「現代と広島の会」1979年(前半)の歩み

ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
「現代と広島の会」1979年(前半)の歩み





ヒロシマはどう伝えられているか-―ジャーナリストと教師が追いかけた45年目の「原爆」(90原爆の会編、日本評論社刊、19920725)目次
| はじめに | |
| 総論 | 報道という観点からみたヒロシマ |
| 反響呼んだマス・メディアのキャンペーン…昭和40年代 テーマの設定に苦労する報道現場、「世界のヒバクシャ」、韓国・朝鮮人被爆者、韓国人原爆犠牲者慰霊碑の移転問題(執筆:90原爆の会) | |
| 新聞 | <社説>継承の大切さとともに政治への提言を(執筆:薮井和夫) |
| 資料/新聞社説 | |
| <連載企画>風化を食い止めるべき連載に現れる風化(執筆:川路恵理子) | |
| 資料/新聞連載企画 | |
| <投書欄>読者の声がストレートに反映する大切さ(執筆:中川幹朗) | |
| 資料/新聞投書欄 | |
| 雑誌 | |
| <雑誌一般>時の流れを映す雑誌の中にみる「原爆」は(執筆:長谷川洋) | |
| <郷土雑誌>生活地としてのヒロシマで受け継ぐものは(執筆:中川幹朗) | |
| 資料/雑誌 | |
| テレビ・ラジオ | 日本の中のヒロシマから世界の中のヒロシマヘ(執筆:羽原好恵) |
| 資料/テレビ・ラジオ | |
| 書籍 | |
| <単行本>神話化のすすむヒロシマを目前にして(執筆:中川幹朗) | |
| <手記>「あの日」の再現に欠かせない体験者の証言(執筆:中川幹朗) | |
| 資料/書籍・定期刊行物・目録 | |
| 映画・ビデオ・CD | 映像と旋律が呼びかけるヒロシマのこころ(執筆:吉田雄一郎) |
| 資料/映画・ビデオ・CD | |
| 慰霊行事 | イベント化の進む「8・6」(執筆:吉田雄一郎) |
| 資料/慰霊行事 | |
| イベント | |
| 形の違いを超え底流に続くメッセージ、平和(執筆:羽原好恵) | |
| 資料/イベント | |
| 被爆建造物 | 被爆建造物解体のかげに潜む意識の変容(執筆:中川幹朗) |
| 資料/被爆建造物 | |
| 物故者・来訪者 | ヒロシマにかかわった人々から何を受け継ぐか(執筆:中井幹夫) |
| 資料/物故者・来広者・来長者 | |
| 韓国・朝鮮人被爆者 | 対岸の慰霊碑をめぐる被爆者の思いを受けて(執筆:川路恵理子) |
| 資料/韓国・朝鮮人被爆者 | |
| 修学旅行 | 心の「原点」となるヒロシマとの出会いに(執筆:中井幹夫) |
| 資料/修学旅行 | |
| おわりに | 90原爆の会 |
資料’82反核(単行本・雑誌・教科書・新聞)-原爆文献を検証する( 「ひろしまをよむ」会編、 溪水社刊、1983年7月15日)
目次
| まえがき | |
| <共同検証82反核> | |
| 1 | 新味に欠ける原爆出版 |
| 2 | 消極的な大手出版社 |
| 3 | 新刊しのぐ重版・再刊 |
| 4 | 手記・体験記に多様性 |
| 5 | 「読む」から「見る」へ |
| 6 | すそのを支える童話 |
| 7 | 無難さ目立つ教科書 |
| 8 | 雑誌-欠落した原点 |
| 9 | 新聞連載-不十分な総括 |
| 10 | 新聞社説-もの足りぬ分析 |
| <82出版物リスト> | |
| 1 | 単行本-反核・ヒロシマ・ナガサキ |
| 2 | 単行本-防衛・原発・学術・再刊 |
| 3 | 童話-絵本・平和教育 |
| 4 | 教科書-国語科82年採択 |
| 5 | 雑誌-月刊・季刊・旬刊・週刊 |
| 6 | 新聞-連載・社説 |
| おわりに | |
| 「ひろしまをよむ」会(石踊一則、内田恵美子、宇吹暁、木村逸司、島津邦弘、田原幻吉、丹藤順生、藤原浩修、松林俊一)協力・ピカ資料研究所 | |
ヒロシマの「史点」 占領下の原爆文献考<『中国新聞』19860630~0812、30回連載、担当:冨沢佐一郎記者)。
目次
| No. | 見出し(文献名) | 見出し |
| 1 | 石うすの歌 | 初の被爆テーマ小説 小学国語のテキストに |
| 2 | 終戦経緯報告書 | 国が被害データ発公表 |
| 3 | 絶後の記録 | 被爆直後の壮絶なルポ |
| 4 | ちちははの鐘 | 自分の理念盛った三吉 |
| 5 | 回顧五年原爆広島の記録 | 「8・6」の思い込める |
| 6 | 原子爆弾傷 | 「ガス」の部分伏せ字に |
| 7 | 原爆体験記 | 根拠薄い初刊本発禁説 |
| 8 | 月刊中国 | 1年後廃虚の街を特集 |
| 9 | 原子爆弾と世界恐慌 | 知られていない小冊子 |
| 10 | 原爆の子 | 素朴な表現で反響呼ぶ |
| 11 | 科学朝日 | 投下操縦士の証言掲載 |
| 12 | 原子爆弾(同盟通信版) | GHQ意識 外電で構成 |
| 13 | 原子爆弾の法律観 | 国際法の精神転換迫る |
| 14 | 泉 | 御楯隊しのぶ学徒の声 |
| 15 | ヒロシマを忘れるな | 禁止訴え署名呼びかけ |
| 16 | 原子力の軍事的利用 | 極秘に印刷された2冊 |
| 17 | 反戦詩歌集 | 人類の愚挙へ怒りの声 |
| 18 | ピカドン | 絵で告発した最初の本 |
| 19 | 生ましめん哉 | 最も早い時期の有名詩 |
| 20 | 原子爆弾の効果 | 兵器としての威力誇示 |
| 21 | ヒロシマ日記 | 米国で出版され逆輸入 |
| 22 | あの当時 | 両親慕う孤児の思い |
| 23 | 天よりの大いなる声 | 1年半も出版ためらう |
| 24 | 原爆体験記(京都大学版) | 学生が危機感抱き編集 |
| 25 | ヒロシマ | 悲惨さを世界に初紹介 |
| 26 | 夏の花 | 体験記の枠超えた傑作 |
| 27 | 屍の街 | 初版本は5節分を削除 |
| 28 | さんげ | 被爆の非情短歌で告発 |
| 29 | 原爆詩集 | 峠三吉の唯一の作品集 |
| 30 | まとめ | ”神話”の洗い直し急げ |
| プレスコード神話、強すぎた自己規制、収集保存に努力を | ||
| 「メモ(抜粋)この企画は、30年間にわたって原爆文献を収集、調査してきた「 ピカ資料研究所」( 田原幻吉(ピカ資料研究所代表))の資料を中心に構成した」> | ||
ピカ資料研究所(ピカ研)田原幻吉(所長)
関係年表(出典:原爆被災資料広島研究会『原爆被災資料総目録』第4集)
