平和記念式典後の総理記者会見19980806

小渕内閣総理大臣記者会見録
広島市
平成10年8月6日(木)
【司会】 それでは、ただいまから小渕内閣総理大臣の記者会見を始めさせていただきます。

【質問】 早速ですけれども、国が広島市に計画している原爆死没者追悼平和祈念館建設についてお伺いしたいと思います。今年3月に衆議院の厚生委員会で小泉前厚生大臣が建設計画の見直しともとれる発言をなさいました。総理の方針を確認させていただきたいと思います。併わせて、予定どおりもし建設推進ならば今後の建設スケジュールと建設理念もお聞かせください。お願いいたします。

【小渕総理大臣】 まず、皆さん御苦労様でございます。若干、遅参をいたしましてお許しいただきたいと思います。

まず、ただいまのお尋ねでございますが、原爆死没者追悼平和祈念館につきましては被爆者援護法や同法制時の衆議院厚生委員会の附帯決議におきまして早期に設置を図るべきものとされておりまして、これを受けまして検討会を設けておりまして、開設準備のための検討を鋭意進めていると聞いております。この祈念館につきましては、国が原爆死没者の犠牲を明記し、かつ恒久の平和を祈念するための施設を設置することに意義があると考えております。

また、検討会におきましてはこの既存の施設と重複しない形での整理も可能との検討が進められておりまして、9月にも報告をまとめられるものと聞いております。その報告を受けまして、建設に向けて具体的な作業に入ってまいりたいと考えておりますが、私といたしましてもせっかく今、申し上げましたように国会の決議にも委員会の決議にもございますので、既存のこの施設との関係も十分検討していただきまして、ともにこの死没者のための慰霊も含めまして意義あるものが建設されることになれば望ましいと思っておりますが、いずれにしても検討会で進めておることでございますので、これ以上申し上げることは差し控えさせていただきたいと思いますが、気持ちとしてはそこにあると御理解いただきたいと思います。

【質問】 分かりました。続いて、臨界前核実験について広島では以前からCTBTの精神に反すると明確に抗議しています。それで今後なんですが、アメリカを始め核保有国各国の核軍縮と、このほど核実験を強行したインド、パキスタン、両国間の関係改善について総理はどうイニシアチブをとるおつもりなのか、お聞かせください。

【小渕総理大臣】 我が国は従来より核保有国に対し一層の核軍縮を推進することを求めてきておるところでございまして、今後とも米露両国に対して第二次戦略兵器削減条約、いわゆるSTARTⅡが今ロシアにおきまして、国会で批准が非常に停滞しておるということでございますので、私もプリマコフ外務大臣と会う度にこのことを申し上げてきておりますが、Ⅱが終わったらⅢの問題もあるわけですから、早期にこれが交渉開始を粘り強く米露、すなわち5大国において最も核保有国、この2つの国が徹底的に核を削減しなければ究極の核はなくなるという方向にならないわけですから、それを現実の問題としては是非両国に強く求めていきたいというふうに思っております。米露以外の核兵器保有国に対しましても、現在の核軍縮努力を一層強化していくように求めていくところでございます。

なお、未臨界高性能爆薬実験、包括的核実験禁止条約、CTBTにおきまして禁止されていないというのが国際的な認識であると考えておりまして、現時点では有効な検証手段が存在しない等の事情もあり、将来の課題として検討されるべきものと考えております。

いずれにいたしましても外務大臣時代、いわゆる印パの核実験に対して、日本政府は唯一の被爆国としての立場から両国に強くその中止を求めてきたところでありますが、残念ながらこれを強行してしまったということでありまして、その後ジュネーブの軍縮会議でもありましたし、G5での会合もありました。その後G8、ロンドンでの会議に私自身も出席をしまして強く求めましたが、私としてはいわゆるG8の中には核保有国があるわけでありまして、それと同時に核を保有をすればできたと思われる国、あるいはその開発を途中で中止した国について、その連携をできる限りとりたいと私が念願をしまして、G8につきましてもそうした国々の御参加を実は求めて会議が開かれたわけでございます。

その後、私もその国の一か国と思われるブラジルにこの間、日本の移民90周年に行った折にカルドール大統領に強くこのことを申し上げまして、できればアルゼンチン、それから今、言ったブラジル、南ア等々の国と連携を密にしていきたいというふうに考えておりますが、今日の新聞によればでございますけれども、あの永世中立国たるスイスにおきましても、核保有のための検討がなされておったやに聞いておりますが、これはもう中止されたと、正確な報道でないから私も承知しませんが、こういう国々と連携をとりながら現実に保有する5か国プラス2か国に対して、きちんとこれから核保有について人類のために少なくしていく努力を、確実になるように、日本の立場をより主張していきたいというふうに考えております。

【質問】 分かりました。続きまして、今日の式典のあいさつでも少し触れられたかと思うんですが、国際フォーラムの時期と内容、あとは出席候補者について構想を伺わせていただきたいと思います。 合わせて、2000年に日本で予定されておりますサミットの誘致について、広島も立候補しておるんですが、各地で地元を挙げた運動が始まっております。開催地選考についてのお考えを伺わせてください。

【小渕総理大臣】 インド、パキスタンの核実験を受けまして不拡散体制を堅持強化し、世界的な核軍縮を一層促進することについて検討を行うために日本国際問題研究所及び広島平和研究所の共催によりまして核不拡散、核軍縮に関する緊急行動会議を開催することとし、現在8月30日、31日に第1回の会合を東京で行うべく準備中でございます。内外の著名な有識者20名程度の参加を得て、この1年間に4回程度の会合を行いまして、国際社会の提言をまとめることを目的といたしておりますが、こうした類似ではありませんがいろいろな目的を持っての会合は豪州等で開かれた経緯もあります。

それで、このフォーラムにつきましては私がG8のときに我が国の主張ということで、こうした行動会議を開きたいという提案をいたしましたところ、参加国がこぞって賛同の意を表したわけでございます。そういった意味では、日本のイニチアチブの一つだというふうに私は認識をしておりますし、こうした地道ではありますけれども行動会議を通じて世界の有識者の皆さんに核廃絶、核軍縮に向けて、こうした努力の積み上げということは非常に地味でありますが効果を発揮するものだというふうに考えておりますし、今、申し上げましたように広島に平和研究所が設立をされました。長い間、私も国連と日本政府という立場でありますけれども、同一の考えを持ちまして行動してきた明石さんが所長に就任をされたということを大変心強く実は思っておるわけでございまして、是非この行動会議が意義ある会議として今後継続をしていっていただきたいと思っております。

時期によりましては、また当広島においての開催等も念頭に置いてしかるべきではないかと私自身は考えております。

それから、第2点の2000年のサミット、これにつきましては一時ロシアがこの年にサミットを開催したいという希望が申し述べられておりまして、実は今年のサミットにおきましてロシア側からそういう御希望が我が国にも伝えられておるところでございますが、いずれにしてもこれは開催国のイギリスがお預かりしておりまして、現時点においては恐らくこのサミットの開催地の変更ということはあり得ないのではないか。日本側としては、もしその他のサミット国が御賛成されれば、日本としては新しく加盟したロシアのお立場というものも決してないがしろにするつもりはないと思っておりましたが、ほかの国々も順序を変えることは望ましくないのではないかという考え方に傾いておるということでございますので、最終的にはイギリスのクック外相にお話申し上げておりますが、対応としてはそういう形であれば2000年には我が国ということになると思います。

そこで、その開催地につきましてですが、私は国会でも申し上げているように、過去3回実は東京で開いております。それで、それぞれのサミット国も実は3回同一でやったところはありますけれども、4回目からはその他の地区に移っているんです。それで、日本はもちろん首都東京が最も便利と言えば便利なのかもしれませんが、この機会に日本全国各地区で御希望があり、また国民の皆さんもそうした形を望まれると言うのであれば、いわゆる地方で開催することも望ましいと私は国会でも答弁しております。

でありますが、しからばいかなる地域かということでございますが、広島も希望されておると聞いておりますが、ほかの地区も熱心に熱心に希望しておりますので、今の段階ではいずれとも判断しておりませんが、あらゆる条件ができる限り整っておる地域に最終的には決定をしていくと思っておりますが、これまた御案内かと思いますけれども、従来のサミット、首脳会談と、その前に開かれる外相、大蔵大臣の会合がロンドンから実は2段構えになっております。したがって、2000年の東京におきましてはどのような方式になるか、これも一つの大きなポイントだろうと思っております。99年のドイツにおきまして、従来のような形で同一の地域において2つの会合が行われるか、今年開かれたようにロンドンで外相、蔵相会議をして、その後、首脳会談は静かなるバーミンガムで開くという初めてのケースもございますので、そうしたことを勘案いたしまして、我が国におきましても1か所で行い得るのか、あるいはそうした時間差を置いての会合になるか。これまたこれからの判断があるかと思いますが、現時点におきましてはいずれとも決定をしておらないということでございます。

【質問】 まず最初の質問です。不良債権処理の関連法案をめぐってですが、野党側には政府自民党は経営者の責任などが不明確だとして修正を求める動きがあります。総理は政策ごとの野党との連携にこれまで積極的なお考えを示してきたんですが、これらの法案の扱いについてどのような態度で臨むのか、よろしくお願いします。

【小渕総理大臣】

【質問】 続いてですが、政府自民党は所得課税の最高税率の引下げと、ほかの所得階層で税額を一定の割合で減らす定率方式との組み会わせで7兆円規模の減税を行う方向で調整中ですが、具体的な減税の方式や規模について総理としてお考えをお聞きしたいと思います。

【小渕総理大臣】

【質問】 最後の質問ですが、減税などの財源の確保のために総理は財政構造改革法の凍結を主張してきましたが、凍結の期間はどの期間が適当か。あるいはまた、凍結のための法案は通常国会での提出を考えているのか、それとも今の臨時国会か。併せてお伺いしたいと思います。

【小渕総理大臣】

平和記念式典後の総理記者会見19970806

広島平和祈念式典における橋本内閣総理大臣記者会見
平成9年8月6日
【質問】 まず、被爆者団体からの要望についてお伺いします。国が広島市に建設する原爆死没者追悼平和記念館をめぐって、地元被爆者からは建設理念を明確にせよとの声が挙がっています。これまでの要望を聞く会でもこの問題が取り上げられましたが、誠意ある回答がないとして、今年は3団体が出席をとりやめました。このことについての見解をお願いします。

【橋本総理】 原爆死没者追悼平和記念館開設準備検討会、この中間報告ではもう既に皆さんも御承知のように、その設置の理念については日本国憲法の前文並びに被爆者援護法の前文及び第41条の精神にのっとり設置するとされておりますし、具体的な内容については現在厚生省の準備検討会で、地元や被爆者団体の皆さんの意見を伺いながら準備を進めている最中です。

これは、我々として更にその設置の理念の問題も含めて、広く国民の共感の得られるような施設としたいと、そういう思いで皆さんからの御要望を踏まえながら検討をしてきましたし、これからもしていくつもりです。今回、一部の方々が出席をしていただけないということは私は大変残念ですけれども、私どもとしては被爆者団体を始めとして、地元の方々から実情あるいは御要望を聞くというのは大事なことだと思っておりますし、そういう機会は大変貴重なものですから、広く御意見を伺いたいという姿勢は、参加をしていただけない方々があった、それは残念だけれども、その姿勢を変えるつもりはありません。これからも耳を傾けていきたいと、そう思っています。

