原爆被爆者調査に関する研究会 1965年

原爆被爆者調査に関する研究会 1965(昭和40)年2月11日

出席案内状
原爆被爆者調査に関する研究会について
このたび厚生省は、被爆者の調査を実施することになりました。被爆者調査の必要性については、さきに本会でも要請決議をおこなったところであり、この調査を成功させるための「地の塩」になりたいと思います。
ついては、当地における被爆者問題の各方面の権威にお集まりいただき、調査についての御高見をおうかがいしたいと存じます。
ご多忙中を大変恐縮ですが、まげて御出席いただきたく、お願い申しあげます。

一、日時 二月十一日(木) 午后五時~六時半
一、場所 広島大学 大学会館 第三集会室 (広大正門南、電車通ぞい)

談和会 幹事 石井金一郎 今堀誠二

なお、ご参考のため、厚生省調査原案を同封致しました。
(恐縮ですが少いので、当日、御持参願います。)

本研究会には、左の方々に御案内をさしあげました。(敬称略 アイウエオ順)

伊藤満、金井利博、熊沢俊彦、佐久間澄、重藤文夫、志水清、庄野直美、田渕昭、百々次夫、中野清一、原田東岷、松坂義正、三村剛昴、山手茂、渡辺漸、和田精護

昭和40年度原子爆弾被爆者実態調査生活調査の手引

昭和40年度原子爆弾被爆者実態調査生活調査の手引
厚生省、1965年11月1日実施

この調査について
 第2次大戦が終末をつげてから20年の歳月が流れた。もはや戦後ではない,ということばが語られてすでに久しく,今日ではもはやそのようなことばが意味をもつ時期さえ去ったようにみえる。しかし,いうまでもなく太平洋戦争は,わが国にとって史上かってない強烈な経験であり,その敗戦の残した幾多の記憶はわれわれの終生忘れることのできないものであろう。そして,その記憶をもっとも生々しくわれわれの胸によみがえらせるひとつの事実は,20年8月6日広島に,つづいて9日長崎に投下された原子爆弾による惨害である。

ところで,原子爆弾の被爆者についての調査は,25年および35年に限られた範囲内で行なわれたほかは,国が国の責任において,全国的な規模で行なったことはなかった。敗戦からはやくも20年を閲した今日,わが国は,社会,経済,あらゆる面で大きく変ぼうした。そして,経済成長とそれにともなう諸変化,国民的自覚の高まりなどは,とみに被爆者への関心を促すこととなり,このことは,現在,被爆者の健康の保持増進についての制度である原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の改正などをめぐる国会の審議の模様などによっても明らかである。

このたび国が各都道府県および広島市,長崎市に委託し,全国のすべての被爆者について行なおうとする調査は,上のような国民的関心を背景として,国として行なうはじめてのものであり,その意味するところはまことに深いものがある。

この調査は,すべての被爆者について行なわれる基本的なものと,一部抽出した被爆者について行なわれる生活状況および健康状態に関するもの,さらにその他の特別のものから成り立っているが,事柄の性格上,種々の困難さがあることを覚悟しなければならない。それだけに対象者の把握,調査する事項,調査の方法などについては,原子爆弾被爆者医療審議会に部会を設け,それぞれの部門の有識者に十分に諮り,その意見にもとずいて立案されたのであるが,それでもなお,20年という長い年月を経過した今日,被爆という事実が被爆者にどのような影響を残しているかを知ることはすこぶる困難であるといわざるをえない。そして,この困難を克服し,被爆者の真の実態を把握するために,なににもまして望まれることは,この調査そのものが正確であり精緻でなければならないことであろう。それなくしては,この調査はその意義の半ば以上を失うといっても過言ではない。

さらに,この調査の結果については,国内のみならず,国際的にも多大の関心をもって注視され,期待されている。各位のご熱意,ご協力をとくに願う所以である。

第1 調査の目的
第2 調査の期日と日程
第3 調査員の受持つ被爆者とその世帯
第4 調査票などの種類
第5 調査の対象
第6 調査の手順
第7 調査員の心得
第8 調査票記入上の一般的注意
第9 生況調査・個人票の記入の仕方
第10 生活調査・世帯票の記入の仕方
第11 調査票などのまとめ方
第12 審査の仕方
附表1 附表2 附表3

原爆記念文庫所蔵原爆関係文献目録

『原爆記念文庫所蔵 原爆関係文献目録 昭和40年8月31日調』(原爆資料保存会、19651015)

 bk651015
 広島 長崎の体験を永久に伝える為に
人類の過ちを繰返へささぬ為に
ひたむきな平和への願いをこめて
尊い原爆記念文庫が広島に生まれました
みんな血と涙と訴へで綴られた記録です
この文庫の保存と成長へ御協力を
(原爆記念文庫標語)
 はしがき
1.原爆が投下されてからもう20年を経過した。本会は広島長崎の体験を永久に後世へ伝える為,昭和23年頃から苦難な道を歩みながら,文献の蒐集に力を注いで来た。これ等はみんな被爆当時の惨状そのままの記録や,学者の研究調査されたもので,世界平和推進の為極めて貴重なものである。
2.昭和40年8月31日迄に集めたものが2,000冊になつたが,まだまだ不足のものが多々ある。これは将来を期して完備したい。尚文献中には専門的のものも数多くあるが大半は大衆的のものである。これは大衆と共に考へ大衆と共に歩みたい文庫の使命に依るものである。
3.原爆の被害が余りも広大である為,学問的研究分野も多様であり,被害の処理も多方面に亘って居るので,全文献を整理分類することは困難である。依って本目録分類は正規の図書分類法に依らず,わかりやすい別記の10分類に整理して見た。御批正を乞う。
4.原爆20周年に当り,各方面の報道陣を始め,著書や雑誌に依って広島をアッピールされた事は感謝に堪えない,特に被爆者調査や,広大に原爆研究機関が設備される等,国家が直接広島と取組むことになった事は,おそまきながら嬉しい事である。
5.文庫開設(昭和40年6月6日)以来,A.B.C.C.や広島医師会を始め全国各地から個人で文献を寄贈されたものが160冊もある。寄贈者各位に対しここに深甚の感謝を致します。
昭和40年9月15日

日本国政府に対する要請(談和会 19641003)

日本国政府に対する要請
1964年10月3日

日本国政府に対する要請
談和会
私たちは日本国政府が、原水爆被害者の救援を効果的に行うとともに、日本国民および全世界に、原水爆戦争の恐ろしさを客観的に伝えることによって、核兵器をこの地上から永久に葬り去るため、さしあたり左の三点につき、積極的にとりくまれることを、要請いたします。

一、原水爆被災者の国勢調査
一九六五年は国勢調査の年に当りますが、その付帯調査として、一九四五年に広島・長崎で、一九五四年にビキニで、被害をうけた人々の、人口調査を行うことを要望いたします。この種の国勢調査は、一九五○年にABCCの要請で実施した先例があり、中間調査としては一九五八年に一部実施されていますが、被爆者援護の推進など、重要問題が山積している現在、全国的規模で完全な調査を行う必要性は、ますます増大いたしております。被災後、二十年たった今日こそ、こうした調査を客観的に実施できる、唯一かつ最後の機会だと思います。調査にあたっては、被災当時に遡って、被爆地に居住し、又はその直後に被爆地に入ったすべての人口、一九四五年九月以後、後遺症によって死亡した者、ならびに被爆者の児孫など、被害の全貌を明らかにすることが、大切であると思います。

