資料年表:森井忠良<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1829 | ||
| 0725 | 誕生(広島県呉市吉浦) | |
| 1953 | ||
| 早稲田大学法学部卒 | ||
| 日本電信電話公社入社 | ||
| 1972 | ||
| 衆議院議員初当選。以後当選7回 | ||
| 1996 | ||
| 0606 | 森井忠良『明日を創るー提言・新世紀の社会保障』(NTT出版) | |
| 2011 | ||
| 0423 | 没。享年81歳。 | |
| 0425 | 『中国新聞』(2011年4月24日) | |
| 「森井忠良氏死去 元厚相 被爆者援護法に尽力 81歳」 | ||
止
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
資料年表:森井忠良<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1829 | ||
| 0725 | 誕生(広島県呉市吉浦) | |
| 1953 | ||
| 早稲田大学法学部卒 | ||
| 日本電信電話公社入社 | ||
| 1972 | ||
| 衆議院議員初当選。以後当選7回 | ||
| 1996 | ||
| 0606 | 森井忠良『明日を創るー提言・新世紀の社会保障』(NTT出版) | |
| 2011 | ||
| 0423 | 没。享年81歳。 | |
| 0425 | 『中国新聞』(2011年4月24日) | |
| 「森井忠良氏死去 元厚相 被爆者援護法に尽力 81歳」 | ||
止
資料年表:吉田茂
| 年月日 | ||
| 1878 | ||
| 0922 | 誕生 | |
| 1946 | ||
| 0522 | 内閣総理大臣就任 | |
| 1957 | ||
| 0710 | 吉田茂『回想十年 第1巻』(新潮社) | U |
| 0920 | 吉田茂『回想十年 第2巻』(新潮社) | U |
| 1030 | 吉田茂『回想十年 第3巻』(新潮社) | U |
| 1958 | ||
| 0315 | 吉田茂『回想十年 第4巻』(新潮社) | U |
| 1967 | ||
| 1020 | 没 | |
止
資料年表:鳩山一郎
| はとやま・いちろう | 18830101生19590307没 | 自由民主党初代総裁(1954-56年) |
資料年表:鳩山一郎
| 年月日 | ||
| 1883 | ||
| 0101 | 誕生 | |
| 1951 | ||
| 0630 | 『私の自叙伝』(改造社) | |
| 1955 | ||
| 1122 | 第54代内閣総理大臣。~19561223 | |
| 1957 | ||
| 1020 | 『鳩山一郎回顧録』(文芸春秋新社、19571020) | U |
| 1959 | ||
| 0307 | 没 | |
止
『毛沢東研究序説』(今堀誠二著、勁草書房、19660925)
内容
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止
『原爆の証言 こゑ第45号』(若杉泰昭編・大久保武雄著、憲法研究会、19700530)
<作業中>
| 頁 | 見出し | メモ |
| 03 | 二十五年忌 | |
| 03 | 小磯総理に直言 | |
| 07 | 暁部隊と私 | |
| 10 | 原爆の朝 | |
| 11 | 福屋ビルの階段 | |
| 12 | 数珠は切れていた | |
| 13 | 原子爆弾炸裂 | |
| 16 | 幽霊の街 | |
| 20 | 黒い驟雨 | |
| 25 | 傷ついても母は強い | |
| 28 | 原子爆弾症にかかる | |
| 29 | 人影を石に灼きつける | |
| 31 | 生きていた仏さん | |
| 40 | 死の脱出 | |
| 42 | 悲運古山部長の死 | |
| 46 | ガスを吸うと助からぬ | |
| 50 | 生死の分かれ目 | |
| 55 | 終戦の放送 | |
| 60 | 暁部隊の解散 | |
| 64 | 原爆ドームに咲いたコスモスの花 | |
| 67 | 天に祈る | |
| 71 | その時の写生句 高浜虚子 | |
| 77 | 原爆忌 大久保橙青 | |
| 82 | 原爆ドーム | |
| 85 | あとがき | |
| 備考 奥付の書名:こゑ 第45号 | ||
止
資料年表:文沢隆一(本名:増本勲一)<作業中>
| 年月日 | 事項 | ||
| 1928 | |||
| **** | 広島県山県郡千代田町生まれ。 | ||
| 1945 | |||
| 0806 | 旧制広島高校休学中に、千代田町で原子雲を見る。 | ||
| 1957 | |||
| 東京大学文学部哲学科卒。 | |||
| 1960 | |||
| 『安芸文学』同人 | |||
| 1965 | |||
| 0720 | 『この世界の片隅で 岩波新書』(山代巴編、岩波書店) | ||
| 文沢隆一「相生通り 」 1 | |||
| 1969 | |||
| 0325 | 『アンチヒューマン (ドキュメ, ント日本人 8)』(谷川健一ほか責任編集、学藝書林刊) | ||
| 文沢隆一「原爆小頭症」 30 | |||
| 1970 | |||
