広島市爆撃ニ関スル報告(三村剛昴・佐久間澄・上野義夫)

広島市爆撃ニ関スル報告(三村剛昴・佐久間澄・上野義夫)

内容<作業中

1 本研究室二於テ調査セル事項
2 聴取資料ノ一、二例
1 広島女学院専門学校赤松某(海田市町、安芸地方事務所ニテ)・・・・
2 市立高専講師平原栄治・・・・
3 佐久間助教授
sakuma01
判断
付記
1 本爆弾ノ真相ヲ確ムル上ニ

資料年表:佐久間澄

資料年表:佐久間澄<作業中

年月日 事項 備考
1910
1002 誕生。
1941
**** 広島文理大(母校)助教授。
1945
 08  「広島市爆撃ニ関スル報告」(三村剛昴・佐久間澄・上野義夫)
 『広島県史 原爆資料編』(19720331)所収<pp.389-392>
1953
 0806  『広島平和問題談話会会誌 平和問題 第2号』(広島平和問題談話会)
 佐久間澄「原子力問題の諸相」
 1954
 0215  『風のように炎のように-峠三吉追悼集』(峠三吉追悼集出版委員会・われらの詩の会編、刊)
//佐久間澄「 想い出」/
 1955
0310 『広島教育 No.49 1.2月号』(広島県教職員組合事業部)
原子力発電所建設に関する諸問題 佐久間澄 94
1956
0601 『水爆と人類(原水爆禁止のために1)』(佐久間澄、原水爆禁止広島協議会)
1008 『高校生による原爆資料紹介の会(仮称)活動報告』(広大教育学部附属高等学校)
1957
0801 『広島教育 No.79 8月号』(広島教育会館出版部)
きれいな水爆は果たしてきれいか 広大理学部 佐久間澄 66
1958
 0331  『広島に於ける被爆調査-文献抄録』(広島県医師会原爆医療特別委員会調査部)
 Ⅰ 理学篇
3)佐久間澄(広大,理学)庄野直美(広女大)小川修三(広大,理学)広島原爆の物理学的効果 4
1967
0801 『老いと怒りと 第2集 』(吉島被爆者の会)
推せんのことば 佐久間澄 3
0806 『壁 1968.8.6 未解放部落原爆被爆者の手記 差別と貧困の中から』(福島地区被爆者の会)
 1101  『原水爆禁止科学者会議の記録 第2回』(第2回原水爆禁止科学者会議準備委員会事務局)
 第3分科会 被爆者問題
原爆被爆者援護の歴史と課題 佐久間澄 75
1969
 1120  『平和運動20年記念論文集』(日本平和委員会編、大月書店)
平和委員会20年の想い出ところどころ 佐久間澄 409
以下 <作業中
 1971
0101 『原水爆禁止世界大会の記録 第17回 – 2』(原水爆禁止日本協議会)
0701 『原水協通信 71 7月号』(原水爆禁止日本協議会)
佐久間澄 「広島における原爆死亡者の新しい資料について」 5
 広島大会第1日(本会議開会総会) 8月5日…1
日本原水協報告 佐久間澄 3
1975
0804 『木の葉のように焼かれて 第9集』(編集委員会、新日本婦人の会広島県本部)
すいせんのことば 佐久間澄 5
1976
0720 『あさ 12号』(山下会)
いまこそヒロシマの声を―佐久間澄先生を囲んで― 6
1001 『政治経済セミナー 10月号 第926号』(政治経済セミナー社)
日本共産党佐久間澄ら五人原爆のお陰で光栄に浴す! 43
 1977
0701 『地域と科学者 第4号 被爆・核・広島特集』(日本科学者会議広島県支部)
核問題の現状と将来 佐久間澄(15)
1978
0801 『文化評論 No.208 1978年08月』(新日本出版社)
核兵器全面禁止への新しい課題を語る
金子満広 佐久間澄…62
1979
0520 『平和教育運動 No.5』(日本平和教育研究協議会編、広島平和教育研究所出版部)
<今日の核と平和問題>佐久間澄「核をめぐる状況と核時代の平和教育」 219
0601 『平和運動 No.128(通巻443号)』(日本平和委員会)
79年 近づく8月に想う 2
広島で 佐久間澄 2
長崎で 森正雄 5
1980
0710 『学習討論資料 No.2』(原水爆禁止日本協議会)
二、学習・討論集会の記録-17
主催者あいさつ 佐久間澄-18
 0919  『原水爆禁止日本協議会結成25年記念パンフ』(原水爆禁止日本協議会)
二十五年の運動の成果に立って 佐久間澄
1982
**** 『記録・82年 平和のためのヒロシマ行動』(82年・平和のためのヒロシマ行動広島実行委員会)
1983
0221 『原爆瓦は語りつづける 原爆犠牲ヒロシマの碑建設の記録』(「原爆犠牲ヒロシマの碑」建設委員会)
原爆瓦が語るもの 佐久間澄 13
1984
0725 『あさ 18号 終刊号 』(山下会)
『あさ』終刊に深い感慨をこめて 佐久間澄……87
1991
0928 佐久間澄死亡。享年80歳。
1992
0301 『平和教育研究 広島平和教育研究所・年報 Vol.19 1992.03』(広島平和教育研究所)
佐久間澄先生の死を悼む 庄野直美 74
0405 『日本物理学会誌 47 (4), 326- 』( 日本物理学会)
小川 修三「佐久間澄教授のご逝去を悼んで」
0725 『木の葉のように焼かれて 第26集』(新日本婦人の会広島県本部)
佐久間澄先生を偲ぶ 湯川寛子 39
1993
 1001  『落暉燃ゆ 廣島高等学校創立七十年記念誌』(廣高七十年誌編集委員会編、廣島高等学校同窓会)
 〈特別記載〉
細川藤右衛門教授の最後―『生死の火』理論研被災記から― 故 佐久間澄(広大名誉教授)…546
2016
02 佐久間澄関係文書目録』(広島大学文書館、責任編集:平下義記)
 解題…ⅰ

凡例…ⅳ
1.書類…1
(1)原水爆禁止協議会 (2)世界平和評議会 (3)被団協 (4)原爆・被害調査
(5)平和と学問を守る大学人の会 (6)被爆者援護 (7)科学者会議 (8)核兵器
(9)原子力発電 (10)日中友好協会 (11)民主主義をまもる全国学者・研究者の会
(12)平和学会 (13)平和教育研究所 (14)その他
2.原稿…21
3.新聞・スクラップ…23
4.小冊子…25
5.定期刊行物…29
6.書籍…39
責任編集 平下義記

 

 

