京都府における被爆者「一般調査」(被爆問題国際シンポジウム京都推進委員会)
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
京都府における被爆者「一般調査」(被爆問題国際シンポジウム京都推進委員会)
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星野力
| ほしの・つとむ | 19061202生 19940311没 |
87歳 |
| 1929年京都帝国大学文学科卒業。西日本新聞編集局次長、日本共産党福岡県委員長、赤旗編集局長代理、1971年の第9回参議院議員通常選挙で全国区から出馬し初当選。 | ||
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星野さんをはげます被爆者関係後援会よびかけ 19770522
| (表) |
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| (裏) |
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| 星野力さんをはげます被爆者関係後援会 |
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| 呼びかけ人 |
| 〔広島関係〕 金崎晃(是?)・中本剛・躍場キサ子・名越操 |
| 〔長崎関係〕 |
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ISDA 長崎準備委員会通信 No.2 19770604
| 頁 | |
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| 1 | NGOシンポジウムを前にして( 具島兼三郎) |
| 2 | NPC各種委員会の活動状況―専門委員会の動きを中心に |
| 1.自然科学委員会 | |
| 2.医学・医療委員会 | |
| 3.人文・社会科学委員会 | |
| 4 | 4.平和教育委員会 |
| 5.調査委員会 | |
| 5 | 「ナガサキ・コンファレンス」について |
| なぜ核時代なのか | |
| 6 | NPC主要日誌 |
| 1977年3月14日 長崎準備委員会(NPC)発足 | |
| **** | |
| 7 | 編集後記 |
| 8 | [資料1] 各種委員会構成委員 |
| 《自然科学委員会》 | |
| 《医学・医療委員会》 | |
| 9 | 《人文・社会科学委員会》 |
| 10 | 《平和教育委員会》 |
| 《調査委員会》 | |
| 《広報委員会》 | |
| 《組織・運営委員会》 | |
| 12 | [資料2] 事務局担当者名簿 |
| 13 | [資料3] 長崎準備委員会(NPC)の機構と日程表 |
| 14 | [資料4] 国連NGO主催「被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム」成功のために |
| 15 | [資料5] ヒロシマ・ナガサキの声を世界に! 国連NGO主催「被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム」をご支援ください! |
| 16 | 長崎準備会 |
| <代表幹事> | |
| <事務局>長崎原爆被災者協議会内 | |
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平和新聞1977年8月5日号外(日本平和委員会)
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| 国際会議で幕あけ 原水禁世界大会開く 主催者あいさつ |
| 具体的な行動提起を S・マックブライド(国際平和ビューロー会長) |
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| 新たな歴史切り開く P・ノエルベーカー(国際平和ビューロー副会長) |
| 被爆者は訴える 千田数新潟県原爆被害者の会理事長 77歳) |
| 全人類がヒバクシャ 世界の英知と良心集め 被爆問題国際シンポジウム |
| 統一世界大会海外代表リスト |
報告と資料:被爆問題国際シンポジウム(1977年)
| 被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム |
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| 生存か全滅か 広島・長崎の被爆者から 世界のヒバクシャへのよびかけ |
| シンポジウム(第2段階)からラリー(第3段階)への報告 |
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| 被爆者調査の結果 中間報告の要約 |
| 自然科学グループの報告「広島・長崎原爆の物理訳的・医学的作用」(仮訳) |
| 社会科学グループの報告―国際調査(第1段階)からシンポジウム(第2段階)への報告 |
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細井友晋(被爆問題国際シンポジューム京都推進委員会)「NGO主催被爆問題国際シンポジュームにおける核兵器廃絶の提案と理由」
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| 核兵器の廃絶にかんする意見 |
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| 被爆問題シンポジューム成果普及に関する提言 |
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『「ビキニ被災23周年被爆者とともに核廃絶をめざすつどい」記録集』(静岡県平和委員会、19770521)
内容
| 部 | 章節 | 見出し | 備考 |
| はじめに | |||
| 01 | 「ビキニ被災二十三周年・被爆者とともに核廃絶をめざすつどい」 | ||
| 01 | 挨拶 | ||
| (一)来賓挨拶 日本杜会党静岡県本部委員長 斉藤正男…3 日本共産党静岡県委員会委員長 遠藤正…3 (二)主催者代表挨拶静岡県平和委員会会長 小笠原英三郎…4 (三)メッセージ披露 久保山すずさん 宗教者平和協議会代表・日本山妙法寺林達聲…5 |
|||
| 02 | 被爆者の報告-被爆の実相・被爆者の実情・被爆者運動に関して…6 | ||
| (一)静岡県原水爆被害者の会 会長 杉山秀夫…6 (二)県下被爆者の一人として 松本光子…8 (三)特別報告日本原水爆被害者団体協議会 事務局次長 井上与志男…9 (四)補足報告 広島被爆教師の会 石田明…10 |
|||
| 03 | 被爆者援護連帯運動の報告…12 | ||
| (一)静岡県労働組合評議会 事務局長 藤田克己…12 (二)静岡県平和委員会 川又幸代…13 |
|||
| 04 | 静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会の挨拶 県評顧問 堀田昭夫…14 | ||
| 05 | 「ビキニ被災二十三周年・被爆者とともに核廃絶をめざすつどい」からの7ピール…15 | ||
| 〈提案者〉日本科学者会議静岡県支部代表幹事 加藤一夫 | |||
| 06 | 閉会挨拶 自由法曹団静岡県支部支部長 大蔵敏彦…16 | ||
| 2 | 原水爆禁止運動・統一問題資料…17 | ||
| 01 | 静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会結成趣意書・確認書杜会党.共産党.県評.平和委…17 | ||
| 02 | 核兵器全面禁止をめざし、いまこそ原水爆禁止運動の発展と国民的統一を実現しよう…18 | ||
| 一静岡県「三・一被爆国民の広場」からの訴え-静岡県・原水爆禁止運動統一促進準備会 | |||
| 03 | 原水爆禁止運動の両組織を加えて、ふたたび静岡から統一促進をうったえます…19 | ||
| 静岡県`原水爆禁止運動統一促進準備会 | |||
| 04 | 四、総評と日本共産党との合意事項…20 | ||
| 05 | 統一問題についての日本原水協の討議の経過と内容日本原水協…21 | ||
| 06 | いまこそ原水爆禁止運動の国民的統一と統一世界大会を実現しましょう 日本原水協…23 | ||
| 07 | 広島・長崎アピール | ||
| 被爆の実相究明のための国際シンポジウムを前にして…24 | |||
| 08 | 核廃絶をめざす運動とその展望広島.長崎アピール署名人一同…25 | ||
| 09 | 原水禁運動の統一とNGO主催「国際シンポジウム」の成功のための声明 日青協…26 | ||
| 10 | 原水禁運動の統一とNGO主催「国際シンポジウム」の成功のための声明 …27 | ||
| 地婦連 山高しげり 日青協・柳本嘉昭 | |||