| 1967.10.02 | ピカ資料研究所(ピカ研)が「原爆資料の調査・研究」について提言。全井利博賛同して、「ピカ研を母体」で合意、以後具体化をめぐって七回会談。 |
| 1968.01.16 | 結成準備会五回開く。出席、今堀誠二、金井、山崎与三郎、ピカ研。 |
| 1968.02.15 | 『原爆被災資科広島研究会』発足。 |
| 1968.07.30 | 役員会 人事、企画、運営方針を決定。 |
| 1968.12.06 | 金井利博事務所開設。所内に原災研「編集部室」設置。(1970.3.28閉所) |
| 1969.08.06 | 原爆被災資料総目録第一集を発刊。 |
| 1970.03.04 | ピカ研 原災研「編集部室」を長崎に移設。 |
| 1970.08.06 | 総目録第二集を発刊。 |
| 1970.11.24 | 編集部会文沢隆一、ピカ研が第三集専任。 |
| 1972.10.25 | 総目録第三集を発刊。 |
| 1974.06.16 | 金井利博死去。 |
| 1975.04.30 | ピカ研・長崎「第一~三集」の作成による累積債務で一時閉鎖。 |
| 1977.12.17 | 役員会 企画、運営をめぐり討議。分裂決定。 |
| 1980.08.25 | 編集部会 編集企画会議。 |
| 1982.07.23 | ピカ研・長崎書庫冠水害 |
| 続刊=第五集以降企画編集進行占領下の文献解説・占領下の新聞・著作選集録・原爆史詳細年表・写真、映像・長崎の手記・広島の手記・教育児童文学・社会科学評論…(順不同) |
関係年表(宇吹メモ・資料・報道)
| 年月日 | 事項 |
| 197107 | 「平岡敬(中国新聞社)に会い,「ヒロシマの記録」取材当時ののことを聞く.参考になったもの-今堀・浅野・県立・田原伯・金井」(宇吹メモ) |
| 19710818 | 「金井利博(中国)より教示.田原伯のことを聞く」(宇吹メモ) |
| 19720107 | 田原伯、長崎より帰り来室。(宇吹メモ) |
| 197302 | 宇吹暁(広島県史編さん室)宛田原幻吉(ピカ資料研究所 長崎市万才町** **ビル)葉書「ピカ資料研究所を一時閉鎖」 |
| 19770316 | 田原伯来所。文献の売却について。(宇吹メモ) |
| 19770620 | 田原伯来所。内田と3人で8時半まで話す。(宇吹メモ) |
| 19770803 | 田原伯と平和文化センタ-で会う。「地域と被爆者」の原稿について抗議を受ける。(宇吹メモ) |
| 19770710 | 現代と広島の会発足準備の話合い。於朝日会館屋上。木村、石踊、今田夫妻、田原、安藤、藤原、宇吹。(宇吹メモ) |
| 19780710 | 田原幻吉(ピカ資料研究所代表)を囲む会「現代と広島の会」、発足。 |
| 19830715 | 『資料’82反核』(「ひろしまをよむ」会編・渓水社発行) |
| 19840616 | 原爆被災資料総目録第4集、刊行。紹介記事 |
| 19860630 | ヒロシマの「史点」 占領下の原爆文献考<『中国新聞』19860630~0812、30回連載、担当:冨沢佐一郎記者)。「メモ(抜粋)この企画は、30年間にわたって原爆文献を収集、調査してきた「 ピカ資料研究所」( 田原幻吉(ピカ資料研究所代表))の資料を中心に構成した」> |
| 19860710 | ピカ資料研究所の提言で「碑の会」スタート。 |
| ピカから15706日 | 『資料・広島平和記念公園』(ピカ資料研究所編集委員会編、ピカ資料研究所刊、19880926<宇吹宛て「ピカ研・幻吉」書留の日付>) |
| 19890805 | 『資料・韓国人原爆犠牲者慰霊碑』(企画:ピカ資料研究所、編集:「全国在日朝鮮人教育研究協議会・広島」有志(加藤陽祐・多賀俊介・豊永恵一郎)、「ピカ資料研究所」(田原幻吉・中川幹朗)刊行:「碑の会」(全朝教有志・ピカ研)) |
| 19891103 | 宇吹宛て祝電(発信:ピカ研内せせらぎ、りょう) |
| 19920725 | 『ヒロシマはどう伝えられたか―ジャーナリストと教師が追いかけた45年目の「原爆」』(90原爆の会編、日本評論社発行) |
| 19930414 | 田原幻吉(ピカ資料研究所代表=竹原市)「文化 GHQに日本訳規制されたJ・ハーシー著『ヒロシマ』 原爆報道一切禁止は「神話」」(『中国新聞』19930414) |
原爆被災資料総目録第4集(紹介記事)
| 記事見出し | 掲載書誌 |
| 占領下の文献網羅 原爆被災資料総目録 独力で第4集刊行へ 田原さん(竹原)30年かけ収集 | 『中国新聞』19831108 |
| 検閲くぐり伝える被爆実相 占領下平和念じルポ・学術書・地下出版物 初期の文献続々 歴史的価値大きい労作 資料1000点超す 通説を上回る 広島研究会の手で12年ぶり目録4集。 | 『 朝日新聞』19841119 |
| 文化 占領期の文献明らかに 検閲研究にも貢献 40年近い歳月かけた労作。 | 『中国新聞』19850201、 宇吹暁・記 |
| 占領下の原爆資料 | 『毎日新聞』19850204 |
| 図書資料紹介 原爆被災資料総目録第4集=占領期文献の発刊。 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言’85冬 第13号』19850220、 内田恵美子・記 |
| 内田恵美子<抜粋「最後に田原氏へ提言(お願い)する。次の企画には占領下の原爆文献解題を最優先されることを願う。それによって、先述した誰でも閲覧できる場が提供されることと併せて四集が真に有効に活用されることになり、更に、一点一点について今まで30年余に渡って蓄積されたデータを全て吐露されることにより原爆問題の正史を書き残していただきたいと切望する」> | |
広島原爆被災撮影者の会
設立準備会?:19780715
関係資料
| 資料名 | 備考 |
| 広島原爆被災写真撮影者名簿 | |
| 22名の住所、電話番号、 | |
| 初会合(宇吹メモ) | |
| 1978.9.14 於広島YMCA | |
| 本 | |
| 『広島壊滅のとき―被爆カメラマン写真集』 (広島原爆被災撮影者の会、198108) | |
| 『被爆の遺言 被災カメラマン写真集』(広島原爆被災撮影者の会、19850801) | |
| 『中国新聞』(20050801、編集委員 西本雅実) | |
| http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?gallery=20110613141546676_ja | |
