2022年1月(日録)

2022年1月(日録)

 寅

画像1

1945年8月6日から27907日

<ピカ暦(ぴかごよみ)>

核兵器禁止条約2年

2022(令和4年)

元旦

 

できごと
01 コンビニで新聞購入。新聞総頁数:中国100、毎日68,朝日96,読売84,日経92、産経72、赤旗32<総重量>2.7㎏
02  デジタル工房ヒロシマ遺文(仮称)始動。各紙の
06  ヒロシマ遺文への投稿=「堀場清子全詩集」。
07 ヒロシマ遺文への投稿=「鱗片 ヒロシマとフクシマと」、「堀場清子のフェミニズム―女と戦争と」
08 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの証人 シナリオ」
09  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆被爆者健康手帳交付集計表 (広島市厚生局原爆被害対策課、昭和33年2月28日現在)」、「原爆関係資料 (広島県)」、「原爆障害者生活援護費給付の手びき(1958年)」、「トルーマン前米大統領任都栗司書簡(1958年3月1日付)および返書」、「原爆白書の作成に関する陳情書 1958年8月30日」、「被爆者の援護対策の確立に関する陳情書」、
 10  ヒロシマ遺文への投稿=「第六回全国理事会議事及決定事項(原水爆禁止日本協議会 、1958.3.11)<抄>」、「原水爆実験停止命令申請訴訟(1958年4月)」、「原爆被爆者の健康管理及び医療を促進するための対策に関する陳情書(1958年)」、「原爆白書の作成に関する陳情書 1958年8月30日」
11  ヒロシマ遺文への投稿1/2=「被爆者の援護対策の確立に関する陳情書」、「原子爆弾被爆者の医療・健康管理並びに援護に関する陳情書」、「第1回原爆被爆者調査団会議開催案内(1959年2月16日)」、「平和県に関する宣言(広島県議会)」、「第5回原水爆禁止世界大会日程」、「原爆被爆者対策についての陳情並びに請願経過概要」、「原爆障害綜合医学研究所案(昭和34年10月15日)」、「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の一部を改正する法律案(大原亨君外13名提出)の提案理由説明」、
11  ヒロシマ遺文への投稿2/2=「広島県議会意見書 原爆犠牲者の大慰霊祭執行についての要望」、「広島県議会意見書 原水爆実験禁止についての要望」、「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律改正の制定経過 昭和35年8月1日」、「平和と学問を守る大学人の会会報第26号(1960年2月20日)」、「「原爆放射能医学研究所設置」などに関する陳情運動日誌」、「ヒロシマ・原爆と被爆者 1963年8月」
12 ヒロシマ遺文への投稿1/2=「核兵器禁止・平和建設国民大会 被爆者救援に関する決議 1961年8月15日」、「広島県議会 核実験禁止に関する決議 1961年9月7日」、「核兵器禁止平和建設国民会議結成宣言 1961年11月15日」、「ヒロシマわが罪と罰-原爆パイロットの苦悩の手紙」、「広島・長崎原爆被爆者大会 1962年5月22日」、「広島県議会 核実験禁止要請に関する決議 1962年8月11日」、「広島県議会意見書 核実験停止協定締結要請に関する決議 1962年12月22日」
 ヒロシマ遺文への投稿2/2=「原爆医療法の拡大強化と被爆者救援に関する決議案 1963年9月28日」、「広島県議会意見書 原爆記念行事を厳粛荘厳に挙行することについての要望」、「参議院 原爆被爆者援護強化に関する決議 1964年3月27日」、「衆議院 原爆被爆者援護強化に関する決議 1964年4月3日」、「沖縄県原子爆弾被害者連盟結成総会」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「基地沖縄の全貌」、「沖縄在住被爆者訴訟に対する国の答弁書 1965年12月1日(抄)」、「沖縄被爆連運動のあゆみ 1963年9月~1966年3月」、「広島詩歌研究会」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「広島・アウシュビッツ-平和行進青年の記録」、「広島・アウシュビッツ-平和行進ニュース  No.1~5」。
15 ヒロシマ遺文への投稿=「フェニックス広島号の冒険」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:広島・長崎平和巡礼 1964年」、「世界の中のヒロシマ 平和巡礼団に同行して 1964年」
17  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:核禁会議の主な動き(前史)」、「ヒロシマの証言(中国新聞連載)」
18  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止世界大会(第8回)日程」、「全日本原爆被爆者協議会」、「広島市原爆被爆者協議会」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=「近畿ブロック会議ニュース」、「11県被団協への日本被団協代表理事会回答 1962年9月9日」、「核戦争阻止・原水爆禁止第8回世界大会中国ブロック・県内平和行進参加のしおり」、「広島県原爆被害者団体協議会第6回総会決議(案)」、「第8回原水爆禁止世界大会広島県内平和行進日程詳細表」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「平和の条件 アクラから広島へ (1962年)」、「黒田秀俊(日本原水協事務局長)メモ」、「森滝日記1962年」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「ビキニ8周年広島集会」、「3・1ビキニデー関係資料(1962年)」、「アックラ「民間人軍縮会議」歓送激励会案内(19620612)」、
22  核兵器禁止条約発効1周年。
22 ヒロシマ遺文への投稿=「全面軍縮と平和のための世界大会 1962年7月」、「中国新聞社説(1962年反核)一覧」、「各国の核実験反対運動(朝日新聞19620812)」、「核実験競争のゆくえ(中国新聞連載1962年)」、
23  ヒロシマ遺文への投稿=「雑誌『世界』反核1962」、「『朝日ジャーナル』反核1962」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市民の訴え(浜井信三) 19620806」、「「原水爆禁止と平和のための国民大会」現地実行委就任委嘱について」、
25  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止と平和のための国民大会基調報告 1962」、「軍縮のための広島県婦人集会アピール 1962年3月18日」、「広島市とボルガグラード市の姉妹都市縁組をむすびましょう(日ソ協会広島支部)」、「核実験反対広島抗議集会参加呼びかけ(ビラ)」、
26  ヒロシマ遺文への投稿=「座り込み参加訴え<広島県平和委員会>(ビラ)」、「核停協定無条件即時調印のため浜井市長・門田委員長が送った手紙」、「アジアの平和のための日本大会 1962年」、「核戦争阻止軍事基地撤去のための国際共同行動岩国大会」、「編年資料:ヒロシマ-原水爆禁運動の基本原則-1962年」、「編年資料:ヒロシマ-原水爆禁運動の基本原則-1962年(2)」。
27  「ヒロシマ遺文への投稿」作業、1962年分を一応終える。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「世界をつなぐ「平和を愛する人々のバッジ」について」、「広島県原水協ニュース 第1号」、「第9回原水爆禁止世界大会」。
28  ヒロシマ遺文への投稿=「第9回原水爆禁止世界大会-その経過ともち方」、「第9回原水爆禁止世界大会-その経過ともち方(目次)」、「編年資料:ヒロシマ-1963年1月~(広島県原水協・県被団協などの動向を中心に)」
29  ヒロシマ遺文への投稿=「編年資料:ヒロシマ-1963年5月~(原水禁世界大会成功のための青年団連絡会議)」、「峠三吉詩碑建設」。
30  ヒロシマ遺文への投稿=「議事要録 (第9回原水爆禁止世界大会)」、「資料:長崎―広島間 原水爆禁止平和達成行脚」、「全国の皆さんへ訴える(長崎―広島間原水爆禁止平和達成行脚)」、「広島―長崎間 原水爆禁止平和達成行脚、広島歓迎集会 宣言(案)」、「長崎―広島間「原水爆禁止平和達成行脚」終結にあたっての挨拶」
31  ヒロシマ遺文への投稿=「第9回原水爆禁止世界大会広島県内平和行進日程図」、「第9回原水爆禁止世界大会広島県内平和行進日程詳細表」、「広島県原水協加盟団体 第9回世界大会分担表」、「編年資料:ヒロシマ(原水禁世界大会以降)-1963年8月~」

