2022年9月(日録)
止
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
2022年9月(日録)
止
ビラ「米軍・自衛隊 基地調査告発全国交流呉集会の集まろう!!」(1975年)
![]() |
| 主催:広島県原水協・広島県平和委員会 |
| 永井秀明「朝鮮をめぐる情勢と基地の動向」 |
| 久留島恵一「呉を中心とした軍事基地の現状」 |
![]() |
| スローガン |
止
ビラ「11・12広島県民集会に参加しましょう」(1975年)
| 核もち込み糾弾、フォード来日反対、田中内閣打倒、安保廃棄、被爆者援護法制定要求、生活防衛 |
| 11・12広島県民集会に参加しましょう |
| 安保を上回る大運動へ |
![]() |
| 主催団体 |
| 安保破棄諸要求貫徹広島県実行委員会・広島県平和委員会・原水爆禁止広島県協議会・広島県憲法会議・生活防衛広島県民連絡会議 |
止
ヒロシマ被爆30年記念「原爆映画をみる会」〈作業中〉作業中
| 1975年8月5日pm5:00~8月6日am5:30広島朝日会館(広島市立町) |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
止
| 静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会結成趣意書 |
![]() |
| 「3・1被爆国民の広場」に参集し、静岡から、原水爆禁止運動の新しい国民的統一への突破口をきりひらきましょう |
![]() |
| 核兵器全面禁止をめざし、今こそ原水爆禁止運動の発展と国民的統一をじつげんしよう―静岡県「3・1被爆国民の広場」からの訴え |
![]() |
止
広島ワールドピースフラッグセレモニー〈作業中〉
| 回 | 年 | メモ |
| 19720801 | 見真講堂大ホール~袋町小学校校庭~平和記念公園 | |
| 1 | 19930806 | ワールド ピース プレヤー セレモニー |
| 〈World Peace Prayer Ceremony (WPPC) または Flag Ceremony 〉 | ||
| 以下の出典:広島ワールド ピース プレヤー セレモニーの軌跡 | ||
| 2 | ||
| 3 | ||
| 4 | ||
| 5 | ||
| 6 | ||
| 7 | 19990806 | 主催:広島ワールド ピース プレヤー ソサエティー メンバーズ |
| <この年から初めてインターネットを活用して、広島に世界平和の祈りを捧げることを世界中の人々に呼びかけました。> | ||
| 12 | 20040806 | 広島WPPCフラッグセレモニー(場所:原爆ドーム東側) |
![]() |
||
| 13 | 20050806 | |
![]() |
||
| 23 | 20150806 | |
![]() |
||
| 24 | ||
| 25 | ||
| 26 | ||
| 27 | ||
| 28 | ||
| 29 | ||
| 30 | 2022 | ワールド・ピース・フラッグ・セレモニー |
| 広島平和記念日WPFC | 世界194カ国の国旗を掲げながらその国々の平和を祈る祭典 (heiwa.holy.jp) | ||
止
原水禁運動統一への訴え(宅和純・石田明 1971年5月11日)
| 原水禁運動統一への訴え |
![]() |
| 1971年5月11日 |
| 宅和純(広島県教職員組合執行委員長) |
| 石田明(広島県原爆被爆教師の会会長) |
| 桧垣益人(広島県被団協)事務局長 |
止
資料:自衛隊パレード反対(1973年)
| 日本共産党広島地区委員会(1973年10月) |
表![]() |
裏![]() |
| 安保破棄諸要求貫徹広島県実行委員会(1973年10月) |
| 共催:広島県平和委員会、広島憲法会議、原水爆禁止広島県協議会、広島県文化団体連絡会議、広島商工会 |
![]() |
![]() |
| 広島市職員労働組合、広島市職労・青年部(1973年10月) |
![]() |
| 広島県教職員組合広島地区支部 |
![]() |
止
2022年8月(日録)
| 日 | できごと |
| 01 | ヒロシマ遺文への投稿=「NHK平和アーカイブズ」 |
| 01 | ~26日 核拡散防止条約(NPT)再検討会議 国連本部(ニューヨーク)。岸田文雄首相、出席予定。 |
| 02 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)2003年」、「増田勉」 |
| 03 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)2002年」 |