【質問】 次に、広島における原爆関連施設についてお伺いします。日米共同出資で運営している放射線影響研究所の移転問題が持ち上がっています。広島市は、新しい研究所を建設して放影研側に賃貸する方法を提案していますが、政府としての今後の見通しをお願いします。また、被爆者の高齢化が進む中、広島県・広島市が新たな原爆養護ホームの建設を検討した場合、国として補助の考えがあるか、お願いします。

【橋本総理】 放影研の移転費用の圧縮のために、新たな研究施設を放射線影響研究所に賃貸するという方式を考えていただいていることも知っていますが、この移転問題というのは実現に向けてこれまでも積極的に米国政府と協議を続けてきましたし、今後とも引き続き移転の実現に向けて努力をしていきたいと、そう考えていることに変わりはありません。

また、原爆特別養護ホームあるいは原爆養護ホームといった被爆者を対象とする施設、これは地域の実情に即して考えられていくべきものですから、これから県や市とまたお話をする機会がありますけれども、その県や市の御意向を伺いながら、具体的にその御要望が出てくれば、国としてどういうお手伝いが出来るか、検討していきたいと思っています。

【質問】 アメリカの臨界前核実験についてお伺いします。今月中にも臨界前核実験の実施を明らかにしているアメリカに対し、地元からは政府の毅然たる態度を求める声が挙がっています。本日の平和宣言で、平岡広島市長は核の傘という言葉を使い、アメリカの核兵器に頼らない安全保障体制構築への努力を求めました。政府としての今後の対応をお願いします。

【橋本総理】 私は、被爆地広島の市長として、市長さんが核の傘という言葉を使われたお気持ちを理解出来ないと申し上げるつもりはありません。これは恐らく広島だけではなく、長崎でも同じような思いの方がおられるだろうと思います。そして、そういうお気持ちがあることを理解をしますけれども、同時にアジア・太平洋地域というものを振り返っていただくとき、いろいろ不安定な要素がある。そういう状況の中で、日米安全保障条約というものによって支えられている安全保障の仕組みというものが、私はこの国にとって必要なことだと考えています。

そういう中で、確かに市長さんの平和宣言の中に込められた思いというものは理解をしながら、逆に日米安全保障条約というもの、それを基盤とした日米関係というもの、そして同時にこの日米安保体制というものの中で、米軍のプレゼンスがアジア・太平洋地域に確保されていくということが、この地域の安定の上で大きな役割を果たしているということも是非御理解をいただきたいなと、そんな思いも持っています。

同時に、正確には未臨界構成の爆薬実験ですか、これは申し上げるまでもなく包括的核実験禁止条約において禁止されていないというのが国際的な認識だと思います。そして、我々は今CTBTそのものの発効のために努力をしています。そのCTBTの発効、発効前ということにかかわりなく、この条約で禁止されていない行動というものに対して抗議をするといった考え方は持っていません。

むしろ我々としては、一日も早くこれが発効するように努力をしていくということが、我々にとって大事なことではないかと、それは本当にそう思います。

【質問】 3点御質問させていただきます。橋本総理の自民党総裁再選が確実視されていますけれども、党役員人事と、それから閣僚の改造人事の時期及び規模について御見解を伺いたいと思います。

【橋本総理】

【質問】 では、2点目なんですが、北朝鮮との審議官級の会議の開催が難航するという見方が一部報道では出ていますけれども、それについての見通しと、それから北朝鮮の食糧事情あるいは政治状況などについて総理の御見解あるいは認識を伺いたいと思っております。

【橋本総理】

【質問】 3点目ですが、日米防衛協力のための指針、いわゆるガイドラインなんですが、この見直しに絡んで、いわゆる日本周辺事態、日本周辺有事の範囲についてどう考えるかという論議が一部で盛り上がっていますけれども、それについて総理の御見解をお話いただきたいと思います。

【橋本総理】

平和記念式典後の総理記者会見19960806

平和記念式典(広島市)における総理記者会見19960806

[質問] 最初の質問ですが、国が計画している平和祈念館の建設理念に、国の戦争責任を明確にした上で、核兵器廃絶に向けた国の決意をそこに明記する考えはありますでしょうか。

[橋本総理] 原爆死没者追悼平和祈念館について、国は原爆死没者全体に対する永続的な追悼を行う、そして、永遠の平和を祈念すると同時に、原爆に関する資料及び情報を幅広く収集、整理をし、後代に継承していく、これを目的として広島と長崎につくうとしているものです。
この設置に当たっては、昨年11月、厚生省に設置しましまた原爆死没者追悼平和祈念館開設準備検討会においてこの具体的な内容についての検討を行っていただいているところですが、本年の2月に公表されました「原爆死没者追悼平和祈念館基本設計に際して留意すべき事項について」という中で、祈念館の設置の理念については、日本国憲法の前文、被爆者援護法の前文及び第41条の精神とするとされております。
これから先、なお具体的な内容について検討会の中で御審議をいただきたいと考えているところです。

[質問] それでは次の質問に移ります。被爆者援護法について法の不備が指摘されていますが、今後、法改正の可能性はありますでしょうか。

[橋本総理] 平成6年に、被爆者援護法は制定された訳ですけれども、この法律は、被爆者の高齢化が進んでいること、そして、被爆者援護対策の充実・強化というものが喫緊の課題であることとともに、被爆後50年という節目の年を迎えることなどを考えて、国家補償という文言の取扱いを含めて政府与党内で精力的な調整を行いました。そして、国会で十分な御審議をいただいた上で成立をしたもので、今、見直すということを考えてはおりません。
この法律は、従来の原爆2法同様に、国内で被爆された方々を対象として立法されたものですから、国外の被爆者に対して、この法律を適用することは出来ない訳ですが、国籍要件を設けていないというところに一つの特色があります。言い換えれば、在外被爆者の方々でありましても、日本国内に滞在しておられれば、この法律は適用される訳です。また、国外に居住される被爆者の方々については、基本的には、その健康と福祉をあずかるそれぞれの国において対応していただくべきものだと思いますけれども、在韓国の被爆者の方々については、人道的な観点から、平成2年5月に、医療面で総額40億円程度の支援を行うことを日本側として意図表明をしてきました。そして、これを踏まえて、我が国政府から平成3年度及び平成4年度において合計約40億円、これを韓国赤十字社に対して拠出をしております。これが今実態として申し上げられることです。

[質問] 次ですが、被爆地と国では核兵器の違法性について異なった判断をしていますが、国際司法裁判所の判断に対する評価と、政府が海外で原爆展をしていく可能性があるかについてお尋ねします。

[橋本総理] 国際社会において、主要な司法機関ということになれば、国際司法裁判所、ICJということになる訳ですが、そのICJの判断については我々はこれを厳粛に受け止めておりますし、この勧告的な意見というものが核兵器の国際法上の評価に対して、今後いかなる影響を与えていくか、私どもとしては非常に注目をして見ているところです。
政府としては、このICJにおける口頭陳述で述べたとおり、核兵器の使用というものがその絶大な破壊力、殺傷力のゆえに、国際法の思想的基盤にある人道主義の精神には合致しないと考えてきました。いずれにしても、政府としては、人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器、我が国だけが広島と長崎においてその被爆の体験を持つ訳ですけれども、こうした核兵器が将来二度と使用されるようなことがあってはならない、そして、核兵器のない世界というものに向けて我々は努力をしていかなければならない。核兵器のない世界を目指した、現実的かつ着実な核軍縮の努力を積み重ねていくことが重要だと考えています。
そして、今原爆展についてお触れになりましたけれども、7月26日に広島市と長崎市から広島・長崎原爆展を国の事業とする御要望が外務大臣あてに提出をされたと報告を受けました。政府としては唯一の被爆国として、原爆の悲惨さ、そしてこれを繰り返してはならない、人類はそれほど愚かではないはずだという強い願いを後世に伝えていくことは本当に重要なことだと思います。
その上に立って、実際に国の広報活動、海外広報活動としてこれを行おうとする場合には、相手国、すなわち受け入れ国との関係などありますし、その開催の対応、規模、様々な要素を総合的に勘案しながら、具体的な案件ごとに検討していかなければならない性格のものだと、そのように思っています。

[質問] 先日シーリングの方が決定いたしましたけれども、今後、財政再建にどう取り組んでいく考えか、また、景気の本格回復に向けて、補正予算を求める声が出ておりますけれども、財政再建と補正予算についてどういう認識で総理はおられるかということをお伺いしたいんですけれども。

[橋本総理]<略>

[質問] 与党内には、総理の衆議院解散・総選挙の時期について、年内という見方が広まりつつある一方で、年明けの通常国会冒頭など、巷間いろいろ推測されているんですけれども、総理の基準として国民に信を問うタイミングとしてはいつ頃を考えているかというのが1点です。
あと、予算編成と解散・総選挙の関係とか、あと、総理は通産大臣の頃から解散を打てるような景気状況にすることが非常に大切なんだという言い回しをしてきたと思うんですけれども、年内解散、現時点では解散を打てるような景気状況にあるというふうに見ていらっしゃるのか、その辺のことも含めてお願いします。

[橋本総理]<略>

[質問] 最後に質問させていただきます。今お話のありました沖縄問題なんですが、この解決に向けまして現在政府与党で進めております振興策の進捗状況は現在いかがなものかということと、更に、この問題について、総理補佐官を置くことについて、橋本総理のお考えを聞かせてください。

[橋本総理]<略>

在外被爆者裁判

『在外被爆者裁判』(田村和之編、信山社、20161130)