28 1991 佐久間澄 さくま・きよし 80 広島県原水協理事長・同県被団協理事長。広島大学構内で被爆。お宅で面談、資料を閲覧。<資料年表:佐久間澄>

資料年表:升川貴志栄

資料年表:升川貴志栄(ますかわ・きしえ)<作業中

年月日
1898
**** 誕生
1961
0615 『ひろしまの河 NO.1』(原水爆禁止広島母の会)
升川貴志栄「16年後の2人の娘からの手紙」
0801 『ひろしまの河 NO.2』(原水爆禁止広島母の会)
座談会「被爆体験と今日の私たち」出席者=永瀬清子・林田みや子・西隅幸枝・日詰しのぶ・斉藤冨美江・森滝市郎・山口勇子・小西信子・升川貴志栄・藤井ゆり
1962
0801 『ひろしまの河 NO.5』
[座談会]「被爆17年の市民感情の方向―ABCCを中心に」出席者=森滝しげ子・小西信子・升川貴志栄・前田登美子・」竹内美代子・正田篠枝・日詰しのぶ(まとめ)栗原貞子
1201 『ひろしまの河 NO.6』
 升川貴志栄「松の木」
 1963
1220 『ひろしまの河 NO.6』
升川貴志栄「癌で亡くなった主人を偲びて」
1965
0101 『ひろしまの河 NO.11』
升川貴志栄「山本さんと益子さんの縁」
1966
0301 『ひろしまの河 NO.13』
升川貴志栄「思いだすままに」
0801 『ひろしまの河 NO.13』
升川貴志栄「病床譜」
1967
『ひろしまの河 NO.15』
0801 升川貴志栄「美濃綾子さんを悼む あれから21年目」
 1968
 0801  『ひろしま 平和の歩み』(広島平和文化センター編、広島市)
 一〇、市民による特殊な平和活動 79
原水禁広島母の会
会誌「ひろしまの河」発行
 1972
0720 『ひろしまの河 NO.15 復刊1号』
私の体験記 升川貴志栄ほか
<奥付の発行所>広島市尾長町****升川貴志栄方 原水爆禁止広島母の会
1976
0920 死亡。享年78歳。

 

考えるとは乗り越えることである 好村冨士彦遺稿・追悼集

『考えるとは乗り越えることである 好村冨士彦遺稿・追悼集』(好村冨士彦遺稿・追悼集刊行委員会、三元社、2003/09/15)

著者
栗原貞子 はじめに「亡き人と共に生きよう」 13
1 道しるべとなった人びと 15
好村冨士彦
『原爆詩集』の成立に立ち会う 19
佐々木基一さんのプロフィール 22
ブロッホ『希望の原理』の完訳刊行に寄せて 38
アウシュヴィッツ・ヒロシマ以後 42
『ベンヤミン著作集』の翻訳完結に寄せて 51
橋川兄弟を偲んで 55
追悼 野村修氏 57
2 中高・療養時代 61
好村滋洋   兄、冨上彦と育った思い出 63
久保隅哲彦  彦やん―好村冨士彦さんの思い出 70
渡辺晋    好村君、また会いましょう 75
幾田篤    好村冨士彦君の思い出 77
御庄博実   朝鮮戦争下で、青年詩人好村冨十彦氏を知る 81
好村俊子   兄を偲んで―峠三吉の詩を朗読する 86
福島正純   好村さんの思い出 96
好村俊子   今は亡き冨土彦兄ちゃんへ 98
幸・ランメル 兄、好村冨十彦を偲ぶ 100
梅本丈夫   ヒコちゃんを送る従兄弟の心 102
好村冨士彦
原爆文学はかけがえのないメッセージ―ヒロシマ・ナガサキの文学 104
峠三吉との出会い 109
反核の詩人峠三吉―没後30年に思う 111
死者はいつまでも若い 114
朝倉勇 峠三吉をめぐっての好村冨士彦と僕―その青春と晩年 118
好村冨士彦
疎遠なシステムと化したわがふるさと東京 146
社会科学への目開く 147
好村玲子 好村との出会いから 149
3 早大時代 155
好村冨士彦
クラス・ノートに一番手として 157
野口武彦    風薫る五月 159
山田和明    60年安保、非暴力、好村さん 160
三木實     若かったあの季節の私たち 165
岡田浩平    好村さんの学生時代 169
小峰(千葉)紀雄 いつまでも若い好村さん 180
下重光正    好村さんありがとう 182
好村冨士彦   美しき惑いの年―独文始末記 187
松代洋一    好村さんのこと 192
荒武俊子    柳に雪折れなし―好村夫妻 194
鈴木泰子    うれしい再会 195
巳之口武    心やさしき畏友 196
好村冨士彦
中島教論 200
中島敦とカフカ 235
トーマス・マンと初期の作品―『トリスタン』を中心に 242
ハウゼ楽団のこと 246
川田喜信 「風の会」の頃 250
網本喜美 想い出すこと 254
好村冨士彦
父親となって 256
安保後の風潮について 257
船戸満之 好村さんとブロッホ 261
竹下史郎 申し訳ありません 263
4 日大時代 265
和田正信 好村さんとの「人間的信頼関係」 267
佐々木稔 風の中の旅人 269
三橋俊明 好村冨士彦と無尽出版会 271
好村冨士彦
不可視の渦の原点へ―日大闘争総括のための一視座 276
エドゥアルト・フックス―無名の大衆芸術への愛着 308
フックス『エロティック美術の巨匠たち』について 312
5 京大時代  315
小寺昭次郎 好村さんを思う 317
徳永恂   「匙」の頃―ユートピアはあったか 319
小岸昭   好村さんの風景 324
池田浩士  オルガナイザーと転向 326
好村冨上彦
ユートピアは確かにあった 333
最新エッセイ事情―行方不明になった「冒険の精神」 340
ヴィリ・ミュンツェンベルク―ある革命的ジャーナリストの生と死 349
片岡卓三  京大時代の好村先生 370
栗原幸夫  三賢人の「星座」にかこまれて 372
左佐木朋子 好村先生との出会い 374
河田育子  本当の思想を持っていた人―好村冨士彦先生の思い出 376
好村冨士彦
花田清輝―作家案内 380
宮内豊 淡々として水の如くに 388
6 広島時代 391
針生一郎  文化運動思想家の横顔 393
伊藤成彦  好村さんの近代=原爆文明への危機意識 396
原時彦   交友抄 398
好村冨士彦
原民喜を語る 400
文沢隆一 かれとヒロシマとのかかわり 401
小久保均 内なる友の死 405
好村冨士彦
「被爆の原点・広島からの呼びかけ」の会について 408
占浦千穂子 好村先生の思い出 418
伊藤真理子 好村冨士彦さんのもうひとつの仕事 420
池田正彦  「文学資料保全の会」のことなど 423
柴田幸子  好村先生を偲んで 425
好村冨士彦
詩集『銀杏の木への巡礼』が生まれるまで 429
森下弘   優しい眼差し 432
石嵜英子  好村先生との出会い 433
森安二三子 その目配りの優しさ 434
武谷田鶴子 好村先生は美男子だった 436
沼田鈴子  好村冨士彦先生を偲んで 438
寺島洋一  好村冨十彦さんと詩集『難民』の望月久 439
藤本仁   好村さんを悼む 441
山田夏樹  意志の人・行動の人 442
杉原助   座り込みをともにして 444
横原由紀夫 世界観を広げてくれた人 446
木原省治  肩から感じた温もり 448
小畑弘道  「つぶあんの会」のこと 449
高原泰五  療友 好村冨士彦君の思い出 451
高藤茂   間接的な事柄が縁となった 453
好村冨士彦
『行李の中から出てきた原爆の詩』の刊行にいたるまで 457
ホーマン君のこと 466
7 広大・東亜大時代 469
脇坂豊  追悼 好村君 471
松元寛  好村さんに 472
杉山毅  心優しい行動者 474
水島裕雅 好村さんを想う 476
桜井醇児 「フェニックスの会」のメンバーとして 479
好村冨士彦
文学に見る平和の諸相 485
ブレヒトの仕事と思想より―危機的状況における文学 495
金森誠也  好村さんの思い出 509
岡本三夫  非凡な人間の非凡な生活スタイル 511
西村雅樹  好村先生を偲んで 513
島谷謙   好村先生の思い出 515
成定薫   ブレヒト『ガリレイの生涯』を介して 516
戸田吉信  遅きに失したが… 517
及川道比古 希望は裏切られることがある―『ブロッホの生涯」を担当して 520
原千史   テュービンゲンでの好村先生 525
安井榮一  好村先生と私の「奇妙な」関係 526
窪俊一   しなやかな枯れ木 530
占川千家  「笑い猫」 532
増本浩子  傍流の弟子 533
大野寿子  執念のドイツ語習得術―その影に隠されたあの一言 537
舩木篤也  「貴君の翻訳を楽しみにしています」 542
小田智敏  好村先生と音楽 544
好村冨士彦
ベラ・バルトークについて 549
わがストレイ・シーブたち 550
山本泰生  「直」の人 553
中川浩史郎 好村さんとの思い出に寄せて 554
浜村篤   教育者 好村冨士彦 558
清水洋子  好村冨士彦先生の思い出 559
竹本勝久  記憶と記録に残すこと 561
金田晋   好村冨士彦さんへの思い出つれづれ 563
米田綱路  好村冨士彦氏と「いまだ・ない」の哲学 566
好村冨士彦
総合雑誌批評 574
回顧と反省  594
好村冨十彦 年譜 600
好村冨士彦 原稿初出一覧 603
好村冨士彦 主要著・訳書一覧 606
追悼文 寄稿者一覧 608
あとがき 岡田浩平 610