| 0620 | 『<八月六日>を描く 作品集』(原民喜 ほか著、文化評論出版) | ||
| 文沢隆一「重い車」 209 | |||
| 0806 | 『原爆被災資料総目録 第二集』(原爆被災資料広島研究会編集委員会編、原爆被災資料広島研究会刊) | ||
| 文沢隆一「あとがき」 232 | |||
| 0810 | 『RCCテレビ 市民とともに フィルム構成 風は木の間をぬって』(中国放送) | ||
| 構成:文沢隆一 | |||
| 1971 | |||
| 0731 | 『ヒロシマ・25年-広島の記録 3』(中国新聞社編、未来社) | ||
| 文沢隆一『現実を歴史の中に送り込む時』 108 | |||
| 1982 | |||
| 0806 | 『子どもたちの見たヒロシマ 修学旅行感想文集』(文沢隆一、汐文社) | ||
| 1983 | |||
| 0801 | 『日本の原爆文学 10 短編Ⅰ』(美川きよ(ほか)、ほるぷ出版) | ||
| 文沢隆一「重い車 」 309 | |||
| 1996 | |||
| 08 | 『ヒロシマの歩んだ道』(風媒社) | ||
| 2000 | |||
| 0802 | 『原爆文学21世紀へ 前編 作品-そのとき・それから<3>』(『中国新聞』) | ||
| 「文沢隆一と「重い車」 行き場失った人々「知る」こと重視」(記者 梅原勝己) | |||
| 2010 | |||
| 1220 | 『広島県現代文学事典』(勉誠出版) | ||
| 「文沢隆一」(岩崎清一郎・記) | |||
| 2022 | |||
| 0228 | 『卒業生証言記録集 1 広島大学文書館オーラル・ヒストリー叢書』(石田雅春、伊東かおり編、広島大学文書館・75年史編纂室) | ||
| 文沢隆一(本名増本勲一)氏(昭和24年広島高等学校文科甲類卒業、作家) 19 ・武一騒動について ・山代巴との関係 ・原爆スラムの取材 ・原爆小頭症、きのこ会とのかかわり |
|||
| 2024 | |||
| 0509 | 死亡。享年96歳。 | ||
止
鎌田定夫
| かまた・さだお | 1929生20020226没 | 享年72歳 | 長崎総合科学大学教授、長崎平和研究所長。 |
資料年表:鎌田定夫
| 年月日 | 事項 | ||
| 1929 | |||
| **** | 誕生 | ||
| 1970 | |||
| 0809 | 『沈黙の壁をやぶって』(長崎県教職員組合長崎総支部、長崎市原爆被爆教師の会編、労働旬報社) | ||
| 鎌田定夫「 第六章 原爆体験の継承と国民教育への展望 -長崎の屈折した体験の中から」 | |||
| 2002 | |||
| 0226 | 死亡。 | ||
| 0228 | 「非核不戦に生きて =鎌田定夫が残したもの= 上 」(『長崎新聞』20020228) |
||
| 0301 | 「非核不戦に生きて =鎌田定夫が残したもの= 中 」(『長崎新聞』20020301) |
||
| 0302 | 「非核不戦に生きて =鎌田定夫が残したもの= 下 」(『長崎新聞』20020302) |
||
| 2006 | |||
| 1125 | 『時代を生きて 文集・鎌田定夫』(『時代を生きて』刊行会) | ||
止
資料年表:猪飼隆明
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1944 | ||
| 0213 | 誕生 | |
| 1969 | ||
| 京都大学文学部国史学科卒 | ||
| 2024 | ||
| 0514 | 死去。享年80歳。 | |
| 0515 | 『熊本日日新聞』 | |
| 「猪飼隆明さん死去 歴史学者、大阪大学名誉教授 文化財保護、護憲に注力」 | ||
止
資料年表:深川宗俊
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1921 | ||
| **** | 誕生。本名:前畠雅俊。 | |
| 1945 | ||
| 0806 | 被爆。 | |
| 1950 | ||
| 0422 | 新日本歌人協会広島支部を中心に「反戦詩歌人集団結成準備会」を広島市内で開く | C |
| 0501 | 『反戦詩歌集第1集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会) | U |
| 0801 | 『戦争はいやだ』(山口健次郎編、暁明社) | |
| 0806 | 『反戦詩歌集第2集』(深川宗俊編、反戦詩歌人集団準備会)反戦詩歌集第2集 | U |
| 1951 | ||
| 0331 | 『私は戦争に生き残った。そして・・・ 15人の戦争記録』(暁明社) | U |
| 深川宗俊「恐怖の街」pp.128-134 | ||
| 0815 | 深川宗俊『歌集・群列-途絶えざる歌抄』(新日本歌人協会広島支部) | 3 |
| 1953 | ||
| 0307 | 深川宗俊(日本歌人クラブ会員)「悲しみに耐えてー『原爆文学』論を中心に」(『中国新聞(夕刊)』19530307) | |
| 1954 | ||
| 0215 | 『風のように炎のように-峠三吉追悼集』(峠三吉追悼集出版委員会、われらの詩の会編、19540215) | |
| 深川宗俊 「芸術は人間のためにある」98 | ||
| 0806 | 『廣島 歌集』(歌集廣島編集委員会編、第二書房) | |
| 深川宗俊 132 | ||