 

2021年12月(日録)

2021年12月(日録)

 事項
01
 02
 03
 04
 05
 06
 07
 08
 09
 10
 17
 1205  原爆ドーム世界遺産登録25周年
出典:「厳島神社・原爆ドーム登録25年 世界遺産増す重み」(『中国新聞』、20210101)
 1208  太平洋戦争開始80周年。

 

 

なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか

『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』(Chim↑Pom, 阿部謙一編、人島プロダクション、河出書房新社(発売)、20090325)

内容<作業中

見出し・内容 備考
誰かが広島の空を「ピカッ」とさせたらしい<2008年10月21日>
Chim↑Pomプロフィール
ブログ「”ピカッ”広島上空にナゾの巨大落書き!!」「解決!!巨大『ピカッ』の正体」
はじめに 16
資料「ヒロシマの空をピカッとさせる」にまつわる経緯 18
01 ピカッとさせた。大騒ぎになった。そして、謝った 25
小崎哲哉 Chim↑Pom展中止の顛末 26
会田誠 精読・2ちゃん某スレッド改めChim↑Pomの「ピカッ」 3
02 爆心地から、「ピカッ」騒動を検証する-なされた行為とまだ見ぬ作品と 41
椹木野衣 かつてエノラ・ゲイから見えた「空」-Chim↑Pomの「ピカッ」と、回帰する原爆投下者たちの窓 42
東琢磨 「ピカッ」という<出来事>-不快に感じたのは「ヒロシマ」の誰なのか 60
宇川直宏 「ピカッ」の深奥に見えた風景!!!! 73
楠見清 ピカとドン-閃光と爆音 あの雲について、蔡國強との対話から 88
03 ヒロシマ再訪 105
 矢野美耶古、吉岡幸雄 核兵器は地球まで滅ぼす兵器なのだから、廃絶以外にない 107
坪井直 武器を持つような人間が、どうして平和を考えられるだろうか 123
04 表現されたきた戦争と新しい戦争美術 145
 福住廉 軽やかに、無邪気に、そして一気に-新たな「原爆美術」に向けて 146
渡辺真也 ラッキードラゴンの視点から-近代の産物としての美術と原爆、そして表現者としてのChim↑Pom 156
05 社会と表現、自由と公共性を巡って 167
 長谷川祐子 荒野のピクニック-Chim↑Pomのプロポーザル 168
松下学 戦時中!-「ピカッ」を巡るふたつの公共性の衝突 176
イーデン・コーキル 英語で記事を書こうとしたときの違和感 185
06 それは芸術なのか、芸術なら許されるのか 191
 光田由里 Chim↑Pomの確信度とコミュニケーション過程の自立-ハンス・ベルメールと宮川淳のアシストによる 192
田中功起 後出しジャンケンをするつもりなら、俺はさきに手を見せる 204
07 特別寄稿…政治と美術の関わり、思想と実践の挟間 213
 針生一郎 戦争画と原爆美術 214
インゴ・ギュンター 魔法使いの弟子-悪魔の代弁者のパースペクティヴ 218
08 インタビュー/特別座談会…Chim↑Pomが聞く 227
 高橋賢 みんな同じ意見だと祭りになるし、それが楽しい 228
道面雅量 不謹慎と言われても、作りつづけてほしい 234
針生一郎×柳幸典×会田誠×卯城竜太 「ピカッ」は誰に向けた表現だったのか 240
09 Chim↑Pomリーダー自ら、「ピカッ」騒動を振り返る 257
 卯城竜太 Chim↑Pomのピカッ騒動記 258
10 広島市現代美術館とヒロシマ 281
 暮沢剛巳 ヒロシマの心-広島市現代美術館の戦争と平和に関する展示の変遷 282
Comment on PIKA!
 中沢啓治 40 いとうせいこう 104 山下裕二 166 ガブリエル・リッター 212
あとがき 290
執筆者紹介 293
謝辞 295

 

 

原爆被災全体像調査のための市民集会記録集

『原爆被災全体像調査のための市民集会記録集』(原爆被災全体像調査のための市民集会開催委員会・広島市、1969?)

  IMG_20211108_0002
原爆被災全体像調査のための市民集会プログラム
1 開会 14.00から
2 原爆死没者に対する黙とう
3 主催者あいさつ
4 全体会議
(1) 座長 広島女学院大学教授 庄野直美
(2) 基調講演
◇テーマ〈原爆被災資料の諸問題〉40分間
講師 日本学術会議原子力特別委員会幹事
同 原水爆被災資料小委員会委員長
神戸大学教授 永積安明
(3) 討議
  〔問題提議〕
◇テーマ〈原爆被災資料について〉10分間
発題者 原爆被災資料広島研究会 田原 伯
◇テーマ〈原爆被災全体像調査について〉15分間
発題者 広島大学原爆放射能医学研究所長
広島大学教授 志水 清
◇テーマ〈旧町内の被爆復元にあたって〉15分間
発題者 田坂病院長 田坂重実
同主婦      牛尾ユクヨ
広島市婦人連合会  林 秀
5 決議
6 映画上映(瀬戸内海「平家物語の旅」)
7 閉会 17.30

◇プログラム◇

2021年11月(日録)

2021年11月(日録)