なお、広島・長崎の被災者の中には、沖繩県民をはじめ、アメリカ・ロシア・中国・朝鮮・東南アジア各国人、ビキニの場合はマーシャル群島の原住民と外人宣教師が、相当数含まれていますので、琉球民政府および関係各国の協力を得て、国際的な規模での調査がなされるよう、希望いたします。

二、被災白書の作製
終戦以来、総理府はじめ各官庁は、種々の白書を公表していますが、原水爆被災に関する白書は、一度も発表されていません。原水爆被害者については、当時の惨害はいうまでもなく、原子力で破壊せれた健康が、遺伝の問題をも含めて、どのように深刻な問題をはらんでいるかを、明らかにせねばなりません。さらに、被災によって生じた社会的条件を調査研究することも、被害者援護の問題点を明らかにする上において、大切なことだと思います。これには現代科学の精髄をつくした、綜合的な学術調査が要求されます。被災白書の作製は、今日の人類が、子子孫孫のために残さねばならない、人間としての義務であります。このことは、被爆者援護を決議した、国会両院の要請に答える道でもあると思います。

三、国連が原水爆被害調査報告書を作製するよう、国連総会に提案すること
原爆症を中心とする原水爆被害の科学的究明については、すでに多くの業績が発表されていますが、その間に見解の相違があり、調整を必要とする段階に来ています。また、その治療および社会医学に関する部門においては、研究にかなりの立ちおくれがあり、この方面の研究を推進することは、被害者の痛切な願いであります。国連がこうした点で調整および補充を行ない、原水爆被害の科学的研究を完成・発表するならば、単に被爆者の救援に役立つばかりでなく、核戦争のおそろしさを、全世界に伝える意味でも、重要な役割をはたすことと信じます。ウ・タント国連事務総長も、日本国政府から、こうした提案がなされるならば、全面的に協力したいという意見をのべられていますし、セラー国連原子放射能科学委員会事務局長も、この主旨に賛意を表されています。日本国政府が十一月の国連総会に、右の提案をなされるよう、要望してやみません。

以上の三点は、日本国民全体の願いを具体化したものであり、また世界全人類の願いでもあると思います。原爆被災二十周年を迎えんとするに当り、日本国政府が、全国民の支持と協力のもとに、自主・民主・公開の三原則にもとづいて、右の三事業の達成に努力されるならば、被災者の救援および核戦争の禁止のため、多大なる寄与をあたえられるぱかりでなく、「後世への最大のおくりもの」となると信じ、敢て要請するゆえんであります。

一九六四年十月三日

日本国民に訴える
私たち、広島・山口の大学人有志の研究団体「談和会」は、本月、日本国政府に対し、原水爆被害についての実態調査を行い、これを被災白書にまとめるよう、要請いたしました。その内容は、来年の国勢調査にあたり、付帯調査として原水爆被害者の調査を行なうこと、日本政府が責任ある被災白書を作ること、今秋の国連総会に際し、日本政府から、国連が完全な被爆調査報告書を作成するよう、提案することの三件であります。こうした要請は、全国民の強力な支持なしには、到底実現することができません。私たちは日本の各界各層の人々が、政府に対して右の三提案をとりあげるように、申し入れていただきたいと思い、敢てこの訴えを公にする次第であります。

「戦後は終った」という人もいます。たしかに原水爆被害者などを除けば、戦争の爪あとは、ある程度回復いたしました。また核戦争の危険性が強いという一点をのぞけば、泰平ムードは天下にみちあふれています。しかし、現代にとって大切なことは、いまだに解決し得ない、被爆の惨禍であり、新しい核戦争の危険性であります。普通の戦災とちがって、放射能禍におかされたものには、何の救いもないのです。人類が四六時中、核戦争がいつ始まるか分らない、恐怖にさらされている様では、戦後どころか、戦争そのものがまだ終っていないといわねばなりません。

敗戦の直後、日本政府の協力のもとに、学術研究会議の支援をうけた日本の科学者数千人は、総力をあげて原爆被害の総合調査にとりかかりました。しかし、この研究に対して、一九四五年十一月三十日に、占領軍がら禁止命令が出され、すべては水泡に帰してしまいました。その後、今日に至る迄、政府機関の手による調査は行なわれていません。被爆当時、亡くなった人の数さえ、正確に分っていないのです。

一九四九年以後、戦争は終っていたにもかかわらず、被爆者の中には、原爆症にかかっていることさえ知らされず、まして適切な治療も与えられないまま、空しく死んでいった人が、幾万人にのぼりました。原爆症という言葉が普及し、その救援活動が始まったのは、一九五八年以後のことです。今でも被爆の実体が正確にわかっていないために、救援活動は有効に組織されておりません。原水爆被害の完全な調査を行なうことによって、本当の対策が立てられるのでなければ、被災者は救われようがないわけです。

核兵器の全面禁止は、全人類の願いであると思います。しかし、実際には大小の核兵器およびその運搬手段の開発は日ごとに進み、核実験による死の灰の降下は、人類の生存に深刻な影響を与えるほどになっています。こうした矛盾が生ずるのは、原水爆戦争の本当の恐ろしさが、知らされていない結果、核戦争に反対する声が、全人類のものとなっていないためです。今こそ私たちは、被爆の全貌を明らかにすることによって、核兵器禁止の声を、すべての人の、心からの願いとし、また人類全体の大合唱としなければならないと思います。

一九六五年は原爆被災二十周年にあたります。石の上にも十年と中申しますが、日本の原水禁運動も二十年の風雪に耐えて来ました。今こそ大きく飛躍して、文字通り全国民を包む運動を展開し、被爆者救援と原水爆禁止の大目的を達成せねばなりません。その口火をきる意味で、私達は右の三つの提案を公表した次第です。

私たちは日本国民ががっちりとスクラムを組んで、右の三つの提案を実現するように、日本国政府に働きかけることを、希望いたします。原水禁団体・被爆者諸団体などが、こうした問題について、積極的な討論を起して下さることを、期待いたしております。婦人団体・青年団体・社会福祉団体など、多年この方面で努力を重ねてこられた諸団体が、さらに元気をふるい起して、国民運動の担い手となって下さるよう、頼みにいたしております。衆参両院をはじめ、県議会・市町村議会などは、選良としての叡智を発揮し、日本政府への要請を決議されるよう切望いたします。新聞・放送・言論界は、正しい輿論を育てるためのキャンペーンに、とりかかって下さるよう、特にお願い申し上げます。部落会・町内会およびすべての民主団体・社会教育団体・文化団体も、積極的に協力いただければ幸です。科学者・芸術家・宗教家・知識人とくに日本学術会議が、この運動の要の役割を引受けて下さるよう、仰望いたしております。原水爆被害者が先頭にたつことは、救援運動との結びつきからいっても、大いに意味があると思います。

