松江澄(まつえ・きよし)
| 1919**** 生20050115没 |
享年85 |
広島市生。1944年一高を経て東京大学法学部卒。1950年、中国新聞社論説委員をレッド・パージで追放。1959年に日本共産党初めての県議。元広島県原水禁常任理事、元統一労働者党議長。熊田重邦・藤居平一両氏の紹介で占領期の平和運動につき、それぞれ数回ヒアリング。 |
関連資料
| No. |
年月日 |
書名・資料名 |
著者・出版社 |
メモ |
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1969/08/06 |
濱井信三追想録 |
濱井信三追想録編集委員会 |
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1984/07/23 |
ヒロシマから 原水禁運動を生きて |
松江澄著、青弓社 |
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1995/08/15 |
ヒロシマの原点へ 自分史としての戦後50年 |
松江澄著、社会評論社 |
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1997/04/17 |
人間銘木 藤居平一追想集 |
「藤居平一追想集」編集委員会、藤居美枝子 |
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止
ピカに灼かれて 第28集 終刊号 2005年7月15日
内容
| 頁 |
著者 |
タイトル |
備考 |
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四国五郎 |
表紙絵 |
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ピカに灼かれて第1集~第27集カラーグラビア |
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広島医療生協・原爆被害者の会…あゆみ |
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| 001 |
丸屋博 |
巻頭言 終刊に当って |
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| 006 |
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被爆体験記 |
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| 017 |
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若い医療人の聞き書きによる被爆体験談 |
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| 041 |
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特集 終刊号<座談会> |
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出席者 |
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| 042 |
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『ピカに灼かれて」の創刊号よりの概略 |
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| 049 |
西川洋一 |
『似島のこと』 |
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| 055 |
丸屋博 |
追悼 面田さんの思い出 |
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| 058 |
丸屋博 |
特別寄稿=岩村昇先生の紹介「生きるとは分ちあうこと、弱き者と」 |
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| 060 |
岩村昇 |
小生とピカ・ドン |
|
| 069 |
丸屋博 |
被爆者、国境をこえて『結縁』 |
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| 070 |
丸屋博 |
追悼・李順基 海峡を越えた友情 |
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| 072 |
御庄博実 |
行動する原爆詩人<栗原貞子=1994年に入院、2005年3月6日逝> |
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| 074 |
栗原貞子 |
生ましめんかな |
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| 076 |
|
<座談会> |
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| 082 |
心かよいあう交流・ありがとう |
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| 082 |
丸屋博 |
大阪北生協組織部・中秀俊様へ |
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| 083 |
次家信紘 |
『ピカに灼かれて』終刊に寄せて |
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| 085 |
大阪北生協発行『平和へのメッセージ』より抜粋 |
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| 089 |
丸屋博 |
『広島医療生協.原爆被害者の会』と『韓国・陜川原爆被害者支部』との『姉妹結縁」 |