 事項
01  ヒロシマ遺文への投稿=「2021年11月(日録)」
 02  新聞切り抜き分類「WHO」の整理。
02 ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器をなくし平和を求める図書館関係者の会」、「原爆と井上画伯 井上自助夫妻」
 03  08:15~0945 NHK総合「坪井直さんをしのんで 100年インタビュー」坪井直 非核平和運動にとりくむ日本原水爆被害者団体協議会代表委員・坪井直さん。昭和20年8月6日の被爆体験や、今の平和を巡る状況について語る。(2007年8月2日放送)。夜、録画を視聴。
03 ヒロシマ遺文への投稿=「幟町公園慰霊碑護持会」、「黒川万千代」。
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆の碑 広島のこころ」、「ANT-Hiroshima」、「柿手春三」。
 05  ヒロシマ遺文への投稿=「平和事典(広島平和文化センター1985)目次」。
05 15:05~NHK総合「坪井さんをしのんで」
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「日野原重明」、「戦争孤児たちの戦後史(全3巻)」。
 07  ヒロシマ遺文への投稿=「明日を創る 婦人民主クラブと私」。
 08  ヒロシマ遺文への投稿=「アメリカン大学の学生とともに原爆投下を考えた」、「デルタ・女の会ニュース」、「原爆被災全体像調査のための市民集会記録集」、「原爆被災全体像調査のための市民集会開催委員会団体名簿」、「平和運動と佐世保(佐世保市史通史編下巻)」、「海田管内被爆教職員の会(広島県)」、「広島の戦前・戦後史に見る「平和教育思想」」。
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「竹内武」
 10  呉市民劇場。文学座「怪談 牡丹燈籠」。会場:新日本造機ホール(呉市役所)。
 10  ヒロシマ遺文への投稿=「広島平和会館(略年表)」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「呉市民劇場」、「一誠一座」、「「あの日」から54年を生きて―被爆者の証言と原爆後障害」
 12  ヒロシマ遺文への投稿=「舞台とともに五十年の歩み」、「瀬戸内寂聴」。
14  ヒロシマ遺文への投稿=「花には太陽を子どもには平和を 子どもを守る運動の50年被爆二世の問いかけ 再びヒバクシャをつくらないために」。
 14  広島県知事選挙(中村たかえ:65212,たるたに昌年:17600、ゆざき英彦:707371)
 14  呉市長選挙。(新原よしあけ:44596、三谷光男:42219)
 14  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆体験 六七四四人・死と生の証言」、「原爆の図 描かれた「記憶」、語られた「絵画」」。
 15  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆体験 六七四四人・死と生の証言」、「原爆の図 描かれた「記憶」、語られた「絵画」」。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ・アメリカ 原爆展をめぐって」、「部落問題と原爆の町 ふくしま百年のあゆみ」。
 17  06:38呉発―JR快速通勤ライナー・梅林行―07:07着広島07:22-のぞみ2号東京行き-08:43新大阪08:56発-OsakaMetro御堂筋線・なかもず行<[発] 1番線(乗車位置:後[10両編成])>-09:27長居(地下鉄)09:29-徒歩-09:32 長居(阪和線)09:35-JR阪和線・熊取行-09:51JR上野芝駅
17  <文化財めぐり>履中天皇陵(第3番目の前方後円墳)―仁徳天皇 百舌鳥耳原中陵―堺市博物館―南宗寺(なんそうじ)―さかい利昌の杜・利休屋敷跡―<宿泊>ヴィアインあべの天王寺。
 18  <文化財めぐり>雄略天皇陵―葛井寺(フジイ寺)―道明寺―阪府立近つ飛鳥博物館(アスカディア・古墳の森)―<宿泊>KKRホテル大阪
 19  <文化財めぐり>奈良―信貴山―興福寺―東大寺
 23  呉市秋の文化祭。柳家花緑、古今亭菊志ん他、 会場:新日本造機ホール(呉市役所庁舎内)。
 24  菊楽忍(原爆資料館)など5人、来宅。所蔵資料調査。
 26  ヒロシマ遺文への投稿=「山代巴 中国山地に女の沈黙を破って」
 27  ヒロシマ遺文への投稿=「広島 爆心地中島」、「なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか」
 28  ヒロシマ遺文への投稿=「女がヒロシマを語る」、「戦争と民衆 戦争体験を問い直す」、「はざまに生きて五十年 在米被爆者のあゆみ」
 29 ヒロシマ遺文への投稿=「私のあしながおじさん」、「燐が燃えたまちヒロシマ」、
 30  ヒロシマ遺文への投稿=「無防備地域運動の源流一林茂夫が残したもの」

 

 

2021年10月(日録)

2021年10月(日録)

 事項
 01  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典(1947・52・91年)の式次第」、「原爆死没者名簿奉納数」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「合唱団の構成(1991年)」、「
特別来賓の案内数(1991年)」、「総理大臣・衆参両院議長の参列状況(1971-91年)」
03  ロシマ遺文への投稿(1)=「外国人参列者の概要(1991年)」、「広島市民の「8月6日の過ごし方」(NHK世論調査の結果)」、「原爆記念日に関する社説(1991年、ローカル紙)」、「海外からの広島市長あて書簡数(1947-51年)」、
03  ヒロシマ遺文への投稿(2)=「参考資料・文献(平和記念式典の歩み)」、「表一覧(平和記念式典の歩み)」、「写真一覧(平和記念式典の歩み)」、「索引(平和記念式典の歩み)」
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆死没者慰霊行事(2021年)」
 05  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典パネル(平和記念資料館南壁面)」、
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典の歩み(表紙)」、「式典にともなう規制と警備2021(平和式典の準備)」、「幟と横断幕」
 07  ヒロシマ遺文への投稿=「内閣総理大臣挨拶(墨書き)」、「女子大反戦会議ビラ(シリーズNo.1 19710705)」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市平和記念式典案内状(2005年)」、「鳩魂碑(靖国神社)」。
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県史 近代現代資料編Ⅲ」。
 10  ヒロシマ遺文への投稿=「内閣総理大臣挨拶(墨書き 佐藤栄作)」、「平和記念式典の変遷と平和宣言(広島新史歴史編)」
 11  ヒロシマ遺文への投稿=「1991(平成3)年広島市平和記念式典資料」
12  19:30~19:55。NHKラウンド中国「”空白の10年”被爆者たちの手記」視聴。
 12  ヒロシマ遺文への投稿=「平和復興祭(1946年)」。
 14  ?研究会(広島市内)での報告「自分史の中の広島市平和記念式典」。
 17  資料関係の論文の査読作業。
 21  新聞(10月分)の切り抜き作業。
 23  ヒロシマ遺文への投稿=「みんなで平和を考える 市政懇談会資料(3)」
24  YouTube[楽園の島は地獄になった テニアン島]、被爆75年TSS報道特別番組『誰がための放影研』For Whom does RERF Exist?【RCCテレビ】特別番組「描く 被爆76年の広島から」
8月6日(金) 15:49~再放送を視聴。
 25  新聞切り抜きの分類整理。
 27  ヒロシマ遺文への投稿=「行幸啓の中の戦没者慰霊(平成期)」
 27  二度目の千羽達成<千羽鶴製作 20181203~20190427=目標達成。中断。20210331再開>
 28  新聞切り抜き分類「WHO」の整理。
 28  ヒロシマ遺文への投稿=「皇室報道(20211027)」、「坪井直」
 29  ヒロシマ遺文への投稿=「坪井直関係資料一覧」
30  新聞切り抜き分類「WHO」の整理。
 31  衆議院議員選挙。
 31  ヒロシマ遺文への投稿=「坪井直追悼(新聞コラム要約)」.