「芸備地方史研究」目次(抄)
| 号 | 発行年月日 | 著者 | 備考(論文名など) | 所蔵 |
| 001 | 1953.07 | 魚澄惣五郎 | 創刊をよろこびて | |
| 011 | 1955.03 | 熊田重邦 | 書評 「概観広島市史」 | |
| 016 | 1956.02 | 歴史教育と地方史研究 | ||
| 017・018 | 1956.07 | 人物広島史 | P | |
| 今堀誠二 | 原爆戦争に抗して峠三吉 | |||
| 019 | 1956.11 | 山代巴著≪荷車の歌≫をめぐって | ||
| 金井利博 | 時間の貧しさということ | |||
| 山手茂 | 村落研究をめぐる若干の問題 | |||
| 035 | 1960.12 | 佐久間澄 | 今堀誠二著『原水爆時代』を読んで | |
| 041・042 | 1962.6 | 天野卓郎 | 『原水爆被害白書』 | |
| 045 | 小倉豊文「中国文化賞受賞」 | |||
| 051 | 19640705 | 戦後における広島県地方史の成果と課題Ⅱ | P | |
| 055 | 1965.5 | 国立史料センター設立について | ||
| 060 | 1966.4 | 広島県立文書館設立のために(一) | ||
| 061 | 1966.6 | 土井作治 | 動向「県立文書館設立推進のために(その二)ー全国公共図書館研究集会に参加してー」 | |
| 062・063 | 1966.11 | 「建国記念日問題について」 | ||
| 動向「県立文書館設立のために(三)」 | ||||
| 64 | 1967.2 | 動向・時評 | 「教科書検定問題をめぐる懇談会」報告 | |
| 「広島県立文書館設立のために(四)」 | ||||
| 065・066 | 「広島県立文書館設立のために(五)」 | |||
| 「建国記念の日」のヒロシマ | ||||
| 068 | 1967.9 | 動向「広島県立文書館設立のために(七)」 | ||
| 072 | 1968.6 | 志水清 | 調査報告 「爆心地の追跡調査について」 | P |
| 田村裕 | 「爆心地(中島本町)第一次調査に参加して」 | |||
| 動向・時評 「建国記念の日」のヒロシマ(2) | ||||
| 076 | 1969.1 | 今堀誠二 | 広島原爆被害資料の保存をめぐって | P |
| 077 | 1969.5 | 動向 「明治百年祭」と広島 | P | |
| 078 | 1969.6 | 小堺吉光 | 広島原爆戦災誌の編集にあたって | P |
| 080 | 19700531 | 「建国記念の日」のヒロシマ(4) | P | |
| 081・082 | 1970.6 | 合評『広島県の歴史』 | P | |
| 横山英 | 新刊紹介『未来を語りつづけてー原爆体験と教育の原点ー』 | |||
| 090 | 1972.3 | 上原敏子 | 論稿「在広朝鮮人被爆者についての一考察(1)」 | P |
| 091 | 19720615 | 論稿「在広朝鮮人被爆者の現況(2)」 | P | |
| 096 | 1973.12 | 常任委員会 | 動向 「広島県文書館設立のために」 | |
| 097・098 | 1974.5 | 小倉豊文 | 創刊二十周年に際し | |
| 099 | 1974.8 | 宇吹暁 | 史料紹介 明治期県内発行の新聞・雑誌 | |
| 108 | 1976.6 | 川島孝郎 | 論説 原爆教育の課題 | |
| 140・141 | 1983.6 | 宇吹暁 | 論説 『被爆体験』の展開-原水爆禁止世界大会の宣言・決議を素材として- | |
| 162 | 1987.11 | 石丸紀興 | 論説 『広島平和記念都市建設法』の法案とその形成過程に関する考察 | |
| 171 | 1989.12 | 今正秀 | 書評 大田英雄『父は沖縄で死んだ-沖縄海軍部隊司令官とその息子の歩いた道-』 | |
| 178 | 1991.10 | 千田武志 | 論説 英連邦占領軍の日本進駐-宥和政策の推移を中心として- | |
| 186・186 | 1993.9 | 小特集 「建国記念の日」ルポの成果と課題 | ||
| 三沢純 | 広島における「建国記念の日」をめぐる諸潮流 | |||
| 委員会 | 座談会 継続企画『「建国記念の日」のヒロシマ』二十七年を振り返って | |||
| 200 | 1996.6 | 道重哲男 | 芸史創刊のころ | |
| 202 | 1996.10 | シンポジウム特集号―あ097/らためて原爆遺跡保存を考える― | ||
| 村中好穂 | 原爆遺跡を考える | |||
| 楠忠之 | この声にどう応えるか | |||
| 小原誠 | 旧大正屋呉服店存廃についての市長発言への反論 | |||
| 今正秀 | 『被爆建物』保存の論理・破壊の論理 | |||
| 基調報告 | ||||
| 山瀬明 | 爆心地の実相を語るレストハウス保存について | |||
| 石丸紀興 | 増田清と大正屋呉服店 | |||
| 長谷川博史 | 原爆遺跡保存の歴史的意義について | |||
| 207・208 | 1997.12 | 特集 原爆ドーム・厳島神社の世界遺産登録Ⅰ | ||
| 209 | 1998.3 | 特集 原爆ドーム・厳島神社の世界遺産登録Ⅱ 原爆ドームの世界遺産登録 | ||
| 村中好穂 | 原爆ドームが語る戦後広島の奇跡―何が、どのように世界遺産に登録されたか― | |||
| 石川まゆみ | 原爆ドームが私たちに語るものを伝えるために―授業実践例― | |||
| 吉川生美 | 被爆者の分身 原爆ドーム | |||
| 230 | 2002.4 | 広島県地方史研究の成果と課題Ⅲ 近現代-原爆・強制連行・大久野島- | ||
| 231・232 | 2002.6 | 動向 「日の丸・君が代」新聞記事目録 | ||
| 237 | 2003.6 | 道重哲男 | 後藤陽一先生を悼む | |
| 239 | 2004.2 | 松下宏・千田武志 | 呉空襲後の住宅難を救った「三角兵舎」 | |
| 247 | 2005.06 | 石田雅春 | 占領期広島県における高校再編成と軍政部の役割 | |
| 250・251 | 2006.04 | 小特集 「被爆60年と史・史料保存-現状と課題を考える-」 シンポジウムの記録 | ||