目次

事項 著者
はしがき 田村和之
序論 田村和之
1 2015年9月8日最高裁判決
2 被爆者に対する援護
3 在外被爆者を除外した被爆者援護
4 在外被爆者問題の胎動
5 本書の構成
在外被爆者裁判一覧表(20161030現在)
第1編 在外被爆者裁判 総説
第1章 在外被爆者裁判の萌芽
-孫振斗裁判,三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判
田村和之
1 孫振斗被爆者健康手帳裁判,402号通達
2 孫振斗裁判の影響
3 控訴審福岡高裁判決
4 孫振斗裁判最高裁判決複合的性格の原爆医療法
5 原爆被爆者対策基本問題懇談会(基本懇)
6 渡日治療
7 韓国への40億円支援
8 被爆者援護法の制定
9 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判の提起
第2章 被爆者援護法の国外適用へ郭貴勲裁判を中心に 田村和之
1 郭貴勲裁判へ至る過程
2 郭貴勲裁判の提起
3 大阪地裁判決の影響
4 郭貴勲裁判大阪高裁
第3章 国外からの手当等支給申請を認めさせる裁判 田村和之
1 在外被爆者支援団体の要望
2 新たな裁判の提起の検討
3 国外からの手当等支給申請却下処分取消訴訟
4 崔李澈関係裁判長崎地裁判決
5 広島地裁判決
6 崔李澈裁判福岡高裁判決
7 被爆者援護法施行令・施行規則の改正
第4章 在ブラジル被爆者健康管理手当裁判 田村和之
1 継続された在ブラジル被爆者健康管理手当請求裁判
2 勝訴つづく在外被爆者裁判
3 広島高裁で逆転勝訴-在ブラジル被爆者健康管理手当裁判
4 最高裁判決
5 最高裁判決をめぐる国会質疑
6 未払いの被爆者手当の支給
第5章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判最高裁判決 田村和之
1 広島高裁判決
2 最高裁判決
3 違法性の判断についての従前の判決との違い
4 精神的損害
5 被爆者健康手帳を所持しない者へも損害賠償を命じる
6 裁判上の和解による損害賠償の支払い
第6章 被爆者健康手帳裁判と被爆者援護法の改正 田村和之
1 在外被爆者に対し被爆者援護法の適用を求める認識の拡大
2 被爆者健康手帳交付請求裁判の提起
3 被爆者健康手帳裁判と原告の死亡
4 被爆者健康手帳裁判(本案)における当事者の主張
5 広島地裁判決
6 長崎地裁判決
7 大阪地裁判決
8 3判決の特徴
9 被爆者援護法の改正
10 被爆者援護法改正法附則2条
11 国外からの原爆症認定申請
12 被爆者健康手帳裁判の終結
第7章 医療費裁判 田村和之
1 はじめに
2 医療費裁判の提起
3 大阪地裁における当事者の主張
4 大阪地裁判決
5 大阪高裁判決
6 広島地裁判決
7 最高裁2015年9月8日判決【42】
8 政府・厚生労働省の動き
9 医療援護規定の在外被爆者への適用
第8章 小括 田村和之
第2編 在外被爆者裁判各説
第1章 在韓被爆者・郭貴勲裁判 永嶋靖久
1 郭貴勲裁判提訴以前の状況
2 郭貴勲裁判提訴の経緯
3 郭貴勲裁判が目指したもの
4 どこで手当打切りの違法性を確信できたか
5 裁判における双方の主張
6 大阪地裁判決
7 大阪高裁判決
8 上告断念
9 郭貴勲裁判の意義と残された課題
第2章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判 在間秀和
1 はじめに
2 提訴に至る経過
3 訴訟の概要と広島地裁判決
4 広島高裁の一部逆転勝訴判決
5 高裁判決は何をどう認定したか?
6 高裁判決は何故に画期的であるか?
7 最高裁で確定
8 最高裁判決その後
9 容易ではない在外被爆者全てに対する救済
10 韓国に引き継がれた日本の闘い
11 おわりに
第3章 在ブラジル被爆者裁判 足立修一
1 在ブラジル被爆者訴訟(手帳・手当訴訟)とは
2 在ブラジル被爆者の置かれてきた状況
3 原告のとの出会い
4 提訴に至るまで
5 裁判がはじまってから,郭貴勲裁判高裁判決により一定の解決を見た
6 一審判決では時効によって権利は消滅するとして敗訴した
7 控訴審では逆転勝訴した
8 上告審判決はどんな判決だったのか
9 おわり
第4章 崔季激裁判-身動きできない在韓被爆者救済訴訟 中鋪美香
1 はじめに
2 健康管理手当認定申請却下処分取消訴訟
3 葬祭料支給申請却下処分取消請求訴訟
4 不支給健康管理手当支給等請求訴訟
第5章 在韓被爆者医療費裁判 永嶋靖久
1 被爆者援護の根幹としての医療費支給
2 提訴に至る経緯
3 一般疾病医療費支給申請の却下と医療費裁判の提訴
4 大阪地裁における双方の主張と判決
5 大阪高裁における双方の主張と判決
6 最高裁判決
7 最高裁判決の意義
8 医療費裁判の困難
9 一連の訴訟を終えて
第3編 在外被爆者支援と裁判
第1章 在韓被爆者の闘いにおける在外被爆者裁判の意義〔市場淳子〕
1 在韓被爆者問題とは何か
2 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅰ-戦後補償裁判期-
3 援護法と在外被爆者-在外被爆者裁判前史
4 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅱ-在外被爆者裁判期
5 在韓被爆者の裁判闘争史Ⅲ-韓国裁判期
6 韓国で原爆被害者法が制定
7 アメリカ政府に対する補償要求
8 在韓被爆者支援運動の方向性
第2章 長崎における在韓被爆者(在外被爆者)の支援活動 平野伸人
1 長崎原爆の被害者と在外被爆者
2 在韓被爆者支援の活動のきっかけ
3 韓国の被爆者調査
4 長崎における支援活動の内容
5 金順吉(キム・スンギル)徴用日記の存在と金順吉裁判
6 その後の長崎における裁判の取り組み 258
7 台湾の被爆者
8 捕虜の被爆者たち(オランダ・オーストラリア)
9 第3章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判支援活動〔夏原信幸〕
第3章 三菱重工広島・元徴用工被爆者裁判支援活動 夏原信幸
1 裁判提訴と支援する会の結成
2 地裁での闘いと支援運動
3 高裁での闘いと支援運動
4 国と三菱を解決に向かわせること
5 最高裁判決とその後
第4章 在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判支援活動 田村和之
1 はじめに
2 在ブラジル被爆者裁判(健康管理手当)の提起
3 在アメリカ被爆者裁判(国外からの手当等支給申請)
4 在ブラジル被爆者件被爆者健康手帳交付請求裁判
5 国家賠償請求・和解の取組み
6 在米被爆者医療費裁判
7 おわりに
補論 在外被爆者に援護法適用を実現させる議員懇談会 金子哲夫
おわりに-残された問題 田村和之
あとがき

 

 

 

東京裁判とヒロシマ

島津邦弘「東京裁判とヒロシマ-原爆投下責任論をめぐって-」( 『広島市公文書館紀要第3号(昭和55年3月発行)』所収)

はじめに
原爆投下に対する反響
「以下通訳なし」の意味
却下された書証の提出
裁かれる被告にとって「原爆」は・・・
朗読されなかった「パール判決書」
岡本尚一弁護士の情熱
結びにかえて
<補記>・・・また英文速記録、岡本弁護士関連の記述については「現代と広島の会」の田原幻吉・宇吹暁・石踊一則の各氏から資料提供などのご協力をいただいた。

黒い雨 内部被曝の告発

『黒い雨 内部被曝の告発』(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会、20120730)

内容

001 発刊にあたって 高野正明(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会)
004 「黒い雨」降雨地域図
006 <証言>
佐伯郡五日市町海老塩浜
佐伯郡五日市町
佐伯郡観音村
佐伯郡観音村三宅
佐伯郡観音村
観音村千同
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村
佐伯郡八幡村
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村保井田の山
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村中地
佐伯郡八幡村利松
佐伯郡河内村下河内
佐伯郡河内村
佐伯郡砂谷村葛原
佐伯郡上水内村打尾谷
佐伯郡八幡村池田地
佐伯郡上水内村打尾谷
佐伯郡湯来町和田
佐伯郡砂谷村
佐伯郡水内村
佐伯郡水内村
佐伯郡上水内村
山県郡加計町
山県郡加計町字加計
山県郡加計町
山県郡加計町
山県郡加計町字坪野
山県郡加計町字穴阿地区
山県郡大朝町大朝
山県郡大朝町
安佐郡鈴張村
安佐郡三入村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
086 安佐郡可部町
安佐郡可部町
安佐郡可部町
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村
安佐郡亀山村大字勝木
098 「黒い雨」と「フクシマ」 増田善信(元気象研究所研究室長)
110 増田雨域
112 知られざる核戦争-放射線被害者隠ぺいという「科学」の装いをした核戦争- 矢ヶ崎克馬(琉球大学名誉教授)
124 放射性降下物の広がりと影響 沢田昭二(名古屋大学名誉教授 )
資料
134 広島市の実態調査について
136 原子爆弾被爆地域の拡大に関する要望書
139 「黒い雨」地区のアンケート調査について
142 原爆症認定訴訟と黒い雨 大越和郎(広島県原爆被害者団体協議会事務局長)
144 原爆「黒い雨」問題と住民の運動 牧野一見(広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会事務局長)
148 原爆「黒い雨」に関する年表
150 広島県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会名簿
151 あとがき 高東征二(広島県「黒い雨」県連事務局次長)

 

 

 