| 11 | 被爆の実相と後遺を究明し、これを世界に広め、核兵器を廃絶するために、すべての宗教者が協力することを心から訴えます。…28 | ||
| 核兵器廃絶をめざす日本宗教者連絡委員会設立世話人会 | |||
| 12 | 原水禁運動に新組織を―朝日新聞杜説…129 | ||
| 13 | 今度こそ原水禁運動統一を1中国新聞杜説-…30 | ||
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資料:NGO被爆問題シンポジウム広島ラリー<作業中>
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『東京の被爆者 ’77被爆者調査のまとめ』(NGO主催「被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム」東京推進委員会、1978年7月)<作業中>
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『1977年静岡における被爆の実相とその後遺・被爆者の実情 その1―国連NGO(非政府組織)主催 被爆問題国際シンポジウム一般調査・中間報告』(編集/静岡県原水爆被害者の会、発行/国連NGO主催『被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム』を支持・推進する静岡県民の会)
内容
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国際連合大学編『紛争と平和の世界的文脈(全3巻)』(国際書院、武者小路公秀 他監修、19891215)
概要
| 巻 | 著者 | タイトル | |
| 1 | 地域紛争と平和 | ||
| サミール・アミン | 第三世界、南北関係、東西関係における三層危機 1 | ||
| テオトニオ・ドスサントス | 世界危機と新国際経済秩序 13 | ||
| タマス・センテス | ヨーロッパ、その中心と周辺の対立 43 | ||
| ラシェードディン・カーン | 世界的文脈におけるアジアの地域的安全保障 65 | ||
| ウィリアム・M・サザーランド | 経済的依存、地政学、および脱植民地国家 103 | ||
| ヤシュ・タンドン | 超大国対立の中のアフリカ 129 | ||
| ホセ・アグスティン・シマバーミチェレーナ | ラテンアメリカにおけるトランスナショナル化と政治変化 159 | ||
| シルヴェー・ブルカーン | グローバル戦略ゲームの中のヨーロッパ 181 | ||
| 2 | 地域の平和と安全保障の構図 | ||
| マイケル・ハメルグリーン | ラロトンガ南太平洋非核地帯条約と地域的安全保障への貢献 1 | ||
| S・K・B・アサンテ | アフリカの平和・発展・地域的安全保障とアフリカ統一機構 51 | ||
| ヘクトール・ファウンデス・レデスマ | 紛争解決の枠組としての米州システム 89 | ||
| 坂本義和 | アジア・太平洋地域における平和の条件 119 | ||
| オウンディバ・ンオリ | アフリカにおける平和・発展・地域的安全保障の実現に向けての行動計画 155 | ||
| クロビス・ブリガガオ | ラテンアメリカの危機管理システム 187 | ||
| 3 | 国際危機と地域紛争の焦点 | ||
| ブルース・カミングス | 朝鮮半島における平和と安全保障 1 | ||
| ピーター・D・ジョーンズ | 太平洋の軍事化 31 | ||
| モハメド・アユーブ | イラン・イラク戦争と湾岸地域の安全保障 71 | ||
| イボ・マンダーザ | 南部アフリカの紛争 87 | ||
| アルマンド・コルドバ | 中米におけるパックス・アメリカーナと国際経済危機 117 | ||
| ビヨルン・ヘットネ | 平和と発展のヨーロッパ・モデルを超えて 133 | ||
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呉海自カレー・呉グルメフェスタ2022
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大久野島毒ガス障害死没者慰霊式 主催:「大久野島毒ガス障害者対策連絡協議会」
| 回 | 年月日 | |
| 1 | 1985? | |
| 36 | 20221021 | 当時の工員の遺族など約100人が参列。 |