資料年表:好村冨士彦

資料年表:好村冨士彦<作業中

年月日 事項 備考
1931
0821
 1979
 0401  『未来はここから始まる ヒロシマ詩集』(栗原貞子著、詩集刊行の会)
 好村冨士彦「 野蛮の根っ子を撃つ詩」 87
 1981
1001 『平和を研究する』(広島大学放送教育実験実施委員会)
第5回 文学に見る平和の諸相 好村冨士彦 11月8日(日)37
第6回 危機的状況における文学(2)-ブレヒトの仕事と思想より- 好村冨士彦 11月15日(日)49
1982
0701 『平和文化 第36号』(広島平和文化センター)
軍縮特別総会失敗の背景
国際文学者平和会議に参加して
広大助教授 好村冨士彦
1110 『ヒロシマ・ナガサキの証言’82秋 第4号』(石田明・浜崎均編、広島・長崎の証言の会)
反核文学から 好村冨士彦 130
1983
0801 『日本の原爆文学 15 評論/エッセイ』(「核戦争の危機を訴える文学者の声明」署名者編、ほるぷ出版)
 好村冨士彦「反核の詩人 峠三吉」508
0901 『平和文化 第43号』(広島平和文化センター)
アジアの人々にも納得できる平和運動を
日本人に求められる加害者としての自覚
広島大学教授 好村冨士彦
0901 『真樹  第54巻第9号』()
ゆるぎない反核の意志 広島大学教授 好村冨士彦 63
1121 『反核と第三世界 文学者は訴える 岩波ブックレット No.26』(伊藤成彦 [ほか]編、岩波書店)
編集委員:伊藤成彦 井上ひさし 大江健三郎 小田実 鎌田定夫 木下順二 小中陽太郎 好村冨士彦 中野孝次 夏堀正元
1986
0120 『安芸文学(安藝文学) 52号』(安芸文学同人会編集事務局)
鬼哭を聞く作家・大田洋子/好村冨士彦 9
1990
0101 『広島平和科学 13  1990年』(広島大学平和科学研究センター)
原爆詩人峠三吉の文学資料保全の試み
好村冨士彦……1
0331 『峠三吉資料目録』(広島市立中央図書館)
好村冨士彦氏寄贈資料…206
0801 『行李の中から出てきた原爆の詩』(広島文学資料保全の会編、暮しの手帖社)
解説 好村冨士彦 216
1992
1101 『平和文化 第98号』(広島平和文化センター)
原爆文学はかけがえのないメッセージ~ヒロシマ・ナガサキの文学~ 広島大学文学部教授 好村冨士彦
1996
0101 『銀杏の木への巡礼 = Pilgrimage to a gingko tree』(森下弘、ジョン・ブラッドリー、エドワード・A・ダカティ詩、石嵜英子訳、ワールド・フレンドシップ・センター刊)
 好村冨士彦「緒言」
1999
0820 『梶葉かじのは 梶山季之文学碑記念 通巻7』(「梶葉」刊行委員会(梶山季之文学碑管理委員会))
佐々木基一さんのプロフィール
-佐々木基一記念文庫公開講演会 好村冨士彦 117
2002
0919 没。享年71歳
2003
01 『第九条の会ヒロシマ会報 第36号』
10、好村冨士彦さんを偲ぶ 栗原貞子 久野成章
0915  『考えるとは乗り越えることである―好村冨士彦遺稿・追悼集』(好村冨士彦遺稿・追悼集刊行委員会、三元社)
2008
 0701  『くずれぬへいわを 峠三吉を語る 広島に文学館を!市民の会ブックレット Vol3』(広島ミニコミセンター編、広島に文学館を!市民の会刊)
 『原爆詩集』の成立に立ち会う 好村冨士彦 96
ガリ刷りの『原爆詩集』 四國五郎 91
(解説)峠三吉の遺稿「生」について
「ちちをかえせ」が成立するまで 好村冨士彦 96
2010
 1220  『広島県現代文学事典』(植木研介・記)
 2013
 0930  『佐々木基一全集10 佐々木基一研究・補遺』(佐々木基一著・佐々木基一全集刊行会編纂、河出書房新社)
 佐々木基一さんのプロフィール 好村冨士彦 120

