大田洋子
おおた・ようこ 19031120生 19631210没 享年60
[原爆被害者の会東京協力会世話人]。第4回女流文学賞(1952年)、文化人会議昭和29年度平和文化賞。『広島県現代文学事典』(岩崎文人執筆。Pp233-234)
資料
| 大田洋子文学碑 | ||
| 大田洋子文学碑建立記念誌 | ||
| 作品 | ||
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
大田洋子
おおた・ようこ 19031120生 19631210没 享年60
[原爆被害者の会東京協力会世話人]。第4回女流文学賞(1952年)、文化人会議昭和29年度平和文化賞。『広島県現代文学事典』(岩崎文人執筆。Pp233-234)
資料
| 大田洋子文学碑 | ||
| 大田洋子文学碑建立記念誌 | ||
| 作品 | ||
YMCA国際平和研究所 設立:1984年3月 機関誌『かけはし』
資料
| 年月日 | 備考 | ||
| 198403 | 平和を創る | YMCAYMCA国際平和研究所編、勁草書房刊 | |
原水爆禁止香川県協議会 1957年10月5日結成
関連資料
| 『香川の原水禁運動30年史』(山本繁著、原水爆禁止香川県協議会、19790203) | ||
香川県原爆被害者の会 1957年11月23日結成
関連資料
| 『香川の原水禁運動30年史』(山本繁著、原水爆禁止香川県協議会、19790203) | ||
| 『日本被団協50年史 本巻』(20090501) | ||
『原爆文学研究18』 (原爆文学研究会、花書院、2019/12/21)
| 目次 | ||
|---|---|---|
| ◆―批評― articles― | ||
| 遠田憲成 原民喜「鎮魂歌」再考 3 ―「念想」を中心に― キアラ・コマストリ 原爆被害者と農村女性をつなぐ<表現>と<運動> 20 ―山代巴と手記集『原爆に生きて』をめぐって― 藤本佳弓 大澤幹夫「戯曲 原爆の子」論 30 ―作文集『原爆の子』受容の一端― 東村岳史 戦後佐世保における核の「軍事利用」と「平和利用」 45 ―原子力船「むつ」の受け入れ騒動を中心に 平野裕次 被爆した南方特別留学生に関する記憶と表象の史的展開について 66 小林朋子 “Unspeakable Thoughts Unspoken”を描くこと 82 ―『父と暮せば』と『ビラヴド』に見る「近代的生」 モハンマド・モインウッディン 放射能汚染、反核運動、被曝者 96 ―21世紀ヒンディ一語小説『マラング・ゴダ ニルカーント フア』を巡って |
||
| ◆特集「原爆文学」再読6―吉本隆明『「反核」異論』 | ||
| 坂口博 吉本隆明『「反核」異論』再読のために 108 村上克尚 交わらなかった議論 116 ―吉本隆明『「反核」異論』をめぐって 加島正浩 被爆者の祈念への贈与 128 一加藤典洋による『「反核」異論』への応答 柳瀬善治 「ムーゼルマン」の傍らにおける「倫理」と「連帯」は「喩」として表象可か 145 ―「現代詩論史」の視角から吉本隆明『「反核」異論』を読む― |
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| ◆特集「原爆文学」再読7―青来有一『爆心』 | ||
| 楠田剛士 「原爆文学」再読7―青来有一『爆心』報告 楠田剛士 青菜有一『爆心』の読まれ方 172 畑中佳恵 青菜有一『爆心』再読のために 179 |
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| 四條知恵 | 「虫」に寄せて―歴史的出来事の空白をめぐる検討 | |
| ◆小特集 テレビ・ドキュメンタリーと原爆小頭症 | ||
| 山本昭宏 企画趣意と『原爆が遺した子ら』内容紹介 202 平尾直政 『原爆が遺した子ら』をめぐるアフター・トーク 205 東琢磨 大牟田聡 山本昭宏 |
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| ◆―書評― Book reviews | ||
| 村上陽子 松永京子著『北米先住民作家と<核文学>―アポカリプスからサバイバンスへ』 228 永川とも子 スーザン・サザード著『ナガサキ―核戦争後の人生』 232 ◆―詩― poetry 高野吾朗 詩的考察:無意味さの意味について |
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| ◎彙報 | ||
書誌:世界連邦
| 発行年月日 | 書名 | 編著者・発行所 | 発行所 | メモ |
| 1950 | ||||
| 0110 | 世界連邦運動と我国におけるその現状 | 外務省情報部文化課 | ||
| 0201 | 世界連邦アジア会議報告書 | 世界連邦アジア会議広島準備委員会事務局(編) | ||
| 1952年11月3日~6日に広島で開催された会議の報告書 | ||||
| 1951 | ||||
| 1952 | ||||
| 0201 | 国際平和読本 | 小谷鶴次著 | 関書院 | U |
| 1953 | ||||
| 0201 | 世界連邦アジア会議報告書 | 世界連邦アジア会議広島準備委員会事務局著編・刊 | ||
| 0430 | 世界連邦は広島から | 中島進 | 世界連邦広島協議会 | |
| 1954 | ||||
| 1101 | 世界連邦第二回アジア会議広島大会 | 世界連邦建設同盟、世界連邦建設同盟広島支部 | ||
| 1101 | 世界連邦 | 下中弥三郎 | 元々社 | |
| 「8.ひろしま会議」 | ||||
| 1961 | ||||
| 0401 | 国際平和読本 改版 | 小谷鶴次著 | 関書院 | |
| 1965 | ||||
| 0101 | サンフランシスコ大会(第12回世界連邦世界大会)-参加と欧米視察の報告書 | [出版者不明] | ||
| 0205 | 平和像のできるまで | 世界連邦建設同盟豊中支部 | ||
| 0411 | 平和の解剖 | エメリー・リーヴス著 稲垣守克訳 | 世界連邦協会出版局 | |
| 0701 | 世界連邦第1集 | 尾崎行雄記念財団 | ||
| 1966 | ||||
| 0307 | 世界は一つ | 森義明 | 新東海社 | |
| 0615 | 岐路に立つ-世界連邦実現の近みち | 南俊夫著、世界連邦日本国民会議編 | 世界連邦日本国民会議 | |
| 0615 | 世界連邦西日本大会-大会のしおり | 広島市、世界連邦建設同盟広島県協議会 | ||
| 1967 | ||||
| 0101 | 世界連邦都市宣言運動 その目的・精神・方法・効果 | 世界連邦都市宣言世界本部 | ||
| 0301 | 世界連邦新聞 172号 | 世界連邦建設同盟 | ||
| 0501 | 世界連邦新聞 174号 | 世界連邦建設同盟 | ||
| 1007 | 世界連邦日本大会 第6回 | 世界連邦日本大会準備事務局 | ||
| 1968 | ||||
| 0415 | 世連人間山脈 | 世界連邦建設同盟 | ||
| 世連講座 | 高橋三郎 [ほか] | 世界連邦建設同盟広島支部連合会 | ||
| 第一回鹿島平和賞受賞の記録 受賞者クーデンホーフ伯 | 鹿島平和研究所編・刊 | |||
| 平和記念日へのメッセージ | 広島市 | |||
| 世界連邦運動20周年記念日本大会 1968 | 世界連邦建設同盟 | |||
| 1969 | ||||
| 0125 | 武力とその使用 | 小谷鶴次著 | 世界連邦建設同盟広島支部連合会 | |
| 0331 | 世連の声 | 世界連邦建設大阪府協議会編 | 桃谷勉三郎 | |
| 0501 | 世界連邦運動二十年史 | 世界連邦建設同盟編・刊 | ||
| 0501 | 世界連邦の現実性、核時代から世界連邦時代へ-世界連邦運動20年史抜萃 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0507 | 世界連邦都市宣言運動の歩み-戦争なき一つの世界を! | 世界連邦都市宣言世界本部 | ||
| 0806 | 濱井信三追想録 | 濱井信三追想録編集委員会 | ||
| 1101 | 世界連邦日本大会 第9回 | 世界連邦日本大会事務局(第9回) | ||
| 1970 | ||||
| 0101 | 「平和記念日」の取扱について | 広島市教育委員会編・刊 | ||
| 0101 | 世界連邦の構想 | 武藤勝恵著 | 広島文教女子大学 | |
| 0101 | 世界連邦運動情報資料(1970.1.26) | 世界連邦都市宣言世界本部 | ||
| 0401 | アジアの平和と日本 | 武者小路公秀、ノーマンカズンズ 他 | 世界連邦建設同盟 | |
| 1101 | こども平和文集 平和についてこう考える | 児童平和協会 | 児童平和協会 | |
| 1971 | ||||
| 01015 | オタワ大会-第14回世界連邦世界大会報告 | 世界連邦建設同盟 | ||
| 0429 | 世界連邦ハンドブック 1971 | 世界連邦建設同盟編 | 世界連邦建設同盟、国際平和協会 | |
| 0529 | 世界連邦平和促進宗教者大会 第3回 | 世界連邦促進宗教者大会事務局 | ||
| 1003 | 世界憲法 | ロバート・ハッチンス著 賀川豊彦訳 | 世界連邦推進委員会 | |
| 世界憲法 | ロバート・ハッチンス著 賀川豊彦訳 | 世界連邦推進委員会 | ||
| 1220 | 平和競存の創造 人類永遠の生存法則 | 加藤新一著編 | 地球人友の会 | |
| 1972 | ||||
| 0625 | 世界連邦運動ヒロシマ25年史-第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念 | 世界連邦運動ヒロシマ25年史編集委員会(編) | 世界連邦建設同盟広島県協議会 | |
| 1972 | ||||
| 0101 | 世界連邦都市宣言運動の歩み-戦争なき一つの世界を | 世界連邦都市宣言世界本部編 | 世界連邦都市宣言世界本部 | |
| 0206 | 世界連邦国会決議ハンドブック | 世界連邦建設同盟 | ||
| 0206 | 世界連邦国会決議ハンドブック | 世界連邦建設同盟編 | 世界連邦建設同盟 | |
| 0331 | 原子雲を越えて-各国首脳との核停交渉記録 | 上田貞治著 | 全国日本学士会 | |
| 0601 | 世界連邦平和促進宗教者大会 第4回 | 世界連邦日本宗教委員会 | ||
| 0625 | 世界連邦運動ヒロシマ25年史 第2回世界連邦平和促進宗教者大会記念 | 世界連邦運動ヒロシマ二十五年史編集委員会編 | 世界連邦広島宗教者協議会、世界連邦建設同盟広島県協議会 | |
| 0921 | 世界連邦日本大会 第11回 | 世界連邦日本大会事務局(第11回) | ||
| 1333 | 世界連邦都市宣言運動の歩み | 世界連邦都市宣言世界本部 | ||
| 1973 | ||||
| 0101 | 平和像除幕記念式典 大阪府・大阪市 世界連邦平和都市宣言10周年記念 | 世界連邦建設同盟大阪支部 | ||
| 0610 | 教育は一つの世界を志向する-平和教育に関する教育者会議資料 | 鈴木義光著 | 国際平和協会 | |
| 0801 | サム・レイバー氏の建設的国際主義提案資料 | 世界連邦 | ||
| 1005 | 世界連邦運動-われらの歩み(1948-73) | 小塩完次著 | 世界連邦建設同盟 | |
| 1016 | 世界連邦日本大会 第12回 | 世界連邦日本大会事務局(第12回) | ||
| 1974 | ||||
| 0725 | 広島に捧げる日本の天命 | 喜澎晃久著 | 春陽社出版 | |
| 0810 | 第一回地球市民日本大会ならびに第四回世界連邦教育者全国会議 : (略称)地球市民ヒロシマ大会 | 地球市民ヒロシマ大会 | ||
| 10102 | 世界連邦-その思想と運動 | 田中正明 | 平凡社 | |
