協 広島市で全国活動者会議
 1103  被爆者健診にとりくむ 民医連福島病院
1103
 平和都市をけがすな 自衛隊パレードに 県実行委が抗議
169  1110  弾薬輸送に抗議 黄幡弾薬庫
 170  1117  広大トロツキストの生態④ (おわり)
  171  1124  佐伯郡湯来町 未開放部落”差別事件”
 172  1201  ABCCのあり方を 再検討の時期 ダーリング所長が見解 さらに20年継続
 1201  文化 第18回広島演劇祭を開催 木々の会「島」など
173  1208  すすむ被爆者医療センターづくり
174  1215
 175  1222  基地撤去で共闘 呉市議会の4党
 1222  1968年の回顧

 

広島民報記事目録 1968年06月~

広島民報記事目録  1968年06月~<作業中

月日 記事  備考
 147  0602  日本共産党広島県委員会 平和でゆたかな広島県をめざす 日本共産党の政策 1968年5月
148  0609 県民共闘を結成 三派全学連は排除 米弾薬庫返還要求で
 0609  県原水協が拡大理事会 第14回原水禁世界大会の成功へのとりくみ
 0609  援護法制定へ運動強化 県被団協が定期総会
 149  0616  全民主勢力の共闘組織結成を提唱 共産党県委員会
150  0623  弾薬集散基地化する広島県 これが安保の実態だ
 151  0630  弾薬輸送に強い反対
152  0707  基地許さぬ青年の団結 県青年学生代表者会議が呉で決起集会
 153  0714  第14回原水禁世界大会 広島大会など 日程決まる
 0714  被爆者と懇談会 広大平和問題研究会
 154  0721  第14回原水禁世界大会成功へ準備 前面にベトナム人民支援
 0721  楠忠之(広島市原水協事務局長) 核兵器問題の3党共同声明を指示します
 0721  ぼく生きたかった 史樹ちゃん(被爆二世)の記録を出版
155  0728  山口勇子(県原水協副理事長) 八月六日近づく
 156  0804  第14回原水禁世界大会の成功を
 0804  三宅登(県原水協事務局長) 朝日新聞の報道について
 0804  拡張つづける呉周辺基地
 0804  原爆の生き証人として 田辺勝氏(県被団協理事長)語る
 157  0811  ベトナム人民へあつい連帯  第14回原水禁世界大会ひらく
 0811  広島大会の分科会から①被爆者問題
 158  0825  弾薬輸送反対 決起集会開く 呉市広公園で
 0825   広島大会の分科会から②基地闘争
 159  0901    広島大会の分科会から③知らされない原水爆(おわり)
  0901  大本営復元お流れ 強い市民の反対うけ

 