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「森田俊男」、「公開講座「9・11」以後の世界(平和・国際教育研究会)案内ビラ」 |
| 05 | 広島女学院大学へ出講。 |
| 05 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)2001年」 |
| 06 | グテレス国連事務総長、広島市平和記念式典に出席。国連事務総長の出席は2010年の潘基文前事務総長以来12年ぶり |
| 06 | ヒロシマ遺文への投稿=「47NEWS 参加社2022年8月6日社説一覧」 |
| 07 | ヒロシマ遺文への投稿=「ピースナイター2022」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)2000年」、「慰霊・追悼202208〈8月6日を除く〉」 |
| 08 | ヒロシマ遺文への投稿=「慰霊・追悼20220806」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1999年」 |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「長崎被爆者団体一覧表」 |
| 10 | ヒロシマ遺文への投稿=「長崎原爆犠牲者慰霊の会」、「三宅一生訃報(Microsoft Bing)」、「三宅一生訃報(中国新聞)」、「広島県名誉県民」 |
| 11 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1998年」、「呉市役所内で見つけたヒロシマ(20220809)」 |
| 12 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1997年」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1996年」、「浄土真宗本願寺派安芸教区」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1965年12月~」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1969年04月~12月」 |
| 13 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1970年」、「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1971年」 |
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「川は知っている 安野発電所と宇品港における中国人殉難記録」 |
| 15 | ヒロシマ遺文への投稿=「「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1972年」」、「「全国民主医療機関連合会」」 |
| 16 | ヒロシマ遺文への投稿=「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1973年」 |
| 17 | ヒロシマ遺文への投稿=「年表:自衛隊パレードとヒロシマ」、「資料:自衛隊パレード反対(1973年)」 |
| 18 | ヒロシマ遺文への投稿=「「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1974年」」、「「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1975年」」、「「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1976年」」 |
| 19 | ヒロシマ遺文への投稿=「「石田原爆訴訟をすすめる会」」 |
| 20 | ~22日。第25回戦争遺跡保存全国シンポジウム広島大会 |
| 20 | ヒロシマ遺文への投稿=「「日本科学者会議『日本の科学者』目次(抄)1977年」」 |
| 21 | ヒロシマ遺文への投稿=「資本論講座受講証 1972年6月~1973年4月」、「原水禁運動統一への訴え(宅和純・石田明 1971年5月11日)」 |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「第18回原水爆禁止世界大会広島大会の決意・広島からの提案(19720806)」、「祈りによる世界平和運動(PWP)広島県本部」、「第18回原水爆禁止世界大会広島大会の決意・広島からの提案(19720806)」 |
