石母田正『歴史と民族の発見 歴史学の課題と方法』(東京大学出版会、19520305)
内容
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
石母田正『歴史と民族の発見 歴史学の課題と方法』(東京大学出版会、19520305)
内容
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『ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇』(土屋時子・八木良広編、藤原書店、20190806)
内容<作業中>
| まえがき 土屋時子 1 | ||||
| Ⅰ | 土屋清とはどのような人物か 15 | |||
| 土屋時子 | 土屋清・・・ 昭和の闇と光を生きた劇作家 17 | |||
| 無名の人生 17/ 生い立ち 18/ 予科練・十四歳の挫折 20/ 思春期・占領下の別府 23/ 地下活動家という放浪者 25/ 大分から福岡へ 25/ 福岡から熊本へ 27/ 熊本から牛深へ 28/ 九州から広島へ 30/ 「広島民衆劇場」の研究生として 31/ 「劇団」を立ち上げる 32/ 創作劇『河』の誕生 34/ 小野宮吉戯曲平和賞のこと 36/ 『河』とその後の劇団活動 37/ 劇団とは何か 38/ 限りある命の日々 42/ 見果てぬ夢なれど 44/ |
||||
| 土屋清 | 『河』と私(一九七二年) 49 | |||
| 土屋清 | 峠三吉のこと、『河』への思い 講演原稿メモから(一九七四年) 53 | |||
| 第一の動機 峠三吉のことなど 53/ 第二の動機 「炎の時代」の意味 58/ 叙事と叙情について 65/ 第三の動機 政治と芸術 68 |
||||
| 尊大なリアリズムから土深いリアリズムへ 私にとって西リ演史 (一九八四年) 土屋清 70 はじめに 70 一 戦後史認識について 71 二 政治と芸術について 83 三 叙事と叙情について 136 あとがき 138 |
||||
| 〈資料1〉土屋清略年譜(1880-1988) 140 | ||||
| Ⅱ | 『河』とはなにか 145 | |||
| 八木良広 | 『河』とはなにか、その軌跡 147 | |||
| 一 『河』公演の変遷 147 二 『河』が断続的に上演されてきた理由 157 三 土屋清が描こうとした『河』の世界 160 |
||||
| 池田正彦 | 歴史の進路へ凛と響け 土屋清の青春 169 | |||
| 一『河』がめざしたもの 叙事と叙情 170 二 「われらの詩の会」と「日鋼争議」 173 三 平和運動の分裂と『河』 189 |
||||
| 〈資料2〉『河』上演記録 194 | ||||
| 土屋さんの怒鳴り声(1978年)池辺晉一郎 196 土屋清の頑固なナイーブ(1988年) 広渡常敏 198 土屋清の闇の深さについて(1988年) 広渡常敏 200 “風のように炎のように”生きた原爆詩人・峠三吉の姿を通して(2015年) 林田時夫 203 |
||||
| Ⅲ | 土屋清の語り部たち 『河』を再生・生成すること 207 | |||
| 水島裕雅 | 土屋清の時代と『河』の変遷、そして今 209 | |||
| はじめに 209 『河』が書かれた時代 210 『河』の初稿と第四稿の違い 説明から観客の参加へ 212 そして今 再び核戦争の危機に直面して 214 |
||||
| 笹岡敏紀 | 今、私の中に甦る『河』労働者として生きた時代と重ねて 217 | |||
| はじめに 217 若き日の私と『河』 川崎の地で上演された『河』 218 時代と格闘した土屋清 そのリアリズム演劇論を読んで 219 『河』との再びの出会い2018年「京都公演」を観る 222 |
||||
| 三輪泰史 | 『河』京都公演に思う 半世紀の時をこえて 224 | |||
| 1970年前後 大阪の夜学生を魅了した舞台 224 2018年の京都公演 『河』との再会 226 京都公演の今日的意義 229 補論あるいは断り書き 231 |
||||
| 永田浩三 | 『河』、そのこころはどう引き継がれたのか 占領期のヒロシマを振り返って 234 |
|||
| 自由な表現の場の登場と新たな弾圧 234 抵抗の中で詩が生まれ、絵が生まれ、声が結集した 237 朝鮮戦争に抗い、声をあげる 239 峠たちのこころは、どう引き継がれたのか 241 |
||||
| 四國光 | 『河』と詩画人・四國五郎 243 | |||
| 『河』の中の四國五郎 243 峠三吉と四國五郎 言論統制下の反戦活動 247 四國五郎にとっての『河』 251 市民運動としての『河』 今、何を『河』から学ぶべきか 254 |
||||
| 大牟田聡 | 『河」、もうひとつの流れ 峠三吉とともに歩んだ人びと 256 | |||
| 『この世界の片隅で』 256 『河』で描かれた時代 257 もうひとつの『河』 259 再び『この世界の片隅で』 261 |
||||
| 趙博 | 今日も流れる「川」と『河』被爆のサブカル化に抗して 263 | |||
| 「広島の川」と『河』 263 脱色される「葛藤」と『河』 267 |
||||
| 中山涼子 | 林幸子の詩「ヒロシマの空」にこめられたもの 270 | |||
| 武器になる詩を探して 峠と市河 271 本当のこと 273 |
||||
| Ⅳ | 『河』上演台本(2017年) 279 | |||
| 池田正彦 | あとがき 353 | |||
止
資料年表:甲斐英男
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1927 | ||
| 1120 | 生 | |
| 1980 | ||
| 0918 | 『広島, 全2巻〈歴史と文化〉〈史蹟郷土史〉』(講談社出版研究所著、講談社) | |