 

好村冨士彦

好村冨士彦

こうむら・ふじひこ 19310821生20020919没 享年71歳 広島文学資料保全の会代表。『広島県現代文学事典』(植木研介・記)『考えるとは乗り越えることである―好村冨士彦遺稿・追悼集』

資料年表:秋信利彦

資料年表:秋信利彦<作業中

年月日
1935
**** 誕生
1991
0806 『志あるところ必ず道あり』(大原亨追悼録・遺稿集発行編纂委員会)
衆議第一議員会館215号室 素顔の大原さん 秋信利彦 71
2002
1007 『ヒロシマから、ヒロシマへ 大牟田稔遺稿集』(「大牟田稔遺稿集」刊行委員会、溪水社)
大牟田さんと「きのこ会」―解説に代えて 秋信利彦 33
2010
0915 死亡。
2011
0325 『広島に聞く 広島を聞く <日英対照> = Reflections from Hiroshima』(浅井基文編著、かもがわ出版)
I 昭和天皇と日本(日本人)の戦争責任 11
秋信利彦「きのこ会と原爆投下質問」 27

 

15 2010 あきのぶ・としひこ 75 放送ジャーナリスト。中国放送(RCC)ディレクター・記者・常務取締役歴任。きのこ会。1935生。<資料年表:秋信利彦>

資料年表:土門拳

資料年表:土門拳<作業中

年月日
1909
1025 誕生
1947
 0201  『婦人画報 第510号』(婦人画報社)
グラフ
文学五人女 土門拳 5 文学の女の世界 土門拳 9
1949
 1101  『女性改造 4巻11号』(改造社)
グラビヤ わが道 撮影・土門拳
1952
1201 『文芸春秋 第30巻第17号』(文芸春秋新社)
新東京ダイジェスト…カメラ 土門拳 109
1953
0901 『世界 第93号』(岩波書店)
内灘 清水幾太郎 65/中村靜治 81/写真・土門拳
1954
0201 『世界 第98号』(岩波書店)
内職 大原富枝・土門拳 161
0401 『世界 第100号』(岩波書店)
グラビヤ 「世界」を育てた人々(1) 土門拳
0701 『世界 第103号』(岩波書店)
グラビヤ・一九五四年メーデー 土門拳
0801 『世界 第104号』(岩波書店)
今日の世相-生活と賭と政治と
★グラビヤ 澱-おり- 土門拳
1955
0601 『知性 6月号 第2巻第6号』(河出書房)
《グラビア》
わたしの一日 亀井勝一郎 カメラ 土門拳 …15
0701 『知性 7月号 第2巻第7号』(河出書房)
《グラビア》
わたしの暮し 芥川比呂志 本誌特写・土門拳 …15
0901 『知性 9月号 第2巻第9号』(河出書房)
わたしの暮らし 岡本太郎 本誌特写 土門拳
1101 『文芸  第12卷第14號』(河出書房)
◇口繪◇佐多稲子の衣・食・住 土門拳
 1958
 0325  『ヒロシマ 土門拳 KEN DOMON HIROSHIMA』(土門拳、研光社)
0625  『現代日本写真全集 2 土門拳作品集』(土門拳、東京創元社)
グラフ
文学五人女 土門拳 5 文学の女の世界 土門拳 9
 1961
 0101  『Hiroshima-Nagasaki : Document 1961』(The Japan Council against Atomic and Hydrogen Bombs ; 原水爆禁止日本協議会 (日本原水協))
 ヒロシマ・ナガサキの記録
発行 原水爆禁止日本協議会
編集 ヒロシマ・ナガサキの記録編集委員会
構成 伊藤知己 重森弘滝 瀬木慎一
序文 湯川秀樹
写真 土門拳 東松照明
絵画 丸木位里 丸木俊子
文  長谷川竜生
本文執筆 草野信男 佐久間澄 畑敏雄
 1974
 0710  『死ぬことと生きること 続』(土門拳著、築地書館)
 1978
 0803  『生きているヒロシマ』(土門拳著、築地書館)
 1985
 0820  『ヒロシマ 土門拳全集10』(土門拳著、小学館)
1990
0915 死亡。享年80歳。
 2010
 1220  『広島県現代文学事典』
 「土門拳」(田中裕之・記)