広島民報記事目録 1968年1月~

広島民報記事目録 1968年1月~<作業中

月日 記事  備考
  126   0101   1968年各界は語る=出席者=井林文明()・大坪求()・楠忠之(広島市教組副支部長)・末宗明登(国労広島第二支部副委員長)・天道正人(日中友好協会広島県連事務局長)・野田忠哉()・藤本幸作(広島地区労副議長)・三宅登(広島県原水協事務局長) 司会:上田博則(日本共産党広島県委員会常任委員)
 0101  佐久間澄(日本原水協代表理事)「転機にある被爆者救援運動」
127  0111  米原子力艦船 佐世保「寄港」許すな 共・社、県労が統一行動へ
 0114  史樹ちゃんが重態 被団協が献血訴える
 128  0121  「エ号」寄港に抗議 福山、広島などで
 129  0128  写真展で”沖縄”訴える 広大・沖縄問題研究会
 0128  共社県労の統一代表団佐世保へ 現地報告 バス4台で参加
 130  0204  朝鮮への侵略行動 米の核戦争挑発許さず 広島から怒りの声 県原水協 緊急に抗議集会
 0204  3・1ビキニへ準備すすむ 県代表60名派遣
 0204  沖縄をたずねて(林郁子 広教組広島支部婦人部長)①
 131  0211  3・1ビキニへ取り組み討議 被爆者先頭に 60名の代表を 県原水協・平和委が決める
 0211   沖縄をたずねて(林郁子 広教組広島支部婦人部長)②
 132  0218  紀元節復活阻止へ 教授学生がシンポジューム開く 広島市
0218 大本営復活に血税つかうな 安保実行委 県、市に抗議
 0218  教組広島支部が反対ビラ発行
 0218  沖縄をたずねて(林郁子 広教組広島支部婦人部長)③
 133  0225  県実行委が中央集会 米の侵略を糾弾 大本営復元反対など決議
 134  0303  宇品へ米艦また入港 県実行委、県と市へ抗議
 135  0310  支持ひろげ、県内を通過―沖縄返還要求国民大行進 4・28沖縄デーへ運動強化
 136  0317  ベトナム人民へ 効果ある支援を 共産党が申入れ
 0317  沖縄・小笠原の即時無条件返還を 大会へ3名派遣 八丁堀平和委が
  0317  大本営復元やめろ 広大生がすわり込み
 0317  ベトナム婦人と連帯を 国際婦人デー県集会
137  0324  独占奉仕の県政やめよ 2月県会 共産党徳毛議員の一般質問
 0324  共・社・公明3党が共闘 大本営復元阻止へ=広島市議会=
 0324  広島県解放運動無名戦士しのぶ
 138  0331  大本営復元計画に ひろがる抗議行動
 0331  大本営よりも被爆者援護を 名越操
 141  0421  米軍 弾薬輸送を拡大
142  0428  沖縄・小笠原返還要求広島県中央集会
 0428  米軍弾薬輸送問題 ”被爆県民を無視” 県原水協・平和委 知事に抗議文
 143  0505 メーデー 特集号 第39回メーデー 県下で17万
 0505  榊利夫氏がトロ哲学批判 新入生熱心にメモ 広島大学
 144  0512  サンフランシスコ体制の打破を 沖縄返還海上大会へ 県代表団31名参加
 145  0519  米原潜 放射能汚染に怒り 被爆者は許さぬ 県原水協、被団協が抗議電
 0519  全学連支持派勝つ 広大東雲分校の自治会選挙
146  0526  結核患者に原爆医療の認定を 県・市へ陳情書 吉島病院 被爆者の会結成
 147  0602  日本共産党広島県委員会 平和でゆたかな広島県をめざす 日本共産党の政策 1968年5月
148  0609 県民共闘を結成 三派全学連は排除 米弾薬庫返還要求で
 0609  県原水協が拡大理事会 第14回原水禁世界大会の成功へのとりくみ
 0609  援護法制定へ運動強化 県被団協が定期総会

 

広島民報記事目録 1967年

広島民報記事目録 1967年<作業中

月日 記事 備考
077 0101
099 0601 第13回原水禁世界大会成功のために①中国核実験めぐる疑問
100 0618 第13回原水禁世界大会 国民平和行進が出発
第13回原水禁世界大会成功のために②原水禁運動の真の統一
101 0625 第13回原水禁世界大会成功のために③
103 0709 第13回原水爆禁止世界大会 5つの課題を討議
105 0723 第13回原水爆禁止世界大会
106 0730 あと数日で第13回原水禁大会
被爆者と懇談会 広大学生ら 実態調査つづけて
0801 原水禁大会特集
107 0806 平和盆踊り ゆかたがけの市民300人
108 0813 成功収め 第13回原水禁世界大会 終る ベトナム侵略を糾弾
112 0917 県原水協全県活動者会議
118 1029 10・21行動
1029 ”観閲パレード”を計画 海田自衛隊へ抗議の声
119 1105
120 1112 11・5統一行動 ベトナム侵略を糾弾 ABCCへ抗議デモ
1112 自衛隊観閲式に抗議ひろがる 三者共同でチラシ2万枚
121 1119 被爆者運動強化を
123 1203 広島で 被爆者運動 全国活動者会議
125 1217 ベトナムへ砲弾積出す ”黄幡をかえせ”

ひろがる被爆者救援運動(『広島民報』1967年1月1日)

ひろがる被爆者救援運動(『広島民報』第77号 1967年1月1日)<作業中

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 温品道義さん追悼 世良完(広島県平和委員会)
 minpo670101nukusina
 援護怠る県と市 血液も被爆者に集めさす
 ベトナム侵略を糾弾 生き証人として自覚 被爆者の組織が大きな力に
 自らの手で 原爆症究明を
次々と手記出版
「老いと怒りと」、「広島はたたかう」、「木の葉のように焼かれて 第3集」、「心から笑える日を」、「加害者への怒り」

年表:イワクニとヒロシマ 1965年~

年表:イワクニとヒロシマ 1965年~<作業中

 