私たちは運動の前途に横たわる困難を、知らないわけではありません。しかしビキニ被災の当時、だれがあの国民運動の大波が、起ることを予想したでしょうか。歴史の教訓は、正しい国民運動が、必ず勝利することを、証明しています。水の流れはどんなに小さいものでも、それが集まれば河となって、縦谷をうがち、横谷をきり開いて、千山万岳をつきぬけずにほおかないものです。

共通の目標に向って国民全体がいっしょに歩き出すことは、原水爆問題に関する限り、当然の命題です。日本国民は、世界から核兵器をとり除く使命をもっています。私たちのかかげた三目標は、政治上の利害や感情的な対立をのりこえて、皆が一致して要求し得るものと思います。

国際的には核兵器保有国のなかに、こうした運動を心よく思わない政治家がいます。彼らは自国民に対して、核兵器の恐ろしさを知らせたがらないからです。しかし、これらの諸国民も真実を知ることを希望していますし、私たちがその点でお役に立つことは国際的な友情の発露と申せます。世界の大部分を占める非核武装国が、日本の声を心から歓迎することは、申すまでもありません。国連の原水爆災害調査報告書は、全世界の輿論を、核兵器の全面的禁止に向ってもりあげるのに、大きな役割を果すことと思います。

私たちは何の力も持たない、弱い人間にすぎません。ただ無力な人間でも、みんなが団結して国民運動に立ち上るとき、世界の歴史を動かすことができます。一人一人の自覚が大切であり、勇気をもって当る行動が必要です。静かで力強い運動の中から、日本政府の方向が決定され、国連を通じて世界の動向を決定することができます。

米紙The New York Timesの原爆裁判報道

米紙The New York Timesの原爆裁判報道(1953年2月~1963年12月)

年月日 事項
1953.2.13 Hiroshima Ponders a Suit
[広島の法律家、原爆訴訟を検討]
HIROSHIMA, Japan, Feb. 12 (Reuters) – A legal committee here is studying international law to see if the city can claim damages from the United States for the 1945 atomic bomb attack. The Civic Bar Association passed a resolution yesterday setting up the committee.
1953.6.9 Reuters TOKYO 6.8
[ルーズヴェルト夫人、トルーマン大統領の原爆投下命令は正しかったと語る。]
1954.1.10 ATOMIC VICTIMS TO SUE
Japanese Plan to Name Truman in plea for Indemnity
[11人の日本人弁護士、今日、トルーマン大統領とアメリカ合衆国に対し、原爆被害者に対する損害賠償請求を行うと発表。]
TOKYO Jan. 9 (Reuters) – Eleven Japanese lawyers announced today that they would sue former President Harry S. Truman and the United States Government to gain compensation for every victim killed or wounded in the atomic attacks on Hiroshima and Nagasaki.
The lawyers, most of whom defended Japanese war criminals at post-war trials, alleged had violated both international and American domestic law. They gave no details as to where they would bring suit.
A spokesman for the group, known as the Atomic Bomb Compensation Federation, said it would demand about $3,000 compensation for every fatality, to be paid to relatives of the victims, and $600 for every survivor.
1955.4.4 1955.4.4
AP TOKYO 4.26
[広島の3人の原爆被害者、昨日、日本政府に原爆被害の賠償を提訴。]
1963.12.7 TOKYO COURT RULES ’45 A-BOMBS ILLEGAL
[東京地裁、原爆投下は国際法違反との判決を下す。]
TOKYO Saturday, Dec. 7 (AP) – A Japanese civil court declared today the United States violated international law by dropping atomic bombs on Hiroshima and Nagasaki in August, 1945, just before the end of World War Ⅱ.
The opinion by Judge Toshimasa Kozeki of Tokyo District civil court, on Pearl Harbor day, was in the case of five atomic bomb victims who sued the Japanese Government for $555 to $833 compensation each for their injuries. The court turned down their suit, ruling that neither national nor international law gave individuals the right to claim war compensations from the state.
The legal declaration condemning the atomic bombings was the first of its kind in Japan. Prof. Kaoru Yasui of Hosei University, director of the Japan Council against Atomic and Hydrogen Bombs, said the ruling had a “profounded significance and constituted a great encouragement to the ban-the-bomb movement in the world.” He said he regretted the court did not recognize the survivors’ claims.

 

1977年原水爆禁止世界大会記録

『1977年原水爆禁止世界大会記録』(原水爆禁統一実行委員会、19771101)

77年
見出し 備考
口絵
17 序(新村猛)
18 目次
21 <名称><主催><テーマ><世界大会の日程>
統一77d
21 名称一九七七年原水爆禁止世界大会
主催
原水爆禁止統一実行委員会
テーマ
1 核兵器絶対否定の道をともに歩むために、一九七七年八・六広島―八・九長崎から、何をよびかけるべきか。
2 核兵器の廃絶と被爆者の援護のため、われらいま何をすべきか、何をすることができるか。
21

 

世界大会の日程
8月3日4日=国際会議(国際ホテル及び広島YMCA)
8月5日=午前中の平和行進・集会などの成功にむけて可能な参加をよびかける。
=11:30~12:30 1977年原水爆禁止世界大会(県立体育館武道場)
=13:30~16:30 NGO被爆問題シンポジウムラリー(大衆集会)県立
体育館)に参加。
8月6日
=9:00~13:00 統一実行委員会の関連行事として原爆犠牲者追悼碑めぐり、資料館見学およびオープン・フォーラム
=14:00~16:00 1977年原水爆禁止世界大会(県立体育館)
22 主催者あいさつ(新村猛)
27 国際会議開会総会
28 国際会議開会総会
29 開会あいさつ(草野信男)
30 国際会議諸役員の選出
31 議長団代表あいさつ(ジョージ・ウォールド)
34 NGO被爆問題シンポジウム」からのあいさつ(ショーン・マックブライド)
40 被爆者の訴え(千田数雄-広島)
42 海外代表のあいさつ(フィリップ・ノエルーベーカー)
46 海外代表(ジョージ・ウォールド博士)のプロフィール
47 分科会とフォーラム 8月3日 広島(広島YMCA 広島国際ホテル)
 49  国際会議閉会総会
 50
 51  閉会あいさつ(森滝市郎)
 54  海外代表(フィリップ・ノエルーベーカー卿)のプロフィール
55
56  海外代表(ペギー・ダフ)のプロフィール
 57  開会集会
  58
59  開会のことば(田中里子)
 60  議長団代表あいさつ(草野信男)
61  主催者のあいさつ(新村猛)
63  海外代表あいさつ(イーデス・バレンタイン)
64  国際会議からの報告(ペギー・ダフ)
66  被爆者の訴え(被爆者の訴え)
68  閉会のことば(嶋田清隆)
70  海外代表(ファン・アイン教授)のプロフィール
71  1977年原水爆禁止世界大会
73  開会のことば(高桑純夫)
74  議長団代表あいさつ(森滝市郎)
 75  主催者あいさつ(新村猛)
76  国際会議報告
76  第1分科会まとめ報告(ペギー・ダフ)
79  第1分科会まとめ報告(久保文)
80  フォーラムー原発核エネルギー問題(猿橋勝子)
 81  海外代表あいさつ(ファン・アイン)
83   海外代表あいさつ(ジョージ・ウォールド)
84  各界代表あいさつ(富塚三夫)
86   各界代表あいさつ(小笠原英三郎)
 88  被爆者の訴え(森下弘)
90   被爆者の訴え(田中熙巳)
91   被爆者の訴え(李実根)
92  閉会のことば(吉田嘉清)
94  海外代表あいさつ(バーバラ・レイノルズ)
 95  世界大会文書
96  アピール
98  決議
 100  付属文書
 105  大会総括
 106  1977年原水爆禁止世界大会の総括 1977年11月7日 原水爆禁止統一実行委員会
111  海外メッセージ
112  国家元首メッセージ
113 ベトナム
113 ラオス
115  キプロス
115 トンガ
 116  メキシコ合衆国(ホセ・ロペス・ポルティーリョ)
 117  キューバ共和国
117 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(ヨシプ・ブロス・チトー)
118  カタール国(シャイク・カリフビン・ハマド・アルタニ・アミイル)
120  ガーナ国(I・K・アチャポン)
 120  各国個人からのメッセージ
120 サラフ夫婦夫婦からのメッセージ
122 R・オールドリッジ氏
123 ポール・パーリン氏
124 国際組織・各国メッセージ
127  原水爆禁止統一実行委員会実行委員名簿
128  原水爆禁止統一実行委員会実行委員名簿
 129   原水爆禁止統一実行委員会幹事会名簿
130  大会役員
132  参加海外代表リスト(36カ国16国際組織・142名)
 137  日誌(5・19―11・17)
 156  山高しげり先生をしのんで
157  参考資料
 広島・長崎アピール(五者アピール)158
 核廃絶をめざす運動とその展望(五者アピール別紙)
 日本共産党と総評との合意事項(総共合意書)161
 宗教者アピール162
  地婦連・日青協の声明163
 5月19日合意書164
 日青協・地婦連見解165
 拡大世話人会の確認事項(6・13申し合わせ)166
声明(被団協声明)167
呼びかけ168
国際招待状169
アメルシンゲ氏への手紙170
生存のための動員(日米共同記者会見での声明)171
 焼津アピール172
 よびかけ(広島ラリー)174
 長崎より世界のひとびとへ(長崎ラリー)175
 大会の成功を保障するための申し合わせ177
 非同盟諸国調整ビューローの見解(骨子)178
 国連に核兵器完全禁止を要請する署名推進要項
 181  署名運動推進連絡会議申し合せ
 183  NGO軍縮委の軍縮会議への代表派遣についての呼びかけ
 186  日本国民統一代表団派遣について
 188  編集をおわって(太田誠一 日本青年団協議会)