| 1975 | ||||
| 0520 | われら地球市民 | 安積得也著 | 時事通信社 | |
| 0715 | 平和への道 | 庭野日敬 | 佼成出版社 | |
| 1976 | ||||
| 0101 | 総会資料 昭和51年度 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0308 | 世界連邦を21世紀までに-世界連邦の諸価値をめぐる報告と討論 | 世界連邦第一次五ヵ年計画委員会 | ||
| 0515 | 農業・食糧問題と世界連邦 | 世界連邦を21世紀までに第一次五ヶ年計画委員会 | ||
| 0601 | 世界連邦を21世紀までに-世連宗教者亀岡大会報告書 | 第七回世界連邦平和促進宗教者大会事務局編・刊 | ||
| 0715 | 山田節男追想録 | 山田節男追想録刊行委員会編・刊 | ||
| 1977 | ||||
| 0101 | 世界連邦日本大会参加者名簿 第13回 | 世界連邦 | ||
| 0101 | 世界連邦日本大会 第13回 | 第13回世界連邦日本大会事務局 | ||
| 0101 | 総会資料 昭和52年度 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0110 | 世界連邦の構想 | 谷川徹三著 | 講談社 | |
| 0503 | 1か0(ゼロ)か 世界は一体のものとなるか さもなければ無に帰してしまう | ギュイ・マルシャン著 小谷鶴次訳 | 柳原書店 | |
| 1220 | 国際連合論序説 | 齋藤鎮男著 | 新有堂 | |
| 1978 | ||||
| 0101 | 総会資料 昭和53年度 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0115 | 世界連邦国会決議-1978特集資料 | 世界連邦建設同盟編・刊 | ||
| 0301 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第6回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会、世界連邦建設同盟編 | ||
| 0301 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会編 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | |
| 0501 | 世界連邦運動の推進歴(S24.4-53.4満30周年の記録) | 世界連邦推進全国協議会 | ||
| 1979 | ||||
| 0101 | 総会資料 昭和54年度 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第7回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1001 | 国際連合論序説 | 齋藤鎮男著 | 新有堂 | |
| 1980 | ||||
| 0101 | 1980 HIROSIMA World Citizens Assembly 第18回世界連邦世界大会・第3回地球市民大会ヒロシマ | 地球市民連合広島センター | ||
| 0101 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第8回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1225 | 地球世紀に生きる-人類文明史成長の軌跡 | 第3回地球市民ヒロシマ大会実行委員会 | 第18回世界連邦・第3回地球市民世界大会ヒロシマ会議実行委員会 | |
| 1981 | ||||
| 0101 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第9回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1982 | ||||
| 0201 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第10回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0320 | 世界的に狂っている国防論 「世界連邦」創設の「政治的プロセス」 | 三好康之著 | 勁草書房 | |
| 0430 | 新世界秩序をめざして-第18回世界連邦世界大会報告 | 世界連邦建設同盟編・刊 | ||
| 1120 | 国際連合の話 | 桑原輝路 | 広島平和文化センター | |
| 1983 | ||||
| 0201 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第11回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1984 | ||||
| 0201 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第12回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊 | ||
| 0410 | 全人類への訴え 世界平和のために | 大槻憲二著 | 大槻憲二遺選集刊行会 | |
| 1985 | ||||
| 0201 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第13回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊 | ||
| 0220 | 世界連邦がやってくる-多国籍企画、国際化、進む情報化、往来居住の自由化などで世界は変わる | 田中照雄著 | 泉文社 | |
| 0301 | 非核都市宣言自治体連絡協議会 結成総会 報告書 昭和60年3月 | 広島県府中町 | ||
| 1001 | 総会資料 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1105 | 海外事情から世界連邦へ | 小谷鶴次 | 出版サービス | |
| 1986 | ||||
| 0201 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第14回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 0301 | 世界連邦への道 | 世界連邦宣言自治体全国協議会編・刊 | ||
| 0430 | 国際関係と人間 | 小谷鶴次著 | Toshindo出版サービス(発売) | |
| 1218 | 世界はひとつ 道ひとすじに | 日高一輝著 | 八幡書店 | |
| 1987 | ||||
| 0101 | 全国小・中学生ポスター作文コンクール優秀作品集 第15回 | 世界連邦宣言自治体全国協議会 | ||
| 1988 | ||||
| 0124 | 平和を生きる | 三宅歳雄著、三宅龍雄編 | 講談社 | |
| 1989 | ||||
| 0705 | 湯川秀樹著作集 5 平和への希求 | 湯川秀樹著 | 岩波書店 | |
| 0720 | この道五十年 | 小谷鶴次著 | Toshindo出版サービス | |
| 1991 | ||||
| 0420 | 世界連邦へのプロセス | 神野清著 | 晃洋書房 | |
| 0503 | 世界市民の対話 平和と人間と国連をめぐって | 池田大作、ノーマン・カズンズ著 | 毎日新聞社 | |
| 0814 | パール博士の日本無罪論 | 田中正明著 | 慧文社 | |
| 1992 | ||||
| 1115 | 国際平和法序説 | 小谷鶴次著 | Toshindo出版サービス | |
| 1993 | ||||
| 0301 | 平和の条件 | 奥田広隆著 | 奥田広隆 | |
| 1994 | ||||
| 0410 | 平和の条件 世界連邦の目標と構想 | 奥田広隆著 | 中日出版社、愛知県郷土資料刊行会(発売) | |
| 0701 | 最終平和論-世界連邦をめざして | 奥田広隆著 | 奥田広隆 | |
| 1995 | ||||
| 0220 | 思い出から平和の構築へ | 小谷鶴次著 | 晃洋書房 | |
| 0701 | 世界連邦と国連-世界改造計画の理想と現実 | 奥田広隆著 | 奥田広隆 | |
| 0901 | 今日の世界連邦主義 | 奥田広隆著 | 奥田広隆 | |
| 1996 | ||||
| 0516 | 記念誌 | 世界連邦全国婦人協議会 | 世界連邦全国婦人協議会 | |
| 2000 | ||||
| 1014 | 平和へ魁ける綾部 新世紀へのメッセージ | 綾部世界連邦運動50年史編纂委員会編 | 綾部世界連邦運動協会 | |
| 1101 | パール判事の日本無罪論 | 田中正明著 | 小学館 | |
| 2002 | ||||
| 0513 | 私の二十世紀 | 岡本安正著 | 岡本安正 | |
| 1125 | 人類共存の哲学 | 庄野直美著 | 日本図書センター | |
| 2003 | ||||
| 非核平和都市宣言20周年イベント | 町田市 | 町田市 | ||
| 1110 | 平和研究 第28号 世界政府の展望 | 日本平和学会編 | 早稲田大学出版部 | |
| 1110 | 第9条と国際貢献 | 勝守寛著 | 影書房 | |
| 2004 | ||||
| 0201 | 国際刑事裁判所とは? | 国際刑事裁判所問題日本ネットワーク(JNICC) | ||
| 0401 | 女性たちが歩む平和の道しるべ | 世界連邦全国婦人協議会創立45周年記念誌編纂室 | 世界連邦全国婦人協議会 | |
| 0801 | 地球に平和を 世界連邦ものがたり | 荻野忠則 | 世界連邦運動協会 世界連邦・北海道 | |
| 2005 | ||||
| 1005 | 人類共存を実現しよう | 庄野弘全著 | 学術出版会 | |
| 2007 | ||||
| 0815 | パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義 | 中島岳志著 | 白水社 | |
| 2008 | ||||
| 0525 | 原子爆弾とキリスト教 広島・長崎は「しょうがない」か? | 栗林輝夫著 | 日本キリスト教団出版局 | |
| 0704 | 湯川秀樹とアインシュタイン 戦争と科学の世紀を生きた科学者の平和思想 | 田中正著 | 岩波書店 | |
『2020年NPT被爆75年 核兵器のない世界へ 禁止条約に調印・非核平和の日本を』(原水爆禁止日本協議会、20200110)
書誌2021
| 月日 | 書名 | 著者・発行所 | 備考 | |
| 0125 | ヒロシマ平和学を問う | 水羽信男著、広島大学総合科学部編、丸善出版 | ||
| 0311 | 核と放射線の現代史 | 若尾祐司・木戸衛一編、昭和堂 | ||
| 0415 | 明治の父の日記―わたしのフィールドワーク | 寺島洋一、文芸社 | ||
| 0621 | ヒロシマの空白 被爆75年 | 中国新聞社報道センターヒロシマ平和メディアセンター著、中国新聞社、ザメディアジョン刊 | ||
| 0706 | 被爆者からあなたに いい伝えたいこと | 日本原水爆被害者団体協議会編、岩波ブックレットNo.1048 | ||
| 0806 | 広島発の平和学 戦争と平和を考える13講 | 広島市立大学広島平和研究所編、法律文化社 | ||
| 0806 | ヒバクシャ―ともに生きる―2021 第38号 | 原爆被害者相談員の会 | ||
| 0831 | 原爆後の75年 長崎の記憶と記録をたどる | 長崎原爆の戦後史をのこす会編、書肆九十九合同会社刊、 | ||