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| 092 |
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『陝州原爆被害者の会』との姉妹結縁の経過 |
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| 096 |
柳 永秀 |
〈私信〉丸屋会長! |
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| 097 |
井手本 護 |
ハプチョンに育つヒロシマのどんぐり・ほか=在韓被爆者の仲間たち= |
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| 106 |
大倉記代 |
想い出の「サダコ」 |
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| 114 |
舟橋喜恵 |
ご苦労様でした |
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| 116 |
青木克明 |
被爆六十周年によせて |
|
| 122 |
三戸雅史 |
NPT再検討会議要請代表団に参加して |
|
| 126 |
原爆被害者の会歴代事務局の思い出 |
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| 126 |
桶舍洋子 |
被害者の会と共に歩んで来た道 |
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| 130 |
小嶋章吾 |
ヒバクシャ思想の「語りべ」として |
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| 132 |
三好典子 |
ピカ終刊に寄せて |
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| 136 |
原爆被害者の会 現事務局の思い |
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| 136 |
三村正弘 |
M君のこと |
|
| 138 |
山路恭子 |
認定申請をめぐる私的思い |
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| 141 |
谷岡美紀 |
継承~祖母の手紙から~ |
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| 143 |
中野治子 |
次代を担う |
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| 148 |
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あとがき |
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止
『ピカに灼かれて―被爆体験記』(広島医療生活協同組合原爆被害者の会)<作業中>
発行状況
| 集 |
発行年 |
特集など |
備考 |
| 1 |
1977 |
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発行月日はすべて8月6日 |
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創刊号のタイトル=「炎の中の私」。2号から『ピカに灼かれて』。 |
| 2 |
1978 |
黒い雨の町の証言 |
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| 3 |
1979 |
子どもたちに平和な未来を |
|
| 4 |
1980 |
子どもたちに平和な未来を |
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| 5 |
1981 |
被爆二世を考える |
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| 6 |
1983 |
特集/被爆二世は今 |
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座談会 被爆二世問題を考える (桶舎洋子・小嶋章吾・菅三恵・名越由樹・西江久美子・深川宗俊・丸屋博) |
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生協原爆被害者の会役員会のひとこま 74
青原喜代三・桶舎洋子・加藤昭一・佐々木春三・佐々木雪枝・古田和三・丸屋博・渡辺瑩子 |
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| 7 |
1984 |
特集/安佐地域の被爆の傷痕めぐり |
|
| 8 |
1985 |
安佐地域の被爆の傷痕めぐり |
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| 9 |
1986 |
特集/ひろがる交流の輪 |
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| 10 |
1987 |
|
|
| 11 |
1988 |
|
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特集1 日本被団協「11月大行動」参加報告 7
特集2 国連軍縮特別総会参加報告 桶舎洋子 21
特集3 安佐地域の被爆の傷痕 37 |
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| 12 |
1989 |
特集・黒い雨の証言 |
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特集1 証言・黒い雨 |