| 1956 | ||
| 0520 | 『川-広島詩集』(深川宗俊・増岡敏和等編、われらのうたの会) | |
| 1959 | ||
| 0201 | 『紫紅の鳥 広島は歌ふ 青史第1合同歌集』(合同歌集編さん委員会編、短歌文学を研究する会「青史」刊 | |
| 紫紅の鳥によせて 深川宗俊 | ||
| 0806 | 『広島-原爆の街に生きて』(深川宗俊(著)「青史」編集部(編)、短歌文学を研究する会) | 5 |
| 1960 | ||
| 1103 | 『かえらぬ鶴』(瀬戸奈々子、白樺社) | |
| 祓…深川宗俊 | ||
| 1964 | ||
| 0801 | 『The Songs of Hiroshima 広島のうた』(大原三八雄訳、「広島のうた」編集委員会、) | |
| 第3部 原水爆禁止を ケロイドの貌 深川宗俊 |
||
| 1966 | ||
| 0401 | 『歌集新選十二人』(新選十二人著、短歌新聞社) | |
| 火 深川宗俊 181 | ||
| 0720 | 『広島はたたかう』(胎内被爆者・被爆二世を守る会) | |
| ABCCとその周辺 深川宗俊 | ||
| 0806 | 『原爆と文化・芸術-その創造と歴史をとらえる』(日本民主主義文学同盟広島支部) | |
| 文学と原爆 深川宗俊 35 | ||
| 1016 | 『加害者への怒り-ABCCはなにをしたか 第1集』(原水爆禁止広島県協議会) | |
| ひろしまの証言-ABCCを告発する- 深川宗俊 42 | ||
| 1967 | ||
| 0301 | 『広島県短詩型文芸合同作品総鑑』(村本節子編、文化企画社) | |
| 深川宗俊 47 | ||
| 1968 | ||
| 0712 | 『ぼく生きたかった-被爆二世史樹ちゃんの死』(竹内淑郎編、宇野書店) | |
| 史樹ちゃんに捧げるうた 211 うた 深川宗俊 |
||
| 1103 | 『キャンバスのうた-神崎敏記文集』(「キャンバスのうた」編集委員会) | |
| 未来をとらえる青年の譜 深川宗俊 23 | ||
| 1969 | ||
| 0515 | 『詩集・ヒロシマ1969-戦後25年アンソロジー[改訂新版]』(詩集「ヒロシマ」編集委員会[大原三八雄・栗原貞子・深川宗俊・米田栄作]編) | 5 |
| 0806 | 『濱井信三追想録』(濱井信三追想録編集委員会) | |
| VII 座談会 その6 出席者 615 中村義男・相原和光・林寿彦・永田守男・村上安恵・高井正文・藤田一雄・大原三八雄・山本康夫・深川宗俊・田辺耕一郎・田淵実夫 |
||
| 1970 | ||
| 0806 | 深川宗俊『1950年8月6日-朝鮮戦争下の広島』(原水爆禁止広島市協議会) | U |
| 1971 | ||
| 0201 | 『河口のある風景 中下煕人歌集』(中下煕人著、青史) | |
| 中下煕人作品の原点をとらえる 深川宗俊 160 | ||
| 0515 | 『朱花 宮前初子歌集 新日本歌人叢書』(宮前初子著、新日本歌人協会三重県支部) | |
| 解説=深川宗俊 169 | ||
| 0804 | 『未来を語りつづけて 原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑序幕にささげる 構成詩』(深川宗俊作・構成、原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会) | |
| 1215 | 『流灯 ひろしまの子と母と教師の記録 原爆犠牲国民学校教師と子ども追悼の記』(原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑建設委員会事務局編、石田明) | U |
| 「流灯」によせて 深川宗俊 276 | ||
| 1972 | ||
| 0715 | 『被爆二世 その語られなかった日々と明日』(広島記者団被爆二世刊行委員会編、時事通信社) | |
| Ⅳ 国、地方自治体と被爆二世 185 4 長崎にて<ルポルタージュ> 深川宗俊 206 |
||
| 0806 | 『夾竹桃(広島はたたかう 第三集)』(「夾竹桃」編集委員会編、胎内被爆者被爆二世問題対策会) | |
| ABCC協定とは 深川宗俊・31 | ||
| 1973 | ||
| 0718 | 『閃光の丘から わがうたまつり 近藤幸子歌集 青史叢書, No.6』(近藤幸子著、短歌文学を研究する会・青史グループ、春陽社出版) | |
| 広島の戦後史に生きる-歌集「閃光の丘から」鑑賞の手がかりを求めて 深川宗俊 189 | ||
| 1974 | ||
| 0925 | 『鎮魂の海峡-消えた被爆朝鮮人徴用工246名』(深川宗俊、現代史出版会) | U |
| 1115 | 『未来にかけるたたかい ドキュメント昭和五十年史 6』(佐藤静夫編、汐文社) | |
| 原水禁運動と分裂 深川宗俊 111 | ||
| 1975 | ||
| 0628 | 『河 民藝の仲間166号』(民藝の仲間」編集部編、劇団民藝) | |
| ヒロシマの青春…深川宗俊…(11) | ||
| 0806 | 『詩画集・ひろしまの子-愛のうた』(深川宗俊(詩)四国五郎(絵)、春陽社出版) | |
| 1976 | ||
| 0430 | 『広島・長崎30年の証言(下)』(広島・長崎の証言の会編、未来社) | |