 

 

ICBUWヒロシマ大会(2006年8月)

ICBUW( ウラン兵器禁止をもとめる国際連合)ヒロシマ大会
2006年8月3日~6日

大会記録:『 ウラン兵器なき世界をめざして ICBUWの挑戦』(O DU ヒロシマ・プロジェクト、ICBUW編、NO DU ヒロシマ・プロジェクト刊、20080415)

内容

プロローグ
[劣化]ウラン問題とICBUW創設
 (1)[劣化]ウラン兵器とは何か 6
(2)ICBUW創設・ICBUWミッション声明 11
(3)DU兵器禁止に向けたベルギーでの取り組み リア・ヴェルヤオ 14
開会セッション
CBUW国際キャンペーンの展開
ベルラールからヒロシマまで/ヒロシマから世界へ
(1)ヒロシマ大会の使命-”核の影”としてのDU問題 嘉指信雄 22
(2)基調講演「劣化ウランと湾岸戦争症候群」 ロザリー・バーテル/質疑応答 26
(3)ベルギーからのメッセージ「劣化ウラン兵器廃絶のため、犠牲者たちとともに声をあげよう」 33
(4)歓迎挨拶「力を合わせて、大きな運動のうねりを創り出しましょう」広島市長 秋葉忠利 34
1 被害-1/イラク
(1)イラク南部における疫学的研究-人を欺く「安全神話」 ジャワッド・アル-アリ 38
(2)イラクにおける劣化ウランによる放射能汚染-湾岸戦争後の様々な研究 アスード・アル-アザウィ 42
(3)バスラにおける環境の放射能汚染-汚染された大地と水、そして街 カジャック・ヴァルタニアン 44
(4)写真プレゼンテーション「イラクの子どもたちとアメリカの戦争犯罪」 森住卓 48
(5)社民党党首からのメッセージ「国会での劣化ウラン問題の取り組み」 福島瑞穂 52
(6)質疑応答 53
2 被害-2/アメリカ
[イントロダクション]アメリカにおける劣化ウラン問題 タラ・ソーントン 60
(1)ウラン兵器使用は「国家の病」の表れである-湾岸戦争帰還兵としての経験から デニス・カイン 62
(2)正義が実現されない限り、平和は来ない-イラク戦争帰還兵として訴える ハーバート・リード 66
(3)写真プレゼンテーション 戦争と嘘? 豊田直巳 70
(4)米軍射爆場周辺でのDU被害 ダマシオ・ロペス 74
(5)米国内のDU問題-製造工場周辺の汚染、立法と検査 グレーテル・マンロー 78
(6)質疑応答 81
3 科学-1/問題の核心と展望
[イントロダクション]強固なキャンペーンを推進するために-劣化ウラン兵器問題の科学的背景 ダグ・ウィア/振津かつみ 86
(1)劣化ウランは人々の健康にとって有害か キース・ベイヴァーストック 88
(2)湾岸戦争帰還兵などにおける末梢リンパ球の染色体異常-試験的分析結果 ハイケ・シュレーダー 92
(3)戦争による汚染と人体・動物のナノ病理学 ステファノ・モンタナーリ/アントニエッタ・ガッティ 96
(4)劣化ウラン被曝の評価 トーマス・フェイジー 99
(5)広島・長崎原爆の残留放射線による内部被曝の影響 沢田昭二 102
(6)[コメンテーターからの発言]①市川定夫②小出裕章 106
(7)質疑応答 111
4 被害-3/ヨーロッパ
(1)イギリス政府の欺瞞は続く-湾岸戦争、バルカン、そしてイラク戦争 レイ・ブリストウ 116
(2)イタリアにおけるDU問題 ステファニア・ディヴェルティート 120
(3)劣化ウラン それは、過去・現在・未来にわたって殺し続ける兵器 フィリッポ・モンタペルト 123
(4)旧ユーゴでの劣化ウラン問題 横澤典子/今井俊政 127
(5)質疑応答/劣化ウラン弾関連訴訟(ステファノ・メローネの場合) 130
5 キャンペーン-1/アジア太平洋
(1)韓国や沖縄の米軍基地における劣化ウラン弾配備 イ・シウ(Lee Si-Woo) 134
(2)日本における劣化ウラン弾の貯蔵問題-イ・シウさんの発表を受けて 湯浅一郎 138
(3)「市民ネットワーク」の活動 稲月隆 140
(4)「生きているか?正常か?」と問うイラクの母親たち-イラクにおけるDU被害緊急調査 森瀧春子 144
[NO DU ヒロシマ・プロジェクト]の活動 149
(5)オーストラリアからの「世界への警告」-アボリジニーは知っていたウランの危険 デイヴィッド・ブラッドベリー 150
(6)世界各地のウラン採掘現場で起きている問題(ナヴァホ/ジャドゥゴダ) ジュディー・パステルナーク/森瀧春子 154
(7)質疑応答 156
S 特別セッション ヒバクシャとの交流 特に”内部ヒバク”をめぐって
(1)わたしの被爆体験 松島圭次郎 160
(2)原爆症認定集団訴訟の広島地裁判決について 渡辺力人 162
(3)広島の医師として、イラクの医師から学んだもの 丸屋博 164
(4)「あの日」の体験 高橋昭博 168
(5)海外参加者の発言 172
(6)原爆症認定集団訴訟について 松尾健太郎/田部知江子 174
(7)質疑応答 174
(8)[解説]ICRPの「放射線安全基準」の問題性 内藤雅義 178
(9)劣化ウラン問題に関するWHOの姿勢 スコットランド「サンデー・ヘラルド」記事より 179
6 キャンペーン-2/禁止条約実現に向けての戦略
(1)劣化ウラン兵器-法的及び政治的状況、課題と可能性 マンフレート・モーア 182
(2)ウラン兵器禁止に関する条約案(抄訳) 186
(3)討論要旨 禁止条約実現に向けての戦略 188
7 科学-2/科学問題をめぐる討議
(1)討論/[コメンテーターからの発言]①矢ケ崎克馬②松井英介 196
(2)討論のまとめと確認 振津かつみ 198
8 キャンペーン-3/被害者支援に向けて
(1)討論要旨 被害者の支援に向けて 202
(2)質疑応答 207
閉会セッション ICBUWヒロシマ・アピール採択
(1)核被害者をこれ以上出さないために-60年間ヒバクシャを診てきて思うこと 肥田舜太郎 212
(2)未来が引く力は、過去が押す力よりも強い-ヒロシマ大会に参加して思うこと ナスリーン・アジミ 214
(3)[国際署名手渡し][大会参加者の感想] 217
(4)ウラン兵器禁止ヒロシマ・アピール 220
(5)ICBUW運営委員からの挨拶/閉会の言葉 222
さらなる挑戦 ヒロシマ大会以降の主な動き
(1)DU被害賠償請求裁判、本格的審理へ-イラク帰還兵、米陸軍省を訴える 228
(2)ベルギー、劣化ウラン弾禁止へ-地雷、クラスター爆弾に続いて世界初 230
(3)対日本政府交渉-「被爆国」としての責務 234
(4)EU議会で「ウラン兵器の人的被害」写真展と国際フォーラム 236
(5)李時雨(イ・シウ)氏「国家保安法違反」嫌疑で不当逮捕 242
(6)ニューヨークで第4回ICBUW国際大会「世界を脅かすウラン兵器」 244
(7)国連総会で決議採択-各国に意見求め、次期総会で検討 246
(8)被曝後20年以上経ってもDU検出 NYの兵器製造工場周辺での汚染 248
ICBUWによる主な取組み一覧/サポーター[拡大キャンペーン] 250