| 1023 | 今の私を責めないで 未来の私を励まして―志賀兼充遺稿集 | 志賀兼充遺稿集編集委員会 | ||
| 1220 | 小説 岩波書店取材日記 | 中野慶・かもがわ出版 | ||
| 1220 | 帝国主義国の軍隊と性―売春規制と軍用性的施設 | 林博史・吉川弘文館 | ||
誌
| 誌名 | 発行者 | 備考 | |
| ヒロシマの子育て・教育 | 広島教育研究所 | ||
| 月刊325号~ | |||
広島文学資料保全の会 設立:1987年2月17日
資料
| 発行年月日 | 書名 | 備考(著者・発行所など) | |
| 1990/08/01 | 行李の中から出てきた原爆の詩 | 広島文学資料保全の会編 暮しの手帖社 | G |
| 1995/07/30 | さんげ 原爆歌人正田篠枝の愛と孤独 | 広島文学資料保全の会 社会思想社 | G |
| 2014/01/15 | 人類が滅びぬ前に 栗原貞子生誕百年記念 | 広島ミニコミセンター編 広島文学資料保全の会 | G |
| 2004/12/01 | 峠三吉 被爆日記 | 池田正彦、松尾雅嗣 編 広島大学ひろしま平和科学コンソーシアム | G |
| 2017/07/03 | 峠三吉と四國五郎駆けぬけた広島の青春(リーフレット) | 広島文学資料保全の会・四國五郎[四国五郎]追悼の会 | G |
| 1999/04/08 | 広島に文学館を 広島の心を21世紀に伝えよう! | 尾津訓三・池田正彦編 広島文学資料保全の会 | GU |
| 2016/07/01 | 未来への伝言 記憶遺産シンポジウム記録・資料集 | 広島ミニコミセンター編 広島文学資料保全の会 | GU |
| 2017/01/01 | 未来への伝言 記憶遺産シンポジウム記録・資料集 増補改訂版 | 広島ミニコミセンター編 広島文学資料保全の会 | G |
止
原水爆禁止広島県協議会 1964年6月7日(再建大会)
広島県原爆被害者団体協議会 1964年6月11日(再建)
年表(再建前後の動向)
| 年月日 | 事項 | 備考 |
| 1964 | ||
| 0120 | 広島県被団協青年部の呼びかけで, 平和と完全援護法制定要求広島青年実行委員会(民青など30団体)結成. | |
| 0201 | 呉地区原水協設立. | |
| 0510 | 広島県原水協を正常化し, 第10回世界大会を成功させるために第10回世界大会推進広島県世話人会結成会議. 広島市勤労青少年会館に47団体, 68人が参加. 広島県原水協に「三県連絡会議を解消し第10回原水爆禁止世界大会を支持する」よう要請する運動をおこすことを確認. | |
| 0516 | 広島県婦協, 広島県原水協からの脱退を決議. | |
| 0530 | 広島市被団協を結成(広島市白島平和センター). | |
| 0603 | 広島県原水爆被害者連絡会議, 広島市の通産局会議室に日本原水協担当常任理事佐藤行通を迎えて代表者会議を開催. 同会議の決定にもとずいて翌 4日, 日本被団協理事長森滝市郎に, 被災三県連絡会議の分裂活動に加担することを中止するよう文書で申し入れる. | |
| 0607 | 広島県原水協再建大会. 広島市医師会館に13地域, 55団体,150人参加. 会長鈴木直吉, 理事長佐久間澄, 事務局長三宅登. | |
| 0611 | 広島県被団協を再建. 田辺勝理事長. | |
| 0623 | 第10回原水爆禁止世界大会支持広島実行委員会の結成大会. 広島市の光道会館に 126名参加. | |
| 0625 | 平和と学問を守る大学人の会, 広島県・市原水協からの脱退声明. | |
| 07 | 広島県原水協会長鈴木直吉, 同理事長佐久間澄, 「「被災三県連絡会議」と私どもの立場」を発表. | |
| 0923 | 米原子力潜水艦寄港阻止呉大集会. 広島県原水協, 県平和委員会などの主催で呉市役所前に1800人参加. | |
| 1016 | 中国, 初の核爆発実験. | |
| 1017 | 広島県原水協, 「中国がこのたび核実験にふみきったことは原水爆の禁止を願うものとして残念にたえない」「核兵器全廃の立場をさらに堅持し, ・・・一日も早く核兵器全廃を実現するための努力をはらわれるよう要請する」との中国核実験についての声明書を発表. | |
| 1225 | 広島県原水協, 広島市長に原爆ドームの保存を要望. | |
| 1965 | ||
| 0516 | 広島県原水協総会. ベトナム支援・被爆者救援カンパを決定. 2回目の中国核実験で声明を発表. | |
| 0605 | 広島市原水協再建のための第2回準備会を平和親善センタ―で開催.「よびかけ」で「”ひろしま”をベトナムに, 世界に, 再現させるな」と訴える. | |
| 0620 | 原水爆禁止広島市協議会, 広島市平和記念館で再建大会. 200人参加. 会長北西允. | |
| 0705 | 広島県平和委員会・原水協・被団協・文学会議の4団体,「原爆ゆるすまじ」(新日本新書)を出版. | |
| 0803 | 広島県原水協, 広島県の不当な体育館使用拒否に対する抗議声明を発表. | |
| 0803 | 広島県原水協, 広島市内で文化人懇談会を開催. | |
| 006 | 広島市原水協・同被団協, 広島市公会堂で被爆者救援集会を開催. 「”ひろしま”をベトナムに, 世界に, くりかえさせるな」のスローガンで2000余人が参加. | |
| 0908 | 広島県被団協理事温品道義, 死去. | |
| 0912 | 「日韓条約批准阻止・ベトナム侵略反対・合理化粉砕・生活擁護・被爆者救援 9・12広島県大集会」(46団体の実行委員会主催), 広島市平和公園で開催. 8300人が参加し,集会後, アメリカ文化センターとABCCに抗議のデモ行進(ABCCへのデモは初めて). | |
| 1002 | 被爆者の手記「原爆ゆるすまじ」(新日本新書)の出版を記念して「著者と編集者」のつどいが広島市万象園で開かれ, 「広島被爆者手記の会」を結成 | |
| 1007 | 10. 7 広島県原水協代表, 広島原爆病院に入院中の沖縄被爆者を見舞う. | |
| 1113 | 高宮郡高宮町川根で「川根被爆者の会」を結成. | |
| 1118 | 広島県原水協・被団協代表4人,広島市に被爆者手帳交付に際し,本人の申し出を尊重するよう申し入れる. | |
| 1206 | 日本原水協, 広島県・市原水協, 広島市公会堂で「被爆者救援 6・9 全国いっせい行動広島大会」を開き, 400人が参加. | |
止
書誌1999
| 発行月日 | 書名 | 編著者 | 発行所 | メモ | |
| 0101 | 広島の証言の会通信第6号 | 広島の証言の会 | 5 | ||
| [目次]「私が8月6日を語る理由(切明千枝子)さん聞き取り」PP3-8 | |||||
| 0108 | 父を語る・母を語る | 高木昌彦 | 5 | ||
| 0110 | 輝け非核自治体-広島県の非核自治体宣言集 | 非核の政府を求める広島の会 | 1997年春、広島県内全自治体が非核宣言。83自治体(95.4%)の非核宣言を収録。 | 5 | |
| 0110 | ひろしまの明日のために-第7次広島市政白書 | 広島自治体問題研究所編 | 広島市職員労働組合 | 第3章「広島平和記念都市建設法」50年を迎えた今、ヒロシマに豊かな平和行政を | 5 |
| 0110 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第72号 | 栗原淑江 | 小田安彦H、溝口久子H、小林正巳?、吉永正子N。 | 5 | |
| 0115 | 手向けの花 | 成澤良子 | 熊谷印刷出版部 | 著者は、大野陸軍病院の看護婦長。救護活動に従事。岩手県看護協会会長。 | 5 |
| 0124 | 西宮市原爆被害者の会会報33号 | 西宮市原爆被害者の会 | 広島市社会局原爆被害対策部蔵。 | ||
| 01 | 私たちの被爆前後から終戦までの体験記 | 昭和23年広島高等師範学校理科第1部卒業生有志 | 広島市社会局原爆被害対策部蔵。 | ||
| 0201 | 銃後を支える力となって-女性と戦争-平成10年度第2回企画展 | 広島平和記念資料館 | [広島原爆資料館]1999年2月1日-4月30日に開催された企画展の冊子。 | 5 | |
| 0205 | 裁かれる核 | 朝日新聞大阪本社「核」取材班 | 朝日新聞社 | 朝日新聞(大阪本社発行)が1996年6月~98年9月に掲載した連載「続・核兵器廃絶への道」の単行本化。[目次]1.核実験後の世界、2.裁かれる核、3.冷戦後の将軍たち、4.問われる政治、5.被爆国から。 | 5 |
| 0210 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第73号 | 栗原淑江 | <テーマ特集>日本の加害と原爆-「本島発言」私はこう思う(その1)。福地義直H。 | 5 | |
| 0222 | 金正日の北朝鮮 | 岩波ブックレットNO.474 | 岩波書店 | 5 | |
| 02 | 国際シンポジウムと講演会「核廃絶へ今、私たちは何をなすべきか」報告書 | 広島平和文化センター | 1998年8月4日広島国際会議場で開催。主催:朝日新聞社・広島市・広島平和文化センター。 | 5 | |
| 03 | 被爆の記録 | 佐賀市郡原爆被害者団体協議会 | 28人の手記。「被団協」の情報。 | 2 | |
| 0301 | 右翼運動の思想と行動 | 警備実務研究会 | 立花書房 | 5 | |
| 0301 | 原爆と文学1999年版 | 原爆と文学の会 | 「人間回帰(田川時彦(H))」PP6-11、「これらの死を意味あらしめるために(匿名(H))」PP16-21。 | 5 | |
| 0301 | 平和のために8-学び、調べ、表現する-特集:韓国歴史と平和の旅 | 平和・国際教育研究会編 | 「原爆ドームの模型作りで国際的連帯を」(関根一昭)PP63-64。 | 5 | |
| 0310 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第74号 | 栗原淑江 | 「原爆被害や加害の責任をめぐり-「本島発言」に58人が意見」。 | 5 | |
| 0315 | 季刊戦争責任研究NO.23 | 日本の戦争責任資料センター | <戦争責任> | 5 | |
| 0316 | 戦中戦後における広島市の国民学校教育 | 広島市退職校長会 | 5 | ||
| 第2章原爆被災と学校教育、1.被爆と学校教育、2.被爆の体験 | |||||
| 0320 | 今日の芸術 | 岡本太郎 | 光文社(知恵の森文庫) | ||
| 0320 | 80年の歩み-広島市歯科医師会創立80周年記念会史 | 広島市歯科医師会 | |||
| 990325 | 画集・わたしの見たあの日-広島・長崎の被爆者の記録 | 横浜市原爆被災者の会(浜友の会)制作 | 浜友の会は、昭和47年3月25日結成。 | 5 | |
| 0327 | データベース戦争の研究-ひと目でわかる現代軍事の基礎知識 | 三野正洋・深川孝行 | 光人社 | 第1部「ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下」をめぐる問題、第1章「原爆」とはどのようなものか、第2章投下を「正当」とする論拠、第3章投下を「不当」とする論拠、第4章「原爆」を考えるためにデータ。 | 5 |
| 0330 | 長崎平和研究第6号 | 長崎平和研究所 | 特集1「核不拡散・廃絶への道を探る」(1998年11月17日開催のシンポの記録)、特集2「核兵器廃絶を求める広島・長崎市民の集会」(1998年12月12日開催) | 5 | |
| 9903 | 被爆証言集 原爆ヒバクシャは訴える 第2版 | 広島平和文化センター | 広島平和文化センター | [2005個人研究経費]0712=700円<広島平和文化センター> | 5 |