原水爆禁止世界大会記録(第22回)1976年

原第21回水爆禁止世界大会の記録(1976)(広島)<作業中

22回2 22回1

 

記録1
01  第22回原水爆禁止世界大会の記録
02 第22回原水爆禁止世界大会国際予備会議(8月1日) 東京学士会館
03  開会あいさつ(田沼肇)
 03  主催者あいさつ(草野信男)
 04  被爆者代表あいさつ(伊東壮)
05  海外からのメッセージ
 06
07 第1分科会報告
08  特別報告
08  吉田嘉清
09  ロバート・C・オルドリッチ
11  平野義太郎
13  山田英二
14  服部学
16 エデイヌ・バレンタイン
16  芝田進午
 19  第2分科会報告
20
20 特別報告
20 本条嘉久雄
21  ペギー・ダフ
23 陸井三郎
25 ハットソン(オーストラリア)
 28  海外代表団名簿 (23カ国、8国際組織、ゲストオブザーバー3人、合計71人)
 32  国際予備会議役員名簿
<以下(報告2)に収録分>
 国際予備会議(第一分冊のつづき)112~124
 広島・長崎の被爆の実相と後遺および核実験による被害の実情、核兵器使用の非人道性、犯罪性と国際性。被爆者への援護・連帯 112
 被爆体験を中心に 113
 胎内被爆者として 114
 被爆者 115
 峯健一君の教師として 116
 代々木病院MSW 117
 ミクロネシア 117
 誌上参加(北アメリ九大陸における被爆者の実態 118)
 国連事務総長への報告 119
 イギリス・ICDP議長 120
 被爆者からの報告 120
 被爆者の報告 122
 123  被爆二世の立場
 スリランカ共和国 123
 東京原水協(新日本婦人の会)124
 海外代表と第五福竜丸 125
 海外代表名簿の追加と海外からよせられたメッセージリスト 126
 世界大会本会議役員名簿 127
 国際予備会議・特別報告リスト 127
 記録2
02 日本原水協報告
11 本会議開会総会
11 日本原水協報告
13  国際予備会議の報告
  15  来ひんあいさつ(国連要請国民代表団派遣中央実行委員会・行宗
  16  日本共産党・金子満広 16/日本山妙法寺・藤井日達 18/
アメリカ、マディソン市長・ポール・ソグリソ 18)/
18  メッセージ(広島市長・荒木武 )
 19  報告と訴え(国民平和行進に組織をあげて参加して・長谷川善久 /日本原水協組織の確立・河野怜子 20/
 21  被爆者の訴え・石田明
 22  海外代表あいさつ(ベトナム社会主義共和国 22/アメリカ 24/IPB 25/南アメリカ 25)
26  平和行進の報告
  28  海外代表とヒロシマ
  28   平和記念碑献花と原爆資料館訪問
 28  原爆病院訪問
 28  被爆者との懇談会
  30 平和行進
30  広島の声を世界に-文化の夕-
  32  一九七六年八月六日の広島、6・9行動
 33  国内メッセージの紹介
 分散討論会 34~52
 第一分散会~第十分散会 34/第十一分散会~第二十分散会 42/第二十一分散会~第二十五分散会 49
 行動分科会(岩国・呉)53
 分科会 55~63
 核兵器完全禁止国際共同行動 55
 各国人民のたたかいと相互支援 56
  57  被爆者の運動と援護・連帯運動
 原水爆禁止と平和運動 58
 原水爆禁止運動と被爆二世運動 57
 原水爆禁止運動と学生運動 60
原水爆禁止運動と高校生 61
原水爆禁止運動と文化運動 62
原発・むつ問題と原水爆禁止運動 63
原水爆禁止少年・少女のつどい 64
被爆者家庭訪問 67
本会議閉会総会 70~81
海外代表あいさつ(キューバ 70/ギリシャ 72/オーストラリア 73)/
諸行動の報告 73
分散討論集会のまとめ 74
分科会、行動分科会まとめ 75
報告と決意(少年・少女のつどい引率者代表 77
少年・少女のつどい参加者 78
被爆二世代表 78
高校生代表 79
アメリカー79)
終了にあたり(スリラソカ 80/アラブ法律家連盟 81)
閉会あいさつ 81
第二十二回原水爆禁止世界大会諸文書 82
第二十二回原水爆禁止世界大会決議 82
国際連合への要請 84
第五回非同盟諸国首脳会議への書簡 85
日本代表団決議 86
東京大会 88~99
日本原水協のあいさつ 88
メッセージ(東京都知事 90/埼玉県知事 90)
来ひんあいさつ(日本被団協・田川時彦 90
日本共産党・紺野与次郎 91
海外代 のあいさつ(国際平和ビューロ 92
ルーマニア社会主義共和国 93
ラオス人民民主共和国 94
ベトナム社会主義共和国 95
たたかいの報告(ヒロシマ・アピール支持運動 96
被爆者援護・連帯運動 96
ロッキード疑獄と核基地撤去 97
第五福竜丸 98
東京大会の決意 99
 長崎大会開会総会 100~106
開会総会 100/
 /来ひんあいさつ(日本共産党・立木洋 101
 日本科学者会議・長崎支部・東幹夫 102
 海外代表あいさつ(ニュージーランド 102/イギリス 103/
ベトナム 103/アメリカ 104)
 被爆者の訴え 104
 長崎大会の問題提起 105
 メッセージ(長崎市長・諸谷義正 106)
 長崎大会閉会総会 106~111
 海外代表意見(ラオス 106/アメリカ 107/カナダ 607/
IPB 107/ベトナム 108/分科会まとめ報告 108
 長崎大会の決意 109/決意表明(鹿児島原水協 111/
大分原水協 111/宮崎原水協 111)