年表:学術会議(稿)1965~

年表:学術会議(稿)1965~

1964年以前( 日本学術会議第1~42回総会)は下記を参照のこと
年表:学術会議(稿)~1964
年月日 事項 備考
 1965
 0421  日本学術会議第43回総会。~23日
  0615  世界平和アピール7人委員会、東京・学士会館で例会.原水爆被害白書作成運動に協力の方針を確認.茅誠司,学術会議が取り上げるのが適当と発言.
1027  日本学術会議第44回総会。~29日
1966
 0120  日本学術会議第45回総会。~22日
 0420  日本学術会議第46回総会。~23日
 04  日本学術会議(第7期)、原子力特別委員会に問題部会を設置
 0420  日本学術会議第47回総会。~21日
1124  日本学術会議原子力特別委員会問題部会、シンポジウム「原子力をめぐる諸問題」を東京で開催.
  1967
0419 日本学術会議第48回総会。~23日
0421 日本学術会議第48回総会アピール「Appeal to the World’s Scientists Against the Use of Nuclear Weapons in the Vietnam War」
 04  日本学術会議原子力特別委員会問題部会、日本原子力委員との懇談会を開催.
0516 日本学術会議第48回総会勧告「原子力科学研究について」
0630  日本学術会議原子力特別委員会、広島大で幹事会と問題部会の合同会議を開催.ABCC問題を討議.被災資料センター設置を政府に働きかけることを決定.
  0701  日本学術会議原子力特別委員会問題部会、広島大で地元研究者との「原爆被災資料」についての懇談会を開催.地元から今堀誠二・志水清・竹下健児・佐久間澄・三好稔・重藤文夫・松坂義正・金井利博・森下弘・文沢隆一など22人が出席.
 0702  [掲載紙不明]「論議呼ぶABCCのあり方-学術会議問題部会-資料公開に期待-ぬぐえぬ疑惑・反感」
 0804  日本学術会議、原子力特別委員会に原水爆被災資料小委員会を設置することを決める.
0911  日本学術会議運営審議会、原爆被災資料小委員会の設置を決定.委員長:永積安明神戸大教授(文学部).0926
 0926 日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会、東京で初会合
1018 日本学術会議第49回総会。~20日
 1021  日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会、東京で第2回会合.12月16日に原爆資料に関するシンポジウムを開催することを決める。
1216  日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会(委員長、永積安明神戸大教授)、原爆被災資料に関するシンポジウムを広島県歯科医師会館で開催.広島大学から志水清原医研所長、今堀誠二教授らが出席。原爆被災資料の散逸を防ぐため被災資料センター設置を政府に勧告することを決める。
1216 『原爆被災資料に関するシンポジウム-抜粋記録』(日本学術会議、原子力特別委員会、原爆被災資料小委員会 日本学術会議、原子力特別委員会、原爆被災資料小委員会 )
1218  中国新聞「被爆資料の組織的収集へ-学術会議シンポジウムから」
1968
 0201  中国新聞「被爆資料の組織的収集へ-学術会議シンポジウムから」
 0306  日本学術会議原子力特別委員会、幹事会・問題部会の合同委員会を開催.「原爆資料の散逸防止と保存」を政府に申し入れることを決定.
 0316 朝日新聞「四散する第5福竜丸の資料-行方のわからぬ品も-対策を急ぐ学術会議」
0424 日本学術会議第50回総会。~26日
 0425  日本学術会議、第50回総会(2日目)で,原爆被災資料の散逸防止と収集保存についての政府に対する申し入れを決議.
 0517  永積安明(日本学術会議原爆被災資料小委員会)、広島大原医研で原爆被災資料広島懇談会を開催.志水清、資料センター案を説明。
  0517 『原爆被災資料の散逸防止と収集保存について(申入れ)』(日本学術会議会長朝永振一郎=>佐藤栄作内閣総理大臣)。
 0517 日本学術会議第50回総会申入れ「原爆被災資料の散逸防止と収集保存について」
0528  日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会、東京で会合。原水爆被災資料センターの永積委員長案を検討.
 0622 日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会、原水爆被災資料センターの永積委員長案を再度検討.
 0716  政府と日本学術会議の相互連絡組織の学術会議連絡部会、東京都内で開催。政府、被爆資料の散逸防止の申し入れを尊重すると回答。
 0717  日本学術会議原爆被災資料小委員会、原爆被災資料広島懇談会を広島大原医研で開催.
 0731  中国新聞「学術会議の被爆資料センター-足踏み続く原案作り-推進母体がない悩み」
0909  日本学術会議原爆被災資料小委員会ワーキンググループ、広島大原医研で会合.
 0912  日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料小委員会、原水爆被災資料センターに関する長崎懇談会を長崎大学医学部で開催.
 0914  日本学術会議原爆被災資料小委員会、原爆被災資料に関するシンポジウム(4回目)を広島大原医研で開催.
 0914 『「原水爆被災資料センター」に関する長崎・広島懇談会-発言要旨 』(日本学術会議原子力特別委員会、原爆被災資料小委員会 )
 0919  中国新聞、特集「被爆資料センターの設置急げ-広島市でシンポジウム」[日本学術会議]
0926  日本学術会議原爆被災資料小委員会、東京都内で会合。10月15日からの総会に「原水爆被災資料の基礎調査と資料センター設立について政府に勧告」する議案を提出することを決める。
1018 日本学術会議、第51回総会(最終日),「原水爆被災資料基礎調査について政府へ申し入れ」を決議.
1115 日本学術会議第51回総会勧告「放射線影響研究の推進について」
1115 『原水爆被災資料の基礎調査について(申入れ)』(日本学術会議会長朝永振一郎=>内閣総理大臣佐藤栄作)
1115 日本学術会議第51回総会申入れ「原水爆被災資料の基礎調査について」
 1206  日本学術会議原子力特別委員会原水爆被災資料小委員会、原水爆被災資料の収集・保存・利用に関する基礎的研究のグループを組織し,文部省科学研究費補助金を申請することを決定.
 1214  日本学術会議原爆被災資料小委員会、「原爆被災資料の収集・保存・活用に関する基礎的調査」を志水清広島大学原医研所長を中心に進めることを決め、同所長の内諾を得る。
1220  永積安明(日本学術会議原子力特別委員会)、広島市で今堀誠二・志水清と原水爆資料基礎研究班組織について話し合う.代表者に志水清広島大原医研所長。1969年春から実働の予定。
1969
0120 日本学術会議第52回総会。~22日
0329  ??日本学術会議主催「原爆被災資料に関するシンポジウム」、広島大学原爆放射能医学研究所で開催。原水爆被災資料センター建設について広島の声を聞く
 0329  原爆被災全体像調査のための市民集会、広島平和記念館講堂で開催.日本学術会議永積小委員長が基調講演「原爆被災資料の諸問題」。田原伯原爆被災資料広島研究会事務局長や志水清広島大学原医研所長らが問題提起。約150人参加.広島市が四十四年度から被爆戸別地図の復元作業をする方針を決め、市民の協力を呼びかけ。
0329 『原爆被災全体像調査のための市民集会記録集』(原爆被災全体像調査のための市民集会開催委員会 )
0423  日本学術会議第53回総会。~25日
0912 日本学術会議原子力特別委員会役員会・同問題部会、原水爆被災資料小委員会の継続設置を決定.
1023  日本学術会議第55回総会。~24日
1029  日本学術会議原子力特別委員会問題部会、役員会を開き,原水爆被災資料小委員会のメンバーを承認.小委員長:小川政亮,委員:伏見康治・松尾孝嶺・脇坂行一・前川力・志水清・朝長正允・永積安明・福島要一・三宅泰雄・田畑茂三郎・今堀誠二
 1205  『被爆者健康手帳等の保存について(要望)』(日本学術会議会長江上不二夫=>斉藤昇厚生大臣)
1970 
0327  日本学術会議、厚生大臣宛の「被爆者健康手帳等の保存について」との要望書を作成.
 0925  日本学術会議原子力特別委員会原水爆被災資料小委員会、原水爆被災資料について報道関係者との懇談会を東京で開催.
 1002  原水爆資料基礎研究班、昭和45年度第1回(通算第5回)班会議を広島大原医研で開催.学術会議被災小委員会との合同会議.
1107  日本学術会議原子力特別委員会、原水爆被災資料小委員会を東京で開催.原水爆被災資料学術センターについて論議.
1971
  0120  日本学術会議の原爆被災資料小委員会(委員長:小川政亮日本社会事業大学教授)と原水爆被災資料の保存と利用に関する基礎的研究班、合同会議を広島大原医研で開催.
 0215  原水爆資料基礎研究班、第6回班会議を東京で開催(~16日).日本学術会議原水爆被災資料小委員会と合同会議.
 0219  日本学術会議原子力特別委員会問題部会、原子力委員会委員との懇談会を開催.原水爆被災資料などが議題.
 0220  原水爆資料基礎研究班、日本学術会議の原爆被災資料小委員会との合同会議を広島大原医研で開催.原水爆被災資料センター建設構想の素案が報告される.
0421  日本学術会議第58回総会。~23日
0601 日本学術会議第58回総会勧告「大学関係原子力研究将来計画について」
0724  小川政亮日本学術会議原子力特別委員会原水爆被災資料、小委員会委員長、第6回原水爆禁止科学者会議で原水爆被災資料センターの構想について報告.
 07  日本学術会議原子力特別委員会原水爆被災資料小委員会、原水爆被災資料センター(仮称)構想(素案)を作成.
0811  日本学術会議原子力特別委員会原水爆被災資料小委員会、原水爆被災資料センター(仮称)構想(素案)に関する懇談会を東京で開催.
0916  日本学術会議原子力特別委員会、原水爆被災資料小委員会を東京で開催.
 1021 日本学術会議、第59回総会(2日目),「原水爆被災資料センターの設置について」の勧告と「原水爆被災資料の基礎調査について」の申し入れの両提案を採択.
1109 『原水爆被災資料センター(仮称)の設置について(勧告)』(日本学術会議会長江上不二夫=>内閣総理大臣佐藤栄作)
1109 日本学術会議第59回総会勧告「原水爆被災資料センター(仮称)の設置について」
1109 日本学術会議第59回総会勧告「原水爆被災資料の基礎調査について」
 1126  原爆被災資料広島研究会、例会.於:広島大学原医研,議題:東京・広島・長崎に原爆被災資料センター設置など,政府に対する学術会議の勧告決議について.
 1222  日本学術会議、科学技術連絡会議で政府に原水爆被災資料センター設置勧告と原水爆被災資料基礎調査の申し入れについて説明.
 1972
0120  日本学術会議第60回総会。~22日
 1014  日本社会学会第45回学会大会総会、原水爆被災資料センターと基礎調査についての学術会議勧告に関して政府に対する要望書を決議.
1031 中国新聞「原水爆被災資料センター-学術会議の勧告から1年-設置に消極的な政府-学者・市民は行政不信に」
1104 中国新聞(夕刊)「この人と30分:越智勇一さん-日本学術会議会長-”勧告倒れ”を返上-被爆資料保存ぜひ実現」
1129 日本学術会議、原水爆被災資料小委員会を東京で開催.
1973
0407 パグウォッシュ会議議長ハネス・アルフベン、特別講演「原水爆被災資料センターの意義」を日本学術会議講堂で行う.
0424  日本学術会議第63回総会。~26日
1024  日本学術会議第64回総会。~26日
1974
0907 日本学術会議中国四国地区と広島大学、学術会議の設立25周年を記念して平和に関するシンポジウムを広島大学で開催。-8日。約80人が参加。
0909 中国新聞「平和に関するシンポジウム-日本学術会議25周年記念」
1975
0529 東京夢の島に「原水爆禁止の碑」完成。第五福竜丸平和協会(会長・三宅泰雄日本学術会議会員)が建設
1976
0529 東京夢の島に「原水爆禁止の碑」完成。第五福竜丸平和協会(会長・三宅泰雄日本学術会議会員)が建設
1977
0724 毎日新聞「ひと:三宅泰雄-被爆国際シンポジウムの世話をする日本学術会議原子力特別委員長」
1978
0318 「原爆投下過程の史的解明に関するシンポジウム」(日本学術会議平和問題研究連絡委員会など共催)、東京で開催。
0719? 被爆直後の文部省学術会議による「原爆の植物に対する影響調査」、東大で発見される。
1979
1980
0425 日本学術会議、総会で核廃絶を訴えるラッセル・アインシュタイン宣言再確認の声明を採択。
1981
0331 『広島新史-資料編Ⅰ(都築資料編)』(広島市編・刊)
1126 日本学術会議など、学術シンポジウム「核戦争の危機と人類生存のための条件-ラッセル・アインシュタイン宣言の現代的意義を探る」を東京で開催(28日まで)。
1982
0519 日本学術会議、第85回総会で、「核戦争の危機と核兵器廃絶に関する声明」を採択。
1983
1984
1985
0207 テレビ番組「21世紀への科学『核戦争、人間と環境への影響‐国際学術会議連合、広島研究会から」(NHK制作)、放送。
1986
1987
1215? 被爆直後に設置された日本学術会議原爆災害調査研究特別委員会のメンバー、保存していた被爆者調査票・スライドなどを広島大原医研へ寄贈。
 1988
 1989
 1990
1991
  1992
 1993
  1994
 1995
1996  
 1997
1998
1999
1120 朝日新聞社説「学術会議50年-もっと存在感がほしい」
2000
2001
2002
2003
0614 日本学術会議平和問題研究連絡委員会、広島修道大学で公開シンポジウム。
 2004
2005
1003 日本学術会議第146回総会。
2006
0213 日本学術会議第147回総会。
0410 日本学術会議第148回総会。
1023 日本学術会議第149回総会。
2007
0409 日本学術会議第150回総会。~0411
1010 日本学術会議第151回総会。~1012
2008
0407 日本学術会議第152回総会。~0409
0714 日本学術会議第153回総会。
1001 日本学術会議第154回総会。~1003
2009
0406 日本学術会議第155回総会。~0408
1019 日本学術会議第156回総会。~1021
2010
0405 日本学術会議第157回総会。~0407
1001 日本学術会議第158回総会。~1006
2011
0404 日本学術会議第159回総会。~0406
0711 日本学術会議第160回総会。
1003 日本学術会議第161回総会。~1005
2012
0409 日本学術会議第162回総会。~0411
1009 日本学術会議第163回総会。~1011
2013
0402 日本学術会議第164回総会。~0404
1002 日本学術会議第165回総会。~1004
2014
0410 日本学術会議第166回総会。
0711 日本学術会議第167回総会。
1001 日本学術会議第168回総会。~1003
2015
0409 日本学術会議第169回総会。~0411
0810 「『天風録』三村剛昴「声涙ともに下る」」(『中国新聞』20170810)
1001 日本学術会議第170回総会。~1003
2016
0414 日本学術会議第171回総会。~0416
2017
0221 「社説 軍事研究と日本 歯止めの議論こそ必要」(『中国新聞』20170221)
0309 「天風録 科学者としての節操」(『中国新聞』20170309)
 0426  「防衛省助成 応募せず 広島大方針 役員会で了承」(『中国新聞』20170426)
2018
0413 日本学術会議第176回総会。~0405
1003 日本学術会議第177回総会。~1005。
2019
0424 日本学術会議第178回総会。~0426。
1016 日本学術会議第179回総会。~1018。
『ヒロシマに挑む 原爆投下の広島で実相究明に取り組む医学者たちの始動期の軌跡 広島大学医学部所および原爆放射線医科学研究所での様相』( 広島大学原爆放射線医科学研究所附属被ばく資料調査解析部(久保田明子) )
 2020
0709 日本学術会議第180回総会。
1001 日本学術会議第181回総会。~1002。
出典:http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/sokai/index.html
 1002  日本学術会議第181回総会「第25回新規会員任命に関する要望書」
1013 『「潮流」俯瞰的な視点』(道面雅量)
 1015  『[歩く 聞く 考える]学術会議「見直し」論』(佐田尾信作)