| 朝鮮人被爆者復権のたたかい 深川宗俊 93 | ||
| 0501 | 『平和教育運動 No.3』(日本平和教育研究協議会編、広島平和教育会館出版部) | |
| 朝鮮人問題をどうとらえるか 155 深川宗俊 | ||
| 0915 | 『坦白抄 短歌とエッセイヒロシマに生きて』(根川由夫著、短歌文学を研究する会・青史グループ) | |
| 跋文 深川宗俊 248 | ||
| 1977 | ||
| 0701 | 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部、) | |
| 占領下における文芸 深川宗俊(30) | ||
| 0806 | 『炎の中の私 第1集』(広島医療生活協同組合原爆被害者の会) | |
| 「炎の中の私」に新鮮な感動をおぼえる 深川宗俊 34 | ||
| 1220 | 深川宗俊『さわだちやまぬ海峡の怨-深川宗俊訪韓レポート』 | U |
| 1978 | ||
| 0724 | 『『生キテ帰ルンダゾ』 親が子に語る戦争と原爆の話 第2集』(日本キリスト教団広島府中教会内平和教育文集編集委員会) | |
| 銃後の体験 火の葬いをうけた韓国人遺体 深川宗俊 13 |
||
| <以下作業中> | ||
| 1982 | ||
| 0401 | 『劇映画・冬のリトルボーイ-対話のための資料集』(深川宗俊編、平和プロダクション) | 5 |
| 1985 | ||
| 1220 | 『紫紅の鳥-青史三十三人集・合同歌集Ⅱ』(深川宗俊(編)、短歌文学を研究する会・青史) | |
| 1990 | ||
| 0806 | 『歌集・連祷-深川宗俊歌集』(深川宗俊、短歌新聞社) | U |
| 1992 | ||
| 0731 | 『海に消えた被爆朝鮮人徴用工-鎮魂の海峡』(深川宗俊、明石書店) | U |
| 2008 | ||
| 0424 | 没。 | |
止
児玉正昭<作業中>
| こだま・まさあき | 1934生20240306没 | 広島県史編さん室勤務期(宇吹)の上司。 |
資料年表:児玉正昭
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1934 | ||
| **** | 生 | |
| 1992 | ||
| 02 | 『日本移民史研究序説』(児玉正昭著、溪水社) | |
| 序-本書の課題と方法-/ 第一編 ハワイの官約移民 第一章 官約移民制度成立の背景 第二章 移民送出の諸要因 第三章 官約移民制度の推移 第四章 官約移民の諸相 第五章 領事報告からみた移住地の状況/ 第六章 官約移民の影響第二編 移民会社と移民 第一章 移民会社の概要 第二章 オーストラリアへの移民-初期移民会社の移民募集とその実態 第三章 ガードループ島への日本人契約移民 第四章 日本人移民の増大に対するハワイの対応 第五章 海外渡航株式会社の研究 第三編 明治後期の日本人移民の諸相 |
||
| 1993 | ||
| 0118 | 学位:博士<文学>(広島大学)取得。 | |
| 2024 | ||
| 0306 | 没 | |
止
マッカーサー、ダグラス<作業中>
| マッカーサー、ダグラス | 18800126生19640405没 | 享年84歳 | アメリカ陸軍軍人。連合国軍最高司令(1945~50年) |
資料年表:ダグラス・マッカーサー
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1880 | ||
| 0126 | 生 | |
| 1945 | ||
| 0919 | ”THE NEW YORK TIMES” | |
| M’ARTHUR CLOSES ASAHI, TOKYO PAPER Orders 48-Hour Suspension for Mocking Comment on Our Atrocity Reports SHARED GUILT-CHARGED Foe’s Editional Says Atom Bomb’s Use Is Inhumane – Other Journals Coopetate [マッカーサー、朝日新聞に発行停止を命令] | ||
| 1964 | ||
| 0405 | 没 | |
| 2016 | ||
| 0929 | 『昭和天皇実録 第9』 | |
| <1945年9月27日>午前九時五十五分御出門、聯合国最高司令官ダダラス・マッカーサーと非公式に御会見のため、東京都赤坂区内の米国大使館に行幸される。 | ||
止
石母田正『歴史と民族の発見 歴史学の課題と方法』(東京大学出版会、19520305)
内容
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止
『ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇』(土屋時子・八木良広編、藤原書店、20190806)
内容<作業中>
| まえがき 土屋時子 1 | ||||
| Ⅰ | 土屋清とはどのような人物か 15 | |||
| 土屋時子 | 土屋清・・・ 昭和の闇と光を生きた劇作家 17 | |||