| 石丸紀興 | 建造物の観点から | |||
| 宇吹暁 | 文献資料の観点から | |||
| 高野和彦 | モノ資料の観点から | |||
| 高木泰伸 | 参加記 | |||
| 橋本啓紀 | 書評 こうの史代著『夕凪の街 桜の国』 | |||
| 小宮山道夫 | 「平和学術文庫」の開設について | |||
| 253 | 2006.01 | 土井作治 | 追悼 道重・畑中両先輩を悼む | |
| 254 | 2007.06 | 石田雅春 | 新刊紹介 広島大学文書館編『広島から平和について考える』 | |
| 255 | 2007.04 | 菅真城 | 新刊紹介 原爆遺跡保存運動懇談会編『広島 爆心地 中島』 | |
| 渡邊誠 | 頼祺一編『街道の日本史41広島・福山と山陽道』 | |||
| 258・259 | 2008.02 | 特集 厳島研究の過去・現在・未来 ―厳島神社世界遺産登録10周年記念― | ||
| 266 | 2009.06 | 特集 呉の近代と海軍―モノと文書から考える | ||
| 秦郁彦 | ミッドウェー海戦の再考 | |||
| 小池聖一 | 水野広徳と海軍、そして軍縮 | |||
| 272 | 2010.06 | 小特集 広島平和記念都市法制定60周年にあたり理学部一号館の保存・活用を考える ―声なき証言者を次の世代に伝えるために― | ||
| 布川弘 | 広島の復興と広島平和記念都市法 | |||
| 石田雅春 | 広島大学旧理学部一号館のあゆみ | |||
| 渡辺一雄 | 自然史系博物館の必要性と旧理学部一号館の活用 | |||
| 304 | 2017.2 | 小特集 「『建国記念の日』のヒロシマの五〇年」 | ||
| 石川遥 | 広島における「建国記念の日」関連行事の動向 | |||
| 石川遥 | 広島における「建国記念の日」関連行事一覧 | |||
被爆の遺言-被災カメラマン写真集(広島原爆被災撮影者の会 著・刊、1985/08/01)内容
| [はじめに] | 松重美人(広島原爆被災撮影者の会代表) |
| 被爆から40年。当時の状況を撮影する20人の被爆カメラマンも、時の流れに7人を失う。 | |
| 原子雲 昭和20年8月6日8時15分 | |
| 8/6日7日 | |
| 救護活動 | |
| 崩壊 | |
| 爆風 | |
| 熱線・流失 | |
| 日赤 | |
| 救護所 | |
| 人体 | |
| 私たちが見たあの日 | 尾糠政美、尾木正己、鴉田藤太郎、川原四儀、川本俊雄、岸田貢宜、岸本吉太、北勲、林寿麿、黒石勝、木村権一、空博行、斎藤誠二、森本太一、深田敏夫、松重三男、山田精三、松重美人。 |
原爆被害相談員の会からの報告(IPSHU研究報告シリーズ No.23 広島大学平和科学研究センター 1996年3月1 日)
| 著者 | タイトル |
| 相良カヨ(原爆被害者相談員の会) | 被爆者とABCC |
| 三村正弘(広島県保険医協会) | 原爆被害者援護法と社会保障の一考察 |
| 若林節美(広島YMCA健康福祉専門学校) | 被爆者は今 |
| 船橋喜恵(広島大学総合科学部) | 原爆被害者相談員の会の歩み |
核兵器廃絶をめざすヒロシマの会
2001年3月20日設立
Hiroshima Alliance for Nuclear Weapons Abolition (HANWA)
【共同代表】 岡本三夫 河合護郎 森瀧春子
【事務局】
〒730-0802
広島市中区本川町二丁目6番11号 第7ウエノヤビル 5F
広島県生活協同組合連合会内
https://www.e-hanwa.org/date/2001/03
年表:核兵器廃絶をめざすヒロシマの会
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 2001 | ||
| 0320 | 核兵器廃絶をめざすヒロシマの会発足 | |
| 0806 | 「核のない21世紀を!広島国際対話集会の夕べ」 | |
| 1114 | ブッシュ米大統領にCTBT発効促進会議欠席への抗議文を送付。 | |
| 2002 | ||
| 0911 | 米中枢同時テロから1年。原爆資料館で集会。 | |
| 1215 | 会員3人、イラクへの「市民平和使節団」員として広島を出発。 | |
| 2022 | ||
| 0122 | 核兵器禁止条約発効から1年。原爆ドーム前で10人が横断幕。 | |
| 0308 | 原爆ドーム前でロシアのウクライナ侵攻と核兵器による威嚇に抗議する集い。 | |
| 0806 | 『8・6国際対話集会~反核の夕べ 2022 核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える』 | |
| 講演「核戦争をいかに防ぐか ヒロシマで考える」 | ||
止
長崎の証言の会
1970年2月1日 長崎の証言刊行委員会、新しい記録運動を呼びかける。
1971年3月16日 「長崎の証言刊行委員会」を「長崎の証言の会」とする。
長崎の証言の会『証言-ヒロシマ・ナガサキの声』
長崎の証言の会(編・発行)、汐文社(発売)
| 創刊号(1987/9/30) | |
| 江口 保 | 八月のヒロシマ-修学旅行生とともに |
| ミホ・シボ・新間 | カナダにおける反核運動 |
| 北浦葉子 | 日本から世界へ-ネバー・アゲイン・キャンペーンのあゆみ |
| 永井秀明 | 核廃絶をめざす世界運動と教育-核軍拡と軍事化状況をふまえて |
| 第2集(1988/8/15) | |
| 1990/8/30 | |
| 1991/8/15 | |
| 1992/8/31 | |
| 1993/8/31 | |
| 1994/8/9 | |
| 1995/8/31 | |
| 1996/9/10 | |
| 1997/10/1 | |
| 1998/9/10 | |
| 1998/11/21 | |
| 1999/9/10 | |
| 2000/9/14 | |
| 2001/10/10 | |
| 2002/10/10 | |
| 2003/10/1 | |
| 2004/10/1 | |
| 2005/10/1 | |
| 2006/10/1 | |
| 2006/11/1 | |
| 2009/12/25 | |
| 第27集(2013/10/1) | |
| 朝長万左男 | 〔報告〕オスロ・カンファランス「核兵器の非人道性」に関するオスロ会議に出席して |