 

 

日本学術会議25年史

日本学術会議25年史(日本学術会議、1974)目次概要

各期の活動
第1期報告
日本学術会議の成立//3
学術体制刷新委員会委員長報告//4
学士院長あいさつ//7
学術研究会議会長あいさつ・その他//10
発会式典//10
第1回総回における審議//10
第2回総会以後の活動//13
科学技術行政協議会(STAC)と日本学術振興会//17
会長・副会長・部長等の訪米//18
国際学術会議への出席//19
創立1周年記念会//19
関連資料//19
第2期報告
概説//31
いくつかの提案//31
研究所等の設置について//32
社会的諸情勢と関連して//33
原子力研究について//35
学術会議と外部組織//37
国際交流の進展//38
大学に関する諸問題//39
学術体制討論会について//40
選挙についての紛争//40
日本学術会議の所轄について//41
科学研究費補助金について//42
関連資料//42
第3期報告
概説//52
原子力問題//53
原子力3原則//55
原子力に関する基本法の制定について//55
放射線影響問題//56
動力協定をめぐる諸討議//57
原子力研究についての国際会議//57
原子力特別委員会の設置//58
大学における原子力研究//58
ラッセル・アィンシュタイン宣言//59
長期研究計画調査委員会//59
研究所,研究機構の設置//61
国際研究調査計画への協力//62
学術会議とほかの機関との関係//63
教育問題//64
ソビエト連邦及び中華人民共和国との学術交流について//65
その他特記すべき諸事項//66
国際的な学術交流についての二,三の決議//67
災害に関する要望//67
環境保護について//67
関連資料//68
第4期報告
概説//75
外部組織との関連//76
南極観測について//77
原子力問題//77
原水爆実験反対//78
ゲッチンゲン宣言と第1回パグウオッシュ会議//78
その後の原水爆反対声明//79
原子力平和利用等に関する諸問題//79
研究費の増額について//82
研究所設立の要望//84
その他の研究体制について//85
研究者の待遇//85
学問・思想の自由について//86
国際学術交流について//86
ドイツ連邦共和国の訪問//87
その他勧告・要望//87
学術記者会の発足//87
関連資料//87
第5期報告
概説//102
委員会の存置改廃等内部機構の整理//102
科学技術会議と学術会議の関係//103
科学技術会議に対する諮問第1号答申に関する学術会議の勧告//104
科学協力に関する日米委員会と国際協力5原則//106
学術の国際交流に関すること//107
大学等への各種の助成について//107
各種研究活動事業の促進の勧告//108
各種研究所及び研修所の設置の勧告//109
科学者の待遇の改善その他//110
その他の勧告//110
原子核実験に関する二つの国際的アピール//110
大学の管理運営について//111
関連資料//111
第6期報告
概説//135
大学制度に関連して//135
科学研究計画第1次5か年計画//136
諸研究所の設立について//139
情報科学の研究機関の設立について//140
地震研究について//141
科学者の待遇について//141
私立大学への助成//142
大学等への寄附金について//142
国際学術交流について//143
沖縄との学術交流について//144
原水爆反対等戦争と平和にかかる諸決議//144
その他の諸勧告・声明//145
関連資料//147
第7期報告
概説//166
研究所・研究機関,研究体制にかかわる勧告//166
情報関係の研究所//168
主として生物学に関連する研究所等//169
理学部門の研究所//171
原子力研究及びその関連//172
宇宙科学,地球科学//173
工学関係の研究所の設立勧告//174
研究費関係について//175
科学研究費補助金問題//176
昭和44年度科学研究振興に必要な予算について,その他//177
国際学術交流と関連して//177
科学者の待遇等に関係するもの//178
日本学術会議と他機関との関係//179
沖縄・小笠原関係//180
平和問題について//180
その他//181
関連資料//181
第8期報告
概説//197
第8期中の活動の総括//198
新設された特別委員会等//198
審議の三つの重点//199
大学問題の検討//200
大学改革についての勧告//202
自然,文化財の保護と公害問題//203
沖縄に関する諸問題//204
原水爆被災資料センターとBC兵器禁止//205
研究予算,研究所設置等//206
関連資料//209
第9期報告
概説//225
委員会体制の改革//225
広報活動の強化//229
学術交流上の諸問題//230
第9期における主な勧告・要望等//232
国際学術交流との関係について//235
平和問題,その他関連事項//236
その他の事項//236
関連資料//237
日本学術会議前史
東京学士会院・帝国学士院・学術研究会議・日本学術振興会//250
東京学士会院//250
帝国学士院//251
学術研究会議//253
日本学術振興会//259
終戦後の学術体制刷新の動き//261
学術体制刷新委員会//265
前史関連資料//281
各部の活動
第1部報告
<略>
第7部報告
委員会の活動・その他
研究費委員会
科学者の待遇問題委員会
長期研究計画委員会
学問・思想の自由委員会
学術体制委員会
学術交流委員会
特別委員会
アジア・アフリカ研究特別委員会//406
人文・社会科学振興特別委員会//409
大学問題特別委員会//411
1970年代の科学・技術特別委員会//418
日本学術会議のあり方検討特別委員会//425
原子力特別委員会//430
原子核特別委員会//434
国際生物学事業計画特別委員会//438
国際地球観測特別委員会//440
宇宙空間研究特別委員会//442
南極特別委員会//445
海洋学特別委員会//450
水特別委員会//453
環境問題特別委員会//455
沖縄問題特別委員会//457
その他//461
学術会議会員選挙//461
地方区//464
附属資料
I 関係法規//473
II 組織・予算//494
III 諮問・答申,勧告・声明等//551
IV 国際学術交流//569
V 会員選挙//597
総会年譜//600

黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を

「黒い雨―降雨地域住民に被爆者手帳を 第1部」(『赤旗(連載)』1980年、40回)、「同 第2部」(1981年4月14日~7月28日

<『黒い雨』(広島県「黒い雨」・自宅看護」原爆被害者の会連絡協議会、19820111)に収録される>

内容

1部 1980年
見出し
1 8月6日その日 太い棒のように なぜ、このような雨が
2 気象かえた原爆 火災で巨大な雨雲 爆撃で複雑な作用発生
3 証言
4 ひょうのように
5 放射能
6 雨戸についた泥
7 ヒロシマ西方では
8 原因不明の鼻血
9 死んだ子ども
10 被災調査
11 江波山の気象台
12 被爆と気象台
13 白色の朝顔
14 煙と雲と
15 枕崎台風
16 台風と原爆
17 二男の脱毛
18 気象人気質
19 26インチ
20 爆心の決定
21 郊外でも
22 提案
23 聞き書き
24 報告書の作成
25 一枚の図
26 特別被爆者
27 特別被爆地域
28 住民の運動
29 片手落ち
30 急性症状
31 健康調査
32 みなしひばくしゃ
33 反響
34 指定の矛盾
35 踊る見出し
36 政府交渉団
37 妻の死
38 土壌調査
39 現地調査 係官を派遣せよ 当時の状況聞いて
40 燎原の火 本格的救済運動へ 署名も急速に広がる
2部 19810414~19810728
1 報告集会 線引きの矛盾つく 初めての住民組織発足
2 山やまを越えて 村上さんええ話でした 大歓迎、和気あいあいの懇談
3 行政の光 手帳交付の相談も 集会後に質問や意見続出
4 健康調査
5 陳情
6 請願
7 広がる請願
8 大きな流れ
9 出発点
10 残留放射能
11 相生橋 熱戦うけてから36年も 残留放射能を調査
12 核分裂生成物
13 突然の死
14 第五福竜丸
15 ブラボー爆弾
16 死の灰
17 広島の死の灰
18 政府の調査
19 対照地区
20 参院社労委 緊張”走る”渡辺質問 残留放射能の対応策は
21 参院社労委 強い放射能を含む 少雨地域も特別指定を
22 夏の大要のように ”被爆地”と認めよ 1市4町1村で署名2万
23 画期的な夏 初の原水協調査団 住民からの訴え次つぎ
24 証言の重み 北側にも大雨が・・・ 不合理な”線引き”ただす
25 すすむ運動 被爆地指定の声新た ”核兵器ノー”の声とともに
連絡協議会役員一覧

広島平和記念都市建設方案(19490920立案)

広島平和記念都市建設方案 (昭和24.9.20立案)

dc49092001
広島大学蔵

原爆にたをれむ人もやすらかに平和の光受けて眠らむ

広島平和記念都市建設方案
(昭和24.9.20立案)
企画部 建設構想の研究、実施の促進
建設法に伴ふ国家各機関との交渉
建設予算編成と財源捻出(県市、国家、外国)
都市形態整備 特殊的 記念保存物調査決定(産業奨励館、原爆十景等)
新建設物 慰霊塔(平和塔)
記念館
美術館
科学館
一般的 土木工事 道路 公園
軌道 ガス
上下水道
橋梁
建築工事 公共文化、社会事業的建造物
個人住宅
内容充実 霊場設置 二十万犠牲者の鎮魂場
原爆資料 実物、写真 調査蒐集
文書、統計
平和精神涵養 講演会(教育、宗教、文化団体連絡)
雑誌(平和協会ヨリ発行)
市旗(平和都市象徴・各戸掲揚)
平和祭発展 行事の研究(世界的構想へ)
市民の熱意表現工夫
世界平和運動 国際連合、ユネスコ連絡(行事)
会場の建設
文化施設内容 美術館 資料研究、調査、蒐集
科学館