| 無名の人生 17/ 生い立ち 18/ 予科練・十四歳の挫折 20/ 思春期・占領下の別府 23/ 地下活動家という放浪者 25/ 大分から福岡へ 25/ 福岡から熊本へ 27/ 熊本から牛深へ 28/ 九州から広島へ 30/ 「広島民衆劇場」の研究生として 31/ 「劇団」を立ち上げる 32/ 創作劇『河』の誕生 34/ 小野宮吉戯曲平和賞のこと 36/ 『河』とその後の劇団活動 37/ 劇団とは何か 38/ 限りある命の日々 42/ 見果てぬ夢なれど 44/ |
||||
| 土屋清 | 『河』と私(一九七二年) 49 | |||
| 土屋清 | 峠三吉のこと、『河』への思い 講演原稿メモから(一九七四年) 53 | |||
| 第一の動機 峠三吉のことなど 53/ 第二の動機 「炎の時代」の意味 58/ 叙事と叙情について 65/ 第三の動機 政治と芸術 68 |
||||
| 尊大なリアリズムから土深いリアリズムへ 私にとって西リ演史 (一九八四年) 土屋清 70 はじめに 70 一 戦後史認識について 71 二 政治と芸術について 83 三 叙事と叙情について 136 あとがき 138 |
||||
| 〈資料1〉土屋清略年譜(1880-1988) 140 | ||||
| Ⅱ | 『河』とはなにか 145 | |||
| 八木良広 | 『河』とはなにか、その軌跡 147 | |||
| 一 『河』公演の変遷 147 二 『河』が断続的に上演されてきた理由 157 三 土屋清が描こうとした『河』の世界 160 |
||||
| 池田正彦 | 歴史の進路へ凛と響け 土屋清の青春 169 | |||
| 一『河』がめざしたもの 叙事と叙情 170 二 「われらの詩の会」と「日鋼争議」 173 三 平和運動の分裂と『河』 189 |
||||
| 〈資料2〉『河』上演記録 194 | ||||
| 土屋さんの怒鳴り声(1978年)池辺晉一郎 196 土屋清の頑固なナイーブ(1988年) 広渡常敏 198 土屋清の闇の深さについて(1988年) 広渡常敏 200 “風のように炎のように”生きた原爆詩人・峠三吉の姿を通して(2015年) 林田時夫 203 |
||||
| Ⅲ | 土屋清の語り部たち 『河』を再生・生成すること 207 | |||
| 水島裕雅 | 土屋清の時代と『河』の変遷、そして今 209 | |||
| はじめに 209 『河』が書かれた時代 210 『河』の初稿と第四稿の違い 説明から観客の参加へ 212 そして今 再び核戦争の危機に直面して 214 |
||||
| 笹岡敏紀 | 今、私の中に甦る『河』労働者として生きた時代と重ねて 217 | |||
| はじめに 217 若き日の私と『河』 川崎の地で上演された『河』 218 時代と格闘した土屋清 そのリアリズム演劇論を読んで 219 『河』との再びの出会い2018年「京都公演」を観る 222 |
||||
| 三輪泰史 | 『河』京都公演に思う 半世紀の時をこえて 224 | |||
| 1970年前後 大阪の夜学生を魅了した舞台 224 2018年の京都公演 『河』との再会 226 京都公演の今日的意義 229 補論あるいは断り書き 231 |
||||
| 永田浩三 | 『河』、そのこころはどう引き継がれたのか 占領期のヒロシマを振り返って 234 |
|||
| 自由な表現の場の登場と新たな弾圧 234 抵抗の中で詩が生まれ、絵が生まれ、声が結集した 237 朝鮮戦争に抗い、声をあげる 239 峠たちのこころは、どう引き継がれたのか 241 |
||||
| 四國光 | 『河』と詩画人・四國五郎 243 | |||
| 『河』の中の四國五郎 243 峠三吉と四國五郎 言論統制下の反戦活動 247 四國五郎にとっての『河』 251 市民運動としての『河』 今、何を『河』から学ぶべきか 254 |
||||
| 大牟田聡 | 『河」、もうひとつの流れ 峠三吉とともに歩んだ人びと 256 | |||
| 『この世界の片隅で』 256 『河』で描かれた時代 257 もうひとつの『河』 259 再び『この世界の片隅で』 261 |
||||
| 趙博 | 今日も流れる「川」と『河』被爆のサブカル化に抗して 263 | |||
| 「広島の川」と『河』 263 脱色される「葛藤」と『河』 267 |
||||
| 中山涼子 | 林幸子の詩「ヒロシマの空」にこめられたもの 270 | |||
| 武器になる詩を探して 峠と市河 271 本当のこと 273 |
||||
| Ⅳ | 『河』上演台本(2017年) 279 | |||
| 池田正彦 | あとがき 353 | |||
止
資料年表:甲斐英男
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1927 | ||
| 1120 | 生 | |
| 1980 | ||
| 0918 | 『広島, 全2巻〈歴史と文化〉〈史蹟郷土史〉』(講談社出版研究所著、講談社) | |
| 第一部 広島県の歴史 九、幕末動乱と広島県の成立 甲斐英男 131 |
||
| 1983 | ||
| 0825 | 『広島県の百年 県民百年史34』(有元正雄、天野卓郎、甲斐英男、頼祺一著 山川出版社) | |
| 1985 | ||
| 0117 | 『甲斐英男先生山陽新聞賞受賞記念 講演とディナーの夕べ』(「アンデルセン」6階ホール、1985年1月17日) | |
| 1986 | ||
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第9号』(広島市公文書館) | |