| 0331 | 広島大学史紀要 第1号 | 広島大学50年史編集委員会 | 広島大学50年史編集委員会 | 西村博「森戸辰男と広島大学」、頼祺一「『広島大学二十五年史』の編集活動を振り返って」、小池聖一「森戸辰男、人と思想」 | 5 |
| 0331 | 平和と交流1998年版(平成9年度事業) | 広島平和文化センター | 平成10年4月1日、広島平和文化センターが広島平和記念資料館と広島市国際交流協会を統合したことに伴い、「平和の推進」を改題して発行。 | 5 | |
| 0331 | 横浜市史Ⅱ-第2巻上 | 横浜市史編集室 | 横浜市 | 第1編政治Ⅰ・第1章連合国軍の横浜上陸・第1節連合国軍の日本侵攻計画(「2.ダウンフォール作戦と原爆投下計画」、「3.オリンピック作戦と原爆投下目標の決定」)、第2節原爆投下と本土進駐 | 5 |
| 0331 | ヒロシマを世界に-図録・広島平和記念資料館 | 広島平和記念資料館 | [広島原爆資料館] | 15 | |
| 0331 | 原爆ドーム世界遺産登録記録誌 | 広島市市民局平和推進室 | 広島市市民局平和推進室 | 世界遺産。 | 5 |
| 0331 | 台湾の放射能汚染問題 | 王玉麟 | 長崎・ヒバクシャ医療国際協力会 | 1 | |
| 03 | 昭和館常設陳列資料図録 | 昭和館 | 5 | ||
| 0410 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第75号 | 栗原淑江 | 河野昭六H、小林正巳?、真栄田年穂?、高橋昌子H、 | 5 | |
| 0420 | 広島の証言の会通信第7号 | 広島の証言の会 | [目次]「私が8月6日を語る理由(切明さん聞き取り後編)」PP2-6 | 5 | |
| 0420 | 広島に文学館を-広島の心を21世紀に伝えよう | 広島文学資料保全の会 | [内容]保全の会活動日記、広島文学資料室の資料収集状況、保全の会による整理作業状況、全国の主要な文庫・文学館。 | 5 | |
| 0422 | 地平線NO.26 | 広島KJ法研究会 | 「平和行脚、アメリカを行く(村上啓子)」pp51-60。 | 5 | |
| 0425 | 原子力の社会史-その日本的展開 | 吉岡斉 | 朝日新聞社 | 5 | |
| 0428 | 母を語る・第3集-広島のトップを育てた母たち | 山田まち子編 | 春秋社 | H=3。「娘二人の被爆死を知らずに済んだ」(佐々木清美)、「原爆で最愛の夫と長男を失った」(竹林守)、「母は原爆で夫と娘を一度に亡くした」(二宮清次)。 | |
| 0430 | 人生に座標軸を持て-自分の価値は自分で決める | 松井孝典・三枝成彰・葛西敬之 | ウェッジ | 5 | |
| 05 | 広島第二県女二年西組 下 | 関 千枝子 | 埼玉福祉会 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 05 | 広島第二県女二年西組 上 | 関 千枝子 | 埼玉福祉会 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 05 | 20世紀の発明・発見博物館 | グループ・サイエンス21 編 | ベストセラーズ | keyword「原爆」検索結果 | |
| 05?? | 被爆者の自分史第2集 | 自分史つくしの会 | 「被団協」の情報。9人の手記。 | 2 | |
| 05?? | あの日、あの時、そして今-第2集-結成40周年を記念して | 東京北区原爆被爆者の会(双友会)(編) | 「被団協」の情報。9人の体験記。 | 2 | |
| 05?? | 未来への伝言 | 町田市原爆被害者の会(町友会)編 | 「被団協」の情報。48人の証言。市の全額補助で出版。 | 2 | |
| 0503 | 会津における青年の平和運動-わだつみ会を中心に 1951~1957年 | 同編集委員会 | 「1952年の原爆展」(1月25-28日、会津図書館で開催。4000人を越える入場者)。 | 5 | |
| 0503 | 新研かわら版第173号-「響けわれらの声-沖縄、アイヌ、在日から」 | 朝日新聞労働組合 | 9 | ||
| 0510 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第76号 | 栗原淑江 | 茂呂祐三H、高橋昌子H、手嶋喜吉N、 | 5 | |
| 0514 | 一滴の火の玉 | 比呂多正路 | 新風舎 | 著者は、昭和20年4月、広島市皆実町の暁部隊に入隊。9日より死者収容作業に従事。H=1 | 5 |
| 0520 | 「原爆展」掘り起こしニュース第7号 | 原爆展掘り起こしの会 | 「1952年の「滋賀原爆展」について」などを収録。 | 5 | |
| 0520 | じいちゃんは引き上げ少年だった | 坂本龍彦 | 岩波ジュニア新書 | ||
| 0531 | 平和文化研究第22集 | 長崎総合科学大学長崎平和文化研究所 | 「聞き取りノート:久松シソノの見た永井隆」(葛西よう子)PP127-133。 | 5 | |
| 0531 | ピースリンク広島・呉・岩国10周年記念合本Ⅰ巻 | トマホークの配備を許すな!呉市民の会など | ピースリンクは、1989年2月25日、呉市内での山川暁夫の講演会でスタート。同会の叢書NO.3、4、5、6、7、8、10、11を収録。 | 5 | |
| 0533 | ピースリンク広島・呉・岩国10周年記念合本Ⅱ巻 | トマホークの配備を許すな!呉市民の会など | 同会の叢書NO.1、2、臨時号、9を収録。 | 5 | |
| 06 | 高知の被爆者 ヒロシマ・ナガサキそしてビキニ 岡村啓佐写真集 | 岡村啓佐∥写真・文 | 「高知の被爆者」を記録する会 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 06 | 季刊戦争責任研究NO.24 | 日本の戦争責任資料センター | <戦争責任> | 5 | |
| 0610 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第77号 | 栗原淑江 | 高橋昌子H、 | 5 | |
| 0615 | 音楽社会学序説 | Th.W.アドルノ | 平凡社 | U | |
| 0625 | 日本原爆論体系第1巻-なぜ日本に投下されたか | 岩垂弘・中島竜美(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.原爆投下はどう受け止められたか、2.なぜ日本に投下されたか、3.原爆はどう報道されたか。 | 1 |
| 0625 | 日本原爆論体系第2巻-被爆者の戦後史 | 中島竜美(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.原爆は人間に何をもたらしたか、2.被爆者は戦後をどう生きたか、3.「きのこ会」を見つめ続けて、4.ヒロシマ・ナガサキからの訴え。 | 1 |
| 0625 | 日本原爆論体系第3巻-原爆被害は国境を越える | 中島竜美(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | <韓国・朝鮮人被爆者>[目次]1.原爆被害の裏側、2.南米・北米のヒバクシャ、3.もう一つのヒロシマ・ナガサキ、4.在韓被爆者は訴える、5.強制連行された中国人被爆者、6.被爆者補償。 | 1 |
| 0625 | 日本原爆論体系第4巻-核兵器禁止への道(Ⅰ) | 岩垂弘(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.占領下の核兵器禁止運動、2.ビキニ被災事件の衝撃、3.原水爆禁止運動、4.運動の統一と運動のあり方をめぐる論争、5.NGO被爆問題シンポジウム。 | 1 |
| 0625 | 日本原爆論体系第5巻-核兵器禁止への道(Ⅱ) | 岩垂弘(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.国連軍縮特別総会に向けて、2.文学者の反核声明をめぐって、3.核絶対否定か核兵器絶対否定か、4.原水爆禁止運動は再分裂へ、5.核抑止か核兵器廃絶か、6.核不拡散条約をめぐって、7.核の傘・非核三原則をめぐって。 | 1 |
| 0625 | 日本原爆論体系第6巻-核兵器禁止への道(Ⅲ) | 岩垂弘(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.沖縄の核、2.非核自治体運動とは何か、3.戦略防衛構想をめぐって、4.中距離核戦力をめぐって、5.日本の核政策をめぐって、6.核不拡散条約の延長問題、7.包括的核実験禁止条約をめぐって、8.核使用は国際法違反か、9.東西連戦集結後の課題、10.印パ両国の核実験をどうみるか、11.核時代の文化と芸術。 | 1 |
| 062507 | 日本原爆論体系第7巻-歴史認識としての原爆 | 岩垂弘・中島竜美(編集・解説)・坂本義和・庄野直美(監修) | 日本図書センター | [目次]1.広島・長崎はどう語られてきたか、2.慰霊碑の碑文論争、3.被害と加害をめぐって、4.スミソニアン原爆展問題。 | 1 |
| 0630 | 戦争責任と「われわれ」-「「歴史主体」論争」をめぐって | 安彦一恵・魚住洋一・中岡成文編 | ナカニシヤ出版 | <戦争責任> | 5 |
| 0630 | 山陽90年史 | 広島山陽学園 | |||
| 06 | 冷戦後の核状況とヒロシマ-[核廃絶絶対主義者]の見解を手掛かりにして | 山田浩 | 広島大学平和科学研究センター | [目次]1.「新核廃絶主義者」の見解とそれへの批判、2.今日の核状況について、今日の核状況とヒロシマ-結びにかえて。[広島大学] | 5 |
| 06 | 古書月報374号 | 東京都古書籍商業協同組合 | 「業界の先輩に聞く第4回-安芸書房・福光三治さん」pp26-31。H=1。 | ||
| 07 | アニメ版 はとよひろしまの空を | 大川 悦生 原作 | ポプラ社 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 07 | ゲンinヒロシマ/物語はだしのゲン | 中沢 啓治 原作 | 講談社 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 07 | ソ連が満洲に侵攻した夏 | 半藤 一利 | 文藝春秋 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 07?? | 高知の被爆者 | 岡村啓佐 | 「高知の被爆者」を記録する会 | 写真集。「被団協」の情報 | |
| 0704 | 真-被爆者の自分史 | 高野真 | 著者は、広島被爆、1998年7月20日死去。享年80歳。 | 5 | |
| 0707 | 焼け跡に響く子どもたちの声-焦土から平和記念都市へ | 広島平和記念資料館・広島市公文書館 | 広島平和記念資料館 | [広島原爆資料館] | |
| 0709 | 核と対決する20世紀-核と人間Ⅰ | 坂本義和編 | 岩波書店 | 「近代としての核時代」(坂本義和)、「ヒロシマの真実を再訪する」(ロバート・J・リフトン、グレッグ・ミッチェル)、「ヒロシマ・ナガサキと日本」(田中孝彦)、「核兵器開発と科学者」(橋本毅彦)ほか。 | 5 |
| 0710 | 木の葉のように焼かれて第33集 | 新日本婦人の会広島県本部 | [手記]井上久子、池辺ムヨ、池辺正夫、竹下清香、葉田芙美子、森永恭枝、西尾慶子、有田武志、川崎巳代治、川本毅、高尾美智子、田中義晴(H=12)、聞き書きH=6。 | 5 | |
| 0710 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第78号 | 栗原淑江 | 田村卓也H、山崎静子H、嘉数博N、真栄田年穂?、小林正巳?。 | 5 | |