 

 

年表:学術会議(稿)~1964

年表:学術会議(稿)~1964

年月日 事項 備考
1945
1006 「本学部の原子爆弾傷害の研究は、日本学術会議の調査班に合流して継続されることになった」(「五十年史(九州大学医学部)」)
1946
1126 トルーマン米大統領米国学士院・学術会議に原爆傷害調査委員会(ABCC)の設置を指令(「菊とにわか高級軍属」)。
1947
 

01

ヘンショー調査団、米学術会議医学部議長ウィードに広島・長崎の調査に関する報告書を提出。(「DDT革命」)。
1948
0710 日本学術会議が発足。
12 長田新、日本学術会議第1回会員に当選。亡くなるまで連続4回当選。(「平和を求めて」)
1949
0120 日本学術会議第1回総会。~0122。
0226 日本学術会議第2回総会。~0227。
0426 日本学術会議第3回総会。~0428。
1004 日本学術会議第4回総会。~1006。
1006 日本学術会議総会(声明)「原子力に対する国際管理の確立要請」
1203 広島医大玉川忠太教授、日本学術会議地区連公開講座(於岡山)で、「広島市における原子爆弾症の研究」発表。[広島大学]
1950
0120 日本学術会議第5回総会。~0121。
0121 日本学術会議、「全面講和要請決議」提案を否決。
0415 平和問題懇談会、東京上野・日本学術会議講堂で開催。106名が平和声明「科学者に訴える」を可決発表。(東大理学部職員組合「平和問題特集号」1950年4月)
0426 日本学術会議第6回総会。~0428。
0428 日本学術会議総会声明「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」
1005 日本学術会議第7回総会。~1007.
1951
0120 日本学術会議第8回総会。~0122.
0302 日本学術会議第9回総会。~0303.
0303 学術会議第9回総会(第2日)、「戦争から科学と人類をまもるための決議案」を否決(「日本評論」1951年5月)
0426 日本学術会議第10回総会。~0428
0713 歴史学研究会平和委員会、「平和を語る会」を日本学術会議講堂で開催。60余名が参加(「歴史学研究」1951年9月)
0801 『原子爆弾災害調査報告書 総括編』(日本学術会議原子爆弾災害調査報告書刊行委員会編、日本学術振興会 )
1016 日本学術会議第11回総会。~1019
1116 日本学術会議第三部(経済・商学)総会、広島市で開催。-18日。
1952
0419 日本学術会議、講和発効後の原爆医療調査の再開を決定。(毎日新聞)
0421 日本学術会議第12回総会。~0421.
0929 日本学術会議原子爆弾災害調査研究班第1回協議会、呉市(広島医大)で開催。白血病・白内障・ケロイドに関する研究発表。[広島大学]
1022 日本学術会議第13回総会。~1024
1024 日本学術会議第13回総会。原子力問題に関する討論(『自然』195301号)三村剛昂広島大学理論物理学研究所所長の発言。
1953
0101 『原子爆弾災害調査報告集 第一分冊』(日本学術会議原子爆弾災害調査報告書刊行委員会編、日本学術振興会 )
0105 『原子爆弾災害調査報告集 第二分冊』(日本学術会議原子爆弾災害調査報告書刊行委員会編、日本学術振興会 )
0326 平和と学問を守る大学人の会、初会合。学術会議会員との懇談会。[略年表稿][広島大学]
0421 日本学術会議第14回総会。~0423
0506 日本学術会議第14回総会申入「原子核研究所の設立と反射望遠鏡の設置について」
0628? 日本学術会議、「原子爆弾災害調査報告集」を出版(朝日新聞、毎日新聞)。
1014 日本学術会議原爆災害調査班の研究発表会(第3回)、長崎大学で開催。
1954
0110? 文部省・厚生省・日本学術会議、英文「ジャパン・サイエンス・レヴユー=メディカル・サイサンスNO.1」を発行。昭和27年4月から28年3月までの医学各学会に発表された4500の論文テーマと110余の抄録を収録。「原爆症についての研究と資料」も収録。
0120 日本学術会議第16回総会。~0123
0125? 広島大学心理学高木貫一教授、日本学術会議原爆災害調査班の依頼による被爆児童の精神機能障害の調査結果まとめる。被爆児童は、集団としては、普通児との差は認められない。
0421 日本学術会議第17回総会。~23日。
0423 日本学術会議, 原水爆実験禁止と原子兵器研究拒否を声明.
0423 日本学術会議第17回総会声明「原子力の研究と利用に関し公開・民主・自主の原則を要求する声明」
0423 日本学術会議第17回総会声明「原子兵器の廃棄と原子力の有効な国際管理の確立を望む声明」
0501 日本学術会議第17回総会申入「原子力問題について」
0709? 09? 日本学術会議、放射線基礎医学研究所(仮称)の設立を計画。
1019 日本学術会議第18回総会。~21日。
1022 日本ユネスコ国内委員会、第8回総会(11月12日-、ウルグァイで開催)に森戸広島大学学長、萩原駐スイス公使、茅誠司学術会議会長らを派遣し、放射線の生物学的影響に関する国際専門家会議の開催と国際的研究機関の設置を提案することを計画。
1028 日本学術会議第18回総会申入「原子力の研究・開発・利言うに関する措置について」
1955
0111 日本学術会議(茅誠司会長)、政府に国立放射線基礎医学研究所設置に関する勧告を提出。19日、科学行政協議会、設置を認めることを決定。
1028 日本学術会議第18回総会申入「国立放射線基礎医学研究所の設置について」
 0205 厚生省「原爆被害対策に関する調査研究連絡協議会」第2回広島・長崎部会と日本学術会議「放射線影響調査特別委員会」の合同会議、長崎市で開催(53人出席)研究の焦点は内科的な白血球変化に絞られると発表。
0426 日本学術会議第19回総会。~28日。
0504 日本学術会議第19回総会要望「原子力の平和利用のための国際科学会議について」
0531  放射線影響国際学術懇談会(第2日)。南アフリカからの1名が加わる。東京・学術会議で開催。都築正男・三宅仁・三好和夫・清水健太郎が報告。
0607  高橋昭博(広島市戸籍課勤務)、日赤で放射線影響国際学術会議の一行に上半身を見せる。
0613  放射線影響国際学術会議に参加した外国の学者9名、ウィーンの国際医師会議に提出する報告書を東京のホテルで発表。
 1017  ABCCホームズ所長、ABCCに日本側評議委員会(諮問機関)を設置すると発表。委員には厚生省衛生局長・国立予研所長・日本学術会議会長・広島大学長ら、11人。
1025 日本学術会議第20回総会。~27日。
 1956
  0209  シールズ・ウォーレン米国科学院学術会議原子力障害委員会委員長ら、広島入り。
0426 日本学術会議第21回総会。~28日。
0428 日本学術会議第21回総会声明「核エネルギーの平和的目的利用に必要な国際的取りきめ実現のため世界の科学者の協力を呼びかける声明」
 0608?  日本学術会議、放射能医学研究所の構想をまとめる。
 0808?  広島大学医学部、同学部への放射線研究施設設置について、日本学術会議原子力特別委に協力を要請。(朝日新聞)
1025 日本学術会議第22回総会。~27日。
 1105  日本学術会議第22回総会要望「原子力に関する科学技術の基礎研究について」
 1957
0116 日本学術会議第22回総会声明「原子力平和利用の研究開発に関する声明」
 0120  日本学術会議第23回総会。~22日
 0424 日本学術会議第24回総会。~26日
0426 日本学術会議第24回総会声明 Appeal to Scientists in great Britain on Prohibition of atomic and Hydrogen Bomb Tests
0426 日本学術会議第24回総会声明 Appeal to Scientists throughout the World on Prohibition of atomic and Hydrogen Bomb Tests
0426 日本学術会議第24回総会声明 Appeal to Scientists in the USSR on Prohibition of atomic and Hydrogen Bomb Tests
0504 日本学術会議第24回総会申入「放射性塵の研究について」
0506 日本学術会議第24回総会勧告「発電用原子炉の輸入について」
1002 日本学術会議第25回総会。~4日
1004 日本学術会議第25回総会声明 Resolution in Support of the International meeting of Scientists at Pugwash
1008 日本学術会議第25回総会要望「第2回原子力平和利用国際会議について」
 1958
 0116  学術会議放射線影響調査特別委医学班、放射能の影響による白血球・肺ガンなどの統計的なデータ作成を決定。
0418  日本学術会議、原水爆実験禁止について、あらためて各国の科学者に要請することを決める。
0418 日本学術会議第26回総会声明  Appeal to Scientists throughout the World on Prohibition of Testing atomic and Hydrogen Bombs
0528 日本学術会議第26回総会申入「原子炉及びその関連施設の安全性について」
0913  J・V・ニール(ミシガン大学医学部)らアメリカの遺伝学者(8日来日)、日本学術会議遺伝学術研究連絡委員会小委員会で広島・長崎の児童を対象とした健康総合調査について打ち合せ。(西日本)
1013  日本学術会議、日米児童健康調査団を編成し、広島・長崎の児童の発育状況と遺伝的影響を調査すると発表。(「原水爆禁止ニュース」NO.68)
1024 日本学術会議第27回総会声明「Appeal to Scientists throughout the World on Prohibition of Testing nuclear Weapons」
1031 日本学術会議第27回総会勧告「原子力開発について」
1031 日本学術会議第27回総会勧告「核融合反応研究の促進について」
1031 日本学術会議第27回総会要望「原子力科学関係の国際会議への代表派遣について」
1031 日本学術会議第27回総会勧告「放射線総合研究体制の強化について」
 1959
0421 日本学術会議第28回総会。~23日
0501 日本学術会議第28回総会勧告「原子力基本法の厳守について」
1960
0120 日本学術会議第30回総会。~22日
0122 日本学術会議第30回総会声明 Reported plan for Nuclear Test in Sahara
0420 日本学術会議第31回総会。~22日
1026 日本学術会議第32回総会。~28日
1961
0425 日本学術会議第33回総会。~27日
1025 日本学術会議第34回総会。~27日
1124 日本学術会議第35回総会。「Appeal to Scientists throughout the World on Suspension of Testing nuclear Weapons」
1124
1962
0425 日本学術会議第36回総会。~27日
0425 日本学術会議第36回総会声明「米国の大気圏内核兵器実験再開決定に際して内外の科学者に呼びかける」
0524 日本学術会議第36回総会勧告「原子核研究将来計画の実現について」
1003 日本学術会議第37回総会。~5日
 1009 日本学術会議第37回総会勧告「関西研究用原子炉を中心とする実験所について」
1963
0121 日本学術会議第38回総会。~23日
0426  日本学術会議、原潜寄港に反対声明。
0426 日本学術会議第39回総会声明「原子力潜水艦の日本港湾寄港問題について」
1023 日本学術会議第40回総会。~26日
1964
0422 日本学術会議第41回総会。~24日
1028  日本学術会議第42回総会。~30日
 1030   日本学術会議第42回総会アピール「原水爆実験の禁止・放射能の危険・核兵器の全面廃棄について世界の科学者に訴える」
 1965  <以下は別ファイルを参照
ttps://hiroshima-ibun.com/wp/2021/01/31/年表:学術会議(稿)1965/