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特集2 癌の早期発見・早期治療体験談 |
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特集3 生協原爆被害者の会第16回総会記念講演
加害者として、また被害者として 深川宗俊 72 |
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| 13 |
1990 |
特集1 今、なぜ「被爆者援護法」なのか? |
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特集2 生協原爆被害者の会第17回総会記念講演
被爆者の生きざまから学ぶこと 若林節美 98 |
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| 14 |
1991 |
特集・被爆45周年に被爆者援護法実現をめざす
10月中央行動参加報告集 |
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| 15 |
1992 |
特集1 被爆カメラマン松重美人氏の証言…松島美人 |
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特集2 被爆者援護法実現をめざす中央行動参加報告集 |
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| 16 |
1993 |
巻頭言 広島大学総合科学部教授 舟橋喜恵 2 |
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| 17 |
1994 |
特集
似島~被害と加害の跡を訪ねて~
『似島のこと』 西川洋一・6
この水を主人が飲んだかも
-念願かなって似島を訪ねる- 淋蒔絹子・11
似島で亡くなっていた娘 正本ハツ子・16
加害と被害の跡の凝縮するこの小さな島 井手本護・18
「似島」と僕の青春と 丸屋博・23 |
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-被爆五十周年を迎えるにあたって-―ヒロシマからのメッセージ
広島大学総合科学部数授 舟橋喜惠・62 |
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| 18 |
1995 |
表紙絵 四国五郎
短歌 蜂起・強制連行 深川宗俊 2
巻頭言アジアの中の広島 丸屋博 4 |
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特集
韓国平和の旅 加害の跡を訪ねて
韓国平和旅行 企画と実現 三好典子 58
四日間の韓国平和の旅 目見田武市 60
独立記念館で感じたこと 植松由紀子 63
詩・韓国の旅 淋蒔絹子 64
日本人被爆者と同じように補償を・・・・
韓国の被爆者に思いを馳せて 岡田八十吉 65
日本人のあまり行かないといわれる所に旅をして 桶舎洋子 67
改めて痛感する教育の重要さ 亀岡利子 71
外国から見たヒロシマ
これからの証言に活かして 河ロ修三 74
若者達にお願い 木下常登 75
忘れられない植民地の悪 井手本護 77
理解と協力を築きあげて行くことを
-被爆者として韓国で感じたこと- 丸屋博 87
往復書簡
通訳・案内人金清子さんへ 丸屋博 91
金 清子さんからの手紙 井手本護 93
金 清子さんへの返事 井手木護・95 |
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| 19 |
1996 |
詩 丸屋博 2 |
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特集
沖縄平和の旅 |
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| 20 |
1997 |
表紙絵 四国五郎
巻頭言 アメリカの臨海前核実験に想う 丸屋博 2
特別寄稿
岩村昇先生の紹介「生きるとは分かちあうこと、弱き者と」 丸屋博 8
小生とピカ・ドン 国際人材開発機構理事長 岩村昇 10 |
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原爆被害者の会、岩国基地見学
基地強化・居すわる殴り込み部隊 丸屋博 78
実現する基地拡張 綿崎直子 80
岩国市の町並 水田春枝 80
岩国に想う 土岐山憲司 82
岩国基地見学参加者の感想より 87 |
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| 21 |
1998 |
巻頭言 被爆者の責任を思う 丸屋博 2 |
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特集 〈毒ガスの島“大久野島”を訪ねて〉 71
毒ガス工場開設に至る大久野島の歴史 目見田武市 73
青い海の島へ 佐々木春子 74
戦争は人を殺す 真田正裕 75
雑考 土岐山憲司 76
「過ち」は原爆だけか? 井手本護 78
日中友好の礎のために-毒ガス後遺症のこと- 丸屋博 80
大久野島を訪ねて 淋蒔絹子 81
大久野島見学参加者の感想より 82 |
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特集〈中国・歴史と平和の旅 -被害者の会旅行記〉 83
一、初めての中国 湊アサエ 83
二、紫禁城にて 植杉文枝 84
三、盧溝橋 丸屋博 86
四、万里の長城 福井彩夫 87
五、西安を偲ぶ 渡部輝枝 89
六、兵馬俑抗 亀岡利子 90
七、華清池 丸屋博 92
八、大雁塔 それは西遊記ではじまった 加太恂 93
九、黄浦江雑感 瀧本清也 94
十、旅を終わって 97 |
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| 22 |
1999 |
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特集1〈県北の秘められた歴史〉~高暮ダム見学記~・60 |