 

原水爆禁止世界大会記録(第21回)1975(広島)

原水爆禁止世界大会記録(第21回)1975(広島)<作業中

 

記録1  21回1
01 広島・長崎被爆30周年 第21回原水爆禁止世界大会の記録
02 第21回原水爆禁止世界大会国際予備会議(8月1日) 東京学士会館
03  開会あいさつ(田沼肇)
 04  議長団代表あいさつ(フィリップ・J・ノェルベーカー卿)
 05  海外からのメッセージ
 07  日本原水協報告(草野信男)
 08  各国代表の報告
 14  <特別報告>太平洋におけるアメリカの核戦争システム
 17  被爆者の訴え(安永美恵子)<長崎>
 18  <特別報告>最高の第一攻撃用兵器、トライデント
20  <特別報告>ブラッドフォード提案と軍縮会議について(アーサー・ブース)
 21  <特別報告>広島原爆の実相・原爆投下の論理と倫理(佐久間澄)
23  <特別報告>アジア太平洋地域の核基地について
 25  イギリス(ペギー・ダフ)
 27  平和と友好の東京宣言
 28  海外・国際団体参加名簿
 24カ国11国際組織、3オブザーバー組織、合計72人。
 32  国際予備会議役員名簿
記録2  21回2
 wc22
011  第21回原水爆禁止世界大会
 8月5日午後1時 広島県立体育館
 012  開会あいさつ(吉田嘉清)
 014  メッセージ(クルト・ワルトハイム国連事務総長〈代読〉)
014  日本原水協報告(佐久間澄)
016  国際予備会議の報告
 017  来賓あいさつ
 018  日本科学者会議
 018  日本共産党(瀬長亀次郎)
19  平和行進報告(渋谷正利)
 20  訴えと報告
 20  被爆者の訴え(山瀬明)
22  海外代表報告
 25  海外代表とヒロシマ(8月4・5日)
 平和記念碑献花
 原爆病院訪問
 原爆資料館
 被爆者との懇談会
26  平和行進
 27  被爆30年広島国際フォーラム 8月4日
 28  あの日から30年*8月6日の広島
 28  6・9行動
 30  分散会 30会場
52  動く分散会 岩国・呉基地
 54  分科会 6会場
 60  原水爆禁止少年少女のつどい
 63  被爆者とともに文化の夕
 65  灯ろう流し
 66  被爆者・市民訪問
 69  連帯集会 3会場
 73  階層別集会 6会場
 77  慰霊碑めぐり
 78  第21回原水爆禁止世界大会閉会総会 8月7日 午後1時半 県立体育館
 83  分散会・分科会のまとめ
 89  議長団代表あいさつ
 90 第21回原水爆禁止世界大会文書 1975年 広島

原水爆禁止世界大会記録(第20回)1974(広島)

原水爆禁止世界大会記録(第20回)1974(広島)<作業中

20回1 20回2

 

記録1
01 第20回原水爆禁止世界大会記録
02 原水爆禁止世界大会国際予備会議(8月2日) 東京・労音会館
03  海外メッセージ
 06  広島・長崎は訴える
 08  日本原水協報告
 09  海外代表の報告
 18  原水爆禁止世界大会東京大会(8月2日) 東京・労音会館
24  東京大会の決意
 25  国際予備会議第2日(8月3日) 東京・労音会館
記録2
 dc1794-20-120

原水爆禁止世界大会の記録(第19回)1973年(長崎)

原水爆禁止世界大会の記録(第19回)(長崎)<作業中

記録1
19回1
見出し
1 第19回原水爆禁止世界大会 核兵器全面禁止へのさけび
2 原水爆禁止世界大会国際予備会議(8月4日) 学士会館
16 第19回原水爆禁止世界大会東京大会(8月4日)
30 海外・国際団体参加名簿
記録2
19回2
 01  第19回原水爆禁止世界大会 17年ぶり、長崎で本大会
 02  日本原水協の一般報告

 

原水爆禁止世界大会の記録(第18回)1972年

原水爆禁止世界大会の記録(第18回)1972年<作業中

記録1
18回1
見出し 備考
1 国際予備会議第1日(8月3日)
43 国際予備会議第2日(8月4日)
記録2
18回2
1 第18回原水爆禁止世界大会開催総会(8月5日) 東京・小石川運動場
2 本会議開会総会(8月5日)
25 集中平和行進(8月5日)
26 原水爆死没者追悼集会(8月6日)
27 1万人討論集会(8月6日) 100会場
84 1万人行動(8月7日)
101 第18回原水爆禁止世界大会文書
108 原水爆禁止世界大会広島大会(8月6日)
120 原水爆禁止世界大会長崎大会(8月9日)
129 原水爆禁止世界大会沖縄大会(8月14・15日)

原水爆禁止世界大会の記録(第17回)1971年

原水爆禁止世界大会の記録(第17回)1971年<作業中

記録1
17回1
見出し 備考
1 東京大会(7月31日)
13 国際予備会議第1日(8月1日)
37 国際予備会議第2日(8月2日)
59 国際予備会議第3日(8月3日)
記録2
17回2
1 広島大会第1日(本会議開会総会)(8月5日) 広島県立体育館
20 海外代表とヒロシマ(本会議2日目)(8月6日)
94 広島大会第3日(本会議閉会総会)(8月7日)
109 長崎大会(8月8日)
121 71年第17回原水爆禁止世界大会文書
127 国際予備会議第3日(第1分冊のつづき)(8月3日)
135 大会主要役員名簿

原水爆禁止世界大会の記録(第16回)1970年

原水爆禁止世界大会の記録(第16回)1970年<作業中

記録1
16回25
見出し 備考
1  国際予備会議第1日(7月30日) 学士会館
2 開会のあいさつ(吉田嘉清)
2 議長団代表あいさつ(平野義太郎)
記録2
16回97
 120  被爆地長崎でしめくくりの大会
 121 第16回 原水爆禁止世界大会長崎大会(8月9日)
 来賓あいさつ
 星野力(日本共産党代表)
 122  チャン・ヴェト・フォン(特別来賓「ベトナムの平和と統一のためのにたたかう在日ベトナム人民の会」)
123  佐久間澄 第16回 原水爆禁止世界大会本会議報告
 124  海外代表あいさつ
インド( B・P・マウリヤ)
 125 イラク代表 (ラヒム・アジナ)
スウェーデン代表 (ジョーン・タックマン)
126  特別発言
 渡辺千恵子「被爆25年に耐えて」
平山香代子 「若い世代のわたしたちは訴える」
 127  松尾積「6・9行動をやりぬいて」
 花城恵喜「沖縄県代表の発言」
 128  被爆につながる多くの思い出
 129  広島からのよびかけ
130  長崎大会の決意
135  あとがき
 <本会議1万名、広島大会5千名、長崎大会1万名>