 

 

広島大学の50年

『広島大学の50年』(広島大学50年史編集専門委員会・広島大学50年史編集室編、広島大学、19991105)

備考
刊行のことば 原田康夫(広島大学長)
広島大学歌・
目次<東広島キャンパス航空写真>
光をもとめて-廃墟からの出発
1 広島大学の源流
2 原爆被害と復興
3 広島大学の開学
4 大学院・専攻科の発足
5 分散キャンパスの整理
6 校舎・施設の新築
光のなかで-青春の広島大学
7 入試・入学-キャンパスに桜
8 女子学生・社会人学生-学生の多様化
9 一般教育・教養的教育-問われ続ける「教養」
10 授業の風景-頭と身体を使って
11 オリエンテーション-ようこそ広大へ
12 スポーツ-体育会とレジャー
13 文化系サークル-学生生活の彩り
14 学生自治-「ダンコウ」って何ですか?
15 平和-ヒロシマを考える
16 衣-角帽から茶髪へ
17 食-安いのが一番
18 住-四畳半からフローリング・エアコン付きへ
19 大学祭-「独立をわれらの国に」から「PLEASURE」へ
20 学生街-集う・飲む・歌う
21 留学生-ヒロシマで学ぶ、ヒロシマが学ぶ
22 卒業・就職・同窓会
光とともに-発展する広島大学
23 総合科学部-新しいパラダイムの創出
24 文学部-人間の根源をたずねて
25 教育学部-教育の総合的研究をめざして
26 学校教育学部-教育実践に心をよせて
27 政経学部から法学部、経済学部へ
-地域に根ざした社会科学をめざして
28 理学部-自然の真理を求めて
29 医学部-医療の新しいかたちを求めて
30 歯学部-歯学の新たな展開をめざして
31 工学部-科学技術の開発をめざして
32 水畜産学部から生物生産学部へ-食糧を科学する
33 大学院の再編-新たな学問領域の開拓
34 理論物理学研究所・原爆放射能医学研究所
35 附属図書館-知の集積
36 附属学校-研究と教育の結節点
37 事務組織-大学を支えてきた職員たち
光あふれて-挑戦する広島大学
38 改革の季節
39 統合移転の計画
40 西条への移転
41 部局を越えた共同教育研究施設
42 研究基盤の充実
43 学術研究の成果
44 地域社会とともに
45 地域の教育を支える
46 産業界との連携
47 国際学術交流
48 国際化への対応
49 進む情報化
50 社会への発信
卒業生10万人
 年表
1874 創立前史
1950 森戸辰男(初代学長)
1963 皇至道(第2代学長)
1966 川村智治郎(第3代学長)
1969 飯島宗一(第4代学長)
1977 竹山晴夫(第5代学長)
1981 頼実正弘(第6代学長)
1985 沖原豊(第7代学長)
1989 田中隆荘(第8代学長)
1993 原田康夫(第9代学長)
出典一覧
編集後記 頼祺一(編集専門委員会委員長)
広島大学50年史編集専門委員会  <・・・宇吹暁・・・>
広島大学50年史編集室

 

理論物理学研究所の歴史

理論物理学研究所の歴史(年表)

年月日 事項
19440824 理論物理学研究所設置に関する勅令公布。広島文理大学の附属機関。目的=「物理学の基礎理論に関する総合的研究」。
設立時の専任職員定員 教授1名、 助教授1名、 助手3名
初代所長 三村剛昂(教授)
設立場所 広島文理科大学旧教育博物館
19450806 広島に投下された原子爆弾により研究所関係の2教授(岩付寅之助、細川藤右衛門)は殉職、三村所長以下所員の大半も負傷し庁舎も崩壊した後、類焼により完全に灰塵に帰した。やむなく尾道市外 向島にある広島文理科大学付属臨界実験所の一部を借り受け、仮庁舎とした.
1947 三村所長の出身地、竹原町(現竹原市)に研究所を誘致する話が持ち上がり、地元有志の熱心な努力により、現在地に面積400平米の木造平屋建新築庁舎と敷地約4000平米を竹原町より寄付を受ける。
194803 新庁舎で開所式。
人事に関しては、竹野兵一郎が専任助教授となり、原田雅登、高久(旧姓熊川)浩俊,佐伯敬一の3人が助手として就任していたが、開所式の前後にそれぞれ他大学に転出し、代わって、池田峰夫、木村利栄および宮地良彦の3名が前後して着任。
1948 文部省学術研究会議の最後の研究集会、理論物理学研究所で開催。
194905 学制改革により、新制広島大学が設立されると同時に、理論物理学研究所は文理科大学付属からはなれ、広島大学付属となる。
1949 京都大学の湯川秀樹教授がノーベル賞を受賞し状況は変わった.すなわち、理論物理学研究所を拡張するよりは、ノーベル賞受賞を記念して、京都大学に全国共同利用の研究所を設置した方が良いと言うことになり、昭和28年(1953)京都大学に基礎物理学研究所が創設された.理論物理学研究所と京都大学基礎物理学研究所との合併問題の萌芽は既にこの時に発生していたといえる.
195104 助手1名の定員増。竹野兵一郎が教授、上野義夫が助教授、庄野直美が講師、中井浩が助手にそれぞれ就任。
1953 庄野および中井が転出、あらたに脇田仁、成相秀一が助手に就任。
195705 三村所長、文部省学術課長より理論物理学研究所を京都大学基礎物理学研究所に合併させることを条件に、広島大学に研究施設を作る概算要求が広島大学から提出されている旨を伝えられる。
19571115 三村所長、京都大学との合併の話を京都大学基礎物理学研究所研究部員会、運営委員会で非公式に報告。議論の後、素粒子論グループの意見を聞くこととなる。
195801 関西素粒子論のグループ懇談会では「合併は好ましくない」との結論。
196504 「時間空間理論部門」の増設が認められ、教授1名、助教授1名、助手2名が増員。これに伴って従来の部門名は「重力理論部門」、「場の理論部門」と改称することになり、これら3部門の研究所となる。 脇田が岐阜大学に転出し、 田地隆夫、横山寛一、永井秀明、久保礼次郎および寺崎(旧姓岡田〉邦彦が相ついで 着任。
19890627 広島大学部局長連絡会議、評議会において理論物理学研究所の京都大学基礎物理学研究所への合併を承認

科学者と平和(三村剛昻)

『科学者と平和 三村剛昻先生遺稿集』(三村剛昻先生遺稿収録委員会、196710)

内容

No. タイトル 出典 年月日
まえがき 196710 三周忌を目前にして 遺稿収録委員会
01 原子力への夢 平和利用で理想郷 ”戦争などなくなるよ” 夕刊朝日 195001
02 「新春放談:原子力時代」 共産社会はだしの天国 つらいかな経済も科学もしばる 夕刊朝日 19500103
03 放談リレー 科学の巻 「足らぬ利力の結集 科学活動を無制限にやれ」(小島丈児との) 中国 19500521
04 秋の角度・天体 「理論創造の時期」 夕刊朝日 19510929
05 あれから8年 原爆の日と科学者 毎日 19530806
06 学芸 平和への道 朝日 19530807
07 サクレツ高度と被害を予言 洗礼受けた原子学者三村博士語る
08 ビキニの灰と広島の灰 毎日 19540602
09 読者の会議室「原水爆と日本人」 毎日 19540724
10 平和をめぐる論争 体験者だけにわかる原爆の恐怖 ユネスコばりの発言(森戸広大学長)に批判 毎日 19540801
11 いろいろの原子炉 毎日 19550627
12 一分間講座:酔生夢死の徒 (?19560313)
13 こたつ談議「社会改造」?(竹原書院図書館長・三村剛昻) 19601204
14 第2回科学者京都会議開く 広島県竹原で キューバ以後の情勢など 三テーマを柱に討論 読売 19630508
15 私のいいたいこと 科学者京都会議に寄せて
16 ヒロシマに被爆して18年 ちょっぴり希望がもててきた人類の滅亡からの救い 毎日 19630806
17 わたしの散歩道 竹原・広大研究所の庭 雨によく風また楽し 朝日 19641129
18 科学の発達と人類の幸福 学校教育臨時増刊号 1954
19 原・水爆と原子炉 学校教育8月号 1955
20 特別寄稿:科学技術の現状と将来 廿日市高校研究論集第2号 1956
21 ブックレビュー「死者の声」 自然 195403
22 通信 ヒロシマ医学第9号 1956
23 原子力発電の今後の動向 火力発電12月号 1959
24 原子力問題に関する討論ー学術会議第13回総会における 自然1月号 1953

 

広島は訴える 原爆広島11年の記録

『広島は訴える 原爆広島11年の記録』(小積明男<川手健?>編、発行者:吉川清、発行所:広島原爆資料出版会、19560801)

目次

見出し
002 その朝までの広島
005 運命の日、八月六日
014 原爆は平和をもたらしたか
019 魔の遺産、原爆症
045 原爆被害者の生活
069 原爆被災児の実態
082 原爆被害者の運動
103 原水爆禁止運動の発展
128 附録1 原爆障害者調査結果表(原対協発表)
132 附録2 原爆被害者の損害賠償請求起訴状
145 附録3 損害賠償請求訴訟の政府側答弁書

「核意識構造の実態研究」グループ(庄野直美)

「核意識構造の実態研究」グループ(代表:庄野直美)

「はじめに」(『核と平和 日本人の意識』(庄野直美他編、法律文化社、19781201 )抜粋

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研究が企画された契機は, 1975年8月の「広島大学平和科学研究センター」の発足にあった。この研究センターの研究プロジェクトの一つとして,「核識構造の実態研究」グループ(代表:庄野直美)が組織され, 1976年と77年には文部省科学研究費(総合A)補助金の交付をうけた。
この研究費により, 1976年度には,戦後30年間に新聞社等が行なってきた世論謌査のうち,核問題にかかわるすべての資料を収集し,その内容を分析した.収集された資料は, 190種の世論調査において約1,400の調査項目に及び,それらは(1)原爆被災 (2)核実験・核兵器・核政策(3)原水禁運動,(4)原子力発電,(5)戦争観・安全保障,(6)憲法第9条・自衛隊,という6大頂目に分類され,分析された。
しかし,これらの世論調査だけでは核意識構造の分析には不十分で,私たちが知りたいと望む情報を更に得るために, 1977年2月および7,8月には,広島・長崎・岡山・金沢の4都市において,中学2年生もしくは3年生,(回収実数5,039名)とその父母(回収実数4,699名)に対し,また同年11月には広島・長崎・岡山の高校2年生(回収実数1,816名)に対し,私たち研究グループ
独自の調査を実施した。この独自調査の分析結果が,本書の主要な内容である。
私たちの研究プロジェクトに参加した研究者は,全国]3大学の27名であり,専攻分野も十数領域に及んだOその氏名と所属(当時)は下記のとおりである。(○印は本書の執筆者,50音順)