| 0715 | 長崎平和研究第7号 | 長崎平和研究所 | 長崎平和研究所・九州地区平和学会主催「緊急公開シンポジウム・ガイドライン法を検証する」(5月29日)、「核兵器廃絶を求める広島・長崎市民の集会(3月13日、於長崎市)の記録などを収録。小峰秀孝N・河合護郎H。 | 5 | |
| 0725 | 米国初代国防長官フォレストラル―冷戦の闘士はなぜ自殺したのか | 村田晃 | 中公新書 | U | |
| 0719 | 新しい教養を拓く-文明の違いを超えて | 筒井清忠編 | 岩波書店 | 5 | |
| 0720 | 核兵器廃絶への新しい道-中堅国家構想 | ロバート・D・グリーン | 高文研 | 中堅国家構想(Middle Powers Initiative)は、1998年3月に国際的な市民組織のネットワークにより設立。本部は、米マサチューセッツ州ケンブリッジの「核戦争防止国際医師の会(IPPNW)」に置かれている。 | 5 |
| 0725 | 原爆投下・10秒の衝撃 | NHK広島「核・平和」プロジェクト編 | NHK出版 | [目次]序.10秒というフレーム、1.0秒から100万分の1秒=放射線・死の刻印が押された瞬間、2.100万分の1秒から3秒=火球の出現、3.3秒から10秒=衝撃波の広がり、4.10秒から現在。1998年8月6日放映。 | 5 |
| 0726 | 原爆手記掲載図書・雑誌総目録1945-1995 | 宇吹暁(編著) | 日外アソシエーツ(発行)・紀伊国屋書店(発売) | 3万8922編の手記を掲載した図書・雑誌3677冊の目録。 | 5 |
| 0726 | オモニの贈り物 | 張福順 | 潮出版社 | <韓国・朝鮮人被爆者>第4話「広島市内が全滅した?!」、「同胞の安否を尋ねて」、「爆心地で見た地獄絵図」、「マネキンの目をした少女」、「心の底からの母の叫び」 | 5 |
| 0726 | 戦後の原像-ヒロシマからオキナワへ | 新藤栄一 | 岩波書店 | [内容]1.モスクワの憂鬱-帝国の落日、2.共生の蹉跌-二つの世界のはざま、3.転轍するワシントン-対日戦の政治学、4.第二の出発-原爆投下へ | 5 |
| 0730 | 共同研究 広島・長崎原爆被害の実相 | 沢田昭二ほか | 新日本出版社 | [目次]1.核開発から原爆投下まで、2.原爆被害の物理的側面、3.原爆放射線の線量評価、4.原爆後の”黒い雨”と降下物、5.原爆被爆者の障害、6.放射線の人間に対する影響、7.原爆被爆者の実態調査、8.被爆者行政と原爆症認定制度。 | 5 |
| 0731 | 731免責の系譜-細菌戦部隊と秘蔵のファイル | 太田昌克 | 日本評論社 | <戦争責任> | 5 |
| 08 | 敍説 19号 | 敍説舎 | 花書院 | keyword「原爆」検索結果 | |
| 0801 | 孫たちへの証言第12集-今、書き残しておきたいこと | 福山琢磨編 | 新風書房 | 1 | |
| 0801 | ヒバクシャ・シネマ-日本映画における広島・長崎と核のイメージ | ミック・ブロデリック | 現代書館 | [目次]1.もののあわれ-映画の中のヒロシマ、2.ゴジラと日本の悪夢-転移が投射に変わる時、3.日本のマンガとアニメーション、4.「AKIRA-核戦争以後の崇高、5.占領期の日本映画が描いた原爆、ほか。 | 5 |
| 0801 | 戦争はどのように語られてきたか | 川村湊・成田龍一・上野千鶴子ほか | 朝日新聞社 | <戦争責任>「井伏鱒二「黒い雨」を読む(井上ひさし・川村湊・成田龍一)」PP165-210。 | 5 |
| 0801 | 大使の平和メッセージ-21世紀を平和な時代に | 広島市市民局国際平和推進部平和推進担当 | 1999年8月1日-31日、広島平和記念資料館東館で展示。 | 5 | |
| 0801 | 月刊社会教育8月号-特集:アジアと日本-戦争を若者にどう伝えるか | 国土社 | <戦争責任> | 5 | |
| 0801 | 核軍縮と非核自治体・1999 | 梅林宏道・前田哲男[監修] | 平和資料協同組合 | [目次]1.核軍縮:1998の概観、2.核軍縮:1998のキーワード、A.外交交渉における課題、B.各国の核兵器政策、C.日本政府の核兵器政策、D.非核自治体とNGO、3.提案-市民と自治体のために。 | 5 |
| 0801 | 真樹8月号 | 真樹社 | 「語り部の記」PP52-62 | 5 | |
| 0801 | 新研かわら版第174号-「響けわれらの声-沖縄、アイヌ、在日から」 | 朝日新聞労働組合 | 9 | ||
| 0802 | メリーランド大学「プランゲ文庫」展・展示目録 | 広島平和記念資料館 | [広島原爆資料館]主催:広島平和記念資料館・メリーランド大学・(株)ニチマイ。8月2日~31日開催。 | 5 | |
| 0803 | 第45回広島平和美術展 | 広島平和美術協会など | 1999年8月3日-8日、広島県民文化センターで開催。 | 5 | |
| 080401 | 核を超える世界へ-核と人間Ⅱ | 坂本義和編 | 岩波書店 | 「核・レイシズム・植民地主義」(米山リサ)、「「ヒロシマの心」と想像力」(大江健三郎)ほか。 | 5 |
| 0806 | 被爆体験記・ピカに灼かれて第22集 | 広島医療生協原爆被害者の会 | 5 | ||
| 0806 | 詩集・光の花 | 増岡敏和 | 日曜舎 | 5 | |
| 0810 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第79号 | 栗原淑江 | 小峰秀孝N、高橋昌子H | 5 | |
| 0815 | 軍縮問題資料NO.226-特集核エネルギーとの闘い | 宇都宮軍縮資料室 | 「ヒロシマに原爆が落とされたとき」(中山士朗)PP22-25、「ナガサキに原爆が落とされて」(山田拓民)PP26-29。 | 5 | |
| 0815 | 戦争遺跡は語る | 戦争遺跡保存全国ネットワーク編 | かもがわ出版 | 「広島市・原爆ドーム」(村中好穂)PP25-27 | 5 |
| 0820 | 梶葉(かじのは)-通巻Ⅶ | 「梶葉」刊行委員会(梶山季之文学碑管理委員会) | 1 | ||
| 0820 | コソボ紛争-冷戦後の国際秩序の危機 | 町田幸彦 | 岩波書店 | 5 | |
| 083011 | 新研かわら版第175号 | 朝日新聞労働組合 | 9 | ||
| 0831 | 厚生の指標・臨時増刊 国民衛生の動向 | 厚生統計協会 | 5 | ||
| 0831 | 厚生の指標 臨時増刊 国民衛生の動向 1999年 | 厚生統計協会 | 厚生統計協会 | 5 | |
| 08 | 原水爆禁止1999年世界大会・科学者集会 | 原水爆禁止1999年世界大会・科学者集会実行委員会 | 1999年8月2日、静岡大学で開催された集会の記録。 | 5 | |
| 0901 | 戦後補償とは何か | 朝日新聞戦後補償問題取材班 | <戦争責任> | 5 | |
| 0902 | デルタ女の会ニュース第79号(最終号) | デルタ女の会 | 「原爆・終戦前後-私の被爆体験」(高松由子)H | 5 | |
| 0910 | 証言1999-ヒロシマ・ナガサキの声第13集 | 長崎の証言の会 | 5 | ||
| 0910 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第80号 | 栗原淑江 | 浅野茂義N、小林保N、茂呂祐三H、福地義直H、金子哲也N。 | 5 | |
| 0915 | 季刊戦争責任研究NO.25 | 日本の戦争責任資料センター | <戦争責任> | 5 | |
| 0917 | 原水爆禁止1999年世界大会の記録 | 原水爆禁止世界大会実行委員会 | 5 | ||
| 0920 | 在米50年-私とアメリカの被爆者 | 倉本寛司 | 近代文芸社 | 5 | |
| 0920 | 「日の丸・君が代」を超えて | 石田英敬・鵜飼哲・坂元ひろ子・西谷修編 | 岩波書店 | 8 | |
| 0930 | 現存した社会主義-リヴァイアサンの素顔 | 塩川伸明 | 勁草書房 | 5 | |
| 1001 | 白洲正子自伝 | 白洲正子 | 新潮文庫 | U | |
| 1009 | 「あの日」から54年を生きて-被爆者の証言と原爆後障害 | デルタ女の会 | 「母の顔-私の被爆体験」(室田秀子)、「原爆後障害と私」(畠山裕子)。H=2 | 5 | |
| 1010 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第81号 | 栗原淑江 | 吉田一人N、嘉数博N、上野亮H、高橋昌子N。 | 5 | |
| 1015 | 原爆と私1999年第2版 | 広島県海田管内被爆教職員の会 | 5 | ||
| 1020 | 海峡を越えて-訪韓報告書2-「在韓被爆者」は今何を求めているのか | 日韓被爆者交流会とそれを支援する会・韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部 | 韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部 | <韓国・朝鮮人被爆者> | 5 |
| 1020 | 天皇がわかれば日本がわかる | 斎河真〈まこと〉 | ちくま新書 | U | |
| 1024 | わが回想の記-解放運動夜話:第1集 | 小森龍邦 | 部落解放同盟広島県連合会出版局 | 5 | |
| 1025 | 女子学生の長崎原爆の記録 | 中野道子/編著 | 皓星社 | U | |
| 1031 | 創立50周年記念誌「桐茂る」(学校編) | 広島市立基町高等学校 | 「広島市中原爆戦災資料」PP35-38 | ||
| 1033 | 広島自治体問題研究所20年の歩み-21世紀の地方自治をひらく | 広島自治体問題研究所 | 5 | ||
| 1033 | 98年度日本史実習近現代史班第一次広島実習報告書 | 1998年度立教大学文学部史学科粟屋ゼミ | 5 | ||
| 1033 | 被爆54周年原水爆禁止世界大会報告決定集 | 原水爆禁止日本国民会議 | 5 | ||
| 1103 | carnet(キャルネー)手帳Vol.1No.1 | 水原肇 | 5 | ||
| 1105 | 長崎平和研究第8号 | 長崎平和研究所 | [内容]特集1.「新アジェンダ連合」決議案と「アボリション2000」、特集2.いまこそ核兵器廃絶を!市民の集会。 | 5 | |
| 1105 | 広島大学の50年 | 広島大学50年史編集室 | 広島大学 | 「原爆被害と復興」ほか[広島大学] | 5 |
| 1110 | アメリカ人の核意識-ヒロシマからスミソニアンまで | アラン・M・ウィンクラー | ミネルヴァ書房 | 1 | |
| 1110 | 軍縮問題入門(第2版) | 黒沢満(編著) | 東信堂 | 5 | |
| 1110 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第82号 | 栗原淑江 | 嘉数博N、細田喜輔N、浅野茂義N、金子哲也N | 5 | |
| 1119 | 日朝国交交渉と緊張緩和 | 隅谷三喜男・和田春樹編 | 岩波書店 | 5 | |
| 1125 | 広島県の歴史 | 岸田裕之編 | 山川出版社 | 5 | |
| 1130 | 姜[ハン]儒教を伝えた虜囚の足跡 | 村上恒夫 | 明石書店 | 5 | |
| 1133 | 非核平和に発達する権利 | 高木昌彦 | 5 | ||
| 1201 | あのきのこ雲の中に | 高畠利夫 | 文芸社 | H=1 | |
| 1210 | 戦後責任論 | 高橋哲哉 | 講談社 | <戦争責任> | 5 |
| 1210 | 自分史つうしん・ヒバクシャ第83号 | 栗原淑江 | 高橋昌子N | 5 | |
| 1215 | 歴史と実践第20号-平和祈念資料館問題特集 | 沖縄県歴史教育者協議会編 | 5 | ||
| 1215 | 季刊戦争責任研究NO.26 | 日本の戦争責任資料センター | <戦争責任> | 5 | |