備考 ICBUW: ウラン兵器禁止をもとめる国際連合

2021年9月(日録)

2021年9月(日録)

 事項
01 *来宅。「おんな」関係本、田原資料の長崎関係資料を閲覧。原水爆禁止母の会・木の葉のように焼かれて・あさなど(1箱)を貸出。
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:ジミー・カーターと広島」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県社会運動史研究会」
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県労働組合会議」、「広島県労働運動史 第1巻」、「広島県労働運動史 第2巻」
05 パラリンピック閉会式。
 06  菊楽忍(広島原爆資料館)一行3人、来訪。寄贈資料資料を持ち帰る。
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「広島復興大博覧会ポスター」
 07  ヒロシマ遺文への投稿=「広島の証言の会」、
 08  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県社会運動史研究会会報」、「ヒロシマ・ナガサキの群像」
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「今堀誠二巻頭言―ヒロシマ・ナガサキの証言創刊号」
 10  「広島の証言の会(1997年再発足)」、「在ブラジル被爆者裁判を支援する会」、「在ブラジル原爆被爆者協会」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「私の中の平和と人権」、「田沼肇全活動」、
12  ヒロシマ遺文への投稿=「法廷に立つ歴史学 家永教科書論争と歴史学の現在」、「ICBUWヒロシマ大会(2006年8月)」。
13  ヒロシマ遺文への投稿=「資料:総評単産被爆者協議会連絡会議」、「原爆被爆者援護法の早期制定をめざす資料集」、「原爆被爆二世問題の理解のために」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「山陽路の女たち」、「ヒロシマの記録 核実験抗議の座りこみ10年」
 15  ヒロシマ遺文への投稿=「アフガニスタン国際戦犯法廷民衆法廷第9回公聴会(広島)」
 16  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市平和推進基本条例」
17  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市役所事務休停日条例」
 18  ヒロシマ遺文への投稿=「内閣総理大臣菅義偉広島市平和式典挨拶(2021年)」、「広島市平和式典総理大臣挨拶(2020年)」、「広島市平和式典総理大臣挨拶(2019年)」
 20  ヒロシマ遺文への投稿=「秋葉忠利広島市長平和宣言(1999~2010年)」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市平和式典広島県知事、県・市議会議長の式辞(1953年)」、「広島市平和記念式典での挨拶(広島県知事)2016~2021年」、
22  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典実況中継1996年8月6日」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典にともなう規制と警備」、「被爆70周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典式次第」、「長崎市民平和憲章」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「長崎市都市公園条例」
 25  ヒロシマ遺文への投稿=「平和集会・シンポジウム(平和式典の関連行事)」
 26  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典略年表」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典の主催者」、「平和式典の会場-平和記念公園」、
28  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「平和式典の会場-平和記念公園(設営)」、「平和式典の会場-平和記念公園(市民の奉仕活動)」、「平和式典の原型」、「平和式典の主催者」、「式次第」、「宣言の主体、対象、形式(平和宣言)」、「平和式典の参列者」、
28  ヒロシマ遺文への投稿(2)=「市民の関心(平和式典への関心)」、「市民の関心(平和式典への関心)」、「原爆供養塔合同慰霊祭(平和式典の関連行事)」、「原爆罹災者名簿等の公開(平和式典の関連行事)」、「灯ろう流し(平和式典の関連行事)」、「平和集会・シンポジウム(平和式典の関連行事)」、「式次第」、「献花(式次第)」、「演奏と合唱(式次第)」、
 29  菊楽忍(広島原爆資料館)一行3人、寄贈予定資料を持ち帰る。*・*も、来宅。5人と一緒に資料などについて話す。発言はほとんど宇吹。
 29  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「原爆被害観(平和宣言)」、「原水爆禁止(平和宣言)」、「国連」、「国際動向への憂慮(平和宣言)」、「被爆体験の継承(平和宣言)」、「被爆者援護対策への要望(平和宣言)」、「世論への期待(平和宣言)」、「ヒロシマの動向と決意(平和宣言)」、「宣言内容の変遷(平和言)」、「
平和宣言の普及(平和宣言)」、
 29  ヒロシマ遺文への投稿(2)=「来賓(平和式典の参者)」、「政府、議会関係者(平和式典の参列者)」、「長崎市など他都市からの参列者(平和式典の参列者)」、「遺族、被爆者、市民、平和団体代表(平和式典の参列者)」、「一般参列者(平和式典の参列者)」、
30  ヒロシマ遺文への投稿(1)=「被爆体験の継承(平和宣言)」、「来賓(平和式典の参列者)」、「政府、議会関係者(平和式典の参列者)」、「長崎市など他都市からの参列者(平和式典の参列者)」、「海外からの参列者(平和式典の参列者)」、「遺族、被爆者、市民、平和団体代表(平和式典の参列者)」、「一般参列者(平和式典の参列者)」
 30  ヒロシマ遺文への投稿=「日本政府の関心(平和式典への関心)」、「マスコミの関心(平和式典への関心)」、「海外での関心(平和式典への関心)」、

 

 

社説(ローカル紙)2021年8月6日

社説(ローカル紙)2021年8月6日

紙名 見出し
北海道新聞 原爆投下から76年 廃絶求める世論に応えよ
河北新報 広島原爆の日 核廃絶の訴え 届け世界へ
信濃毎日新聞 原爆の日に 被爆国政府の責務果たせ
新潟日報 原爆の日 核廃絶へ責務果たさねば
神戸新聞 原爆の日 非人道の核廃絶へ連帯さらに
山陰中央新報 <論説>「原爆の日」 オブザーバーで参加を
中国新聞 ヒロシマ76年 核抑止の神話、打ち破れ
山陽新聞 原爆投下76年 核廃絶へ使命果たさねば
西日本新聞 広島原爆の日 日本が核廃
琉球新報 ヒロシマ原爆投下76年 核禁条約批准を約束せよ
沖縄タイムス ヒロシマ原爆投下76年 今こそ真の橋渡しに

