2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月1日~3日
日時 |
事項【敬称略】 |
備考 |
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1日 |
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沖縄行きのため年休を取る。 |
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11:40 |
広島空港2階全日空カウンター前集合。車は無料の臨時駐車場に置くことができた。これなら、飛行機を利用しやすい。 |
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12:55 |
ANA 277広島空港発-畿内で**(備北平和委員会)と話す- |
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15:00 |
那覇空港着。長袖では暑いが、着替えることができず。直ちにバス乗車。周辺は工事中。後でモノレールを作っていることを知る。15:30発。大学生協のハテルマのガイド。 |
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16:20 |
南部戦跡めぐり。糸満市の平和祈念公園・沖縄県平和祈念資料館見学のみ。ゆったりとしたスペース。建物・展示いずれも金をかけていることは理解できた。閉館直前なので、入館者は、ほとんどいない。 |
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17 |
那覇市民会館到着。弁当(300円)が夕食。 |
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18:00 |
日本平和大会in沖縄開会集会。須田博基調報告。ジョセフ・ガーソン(アメリカ)、イアヌゼッリ(イタリア)、イム・サンジン(韓国)、グアダルーペ(プエルトリコ)海外代表挨拶。各地からの報告。-20:30。 |
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22:00 |
ワシントンホテル(那覇市久米2-32-1、TEL098-869-2511)のロビーで泉忠直より説明。**(全労働・職安)と同室。2~3年の予定で専従をやっている由。労働省の定員削減は無いとのこと。ひどいアトピー。 |
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2日 |
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07:00 |
ホテルで朝食バイキング。徒歩で一緒に沖縄バス旭町車庫へ。8時半、沖縄本島北部・中部基地調査バス出発。3号車。**(三重県代表)が車長。ガイドは名嘉。 |
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09:00 |
浦添市の牧港補給地区・キャンプキンザーKINZERを海岸側から見学。沖合いに立っている白い波が珊瑚礁のある場所で自然の防波堤になっている。-9:30。車中から、普天間飛行場(宜野湾市)、基地内にある北谷町役場を見る。 |
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10:00 |
安保(嘉手納基地)の見える丘。旧日本軍の北飛行場。3000Mの滑走路。灰色はP3C。平和委員会が見つけた場所だが、現在では修学旅行生など観光客を対象に整備。11:00伊芸SAで小休憩。 |
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11:45 |
辺野古海岸。金城祐治(辺野古命を守る会代表)の解説。キャンプ・シュワブSHWABの一部。ジュゴンの住んでいた海岸。普天間飛行場代替予定地。-12:20。 |
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12:40 |
名護市体育館到着。館の前の路上に座り込んで昼食弁当。 |
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13:30 |
名護交流集会。イサ(東村=ジャングル戦闘訓練センターがある。ヘリパット移設問題をかかえる)、コウキアツコ(11月28日に結成したやんばる統一連代表)、トグチタケキヨ(二見以北10区の会)、金城祐治、キナタ(本部モトブ町)、ウエヤマカズオ(一坪反戦地主の会)、宮城サチ(女性ネット)、青森(三沢基地)、愛知県岡崎(富士演習場)の報告。-3時。 |
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17:00 |
那覇市民会館着。近くのブックオフに沖縄コーナーがあったので、関係の本を数冊購入。近くのピザ屋で簡単な夕食。 |
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18:00 |
P文化の夕べ。子ども獅子舞、琉球舞踊、琉球民謡、琉球舞踊、沖縄空手、真志喜トミのパフォーマンス、エイサーなど沖縄の芸能を楽しむ。-7:30。 |
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20:30 |
ワシントンホテル近くの飲み屋「居酒屋六文銭」で、広島県代表団の壮年・老年グループの交流会。10数人参加。オリオンビール、泡盛など、沖縄料理を堪能。-10:30。 |
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3日 |
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07:00 |
P ホテルで朝食。タクシーで与儀公園へ。周辺を歩く。 |
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09:00 |
分科会テーマ「核密約」。於JA真和志農協ホール。岸本直美(日本原水協)の問題提起。宇吹発言=「各政党は各密約でどういう立場をとおているのか」。-12時。 |
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13:30 |
閉会集会。於那覇市民会館。参加者は1500人あったとのこと。広島県代表は、途中で退出。-14:10。 |
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15:00 |
那覇空港全日空カウンター前集合予定。那覇マラソン(2万人近く参加)の列で道路を遮断されタクシーを乗り継いで間に合う。土産も買うことができた。職場に3000円の泡盛。 |
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5:50 |
ANA 280那覇空港発-17:30広島空港着。7時ごろ帰宅。 |
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止
自衛隊の『観閲式』に反対しよう(『広島民報』号外19651029)<作業中>
止
2022年5月(日録)
日 |
できごと |
01 |
メーデー。水俣病犠牲者慰霊式。 |
01 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島合唱団」 |
02 |
ヒロシマ遺文への投稿=「2022年5月(日録)」、「年表:石田原爆訴訟 1973~78年」 |
03 |
休日(憲法記念日)。日本国憲法施行75年。 |
03 |
ヒロシマ遺文への投稿=「文献:憲法とヒロシマ」、「現代憲法読本」。 |
04 |
休日(みどりの日)。ヒロシマ遺文への投稿=「憲法9条を守る音楽と講演の集い(呉)」、「那須正幹」、「くずれぬ平和と人民の解放を求めて」、「日本共産党史関係文献一覧」。 |
05 |
休日(こどもの日)。日経コラムに「ヒロシマ戦後史」への言及ありとのこと。 |
05 |
ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(概要)」、「『日本共産党の70年』目次(第7章)」。 |
06 |
ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第8章)」 |
07 |
ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第9章)」 |
08 |
ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第10章)」 |
09 |
ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第11章)」、「『日本共産党の70年』目次(第12章)」、「浄土真宗本願寺派(西本願寺)」、「非核の政府を求める広島の会ニュース」 |
10 |
ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース 第25号 19950720」、「3・1ビキニデー広島集会(広島県原水協主催)一覧」、「森脇勝義」 |
11 |
ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース 第26号 19951101」、「非核の政府を求める広島の会ニュース1996年・第27~30号」、「李実根」。 |