| 軍都広島の都市経営と宇品-広島市会の論議を中心に-(甲斐英男) 29 | ||
| 1989 | ||
| 0206 | 没。享年61歳 | |
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第12号』(広島市公文書館) | |
| 渡辺則文「甲斐英男運営委員の逝去を悼む」 123 | ||
| 0601 | 『追悼 甲斐英男先生』(『追悼甲斐英男先生』出版世話人<渡辺則文・天野卓郎・有元正雄>) | |
| 2016 | ||
| 03 | 『広島市 甲斐英男氏蒐集文書仮目録』(広島県立文書館) | |
甲斐英男
| かい・ひでお | 19271120生19890206没 | 享年61 | 広島県史編さん室時代の上司。 |
止
資料年表:河音能平(かわね・よしやす)
| 年月日 | |||
| 1933 | |||
| 0325 | 神戸市に生まれる。 | ||
| 1964 | |||
| 12 | 京都大学文学部助手 | ||
| 2003 | |||
| 1122 | 死去。享年70歳。 | ||
| 2004 | |||
| 06 | 『延暦寺と中世社会』(河音能平・福田榮次郎編、法藏館) | ||
| 1011 | 『能平のアゴラ―河音能平追悼文集』(河音能平追悼文集刊行委員会) | ||
| 2010 | |||
| 0901 | 『河音能平著作集 1 中世の領主制と封建制』(文理閣) | ||
| 1001 | 『河音能平著作集 2 天神信仰と中世初期の文化・思想』(文理閣) | ||
| 1101 | 『河音能平著作集 3 封建制理論の諸問題』(文理閣) | ||
| 2011 | |||
| 0201 | 『河音能平著作集 4 中世畿内の村落と都市』(文理閣) | ||
| 0401 | 『河音能平著作集 5 中世文書論と史料論』(文理閣) | ||
| 大山喬平「特論 河音能平の時代とその歴史学」 | |||
止
資料年表:朝尾直弘<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1931 | ||
| 1217 | 誕生。 | |
| 1962 | ||
| 02 | 『大阪労音10年史―勤労者芸術運動の一つの歩み』(朝尾直弘編著、大阪勤労者音楽協議会) | |
| 1979 | ||
| 1002 | 受入承諾のハガキ(藤原⇒宇吹) | |
| 1995 | ||
| 0425 | 『朝尾直弘教授年譜・著作目録』(朝尾直弘教授退官記念事業会) | |
| 0429 | 『日本国家の史的特質 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 吉田守男「長崎原爆の照準点」 | ||
| 0429 | 『日本国家の史的構造 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 宇吹暁「日本原水爆被害者団体協議会の結成」 | ||
| 2022 | ||
| 0707 | 没。享年90歳。 | |
『「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい』(「原爆の子」をうけつぐ会、本の泉社、20120806)
内容
| 頁 | ||
| 002 | 宇野豪 | はじめに (「原爆の子」をうけつぐ会会長、修道大学名誉教授) |
| 009 | 第1部 | 応募作品より |
| 009 | えみ かりん(小1) | 『8がつ6にちのこと』をよんで |
| 011 | えきだ あすか(小1) | せかいのへいわ |
| 011 | 森本あやか(小3) | 『おりづるの旅』を読んで |
| 014 | ||
| 014 | 鳥井原聖(小4) | 平和新聞 |
| 015 | 中元達也(小4) | ヒロシマに生まれて |
| 018 | 山下穂乃佳(小5) | 命の大切さ |
| 020 | 大原杏歌(小6) | 戦争はなくなるか |
| 022 | 藤川とも(小6) | 平和と戦争 |
| 024 | 遠藤正隆(小6) | 八月六日 |
| 026 | 尾形萌音(小6) | みんな同じ地球で生まれた仲間 |
| 028 | 渡辺香依(小6) | 命の尊さ |
| 030 | 玖村成(小6) | 後悔の後にあるもの |
| 032 | 好永るり佳(中1) | 平和を世界へ |
| 034 | 蔡志遠(中1) | 身辺の平和 34 |
| 036 | 寺本光希(中1) | 六十六年目を迎えた広島 |
| 038 | 山本研矢(中1) | 身近な平和 |
| 040 | 高部祐香(中1) | 次に伝えていくために |
| 042 | 槙場百香(中2) | 平和の大切さ |
| 043 | 小川稚果(中2) | 知らないことを知ってもらうために |
| 045 | 城代花佳(中2) | 『原爆の子』を読んで私が思ったこと |
| 047 | 八木稜平(中2) | 祖父の被爆体験をうけついで |
| 048 | 佐伯菜那(中2) | ヒロシマを学び語りつぎたい |
| 050 | 田羅理美(中2) | 他校との交流で深めあったこと |
| 052 | 市川里奈(中3) | 原爆の子 |
| 053 | 山田美咲(中3) | 私たちが気がつかなければいけない事 |
| 055 | 柴田龍人(中3) | 画面上の疑似戦争 |