| 1215 | 戦争の死、戦後の死 | 広岡尚利 | 叢書見る | 5 | |
| 1220 | 恐怖の臨界事故 | 原子力資料情報室 | 岩波書店 | 5 | |
| 1220 | 戦艦大和誕生 | 前間孝則 | 講談社α文庫 | U | |
| 1225 | 「原子力事故」自衛マニュアル | 事故・災害と生活を考える会(著)・桜井淳(監修) | 青春出版社 | 5 | |
| 9913 | 県内被爆者体験絵集 | 静岡県原水爆被害者の会 | 静岡県原水爆被害者の会 | keyword「原爆」検索結果 | |
止
『ことりもカラスもいなくなった 爆心500米の証言 増版』(井手口茂美著、波根伸俊・伊藤都刊、1990/07/01)
目次
| 01 | 8月6日 その日の爆心地 |
| 02 | 8月8日 屍臭漂う爆心地の廃墟 |
| 03 | 8月9日 その日長崎の鐘の音も絶えた |
| 04 | 8月10日 大野浦陸軍病院 |
| 05 | 8月11日 食欲の夏 |
| 06 | 8月12日 臨時看護夫ものがたり |
| 07 | 8月13日 大広間の変貌 |
| 08 | 8月14日 明日は我が身 |
| 09 | 8月15日 敗戦その日 |
| 10 | 8月16日 陣中風呂 |
| 11 | 8月17日 有がとう婦長さん |
| 12 | 8月18日 ボロ馬車道中記 |
| 13 | 8月19日 大八車のきしみ |
| 14 | 8月20日 一期一会・諸行無常 |
| 15 | 8月24日 訪れしもの |
| 16 | 8月25日 神花(馬)のこと |
| 17 | 8月26日 死生観 |
| 18 | 8月27日 兄のうしろ姿 |
| 19 | 9月2日 終焉の招き |
| 20 | 9月6日 よみがえる生命 |
| 21 | その後 |
| 22 | 豪雨の中の私 |
| 23 | 爆心五百米 |
| 24 | ピカドン |
| 25 | 放射能と酒と蚤 |
| 26 | 8月5日のこと |
| 27 | 余話・・・(その1~3) |
| 標題紙「ことりもカラスもいなくなった 爆心500米の証言(ヒロシマ原爆)」 |
| Y | M | D | NEWS1 |
| 84 | 04 | 25 | 広島県内に被爆者13名、被爆体験などを語り伝えようと「ヒロシマを語る会」を結成。 |
| 84 | 05 | 13 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、初会合を開催。語り部運動の推進を申し合わせ。 |
| 84 | 05 | 17 | 「ヒロシマを語る会」、修学旅行で来広した大阪市立中島中学校生徒らと交流。(活動スタート) |
| 84 | 08 | 01 | 「ヒロシマを語る会」メンバーによる被爆の惨状を描いた水彩画展、広島市で開催。 |
| 84 | 08 | 05 | 被爆の実相を語る会、広島市で開催、「ヒロシマを語る会」のメンバーら、被爆体験を語る。 |
| 85 | 01 | 99 | 「ヒロシマを語る会」会員、原爆の惨禍を描いた紙芝居「アオギリ物語」を制作。[被爆樹木] |
| 85 | 03 | 99 | 修学旅行生らに被爆体験を語り続けてきた吉田博直広島大教授、定年退官。(「ヒロシマを語る会」会員) |
| 85 | 05 | 12 | 「ヒロシマを語る会」5月例会、広島市で開催、児童文学者今西祐行参加し被爆体験など話す。 |
| 85 | 05 | 18 | 大阪市立淡路中学校生徒、修学旅行で来広し平和学習。「ヒロシマを語る会」メンバーらと懇談。 |
| 85 | 05 | 31? | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、原爆をテーマにした絵はがきを作成。販売。 |
| 85 | 07 | 25 | 「ヒロシマを語る会」会員原広司、広島市で、「瀬戸の魚と原爆絵展」開催(30日まで)。 |
| 85 | 08 | 04 | 沖縄県の老人クラブ・青年会代表ら、来広し、ヒロシマを語る会のメンバーと交流。 |
| 85 | 08 | 29 | フィリピン各地で被爆体験などを語った「ヒロシマを語る会」のメンバーら、帰広し、成果を報告。 |
| 85 | 11 | 09 | 北海道の村立鬼志別小学校生徒らがつくった折りづる(約 7000 羽) など、広島市の「ヒロシマを語る会」に届く。 |
| 86 | 12 | 17 | 「ヒロシマを語る会」のメンバー、広島市の原爆資料館の朝鮮人・韓国人被爆者の資料の改善を求める大阪市などの中学生らの要望書を同資料館に提出。 |
| 87 | 02 | 19 | 「ヒロシマを語る会」のメンバー原広司、被爆体験を語るため北海道に向けて出発。 |
| 87 | 05 | 30 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、広島市で、地元の高校生らを招き平和学習交流会「高校生とヒロシマを語る集い」を開催(約50人参加)。 |
| 87 | 06 | 23 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、大阪市立中島中学校生徒から贈られた詩の額を広島平和会館に寄贈。 |
| 88 | 05 | 26? | 第3回国連軍縮特別総会のため訪米した「ヒロシマを語る会」のメンバーら、ワシン トン州リッチランド高校生徒に、同校のシンボルマーク「きのこ雲」をってかいするよう要請。 |
| 88 | 06 | 04 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、「中高生とヒロシマを語る集い」を開催(約160 人参加)。地元の中高生に被爆体験を伝えようと開催。今年で2会目。 |
| 88 | 08 | 05? | 「ヒロシマを語る会」・県被団協(佐久間澄理事長)などの被爆の語り部(約70人)に講演依頼相次ぐ。 |
| 89 | 04 | 07 | ヒロシマを語る会のメンバー、5月の訪韓に備え、広島市で勉強会を開催(訪韓予定の12人が参加)。 |
| 89 | 05 | 02 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」のメンバー(11人)、訪韓し、在韓被爆者と交流(5日まで)。2日には釜山市、3日には大邱市で交流会。 |
| 89 | 06 | 07 | 広島県立安西高校生徒、平和公園で「ヒロシマを語る会」メンバーから、被爆体験などを聞く。原爆ドーム募金に寄金(約4万9千円)。 |
| 89 | 06 | 17 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、「広島の中高生と語る集い」を開催(約70人参加)。今年3回目。マレーシア・韓国を訪れた会員の報告など。 |
| 89 | 06 | 24 | 語り部と共にピレキチツアー、広島市の平和公園で実施。「ヒロシマを語る会」のメンバーによる案内。 |
| 89 | 06 | 26 | 「ヒロシマを語る会」、広島平和文化センター発行の「ヒロシマ読本」から、中曽根元首相句碑についての記述を削除するよう同センターに文書で申し入れ。 |
| 89 | 07 | 22 | 「ピレキチツア-」、広島市の平和記念公園とその周辺で実施。「ヒロシマを語る会」会員による被爆体験談など。 |
| 89 | 11 | 15 | 中国の彫刻家曹崇恩夫妻、来広し、被爆証言者グループ「ヒロシマを語る会」会員の沼田鈴子をモデルにした粘土像を作成。 |
| 89 | 11 | 25 | 第41回全国同和教育研究大会、広島市で開催(約2万3千人参加、27日まで)。ヒロシマを語る会の沼田鈴子・丸木位里らによる講演など。 |
| 90 | 05 | 03 | 「ヒロシマを語る会」のメンバーら、在韓被爆者と交流するため訪韓。 |
| 90 | 06 | 23 | 被爆語り部グループ「ヒロシマを語る会」、広島市で、「中・高校生とヒロシマを語る会」を開催(約40人参加)。ソ連原発事故被災の模様などを報告。 |
| 90 | 08 | 06 | 「ヒロシマを語る会」、在韓被爆者の証言集「海峡を越えて-訪韓・在韓被爆者の訴えを聞いて」(B5、102ページ)を出版。 |
| 91 | 01 | 09 | 北海道の江川善次教諭ら、来広し、平和教材作成のため取材を開始。「ヒロシマを語る会」の被爆者原広司の案内で原爆資料館などを見学。 |
| 91 | 05 | 23 | 「ヒロシマを語る会」、「中・高校生とヒロシマを語る集い」を広島市で開催。今年で5回目。大阪市立淡路中学校生徒ら、在韓被爆者をテーマにした創作劇を披露。 |
| 91 | 09 | 21 | 朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者と交流するため「日朝被爆者の連帯をすすめる会」が結成され、広島市で発足総会を開催(約30人参加)。「ヒロシマを語る会」・「広島市原爆被害者の会」のメンバーらが呼びかけ。 |
| 94 | 04 | 04? | 「ヒロシマを語る会」、記録集「生かされて-ヒロシマを語る会十年の歩み」を出版。 |
| 94 | 07 | 21 | 「ヒロシマ・ナガサキ会議」(仮称)の広島側準備会、広島労働会館で初会合。県被団協・在日本大韓民国明団県地方本部原爆被害者対策特別委員会・県労会議被爆者団体連絡協議会・ヒロシマを語る会・県被爆二世団体連絡協議会など7団体が参加。 |
| 94 | 08 | 08 | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームを描いた色紙50枚をアジア競技大会組織委員会に寄贈。 |
| 95 | 05 | 13 | 福山市の盈進高校の1年生375人、平和学習で広島市を訪れ、「ヒロシマを語る会」の原広司の話を聴取。 |
| 95 | 07 | 29? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームを描いた水彩画を集めた展示会を広島市・東区民文化センターで開催。-30日。 |
| 95 | 10 | 09 | 財団法人ヒロシマ・ピース・センター、第7回「谷本清平和賞」の受賞者に「ヒロシマを語る会」を選ぶ。 |
| 95 | 10 | 21 | 財団法人ヒロシマ・ピース・センターの「谷本清賞授与式」(7回目)、広島工大広島校舎で開催。「ヒロシマを語る会」の会員18人と関係者約50人が参加。 |
| 96 | 02 | 08 | 「ヒロシマを語る会」、平和学習の場を求める国の「原爆死没者追悼平和祈念館」に関する要望書を瀬川吉郎広島市議会議長に提出。 |
| 96 | 08 | 04 | 「ヒロシマを語る会」の朱碩、来広修学旅行生らの感想文集「もう一つのヒロシマ・あの日の悲憤は今もなお」を発行。 |
| 98 | 07 | 15? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームの絵を竹屋公民館に展示。-8月15日。 |
| 98 | 11 | 04? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームや原爆慰霊碑をスケッチした絵はがき「被爆者が描いた平和公園ポストカード」を作製。 |
止
ヒロシマを語る会 設立:1984年4月25日
関連資料
| 早く援護を! 1984.07 第45号 韓国の原爆被害者を救援する市民の会 1984/07/01 | ||
| ヒロシマ・ナガサキの証言’84夏 秋月辰一郎、庄野直美編 広島・長崎の証言の会 1984/08/20 | ||
| ヒロシマを語る ヒロシマを語る会編 ヒロシマを語る会 1985/07/25 | ||
| 修学旅行の記録 1984.10.22~25 東京都立松原高等学校 1985/10/05 | ||
| 絆 高校生とヒロシマ 川良浩和著 径書房 1987/02/25 | ||
| ヒロシマを語る ヒロシマを語る会 編 ヒロシマを語る会 1987/12/25 | ||