ヒロシマと右翼暴力団<運営委員会の発表(1969年8月6日)>

ヒロシマと右翼暴力団<運営委員会の発表(1969年8月6日)>

出典:『議事要録 (第15回原水爆禁止世界大会)1969年』p75
 20220219101248208
昨日の文化大集会に参加するために本体育館に集ってきた世界大会代表団ならび一般広島市民にたいし、右翼暴力団が数次にわたり襲撃し、多数の負傷者を出す・・・
自動車でのりつけ・・・樫の棒をもっておそいかかり、ところ構わずなぐりつけ頭や腕腰に負傷させた。福島、大阪、埼玉代表団員数名は、頭を五つハリ、六つハリも縫うという相当な重傷をおいました。
この事件で最も重視すべきことは、暴力団があばれまわっているのを警察は、これを制止せず、むしろ傍観的態度をとっていたということ
わったしは事件後ただちに、徳毛広島県原水協常任理事とともに県警本部に厳重抗議し、警察のこのような無責任な不当な態度を追求し、犯人の即時逮捕を要求・・・
かつて、1960年の安保闘争を前にしての第5回原水禁大会のときもこの広島で暴力団が、わが平和行進団を襲撃し、多数の負傷者を出したことを忘れることはできない。

議事要録 (第15回原水爆禁止世界大会)1969年

議事要録 (第15回原水爆禁止世界大会)1969年

 

議事要録[1]
20220217212008820
 頁  見出し  備考
 01   国際予備会議第1日(7月30日) 会場:プリンス・ホテル
02  開会のあいさつ(吉田嘉清)
 02  歓迎のことば(佐久間澄)
 02  議長団代表あいさつ(朝鮮 李時求)
03  海外 代表の入国拒否に関する報告(本田良介)
04  日本原水協の一般報告(畑中政春)
 09   海外からのメッセージ
12  特別報告
12 ベトナム平和委員会代表団長
17 被爆者特別報告(井上与志男)
18 海外代表演説
 23 国際予備会議第2日(7月31日) 会場:プリンス・ホテル
23 特別報告
 23 沖縄のたたかいの報告(根保幸栄)
24  海外代表演説
33  国際予備会議第3日(8月1日) 会場:プリンス・ホテル
 34  特別報告
南ベトナム (録音放送・佐藤行通代読)
 36  海外代表演説
 45  国際予備会議第4日(8月2日) 会場:プリンス・ホテル
 47  国際予備会議閉会総会(8月3日) 会場:プリンス・ホテル
 49   世界大会・東京大会(7月31日) 日比谷公会堂
 61  国際予備会議役員名簿
 62   海外各国、各国際団体代表名簿
議事要録[2]
   20220217212341455
 頁  見出し  備考
 01  集中平和行進(8月4日) 広島
03
  05  原爆病院の訪問
 06  本会議開会総会(8月4日) 広島県立体育館
07  開会宣言(吉田嘉清)
07  議長団あいさつ(小佐々八郎)
07 来賓あいさつ(日本共産党 宮本顕治)
09  第五福竜丸保存の訴え(三宅泰雄)
09  日本原水協の一般報告(畑中政春)
12  国際予備会議報告(細井友晋)
13  行進団報告(久保勝彦)
 15  科学者会議の報告(江口朴郎)
17   海外代表あいさつ
20  ベトナム民主共和国平代表団長の報告(代読者 平山照次)
26  特別報告
26 被爆者代表(西本良子)
 27  沖縄代表(比嘉正夫)
29  第26分散会の討論のまとめ(8月5日) 広島
50  第26分散会
51  被爆者の家庭訪問
52  感想文から
58  文化大集会(8月6日夜) 県立体育館
59  被爆者との懇談会 せとうち苑
60  特別集会
 60  原水爆と若い世代 藤田観光ビル
63 被爆者の健康 日生ホール
65  記念講演会
65 第1 70年代と原水爆禁止運動(佐久間澄、本条喜久雄)
67  第2 沖縄返還と原水爆禁止運動(服部学、比嘉正夫)
 69   第3 各国民の反帝・平和闘争の相互支援のために
71  軍事基地の現地調査(8月6日) 岩国・呉
71  米軍と自衛隊の基地-呉
 72  侵略のための多面な役割-岩国
 74  本会議閉会総会(8月6日) 広島県立体育館
75  運営委員会の発表(畑中政春)<ヒロシマと暴力団>
75 海外代表あいさつ
 80  南ベトナム平和委員会代表団長の演説
 84  大会によせられたメッセージ
85  分散会のまとめ(今村真直)
86  被爆者家庭訪問のまとめ(近江幸正)
88  基地調査のまとめ(大川義篤)
89  特別集会のまとめ(楠忠之)
89 被爆者の健康(楠忠之)
90  原水爆と若い世代の報告
91  閉会あいさつ(佐久間澄)
92  第15回世界大会長崎大会(8月8・9日)
93  被爆者特別集会(8月8日) 長崎・青雲閣
95  記念講演会(8月8日) 長崎市公会堂
97 議長団代表あいさつ(細井友晋)
97 地元歓迎のあいさつ(坂井孟一郎)
98 第15回世界大会報告(畑中政春)
 99  討論集会報告(佐藤忠信)
 101  特別報告
101 被爆者代表報告(渡辺千恵子)
102  沖縄代表報告(伊波宏)
 102  海外代表報告
 106  決意表明(高曲敬三 福岡県代表 )
106  閉会のことば(小佐々八郎)
106 第15回世界大会長崎 大会の決意
 108  大会で採択された諸文書
 117  編集後記
118  本会議への メッセージ
118  海外メッセージ(追加)
119 第15回原水爆禁止世界大会本会議主要役員名簿
120  第15回原水爆禁止世界大会議事要録 第2分冊目次
第15回原水爆禁止世界大会議事要録・付録
2 日本における核開発と核武装
7 放射能・生物・化学兵器の完全撤去を!
9 アジア侵略に加担する自衛隊
12 自主防衛にのりだす独占資本
16 被爆者とともに被爆者救援運動を

議事要録 (第14回原水爆禁止世界大会)1968年

議事要録 (第14回原水爆禁止世界大会)1968年

 