| 「毒ガス障害者の援護を担当している広島県被爆者支援課によると、毒ガス障害者の健康管理手帳を持つ人は昨年から166人減少し、全国で838人(3日現在)で、平均年齢は93・2歳。最も手帳所持者が多かった1987年の6分の1程度となり、高齢化が進んでいる。」出典:「毒ガス製造の実相を後世に」 工場あった広島・大久野島で慰霊式 | 毎日新聞 (mainichi.jp) | ||
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『原爆被害の実相-長崎レポート 長崎原爆被害総合報告1977』(NGO被爆問題国際シンポジウム長崎準備委員会、19770730)
内容
| 章 | |||
| 巻頭言 | |||
| 核兵器廃絶に向かって 具島兼三郎 1 | |||
| 世界平和への大きな指針 諸谷義武 2 | |||
| 国際連合への要請 広島市長・長崎市長 3 | |||
| 序 | 原爆被害の全体像にどう迫るか 7 | ||
| 1 | 原爆による物理的破壊 | ||
| 1. 原爆のエネルギー 9 2. 爆風の威力 10 3. 熱線の威力 14 4. 爆風と熱線と火災による総合的被害 17 5. 放射能の威力 23 5-1 初期放射線 24 5-2 残留放射線 28 5-3 放射線の植物への影響 29 6. 原爆による死傷者数 31 7. 被爆当日の気象 33 (参考文献)41 |
|||
| 2 | 原子爆弾による身体的障害 | ||
| 1. 概説 44 | |||
| 2. 急性原爆症について 2-1 急性期 46 2-2 亜急性期 47 2-3、4 亜慢性期および慢性期 49 |
|||
| 3. 後障害 3-1 ケロイド 50 3-2 眼障害 51 3-3 血液疾患 57 3-4 悪性腫瘍 60 3-5 老化現象 62 3-6 精神神経障害 63 3-7 若年期被爆者の障害 64 3-8 胎内被爆による障害 66 3-9 遺伝的影響 68 |
|||
| 4. 長崎原爆医療史 70 (長崎文献)78 |
|||
| 3 | 長崎における原爆と人間 | ||
| 1. 長崎原爆とは何か-アプローチと全体像 82 | |||
| 2. 長崎原爆をめぐる社会的政治的諸問題 2-1 なぜ原爆は投下されたのか 84 2-2 なぜアメリカは長崎を投下地に選択したか 86 2-3 なぜ8月9日、外国人たちが長崎にいたか 89 |
|||
| 3. 原爆による社会の崩壊 3-1 住居、家屋等の物理的被害 91 3-2 人的被害 92 3-3 家族崩壊と世代形成への打撃 94 3-4 地域社会の崩壊と生活資源の破壊 96 3-5 被爆者一般調査にみる社会の崩壊 98 |
|||
| 4. 原爆による生活の破壊 4-1 生命の破壊 101 4-2 生活の場・生活資材の破壊 104 4-3 身体の障害と健康の阻害 105 4-4 家庭生活への影響 107 4-5 生活力・労働力の喪失と減退 108 4-6 被爆者の生活記録 110 |
|||
| 5. 被爆者の精神的苦悩 5-1 被爆者の精神的苦悩をどう認識するか 113 5-2 被爆者の 否定 意識 113 5-3 被爆者の意識の前進 116 |
|||
| 6. 表現活動に見る長崎の被爆意識 117 | |||
| 7. 被爆者の住宅づくり・まちづくり 7-1 重度被爆者の住宅づくり 124 7-2 平和都市建設への課題と展望 130 |
|||
| 8. 長崎における被爆者の運動 8-1 被爆者運動の胎動と初期原水禁運動 135 8-2 原水禁運動・被爆者運動の試錬期 138 8-3 被爆者運動の到達点と課題 141 |
|||
| 4 | 原爆と平和教育 | ||
| 1. 現代の平和教育 142 | |||
| 2. 平和教育の歴史 2-1 長崎における平和教育運動の経過 145 2-2 日本の教科書における原爆記述の変遷 149 2-3 学校教育における平和児童文化の教材化 157 2-4 爆心地付近の学校実践 160 2-5 長崎市における平和教育の実態 163 2-6 修学旅行団の対する体験談を通しての平和教育の実践 164 2-7 学校教育の実践例 167 |
|||
| 3. 平和教育の視点とカリキュラム 3-1 小学校における平和教育の視点とカリキュラム 174 3-2 中学校平和教育の視点 176 3-3 高等学校における平和教育の視点カリキュラム 176 |
|||
| 4. 家庭と社会における平和教育 4-1 被爆証言運動の歩みと現状 182 4-2 原爆資料収集、研究、展示の諸活動 184 4-3 長崎国際文化会館の活動 185 4-4 親子文集・読書・映画・絵図展・追悼碑建立等の諸活動 187 |