12 |
ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース1997年・第31~34号」、「現代の発見(春秋社)」、「ヒロシマを侵略戦争の基地にするな(広島県平和委員会)」 |
13 |
東京にいる息子夫婦、初帰省。大阪・広島から兄・姉も来宅。 |
13 |
ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース1998年・第35~38号」 |
14 |
ヒロシマ遺文への投稿=「遺骨奉還宗教者市民連絡会と壱岐への朝鮮人遺骨移管」 |
15 |
沖縄本土復帰50年。野呂山学園へ、花苗を購入。 |
15 |
ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄本土復帰50年報道(2022年5月15日)」 |
16 |
ヒロシマ遺文への投稿=「婦人のあゆみ80年(日本婦人団体連合会編・刊)」、「広島民報 19650425-2」 |
17 |
**問題研究会、初のZOOM会議。 |
18 |
ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650801-12号」、「被爆20年を生きて_『広島民報』連載」、「原爆ゆるすまじ」。 |
19 |
ヒロシマ遺文への投稿=「02犬丸義一」 |
20 |
ヒロシマ遺文への投稿=「日本共産党(国際問題)重要論文集」、「書誌(日本共産党中央委員会編・刊)」 |
21 |
ヒロシマ遺文への投稿=「自衛隊の『観閲式』に反対しよう(広島民報号外)」、「第12回原水禁世界大会特集(『広島民報』1966年)」。 |
22 |
ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める会」、「PEACE FOCUS ピースフォーカス(日本平和委員会)」 |
23 |
ヒロシマ遺文への投稿=「日本平和委員会発行資料(集)」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月3日」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月2日」 |
24 |
桜が丘へ。倉庫の沖縄関係資料3箱を自宅に持ち帰る。 |
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ヒロシマ遺文への投稿=「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月1日」、「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」 |
25 |
ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄世界遺産調査 2006年9月12日~14日」、「書誌:琉球王国のグスクおよび関連遺産群」、「今帰仁城跡(なきじん)」 |
26 |
ヒロシマ遺文への投稿=「座喜味城跡(ざきみ)」、「勝連城跡(かつれん)」、「中城城跡(なかぐすく)」 |
27 |
ヒロシマ遺文への投稿=「斎場御獄(セーファウタキ)」、「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」、「首里城跡(しゅりじょうあと)」、「玉陵(タマウドゥン)」、「識名園(しきなえん)」 |
28 |
ヒロシマ遺文への投稿=「書誌:オキナワの心と行動」、「沖縄人民党の歴史」 |
29 |
ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第1章~第3章」 |
30 |
ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第4章 弾圧の激化と”島ぐるみ”土地闘争の高まり」、「沖縄人民党の歴史 第5章 瀬長那覇市政と民主主義擁護、祖国復帰運動の発展」、「沖縄人民党の歴史 第6章 軍事的植民地的支配の新段階と県民運動の前進」 |
31 |
ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第7章 専制支配の強化とそのもとでの共闘と分裂」、「沖縄人民党の歴史 第8章 ベトナム侵略戦争の拡大と大衆闘争の高まり」、「沖縄人民党の歴史 第9章 革新共闘の発展と三大選挙の勝利」、 |
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『全国シンポジウム「ヒロシマから生物・化学兵器を考える」―過去・今・未来全廃のシナリオ―』(広島県教職員組合「広島教育」編集部(編)、広島教育会館(刊)、19931101)<作業中>
頁 |
タイトル |
発言者など |
備考 |
01 |
基調講演「人類はBC兵器を棄てられるか」 |
常石敬一 |
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第1部 生物・化学兵器の過去と現在 |
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18 |
ABC兵器廃絶そしてDへ |
水島朝穂 |
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20 |
C兵器廃絶にむけた日本の「国際貢献」 |
粟屋憲太郎 |
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21 |
禁止条約の抜け道 |
常石敬一 |
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22 |
「私たちの叫びが通じた」条約締結 |
村上初一 |
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23 |
水で洗うことを教わった軍国少女 |
沼田鈴子 |
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31 |
毒ガス障害者援護の長い道のり |
梶村政夫 |
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39 |
窮地に「毒ガス使え」の命令 |
谷菅静夫 |
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第2部 全廃へのシナリオ |
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42 |
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竹田 |
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45 |
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七沢 |
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54 |
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岡田 |
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56 |
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松江澄 |
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59 |
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木原省二 |
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63 |
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岩野 |
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64 |
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宝木 |
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65 |
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中土 |
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67 |
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伊藤 |
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76 |
生物・化学兵器に対するヒロシマアピール(要旨) |
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「ヒロシマから生物・化学兵器を考える―過去・今・未来全廃のシナリオ―」<資料集> 1993年1月30日(土) 東方2001(広島教育会館)
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ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。