| 第一部 広島県の歴史 九、幕末動乱と広島県の成立 甲斐英男 131 |
||
| 1983 | ||
| 0825 | 『広島県の百年 県民百年史34』(有元正雄、天野卓郎、甲斐英男、頼祺一著 山川出版社) | |
| 1985 | ||
| 0117 | 『甲斐英男先生山陽新聞賞受賞記念 講演とディナーの夕べ』(「アンデルセン」6階ホール、1985年1月17日) | |
| 1986 | ||
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第9号』(広島市公文書館) | |
| 軍都広島の都市経営と宇品-広島市会の論議を中心に-(甲斐英男) 29 | ||
| 1989 | ||
| 0206 | 没。享年61歳 | |
| 0331 | 『広島市公文書館紀要 第12号』(広島市公文書館) | |
| 渡辺則文「甲斐英男運営委員の逝去を悼む」 123 | ||
| 0601 | 『追悼 甲斐英男先生』(『追悼甲斐英男先生』出版世話人<渡辺則文・天野卓郎・有元正雄>) | |
| 2016 | ||
| 03 | 『広島市 甲斐英男氏蒐集文書仮目録』(広島県立文書館) | |
甲斐英男
| かい・ひでお | 19271120生19890206没 | 享年61 | 広島県史編さん室時代の上司。 |
止
資料年表:河音能平(かわね・よしやす)
| 年月日 | |||
| 1933 | |||
| 0325 | 神戸市に生まれる。 | ||
| 1964 | |||
| 12 | 京都大学文学部助手 | ||
| 2003 | |||
| 1122 | 死去。享年70歳。 | ||
| 2004 | |||
| 06 | 『延暦寺と中世社会』(河音能平・福田榮次郎編、法藏館) | ||
| 1011 | 『能平のアゴラ―河音能平追悼文集』(河音能平追悼文集刊行委員会) | ||
| 2010 | |||
| 0901 | 『河音能平著作集 1 中世の領主制と封建制』(文理閣) | ||
| 1001 | 『河音能平著作集 2 天神信仰と中世初期の文化・思想』(文理閣) | ||
| 1101 | 『河音能平著作集 3 封建制理論の諸問題』(文理閣) | ||
| 2011 | |||
| 0201 | 『河音能平著作集 4 中世畿内の村落と都市』(文理閣) | ||
| 0401 | 『河音能平著作集 5 中世文書論と史料論』(文理閣) | ||
| 大山喬平「特論 河音能平の時代とその歴史学」 | |||
止
資料年表:朝尾直弘<作業中>
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1931 | ||
| 1217 | 誕生。 | |
| 1962 | ||
| 02 | 『大阪労音10年史―勤労者芸術運動の一つの歩み』(朝尾直弘編著、大阪勤労者音楽協議会) | |
| 1979 | ||
| 1002 | 受入承諾のハガキ(藤原⇒宇吹) | |
| 1995 | ||
| 0425 | 『朝尾直弘教授年譜・著作目録』(朝尾直弘教授退官記念事業会) | |
| 0429 | 『日本国家の史的特質 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 吉田守男「長崎原爆の照準点」 | ||
| 0429 | 『日本国家の史的構造 近世・近代』(朝尾直弘教授退官記念会編、思文閣出版) | |
| 宇吹暁「日本原水爆被害者団体協議会の結成」 | ||
| 2022 | ||
| 0707 | 没。享年90歳。 | |
『「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい』(「原爆の子」をうけつぐ会、本の泉社、20120806)
内容
| 頁 | ||
| 002 | 宇野豪 | はじめに (「原爆の子」をうけつぐ会会長、修道大学名誉教授) |
| 009 | 第1部 | 応募作品より |
| 009 | えみ かりん(小1) | 『8がつ6にちのこと』をよんで |
| 011 | えきだ あすか(小1) | せかいのへいわ |
| 011 | 森本あやか(小3) | 『おりづるの旅』を読んで |
| 014 | ||
| 014 | 鳥井原聖(小4) | 平和新聞 |
| 015 | 中元達也(小4) | ヒロシマに生まれて |
| 018 | 山下穂乃佳(小5) | 命の大切さ |
| 020 | 大原杏歌(小6) | 戦争はなくなるか |
| 022 | 藤川とも(小6) | 平和と戦争 |
| 024 | 遠藤正隆(小6) | 八月六日 |
| 026 | 尾形萌音(小6) | みんな同じ地球で生まれた仲間 |
| 028 | 渡辺香依(小6) | 命の尊さ |
| 030 | 玖村成(小6) | 後悔の後にあるもの |
| 032 | 好永るり佳(中1) | 平和を世界へ |
| 034 | 蔡志遠(中1) | 身辺の平和 34 |
| 036 | 寺本光希(中1) | 六十六年目を迎えた広島 |
| 038 | 山本研矢(中1) | 身近な平和 |
| 040 | 高部祐香(中1) | 次に伝えていくために |
| 042 | 槙場百香(中2) | 平和の大切さ |
| 043 | 小川稚果(中2) | 知らないことを知ってもらうために |
| 045 | 城代花佳(中2) | 『原爆の子』を読んで私が思ったこと |
| 047 | 八木稜平(中2) | 祖父の被爆体験をうけついで |
| 048 | 佐伯菜那(中2) | ヒロシマを学び語りつぎたい |
| 050 | 田羅理美(中2) | 他校との交流で深めあったこと |
| 052 | 市川里奈(中3) | 原爆の子 |