| 原水禁ニュースヒロシマ 1990.01.25 No.63 原水爆禁止広島県協議会 1990/01/25 | ||
| 海峽を越えて 訪韓報告集 1 ヒロシマを語る会、アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む会編 ヒロシマを語る会、アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む会 1990/08/06 T | ||
| 生かされて ヒロシマを語る会十年の歩み ヒロシマを語る会編 ヒロシマを語る会 1994/04/01 | ||
| ヒロシマ花一輪物語 被爆者・沼田鈴子の終りなき青春 川良浩和、山田真理子著 径書房 1994/04/20 | ||
| 平和教育研究 広島平和教育研究所・年報 Vol.22 1995.03 Vol.22 1994 広島平和教育研究所 1995/03/30 | ||
| ヒロシマを語る会の豊永さんへ 東広島市八本松小学校6年1組 東広島市八本松小学校 1996/11/27 | ||
| 被爆体験証言者交流の集い団体・グループ紹介一覧表 被爆体験証言者交流の集い世話人会編 被爆体験証言者交流の集い世話人会 1997/04/01 | ||
| 雑魚場町付近の建物疎開作業員学徒の被害 ヒロシマを語る会:編 ヒロシマを語る会 1999/11/01 | ||
| 八丁堀付近建物疎開作業員学徒の被害 ヒロシマを語る会:編 ヒロシマを語る会 1999/12/01 | ||
| 土橋、小網町付近の建物疎開作業員学徒の被害 ヒロシマを語る会:編 ヒロシマを語る会 2000/03/01 | ||
| ぼくら焚木自身 『われらのうた』―『見る』の詩人たち2 「難民」の詩人 望月久 寺島洋一著 叢書見る 2014/01/20 | ||
| 原爆炸裂の真下にひろがる中島地区の被害 ヒロシマを語る会:編 ヒロシマを語る会 | ||
| 原水禁ニュースヒロシマ 1990.01.25 No.63 原水爆禁止広島県協議会 1990/01/25 | ||
年表 :ヒロシマを語る会
| Y | M | D | NEWS1 |
| 84 | 04 | 25 | 広島県内に被爆者13名、被爆体験などを語り伝えようと「ヒロシマを語る会」を結成。 |
| 84 | 05 | 13 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、初会合を開催。語り部運動の推進を申し合わせ。 |
| 84 | 05 | 17 | 「ヒロシマを語る会」、修学旅行で来広した大阪市立中島中学校生徒らと交流。(活動スタート) |
| 84 | 08 | 01 | 「ヒロシマを語る会」メンバーによる被爆の惨状を描いた水彩画展、広島市で開催。 |
| 84 | 08 | 05 | 被爆の実相を語る会、広島市で開催、「ヒロシマを語る会」のメンバーら、被爆体験を語る。 |
| 85 | 01 | 99 | 「ヒロシマを語る会」会員、原爆の惨禍を描いた紙芝居「アオギリ物語」を制作。[被爆樹木] |
| 85 | 03 | 99 | 修学旅行生らに被爆体験を語り続けてきた吉田博直広島大教授、定年退官。(「ヒロシマを語る会」会員) |
| 85 | 05 | 12 | 「ヒロシマを語る会」5月例会、広島市で開催、児童文学者今西祐行参加し被爆体験など話す。 |
| 85 | 05 | 18 | 大阪市立淡路中学校生徒、修学旅行で来広し平和学習。「ヒロシマを語る会」メンバーらと懇談。 |
| 85 | 05 | 31? | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、原爆をテーマにした絵はがきを作成。販売。 |
| 85 | 07 | 25 | 「ヒロシマを語る会」会員原広司、広島市で、「瀬戸の魚と原爆絵展」開催(30日まで)。 |
| 85 | 08 | 04 | 沖縄県の老人クラブ・青年会代表ら、来広し、ヒロシマを語る会のメンバーと交流。 |
| 85 | 08 | 29 | フィリピン各地で被爆体験などを語った「ヒロシマを語る会」のメンバーら、帰広し、成果を報告。 |
| 85 | 11 | 09 | 北海道の村立鬼志別小学校生徒らがつくった折りづる(約 7000 羽) など、広島市の「ヒロシマを語る会」に届く。 |
| 86 | 12 | 17 | 「ヒロシマを語る会」のメンバー、広島市の原爆資料館の朝鮮人・韓国人被爆者の資料の改善を求める大阪市などの中学生らの要望書を同資料館に提出。 |
| 87 | 02 | 19 | 「ヒロシマを語る会」のメンバー原広司、被爆体験を語るため北海道に向けて出発。 |
| 87 | 05 | 30 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、広島市で、地元の高校生らを招き平和学習交流会「高校生とヒロシマを語る集い」を開催(約50人参加)。 |
| 87 | 06 | 23 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」、大阪市立中島中学校生徒から贈られた詩の額を広島平和会館に寄贈。 |
| 88 | 05 | 26? | 第3回国連軍縮特別総会のため訪米した「ヒロシマを語る会」のメンバーら、ワシン トン州リッチランド高校生徒に、同校のシンボルマーク「きのこ雲」をってかいするよう要請。 |
| 88 | 06 | 04 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、「中高生とヒロシマを語る集い」を開催(約160 人参加)。地元の中高生に被爆体験を伝えようと開催。今年で2会目。 |
| 88 | 08 | 05? | 「ヒロシマを語る会」・県被団協(佐久間澄理事長)などの被爆の語り部(約70人)に講演依頼相次ぐ。 |
| 89 | 04 | 07 | ヒロシマを語る会のメンバー、5月の訪韓に備え、広島市で勉強会を開催(訪韓予定の12人が参加)。 |
| 89 | 05 | 02 | 被爆者グループ「ヒロシマを語る会」のメンバー(11人)、訪韓し、在韓被爆者と交流(5日まで)。2日には釜山市、3日には大邱市で交流会。 |
| 89 | 06 | 07 | 広島県立安西高校生徒、平和公園で「ヒロシマを語る会」メンバーから、被爆体験などを聞く。原爆ドーム募金に寄金(約4万9千円)。 |
| 89 | 06 | 17 | 「ヒロシマを語る会」、広島市で、「広島の中高生と語る集い」を開催(約70人参加)。今年3回目。マレーシア・韓国を訪れた会員の報告など。 |
| 89 | 06 | 24 | 語り部と共にピレキチツアー、広島市の平和公園で実施。「ヒロシマを語る会」のメンバーによる案内。 |
| 89 | 06 | 26 | 「ヒロシマを語る会」、広島平和文化センター発行の「ヒロシマ読本」から、中曽根元首相句碑についての記述を削除するよう同センターに文書で申し入れ。 |
| 89 | 07 | 22 | 「ピレキチツア-」、広島市の平和記念公園とその周辺で実施。「ヒロシマを語る会」会員による被爆体験談など。 |
| 89 | 11 | 15 | 中国の彫刻家曹崇恩夫妻、来広し、被爆証言者グループ「ヒロシマを語る会」会員の沼田鈴子をモデルにした粘土像を作成。 |
| 89 | 11 | 25 | 第41回全国同和教育研究大会、広島市で開催(約2万3千人参加、27日まで)。ヒロシマを語る会の沼田鈴子・丸木位里らによる講演など。 |
| 90 | 05 | 03 | 「ヒロシマを語る会」のメンバーら、在韓被爆者と交流するため訪韓。 |
| 90 | 06 | 23 | 被爆語り部グループ「ヒロシマを語る会」、広島市で、「中・高校生とヒロシマを語る会」を開催(約40人参加)。ソ連原発事故被災の模様などを報告。 |
| 90 | 08 | 06 | 「ヒロシマを語る会」、在韓被爆者の証言集「海峡を越えて-訪韓・在韓被爆者の訴えを聞いて」(B5、102ページ)を出版。 |
| 91 | 01 | 09 | 北海道の江川善次教諭ら、来広し、平和教材作成のため取材を開始。「ヒロシマを語る会」の被爆者原広司の案内で原爆資料館などを見学。 |
| 91 | 05 | 23 | 「ヒロシマを語る会」、「中・高校生とヒロシマを語る集い」を広島市で開催。今年で5回目。大阪市立淡路中学校生徒ら、在韓被爆者をテーマにした創作劇を披露。 |
| 91 | 09 | 21 | 朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者と交流するため「日朝被爆者の連帯をすすめる会」が結成され、広島市で発足総会を開催(約30人参加)。「ヒロシマを語る会」・「広島市原爆被害者の会」のメンバーらが呼びかけ。 |
| 94 | 04 | 04? | 「ヒロシマを語る会」、記録集「生かされて-ヒロシマを語る会十年の歩み」を出版。 |
| 94 | 07 | 21 | 「ヒロシマ・ナガサキ会議」(仮称)の広島側準備会、広島労働会館で初会合。県被団協・在日本大韓民国明団県地方本部原爆被害者対策特別委員会・県労会議被爆者団体連絡協議会・ヒロシマを語る会・県被爆二世団体連絡協議会など7団体が参加。 |
| 94 | 08 | 08 | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームを描いた色紙50枚をアジア競技大会組織委員会に寄贈。 |
| 95 | 05 | 13 | 福山市の盈進高校の1年生375人、平和学習で広島市を訪れ、「ヒロシマを語る会」の原広司の話を聴取。 |
| 95 | 07 | 29? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームを描いた水彩画を集めた展示会を広島市・東区民文化センターで開催。-30日。 |
| 95 | 10 | 09 | 財団法人ヒロシマ・ピース・センター、第7回「谷本清平和賞」の受賞者に「ヒロシマを語る会」を選ぶ。 |
| 95 | 10 | 21 | 財団法人ヒロシマ・ピース・センターの「谷本清賞授与式」(7回目)、広島工大広島校舎で開催。「ヒロシマを語る会」の会員18人と関係者約50人が参加。 |
| 96 | 02 | 08 | 「ヒロシマを語る会」、平和学習の場を求める国の「原爆死没者追悼平和祈念館」に関する要望書を瀬川吉郎広島市議会議長に提出。 |
| 96 | 08 | 04 | 「ヒロシマを語る会」の朱碩、来広修学旅行生らの感想文集「もう一つのヒロシマ・あの日の悲憤は今もなお」を発行。 |
| 98 | 07 | 15? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームの絵を竹屋公民館に展示。-8月15日。 |
| 98 | 11 | 04? | 原広司「ヒロシマを語る会」代表、原爆ドームや原爆慰霊碑をスケッチした絵はがき「被爆者が描いた平和公園ポストカード」を作製。 |
広島県立第二高等女学校(関連資料)
| 関千枝子 | ヒロシマ遺文「2月忌」 | |
関千枝子
| せき・ちえこ | 19320328生20210221没 | 享年88 | フリージャーナリスト。著書に「広島第二県女二年西組―原爆で死んだ級友たち」。姉=黒川万千代。級友・亀沢恵尼の姉=亀沢深雪。 |
書誌
| 書名 | 著者(無い場合は著者=関千枝子)・発行所など | 出版年月日 |
| 広島第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち | 筑摩書房 | 1985/2/28 |
| ヒロシマ花物語 | 汐文社 | 1990/7/15 |
| しらうめ 広島第二県女創立50周年記念誌 | 広島県立広島第二高等女学校同窓会(編・刊) | 1995/9/3 |
| 女がヒロシマを語る | 江刺昭子、加納実紀代、関千枝子、堀場清子編、 インパクト出版会 | 1996/8/6 |