20210806社説

広島平和音楽祭略年表

広島平和音楽祭略年表

Y M D NEWS1
74 03 11 広島テレビが企画した広島平和音楽祭の実施要項が決まる。
74 04 02 近藤幸四郎・広島被爆者団体連絡協議会事務局長ら10人、広島テレビ放送を訪れ、8月開催の広島平和音楽祭への美空ひばりの出演に抗議。
74 04 17 広島テレビ、広島平和音楽祭開催の内容に抗議していた広島被爆者団体連絡会議に対し、趣旨に反する歌手はいないとの回答。
74 06 05 広島テレビ放送、広島平和音楽祭に出演する歌手12人を発表。美空ひばりなど。
74 06 26 全電通被爆協・国労被対協など被爆者8団体代表、広島テレビに広島平和音楽祭の中止を申し入れる。
74 08 09 全電通被爆協・国労被対協など被爆者8団体、美空ひばりの出演する広島平和音楽祭に抗議し原爆裁判映画「人間であるために」の上映会を開催。約100人が参加。
74 08 09 広島平和音楽祭、広島県立体育館で開催。約5000人が参加。
75 03 21? 山田愛毅・広島県東城高校1年の作った「戦争を知らないから」が、広島平和音楽祭で募集した歌詞で一等に入賞。
75 05 24 第2回広島平和音楽祭、県立体育館で開催。約5000人が参加。
76 03 03 第3回広島平和音楽祭の細目が決まる。公募歌詞1席に与えられるゴールデン・メイプル(もみじ)賞に小川洋子の「もんぺのかあさん」が選ばれる。
76 05 22 第3回広島平和音楽祭、県立体育館で開催。約5000人が参加
77 04 11 6月10日の広島平和音楽祭の出演歌手・公募歌手入選(ゴールデン・メイプル賞)者など決定。
77 06 10 「広島平和音楽祭」出演の島倉千代子ら、原爆病院慰問。
77 06 10 「第4回広島平和音楽祭」、県立体育館で開催。約5500人が参加。
78 03 31? 第5回広島平和音楽祭実行委員会、同音楽祭の細目を決定し、発表。(ゴールデン・メイプル賞)
78 06 08 広島テレビ放送、「第5回広島平和音楽祭」開催を記念して原爆病院に寄付。
78 06 09 第5回広島平和音楽祭、開催。
78 06 25 広島平和音楽祭の中継録画放送。
79 06 07 「広島平和音楽祭」に出演する歌手ら、広島原爆病院を慰問。
79 06 08 第6回「広島平和音楽祭」、広島市で開催。
80 06 12 第七回広島平和音楽祭出演のため来広した歌手ら、原爆病院を慰問。
80 06 13 広島平和音楽祭実行委員会主催「第七回広島平和音楽祭」、広島市で開催。
81 06 12 第8回「広島平和音楽祭」(同実行委主催)、広島市で開催。
82 06 11 第9回広島平和音楽祭、広島市で開催。
83 06 10 広島平和音楽祭(同実行委主催)、広島市で開催(今年10回目)。(被爆体験の継承・反戦・平和を基調に。)
84 06 17 第十一回広島平和音楽祭(同祭実行委など主催)、広島市で開催。(約4,500人の聴衆)
85 06 23 第12回広島平和音楽祭(同実行委・広島テレビ放送主催)、広島市で開催(聴衆約4000人)。被爆40周年にちなんだ新曲発表。
86 07 26 第13回広島平和音楽祭( 同実行委・広島テレビ主催)、広島市で開催(聴衆約4300人) 。
86 07 27 26日の第13回広島平和音楽祭の模様を録画で放送。
87 01 13? 広島テレビ放送、「第14回広島平和音楽祭」の歌詞をを募集。
87 07 24 「第14回広島平和音楽祭」(同祭実行委・広島テレビ主催)、広島市で開催(聴衆約 4100人)。
87 07 25 「第14回広島平和音楽祭」のもようを放送(広島テレビ)。
87 08 02 第14回広島平和音楽祭の模様を中継録画でテレビ放映。
88 07 29 第15回広島平和音楽祭(広島テレビなど主催)、広島市で開催(聴衆約4600人)。
88 08 07 テレビ番組「日曜スペシャル『第15回広島平和音楽祭』」、広島テレビで放送。
89 06 07 第16回広島平和音楽祭のゴールデン・メープル賞、決定。原爆ドーム保存をテーマに、広島市の森下義数が作詞した「生きてよかった ありがとう」が受賞。
89 06 25 歌手美空ひばり、死去。第1回広島平和音楽祭に出演。1988年の15周年の同音楽祭にも参加し、原爆をテーマにした「一本の鉛筆」を歌唱。
89 07 28 広島平和音楽祭(同実行委など主催)、広島市で開催(聴衆約3500人)。今年16回目。「平和のシンボル・原爆ド-ムよ永遠に!平成元年」がテ-マ。同実行委、原爆ド-ム保存募金に寄付(100万円)。
90 02 11? 広島テレビ、7月の第17回広島平和音楽祭で発表する歌詞を募集。テーマは平和・人間愛・希望など。
90 07 27 「第17回広島平和音楽祭」(広島テレビ放送など主催)、広島市で開催(聴衆約4500人)。
90 07 29 テレビ番組「日曜スペシャル『第17回広島平和音楽祭』」(広島テレビ)、放送。
91 06 14 第18回広島平和音楽祭(広島テレビなど主催)、広島サンプラザで開催(聴衆約3500人)。加藤登喜子作詞・作曲の「ネバー・フォーゲット・ヒロシマ」などを演奏。
91 08 04 「広島平和音楽祭」の模様をテレビで放送(広島テレビ制作)。
92 07 07 古沢誠の「僕らの未来」、第19回広島平和音楽祭のゴールデン・メイプル賞に選ばれる。
92 07 24 第19回広島平和音楽祭、広島サンプラザで開催。5,000人を超す聴衆。
93 06 05? 18年前の「広島平和音楽祭」で入賞した歌「戦争を知らないから」、ジュノーをテーマにした記録映画「第三の兵士」の挿入歌として使われることが決まる。
93 06 25 第20回広島平和音楽祭のゴールデン・メイプル賞の授賞者発表。
93 07 23 第20回広島平和音楽祭、広島サンプラザで開催。4200人が参加。

 

 

2021年8月(日録)

2021年8月(日録)