| 053 | 山田美咲(中3) | 私たちが気がつかなければいけない事 |
| 055 | 柴田龍人(中3) | 画面上の疑似戦争 |
| 057 | 岡智慧(高1) | 『原爆の子』を読んで |
| 060 | 上野結花(高1) | 広島高校生平和ゼミナールの活動の感想 |
| 062 | 鷹屋桃子(高2) | 空がとっても青いから |
| 065 | 秋山唯(高2) | 『原爆の子』を読んで |
| 067 | 川本彩子(高2) | 「世界に平和を」なんて言わない世界 |
| 070 | 芝亮祐(高2) | 『わたしがちいさかったときに』を読んで |
| 072 | 原田葵(高2) | 世界はいま平和か。平和でないとするとそれはなぜか。平和を妨げているものは何。自分に出来ることは何か。 |
| 075 | 加地真理子(高2) | 戦争とは、平和に反するものである |
| 077 | 馬場智大(大1) | 祖父の「記憶」を受け継いで |
| 085 | 梶山栞理(大3) | 私の考える「原爆の子」 |
| 088 | 窪川佐紀(大2) | 私の思う「原爆とむきあう」ということ |
| 092 | 中山結(大学院2) | 『原爆の子』を読んで今思うこと |
| 094 | 龍永直記(33歳) | 『原爆の子』をうけつぐ |
| 098 | 諏訪義圓(39歳) | 『原爆の子』がもたらす気付き |
| 102 | 上田寿世(49歳) | 子どもたちが命輝かせて生きる世界を |
| 105 | 宇城昌里子(49歳) | 命 生かされた つながって |
| 110 | 岡昌子(59歳) | 『原爆の子』を読んで |
| 114 | 大内正子(60歳) | 「母の記憶」から「私の記憶」へ |
| 116 | 藤井幸恵(68歳) | 蒔かれた種たち |
| 119 | (70歳) | |
| 120 | 大越和郎(71歳) | 『原爆の子』と私 |
| 選考委員講評 | ||
| 124 | 大槻和夫 | <委員長>『原爆の子』を受けつぐ文章を読んで |
| 129 | 大井健地 | ヒロシマのなお語られるべきもの |
| 131 | 柴田幸子 | こども達の感想文から思うこと |
| 133 | 三浦精子 | 「原爆の子」をうけついで 選考を終えて |
| 第2部 | 寄稿 | |
| 136 | 海老沼香織 | 広島スタディーツアーを終えて |
| 138 | 渡部久仁子 | 『ヒロシマと私』 |
| 141 | 忍岡妙子 | ヒロシマを伝え続けて |
| 144 | 長田真紀 | 精神の橋をかける |
| 147 | 長田五郎 | 父長田新の願い |
| 第3部 | 集い「『原爆の子』をうけついで」 | |
| 150 | 舟橋喜恵 | 記念講演「原爆の子 広島の少年少女のうったえ」から学ぶもの |
| 170 | 資料 | |
| 174 | あとがき | |
止
資料年表:北西允
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1926 | ||
| **** | 誕生 | |
| 1976 | ||
| 0430 | 『広島・長崎30年の証言(下)』(広島・長崎の証言の会編、未来社) | G |
| 第6章 反原爆運動の中から 9 原水禁運動の統一と静岡・広島 北西允 117 |
||
| 1223 | 『核兵器全面禁止 崇高な人類の大義 核兵器完全禁止・国連要請国民代表団報告集』(核兵器全面禁止国際条約締結・核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する国民代表団派遣中央実行委員会) | G |
| 〔7〕 感想と報告…61 藤井日達…61////北西允…65////・・・ |
||
| 1977 | ||
| 0125 | 『核兵器完全禁止を国連に要請する国民代表団(広島県代表)の報告』(国連へ核兵器完全禁止を要請する国民代表派遣広島県実行委員会) | G |
| 北米反核の旅 北西允 2 | ||
| 0701 | 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部) | G |
| ■被爆・核・広島特集■ 【座談会】「被爆・核・広島」――核時代における広島の課題―― 北西允ほか(2) |
||
| 0910 | 『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会) | G |
| 人文科学の部 第Ⅱ章 社会科学関係(山田浩、北西允、横山英)260 |
||
| 1979 | ||
| 0518 | 『平和研究ノート』(山田浩・森利一編、広島大学総合科学部国際関係論教室) | G |
| 第14章 日本の原水禁運動 ――略史と問題点―― 北西允…339 | ||
| 0620 | 『平和研究 第4号 平和運動の理論と行動』(日本平和学会) | G |
| 特集1◎平和運動の理論と行動 5 戦後日本の平和運動 日高六郎 50 <討論>原水禁運動の軌跡 北西允 61 |
||
| 1980 | ||
| 0925 | 『平和学講義』(山田浩編、勁草書房) | G |
| 1982 | ||
| 0220 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言’82冬 創刊号』(石田明・浜崎均編、広島・長崎の証言の会) | G |
| 特集1/ヒロシマ・ナガサキと広がる反核運動 反核運動の現状-西欧と日本 北西允 |
||
| 1983 | ||
| 0520 | 『現代日本の政治』(北西允・山田浩著、法律文化社) | G |
| 1984 | ||
| 0830 | 『平和学講義 新訂版』(山田浩編、勁草書房) | G |