資料年表:粟屋憲太郎

資料年表:粟屋憲太郎<作業中

年月日 事項 備考
1944
0611
1975
0701 『一億人の昭和史』(毎日新聞社)
昭和史における 二・二六事件の意味 粟屋憲太郎…243
1980
1030 『資料日本現代史2 敗戦直後の政治と社会(1)』(大月書店)
1981
0525 『資料日本現代史3 敗戦直後の政治と社会()』(大月書店)
1124 『日本ファシズム(1)国家と社会』(日本現代史研究会編、大月書店)
むすびと展望 181
原燥投下と人種主義 荒井信一 197
一 ドレスデンと広島 197
二 ハイド・バーク協定 200
三 対日投下決定の時期 204
四 広島原爆とカナダ 207
五 連合国首脳の人種主義 210
六 むすび 214
1985
0901 『世界  第479号』(岩波書店)
毒ガス作戦の真実 粟屋憲太郎・吉見義明 68
1988
1219 『象徴天皇制とは何か』(日本現代史研究会編、大月書店)
東京裁判と天皇粟屋憲太郎…29
1989
0711 『東京裁判論』(粟屋憲太郎著、大月書店)
報告IV 東京栽判と天皇「独白録」 粟屋憲太郎 125
討論 149
1991
0124 『九人の語る戦争と人間』(三宅明正、若桑みどり編、大月書店)
東京裁判からなにを学ぶか 粟屋憲太郎 97
0320 『徹底検証・昭和天皇「独白録」』(藤原彰 [ほか]著、大月書店)
1994
0120 『消された秘密戦研究所』(木下健蔵著、信濃毎日新聞社)
参考資料
5 日本における生物化学兵器の歴史について(粟屋憲太郎)
0725 『戦争責任・戦後責任 日本とドイツはどう違うか 朝日選書』(栗屋憲太郎、田中宏、広渡清吾、三島憲一、望田幸男、山口定著、朝日新聞社)
第二章 東京裁判にみる戦後処理  粟屋憲太郎 73
0915 『未決の戦争責任』(粟屋憲太郎著、柏書房)
0930 『東京裁判への道 NHKスペシャル』(粟屋憲太郎、NHK取材班 著、日本放送出版協会)
II 東京裁判と昭和天皇 粟屋憲太郎 197
1118 『田中隆吉尋問調書』(粟屋憲太郎・安達宏昭・小林元裕編、岡田良之助訳、大月書店)
1227 『毒ガス戦関係資料 十五年戦争極秘資料集18』(粟屋憲太郎・吉見義明編、不二出版)
1995
0131 『問い直す東京裁判』(アジア民衆法廷準備会編、緑風出版)
第1章 東京裁判を考える 粟屋憲太郎・19
0315 『戦争と庶民 1940-49  1 大政翼賛から日米開戦(朝日歴史写真ライブラリー)』(佐藤靖編、朝日新聞社)
解説
〈この時代まで〉一九四〇年にいたる道 粟屋憲太郎 28
最後の政党人となった斎藤隆夫 粟屋憲太郎 169
 0610  『昭和20年 1945年 最新資料をもとに徹底検証する』(藤原彰・粟屋憲太郎・吉田裕編、小学館)
 0615  『戦争と庶民 1940-49  4進駐軍と浮浪児(朝日歴史写真ライブラリー)』(佐藤靖編、朝日新聞社)
 東京裁判 粟屋憲太郎 52
1996
 0119  『近現代史の真実は何か 藤岡信勝氏の「歴史教育・平和教育」論批判』(藤原彰・森田俊男編、大月書店)
 15 「東京裁判史観」とは 粟屋憲太郎 …158
 0831  『レーリンク判事の東京裁判 歴史的証言と展望』(B・V・A・レーリンク、A・カッセーゼ著、小菅信子訳、粟屋憲太郎解説、新曜社)
1206  『現代史発掘』(粟屋憲太郎著、大月書店)
1997
  0301  『悪魔の兵器の廃絶をめざして』(毒ガス展実行委員会)
 報告
(1)東京裁判における毒ガス戦の免責
粟屋憲太郎:立教大学教授 14
2019
0911 没。享年75歳。

粟屋憲太郎

あわや・けんたろう 19440611生20190911没 享年75歳 日本近現代史研究者。著書に『東京裁判への道』など。1944年 6月11日生<資料年表:粟屋憲太郎>

粟屋憲太郎

粟屋憲太郎

あわや・けんたろう 19440611生20190911没 享年75歳 日本近現代史研究者。著書に『東京裁判への道』など。1944年 6月11日生<資料年表:粟屋憲太郎>

資料年表:湯川秀樹

資料年表:湯川秀樹<作業中

1907
0123 誕生
1942
1121 『原子核及び宇宙線の理論』(湯川秀樹・坂田昌一著、岩波書店)
1945
0101 『科学朝日 第5巻第1号通巻40号』(朝日新聞東京本社)
科学時評・原理と実際について 湯川秀樹…5
1001 『科学朝日 第5巻第14号通巻53号』(朝日新聞東京本社)
続・新生の科学日本に寄せる…21
眞島利行・富塚清・湯川秀樹・櫻田一郎
対話 人間の進歩について 小林秀雄・湯川秀樹…2
十九世紀と二十世紀▽自由について▽二元論的立場▽物性と生▽藝術とは▽道具としての言葉▽科学者とは▽生活と作品▽表現について▽モツアルトのこと▽再び言葉について▽仕事ということ▽直覚について▽年令のこと▽ドストイエフスキー▽物性の制約▽原子爆弾▽人間対神▽政治について▽日本人について
1948
0801 『新潮 第45卷第8號』(新潮社)
0901 『科学朝日 第8巻第9号通巻87号』(朝日新聞東京本社)
渡米を前にして 湯川秀樹 39
1215 『原子と人間』(甲文社)
1950
0101 『科学朝日 増大号 第10巻第1号通巻103号』(朝日新聞東京本社)
グラビア
ノーベル賞に輝く湯川秀樹博士 3
本文
湯川理論をたたえる オッペンハイマー 11
ノーベル賞を受けて日本の皆さんへ 湯川秀樹 12
1001 『時事世界  4巻10号通巻39号』(時事世界社)
母國に錦を飾る湯川秀樹博士
1951
0401 『自然 第6巻第4号 通巻60号』(中央公論社)
仁科芳雄博士追悼特集
仁科芳雄先生の思い出 湯川秀樹 62
1225 『六年間の記録 終戦から講和まで 写真画報 Camera特別臨時増刊』(カメラ編集部、アルス)
湯川秀樹博士にノーベル賞@157
1952
1001 『改造 33巻14号』(改造社)
日本の科学《對談》 湯川秀樹・坂田昌一 20
1954
0501 『文芸春秋 第32巻第7号』(文芸春秋新社)
岐路に立つ原子力時代(特集)
活かせ原子力! 坂田昌一・菊池正士・湯川秀樹・佐治淑夫 60
0501 『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか』(読売新聞社 編・刊)
序 湯川秀樹 1
0720 『六年間の記録 終戦から講和まで』(カメラ編集部・桑原甲子雄編、アルス)
湯川秀樹博士にノーベル賞@157
1110 『原子力発電の経済的影響』(Sam H. Scharr, Jacob Marschak監修・森一久訳、東洋経済新報社)
序 湯川秀樹 ⅴ
1955
0920 『写真でみる戦後日本 10年の歩みを記録する』(朝日新聞社編・刊)
文化と風俗……12
湯川秀樹博士わが国初のノーベル賞を受く―花の教祖、勅使河原蒼風氏―第十一回文化勲章受賞者
1956
0101 『キング 第32巻第1号』(大日本雄弁会講談社)
学問は指しきるつもりで 湯川秀樹 70
0401 『アサヒグラフ 第1649号』
戦争否定の思想を 湯川秀樹
0501 『婦人公論 5月号第469号』(中央公論社)
湯川秀樹「現代に生きる科学者の良心」  52
0815 『原子力と私たち 河出新書』(末次攝子、河出書房)
序文 湯川秀樹 3
1957
0225 『岩波講座現代思想第7巻 科学と科学者』(岩波書店)
Ⅱ 現代科学の方法と成果
湯川秀樹・井上健 「現代物理学の方法」41
0901 『世界  第141号』(岩波書店)
原水爆の追放
科学と道徳 湯川秀樹 30
1958
1110 『原子力と平和利用』(長崎民友新聞社)
(記事編)1.原子力発展の歴史 湯川秀樹 等 1
以下雑誌未入力
1961
0731 『原水爆被害白書-かくされた真実』(原水爆禁止日本協議会専門委員会編、日本評論新社)
序/湯川秀樹/安井郁
1963
0125 『平和時代を創造するために 科学者は訴える 岩波新書476』(湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一編著)
1965
0715 『広島詩集1965 原爆投下20年号』(広島詩集編集委員会編、広島県詩人協会)
湯川秀樹「跋 」
0820 『核戦略批判 岩波新書』(豊田利幸著、岩波書店)
「本書に寄せて 湯川秀樹」
1968
0806 『広島碑林』(三田嘉一著、三田蝋染堂)
 湯川秀樹歌碑  広島市平和記念公園 16
0820 『核時代を超える 平和の創造をめざして 岩波新書687』(湯川秀樹、朝永振一郎、坂田昌一編著、岩波書店)
1028 『平和の思想 戦争と平和6』(末川博総編集・湯川秀樹編、雄渾社)
1969
0320 『素粒子 岩波新書』(湯川秀樹・片山泰久・福留秀雄著)
1981
0908 没。享年74歳