| 山口 響 | 〈二〇一三年 NPT再検討会議準備委員会〉核依存という「谷底」をめざす日本政府 |
| 平野伸人 | 第十五代高校生平和大使の成果と課題 |
| 田中利幸 | 広島から―NPDI(軍縮・不拡散イニシアティブ)広島外相会合をめぐって |
| 川崎哲 | 【インタビュー】川崎哲さんに聞く―核兵器禁止条約へ向って、東京を動かそう |
| 追悼 核兵器廃絶を目指して―闘い続けた 山口仙二さん | |
| 核実験に抗議する長崎市民の会 | 声明 米国大統領「バラク・オバマ様」占度重なる核実験に断固抗議する」 |
| 第28集(2014/10/31) | |
| 芝野由和 | やはり「フクシマを考える」だったか―第五回「核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」にかかわって考えたこと |
| 小桝雅樹 | 第二回「核兵器の非人適性に関する国際会議」に参加して |
| 朝長万左男 | もし一〇〇万人の現代都市で核爆発が起こったら |
| 第29集(2015/11/20) | |
| 柴田 朴 | 追悼・本島等さん―天皇の戦争責任発言を中心に―どうしても聞きたかった質問 |
| 中村桂子 | 2015年NPT再検討会議を終えて |
| 山田寿則 | マーシャル諸島共和国による核ゼロ裁判 |
| 山下正寿 | ビキニ事件の再検証を―放置された被災船員たち |
| 第30集(2016/10/15) | |
| 細光規江 | 被爆体験伝承者―広島市の取り組み |
| 第31集(2017/10/1) | |
| 朝長万左男 | 巻頭言「核兵器禁止条約の成立 |
『ヒロシマ・ナガサキの証言』(広島・長崎の証言の会編)
創刊号’82冬1982/2/20 内容
| 頁 | 著者 | タイトル | 備考 |
| 口絵:ジュノー戦場の記録展から | |||
| 001 | 今堀誠二 | 巻頭言 | |
| 002 | 特集1/ヒロシマ・ナガサキと広がる反核運動 | ||
| 002 | 庄野直美 | ヒロシマ・ナガサキ・ビキニの今日的意味 | |
| 006 | 田川時彦 | 国際的な軍縮教育の動向とその視点 | |
| 010 | 北西 允 | 反核運動の現状-西欧と日本 | |
| 017 | 栗野鳳 | 人類にとってのヒロシマ・ナガサキの意味 | |
| 022 | 中村征之 | 遠来の使者 | |
| 026 | 鎌田定夫 | 証言運動-その源流と今後の課題 | |
| 030 | 荒木武、本島等、伊東壮、袖井林二郎、服部学、小野周、西村久 | ||
| 『ヒロシマ・ナガサキの証言』の刊行にあたって | |||
| 特集2/連帯するヒロシマ・ナガサキ | |||
| 038 | 高橋昭博 | 人間の思いやりと信頼の回復を求めて | |
| 040 | 葉山利行 | 基本懇答申一年をふり返って | |
| 043 | 空辰男 | 八〇年代の平和教育創造を | |
| 045 | 坂口便 | 長崎における平和教育 | |
| 047 | 市丸道人 | 核戦争に対して医師は何をすべきか | |
| 049 | 江崎須賀子 | 被爆者の相談、証言活動を | |
| 052 | 上戸真弓 | “ヒバクシャ”を知る | |
| 054 | 松井あずさ | 10フィート運動にかかわって | |
| 056 | 広瀬方人 | 長崎のカトリックと原爆問題 | |
| 058 | 相原和光 | 「大悪は大善の来るべき瑞相なり」 | |
| 061 | 声と主張 | ||
| 061 | 安藤善博 | 「ユーロシマ」運動を日本で | |
| 063 | 川原紀美雄 | “ノーモア・ヒバクシャ”の実質化を求めて | |
| 064 | 藤枝良枝 | 熱い三十六回忌 | |
| 066 | 鎌田信子 | “核廃絶人類不戦の碑”完成にあたって | |
| 12月8日除幕式 | |||
| 067 | 活動の紹介 | ||
| 067 | 藤原茂 | タダの市民が映画をつくった | |
| 070 | 黒沢雅善 | モニュメント運動 | |
| 072 | 八・九全国高校生の集いその後 | ||
| 074 | 団体の紹介 | ||
| 074 | 山田浩 | 平和と学問を守る大学人会 | |
| 075 | 永松初馬 | 山口県原爆被爆者福祉会館 | |
| 077 | 上田小八重 | 原爆患者を守る会 | |
| 1960年4月、北海道函館市に主婦ばかりの「原爆患者を守る会」誕生 | |||
| 080 | 文芸 | ||
| 0 80 | 山本康夫 | ||
| 0 80 | 大原三八雄 | ||
| 0 81 | 深川宗俊 | 炎の歌 | |
| 0 82 | 豊田清史 | ||
| 0 82 | 渡部正則 | ||
| 0 84 | 山田かん | ||
| 0 86 | MYRL IJAMS | ||
| 0 87 | 藤本仁 | ||
| 090 | 岩崎清一郎 | ||
| 094 | 片山昌造 | ||
| 096 | 証言 | ||
| 096 | 長崎原爆―15歳の記憶 | ||
| 102 | 禿樹 暲 | 一人生き残って<広島市寺町・品教寺> | |
| 103 | 小嶋省吾 | 光をかえせ―****の場合<広島> | |
| 108 | 村井百合子 | 左手の火傷のあと<広島> | |
| 112 | 李実根 | 朝鮮人被爆者の問うもの | |
| 114 | 若林節美 | 谷間のヒバクシャ―原爆被害者相談から | |
| 119 | 湯崎稔 | 原爆関係の文献資料案内(1981年発行のもの) | |
| 123 | 資料1 「核兵器に関する包括的研究」ワルトハイム国連事務総長報告(抄録)1980年9月12日 | ||
| 125 | 資料2 ラッセル・アインシュタイン宣言 | ||
| 128 | 槇繁 | 編集後記 | |
『ヒロシマ・ナガサキの証言』(広島・長崎の証言の会編)
創刊号(1982年2月20日)~終刊号(1987年7月20日)通算21号
| 号数 | ||
| 創刊号’82冬1982/2/20 | 特集1/ヒロシマ・ナガサキと広がる反核運動 | |
| 特集2/連帯するヒロシマ・ナガサキ | ||
| 第2号’82春1982/5/30 | ||
| 第3号’82夏1982/8/20 | ||
| 第4号’82秋1982/11/10 | ||
| 第5号’83冬1983/2/10 | ||
| 第6号’83春1983/5/15 | ||
| 第7号’83夏1983/8/20 | ||