| 第12章 日本の原水禁運動 北西允 214 | ||
| 1998 | ||
| 0404 | 『なぜ、いま新ガイドライン・有事立法か 4・4百万人署名運動全国集会 報告集』(日米新安保ガイドラインと有事立法に反対する百万人署名運動・事務局) | G |
| ●各地の取り組みから 広島では五万人を目標に 北西允…34 |
||
| 2009 | ||
| 0331 | ||
| 2011 | ||
| 0325 | 『広島に聞く 広島を聞く <日英対照> = Reflections from Hiroshima』(浅井基文編著、かもがわ出版) | G |
| III 広島の原水爆禁止運動 67 北西允「第9回原水禁世界大会を回顧する」 69 |
||
止
『広島随想』(豊田清史、火幻社、19870420)
| 頁 | 見出し | メモ |
| 009 | 生霊、反核に生きん | |
| 019 | 戦争の死者は眠ってはいない | |
| 023 | 二回死んだ男 | |
| 027 | 羽ばたけ千羽鶴 | |
| 031 | 糺すべき戦争短歌 | |
| 035 | ヒューマニズム戦争歌人 | |
| 041 | 渡辺直己作品の真価 | |
| 051 | 「火幻」に載せた「重松日記」 | |
| 059 | 「黒い雨」の重松日記と私 | |
| 065 | 原民喜の詩碑 | |
| 071 | 広島での花幻忌 | |
| 075 | 占領下の原爆文献考 | |
| 079 | 小林和作、人と作品 | |
| 085 | 悼縁記 | |
| 松永信一先生、木下夕爾「木靴忌」、光藤珠夫先生、善友井原思斉兄、作家中野重治氏、小倉馨君、詩吟山本巌師、田辺伝二医師、詩人坂本寿さん、広大の原爆追悼式、短距離吉岡隆徳さん、藤秀犀先生、小堺吉光君、 | ||
| 123 | 広島の街 今昔 | |
| 紙屋街界隈、亥の子と千羽鶴、軍部と復興、広島城と寺院、街に咲く花、広島と女性たち、縮景園回想、牛田の風物、山水を味わう | ||
| 145 | 広島ペンクラブ有感 | |
| 153 | 福山の文学者たち | |
| 木下夕爾、井伏鱒二、葛原しげる、清水良雄、光藤珠夫、野上久人、高山雍子、佐々木おらい、 | ||
| 167 | 西行の宮島の歌を正す | |
| 177 | 県下の文化財の美 | |
| 甲山の十一面観音像、耕三寺の三十六歌仙切、不動院の梵鐘、吉備津神社の狛犬、加茂の姫谷焼、千代田の薬師如来、宮島の平家経納、油木の八幡社社叢、浄土寺の多宝塔、仏通寺の花頭窓、加計の吉水園、武田家の兜鉢、豊松の神代神楽、安国寺の法灯国師像、 | ||
| 197 | 県内で注目した焼物 | |
| 宮島黄瀬戸の瓶子、砧青磁の香合、 鎌倉期の常滑壼、古志野茶碗、古備前の水指、姫谷色絵皿、姫谷染付皿、姫谷茶碗、古伊万里の油壷、靹の赤絵徳利、江波染付皿、縄文の透耳大壷、 |
||
| 219 | 帝釈峡探勝記 | |
| 233 | 帝釈峡を描いた文学、紀行文 | |
| 239 | カルストの幽谷と古代遺跡 | |
| 245 | 後記 | |
止
『民話を生む人々 広島の村に働く女たち 岩波新書』(山代巴、岩波書店、19580924)<作業中>
| 頁 | 見出し | ||
| まえがき | |||
| 001 | 蝸牛 | ||
| 003 | 中井先生のお話 | ||
| 006 | 火には火箸、みみずには塩 | ||
| 013 | 民話勉強のはじまり | ||
| 025 | 婦人会との七年 | ||
| 027 | 婦人会館でのデザート | ||
| 034 | グロート女史のメッセージ | ||
| 041 | インタレスト・グループ | ||
| 044 | 袋の中の鼠 | ||
| 048 | アカツキ部部隊長 | ||
| 054 | 蜃気楼の中へ | ||
| 057 | 原水爆禁止世界大会の果実 | ||
| 066 | 文化バスに乗って | ||
| 067 | “みてくれ”を逃れて | ||
| 071 | 表彰される村々 | ||
| 079 | 家計簿グループ | ||
| 084 | トマト・グループを訪ねて | ||
| 088 | 生活改良普及員の研修会 | ||
| 092 | 因島へ | ||
| 097 | 重井から鏡浦へ | ||
| 106 | 中ノ庄から田熊へ | ||
| 113 | 指導者の笑顔 | ||
| 118 | 民話を生む人達 | ||
| 123 | 錐蛙 | ||
| 125 | “広島人は河原の砂よ” | ||
| 132 | コンマ以下の力 | ||
| 149 | よそにも似た者のいる話 | ||
| 159 | この笑い我が家のあかり一つ消し | ||
| 170 | 仁平原の仁平墓 | ||
| 183 | ”山椒魚の問わず語り”と“絞りと絣とぼろ布の織” | ||
| 191 | “へえでも”の童話 | ||
| あとがき | |||
止
『私の学んだこと 山代巴文庫第二期第6巻』(山代巴著 径書房)
内容<作業中>
| 頁 | 人名 | 見出し | |
| 005 | 藤原覚一 | 郷土の恩師 | |
| 055 | 中井正一 | 三つの根性 | |
| 農民運動期の中井正一先生 | |||
| 軍国娘の戦争反省のために | |||
| 城間功順君の手紙から | |||
| 093 | 栗原佑 | 思いがけない出会い | |
| 127 | 武谷三男 | 苦難の時期をささえたもの | |
| 247 | 牧原憲夫 | 解説:理論を生活者の手に | |
止
浅田常三郎
| あさだ・つねさぶろう | 1900生19840307没 | 享年85歳 | 物理学者。『町人学者 産学連携の祖 浅田常三郎評伝』(増田美香子編、毎日新聞社、20080419) |
止
資料年表:横山英
| 年月日 | ||
| 1924 | ||