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特集2〈核廃絶のひろがりと運動のために〉~大阪北部地区での被爆体験の語り部~ |
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| 23 |
2000 |
巻頭言 「劣化ウラン弾」という新しい「核兵器」 丸屋博 2 |
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特集1 〈海峡をこえて-在韓被爆者渡日治療-〉 |
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特集2 〈鶴よ羽ばたけ-子供達が作った「折り鶴の碑」-〉 |
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| 24 |
2001 |
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特集1〈被爆者、国境をこえて「結縁」〉 |
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特集2〈人間魚雷「回天」の基地へ〉 |
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| 25 |
2002 |
表紙絵四国五郎
巻頭言韓国・欧州のヒロシマを想う…丸屋博・2 |
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特別寄稿
原爆症認定、松谷勝訴後の取り組みと集団提訴について…青木克明・73 |
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特集〈在外被爆者に援護の手を〉 |
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被爆者はどこにいても被爆者…豊永恵三郎・79
在外被爆者にも被爆者援護法の適用を
在韓被爆者渡日治療広島委員会のとりくみ…牛尾美保子・86
渡日治療を受け入れて…桧垣陽子・89
被爆者援護法に思う…広瀬雪枝・92
韓国原爆福祉会館を訪れて…若藤コマコ・92
被爆者はどこにいても被爆者…水田春枝・93
李在錫裁判の勝訴を祈る…野崎スズ子・94 |
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| 26 |
2003 |
表紙絵四国五郎
巻頭言原爆許すまじ、戦争許すまじ…青木克明・2 |
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特集Ⅰ〈陝川「平和のどんぐり」記念植樹〉
「どんぐり」の実りを思う…丸屋博・44
三年の歳月一平和の「ドングリ」聾心植樹に参加して…野崎スズ子・47
1陜川を訪ねて…若藤コマコ・49
出会いの旅…亀岡利子・50
被爆者はどこにいても被爆者…水田春枝・53 |
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特集II〈黒い雨〉
あれから五十八年…曽里サダ子・54
黒い雨…原美智枝・57
黒く染まったハヤの群れ…笠井明子・58
母と安川を渡る…木本フミ子・60
降雨地域の見直し.拡大をめぐる「黒い雨の会」のとりくみ…渡辺力人・62 |
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| 27 |
2004 |
特集1〈在ブラジル被爆者を訪問して>…青木克明・50 |
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特集Ⅱ〈今、なぜ原爆症認定訴訟か〉…中野治子・60
死亡後に原爆症認定~佐々木春子さんの場合~…三村正弘・63
「負けるか」と思う…故佐々木春子・65
佐々木春子さんを偲ぶ…水田春枝・68
志賀笑子・68
長野サト子・69
野崎スズコ・70 |
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| 28 |
2005 |
発行月日:7月15日 終刊号 |
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止
広島平和記念資料館平和データベース検索 キーワード「松重美人」結果 (2023年1月15日現在)
止
松重美人
| まつしげ・よしと |
20130102生20050116没 |
享年92 |
中国新聞記者。写真家。 |
参考資料
〇宇吹メモの中の”松重”
〇広島平和記念資料館平和データベース検索 キーワード「松重美人」結果
止
宇吹メモの中の”松重”
| 年月日 |
【敬称略】 |
| 1978 |
|
| 0715 |
原爆被災写真撮影者の会。於YMCA。空、松重三男、岸田、川本、尾糠、北、松重美人、黒石、川本夫人。 |
| 0914 |
原爆被災撮影者の会。於YMCA。松重、佐々木、岸田、山本よしえ、松重三男、岸本、木村、川原、尾糠、深田。 |
|
広島原爆被災撮影者の会の初会合(宇吹メモ)
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| 1992 |
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| 0204 |
被爆建物等継承方策検討委員会の現地視察。石丸・宇吹・小原・椎木・空・平松・松重・横田の8人参加。マスコミ各社も取材。広島市役所-広島大学理学部-広島赤十字・原爆病院-広電変電所-旧陸軍被服支廠-広島銀行銀山支店-旧陸軍司令部通信室-本川小-レストハウス |
| 0714 |
河合護郎氏を励ます会。於広島グランドホテル孔雀の間。皇太子が宿泊している模様で多くの私服がいた。田中学長・蔵本所長・重松理事長など出席。河合の「幅広さ」が窺えた。****の挨拶はチャランポラン。荒木元市長に皮肉られていた。 |
|
河合励ます会(続)=石田明と松重美人から医学部の医師の住所を聞かれる。****から栗原擁立までの経緯を聞く。石田明が立つ動きもあった由。 |