 

湯川秀樹

ゆかわ・ひでき 19070123生19810908没 享年74歳 1949年日本人として初のノーベル物理学賞受賞。[原水爆禁止世界大会日本準備会代表委員]。[日本原水協代表委員]。「世界平和アピール七人委員会」メンバーとして平和運動にも尽力。[70ヒロシマ会議]

湯川秀樹

湯川秀樹

ゆかわ・ひでき 19070123生19810908没 享年74歳 1949年日本人として初のノーベル物理学賞受賞。[原水爆禁止世界大会日本準備会代表委員]。[日本原水協代表委員]。「世界平和アピール七人委員会」メンバーとして平和運動にも尽力。[70ヒロシマ会議]

原爆死没者慰霊碑巡礼順路(昭和41年7月31日現在 原爆資料保存会 )

原爆死没者慰霊碑巡礼順路(昭和41年7月31日現在  原爆資料保存会 )作業中

 慰霊碑合祀者(団体名) 所在地
 01  慰霊碑  中島町1(平和公園内)
02  供養塔  中島町1(平和公園内)
03  中島本町町民慰霊碑  中島町1(平和公園内)
04  安佐郡佐東町義勇隊慰霊碑  中島町1(平和公園内)
05  広島県立第二中学校職員・生徒慰霊碑  中島町1(平和公園内)
06  広島市立商業造船科職員・生徒慰霊碑  中島町1(平和公園内)
07  損害保険合同慰霊碑  中島町2(平和公園内)
08  広島市立第一高女職員・生徒慰霊碑  中島町11(平和公園内)
09  広島県庁職員慰霊碑  加古町
bk19670801-001
bk19670801-002a
60  中国四国土木出張所職員慰霊碑  大手町1-1 (ドーム内)

出典:『原爆慰霊碑巡礼の案内』(後藤純、原爆慰霊碑研究所、19670801)

資料年表:大山広司

資料年表:大山広司<作業中

年月日
1918
**** 誕生
1951
**** 県議会議員選挙で初当選。
1954
0625 『ながれ』(村上哲夫)
大山広司(広島県会議員)「戦争と青年議員」 389
「県会では青年議員である。太平洋戦争が起きてから幹部候補生として広島西部に部隊の営門をくぐった。」
ooyamahirosi_01
“https://hiroshima-ibun.com/wp/wp-content/uploads/2023/09/ooyamahirosi_01.pdf”
2004
10 『広島県政の最長老・生き字引 大山広司 〔広島〕県議会議員自由民主党 広島県議会議員会 五十四年の政治・人生行路を語る』(展望社)
2005
**** 『広島県議の半世紀 : 五人の知事に相まみえて : 大原博夫氏・永野巌雄氏・宮澤弘氏・竹下虎之助氏・藤田雄山氏』(大山広司・述、大平泰・記、溪水社、2005)
 2006
1025 県庁で記者会見、来春の統一地方選に出馬せず引退すると表明。連続14回当選し、現職都道府県議の最高齢で当選回数も最多。2004年7月に元滋賀県議、故北川弥助氏の記録を抜き、25日で在職2万268日。<在職55年の県議が引退表明/最長記録の広島・大山氏 | 全国ニュース | 四国新聞社 (shikoku-np.co.jp)
2009
0904 死亡。享年91歳。

 

大山広司

大山広司

おおやま・ひろし 1918******生20090904没 享年91歳 元広島県議会議長、元全国都道府県議会議長会会長。『広島県議の半世紀 : 五人の知事に相まみえて : 大原博夫氏・永野巌雄氏・宮澤弘氏・竹下虎之助氏・藤田雄山氏』(大山広司・述、大平泰・記、溪水社、2005)<資料年表:大山広司>

