レツルの黙示録

『レツルの黙示録』(オルガ・ストルスコバ著・佐々木昭一郎訳、日本放送出版協会刊)

内容

プロローグ 7
手紙1 地球の反対側から 12
手紙2 日本の生活 17
手紙3 ケンとホラ 23
手紙4 ハナとの出会い 32
手紙5 芸者 39
手紙6 広島県物産陳列館 47
手紙7 養女ハナ 55
手紙8 マツコ 65
手紙9 チェコの兵士たち 74
手紙10 帰郷 81
手紙11 故郷の友 91
手紙12 大戦の爪あと 100
手紙13 ハナの結婚 110
手紙14 また、日本へ 121
手紙15 ケンとの再会 130
手紙16 大学の崩壊 138
手紙17 誘惑 149
手紙18 関東大震災 159
手紙19 エリシカの恋 169
手紙20 ふるさと喪失症 179
手紙21 レツルの黙示録 188
エピローグ 196
あとがき 203
訳者あとがき 208

 

松下正寿

松下正寿

まつした・まさとし 19010414生19861224没 享年85歳 元立教大学総長、元参議院議員。核禁会議議長。1957年に特使として渡英、英に核実験中止を訴え。

三村明

三村明

みむら・あきら 19010106生19851223没 享年84歳 映画撮影監督。被爆直後、米戦略爆撃調査団の映画班に加わる。『聖林からヒロシマへ 映画カメラマン・ハリー三村の人生』(工藤美代子、晶文社、19850222)

聖林からヒロシマへ 映画カメラマン・ハリー三村の人生

『聖林からヒロシマへ 映画カメラマン・ハリー三村の人生』(工藤美代子著、晶文社、1985/02/22)

内容

1 38年前の「その翌日(ザ・デイ・アフター)」 ―バンクーバー・1983年11月 9
2 ハリーと呼ばれた日本人 ―東京・1984年1月 22
3 鏡の向こうのキャメラマン  ―東京・1984年2月 36
4 聖林(ハリウッド)への道 49
5 映画の黄金の都 82
6 サナラ、聖林(ハリウッド) 112
7 日本映画が若かったとき 122
8 アトミック・バム! 158
9 日本の草が再びグリーンになる前に 170
10 アメリカ戦略爆撃調査団の日々 189
11 キャメラを静かに手離す日 211
12 二人のハリー  ―バンクーバー・1984年10月 224
あとがき 229
参考文献 232
三村明・撮影作品目録 234

千田夏光

千田夏光

せんだ・かこう 19240828生20001222没 享年76歳 作家。『赤旗』に小説「終焉の姉妹」を連載。

資料年表:千田夏光

年月日
1924
0828 大連に生まれる。
1984
0815 『筆の涙 被爆者横山雪さんの手紙』(千田夏光著、汐文社)
1990
0510 『錠光如来 今なおピカの火を守る男』(千田夏光著、汐文社) GU
2000
1222

大田堯

大田堯

23 19180322生20181223没 大田堯 おおた・たかし 享年100歳 元日本教育学会会長。「平和・軍縮教育-3つの視点- 大田堯 121」(『世界の平和・軍縮教育 1982年国際シンポジウム報告書』WCOTP、日教組報告書編集委員会編、勁草書房)

資料年表:大田堯

年月日 事項 備考
1918
0322 誕生。広島県本郷町(現・三原市)
2018
1223 死亡。

平田嘉三

平田嘉三

ひらた・かぞう 20081223 享年83歳  文部省初等中等教育局教科書調査官。広島大学教育学部教授。1980年12月15日、家永教科書裁判第一次訴訟第二審で国側証人として出廷(東京高裁)。「洗礼という言葉には、人を祝福するニュアンスがあり、原爆という悲惨な事実を示すにはなじまない。教科書では主観的・比喩的表現は避けた方がいい」。(浪本勝年「第1次教科書訴訟控訴審の審理過程」)。