| **** | 誕生 | |
| 1977 | ||
| 0910 | 『原爆と広島大学 「生死の火」学術篇』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会) | |
| 人文科学の部 第Ⅱ章 社会科学関係(山田浩、北西允、横山英)260 |
||
| 1979 | ||
| 0518 | 『平和研究ノート』(山田浩、森利一編、広島大学総合科学部国際関係論教室) | |
| 第13章 中国問題と日本の平和 横山英…323 | ||
| 1103 | 『高校生のヒロシマ・アピール 原水爆禁止1979年世界大会関連行事・第6回8・6全国高校生集会総括集』(8・6全国高校生集会現地実行委員会、広島県高校生平和ゼミナール実行委員会) | |
| 本集会で原爆のもつ意味を深くとらえよう 24 平和ゼミナール校長 広島大学文学部教授 横山英 |
||
| 1201 | 『広島通信 No.61』(「広島通信」の会) | |
| 二つの原爆モニュメント 横山英 | ||
| 1980 | ||
| 0925 | 『平和学講義』(森利一・山田浩編、勁草書房) | |
| 第11章 中国問題と日本の平和 横山英 189 | ||
| 1983 | ||
| 0221 | 『原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録』(「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会) | |
| ◆碑・制作を終えて 27 『ヒロシマの碑』の思想 横山英 28 |
||
| 0621 | 『ヒロシマの子-君たちはどう生きるか』(編著:森下弘・李実根・空辰男・横山英、平和文化) | |
| 1989 | ||
| 0630 | 『平和教育研究 広島平和教育研究所・年報 Vol.16 1989.06』(広島平和教育研究所) | |
| 昭和 ヒロシマ、教育、核を語る 43 日本を中心とした東アジアにとって“昭和”とは《横山英》 44 |
||
| 1990 | ||
| 1101 | 『PEACE 第17回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’90報告集』(全国高校生平和集会実行委員会) | |
| 記念講演「核兵器廃絶への道」 広島高校生平和ゼミナール校長:広島大学名誉教授 横山英 先生 38 | ||
| 1992 | ||
| 1201 | 『PEACE 第19回全国高校生平和集会・NO NUKES CONCERT’92報告集』(全国高校生平和集会実行委員会) | |
| 1. 歓迎あいさつ 広島高校生平和ゼミナール校長(広島大学名誉教授)横山英先生 2 |
||
| 1996 | ||
| 0801 | 『オキナワからのメッセージ 広島と沖縄をむすぶ平和ゼミナール・報告集』(広島高校生平和ゼミナール) | |
| 3.日本国憲法50年 横山英…21 | ||
| 2002 | ||
| 0509 | 『アジア研究半世紀の軌跡 今堀誠二遺稿集』(今堀百合子) | |
| 二 追悼…309 弔辞(瀬戸内寂聴・横山英・天野実) |
||
| 2006 | ||
| 0106 | 没 | |
| 0530 | 『近きに在りて 第49号 横山英先生追悼特集』(広島中国近代史研究会、汲古書院) | |
止
| よこやま・すぐる | 1924生20060106没 | 中国史学者。 広島文理科大学卒業。1975年「中国初期立憲思想の研究」で名古屋大学法学博士、広島大学文学部助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。 |
資料年表:藤原彰
| 年月日 | 事項 | メモ |
| 1922 | ||
| 0702 | 誕生。 | |
| 1979 | ||
| 09 | 藤原教授宛宇吹依頼状(控) | |
| <作業中> | ||
| 2003 | ||
| 0226 | 逝去。享年 80歳 | |
| 0531 | 藤原彰さんを偲ぶ会。参列者:約200名。於:学士会館。 | |
| リーフレット:「藤原彰さんの足跡」 | ||
藤原彰
| ふじわら・あきら | 19220702生20030226没 | 享年 80歳 | 歴史学者。宇吹は1980年5月1日から81年2月28日まで文部省内地研究員として一橋大学藤原彰研究室に在籍。<資料年表:藤原彰> |
止
資料年表:小河原正己<作業中>
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1940 | ||
| **** | 山梨県生まれ。 | |
| 2006 | 平成18 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 2007 | 平成19 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 2008 | 平成20 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 2009 | 平成21 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 2011 | 平成23 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 2012 | 平成24 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2013 | 平成25 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2014 | 平成26 | |