| 057 | 岡智慧(高1) | 『原爆の子』を読んで |
| 060 | 上野結花(高1) | 広島高校生平和ゼミナールの活動の感想 |
| 062 | 鷹屋桃子(高2) | 空がとっても青いから |
| 065 | 秋山唯(高2) | 『原爆の子』を読んで |
| 067 | 川本彩子(高2) | 「世界に平和を」なんて言わない世界 |
| 070 | 芝亮祐(高2) | 『わたしがちいさかったときに』を読んで |
| 072 | 原田葵(高2) | 世界はいま平和か。平和でないとするとそれはなぜか。平和を妨げているものは何。自分に出来ることは何か。 |
| 075 | 加地真理子(高2) | 戦争とは、平和に反するものである |
| 077 | 馬場智大(大1) | 祖父の「記憶」を受け継いで |
| 085 | 梶山栞理(大3) | 私の考える「原爆の子」 |
| 088 | 窪川佐紀(大2) | 私の思う「原爆とむきあう」ということ |
| 092 | 中山結(大学院2) | 『原爆の子』を読んで今思うこと |
| 094 | 龍永直記(33歳) | 『原爆の子』をうけつぐ |
| 098 | 諏訪義圓(39歳) | 『原爆の子』がもたらす気付き |
| 102 | 上田寿世(49歳) | 子どもたちが命輝かせて生きる世界を |
| 105 | 宇城昌里子(49歳) | 命 生かされた つながって |
| 110 | 岡昌子(59歳) | 『原爆の子』を読んで |
| 114 | 大内正子(60歳) | 「母の記憶」から「私の記憶」へ |
| 116 | 藤井幸恵(68歳) | 蒔かれた種たち |
| 119 | (70歳) | |
| 120 | 大越和郎(71歳) | 『原爆の子』と私 |
| 選考委員講評 | ||
| 124 | 大槻和夫 | <委員長>『原爆の子』を受けつぐ文章を読んで |
| 129 | 大井健地 | ヒロシマのなお語られるべきもの |
| 131 | 柴田幸子 | こども達の感想文から思うこと |
| 133 | 三浦精子 | 「原爆の子」をうけついで 選考を終えて |
| 第2部 | 寄稿 | |
| 136 | 海老沼香織 | 広島スタディーツアーを終えて |
| 138 | 渡部久仁子 | 『ヒロシマと私』 |
| 141 | 忍岡妙子 | ヒロシマを伝え続けて |
| 144 | 長田真紀 | 精神の橋をかける |
| 147 | 長田五郎 | 父長田新の願い |
| 第3部 | 集い「『原爆の子』をうけついで」 | |
| 150 | 舟橋喜恵 | 記念講演「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」から学ぶもの |
| 170 | 資料 | |
| 174 | あとがき | |
止
資料年表:北西允
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1926 | ||
| **** | 誕生 | |
| 1976 | ||
| 0430 | 『広島・長崎30年の証言(下)』(広島・長崎の証言の会編、未来社) | G |
| 第6章 反原爆運動の中から 9 原水禁運動の統一と静岡・広島 北西允 117 |
||
| 1223 | 『核兵器全面禁止 崇高な人類の大義 核兵器完全禁止・国連要請国民代表団報告集』(核兵器全面禁止国際条約締結・核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する国民代表団派遣中央実行委員会) | G |
| 〔7〕 感想と報告…61 藤井日達…61////北西允…65////・・・ |
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| 1977 | ||
| 0125 | 『核兵器完全禁止を国連に要請する国民代表団(広島県代表)の報告』(国連へ核兵器完全禁止を要請する国民代表派遣広島県実行委員会) | G |
| 北米反核の旅 北西允 2 | ||
| 0701 | 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部) | G |
| ■被爆・核・広島特集■ 【座談会】「被爆・核・広島」――核時代における広島の課題―― 北西允ほか(2) |
||
| 0910 | 『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会) | G |
| 人文科学の部 第Ⅱ章 社会科学関係(山田浩、北西允、横山英)260 |
||
| 1979 | ||
| 0518 | 『平和研究ノート』(山田浩・森利一編、広島大学総合科学部国際関係論教室) | G |
| 第14章 日本の原水禁運動 ――略史と問題点―― 北西允…339 | ||
| 0620 | 『平和研究 第4号 平和運動の理論と行動』(日本平和学会) | G |
| 特集1◎平和運動の理論と行動 5 戦後日本の平和運動 日高六郎 50 <討論>原水禁運動の軌跡 北西允 61 |
||
| 1980 | ||
| 0925 | 『平和学講義』(山田浩編、勁草書房) | G |
| 1982 | ||
| 0220 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言’82冬 創刊号』(石田明・浜崎均編、広島・長崎の証言の会) | G |