資料年表:平田嘉三

年月日 事項 備考
1925
0528 誕生(広島県尾道市)
1980
1215 家永教科書裁判第一次訴訟第二審で国側証人として出廷(東京高裁)。「洗礼という言葉には、人を祝福するニュアンスがあり、原爆という悲惨な事実を示すにはなじまない。教科書では主観的・比喩的表現は避けた方がいい」。(浪本勝年「第1次教科書訴訟控訴審の審理過程」)。
2008
1223 死亡。享年83歳
2009
0112 「教育 反射鏡」(『中国新聞』)
寺脇研「広島時代の大恩人 慈愛溢れる姿忘れぬ」

 

乙羽信子

乙羽信子

おとわ・のぶこ 19241001生19941222没 享年70歳 女優。映画「原爆の子」に出演。1978年1月新藤兼人と結婚。

藤田雄山

藤田雄山

ふじた・ゆうざん 19490419生20151218没 享年66歳 広島県知事。1993年11月~2009年11月。

 

資料年表:藤田雄山

年月日
1949
0419 誕生。
1993
11 広島県知事(1993年11月~2009年11月)。
2015
1218

片岡脩

片岡脩

かたおか・おさむ 生19971221没 享年65歳 グラフィック・デザイナー。旧制広島一中1年生の時、原爆に被爆。「被爆者デザイナー故片岡脩さん制作平和ポスター託す 広島市立大に106枚(田原直樹記者)」(『中国新聞』2008.7.26)

渡辺鼎

渡辺鼎

20 ****生19831220没 渡辺鼎 わたなべ・かなえ 93 広島大学文学部長。[50ヒロシマ・ピース・センター建設協力者]。[52広島平和問題談話会]。[54世界平和集会世話人(発起)]。原水禁世界大会(1955年)開催に貢献。

資料年表:早坂暁

資料年表:早坂暁<はやさか・あきら><作業中

年月日 事項 メモ
1929
0811 生。本名:富田祥資(とみた・よしすけ)。
1983
1225 早坂暁『夢千代日記』(大和書房)
1987
0125 『夢千代日記』(新潮文庫)
1992
0710 『原爆の日特集番組 平成4年度』(NHK広島放送局)
<全国放送番組>(8/6・ラジオ第一)
ラジオ特集
「21世紀に託すヒロシマの心」 9
~対談 早坂暁・樹木希林~
1999
0129 『夏少女』(あびプロダクション)
2003
1105 『夢千代日記』(早坂暁、新風社)
2005
0730 『あの日 昭和20年の記憶 終戦60年企画 上』(NHK「あの日 昭和20年の記憶」取材班、日本放送出版協会)
昭和20年1月6日 早坂暁
2006
0320 『あの日 昭和20年の記憶 終戦60年企画 下』( NHK「あの日 昭和20年の記憶」取材班、日本放送出版協会)
 昭和20年8月23日 早坂暁(作家、当時16歳・山口 海軍兵学校防府分校から帰郷)
2008
0806 『ヒロシマ原爆の絵日記』(早坂暁編集、名柄尭絵と文、名柄敏子付録手記、勉誠出版)
2010
1220 『広島県現代文学事典』
「早坂暁」(森本穫執筆。Pp.404-405)
2017
1216 没。享年88歳
2019
1007 『この世の景色』(早坂暁著、みずき書林)
第5章 戦争と原爆 153
春子の人形 154
女相撲 160
ホマエダ英五郎 172
ピカドン 178
大正屋呉服店 183

 

はやさか・あきら 海軍兵学校在学中に終戦。被爆直後の広島の惨状を目撃。脚本家・作家。「夢千代日記」シリーズなど。「市民が描いた原爆の絵」 を陶板画の碑にして広島市内に建立する運動を提唱(『中国新聞』2002.2.22)。

竹下虎之助

竹下虎之助

たけした・とらのすけ 19240806生20081216没 享年84歳 広島県知事(1981-1993年)。「評伝竹下前広島知事」(『中国新聞』20081217、桝田勲・記)

資料年表:竹下虎之助

年月日
1924
0806
作業中
1981
**** 広島県知事
2008
1216
1217 「評伝竹下前広島知事」(『中国新聞』桝田勲・記)