| 0101 | 宇吹宛賀状 | |
| 0730 | 『ヒロシマはどう記録されたか(上)昭和20年8月6日 朝日文庫』(小河原正己、朝日新聞出版) | |
| 0730 | 『ヒロシマはどう記録されたか(下)昭和20年8月6日以後 朝日文庫』(小河原正己、朝日新聞出版) | |
| 2015 | 平成27 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2016 | 平成28 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2017 | 平成29 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2018 | 平成30 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2019 | 平成31・令和元 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2020 | 令和2 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2021 | 令和3 | |
| 宇吹宛賀状 | ||
| 2022 | 令和4 | |
| 宇吹宛賀状<中島光風(小河原正己の師の師)―原爆死> | ||
| 2023 | 令和5 | |
| 12 | 宇吹宛新年欠礼葉書<9月28日没> | |
止
小河原正己
| おがはら・まさみ | 1940****生20230928没 | 享年83歳 | 1940年山梨県生まれ。NHKプロデューサー。<資料年表:小河原正己> |
止
黒木和雄
| くろき・かずお | 19301110生20060412没 | 享年75歳 | 映画監督。『私の戦争 岩波ジュニア新書』(黒木和雄、岩波書店、20040721)。 |
『私の戦争 岩波ジュニア新書』(黒木和雄、岩波書店、20040721)
内容
| Ⅰ | 私の戦争と映画…1 | |
| 1 満州へ 2 2 えびのでの中学生活 19 3 学徒動員 25 4 米軍機の爆撃で友人が死んだ 31 5 敗戦 37 6 『美しい夏キリシマ』の製作 44 |
||
| Ⅱ | 映画を撮る…67 | |
| 1 映画監督になるまで 68 2 原爆・戦争を撮る 83 |
||
| Ⅲ | 長崎原爆投下24時間前…97 | |
| 1 ノーモアヒロシマ・ナガサキ 98 2 『かよこ桜の咲く日』(一九八五年) 108 3 『TOMORROW/明日』の製作 135 |
||
| Ⅳ | ヒロシマに生きる…159 | |
| 1 『父と暮せば』(二〇〇四年) 160 2 ヒロシマを発信し続けた友 175 3 『父と暮せば』を製作する 181 |
||
| おわりに 207 |
止
資料年表:植木研介
| 年月日 | ||
| 年 | ||
| 生。 | ||
| <作業中> | ||
| 1995 | ||
| 1226 | 植木研介夫妻、被爆建物・レストハウス解体撤回のビラを配布。 | |
| 2022 | ||
| 0106 | 『中国新聞セレクト』 | |
| 植木研介『想 サッカーと輜重隊遺稿』 | ||
| 2023 | ||
| 1220 | 没。享年79歳 | |
| うえき・けんすけ | ****生20231220没 | 享年79歳 | 広島大学名誉教授。1990年代に広島市平和公園のレストハウスの保存を訴える。資料年表:植木 研介。 |
止
資料年表:郭貴勲
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| **** | 誕生 | |
| 1973 | ||
| 0815 | 『朝鮮・ヒロシマ・半日本人 わたしの旅の記録』(朴寿南著、三省堂) | G |
| Ⅲ 煉獄に落ちた人びと 105 <Ⅲ章のためのノート 4> 157 朝鮮人幹部候補生の手記<郭貴勲> 160 Ⅳ 朝鮮人原爆被災 175 <Ⅳ章のためのノート> 177 私の涙は敗戦のくやし涙でなく、祖国解放の感激の涙だった<郭貴勲> 207 |
||
| 1975 | ||
| 0731 | 『被爆韓国人』(朴秀馥・郭貴勲・辛泳洙編、朝日新聞社) | G |
| 第2部 手記・被爆三〇年-その日と今日 問うなかれ甲子生-徴兵第一期生として 郭貴勲 149 献身的な妻を追い込んだもの 郭貴勲 168 父子二代、体と心を奪われる 郭貴勲 176 第3部 日誌・再び踏む日本の土 1 ヒロシマは遠く 郭貴勲 204 旅立ち 自分自身の墓の前で 安らかに眠ってもらうために 商品を売る一万分の一の誠意を 三菱本社での交渉 なぜ交付しない、被爆者手帳 |
||
| 1986 | ||
| 0220 | 『イルボンサラムへ 40年目の韓国被爆者』(鎌田定夫編、広島・長崎の証言の会) | G |
| 第Ⅱ部 韓国からの証言―イルボンサラムヘ 45 証言1 ソウルの被爆者たち…柴田章子 48 郭貴勲 |
||
| 1991 | ||
| 0525 | 『日本の原爆記録12 ナガサキの被爆者 部落・朝鮮・中国、被爆韓国人』 | G |
| 被爆韓国人 朴秀馥 郭貴勲 辛泳洙 199 序文 未来を貫く証として 200 第二部 手記・被爆三〇年 その日と今日 251 問うなかれ甲子生 徴兵第一期生-郭貴勲 316 献身的な妻を追い込んだもの-郭貴勲 331 父子二代、体と心を奪われるもの-郭貴勲 338 第三部 日誌・再び踏む日本の土 361 1 ヒロシマは遠く 郭貴勲 362 旅立ち 自分自身の墓の前で 安らかに眠ってもらうために 商品を売る一万分の一の誠意を 三菱本社での交渉 なぜ交付しない、被爆者手帳 |
||
| 2000 | ||