|||
| 5 | 長崎におけるマスメディアの活動 | ||
| 1. 原爆報道とマスメディア 189 2. 長崎新聞-被爆県紙としての課題を背負って 191 3. 共同通信-原爆企画の主なもの 195 4. 長崎放送-「長崎原爆」報道活動について 198 5. KTN-長崎問題報道年表 205 6. NHK長崎放送-原爆問題への取組み 208 7. 長崎原爆関係文献一覧 216 |
|||
| 6 | 長崎における被爆者の実情-調査報告 222 | ||
| 1. 被爆者調査報告の目的と意義 222 | |||
| 2. 被爆者一般調査報告 2-1 今回調査の概要 223 2-2 問「被爆による不利」への回答例 224 2-3 被爆による不利の全体像 226 2-4 被爆者の「人間回復」のための社会的条件とは何か-失対労働者群にみる 226 2-5 問「被爆者としての要求や訴え」への回答例 229 |
|||
| 3. 被爆者医学調査報告 3-1 調査目的 236 3-2 とりくみの経過 236 3-3 医学調査集計結果 236 3-4 医学調査結果の特徴と問題点 238 3-5 医学調査・事例報告 239 |
|||
| 4. 被爆者生活史調査 241 (証言-事例研究篇) 原爆被爆者の32年-生活史調査における証言記録 243 4-1 石本秋男さんの場合-疎外と逃避をのりこえて 244 4-2 永瀬和子さんの場合-病気と差別、貧困にたえる 249 4-3 松尾敦之さんの場合-妻子を奪い私のナカにもえる原爆 255 4-4 小佐々八郎さんの場合-被爆から反被爆、被爆者運動へ 262 4-5 中村順さんの場合-どん底からの証言と告発 267 4-6 田島治太夫さんの場合-連合軍捕虜たちとともに被爆して 274 4-7 崔季*さんの場合-釜山から長崎へ、国境を越える怒りと愛 279 |
|||
| 終 | 今後の課題―被爆体験の思想化と継承 鎌田定夫286 | ||
| (付) | 長崎原爆関係年表 288 | ||
| (あとがき)1977年7月25日 鎌田定夫(編集委員会代表) | |||
| NGO国際シンポジウム長崎準備委員会 312 | |||
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NGOシンポ広報パンフ(ISDA)1977
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『[重要文献・資料集]1977 核兵器廃絶と原水爆禁止運動の国民的統一をめざして』(原水爆禁止日本協議会 19770706)
目次
| 章 | 節 | 見出し | 備考 |
| 1 | 原水爆禁止世界大会 | ||
| 1 | 第19回原水爆禁止世界大会・核兵器完全禁止の国際協定締結をめざす長崎アピール(1973・8・10) | ||
| 2 | 第20回原水爆禁止世界大会・一般決議(1974・8・7) | ||
| 広島から全世界へよびかける–核兵器完全禁止国際協定実現のための行動を(1974・8) | |||
| 3 | 第21回原水爆禁止世界大会・ヒロシマ・アピール(1975・8・7) | ||
| 一般決議(1975・8・7) | |||
| 日本代表団の決意と訴え(1975・8・7) | |||
| 被爆者への援護・連帯の活動を強めよう(1975・8・7) | |||
| 東京大会の決議(1975・8・1) | |||
| 長崎大会の決議(1975・8・9) | |||
| 4 | 第22回原水爆禁止世界大会・決議(1976・8・6) | ||
| 国際連合への要請(1976・8・6) | |||
| 第5回非同盟諸国首脳会議への書簡(1976・8・6) | |||
| 日本代表団決議(1976・8・6) | |||
| 東京大会の決議(1976・7・31) | |||
| 長崎大会の決議(1976・8・9) | |||
| 2 | 原水爆禁止運動の到達点と国民的統一の展望 | ||
| 1 | ビキニ被災23周年73年三・一ビキニデー全国行動中央集会 | ||
| 日本原水協報告(1977・2・27) | |||
| 決議(1977・2・28) | |||
| 2 | アメリカ合衆国 J・カーター大統領への公開質問状(1977・3・1) | ||
| 3 | 福田内閣総理大臣への公開質問状(1977・3・1) | ||