年月日 できごと 備考
出典
『中国新聞』= 特記のない場合
[イワクニ]=『基地イワクニ~日米安保のはざまで~』(中国新聞社、19960802)
1965
 02  米軍、北ベトナム爆撃(北爆)開始。ベトナム戦争に本格介入。[イワクニ]
06 第1海兵航空師団の司令部や第12飛行大隊(2個中隊)など基地の主力、南ベトナムに移駐。
1966
 08  岩国日米協力会、不景気でベトナム帰休兵受け入れと第7艦隊寄港促進の署名運動。革新団体は反対署名。
1967
 03  基地に女性海兵隊員6人配属。海兵隊上級幹部も家族同伴認める。
1968
 05  基地開放デー。ベ平連、ベトナム戦争反対や脱走を呼びかけるビラまき。
 06  反戦学生ら250人、基地周辺で基地撤去デモ。警官と衝突、3人逮捕。
 1969
 0718  米海軍岩国基地のF4Bファントム戦闘爆撃機が岐阜県美濃加茂市の山林に空対空ミサイル「スパロー」1個を誤って落とす。同基地は「核装備はしていない」。
 08  第1次ベトナム撤兵で、ファントム中隊が岩国に帰還。
1970
 03  ベ平連、岩国で本格活動始める。基地に反戦米グループ誕生。
 1971
 0310  1942年、世界で初めて核連鎖反応実験に成功した米シカゴ大の黒鉛ウラン型原子炉の黒鉛の一部を、米軍人が原爆資料館に寄贈。米海兵隊岩国基地のカール・スミス少佐「原子力開発の歴史を知る一助に」
 1116  衆院沖縄返還協定特別委員会。社会党の楢崎弥之助、「岩国市の米軍岩国基地に核兵器が貯蔵されている疑いがある」と政府を追及。
 1117  米軍岩国基地で、楢崎弥之助(社会党)が指摘した「赤色」の弾薬プレートが黄色に塗り替えられる。
 1117   衆院沖縄返還協定特別委員会。福田赳夫外相、「米政府に確認した結果、岩国に核兵器はないとの返事」との答弁。
 1118  米海兵隊岩国航空基地のバンキャンペン司令官、記者会見。核貯蔵を間接的に否定。B52の飛来も否定。
 1119  森滝市郎広島県原水禁代表委員ら15人、米軍岩国基地を訪れ「核兵器、毒ガスの即時撤去、基地自体の撤去を要求する」と抗議。
 1122  森滝市郎ら社会党系の原水禁団体、被爆者団体が米軍基地司令官との面会を求め基地前で座り込み。
1122  成田知巳社会党委員長、国会内で記者会見。「楢崎弥之助氏が岩国基地に核・生物・化学兵器部隊が存在する証拠を入手」と発表。資料は基地電話帳の記述。
1122 朝枝俊輔岩国市長・岸本孝二山口県副知事、バンキャンペン岩国基地司令官と面会、核疑惑をただす。
1124  防衛庁、「米軍岩国基地を調査した結果、基地に核・生物・化学兵器はなかった」と発表。
 1209  米軍岩国基地でこの3月にヤギ10頭を飼い、一晩で全部が死んだ事実が分かる。基地側は「野犬にかみ殺された」と発表。
1218  岩国市体育館で米女優ジェーン・フォンダさんら自由劇団(FTA)の反戦ショー。ベ平連主催。約1000人の米兵が参加。
 1982
 1128~29  中国5県の原水協、平和委員会、安保破棄・諸要求貫徹実行委員会主催「82年岩国基地平和行動」。
 『広島民報』No.854(19821114)
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基地イワクニ~日米安保のはざまで~

『基地イワクニ~日米安保のはざまで~』(中国新聞社、19960802)<作業中

内容

部章 タイトル 備考
はじめに―岩国と沖縄の『距離』
1部 基地半世紀
序章 今も米軍のアジア戦略拠点
基地と岩国/米海兵隊/思いやり予算/米軍の総戦力
1章 基地の街の日米関係史①
航空機事故/低空飛行/上空制限/騒音公害/ぶらさがり族/強制買収/べ平連/チャーリー/基地従業員/反基地運動/都市縁組/相互理解/核疑惑
2章 基地の街の日米関係史②
西洋住宅/精霊之碑/川下経済/県性病診療所/投げ銭事件/空母寄港/不時着/笑顔作戦/滑走路/軍楽隊/若竹寮/米兵犯罪
2部 日本の中のアメリカ
序章 在日米軍の概要と現状
基地・施設/青森県三沢市/長崎県佐世保市/神奈川県
1章 岩国基地と自治体
基地対策課/防衛補助事業/川下の区画整理/道路づくり/基地教育/
跡地返還
2章 特別ルポ 沖縄から
本土復帰23年/沖縄の米軍/普天間飛行場/読谷村の闘い/宜野湾市の未来/県の取り組み/ネットワーク
3章 クローズアップ
①新井英一とイワクニ(ブルース歌手を志す原点)
②米兵犯罪に泣き寝入り目立つ(賠償請求手続き面倒であきらめ)
③中国山地でも超低空飛行(実態見えず、不安募らせる住民)
④オキナワとイワクニ(基地めぐり「縮小」と「強化」懸念)
⑤岩国基地の「機能強化」着々(思いやり予算で建築ラッシュ)
3部 米軍基地に関する市民意識
調査編 「普天間」移転と岩国基地
普天間・飛行部隊「岩国移転」めぐる動き/市民の基地意識/「普天間」問題/迷惑施設か/沖合移設問題
資料編
◆米軍岩国基地関連の年表  基地の歩み・航空機事故関連/米兵犯罪・社会一般・生活など
◆核疑惑・岩国基地をめぐる動き
◆日米安全保障共同宣言-21世紀に向けての同盟(全文)
◆「普天間」返還と岩国移転計画-日米の合意内容-
◆米軍基地に関する市民意識調査(質問と回答)
おわりに