| 第8号’83秋1983/10/30 | ||
| 第9号’84冬1984/2/20 | ||
| 第10号’84春1984/4/30 | ||
| 第11号’84夏1984/8/20 | ||
| 第12号’84秋1984/10/15 | ||
| 第13号’85冬1985/2/20 | ||
| 第14号’85春1985/4/30 | ||
| 第15号’85夏1985/8/20 | ||
| 第16号’85秋1985/10/30 | ||
| 第17号’86冬1986/2/20 | ||
| 第18号’86春1986/05/10 | ||
| 第19号’86夏1986/08/20 | ||
| 第20号’86秋1986/11/10 | ||
| 第21号終刊号1987/07/20 | 広島・長崎の証言の会 | 季刊『ヒロシマ・ナガサキの証言』終刊にさいして-共同刊行の五年間と今後の課題- |
『広島・長崎30年の証言』広島・長崎の証言の会編、未来社 (上) 19750806(下)19760430
内容
| (上) | 19750806 | |
| 序章 原爆30年目の問い | ||
| 秋月辰一郎 | ヒロシマ・ナガサキ三十年の想い | |
| 鎌田定夫 | わが内なるヒロシマ・ナガサキ | |
| 第1章 歴史の暗点から | ||
| 小堺吉光 | ヒロシマ・救われない犠牲者 -国民義勇隊員の惨禍 | |
| 秋月辰一郎 | ナガサキ・歴史の暗点 | |
| 第2章 ”核権力”と被爆者 | ||
| 栗原貞子 | 天皇と核権力と被爆者と | |
| 山田かん | 原爆とキリシタン | |
| 李奇相 | 被爆朝鮮人の受難と怒り -在日朝鮮人の証言と告発 | |
| 第3章 ビキニ水爆20年目の告発 | ||
| 広田重道 | ビキニ被災二十年目の証言 -原水禁運動の原点をみつめて | |
| 久保山さんへの手紙は訴える -原水爆への国民的怒りの原点をさぐって加納竜一 近藤弘 長岡弘芳 | ||
| 第4章 30年を生きて今-被爆者30年目の証言 | ||
| 鎌田信子 | 原爆を生きつづける証人たち -長崎原爆青年乙女の会のふたり | |
| 古浦千穂子 | 生きられなかった被爆者たち | |
| 文沢隆一 | 胎内被爆から三十年-きのこ会のこと | |
| 広瀬方人 | 被爆二世の生と死 | |
| 石田明 | 原爆裁判への情念と論理 | |
| 福田須磨子 | 〔遺稿〕 われなお生きてあり(続) | |
| 第5章 無国の谷間から -海外被爆者の告発 | ||
| 辛泳洙 | 被爆と民族の問題-日本政府・天皇・国民への苦言 | |
| 鎌田定夫 | 在韓被爆者三十年の遺恨と告発 | |
| 林福順 | 苦しみの淵から | |
| 厳粉連 | 広島から韓国へ地獄はつづく | |
| 島津邦弘 | 核に追われる難民 -ミクロネシアの被爆者たち | |
| 立ちあがる在米被爆者たち | ||
| 据石和江 | アメリカ人に原爆の悲惨を訴えて | |
| 倉本寛司 | カリフォルニア州上院小委員会 原爆被爆者公聴会における証言 | |
| 関係文献目録 | ||
| (下) | 19760430 | |
| 第6章 反原爆運動の中から | ||
| 伊東壮 | 日本被爆者運動の三十年 | |
| 草の根・被爆者運動の中で | ||
| 前座良明 | 長野における反原爆運動二十年と私--長野県原水爆被災者の会と共に | |
| 杉山秀夫 | 私の原水禁運動・被爆者運動二十年 --静岡県原水爆被害者の会と共に | |
| 伊藤普 | 福岡被団協の二十年と私 | |
| 平山良明 | おきなわ・二重苦の被爆者たち | |
| 伊東壮 | 東友会二十年のあゆみ | |
| 深川宗俊 | 朝鮮人被爆者復権のたたかい | |
| 浜崎均 | 原水禁運動とともに生きる--渡辺千恵子さんの生を支えるもの | |
| 北西允 | 原水禁運動の統一と静岡・広島 | |
| 鎌田定夫 | 歴史の証言から歴史の変革へ--「長崎の証言」運動とその周辺 | |
| 第7章 原爆体験の継承をめざして | ||
| 瀬戸口しのぶ | おさなき弱者と「見えない被爆者」 | |
| 今田斐男 | 戦争・原爆体験の伝承者として | |
| 森下弘 | 沈黙の決議 --被爆者教師としての三十年 | |
| 空辰男 | 平和教育の諸相と課題 | |
| 島田麗子 | ひろしまを考える旅 | |
| 長岡弘芳 | 原爆から原発まで --《原爆体験を伝える会》 | |
| 第8章 原爆体験の思想化 | ||
| 石田忠 | 福田須磨子さんの生と死 | |
| 文沢隆一 | 原爆資料発掘作業の試み | |
| 湯崎稔 | 原爆被災復元調査の中から--人間の復権めざして | |
| 山手茂 | 社会科学者は原爆被害問題とどうとりくんできたか | |
| 小川岩雄 | 原水禁運動とパグウォッシュ運動--その問題点と今後の課題 | |
| 山田かん | 詩の中の反原爆 | |
| 岩崎清一郎 | 文学のなかの「原爆」--記録の虚構・その変貌 | |
| 栃木利夫 | 日本近・現代とヒロシマ・ナガサキ | |
| 高橋真司 | 反原爆の思想 --広島・長崎の現代史的意義 | |
| 終章 反原爆三十年目の課題と展望--「広島・長崎の証言の会」座談会 | ||
| ヒロシマ・ナガサキ30年とは何か--広島での討論記録 | ||
| 被爆者運動30年と今後の課題--東京での討論記録 | ||
| 核権力と民衆と証言運動--長崎での討論記録 | ||
| 鎌田定夫 | あとがき | |
原爆体験を伝える会主催《核セミナー》19750201(東京・文京区民センター)19750210~0414(東京市ヶ谷・日本YMCA会議
出典:『原爆から原発まで-核セミナーの記録』
| 『原爆から原発まで-核セミナーの記録上巻』(原爆体験を伝える会編、アグネ、19750725) | ||
| 核を考える市民集会 | ||
| 核はここまできている19750201 東京・文京区民センター | ||
| 核を考える市民集会のはじめに 3 | ||
| 大江健三郎 | われわれにとって核とは何か 7 | |
| 小川岩雄 | 核問題の現況-自然学者の立場から- 21 | |
| 関寛治 | 核の脅威はここまできている 41 | |
| 討論 59 | ||
| 原爆から原発まで19750210~0414 東京市ヶ谷・日本YMCA会議室 | ||
| 峯村 | 核セミナーをはじめるにあたって 69 | |