| 0909 |
広島市被爆建物等継承方策検討委員会打ち上げ。於鯉城会館。庄野・松重・空・大牟田・石丸・椎木・横田・葉佐井・宇吹・浜井・黒川・川本・山路・小野。大牟田が、スライドを準備して今日までそのまま保存されているフランスのナチによる虐殺の村オラドールについて解説。 |
|
|
| 1994 |
|
| 0831 |
**(大阪朝日)より電話。オダネルが写したという写真に林の撮影したものが混じっていた。写真の再検討をしたいが、詳しい人物を紹介して欲しい。松重美人と原爆資料館の学芸員に当たるよう回答。 |
| 1210 |
留学生平和セミナー。感想=高橋のアメリカ批判、大牟田のアメリカと日本政府批判は、あれで良かったのか。留学生は、どう受け取るか。**の話では、スミソニアン問題は、平和文化センターに一切話が無い由。河合護郎・松重美人が律儀に参加していた。 |
| 1995 |
|
| 0210 |
米国スミソニアン協会航空宇宙博物館の特別展について意見を伺う会。出席者:高橋・坪井・松重・横田・庄野・川本・大牟田・宇吹。 |
| 1996 |
|
| 1108 |
**(NHK広島)より電話。「被爆の言葉」に関連し、橋の下を流れている死体の写真の提供があった。建築業者が解体した家にあったもので、所蔵者は亡くなっている。この写真を誰に見て貰えばよいかとのこと。松重の名前をあげる。 |
止
『特集 藤井日達猊下 白寿を祝う』(『サルボダヤ SARVODAYA 1983.8』23巻第8号通巻280号、日印サルボダヤ交友会、19830815)
| 頁 |
著者 |
タイトル |
備考 |
| 01 |
藤井日達 |
白寿 |
|
| 02 |
二之部耀智 |
藤井日達猊下との永き縁(えにし) |
|
| 6 |
鈴木顕雄 |
現代の遊行聖(ひじり) |
|
| 09 |
坂本徳松 |
ガンティーと日達上人の共通性 |
|
| 14 |
福田徳郎 |
猊下と父、そして私と |
|
| 19 |
森瀧市郎 |
私の決断を支えた日達上人の励まし |
|
| 24 |
難波宏正 |
日蓮宗門にとっての藤井上人の存在 |
|
| 28 |
沖原龍進 |
如法の師の教化を受けて |
|
| 30 |
中村瑞隆 |
同窓の先達の心に触れて |
|
| 33 |
S・G・クルカルニー |
再びわが祖父にまみえて |
|
| 39 |
奈良康明 |
藤井上人と個性的な弟子たち |
|
| 41 |
長弘毅 |
インド人にとっての藤井グルジー |
|
| 45 |
古瀬恒介 |
ガンディーと仏教 |
|
| 49 |
近江幸正 |
末法=現代人への限りなき慈悲行 |
|
| 53 |
江成洋 |
平和に献身する姿 |
|
| 56 |
吉田嘉清 |
日本の軍事大国化阻止のために |
|
| 62 |
押田成人 |
お題目の雷(いかずち) |
|
| 65 |
ナトゥマール・タティア |
宗教の深奥を極める一生 |
|
| 68 |
山折哲雄 |
藤井上人の「足」と「声」 |
|
| 72 |
丸山照雄 |
宗教界を超越した〈巨人〉 |
|
|
|
|
|
止
藤井日達(ふじい・ にったつ)1885年8月6日 生―1985年1月9日没<作業中>
日本山妙法寺の山主。1982年の国連軍縮特別総会に参加するなど平和運動に貢献。[77被爆国際シンポ日本準備委員会結成呼びかけ人]。[82推進連絡会議呼びかけ人]。『毒鼓(どっく)』(藤井日達、わせだ書房、1961.5.10)。『写真集 撃鼓宣令』 (柏樹社、19850528)
https://nipponzanmyohoji.org

止
『「核」に立ち向かった人びと』(岩垂弘、日本図書センター、20050425)
内容
| 頁 |
名前 |
職業など |
メモ |
|
| 007 |
武藤宏一 |
会社員 |
第五福竜丸を守った一市民 |
|
| 021 |
|
|
「死の灰」と闘った科学者……………三宅泰雄(地球化学者) |
|
| 031 |
安井 郁 |
原水協理事長 |
人道的運動を目指し、統一にも腐心 |
|
| 041 |
田島瑞泰 |
日本山妙法寺僧侶 |
デモの先頭に立った「基地坊主」 |
|
| 049 |
ペギー・ダフ |
平和運動家 |
運動の国際化と統一に不滅の足跡 |
|
| 059 |
長岡弘芳 |
詩人 |
原爆文献の収集に執念燃やす |
|
| 067 |
大友よふ |
地婦連会長 |
「踏まれても蹴られても」 |
|
| 077 |
松本広治 |
中小企業経営者 |
産業界からあげた反核平和の声 |
|
| 085 |
田村 清 |
医師 |
反権力を貫いた「赤ひげ」 |
|
| 095 |
熊倉啓安 |
平和委員会代表理事 |
統一に殉じた平和活動家 |
|
| 107 |
鈴木正次 |
原水禁総務部長 |
「原爆ゆるすまじ!分裂ゆるすまじ!」 |
|
| 119 |
中野好夫 |
評論家 |
反核平和の実践に徹した知識人 |
|
| 133 |
古在由重 |
哲学者 |
「思想は冷凍保存をゆるさない」 |
|
| 147 |
陸井三郎 |
評論家 |
戦争体験を背負ったフィクサー |
|
| 159 |
中林貞男 |
日本生協連会長 |
生協運動と平和運動を結ぶ |
|
| 171 |
久保 文 |
翻訳家 |
「暗い時代」の記憶をバネに |
|
| 183 |
草野信男 |
病理学者 |
生涯を決めた被爆直後の広島調査 |
|
| 197 |
内山尚三 |
法政大学教授 |
学徒出陣の生き残りとして |
|
| 207 |
忘れ得ぬ人びと 三十二人の点描 |
|
|
伊東壮 |
被団協代表委員 |
|
|
|
畑中政春 |
原水協代表理事 |
|
|
|
森滝市郎 |
原水禁代表委員 |
|
|
|
新井則久 |
全逓副委員長 |
|
|
|
磯村英一 |
核禁会議議長 |
|
|
|
藤井日達 |
日本山妙法寺山主 |
|
|
|
吉野源三郎 |
評論家 |
|
|
|
新村猛 |
名古屋大学名誉教授 |
|
|
|
今堀誠二 |
広島女子大学学長 |
|
|
| 239 |
|
核問題関連年表 |
|
|
| 280 |
|
参考文献 |
|
|
| 281 |
|
あとがき |
|
|
|
|
|
|
|
止
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。