 事項
01  ヒロシマ遺文への投稿=「佐東町川内・温井義勇隊の碑」、「広島郵政関係者慰霊碑」、「ヒロシマ・アウシュビッツ委員会平和宝塔」、「2021年8月(日録)」
 03  ヒロシマ遺文への投稿=「広島テレビ放送開局20周年記念誌」、「広島平和音楽祭略年表」
 05  広島女学院大学講義。関西学院大学学生25名とスタッフ2名、本学受講生12名。~12:15。ソフィア101。
 06   広島被爆76周年。広島平和公園へ。原爆死没者慰霊行事に参列。原爆ドーム北側などを取材撮影。―07:26。
 06  朝日新聞「天声人語」で宇吹著『ヒロシマ戦後史』を引用。
06  山陰中央新報デジタル <特集>不変の底流 核なき世界へ 被爆76年、全面禁止条約発効
 07  福井新聞
 08  東京オリンピック閉会式。
 09   長崎被爆76周年。黙とう。
09 ヒロシマ遺文への投稿=「長崎旅行(2017年5月)」、「長崎調査(2007年12月)」、「長崎調査(2015年8月9日~11日)」。
10 沖縄タイムス
10 NHKスペシャル「原爆初動調査 隠された真実」。
10 ヒロシマ遺文への投稿=「宇吹メモの中のナガサキ(1967~76)」、
11 折鶴の紐遠し。折りはじめ=20181203。1000羽達成=20190427.
12 土屋豪志<共同通信>よりメール。©株式会社全国新聞ネットに私へ電話取材による記事ありとのこと。確認する。「核兵器の全面違法化、戦後最大の成果 条約不参加の「被爆国」、空洞化危機」
12 ヒロシマ遺文への投稿=「せこへい美術館」
13 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆ドーム・平和公園地区へのかき船(水上レストラン)移転・新設問題を考える会」
14 ヒロシマ遺文への投稿=「敦賀・舞鶴・天橋立一人旅(2014年5月16日~19日)日程表」
15  終戦記念日。町内放送はなし。NHKテレビに合わせ黙とう。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「戦争遺跡保存全国ネットワーク」
18 ヒロシマ遺文への投稿=「社説(ローカル紙)2021年8月6日」、「子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集」。
19 ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま 世界平和の聖都」、「全国戦没者追悼式(開催概要)」。
20 **帰宅。~22日。
20 エディオン焼山店へ。高速小型無線LAN子機を購入。設置してもらうとパソコンの調子が良くなる。
21 エディオン呉店へ。プリンターを購入。
21 ヒロシマ遺文への投稿=「早田尚」。
22 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆訴訟を支援する会」。
23 **より電話。**(NHK)と替わる。
24  東京パラリンピック。~9月5日。
25 ヒロシマ遺文への投稿=「エドマンド・ブランデン詩碑」、「1984中国文化賞ー広島県総務部県史編纂室」
26 ヒロシマ遺文への投稿=「きのこ会」。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「水を風を光を 日本YWCA80年1905-1985」。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立図書館《広島県出身・ゆかりの女性たちの紹介》」、「文学選ひろしま 1」、「木の葉のように焼かれて」
30 *(東区民文化センター)より電話。9月18日「令和3年度城下町広島の歴史講座」のこと。10日午後、開催の可否を連絡する由。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「広島市千田婦人会」
31 桜が丘へ。倉庫の本「田原資料」のうち長崎関係2箱を自宅に持ち帰る。自宅の「おんな」関係資料の整理。

 

 

 

 

2020平和宣言<広島><長崎>総理大臣挨拶

2020平和宣言<広島>

1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。

今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。

およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。

こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。

原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた。」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。」という当時13歳であった男性の訴え。
昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。

今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ。」、「人類の未来のための教訓だ。」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。

そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。

本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井 一實

****************************

2020平和宣言<長崎>

長崎平和宣言

私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
どうして私たち人間は、核兵器を未だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。

75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴っています。

私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡がりの下に繰り展げられた惨劇、ベロベロに
焼けただれた火達磨の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫の中に転
がっていた数知れぬ屍体、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影
は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡に蘇ってくる。

被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。

今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から50年の節目にあたります。
この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。
3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。
被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。

昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。
世界の皆さんに呼びかけます。
平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。
今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。
この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。
若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。
世界各国の指導者に訴えます。
「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。
日本政府と国会議員に訴えます。
核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。
そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。

東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。
新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2020年(令和2年)8月9日
長崎市長  田 上  富 久

****************************

2020総理大臣挨拶(広島)

本日ここに、被爆75周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が挙行されるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前、一発の原子爆弾により廃墟(はいきょ)と化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。
広島と長崎で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果を活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、継承する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月6日
内閣総理大臣・安倍晋三

****************************

長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ
令和2年8月9日

本日ここに、被爆75周年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前の今日、一木一草もない焦土と化したこの街が、市民の皆様の御努力によりこのように美しく復興を遂げたことに、私たちは改めて、乗り越えられない試練はないこと、そして、平和の尊さを強く感じる次第です。
長崎と広島で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めていくことは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果も活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、承継する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ長崎市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、長崎市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月9日
内閣総理大臣・安倍晋三

****************************

2020年8月15日終戦記念日

あの苛烈を極めた先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。

祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、遠い異郷の地にあって、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで、無残にも犠牲となられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。

今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧(ささ)げます。

未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、国の責務として全力を尽くしてまいります。

戦後75年、我が国は、一貫して、平和を重んじる国として、歩みを進めてまいりました。世界をより良い場とするため、力の限りを尽くしてまいりました。

戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です。現下の新型コロナウイルス感染症を乗り越え、今を生きる世代、明日を生きる世代のために、この国の未来を切り拓(ひら)いてまいります。

終わりに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様にはご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。

令和2年8月15日
内閣総理大臣 安倍 晋三

2021年7月(日録)

2021年7月(日録)