| 〔1〕ヒロシマ・ナガサキから | ||
| 栗原貞子 | 被爆者のこころ―正田篠枝さんと私 71 | |
| 鎌田定夫 | 証言運動の使命と私 83 | |
| 討論 103 | ||
| 〔2〕被爆者の運動と生活史 | ||
| 石田忠 | 被爆者の生きる意味 121 | |
| 伊東壮 | 原爆被爆の思想と運動 132 | |
| 討論 152 | ||
| 〔3〕〈朝鮮人被爆者〉の意味するもの | ||
| 中島竜美 | 今日の朝鮮人被爆者問題―孫振斗問題を中心に― 166 | |
| 討論 203 | ||
| 〔4〕芸術のなかの原爆 | ||
| 林光 | 音楽「原爆小景」と私 211 | |
| 丸木位里・俊 | 絵画「原爆の図」を描き続けて 270 | |
| 長岡弘芳 | 文学 大衆の表現の輪を 235 | |
| 討論 248 | ||
| 〔5〕教育と報道にみる核 | ||
| 袖井林二郎 | 原爆はいかに報道されたか 266 | |
| 岩垂弘 | 報道にみる原爆と原発 277 | |
| 田川時彦 | 教育の現場からみた原爆 292 | |
| 討論 311 | ||
| 『原爆から原発まで-核セミナーの記録下巻』(原爆体験を伝える会編、アグネ、19750916)目次 | ||
| 〔6〕核をめぐる日本政財界の動き | ||
| 河合武 | 原発開発と政財界 3 | |
| 川上幸一 | 原子力の政治と経済 19 | |
| 討論 38 | ||
| 〔7〕核エネルギーの危険性 | ||
| 星野芳郎 | エネルギー危機の欺瞞 53 | |
| 討論 88 | ||
| 〔8〕放射線の生物への影響 | ||
| むつ市奥内小二又分校 | むつの海を守る人々 99 | |
| 高木仁三郎 | プルトニウムの毒性 107 | |
| 市川定夫 | 微量放射線の影響と問題点 121 | |
| フリー号のアピールおよび討論 145 | ||
| 島田興生 | ロンゲラップをたずねて―ビキニ水爆の犠牲者たち― 154 | |
| 〔9〕人間にとっての核 | ||
| 小山内宏 | 核兵器の現状 163 | |
| 梅林宏道 | 核を管理する社会とは 178 | |
| 討論 193 | ||
| 〔10〕ティーチイン「核と市民運動」 | ||
| 松岡信夫 | 核に対抗する運動とは 213 | |
| 討論 226 | ||
| 続・ティーチイン「核と市民運動」 | ||
| 戸駒恒世 | フリー号と丸木美術館行き 287 | |
| あとがき 295 | ||
| 「とにかく定員70人、とてもそんなに集まるはずがないとたかをくくっていたら、どうして。正確には数えていないが、平均して各回120~30名もの人が、やってきてくださったのである(「市民集会」は450名くらい)。しかも毎回500円也を支払ってだ」 | ||
| 原爆・原発関係年表 298 | ||
| 文献あんない 309 | ||
| セミナー講師の紹介 | ||
被爆者問題国際シンポジウム広島準備会・生活史調査委員会(編) 『被爆者・この32年の苦悩
-相談援助制度と援護法を求めて-』

平和と学問を守る大学人の会会報第26号
1960年2月20日
広島通信 1966年6月創刊 第1号~19号(1970年2月)広島県詩人協会刊、 第20号(1970年4月)~第68号終刊号(1983年7月31日)「広島通信の会」刊
1989年3月1日、「ヒロシマ・ナガサキを考える会」が復刻(「広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版」)
| M | D | ZASSIMEI | TITLE | AUTHOR | |
| 66 | 06 | 広島通信創刊号 | 創刊号によせて-文学は何ができるか | 栗原貞子 | |
| 66 | 08 | 広島通信2 | 被爆の証人“原爆ドーム”の保存を | 松元寛 | |
| 66 | 08 | 広島通信2 | ある建築の美しさについて | 荏原肆夫 | |
| 66 | 08 | 広島通信2 | 1966年夏-広島からの告発 | 栗原貞子 | |
| 66 | 08 | 広島通信2 | 1966年夏、広島からの告発 | 栗原貞子 | |
| 66 | 10 | 広島通信3 | 胎内被爆小頭症 | 志水清 | |
| 66 | 10 | 広島通信3 | 小頭児に幸あれ | 畠中国三 | |
| 66 | 10 | 広島通信3 | ひそかな啓示―小頭症におもう | 文沢隆一 | |
| 66 | 10 | 広島通信3 | 今、すぐに救護を―美農綾子さんを見舞う | 栗原貞子 | |
| 67 | 02 | 33 | 広島通信4 | 運命の日より21年を生きて | 西土 万合枝 |
| 67 | 03 | 広島通信5 | 特集:広島の川 | ||
| 67 | 03 | 広島通信4 | 私はこう信じる-重藤文夫原爆病院院長訪問 | 重藤文夫 | |
| 67 | 06 | 広島通信6 | 原民喜特集 | ||
| 67 | 10 | 広島通信7 | ケロイド | 原田東岷 | |
| 67 | 11 | 広島通信8 | あの頃の広島 | 北畠隆 | |
| 68 | 02 | 広島通信9 | 告発する街として | 浜野千穂子 | |
| 68 | 06 | 広島通信10 | 原爆慰霊碑文再読 | 松元寛 | |
| 68 | 08 | 広島通信11 | 地の塩への期待 | 安井郁 | |
| 68 | 11 | 広島通信12 | 広島の声 | 高橋三郎 | |
| 69 | 02 | 広島通信13 | さらば広島 | バーバラ・レイノルズ | |
| 69 | 04 | 広島通信14 | 原爆記録映画全面公開運動のいきさつ | 庄野直美 | |
| 69 | 06 | 広島通信15 | 排安易 | 田淵実夫 | |
| 69 | 08 | 広島通信16 | 人類は生きねばならぬ-アトムかアトマか | 森滝市郎 | |
| 69 | 10 | 広島通信17 | 世界の中のヒロシマ | 関屋正彦 | |
| 69 | 12 | 広島通信18 | 沖縄とヒロシマ | 袖井林二郎 | |
| 70 | 02 | 広島通信19 | 被爆二世 | 杉原芳夫 | |
| 70 | 04 | 広島通信20 | 観光客から巡礼者へ | 山崎与三郎 | |
| 70 | 06 | 広島通信21 | 中国・アメリカ平和巡礼 | 今堀誠二 | |