| 1113 | 『被爆者が被爆者でなくされるとき 在韓被爆者郭貴勲さんの「被爆者援護法裁判」陳述書を読む(在外被爆者にも「被爆者援護法」の適用を 第2集)』(韓国の原爆被害者を救援する市民の会) | G |
| 2001 | ||
| 1010 | 『証言-ヒロシマ・ナガサキの声2001 第15集』(長崎の証言の会) | G |
| 忘れられた被爆者に希望の光を-郭貴勲判決 中村尚樹 148 | ||
| 2003 | ||
| 0901 | 『原爆被爆者関係法令通知集 (八訂)』(被爆者援護法令研究会、ぎょうせい) | G |
| 資料 13.郭貴勲訴訟大阪高裁判決[平成14年12月5日]1009 |
||
| 2005 | ||
| 0712 | 『平和 核兵器のない世界を 被爆60年史』(NTT労働組合広島原爆被爆者・二世協議会 [ほか]、NTT労組被爆60周年史プロジェクト) | G |
| ⑭資料集 2002年12月5日大阪高裁郭貴勲裁判判決要旨 201 |
||
| 0806 | 『イアブック「核軍縮・平和2005」 市民と自治体のために』(ピースデポ・イアブック刊行委員会企画・執筆、ピースデポ) | G |
| 第4章 特別記事 4.韓国人被爆者の証言 郭貴勲 255 |
||
| 2008 | ||
| 0520 | 『韓国原爆被害者苦痛の歴史 広島・長崎の記憶と証言』(鄭根埴編、晋珠採録、市場淳子訳、明石書店刊) | G |
| [証言] 原爆被害者運動の現況と展開…57 郭貴勲 58 |
||
| 0806 | 『ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅰ』(ヒロシマ・ナガサキを考える会) | G |
| 第26号(1988・1) メッセージ・郭貴勲 |
||
| 2009 | ||
| 0625 | 『海の向こうの被爆者たち 在外被爆者問題の理解のために』(平野伸人編著、八月書館) | G |
| 第1章 在外被爆者が歩んできた歴史 2.在外被爆者のたたかいの軌跡 15 ・郭貴勲裁判 28 ・郭裁判、上告断念 31 ・「402号通達」廃止一政省令改正 32 ・新たな裁判 33 ・’海外申請に道開く 33 第2章 在外被爆者の証言と現在 1.韓国の被爆者 50 ・被爆者はどこにいても被爆者 郭貴勲さん 55 |
||
| 2011 | ||
| 1220 | 『日韓未来構築フォーラム 誠信学生交流ヒロシマツアー2011 活動報告書』(早稲田大学アジア研究機構) | G |
| 2章~「核」を考える旅~ 8月5日[広島平和記念資料館を見学] 韓国人被爆者への日韓学生合同追悼式 挨拶 辛亨根駐広島韓国総領事、姜尚中東京大学大学院教授 講話・証言 郭貴勲氏(元韓国原爆被害者協会会長) 平野伸人氏(被爆二世全国連絡会会長) |
||
| 2012 | ||
| 0101 | 『平和宣言(平成23年)の作成に際し寄せられた「被爆体験談や平和への思い」集』(広島市市民局国際平和推進部平和推進課) | G |
| 41.郭貴勲 20歳・男・軍人(広島西部第二部隊) | ||
| 2016 | ||
| 0331 | 『被爆者はどこにいても被爆者 郭貴勲・回想録』(郭貴勲著、井下春子訳、韓国人被爆者・郭貴勲手記出版委員会編・刊) | G |
| 1130 | 『在外被爆者裁判』(田村和之編、信山社) | G |
| 第1編 在外被爆者裁判 総説〔田村和之〕 15 第2章 被爆者援護法の国外適用へ郭貴勲裁判を中心に 29 1 郭貴勲裁判へ至る過程 29 2 郭貴勲裁判の提起 33 3 大阪地裁判決の影響 41 4 郭貴勲裁判大阪高裁 44 第2編 在外被爆者裁判各説 135 第1章 在韓被爆者・郭貴勲裁判〔永嶋靖久〕 137 1 郭貴勲裁判提訴以前の状況 137 2 郭貴勲裁判提訴の経緯 139 3 郭貴勲裁判が目指したもの 140 4 どこで手当打切りの違法性を確信できたか 141 5 裁判における双方の主張 143 6 大阪地裁判決 144 7 大阪高裁判決 145 8 上告断念 147 9 郭貴勲裁判の意義と残された課題 147 第3章 在ブラジル被爆者裁判〔足立修一〕 181 5 裁判がはじまってから,郭貴勲裁判高裁判決により一定の解決を見た 184 |
||
| 2022 | ||
| 1231 | 死亡。享年98歳。 | |
| 2023 | ||
| 0104 | 平岡敬(元平岡敬)「郭貴勲さんを悼む」(『中国新聞』(20230104) | |
止
イサム・ノグチ
| のぐち | 19881230没 | 享年84歳 | 日系米国人の彫刻家。広島市の平和大橋などを設計。 |
資料年表:イサム・ノグチ
| 年月日 | ||
| 1904 | ||
| 1117 | アメリカで誕生 | |
| 1988 | ||
| 1230 | 没。 | |
| 1993 | ||
| 0919 | 『戦争と平和と歌 李香蘭心の道』(山口淑子著、東京新聞出版局) | |
| “イサム・ノグチの世界”を知る 91 | ||
| 1997 | ||
| 0510 | 『評伝イサム・ノグチ』(ドーレ・アシュトン著、笹谷純雄訳、白水社) | |
| 2005 | ||
| 0930 | 『夢みる少年-イサム・ノグチ』(柴橋伴夫著、共同文化社) | |
| 2006 | ||
| 1117 | 『イサム・ノグチ生誕百年記念国際芸術シンポジウム イサム・ノグチ[1904-1988]の遺したものvol.2 古代から未来・宇宙への交信』(イサム・ノグチ日本財団、イサム・ノグチ庭園美術館) | |
| 2007 | ||
| 0331 | 『丹下健三研究室の理論と実践に関する建築学的研究』(豊川斎赫著・刊) | |