資料年表:岩佐幹三

資料年表:岩佐幹三<作業中

年月日 事項 メモ
1929
**** 誕生
1945
0806 修道中学校在学。 16歳。広島市富士見町の自宅庭で被爆。母と妹を亡くす。
 1960
 ****  石川県原爆被災者友の会を設立。
 1983
0615 『広島・長崎を考える平和ゼミナール記録集1 ヒロシマヘの旅』(全国大学生活協同組合連合会)
●講演 :岩佐幹三「くらしと平和」  16
1984
0108 『石川県平和委員会のあゆみ 再建20周年を記念して』(石川県平和委員会)
祝いのことば一決意と連帯一 (2)岩佐幹三
1215 『広島・長崎を考える平和ゼミナール記録集4  PEACE NOW! HIROSHIMA ’84』(全国大学生活協同組合連合会)
PEACE NOW! HIROSHIMA’84
開会集会・あいさつ 岩佐幹三 4
被爆問題国際シンポジウム報告書
一九七七年国連NGOシンポジウム調査
一般調査に関する報告 岩佐幹三 (1)
1986
0325 『鶴よはばたけ 「再び被爆者をつくらぬ」ために 創立二十五周年記念』(石川県原爆被災者友の会)
1990
0310 『被爆者援護法 核時代の人権宣言 かもがわブックレット 25』(被爆45周年に被爆者援護法を実現する京都の会編、かもがわ出版)
1 ひたたび被爆者をつくらぬために 岩佐幹三 5
被爆体験を語り継ぐ/なぜ援護法なのか/わたしのヒロシマ体験/原爆は人間に
1994
0625 『原爆被害者調査 ヒロシマ・ナガサキ死と生の証言』(日本原水爆被害者団体協議会編、新日本出版社)
岩佐幹三「はじめに 日本被団協原爆被害者調査結果から読みとったこと」  17
1995
0401 『被爆者援護法国会審議参考人の意見陳述 東友文庫 , 8』(東京都原爆被害者団体協議会(東友会))
参議院厚生委員会・参考人質疑
横川嘉範 …33
岩佐幹三 …47
0730 『青い空を いしかわの被爆者たちの50年』(石川県原爆被災者友の会編、若草書房)
第三部 被爆者運動
友の会の活動 西本多美子…141
被爆者の方の精密検査や診療に取り組んで 服部真…145
『この子たちの夏』をきっかけに 北市邦男…147
被爆者の悲願 谷岡房江…149
新しい法律の制定と国の被爆者援護対策の意味 岩佐幹三…151
2002
0301 『原爆と文学 2002年版』(原爆と文学の会)
証言 岩佐幹三「火の下の母の般若心経と行方不明に妹を探して」10
2003
0806 『原水協通信 第714号』(原水爆禁止日本協議会)
原爆症集団訴訟に支援を 岩佐幹三さん(日本被団協) 8
 2008
0710 『自分史つうしんヒバクシャ 第186号』(栗原淑江)
本編
日本が変われば 世界が変わる 9条守ろうの熱気集め「世界会議」に3万人
つうしんNO.186(2008.7)―1 岩佐幹三さん(千葉)
2009
0501 『ふたたび被爆者をつくるな 日本被団協50年史 1956-2006 本巻』(日本原水爆被害者団体協議会日本被団協史編集委員会編著、あけび書房)
1章 きのこ雲の下で…17
1 それは地獄絵そのものだった――岩佐幹三の証言
0701 『8月の晴れた日に 14』(被爆体験聞き書き行動実行委員会、コープネット労働組合平和部)
●第2部 被爆の体験をどう受け継いでいくのか
私の被爆体験と「原爆被害者の基本要求」 岩佐幹三さん(日本被団協事務局次長)…32
2010
0705 『法と民主主義 No.450』(日本民主法律家協会)
70 とっておきの一枚●被団協事務局次長 岩佐幹三先生………佐藤むつみ
2012
0615 『核兵器・核実験モニター 第401-2号』(ピースデポ)
[連載]いま語る―45 岩佐幹三(日本被団協代表委員)
2013
0331 『ヒバクシャからの手紙 被爆体験記集 第1巻』(広島平和文化センター 編集、厚生労働省・国立広島原爆死没者追悼平和祈念館)
岩佐 幹三 広島 第1巻 399
2014
0531 『広島の声』(P.R.プラシド・上田紘治編著、東洋書店)
原爆被害について考える-核時代に私たち人類はどう向き合うか- 岩佐幹三 25
1001 『国際平和博物館会議 第8回 日本参加者報告書』(安斎科学・平和事務所)
感想文集…8~40
岩佐幹三…11
2015
0330 『シリーズ戦争語りつごうヒロシマ・ナガサキ 2 キノコ雲の下で起きたこと』(安斎育郎文・監修、新日本出版社)
被爆者証言①
8月6日、母と妹におくる手紙 岩佐幹三さん(千葉県)  14
2020
0907 死亡。享年91歳
1006 『被団協 第501号』(日本原水爆被害者団体協議会)
岩佐幹三顧問 死去
2021
1106  『被団協 第514号』(日本原水爆被害者団体協議会)
岩佐幹三さん追悼集『被爆者を超え人間として伝えたい』

岩佐幹三

岩佐幹三

いわさ・みきそう 1929******生20200907没 享年91歳  修道中学在学中、被爆。1953年金沢大学教官となり同大名誉教授。1960年「石川県原爆被災者友の会」を設立。日本被団協事務局次長(2000年)・同会代表委員(2011年)<資料年表:岩佐幹三>

資料年表:堀田善衛

資料年表:堀田善衛<作業中

 年月日  事項  備考
 1918
 0717  誕生
 1951
 0801  『人間 6巻8号』(目黒書店)
 廣場の孤獨 堀田善衛 71
 1953
 0630  『日本詩人全集 第11巻 戦後百人集 創元文庫』(村野四郎 編、創元社)
 堀田善衛 現代史 61
 1954
0601 『婦人公論  6月号第446号』(中央公論社)
連載第6回 マリー・アントアネット 堀田善衛 238
 1957
1112 『岩波講座現代思想第11巻 現代日本の思想』(岩波雄二郎編、岩波書店)
 Ⅴ 知識人の問題
日本の知誠人 堀田善衛 157
 1219  『インドで考えたこと 岩波新書』(岩波書店)  U
1958
0220 『講座現代倫理 第2巻 悪について』(筑摩書房)
暴力 堀田善衛 160
 1998
 0905  没
 2010
1220 『広島県現代文学事典』(勉誠出版、山根繁樹・記)
「堀田善衛」(山根繁樹・記)

 

ほった・よしえ 19180717生19980905没 享年80歳 小説家。19180717

 