 事項
01  呉空襲の日。呉市役所からの町内放送。12:00より自宅で黙とう。
01 呉海軍墓地を取材。『呉海軍墓地誌 海ゆかば 合祀碑と英霊(改定)』(管理棟で呉海軍墓地顕彰保存会、20180901、381頁)購入。2500円。
01  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマはどう記録されたか NHKと中国新聞の原爆報道」、「爆央と爆心 1945年8月6日ヒロシマで何が起きたのか」、「呉空襲の日(20210301)」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「新長崎市史第四巻現代編」、「戦後日本の社会と市民意識」、「ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会刊行物」、「2021年7月(日録)」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「伊東壮」、「わたしの心が癒されるときは 栗栖洋遺稿・追悼文集」、「横山英」
04  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆死没者追悼平和祈念館運営委託費」
05  比治山公園・日赤、取材。大学堂で古書「中国新聞労働組合50年史」などを購入。
05  広島大学へ出講。「平和と人間D」リモート。
05  ヒロシマ遺文への投稿=「「被爆体験」の展開ー原水爆禁止世界大会の宣言・決議を素材として」
06  ヒロシマ遺文への投稿=「中国新聞労働組合50年史」
07  ヒロシマ遺文への投稿=「広島陸軍墓地」、「広島陸軍病院原爆慰霊碑」
08 ヒロシマ遺文への投稿=「電信兵慰霊碑」、「2020平和宣言<広島><長崎>総理大臣挨拶」、「殉国忠士之碑<大日本帝国在留仏国人>」、「陸軍少年飛行兵戦没者慰霊碑」、「歩兵第11連隊戦没者慰霊碑」、
09  ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま文芸の碑」
10 ヒロシマ遺文への投稿=「広島赤十字・原爆病院メモリアルパーク」、「広島赤十字病院慰霊碑」
11  呉西保健所。新型コロナワクチン接種(2回目)。
11  ヒロシマ遺文への投稿=「大森正信」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「ゲーンス先生(広島女学院)墓碑」、「原爆遺跡後世に伝えて」、「広島県の歴史」、「原爆の絵 動員学徒の碑」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ日記(蜂谷道彦著)翻訳書」、「動員学徒犠牲者の会原爆死没者追悼式」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「全日本損害保険労働組合」、「平和公園内被爆遺構の公開 2020年」、「被爆ピアノコンサート(平和公園)」、「秋葉忠利広島市長の平和宣言」、「広島損害保険史」
15  コンビニで新聞購入。「黒い雨」訴訟広島高裁控訴審判決報道。
15 ヒロシマ遺文への投稿=「中国電気通信局原爆犠牲者慰霊碑」、「広島平和公園2018」、「日本損害保険協会広島地方協議会友愛碑」、「広島損害保険史」、
 16  バッハIOC会長、広島来訪。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「広島戦災供養会」、「広島損害保険史」
17  コンビニで新聞購入。バッハIOC会長の広島訪問関係記事。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「広島損害保険史」、「堀川町原爆慰霊碑」、「平和へのストリートライブ(元安橋)」。
18  日本ジャーナリスト会議広島支部公開記念講演会:講師:宮崎園子「ヒロシマの現在地」。場所:合人社ウェンディひと・まちプラザ(中区、袋町小学校隣)北棟4階ギャラリー。参加者40人。
 18  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典報道体制(広島テレビ)」、「元大正屋呉服店を保存する会」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=「下関原爆被害者の会」、「新日本スポーツ連盟」.
20  ヒロシマ遺文への投稿=「全国建設労働組合総連合会・広島県建設労働組合」、「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」、「広島県農業会原爆物故者慰霊碑」、「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」、
21  ヒロシマ遺文への投稿=「隊跡馬碑(輜重兵第五連隊)」。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「広島被爆者援護会」、「袋町小学校平和資料館」、「野外展示(2015年8月平和公園)」、「献花(2015年8月6日平和公園)」。
 23   東京オリンピック開会式。~8月8日。
24  ヒロシマ遺文への投稿=「広島二中原爆慰霊碑保存会」、「被爆動員学徒死没者の慈母観音像」、「広島県宗教連盟被爆70年の声明」、「原爆死没者慰霊行事2015」
 25  ヒロシマ遺文への投稿=「舟入・市女同窓会」。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市商同窓会」
26 新日本婦人の会呉支部「ヒロシマ・ナガサキ原爆と人間パネル展」。会場:呉市役所1階ロビー。26~29日。観覧できず。
27  ヒロシマ遺文への投稿=「呉海軍墓地」。
 29  広島大学へ出講。平和科目「平和と人間C」リモート。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「平岡敬前広島市長:私の平和論ーヒロシマから―20100121」、「平和の灯奉讃会」、
31 ヒロシマ遺文への投稿=「悠仁親王」

 

 

 

 

【論!2010】「被爆者」にこだわるべき 宇吹暁さん

【論!2010】
「被爆者」にこだわるべき 宇吹暁さん
2010年01月13日(朝日新聞)

朝日 原爆投下から65年となる被爆地・広島が果たすべき役割について、宇吹暁・広島女学院大教授=日本現代史=にインタビューした。戦後の平和運動やマスコミ報道の変遷を研究してきた宇吹さんは「広島は被爆者にこだわるべきだ」と説き、「まだまだやるべきことがある」と指摘する。(加戸靖史)

▽▽▽6日付掲載の対談記事で、平岡敬・元広島市長(82)が「広島に平和思想があるか」と疑問を呈しました。
平岡さんは被爆者の同世代人としてそう感じているのだろう。広島には多様な流れがあり、そのトータルが「思想」のはず。それがないと見えること自体に私は危惧を感じる。

▽▽▽昔は違ったと。
1950年代末から60年代にかけて、被爆者運動を支える理論づくりを担ったのは広島だった。残留放射能の問題を提起したのは庄野直美広島女学院大名誉教授。原水禁世界大会の宣言の起草も、広島の知識人が支えていた。

▽▽▽平岡さんは思想が生まれない理由について「論争」がない点を憂えています。
私が学生だった60年代後半は、原水禁世界大会が論争の場だった。強い主張を持つ被爆者や知識人も多かった。そうした人たちがいなくなっているのは確か。原水禁運動や被爆者運動自体に「匿名性」が強まっている。

▽▽▽60年代には原水禁運動内の対立が激化し、県被団協は64年に分裂しました。
日本被団協初代事務局長の藤居平一さん(故人)に分裂批判について直接聞いたことがある。「当たり前よ。最初から分裂しとった。多くの被爆者がいたから。そこに政党が横やりを入れてきた」と。被爆者が当初は一致団結していたかのような幻想をマスコミが振りまき、「分裂」が既成事実化した。さらに「分裂」後は各勢力が被爆者援護を勝ち取る競争を始めた。運動の中心が政府に近い東京へ移り、被爆者がまつりあげられる傾向が出てきた。

▽▽▽その被爆者の高齢化も今や待ったなしです。
広島、長崎のキーワードはやはり「被爆者」であるべきだ。チェルノブイリ原発事故(86年)の時は、広島の被爆者援護の例がずいぶん必要とされた。そうした面で世界から期待されている。だから広島はもっとこだわらないと。

▽▽▽具体的には。
まず被爆者に関する資料収集。被爆者健康手帳の申請書類は貴重な資料だが、広島、長崎以外の地方では散逸の懸念が出ている。個人収蔵の資料もそう。詩人・栗原貞子資料は公的機関ではなく、広島女学院大に寄贈された。本来は平和記念資料館や国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などがもっと積極的に収集機能を果たすべきでは。

▽▽▽平和記念資料館では、有識者による展示の見直しが話し合われています。
私自身が委員だが、現行の展示をどうするかという論議に終始してしまっている観がある。年間130万人強が入館する博物館は全国にもあまりない。広島市としてここから何を発信したいのか。もっとはっきりした方向性があっていいのではないか。

▽▽▽期待されているのはどんな役割でしょう。
資料館のホームページにある情報は原爆に関する一般論がほとんどだ。現代はインターネットで容易に情報収集できる。だから個々の被爆者に関する情報をいかに発信するかが大切になるはずだ。
平和記念公園の原爆死没者慰霊碑には約26万人の名簿が納められている。広島で被爆した人が約15万人生存しているとみると、将来は40万人余りの名前が残ることになる。それだけの数の生と死を語るのならば、広島がやるべきことはまだいくらでもある。

▽▽▽マスコミはどんな役割を果たすべきですか。
政府や海外の動きにもっと鋭く反応し、裏を探る報道がほしい。01~06年に首相だった小泉純一郎氏の平和記念式でのあいさつは徐々に短くなり、最後は就任当初の2分の1ぐらいになったが、どのマスコミも指摘しなかった。毎年あれだけのスペースをさいて報道しながら、公表された事実を要約しているに過ぎないのではないか。マスコミは妙に物わかりがよくなってはいけない。