| 23 | ヒロシマ遺文への投稿=「石田原爆訴訟をすすめる会結成総会(19730526)」、「日本平和教育研究協議会」、「ワールドピースフラッグセレモニーヒロシマ」 |
| 24 | ヒロシマ遺文への投稿=「山田節男追想録」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「平和関係団体調査報告書(広島市関係・その1) 広島平和文化センター 196803」 |
| 26 | ヒロシマ遺文への投稿=「人権民報(日本国民救援会機関紙)」、「権民報(日本国民救援会機関紙)143号」、「原水爆被災資料センター(仮称)の設置について(勧告」 |
| 27 | ヒロシマ遺文への投稿=「静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会」、「ヒロシマ被爆30年記念「原爆映画をみる会」」 |
| 28 | ヒロシマ遺文への投稿=「被爆30周年被爆者とともに 文化の夕べ」 |
| 29 | ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止少年少女のつどい(第1回、1974年)」、「広島県下の米軍・自衛隊基地一覧(第21回大会分散会資料)」 |
| 30 | ヒロシマ遺文への投稿=「第9回世界大会文化人懇談会議事要録」、「大僧伽通信 No.8–19750717」 |
| 31 | ヒロシマ遺文への投稿=「民芸公演「河」観劇推進ニュースNo.1(19750722)」、「京都大学原水禁研ビラ「被爆朝鮮人問題を自己の課題に!」〔1975年8月〕」、「ビラ「11・12広島県民集会に参加しましょう」(1975年)」 |
止
2022年7月(日録)
止
ベトナムで核兵器使用許すな 被爆者が怒り<作業中>
出典:『広島民報』No.89(19670402)
![]() |
止
共産党が原爆ドーム保存へ寄金<作業中>
出典:『広島民報』No.87(19670319)
![]() |
止
全国民主医療機関連合会(民医連)主催「被爆者医療研究集会」(作業中)
出典:『広島民報』No.88(19670326)
![]() |
止
戦史博(中国新聞社主催 1967年)
資料<作業中>
| ポスター 出典:『広島民報』No.80(19670129) |
![]() |
| 目で見る 戦史博 3月19日~5月31日 |
| 会場:広電 楽々園 |
| 主催:中国新聞社 協力:防衛庁 |
![]() |
| 「戦史博」開催に抗議 出典:『広島民報』No.81(19670205) |
![]() |
| 「戦史博」中止せよ ぞくぞく反対行動 出典:『広島民報』No.82(19670212) |
![]() |
| 「戦史博」反対で署名 出典:『広島民報』No.84(19670226) |
![]() |
| 「戦史博とりやめよ」共産党が強く抗議 出典:『広島民報』No.86(19670312) |
![]() |
| 「戦史博」開催に抗議ひろがる 出典:『広島民報』No.87(19670319) |
![]() |
| 戦史博反対でビラ 平和委など5団体 出典:『広島民報』No.88(19670326) |
![]() |
| サイト「みずま工房の歴史」 |
| 歴史 | 広島・広告代理店 みづま工房 (mizma.co.jp) |
止
資料:2000年日本平和大会
| 大会案内 |
![]() |
| 南部戦跡めぐり資料 |
![]() |
| 米軍基地調査資料 |
![]() |
| 平和新聞(広島版) 2000年12月15日 |
![]() |
止
2022年6月(日録)
止
2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月1日
| 日時 | 事項【敬称略】 | 備考 | |
| 11:40 | 広島空港2階全日空カウンター前集合。車は無料の臨時駐車場に置くことができた。これなら、飛行機を利用しやすい。 | ||
| 12:55 | ANA 277広島空港発-畿内で**(備北平和委員会)と話す- | ||
| 15:00 | 那覇空港着。長袖では暑いが、着替えることができず。直ちにバス乗車。周辺は工事中。後でモノレールを作っていることを知る。15:30発。大学生協のハテルマのガイド。 | ||
![]() |
|||
| 16:20 | 南部戦跡めぐり。糸満市の平和祈念公園・沖縄県平和祈念資料館見学のみ。ゆったりとしたスペース。建物・展示いずれも金をかけていることは理解できた。閉館直前なので、入館者は、ほとんどいない。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 17 | 那覇市民会館到着。弁当(300円)が夕食。 | ||