年表:イワクニとヒロシマ 1945~64年

年表:イワクニとヒロシマ 1945年~64年<作業中

 

年月日 できごと 備考
出典
『中国新聞』= 特記のない場合
[イワクニ]=『基地イワクニ~日米安保のはざまで~』(中国新聞社、19960802)
1945
 0906  原爆の効果を調査する米陸軍の専門家一行、岩国飛行場に到着。
 09  米海兵隊進駐、岩国飛行場を接収[イワクニ]。
1946
02 英連邦空軍と米空軍、岩国進駐[イワクニ]。
 1948
**** 英豪空軍基地になる[イワクニ]
0807 平和祭の旅客混雑解消に山陽線広島―岩国間に臨時列車。
1949
  0426  映画「ヒロシマ」製作のため米軍岩国航空隊が広島市上空を撮影飛行へ。
1950
06  朝鮮戦争始まる。
 09  国連軍として、英海軍部隊・米空軍及び米海軍部隊の一部が駐留。英豪空軍、米空軍の戦闘機、前線支援で出撃、岩国基地は朝鮮半島への爆撃・支援・補給基地に。[イワクニ]
1951
06 岩国市議会、街娼の激増で山口県内初の売春取締条例を可決。岩国市署推定で1500人[イワクニ]
 0806  平和記念式典に朝鮮戦線出動50回以上の岩国航空基地兵士24人も参列。兵士は中国新聞社8回から全市を展望し「明日からの出撃に平和探求への希望を強めました」
 1952
04 日米安保条約発効。英豪空軍撤退、米空軍基地になる。兵員3500人。[イワクニ]
04 岩国空港、民間空港として開港。日本航空、東京―岩国―福岡の定期便運航。[イワクニ]
07 米国CAT、オーストラリア航空など国際便の就航。岩国基地、税関空港指定、羽田と共に国際空港に[イワクニ]
1953
07 朝鮮戦争、休戦協定署名。
09 初の基地一般開放[イワクニ]
1954
03 極東航空(全日空の前身)、岩国―大阪便運航開始[イワクニ]
 1955
 0505  原爆乙女25人、岩国空港から米空軍機で米へ出発。
 11  米海軍岩国航空基地の兵士家族の原爆孤児養子縁組増える。
12 米海軍基地になる[イワクニ]
1956
 0617 中林智子さん( 原爆乙女、手術中死亡)の遺骨、米軍用機で羽田に帰国、岩国空港を経て広島に帰る。
 07  韓国から米海兵隊第1海兵航空師団、厚木から米海軍第6哨戒飛行群が岩国移駐。[イワクニ]
12 米軍、クリスマスに児童養護施設の子供を基地に招待する「笑顔作戦」始める[イワクニ]
1957
03 海上自衛隊教育航空群、共同使用を開始[イワクニ]
04 売春防止法施行。1年後発効[イワクニ]。
05 空母ホーネット寄港。[イワクニ]
 1958
02 海自隊岩国航空教育隊が発足。[イワクニ]
 1109  岩国市で原水禁広島、山口協議会主催の核武装阻止岩国基地平和大行進、山口広島両県民集会開く。2700人参加。
 1959
 8  山口県市原水協、岩国で基地撤去集会[イワクニ]
 11  米兵2人、基地の兵器庫から盗んだ短銃50丁や実弾を広島の暴力団に横流し[イワクニ]
1960
 06  基地周辺住民、岩国市議会へ米軍ジェット機爆音対策求め初の請願[イワクニ]
07 岩国で「安保不承認」中国地区国民大会。5000人参加。[イワクニ]
1961
 09  広島空港開港[イワクニ]
1962
 06  基地撤去・米軍軍事介入反対の中国5県総決起集会。2000人参加[イワクニ]。
1963
 02 空母キティホーク( 世界最大)寄港。乗組員3500人。[イワクニ]
06 空母コンステレーション( 最新型)寄港。乗組員4200人。[イワクニ]
1964
 12   米兵、暴力団に短銃20丁横流し[イワクニ]