| 4 | いまこそ原水爆禁止運動の国民的統一と統一世界大会を実現しましょう(1977・4・4) | ||
| 5 | 日本原水協第111回常任理事会決定(1977・4・4) | ||
| 6 | 77年三・一ビキニーデー決議実践、原水爆禁止運動の国民的大統一と原水爆禁止統一世界大会の実現をめざす運動の柱 | ||
| 7 | 日本原水協第43回全国理事会決定(1977・4・23~24) | ||
| 1976年度の運動総括 | |||
| 1977年度運動方針 | |||
| 3 | 原水爆禁止運動の発展と国民運動 | ||
| 1 | 全人類を敵とするアメリカの核政策(1976・9学習資料第4集) | ||
| 2 | 日本原水協の運動の歴史とひろがりつつある新しい展望(1976・9 学習資料第4集) | ||
| 3 | 原水爆禁止の国民運動を前進させるために(1976・5学習資料第2集) | ||
| 4 | 市区町村原水協の組織と運動の確立・強化(1976・5学習資料第2集) | ||
| 5 | 76年度原水爆禁止国民平和大行進のとりくみに関する総括・全労働省労働組合―(1976・9) | ||
| 参考資料 平和行進総括票の意見一覧 | |||
| 6 | 核兵器のない世界をめざして―初期世界大会の宣言決議にみる―(原水協通信1975・11~1977・4連載) | ||
| 4 | 核兵器廃絶をめざす内外の運動の発展 | ||
| 1 | 核兵器禁止をねがう科学者フォーラム特別決議(1975・7・13) | ||
| 2 | 被爆30周年広島国際フォーラム特別決議(1975・8・4) | ||
| 3 | 広島・長崎被爆30周年にあたり、日本宗教者からのアピール(1975・8・6) | ||
| 4 | 第25回パグウォッシュ・シンポジウムにさいして、湯川、朝永両氏が発表した宣言(75・9・1) | ||
| 5 | 国際平和ビューロー(IPB)主催のブラッドフォード(イギリス)会議 | ||
| 世界軍縮会議へむけてのよびかけ(ブラッドフォード提案) (1974・9・1) | |||
| 6 | 核兵器不拡散条約再検討会議に提案された附属議定書案と決議案(1975・5) | ||
| 7 | 第21回原水爆禁止世界大会への国連事務総長ワルトハハイム氏のメッセージ(1975・8) | ||
| 8 | 軍縮と社会正義のための米大陸横断平和行進、8月6日のよびかけ(1976・1) | ||
| 9 | 核軍拡競争の終結と世界軍縮のための国際フォーラム・ヨーク宣言(1976・4・1) | ||
| 10 | 核兵器使用禁止条約(案) (1976・8) | ||
| 11 | 核廃絶へ橋頭堡-平和に生きる権利・平野義太郎―(1976・8・1) | ||
| 12 | 第5回非同盟諸国会議、軍縮に関する決議(1976・8) | ||
| 13 | 第31回国連総会、全面完全軍縮に関する決議(1976・12・21) | ||
| 14 | 平和勢力世界フォーラムについて(1977・1・14~16) | ||
| 15 | ICDP(軍縮と平和のための国際連合)の声明(1977・2) | ||
| 16 | 資料・軍縮特別総会についての日本政府見解(1977・4・15) | ||
| 17 | アメリカでの核兵器第一撃放棄決議案など(75) | ||
| 18 | 核兵器相互先制不使用条約案(1976・11・25) | ||
| 19 | 関係年史 ヒロシマ・アピールと核廃絶の国際的潮流 | ||
| 5 | 核兵器完全禁止国連要請派遣運動とその成果 | ||
| 1 | 国連要請、日本原水協代表団の成果にたって原水爆禁止運動の新たな前進を(1974・12・14) | ||
| 2 | 核兵器全面禁止国際協定締結、核兵器使用禁止の諸措置の実現を国連に要請する各界代表団派遣についての お願(1975・10) |
||
| 3 | 国連要請国民代表団の帰国にあたって(1975・12・14) | ||
| 4 | ワルトハイム国連事務総長の声明(1975・12・8) | ||
| 5 | 核兵器完全禁止・国連要請第二次国民代表団の活動について(1976・10・27) | ||
| 6 | 国連事務総長への書簡(1974・11・12) | ||
| 7 | 国連事務総長への手紙(1975・12・8) | ||
| 8 | 国連事務総長への手紙(1975・10) | ||
| 6 | 「被爆問題国際シンポジウム」について | ||
| 1 | 国連非政府組織(NGO)軍縮特別委員会第22回会議決議(1976・2・3) | ||