| 18:00 | 日本平和大会in沖縄開会集会。須田博基調報告。ジョセフ・ガーソン(アメリカ)、イアヌゼッリ(イタリア)、イム・サンジン(韓国)、グアダルーペ(プエルトリコ)海外代表挨拶。各地からの報告。-20:30。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 22:00 | ワシントンホテル(那覇市久米2-32-1、TEL098-869-2511)のロビーで泉忠直より説明。**(全労働・職安)と同室。2~3年の予定で専従をやっている由。労働省の定員削減は無いとのこと。ひどいアトピー。 |
止
2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月2日<作業中>
| 時 | 事項【敬称略】 | 備考 | |
| 07:00 | ホテルで朝食バイキング。徒歩で一緒に沖縄バス旭町車庫へ。8時半、沖縄本島北部・中部基地調査バス出発。3号車。**(三重県代表)が車長。ガイドは名嘉。 | ||
| 09:00 | 浦添市の牧港補給地区・キャンプキンザーKINZERを海岸側から見学。沖合いに立っている白い波が珊瑚礁のある場所で自然の防波堤になっている。-9:30。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 9:30 | 車中から、普天間飛行場(宜野湾市)、基地内にある北谷町役場を見る。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 10:00 | 安保(嘉手納基地)の見える丘。旧日本軍の北飛行場。3000Mの滑走路。灰色はP3C。平和委員会が見つけた場所だが、現在では修学旅行生など観光客を対象に整備。11:00伊芸SAで小休憩。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 11:45 | 辺野古海岸。金城祐治(辺野古命を守る会代表)の解説。キャンプ・シュワブSHWABの一部。ジュゴンの住んでいた海岸。普天間飛行場代替予定地。-12:20。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 12:40 | 名護市体育館到着。館の前の路上に座り込んで昼食弁当。 | ||
| 13:30 | 名護交流集会。イサ(東村=ジャングル戦闘訓練センターがある。ヘリパット移設問題をかかえる)、コウキアツコ(11月28日に結成したやんばる統一連代表)、トグチタケキヨ(二見以北10区の会)、金城祐治、キナタ(本部モトブ町)、ウエヤマカズオ(一坪反戦地主の会)、宮城サチ(女性ネット)、青森(三沢基地)、愛知県岡崎(富士演習場)の報告。-3時。 | ||
| 17:00 | 那覇市民会館着。近くのブックオフに沖縄コーナーがあったので、関係の本を数冊購入。近くのピザ屋で簡単な夕食。 | ||
| 18:00 | 文化の夕べ。子ども獅子舞、琉球舞踊、琉球民謡、琉球舞踊、沖縄空手、真志喜トミのパフォーマンス、エイサーなど沖縄の芸能を楽しむ。-19:30。 | ||
| 20:30 | ワシントンホテル近くの飲み屋「居酒屋六文銭」で、広島県代表団の壮年・老年グループの交流会。10数人参加。オリオンビール、泡盛など、沖縄料理を堪能。-10:30。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
止
2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月3日
| 時 | 事項【敬称略】 | 備考 | |
| 07:00 | ホテルで朝食。タクシーで与儀公園へ。周辺を歩く。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 09:00 | 分科会テーマ「核密約」。於JA真和志農協ホール。岸本直美(日本原水協)の問題提起。宇吹発言=「各政党は各密約でどういう立場をとおているのか」。-12時。 | ||
![]() |
|||
![]() |
|||
![]() |
|||
| 13:30 閉会集会。於那覇市民会館。参加者は1500人あったとのこと。広島県代表は、途中で退出。-14:10。 | |||
![]() |
|||
| 15:00 | 那覇空港全日空カウンター前集合予定。那覇マラソン(2万人近く参加)の列で道路を遮断されタクシーを乗り継いで間に合う。土産も買うことができた。職場に3000円の泡盛。 | ||