小磯良平

小磯良平

こいそ・りょうへい 19030725生19881216没 享年85歳 洋画家。1950年8月予定の広島市平和祭(直前に中止)のポスター原画を制作。

山瀬明

山瀬明

やませ・あきら 20071215没 享年81歳 『山瀬明さんを偲んで』(2008.2.2)=「故山瀬明さんを偲ぶ会 於.光徳会館」での配布資料。

資料年表:山瀬明<作業中

年月日 事項 備考
1926
**** 広島市本柳町生まれ。
2007
1215 死去。享年81歳
2008
0202 『山瀬明さんを偲んで』

関寛治

関寛治

せき・ひろはる 19270331生19971215没 享年70歳 元広島大学平和科学研究センター長。

資料年表:関寛治

年月日 事項 備考
1927
0331 東京府生まれ
1967
 1006  『戦争と平和の社会心理学 年報社会心理学第8号』(日本社会心理学会編、勁草書房)  G
 特集II 「戦争と平和」研究の方法:その若干の実例
シミュレーションとゲーミング 関寛治 83
 1968
 1201  『平和研究論集 Ⅱ』(日本平和研究懇談会事務局)   G
 第Ⅱ部
シュミレーションとゲーミング  関寛治…91
1969
 0201  『危機の認識』(関寛治著、福村出版)   G
 0820  『現代の戦争と平和の理論 岩波新書』(A・ラポパート著、関寛治訳、岩波書店)
 1970
 0101  『現代における平和への条件-1970ヒロシマ会議』(「世界」編集部編、ヒロシマ会議委員会刊)  G
 市民会議Ⅱ ヒロシマとは何か 小黒薫
ヒロシマの世界化に向って-本会議の討論をふりかえる- 関寛治
 <作業中
1997
1215 死亡。

清水栄

清水栄

しみず・さかえ 生20031213没 享年88歳 京都大学名誉教授。「清水栄日記 昭和20・8・6~12・7」(『広島県史 原爆資料編』pp.521-551)

 

資料年表:清水栄<作業中

年月日
誕生
1972
0331 『広島県史 原爆資料編』(広島県刊)
「清水栄日記 19450806~1207」pp.521-551
2003
1213
2004
0201 「清水栄さん ビキニ水爆実験を突き止めた京大名誉教授」『中国新聞』(20040201)

 

 

任都栗司

任都栗司

にとぐり・つかさ 生19881211没 享年91歳 『任都栗司資料目録(原爆被爆者援護関係)』(広島市公文書館、19880630)。元広島市議会議長。

資料年表:任都栗司<作業中

年月日 事項
1897
06 広島市平塚町生まれ。
1954
0625 『ながれ』(村上哲夫著、19540625刊)pp.631-632 U
「都市計画の権威 任都栗一興 広島市復興審議会会長」
 1958
 0301  トルーマン前米大統領宛任都栗司書簡(1958年3月1日付)
1961
0330 『戦傷病者戦没者遺族等援護法の一部改正に関する陳情書』(自由民主党広島県連、広島市原爆被爆者協議会) G
自由民主党広島県連被爆者援護対策特別委員長
広島市原爆被爆者協議会会長 任都栗 司
1231 『原爆医療法に関する政令中二粁の制限撤廃陳情書』(自由民主党広島県支部連合会、被爆者援護対策特別委員会、広島市原爆被爆者協議会) G
自由民主党広島県支部連合会
被爆者援護対策特別委員会
広島市原爆被爆者協議会
任都栗 司
1964
0531 『原爆被爆者援護強化対策に関する説明資料』(広島市長 浜井信三、長崎市長 田川務、広島市議会議長 堀江守、長崎市議会議長 住田政之助、広島・原爆被爆者援護強化対策協議会会長 任都栗司) G
1976
0715 『山田節男追想録』(山田節男追想録刊行委員会) G
広島市原爆被爆者団体代表 任都栗司…33
1982
0331 『広島新史-資料編Ⅱ(復興編)』(広島市編) G
広島平和記念都市建設法の住民投票における浜井市長・任都栗市議会議長の訴え 251
2007
0331 『受贈資料目録Ⅱ 広島市公文書館所蔵資料目録 第37集』(2007/03/31) G
市政・教育関係資料…1
市政・被爆者援護関係資料(任都栗司氏資料)…3
2011
0312 『広島市民球場の記憶 増補』(広島市郷土資料館) G
任都栗市議による球場建設の動き 53