議事要録[1]
20220217211420709
 頁  見出し  備考
 01  国際予備会議第1日(7月31日) 会場:学士会館
 02  開会のあいさつ(吉田嘉清)
02 議長団代表あいさつ(キューバ ホセ・ゲルラ)
 03  歓迎のことば(小佐々八郎)
 03  日本政府の南・北ベトナム代表、朝鮮代表にたいする入国拒否に関する報告と提案(広田重道)
 04  日本原水協の一般報告(佐久間澄)
 08  海外からのメッセージ
 10  特別報告
10 ベトナム民主共和国平和委員会代表団長(代読橋爪利次)
15 南ベトナム平和委員会代表団長(代読多田英次)
19 被爆者特別報告(辻幸枝)
 20   海外代表演説
 23  原爆被害記録映画公開のための訴え(岩崎昶)
 24  国際予備会議第2日(8月1日) 会場:学士会館
24 特別報告
 24  沖縄県代表(吉沢弘明)
 26  海外代表演説
 37  日本代表団団長報告(平野義太郎)
48  ベトナム民主共和国平和委員会代表、南ベトナムの解放民族戦線代表および朝鮮民主主義人民共和国代表の入国拒否ならびに原爆被害記録映画貸出し拒否に対する抗議と要請
 50  国際予備会議第3日(8月2日)  会場:学士会館
 51  海外代表演説
51 世界宗教者平和会議国際常置委員会(壬生照順)
 57  閉会のあいさつ(櫛田ふき)
 58  採択された文書
 61  名誉議長に推された人びと
 62  海外各国、各国際団体代表名簿
 64  国際予備会議役員名簿
議事要録[2]
 20220217211709284
 頁  見出し  備考
1  世界大会本会議
1  本会議総会(8月3日) 会場:都体育館
2 本会議開会宣言(吉田嘉清)
2 議長団代表のあいさつ(堀真琴)
2 日本政府の海外代表にたいする入国拒否に関する報告と提案(広田重道)
3  海外からのメッセージ
3 来賓あいさつ
3  野坂参三(日本共産党中央委員会議長)
5  瀬長亀次郎(沖縄人民党委員長 代読)
6  祝電メッセージ
6 美濃部亮吉( 東京都知事)
 6 蜷川虎三 (京都府知事)
7  日本原水協の一般報告(佐久間澄)
 9  国際予備会議報告(細井友晋)
10 海外代表演説
17  特別報告
17 吉沢弘明沖縄県代表団長
19 石田昭二被爆者代表
20  科学者会議の報告(江口朴郎)
 22  集中平和行進(8月3日) 渋谷・新宿
 24  分散会の討論のまとめ(8月4日) 法政大学 38会場
 44  ベトナム侵略戦争反対特別集会(8月4日) 九段会館
49  沖縄小笠原返還特別集会(8月4日) 千代田公会堂
54  被爆者救援運動特別集会(8月4日) 日消ホール
 59  基地反対特別集会(8月4日) 5コース
62  三里塚コース
 64  朝霞・王子コース
66 横浜コース
68 立川・横田コース
70 東海村コース
72 米日両国政府に対する抗議行動
 <大会史上はじめて>
 74  第五福竜丸を見る会
75  米原潜放射能汚染特別学習集会
 76  本会議閉会総会(8月5日) 都体育館
79  祝電・メッセージ
 78  特別報告
79  海外代表演説
86  分散会のまとめ
88 特別集会のまとめ
第14回大会参加者総数など
1 大会参加者数 10,043名(代表確認)
2 核兵器持込み反対の署名 (大会までに確認したもの)820,000名
3 ベトナム人民支援 821,783円
4 被爆者救援基金(本大会で集約したもの) 4,016,929円
5 第五福竜丸募金 168,000円(分散会でのカンパ)
90  大会で採択された諸文書
90 一般決議
92  ベトナムにおけるアメリカ帝国主義の侵略と戦争犯罪を糾弾し、ベトナム人民の完全勝利をたたかいとるための国際統一行動強化のよびかけ
93  日本代表団文書
沖縄の即時、無条件、全面返還と当面する三大選挙の勝利のために
 94  被爆者救援活動を強化するための決議
95  第五福竜丸保存運動をすいしんさせるための決議
 95  日本代表団の決意
 97 第14回原水爆禁止世界大会広島大会(8月6日) 県立体育館
98 議長団あいさつ(山口勇子)
98 広島県原水協代表あいさつ(佐久間澄)
99 海外代表のあいさつ
103 第14回世界大会の報告(小林徹)
104 広島大会分科会の報告(楠忠之)
106 「基地問題」分科会報告(永井秀明)
107 特別報告
107 被爆者報告(名越操)
108 沖縄報告(吉沢弘明)
110 採択された文書
110 広島大会の決議
 111  第14回原水爆禁止世界大会長崎大会(8月9日) 大橋球場
112 議長団代表あいさつ(岡本弘)
112 長崎県原水協代表あいさつ(坂井孟一郎)
113 第14回世界大会の報告
113 長崎大会における14回世界大会報告(広田重道)
114 特別報告
114 被爆者代表(渡辺千恵子)
115 沖縄代表(五城勝雄)
116 海外代表演説
120 決意表明(斉藤幸 福岡県代表団 )
121 閉会のことば(小佐々八郎 日本原水協代表理事)
122 採択された文書
122 長崎大会の決意
123 原爆病院を訪問する
124 慰霊分散会
125  内外から寄せられたメッセージ
127  本会議の主要役員名簿
  第14回原水爆禁止世界大会 議事要録付録
 2  世界大会の歴史と役割
 6  被爆者救援運動のあゆみ
 9 ベトナム問題解説
 12  原水爆禁止運動のあゆみ(年表)
 13  原水爆禁止運動の歴史と伝統(座談会)
 戦後平和運動の始まり/原水爆禁止署名運動全国協議会の発足/第1回世界大会の評価