| 5:50 | ANA 280那覇空港発-17:30広島空港着。7時ごろ帰宅。 |
止
2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月1日~3日
| 日時 | 事項【敬称略】 | 備考 | |
| 1日 | |||
| 沖縄行きのため年休を取る。 | |||
| 11:40 | 広島空港2階全日空カウンター前集合。車は無料の臨時駐車場に置くことができた。これなら、飛行機を利用しやすい。 | ||
| 12:55 | ANA 277広島空港発-畿内で**(備北平和委員会)と話す- | ||
| 15:00 | 那覇空港着。長袖では暑いが、着替えることができず。直ちにバス乗車。周辺は工事中。後でモノレールを作っていることを知る。15:30発。大学生協のハテルマのガイド。 | ||
| 16:20 | 南部戦跡めぐり。糸満市の平和祈念公園・沖縄県平和祈念資料館見学のみ。ゆったりとしたスペース。建物・展示いずれも金をかけていることは理解できた。閉館直前なので、入館者は、ほとんどいない。 | ||
| 17 | 那覇市民会館到着。弁当(300円)が夕食。 | ||
| 18:00 | 日本平和大会in沖縄開会集会。須田博基調報告。ジョセフ・ガーソン(アメリカ)、イアヌゼッリ(イタリア)、イム・サンジン(韓国)、グアダルーペ(プエルトリコ)海外代表挨拶。各地からの報告。-20:30。 | ||
| 22:00 | ワシントンホテル(那覇市久米2-32-1、TEL098-869-2511)のロビーで泉忠直より説明。**(全労働・職安)と同室。2~3年の予定で専従をやっている由。労働省の定員削減は無いとのこと。ひどいアトピー。 | ||
| 2日 | |||
| 07:00 | ホテルで朝食バイキング。徒歩で一緒に沖縄バス旭町車庫へ。8時半、沖縄本島北部・中部基地調査バス出発。3号車。**(三重県代表)が車長。ガイドは名嘉。 | ||
| 09:00 | 浦添市の牧港補給地区・キャンプキンザーKINZERを海岸側から見学。沖合いに立っている白い波が珊瑚礁のある場所で自然の防波堤になっている。-9:30。車中から、普天間飛行場(宜野湾市)、基地内にある北谷町役場を見る。 | ||
| 10:00 | 安保(嘉手納基地)の見える丘。旧日本軍の北飛行場。3000Mの滑走路。灰色はP3C。平和委員会が見つけた場所だが、現在では修学旅行生など観光客を対象に整備。11:00伊芸SAで小休憩。 | ||
| 11:45 | 辺野古海岸。金城祐治(辺野古命を守る会代表)の解説。キャンプ・シュワブSHWABの一部。ジュゴンの住んでいた海岸。普天間飛行場代替予定地。-12:20。 | ||
| 12:40 | 名護市体育館到着。館の前の路上に座り込んで昼食弁当。 | ||
| 13:30 | 名護交流集会。イサ(東村=ジャングル戦闘訓練センターがある。ヘリパット移設問題をかかえる)、コウキアツコ(11月28日に結成したやんばる統一連代表)、トグチタケキヨ(二見以北10区の会)、金城祐治、キナタ(本部モトブ町)、ウエヤマカズオ(一坪反戦地主の会)、宮城サチ(女性ネット)、青森(三沢基地)、愛知県岡崎(富士演習場)の報告。-3時。 | ||
| 17:00 | 那覇市民会館着。近くのブックオフに沖縄コーナーがあったので、関係の本を数冊購入。近くのピザ屋で簡単な夕食。 | ||
| 18:00 | P文化の夕べ。子ども獅子舞、琉球舞踊、琉球民謡、琉球舞踊、沖縄空手、真志喜トミのパフォーマンス、エイサーなど沖縄の芸能を楽しむ。-7:30。 | ||
| 20:30 | ワシントンホテル近くの飲み屋「居酒屋六文銭」で、広島県代表団の壮年・老年グループの交流会。10数人参加。オリオンビール、泡盛など、沖縄料理を堪能。-10:30。 | ||
| 3日 | |||
| 07:00 | P ホテルで朝食。タクシーで与儀公園へ。周辺を歩く。 | ||
| 09:00 | 分科会テーマ「核密約」。於JA真和志農協ホール。岸本直美(日本原水協)の問題提起。宇吹発言=「各政党は各密約でどういう立場をとおているのか」。-12時。 | ||
| 13:30 | 閉会集会。於那覇市民会館。参加者は1500人あったとのこと。広島県代表は、途中で退出。-14:10。 | ||
| 15:00 | 那覇空港全日空カウンター前集合予定。那覇マラソン(2万人近く参加)の列で道路を遮断されタクシーを乗り継いで間に合う。土産も買うことができた。職場に3000円の泡盛。 | ||
| 5:50 | ANA 280那覇空港発-17:30広島空港着。7時ごろ帰宅。 |
止