伊東 壮:山梨大学(経済学)
今堀誠二:広島大学(アジア史)
岩佐幹三:金沢大学(政治学史)
〇上野裕久:岡山大学(憲法)
宇吹 暁:広島大学(歴史学)
〇大槻和夫:広島大学(教育学)
岡本三夫:四国学院大学(哲学・平和研究)
小川岩雄:立教大学(原子物理学)
鎌田定夫:長崎造船大学(人文・欧米文学)
○北西 允:広島大学(政治学)
栗原 登:広島大学(疫学・社会医学)
○小寺初世子:広島女子大学(国際公法)
○庄野直美:広島女学院大学(原子物理学・平和研究)
高畠通敏:立教大学(政治学)
田中靖政:学習院大学(社会心理学)
○永井秀明:広島大学(理論物理学・平和研究)
○初瀬龍平:北九州大学(政治学)
濱谷正晴:一橋大学(社会学)
深井一郎:金沢大学(日本語学)
藤井敏彦:広島大学(教育学)
○松尾雅嗣:広島大学(平和研究)
松元 寛:広島大学(英米文学)
安田三郎:広島大学(社会学)
山川雄己:関西大学(政治学)
山田 浩:広島大学(国際政治)
湯崎 稔:広島大学(社会学)
横山 英:広島大学(中国近代史)

本書の作成にあたっては,上記名簿(○印)の8名が,研究グループの討論をふまえた上で各自に執筆し,それを3名の編者が最終的に整理・加筆した。
本書は,核問題を中心とした,平和に関する日本人の意識構造を明らかにする,日本ではじめての総合報告書であると思う。平和と核問題に関心ある人びとの研究,教育,思索の一助になることを願うとともに,私たちの調査研究に寄せられた関係諸方面の援助・協力に対し,心からの謝意を表するものである。
1978年8月6日
編者

 

戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(参議院)

戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(参議院社会労働委員会、1967年7月11日)

(一) 原爆被爆者援護については、既に昭和三十九年衆参両院において「原爆被爆者援護強化に関する決議」がなされていることにかんがみ、政府は、すみやかに、原爆被爆者援護に関する法的措置を促進するため、関係者を含む特別の審議会を設置して、両院決議の実現をはかること。
(二) 政府は、原爆被爆者以外の各種の戦争犠牲者の援護についても、未だ適当な処遇がなされていない者に対しては、公平な処遇があまねく行なわれるよう努めること。

日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料に関するシンポジウム-発言要旨-

日本学術会議原子力特別委員会原爆被災資料に関するシンポジウム-発言要旨- 1967年7月1日

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原爆被災資料懇談会記録
日時 昭和42年7月1日 午前10時より
場所 広島大学6階大会議室
地元出席者 22名

<委員長挨拶>
今日の懇談会の主なるテーマは、被爆関係資料に関する問題を主に、その他放射線影響研究の将来計画の問題、核拡散防止問題などについて協議を進めたい。司会を三好委員と志水所長にお願いする。
<三好委員>
原爆被災資料に関する問題や、既成の資料が昨今のニュースが伝える通り返還されつつあるが、それらに関連して、付随する問題について討議して欲しい。原爆関係資料に関しては既成の資料のみでなく、新しい資料も作らねばならない時期に来ていると思う。そのためにはどのような方法をとるか、学術会議のこの委員会がこの時期において、はっきりしたみとおしを立てねばならぬ時期と思われる。その意味でこの会の進行を行いないので、十分意見を出して欲しい。
<志水所長>
原爆に関する学術資料が散逸しつつあり、その一部は国外にも持出されている状態で早く蒐集の機を持たねばならないかと思う。医学的資料については自分の立場からみてもかなりの資料の集積も行われているが昭和26年以前のものについては占領下のことで国外に持出され研究開発の基礎的資料が不足し、その制約のため不明な点が多い現状であるが、それぞれの立場からご意見を出していただいて討議していただきたい。
<今堀委員>
原爆白書推進委員会の立場から発言させてもらうが、新しい資料を作るためにも被爆者の総数を明らかにする事が必要である。そのために昭和45年度国勢調査には是非とも付帯調査を実施して生存者をも含めた人口調査が重要と思う。白書委員会としては次の点を政府に要望し申し入れている。
(一)ABCCの調査した各種の資料の学術的なリストを作製する。ABCCから研究結果は発表されているがその研究素材が我々には不明である。学術的に利用できるよう明らかにして欲しい。
(二)種々な被爆関係資料の保存公開。
[例]日映の被災記録映画-完成されたものばかりでなく、ラッシュについても重要なものが含まれていると思うので検討しなければならない。
被爆者個人の手記、日記、追憶など-当人が死亡すれば消え去る可能性が非常に強い。
テレビ、ラジオその他マスコミで作成記録した録音、録画など-多年経過したものは処分されているのが現状で、これらを早急に保存する必要がある。
原爆関係の印刷された文書、刊行物など文献の保存も必要である。
役場、学校、会社、その他各種団体などの被爆関係の公文書記録の集録、保存も重要である。
被爆者の死亡診断書。
これら資料を学問的大家の下に蒐集保存しなければならないし、資料は学術的見地からの利用を考慮してもらいたい。
資料に関連した生存者が健在のうちに、例えば映画などについては正しい解説をつけて残すように図らなければならない。
なお今後地元で発掘される資料も残さなければならないので、学術的体系の下に整理、保存、利用できるようにしなければならない。
またアメリカの国会図書館に相当な資料が保存されているというが、このように持出された資料についての返還は協力に推進しなければならない。
<田畑委員>
政府に勧告したとのことであるがこの点に関して政府の反応はどうか。
<今堀教授>
茅学長を通じ、当時の官房長官愛知揆一氏(彼も推進委員の一人だが)をまじえて佐藤首相にも数回会い、申し入れてある。首相もその都度「わかった、わかった」とは言っているが、その後何ら具体的措置はすすめられていない。
<志水所長>
この点に関連して申し上げるが、昭和42年度予算で厚生省が約500万円計上した。しかしこれは大蔵省の段階でカットされた。
次に理学関係を代表して前川先生にご意見をお願いしたい。
<前川先生>
私より佐久間氏の方が適当と考える。
<佐久間氏>
当委員会がABCC問題を重視され、かつ被爆に関しての貴重な資料を被爆者の治療や対策のために活用しうるよう関心をもたれていることはよろこばしいし、このことは被爆者の福祉に貢献するところが大きいと思う。
ABCC問題について、
(一)ABCCは設備、経費、スタッフが揃い、すぐれた研究を行っているので、ABCCの研究に対する被爆者の関心は深いものがある。しかし、受診する者の中に診察を受けた結果が戦争に関連し、軍事面に利用され、核戦争に役立つのではないかとの懸念をもっているものが非常に多い。
(二)ABCCで発表された貴重な貴重な資料が積重ねられているようにも思われるが、被爆者の治療や疾病の基本的問題にとって、最も重要な資料ともなるような調査の結果が率直に発表されていないように思われる。また重要な問題についても明らかにしていない。例えば二次放射能の問題なども総合報告においては不当に軽く扱われている。ABCCの初期において資料が米軍の関係を通じてアメリカに送られ軍事的期間に保存されているということは、現在問題となっている米軍と学術研究の例からみても軍事的研究に必ずしも関連がないといえないことを予想させる。
(三)これらの点に関して日本側から反論が行われていない。これは被爆者の健康管理の面から考えても重要な問題と思う。
(四)ABCCの存在そのものも問題である。
これらの問題解決のため、ABCCを日本の手にもどし、日本人が主体的に被爆者の治療、医療のために研究をすすめる方向について、この委員会で討議してもらいたい。これによって被爆者も安心するし、健康管理にも効果が大きく、被爆者にとっても大きなプラスになると思われる。
<金井氏>
(一)原爆被災は非戦闘員を含めた無差別攻撃による被害に特色をもっている。この無差別の意味の中には時間的無差別も含まれる。当時、非戦闘員であった者まで20数年経過した現在においても種々な疾病におかされている。また、被爆者は、差別待遇による被害をうけていて、被爆者に対する誤解も根強く、また未知による被害も無差別に加えられている。
すなわち、①生活上で結婚、就職の問題に関して差別をうけ、②補償の上でも差別待遇をうけ、三つの大きな差別をうける。非戦闘員と言うことで現行の法令では何らの補償が行われていないし、また被爆者に対する一般の態度も対話を伴わない同情論で終っている。
(二)保障、補償問題について、医療面では、わずかながら行われているが、現在のところ、特につぐないの意味での補償は行われていない。外地よりの引揚者に対しては非戦闘員に対しても行われるが、被爆者に対しては行われない。
被爆者自身、自分たちにとって戦争は終わっていないと言う痛切な感じをもっている。例えば小頭症、胎内被爆児は21世紀まで原爆の証人として生きねばならぬ。このことからも時間的無差別な被害となり得る問題を有している。
戦後の社会保障の未整備のために、その間被爆者には多くの問題が含まれ、無残な死に方をした者が多いし、にがにがしい結果を多く残している。
また、被爆者の中には健康な人もあるが、一般にそれはすぐれた素質を持った人といわれている。このような元気な人についての資料を集める事も必要であり、その意味では全面的な資料調査の必要性をもっている。
生活の上で追いつめられたというような問題が、被爆者の問題の特色ともなっているのであり、現行の戦闘員を中心に補償の序列が考えられている以上、全面的な調査を行わないと、遺族に対する補償の問題も浮かびあがってこない。
<志水所長>
いろいろ具体的な問題が提起されたと思うが、委員の方々で、これまでの御意見に対してご質問はないか。
<永積委員>[省略]
<佐久間氏>[省略]
<永積委員>[省略]
<今堀教授>[省略]
<松坂氏>[省略]
<文沢氏>[省略]
<森下氏>[省略]
<重藤院長>[省略]
<竹下教授>[省略]
<前川氏>[省略]
<志水所長>[省略]
<永積委員>[省略]
<志水所長>[省略]
<福島委員>[省略]
<本城委員>[省略]
<委員長挨拶>[省略]

戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(衆議院)

戦傷病者戦没遺族等援護法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(衆議院社会労働委員会、1967年6月8日)
政府は、左記事項につき速やかに実現するよう検討、努力すること。
(一) わが国経済成長の実情にかんがみ、援護の最低基準を大巾に引き上げ、公平な援護措置が行なわれるよう努力すること。
(二) 満州開拓青年義勇隊員の募集の実情及び課せられた任務等の実態にかんがみ、昭和二十年八月八日以前の死没者の遺族の援護は勿論、その他の場合においても必要な援護措置を講ずること。
(三) わが国が世界唯一の原爆被爆国である事実にかんがみ、原爆被爆地において、旧防空法等による国家要請により、防空等の業務に従事中死亡又は身体に障害をこうむった者に対し、昭和四十三年度を目途として援護措置を講ずること。
なお、被爆地以外の地域についても必要な措置につき検討すること。