資料年表:サイド・オマール

資料年表:サイド・オマール<作業中

年月日 事項 メモ
1926
0728 誕生
 1943
 ***  南方特別留学生として来日。当時17歳。
 1944
 ***  広島高師文科興南部に入学。
1945
0806 興南寮で原爆被爆。
0830 帰国のため上京途次に京都で発病、京大附属病院入院。
0903 午後11時57分、死亡。出典:『生死の火』
 1957
 0817  S・M・アルサゴフ(シンガポールに住む哲学者)から広島市に依頼の手紙。弟のサイド・オマールの死亡証明書が欲しい。 C
1964
0516 サイド・モフシン・アルサゴル(オマールの兄)らマレーシア人留学生2人の遺族、広島市を訪問。 C
1974
0903 オマールの「墓を守る会」(園部健吉代表世話人)発足。円光寺(京都市)での法要に飯島宗一広島大学長らが参列。 C
 1975
 0806  『生死の火 広島大学原爆被災誌』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会)
 4 留学生 339
 サイド・オマール・ビン・モハメッド・アルサゴル
 1980
 1031  『被爆南方特別留学生オマール少年の墓(思い出の記 第3集)』(園部健吉著、圓光寺)
1982 
 0515  『天の羊 被爆死した南方特別留学生』(中山士朗著、三交社)
 1991
 0525  『日本の原爆記録13 煉瓦の壁 長崎捕虜収容所と原爆のドキュメント、天の羊 被爆死した南方特別留学生』(家永三郎・小田切秀雄・黒古一夫、日本図書センター)
1993
0420 修学院小学校6年生(京都市)、マレーシアの南方特別留学生オマールの足跡をたどり平和学習。 C
0905 アザー・アジズ(南方特別留学生オマールの妹)広島訪問。留学生寮「興南寮」跡などを巡る。 C
 1994
 0210  『オマールさんを訪ねる旅 広島にいたマレーシアの王子様』(早川幸生編、かもがわ出版)
0419 修学院小学校(京都市)6年生166人、修学旅行で広島を訪問。 C
0822 土井たか子衆議院議長、訪問中のマレーシアで、アザー・アジズ(南方特別留学生オマールの妹)と対面。 C
 1995
 0806  『ヒロシマ五十年 或る少年兵の回想』(小笠邦久著、蝸牛社)
 5章 回想 254 オマール忌 305
 0815  『京都・左京の十五年戦争 戦時下を生きた人々』(平和と民主主義をすすめる左京懇談会編、かもがわ出版)
 被爆南方特別留学生サイド・オマール 早川幸生 113
08- 京都原水爆被災者懇談会(世話人代表=永原誠・京都橘女子大教授)、オマールをいのぶ反核ビデオ「オマールさんをしってますか?」を製作。永原の父は留学生の「興南寮」の寮監で被爆死。 C
 1996
 0810  『アジア戦時留学生 「トージョー」が招いた若者たちの半世紀』(藤原聡・篠原啓一・西出勇志著、共同通信社)
 南方特別留学生名簿 289
 2002
 0211  『東南アジアの弟たち 素顔の南方特別留学生 改訂版』(上遠野寛子著、暁印書館)
2003
 0505  『京都修学旅行ハンドブック 学び・調べ・考えよう』(京都平和・国際教育研究会編、平和文化)
 第5章 洛北を歩こう 53
4 一乗寺・修学院周辺一詩仙堂 59
圓光寺 59
コラム「被爆南方特別留学生サイド・オマール」62
 2011
 0822  『共に生きる ブルネイ前首相ペンギラン・ユスフと「ヒロシマ」 = Asia living together』(橋本明著、財界研究所)
 第6章 父に会いたくて故郷へ
サイド・オマールの死 144
 2014
1030 サイド・オマールの墓が校区にある修学院小学校6年生(京都市)94人、修学旅行で広島市を訪問、興南寮跡(オマールの被爆の地)で平和集会。 C
 2015
 0301  『ヒロシマが泣いているフクシマが泣いている ドキュメンタリー映画『ブラックラストワン』拾遺』(古田博一著、あいり出版)
 ヒロシマが泣いている 001
1.オマール氏との出会い 002
玉音放送現代語訳/『広島は泣いている』
2.被爆直後の広島とオマール氏慰霊 018
◇インタビュー:平塚哲夫先生
3.オマール氏の治療 020
◇インタビュー:濱島義博先生
4.京都原爆被爆者の会の活動 オマール君の墓 022
一 端源山圓光寺に/
二 広島から京都へ/
三 園部兄弟の熱意と多くの協力者/
四 看護の老婆とともに…/五 京都府原爆慰霊碑に合祀/
◇インタビュー‥平塚哲夫先生
間奏資料 ヒロシマ・ナガサキ以後今日まで 054
0416 「[特集]南方特別留学生 来日75年」<原爆投下時、広島にいた南方特別留学生>(『中国新聞』20180416、山本裕司)
 1113 南方特別留学生故 オマールの慰霊(園部敏江)や語りつぐ活動(新見博三)をしている2人に広島大学・学長特別表彰。 C
 2018
 0301  『史学研究 第299号』(広島史学研究会)
 平野裕次「被爆した南方特別留学生と戦後の日本社会 一九五〇年代半ばから一九六〇年代半ばまでの時期を中心として」
1109 「マレーシア出身オマールさん 被爆留学生しのぶ縁 墓のある京都の児童 中区でつどい」(『朝日新聞』宮崎園子記)
1224 「被爆死の南方特別留学生オマールさん 京都で広がる継承の輪」(『中国新聞』山本祐司・記)  C
 2019
0201 「『記者縦横』南方特別留学生 継承を」(『中国新聞』山本祐司・記)
0216 「被爆留学生のお話を聞く会」、被爆した南方特別留学生について学ぶ研修会を原爆資料館で開く。 C
 0806  『オマール王子の旅 広島で原爆に遭った南方特別留学生』(古田博一 作、藤原飛鳥 絵、あいり出版)
 0814  「帰国かなわなかったオマールさん 被爆死の留学生語りつぐ 京都・埋葬された寺周辺の住民ら」(『朝日新聞』宮崎園子記)
0902 「南方留学生のヒロシマ 苦悩にじむ手紙・はがき 交流あった栗原さん 資料館に寄贈」(山本祐司・記) C
 2021
 1208  『語り継ぐヒロシマ・ナガサキの心 下巻』(京都「被爆二世・三世の会」編、ウインかもがわ)
 ヒロシマ編
33 早川幸生…被爆南方特別留学生サイド・オマールさんを訪ねる旅 …391

資料年表:尾津訓三

資料年表:尾津訓三(おづ・くんぞう)

年月日 事項 メモ
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**** 誕生。
1968
1025 『広鉄文化 No.15』(国鉄広島地方本部広鉄文化会議)
職場からの報告 告訴状前文 尾津訓三……24
1972
0325 『広鉄文化 No.23』(国鉄広島地方本部)
現行慰安会こう思う 尾津訓三……75
1981
0301 『ひろしま 4号』(日本民主主義文学同盟広島支部)
報告:人形劇賛歌-ある報告ー 尾津訓三 140
1983
0401 『文団連ニュース No.52』(広島県文化団体連絡会議)
碑前祭を皮切りに 峠三吉没後30年記念行事スタート
―300余名が詩碑の前で平和を誓う―
時移り俗易るとも 賛助会員 尾津訓三
1990
0331 『峠三吉資料目録』(広島市立中央図書館)
尾津訓三氏寄贈資料…200
1993
0331 『広島市公文書館紀要 第16号』(広島市公文書館)
尾津訓三「占領下における広島県内の文芸活動と検閲 」 45
1996
0331 『広島市公文書館紀要 第19号』(広島市公文書館)
〈研究ノート〉戦後復興と広島の演劇 尾津訓三 45
1998
0401 『鶴のいた町 尾津訓三作品集』(出版者:町博光)
1999
0902 没。享年65歳
0408 『広島に文学館を 広島の心を21世紀に伝えよう!』(尾津訓三、池田正彦編、広島文学資料保全の会)
1102 『悼記 劇作家・尾津訓三さん だれよりも願った地域演劇の復興』(『中国新聞』田原直樹・記)
2008
1114 尾津訓三追悼「縄文まつり」アステールプラザ

 

 

02 1999 おづ・くんぞう 65 劇作家。広島で被爆。「追記 だれよりも願った地域演劇の復興」(『中国新聞19991102』田原直樹・記)