| 2 | 国連NGO主催「被爆の実相のその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウム」 (仮称)支持のよびかけ(1976・12) | ||
| 3 | 被爆の実相とその後遺・被爆者の実情に関する国際シンポジウムについての経過説明その1 (1976・9・1) | ||
| 経過説明その2(1976・9・20) | |||
| 経過説明その3(1976・12・23) | |||
| 経過説明その4(1977・2・21) | |||
| 4 | 「被爆問題国際シンポジウム」について世話4団体覚書(1976・10・2) | ||
| 5 | 「被爆問題国際シンポジウム」の準備状況について | ||
| (1977・5・10・ICDAニュース」No.1より) | |||
| 7 | 被爆者援護法制定と非核三原則の立法化 | ||
| 1 | 被爆者援護法の大綱―日本原水協の提案(1973・4・18) | ||
| 2 | 地方自治体が制定すべき原爆被害者等援護条例の要綱(1975) | ||
| 3 | 日本原水協・非核三原則の立法化についての要綱 | ||
| 4 | 日本共産党・核兵器禁止法案(1973・4・23) | ||
| 5 | 資料・原子力基本法-抜すい―(1955・12・19法律186号) | ||
| 6 | 参考資料 | ||
| ①核積載艦船の日本領海通過に関する政府統一見解(1974・12・25) | |||
| ②領海拡大についての政府決定(1977・1・26) | |||
| ③国際海峡に関する政府統一見解(1977・2・23) | |||
| 8 | 原水爆禁止運動の国民的統一のために | ||
| 1 | 広島・長崎アピールー五氏アピールー(1977・2・21) | ||
| 付・核廃絶をめざす」運動とその展望 | |||
| 2 | 日本共産党と総評との合意事項(1976・12・27及び77・02・17) | ||
| 3 | 被爆の実相と後遣を究明し、これを世界に広め、核兵器を廃絶するために、すべての宗教者が協力することを心から訴えます。(1977・3・1) | ||
| 4 | 地婦連・日青協の声明(1977・4・9) | ||
| 5 | 原水爆禁止世界大会に関する協力要請-総評議長・槙枝元文氏から―(1977・4・27) | ||
| 総評議長・槇枝元文氏への日本原水協の回答(1977・5・13) | |||
| 6 | 統一世界大会開催に関する件申入れ―日本山妙法寺・国際部長佐藤行通氏から―(1977・5・9) | ||
| 日本山妙法寺の申し入れにたいする日本原水協の回答(77・5・13) | |||
| 7 | 日本原水協声明―原水爆禁止統一世界大会と運動の国民的統一の実現を願う―(1977・5・13) | ||
| 8 | 統一世界大会開催に関する件申入れ―日本山妙法寺国際部長佐藤行通氏から―(1977・5・14) | ||
| 9 | 日本原水協第2回在京榿当常任理事会の決定事項(1977・5・20) | ||
| 10 | 5・19合意書―原水爆禁止国民会議代表委員・森滝市郎氏、原水爆禁止日本協議会理事長・草野信男氏―(1977・5・26) | ||
| 11 | 日本原水協拡大常任理事会決議(1977・5・26) | ||
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【座談会】被爆・核・広島―各時代における広島の課題
出典:『地域と科学者』第4号(1977.7)

| 頁 | 本文 | 備考 |
| 問題提起 北西允 | ||
| 北西允、相良勝美、佐久間澄、永井秀明、司会=横山英 | ||
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8・15不戦の夕(日本ジャーナリスト会議広島支部)〈作業中〉
| 年月日 | 記念講演(講師・演題) | 会場 | 備考 |
| 1970 | |||
| 19760815 | (大佐古一郎) | アンデルセン(広島市本通り) | |
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| 1982~ | 回 | ~ 1988年 活動休眠 「不戦のつどい」中断 | |
| 19890815 | 講演「戦後民主主義とヒロシマ」(講師:安江良介) | < 第13回?> | |
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