| 第六章 丹下健三の伝統論と丹下研究室の創作方法論:慰霊、庭園、モデュロール 71 2.丹下研の上部構造:丹下本人による唯物論と伝統論 2-2.アーティストとの対話における伝統論 (2)イサム対談「インドの建築に学ぶ」(1956.05)とユネスコの庭 |
||
| 2010 | ||
| 1001 | 『広島建築 Hiroshima architecture Ver. 1』(アーキウォーク広島) | |
| ●「ひろしま美術館 広島デザイン散歩~イサム・ノグチから始まる」 2013.10.5 高田真(アーキウォーク広島 代表) 10p (1)展示仮説:イサム・ノグチを知る |
||
| 1117 | 『イサム・ノグチ庭園美術館開館10周年記念シンポジウム』(イサム・ノグチ日本財団、イサム・ノグチ庭園美術館) | |
| 東京会場 2009年11月15日(土)東京・草月会館草月ホール 高松会場 2009年11月17日(火)サンポート高松かがわ国際会議場 |
||
| 2011 | ||
| 0111 | 『平和のアート彫刻 戦争の記憶 核のない未来へ 写真集』(藤田観龍著、本の泉社) | |
| 91 広島・ひろしま…藤原雄…広島県…広島市・御幸橋西詰 西平和大橋(ゆく)平和大橋(つくる)…イサム・ノグチ…本川・元安川 |
||
| 2012 | ||
| 0831 | 『Peace creator 平和を創る』(クオリアート刊) | |
| イサム・ノグチ 192 | ||
| 2013 | ||
| 0101 | 『イサム・ノグチ その創造の源流 』(ひろしま美術館) | |
| 0701 | 『サイト 場所の記憶、場所の力』(広島市現代美術館) | |
| 図版、作家・作品解説 / Plates & Notes on Artists and Works …17-60 イサム・ノグチ / lsamu Noguchi …18-21 |
||
| 0720 | 『丹下健三とKenzo Tange = Tange Kenzo and Kenzo Tange』(豊川斎赫編、オーム社) | |
| 第Ⅱ部 東大都市工学科丹下研究室 32 谷口吉生 Kisho Taniguchi …541 URTEC編 谷口吉郎編 ①父との思い出 ②父の建築プロポーションと「見えないものへの造形」 ③父の和風デザインとプロポーション ④原寸図の姿勢について ⑤イサム・ノグチとの関係 |
||
| 0814 | 『丹下健三 伝統と創造―瀬戸内から世界へ 瀬戸内国際芸術祭2013・丹下健三生誕100周年プロジェクト』(北川フラム監修、美術出版社) | |
| 2 伝統を創造する 1946-58 広島から香川へ…142 2-1 都市の復興に向けて…148 丹下健三とイサム・ノグチの交流 和泉正敏…162 |
||
| 2015 | ||
| 1001 | 『美術史 第179冊』(美術史学会) pp.117―132。 | |
| 越前俊也「イサム・ノグチ《広島の亡き人々のための記念物》再考」 | ||
| 2016 | ||
| 0801 | 『原爆ドーム 物産陳列館から広島平和記念碑へ 歴史文化ライブラリー 431』(頴原澄子著、吉川弘文館) | |
| 2017 | ||
| 1117 | 『20世紀の総合芸術家イサム・ノグチ 彫刻から身体・庭へ = Isamu Noguchi : from sculpture to body and garden』(イサム・ノグチ[作]、新見隆監修、平凡社) | |
| 未完の広島―エピローグ…195 慰霊と平和記念 慰霊室 イサム・ノグチの慰霊碑 ノグチ案の棄却 |
||
| 1220 | 『イサム・ノグチ物語 「遊び」は芸術だ! = A life and artworks of Isamu Noguchi』(めらかよこ著、未知谷刊) | |
| 2019 | ||
| 0101 | 『イサム・ノグチと長谷川三郎 変わるものと変わらざるもの 横浜美術館出品目録』(横浜美術館) | |
| 解説:長谷川三郎の戦前期の抽象作品とイサム・ノグチの二つ目の〈広島メモリアル〉モデル Saburo Hasegawa’s Prewar Abstract Works / Isamu Noguchi’s second model for Hiroshima Memorial …10 | ||
| 2020 | ||
| 0331 | 『横浜美術館研究紀要 第20号』(横浜美術館学芸グループ編、横浜美術館) | |
| 【新出資料】イサム・ノグチと丹下健三による《広島の死者のためのメモリアル》図面(ハーバード大学デザイン大学院フランシス・レーブ・ライブラリー蔵)―彫刻家と建築家の真のコラボレーションの記録 中村尚明 …9 | ||
| 2021 | ||
| 0331 | 『横浜美術館研究紀要 第22号』(横浜美術館学芸グループ編、横浜美術館) | |
| イサム・ノグチと丹下健三による広島平和記念公園慰霊施設案コラボレーションの背景―記念施設としてのコミュニティ・センターを中心に 中村尚明 …91 | ||
| 1130 | 『原爆 捨てられない記憶と記録』(佐々木猛也著、日本評論社) | G |
| 第17章 平和記念公園内と周辺の施設など・・・・・478 ふたつの平和大橋 イサム・ノグチ |
||
| 2023 | ||
| 0331 | 『横浜美術館研究紀要 第24号』(横浜美術館学芸グループ編、横浜美術館) | G |
| 丹下健三による3つの広島平和記念公園慰霊施設案とイサム・ノグチの設計参加前後の広島市の戦災死没者慰霊施設計画 中村尚明 23 | ||
止
稲富栄次郎
| いなとみ・えいじろう | 19870907生19751230没 | 享年78歳 | 広島文理科大学助教授の時被爆。教育哲学会会長。『世紀の閃光』(稲富 栄次郎著、銀のの鈴広島図書発行、19491220)。『広島原爆記 未来への遺書』(稲富 栄次郎著、講談社、19730801)。 稲富栄次郎 |
止