議事要録 (第13回原水爆禁止世界大会)1967年

議事要録 (第13回原水爆禁止世界大会)1967年

見出し 備考
議事要録[1]
01 国際予備会議第1日(7月31日) 会場:東京上野・文化会館
02 開会のあいさつ(吉田嘉清)
03 議長団代表あいさつ(ジェルール・メライカ)
03 歓迎のことば(佐久間澄)
03 日本政府の海外代表にたいする入国拒否について(広田重道)
 04  日本原水協の一般報告(畑中政春)
08  海外からのメッセージ
09 特別報告
09 ベトナム民主共和国平和委員会代表団長(代読山口圭一)
13 南ベトナム平和委員会代表団長(代読橋爪利次)
16 被爆者代表特別報告(中本剛〔広島市被爆者団体協議会代表〕)
17  海外代表演説
31   日本代表団団長報告(平野義太郎)
 34  特別報告
沖縄県代表(真喜屋武)
36 海外代表演説
42 政府の入国拒否に抗議
43  国際予備会議第2日(8月1日) 会場:東京文化会館
43 アメリカ()
43 全日本学生自治会総連合(田熊和貴)
45 全日本自由労働組合(国崎茂之)
46 平和行進団からのメッセージ
47 新日本婦人の会東京都本部(関高子)
47 朝鮮民主主義人民共和国(李時求)
48 ベトナム戦犯調査日本委員会(陸井三郎)
49   国際予備会議第3日(8月2日)  会場:東京文化会館
50  海外代表演説
54  世界宗教者平和会議国際常置委員会と日本宗教者平和委員会(壬生照順)
56 海外代表演説
60 閉会のあいさつ(細井友晋)
61 名誉議長に推された人びと
62  海外各国、各国際団体代表名簿
64 国際予備会議役員名簿
 頁  見出し  備考
   議事要録[2]
 01  第13回 世界大会本会議
02 国民平和行進団報告 都内集中行進
04  世界大会本会議総会(8月4日) 会場:小石川運動場
05 本会議開会宣言(吉田嘉清)
05 本会議開会総会での議長団代表あいさつ(北野信一郎)
05  日本政府の海外代表にたいする入国拒否についての報告と提案(広田重道)
06 日本原水協の一般報告(畑中政春)
06 国際予備会議報告(佐久間澄)
13 国民平和行進団報告 (佐藤行通 平和行進団長)
14  海外代表挨拶
18 科学者会議の報告
19  特別報告
19 被爆者特別報告(平田みち子)
21  沖縄特別報告(真喜屋武)
23  分散会の討論のまとめ(8月5日)40分散会
44 ベトナム侵略戦争反対特別集会
50 核兵器完全禁止・日本の核武装阻止特別集会
56 沖縄・小笠原返還要求特別集会
60   被爆者救援特別集会
64 基地反対-現地調査
64 百里基地コース
66 三里塚
68 横田・砂川コース
70 相模原コース
72 原水爆犠牲者慰霊祭(8月6日) 東京・千代田公会堂
74 8・6一斉行動
78 本会議閉会総会(8月7日) 小石川運動場
79 祝電・メッセージ
80 各国代表あいさつ
87 分散会まとめの報告(今村真直)
89 特別集会まとめの報告(石井あや子)
90 被爆者救援募金集約報告(田沼肇)
91  ベトナム人民支援金支援資材集約報告(国崎茂之)
91 8・6一斉行動報告(能勢頼伴)
91 閉会のあいさつ(小佐々八郎)
92 大会で採択された諸文書
97 世界大会広島大会(8月5日) 県立体育館
98 議長団あいさつ(河野勲)
98 広島県原水協代表あいさつ(藤田祐)
99 デンマーク代表
100 ルーマニア代表
101 広島からの提案(山口勇子)
103 被爆者特別報告(新見愛枝)
104 沖縄特別報告(宮里政秋)
105 広島大会の決意
106 被爆者救援強化の決議
106 閉会あいさつ(利波多美)
107 ABCC抗議
107 平和行進
108 原爆被爆者こんだん会
109 原爆被爆者健診
110 世界大会長崎大会(8月9日) 大橋球場
110 議長団代表あいさつ(踊哲郎 佐賀県代表団団長)
111 地元歓迎のあいさつ(杉本篤 長崎県原水協会長)
111 第13回世界大会の報告(畑中政春)
113 国民平和行進入場と紹介(小沢和秋)
113 被爆者特別報告(渡辺千恵子)
115 ギニア代表
115 ウルグアイ代表
116 アメリカ代表
117 決意表明(橋之口直行 鹿児島代表団)
117 決意表明(横山博)
118 長崎大会の決意(浜田 県原水協)
119 分散会決議()
119 ABCCへの抗議文
119 慰霊分散会
120 慰霊碑参拝と原爆病院
120 被爆者を囲む懇談会
122 海外からのメッセージ
125 本会議の主要役員名簿
127 海外各国、各国際団体代表名簿
 目次(第二分冊)

議事要録 (第12回原水爆禁止世界大会)1966年

議事要録 (第12回原水爆禁止世界大会)1966年

見出し 備考
議事要録[1]
01 国際予備会議第1日(7月30日) 会場:学士会館
02 開会のあいさつ(吉田嘉清)
03 議長団あいさつ(小佐々八郎)
03 議事日程の提案(広田重道)
03  入国拒否について(本田良介)
 04  歓迎のことば(佐久間澄)
05 日本原水協の一般報告(畑中政春)
08  海外からのメッセージ
09  各国代表の報告
18  特別報告
 18   瀬長亀次郎(沖縄代表)
19   居原喜久江(被爆者代表)
21  国際予備会議第2日(7月31日) 会場:学士会館
21  海外からのメッセージ
23  海外代表の演説
31  世界宗教者平和会議(壬生照順)
32  日本代表(平野義太郎)
36  平和行進
37  東京大会 (7月31日) 会場:東京体育館
38   東京大会宣言(赤松宏一)
 38  美濃部都知事メッセージ
39  来賓あいさつ
 39  日本共産党(紺野与次郎)
 39  原潜汚染調査委員会(猿橋勝子)
40  沖縄人民党(瀬長亀次郎)
41  日本原水協(小佐々八郎)
41  海外代表あいさつ
43  決意表明
43  沖縄県(比嘉正夫)
43  全都高校生第5福竜丸保存実行委(田中講司)
 44  被爆者(西岡六三)
 46  関東の基地のたたかい(坂本正広)
47  東京大会の決意(竹内久夫)
 48  閉会宣言(広田重道)
49  美濃部さんを訪問
50   国際予備会議第3日(8月1日) 会場:学士会館
 50  海外からのメッセージ
51  代表演説
51 日本共産党( 米原いたる)
53  原水爆禁止科学者会議の報告(草野信男)
54  特別報告(本条喜久男)
56   国際予備会議第4日(8月2日) 会場:学士会館
61  議事要録 小目次
 62  国際予備会議役員名簿
 64  海外各国、各国際団体代表名簿
   議事要録[2]
01  世界大会本会議開会総会(8月5日) 会場:広島本川小学校
03  大会議長あいさつ(平野義太郎)
03  地元歓迎のことば(鈴木直吉)
03  日本原水協海外代表入国対策委員会の報告と提案(三好一)
03  国際予備会議の報告(佐久間澄)
08  国際予備会議にかんする日本原水協特別報告(小佐々八郎)
10   海外代表あいさつ
 14 被爆者の特別報告(吉岡幸雄)
 15   原水爆禁止科学者会議声明についての報告(江口朴郎)
17  海外代表の慰霊碑参拝と原爆病院への見舞い
 18  集中平和行進
20  分散会の討論のまとめ(8月6日)45会場
 46  被爆者特別集会(8月6日) 広島市見真講堂ホール
 49  沖縄・小笠原返還要求特別集会(8月7日) 草津小学校
52  世界大会本会議閉会総会(8月7日) 広島県立体育館
63  階層別協議会の討論と要点(8月7日) 22会場
 63   労働者協議会
68  婦人 協議会
71  青年 協議会
75  学生 協議会
79  農漁民 協議会
83  文化・芸術 協議会
85  科学者 協議会
86  商工業者協議会
89  高校生 協議会
 90  宗教者協議会
97  勤労市民協議会
99  体育・スポーツ関係者協議会
101  大会で採択された諸文書
 111  大会によせられたメッセージ
116  世界大会長崎大会(8月9日) 立山グランド
 127  原爆病院お見舞(8月10日)
 128  被爆者をかこむ懇談会(8月8日) 長崎自治会館
129  海外代表演説(国際予備会議)
 132  本会議出席の外国代表に国際団体代表名簿
 7か国、7国際団体 23名
 134  本会議の主要役員名簿
 136  第2分冊 目次

世界連邦新聞 1967年(172号、174号)

世界連邦新聞 1967年(172号、174号)

172号(3月1日発行)
山田節男副会長が出馬 広島市長選挙に
20220216093833435
20220216094047151
20220216094232270
山田節男「世界市民意識と世連 世界は運命共同体 まず人の心の改変から」
174号(5月1日発行)
広島市長に山田副会長 ”8・6は世界平和デーに”
20220216094606405
20220216094758696