| 70 | 06 | 広島通信21 | ヒロシマを語る者として-アメリカへの出発を前に | 大原三八雄 | |
| 70 | 07 | 広島通信22 | 70年とヒロシマ-ヒロシマの風化に抗して | 森滝市郎 | |
| 70 | 07 | 広島通信22 | アメリカ通信 | 大原三八雄 | |
| 70 | 10 | 広島通信23 | アメリカの孤独 | 大原三八雄 | |
| 70 | 12 | 広島通信24 | 広島のひろい空の下 | 山田かん | |
| 70 | 12 | 広島通信24 | 山田かん氏を囲んで-長崎と原爆詩の関わり | ||
| 71 | 02 | 広島通信25 | ヒロシマの思想の亀裂 | 大牟田稔 | |
| 71 | 02 | 広島通信25 | 第二の生きがい-アメリカ・東西南北記 | 大原三八雄 | |
| 71 | 04 | 広島通信26 | きうずれぬへいわをへいわをかえせ | 寒川道夫 | |
| 71 | 06 | 広島通信27 | きうずれぬへいわをへいわをかえせ(その2) | 寒川道夫 | |
| 71 | 06 | 広島通信27 | アメリカ人の社会的連帯性 | 大原三八雄 | |
| 71 | 08 | 広島通信28 | 挽歌-マルチン・ルーサー・キングの墓所で[詩] | 大原三八雄 | |
| 71 | 10 | 広島通信29 | 京浜地帯の原爆意識を中心にしておもう | 前川和子 | |
| 71 | 12 | 広島通信30 | アウシュビッツとヒロシマ | 小谷鶴次 | |
| 71 | 12 | 広島通信30 | 国連というところ | 大原三八雄 | |
| 72 | 02 | 広島通信31 | ヒロシマと中国の核・人 | 森下弘 | |
| 72 | 04 | 広島通信32 | 被爆朝鮮人救援の動き | 平岡敬 | |
| 72 | 06 | 広島通信33 | 「水ヲ下サイ」特集 | ||
| 72 | 08 | 広島通信34 | ヒロシマに捧げる詩特集 | ||
| 72 | 08 | 広島通信34 | あの夏からこの夏までの間 | 小倉馨 | |
| 72 | 10 | 広島通信35 | 懐しい日本の皆さんに | バーバラ・レイノルズ | |
| 72 | 12 | 広島通信36 | 地球時代・平和の新処方箋 | 加藤新一 | |
| 73 | 02 | 広島通信37 | 「原水爆被災資料センター」設立の意義 | 湯崎稔 | |
| 73 | 04 | 広島通信38 | 私の広島日記 | 佐々木雄一郎 | |
| 73 | 06 | 広島通信39 | ABCC特集 | ||
| 73 | 06 | 広島通信39 | 原爆死体解剖NO.1の山科清元軍医にきく | 山科清 | |
| 73 | 08 | 広島通信40 | 特集:ベトナムは終わったのか | ||
| 73 | 10 | 広島通信41 | 28年目のヒロシマ | 藤枝良枝 | |
| 73 | 12 | 広島通信42 | 原爆の印象と記憶 | 縄田二郎 | |
| 73 | 12 | 33 | 広島通信42 | 縄田 二郎 | |
| 74 | 03 | 広島通信43 | 公害防止と平和への意志 | 田中公雄 | |
| 74 | 04 | 広島通信44・45 | 特集:いまは亡き4人の原爆詩人たち | ||
| 74 | 08 | 広島通信46 | 知られていない原子力発電の問題点 | 佐久間澄 | |
| 74 | 12 | 広島通信47 | 特集:原子力平和利用 | ||
| 75 | 02 | 広島通信48・49 | 特集:韓国原爆被爆者と日本人 | ||
| 75 | 08 | 広島通信50 | 特集:ヒロシマとベトナム | ||
| 76 | 01 | 広島通信51 | あの体験の<意味> | 小久保均 | |
| 76 | 05 | 広島通信52 | 特集:今なお続く核実験 | ||
| 76 | 08 | 広島通信53 | 特集:平和と私との距離 | ||
| 76 | 12 | 広島通信54 | 特集:被爆体験は風化するか | ||
| 77 | 05 | 広島通信55 | 特集:被爆者の医学的諸問題 | ||
| 77 | 12 | 広島通信56 | 特集:世界にとってヒロシマはなにか | ||
| 78 | 04 | 広島通信57 | 特集:朝鮮人被爆者 | ||
| 78 | 07 | 広島通信58 | 特集:ヒロシマと地方との連帯性 | ||
| 78 | 12 | 広島通信59 | 特集:核時代の文学 | ||
| 79 | 06 | 広島通信60 | 特集:ヒロシマは核時代に非戦の力となりうるか | ||
| 79 | 12 | 広島通信61 | 特集:原爆と原発 | ||
| 80 | 06 | 広島通信62 | 特集:廣島・広島・ヒロシマ | ||
| 80 | 06 | 広島通信62 | 遅い出発 | 豊永恵三郎 | |
| 80 | 06 | 広島通信62 | 原爆と原発 | 小林正一 | |
| 80 | 06 | 広島通信62 | 江波分院のことなど | 岡崎澄衛 | |
| 80 | 06 | 広島通信62 | 「ヒロシマ」シリーズ作品展開催の意味 | 増田勉 | |
| 81 | 01 | 広島通信63 | ある被爆者の死-主人唯一のこと | 栗原貞子 | |
| 81 | 07 | 広島通信64 | 特集:非戦の戦い | ||
| 81 | 12 | 広島通信65 | 特集:ローマ法王ご来広の軌跡 | ||
| 82 | 08 | 広島通信66 | 特集・ヒロシマのこころ | ||
| 82 | 08 | 広島通信66 | 生きる原理を | 石田明 | |
| 82 | 08 | 広島通信66 | 播かぬ種は生えぬ | 岡崎澄衛 | |
| 82 | 08 | 33 | 広島通信66 | 石田 明 | |
| 82 | 12 | 広島通信67 | 特集:ヒロシマに捧げる詩 | ||
| 83 | 07 | 31 | 広島通信68 | ヒロシマの継承-「広島通信」終巻号 | |
| 89 | 03 | 01 | 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 | 西土 万合枝 | |
| 89 | 03 | 01 | 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 | 縄田 二郎 | |
| 89 | 03 | 01 | 広島通信-ヒロシマの継承-全68号の復刻版 | 石田 明 |