| 特集1/ヒロシマ・ナガサキと広がる反核運動 反核運動の現状-西欧と日本 北西允 |
||
| 1983 | ||
| 0520 | 『現代日本の政治』(北西允・山田浩著、法律文化社) | G |
| 1984 | ||
| 0830 | 『平和学講義 新訂版』(山田浩編、勁草書房) | G |
| 第12章 日本の原水禁運動 北西允 214 | ||
| 1998 | ||
| 0404 | 『なぜ、いま新ガイドライン・有事立法か 4・4百万人署名運動全国集会 報告集』(日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動・事務局) | G |
| ●各地の取り組みから 広島では五万人を目標に 北西允…34 |
||
| 2009 | ||
| 0331 | ||
| 2011 | ||
| 0325 | 『広島に聞く 広島を聞く <日英対照> = Reflections from Hiroshima』(浅井基文編著、かもがわ出版) | G |
| III 広島の原水爆禁止運動 67 北西允「第9回原水禁世界大会を回顧する」 69 |
||
止
『広島随想』(豊田清史、火幻社、19870420)
| 頁 | 見出し | メモ |
| 009 | 生霊、反核に生きん | |
| 019 | 戦争の死者は眠ってはいない | |
| 023 | 二回死んだ男 | |
| 027 | 羽ばたけ千羽鶴 | |
| 031 | 糺すべき戦争短歌 | |
| 035 | ヒューマニズム戦争歌人 | |
| 041 | 渡辺直己作品の真価 | |
| 051 | 「火幻」に載せた「重松日記」 | |
| 059 | 「黒い雨」の重松日記と私 | |
| 065 | 原民喜の詩碑 | |
| 071 | 広島での花幻忌 | |
| 075 | 占領下の原爆文献考 | |
| 079 | 小林和作、人と作品 | |
| 085 | 悼縁記 | |
| 松永信一先生、木下夕爾「木靴忌」、光藤珠夫先生、善友井原思斉兄、作家中野重治氏、小倉馨君、詩吟山本巌師、田辺伝二医師、詩人坂本寿さん、広大の原爆追悼式、短距離吉岡隆徳さん、藤秀犀先生、小堺吉光君、 | ||
| 123 | 広島の街 今昔 | |
| 紙屋街界隈、亥の子と千羽鶴、軍部と復興、広島城と寺院、街に咲く花、広島と女性たち、縮景園回想、牛田の風物、山水を味わう | ||
| 145 | 広島ペンクラブ有感 | |
| 153 | 福山の文学者たち | |
| 木下夕爾、井伏鱒二、葛原しげる、清水良雄、光藤珠夫、野上久人、高山雍子、佐々木おらい、 | ||
| 167 | 西行の宮島の歌を正す | |
| 177 | 県下の文化財の美 | |
| 甲山の十一面観音像、耕三寺の三十六歌仙切、不動院の梵鐘、吉備津神社の狛犬、加茂の姫谷焼、千代田の薬師如来、宮島の平家経納、油木の八幡社社叢、浄土寺の多宝塔、仏通寺の花頭窓、加計の吉水園、武田家の兜鉢、豊松の神代神楽、安国寺の法灯国師像、 | ||
| 197 | 県内で注目した焼物 | |
| 宮島黄瀬戸の瓶子、砧青磁の香合、 鎌倉期の常滑壼、古志野茶碗、古備前の水指、姫谷色絵皿、姫谷染付皿、姫谷茶碗、古伊万里の油壷、靹の赤絵徳利、江波染付皿、縄文の透耳大壷、 |
||
| 219 | 帝釈峡探勝記 | |
| 233 | 帝釈峡を描いた文学、紀行文 | |
| 239 | カルストの幽谷と古代遺跡 | |
| 245 | 後記 | |
止
『民話を生む人々 広島の村に働く女たち 岩波新書』(山代巴、岩波書店、19580924)<作業中>
| 頁 | 見出し | ||
| まえがき | |||
| 001 | 蝸牛 | ||
| 003 | 中井先生のお話 | ||
| 006 | 火には火箸、みみずには塩 | ||
| 013 | 民話勉強のはじまり | ||
| 025 | 婦人会との七年 | ||
| 027 | 婦人会館でのデザート | ||
| 034 | グロート女史のメッセージ | ||
| 041 | インタレスト・グループ | ||
| 044 | 袋の中の鼠 | ||
| 048 | アカツキ部部隊長 | ||
| 054 | 蜃気楼の中へ | ||
| 057 | 原水爆禁止世界大会の果実 | ||
| 066 | 文化バスに乗って | ||
| 067 | “みてくれ”を逃れて | ||
| 071 | 表彰される村々 | ||
| 079 | 家計簿グループ | ||
| 084 | トマト・グループを訪ねて | ||
| 088 | 生活改良普及員の研修会 | ||
| 092 | 因島へ | ||
| 097 | 重井から鏡浦へ | ||
| 106 | 中ノ庄から田熊へ | ||
| 113 | 指導者の笑顔 | ||
| 118 | 民話を生む人達 | ||
| 123 | 錐蛙 | ||
| 125 | “広島人は河原の砂よ” | ||
| 132 | コンマ以下の力 | ||
| 149 | よそにも似た者のいる話 | ||
| 159 | この笑い我が家のあかり一つ消し | ||
| 170 | 仁平原の仁平墓 | ||
| 183 | ”山椒魚の問わず語り”と“絞りと絣とぼろ布の織” | ||
| 191 | “へえでも”の童話 | ||
| あとがき | |||
止