| 証言-ヒロシマ・ナガサキの声1996 | 長崎の証言の会 | 1996/9/10 |
| ヒロシマから吹く風 | 横浜市立浦島丘中学校 | 1997/3/10 |
| ヒロシマの女たち 続 | 広島女性史研究会編著、ドメス出版 | 1998/4/11 |
| 広島第二県女二年西組 〔上〕 | 埼玉福祉会 | 1999/5/20 |
| 広島第二県女二年西組 〔下〕 | 埼玉福祉会 | 1999/5/20 |
| 日本原爆論大系 第7巻 歴史認識としての原爆 | 岩垂弘ほか、日本図書センター | 1999/6/25 |
| 若葉出づる頃 新制高校の誕生 | 西田書店 | 2000/6/10 |
| 8月の晴れた日に 7 | 埼玉県原爆被害者協議会(しらさぎ会)、さいたまコープ労働組合平和部 | 2002/4/13 |
| ゲンバクの日ぼくたちは10代だった | 桂寿美江、神南明子、野村恵利子取材・執筆 松本あゆみ英語翻訳 創文刊 | 2003/7/30 |
| 原爆被災証言記 忘れられた学徒たち | 県立広島女子大学同窓有志、広島県立広島第二高等女学校同窓有志 | 2007/8/6 |
| 修学旅行記録集[2006/10/25(水)~28(土)] | 埼玉県立飯能高等学校 | 2008/3/8 |
| 戦争と性 第27号 | 「戦争と性」編集室 | 2008/4/25 |
| ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅱ | ヒロシマ・ナガサキを考える会 | 2008/8/6 |
| 広島第二県女二年西組 構成台本 | 関千枝子著 岩田直二構成演出らくらく演劇塾 | 2010/3/1 |
| 広島第二県女二年西組-原爆で死んだ級友たち | 筑摩書房 | 2010/5/25 |
| ヒロシマ原爆地獄 ヒロシマの生き証人は語り描く | 河勝重美著、ヒロシマ「原爆地獄」を世界に弘める会(河勝重美) | 2011/1/1 |
| ヒロシマ原爆地獄 生き証人の描く被爆者一人ひとりの生と死 日英二カ国語版 | ヒロシマ「原爆地獄」を世界に弘める会(河勝重美) | 2011/1/1 |
| ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅲ-① | ヒロシマ・ナガサキを考える会 | 2011/8/6 |
| ヒロシマ・ナガサキを考える 復刻版Ⅲ-② | ヒロシマ・ナガサキを考える会 | 2011/8/6 |
| フィールドワークまっぷ 広島の少年少女たちの死をめぐって 2012年版 | 竹内良男 | 2012/8/1 |
| 広島・長崎から 戦後民主主義を生きる 往復書簡 | 関千枝子、狩野美智子著 彩流社 | 2012/10/31 |
| ヒバクシャからの手紙 被爆体験記集 第3巻 | 広島平和文化センター 編集 厚生労働省、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 | 2013/3/31 |
| 慟哭の廣島 | 今田耕二、木下印刷所(印刷) | 2014/7/22 |
| 金輪島と原爆 原爆死没者慰霊碑参拝 | 竹内良男 | 2014/10/26 |
| 原爆地獄 The Atomic Bomb Inferno ヒロシマ生き証人の語り描く一人ひとりの生と死 日英版 | 河勝重美編、コールサック社 | 2015/4/16 |
| ヒロシマの少年少女たち 原爆、靖国、朝鮮半島出身者 | 彩流社 | 2015/8/26 |
| 関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第1集(2012-2013) | 関千枝子、中山士朗著 西田書店 | 2015/11/20 |
| ヒロシマを若い世代に 原爆で未来を絶たれた若い命は訴える 被爆者の語り描く失われた若い命の生と死のドラマ 日本語英語二カ国語版 = Hiroshima never again : an appeal to today’s young people from the young who lost their future : survivers witnessed the life and death of young people in Hiroshima : English-Japanese edition 河勝重美 | 2016/5/24 | |
| 関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第2集(2013-2014) | 西田書店 | 2016/6/1 |
| 関千枝子 中山士朗 ヒロシマ往復書簡 第3集(2014-2016) | 西田書店 | 2017/6/1 |
| 証言 町と暮らしの記憶 中島本町・材木町・水主町 | ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会 | 2017/8/5 |
| ヒロシマ対話随想 | 関千枝子、中山士朗著、西田書店 | 2019/5/10 |
『資料’82反核(単行本・雑誌・教科書・新聞)-原爆文献を検証する』(「ひろしまをよむ」会編、溪水社、19830715)
| まえがき | |||
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<共同検証82反核> 1.新味に欠ける原爆出版 、2.消極的な大手出版社 、3.新刊しのぐ重版・再刊 、4.手記・体験記に多様性、5.「読む」から「見る」へ、6.すそのを支える童話 、7.無難さ目立つ教科書 、8.雑誌-欠落した原点、9.新聞連載-不十分な総括、10.新聞社説-もの足りぬ分析 <82出版物リスト> 単行本-反核・ヒロシマ・ナガサキ 単行本-防衛・原発・学術・再刊 童話-絵本・平和教育 教科書-国語科82年採択 雑誌-月刊・季刊・旬刊・週刊 新聞-連載・社説 おわりに |
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| 1984 | |||
■原爆被災資料広島研究会編『原爆被災資料総目録 第1集-原爆慰霊碑、原爆遺跡、物品資料、遺品、放送(NHK)、美術(絵画)・文学』1969
■原爆被災資料広島研究会編『原爆被災資料総目録 第2集-官公庁文書、中国放送(RCC)、広島テレビ(HTV)、演劇・バレエ、映画、音楽』1970
■原爆被災資料広島研究会編『原爆被災資料総目録 第3集-原爆手記 広島の部』1972
■原爆被災資料広島研究会編集部会・ピカ資料研究所編『第4集-占領期文献(昭和20年-昭和27年)』1984
■原爆モニュメント研究グルー
安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから
(英文)Let all the souls here rest in peace For we shall not repeat the evils
二十数万の霊は安らかに眠れない筈だ。「安らかに眠って下さい」と祈る上は不可能を可能にする決意と努力と(更にむずかしい)賢明さがいる。「過ちは繰り返しませぬから」との誓いにそれが表わされている。・・・ませぬがま・・・せんでもヘナヘナになるだろう。
一度あることは二度ある。広島は長崎で繰り返された。この繰り返しは防げるか。二十数万の犠牲が可能にする。むだにしないと忘れぬ間は。それならば、金石文字にしておこう。
廿世紀己文明の犯した最大の過ちは広島の原爆であった。
過去に低迷している広島市民ではない。飛躍して人類のなし得なかった仕事をしようと光明を見出す。
過ちは繰返さぬという決意は長崎と共に広島がなし得る特権である。原爆文明は世界の破滅を脅している。
文明はこのように不賢明だ。
人類の光明は広島の一角からとすれば、犠牲はむだでない。
この碑文に「過ちは再び繰返しませんから」とあるのは、むろん日本人をさしているのは明らかだ。それがどんな過ちであるのか私は疑う。ここにまつってあるのは原爆犠牲者の霊であり、原爆を落としたのは日本人でないことは明りょうである。落としたものの手は、まだ清められていない。この過ちとはもしも前の戦争をさしているのなら、それも日本の責任ではない。その戦争の種は西洋諸国が問うよう侵略のために起したものであることも明瞭である。
過去の戦争は明かに人間のあやまちであった。私はあの碑の前に立つ人々がだれであろうと「自分に関する限りはあやまちは繰り返さない」という誓いと決意を固めることが将来の平和を築く基礎であり、また現在生きている人たちがそれを実践したときはじめて地下の英霊は安かに眠るることができるものである。その意味のことをあの短い文章に書いたのである、碑の前に対してだれの罪であると個人をつかまえてせんさくする必要はないと思う、あの碑の前には世界各国の人が立つだろうと私は思う。
広島市民であるとともに世界市民であるわれわれが過ちを繰返さないと霊前に誓う-これは全人類の過去・現在・未来に通じる広島市民の感情であり、良心の叫びである。「広島市民が過ちを繰返さぬといっても外国人から落とされた爆弾ではないか。だから繰返さぬではなく繰返させぬであり、広島市民の過ちではない」とは世界市民に通じないことばだ。そんなせせこましい立ち場に立つときは過ちは繰返さぬことは不可能になり霊前でものをいう資格はない。
(前略)
「安らかに眠って下さい」も冗漫度しがたいセンスと思うのだが、「過ちは繰返しませぬから」に至っては、いったい何を言おうというのだろう。侵略戦争のようなものは二度としませんの意かもしれないが、こんな妙ちきりんな但し書は、あの残虐無慚な死に方をした多くの人たちの冥福とは何の関係もないことだ。(中略)
慰霊堂や碑石の造形にみられる簡素清純さによく合うような、もっとあっさりと素直な碑文を書き表せなかったものだろうか。わたくしだったら「慰霊」の二字だけを筆太に力強く縦に刻むだろう。この慰霊碑がこのままいつまでも据えつづけられるのだろうか。(後略)
| Y | M | D | NEWS1 |
| 52 | 08 | 06 | 平和記念都市建設碑(原爆慰霊碑)除幕. |
| 52 | 11 | 03 | 世界連邦アジア会議インド代表パール博士、広島市の原爆慰霊碑に参拝。碑文に異論を唱える。 |
| 52 | 11 | 06 | パール博士,原爆慰霊碑の碑文に異議をとなえる.10日,広大雑賀教授反論 |
| 54 | 08 | 11 | 浜井広島市長、原爆で両親を失った黒沢銀子(17才、東京都大田区)から原爆慰霊碑の碑文に対する抗議の手紙を受け取る。 |
| 55 | 08 | 19 | 原水爆禁止世界大会参加の中共代表団(劉寧一団長、謝泳心ら7名)、広島入り。原爆慰霊碑参拝。広島赤十字病院訪問。 |
| 57 | 03 | 14 | 吉田治平(革政ク),広島市議会予算市会で原爆慰霊碑の碑文についての市長の見解を問う. |
| 57 | 08 | 04? | 呉市の文化団体、広島の原爆慰霊碑の碑文について、各界からアンケートを集める。木下夕爾「意味が不徹底だから撤去する」などの回答。 |
| 70 | 02 | 11 | 「原爆慰霊碑を正す会」結成。有志八十人。「安らかに眠って下さい過ちは繰返しませんから」の碑文は、屈辱的で二十数万の犠牲者の霊を冒とくする」 |
| 70 | 02 | 12 | 安保破棄要求貫徹広島県実行委員会、原爆慰霊碑の碑文変更反対を山田広島市長に申し入れ。十四日には原水禁母の会など五団体も広島市に申し入れ |
| 70 | 03 | 09 | 原爆慰霊碑を正す会、「碑文まっ消」を市長へ請願(「平和の推進」)。 |
| 70 | 03 | 09 | 原爆慰霊碑を正す会、山田広島市長と浅尾市議会議長に「碑文抹消」を請願 |
| 70 | 03 | 13 | 「原爆慰霊碑の碑文を守る連絡会議」結成。社会、共産両党系の団体、市民運動グループなど十五団体が共闘、「碑文抹消運動は核アレルギーの解消、軍国主義復活を目指す策略だ。碑文は絶対に守り抜く」 |
| 70 | 08 | 03 | 山田広島市長、原爆慰霊碑の碑文は変えないと公式発表。「碑文の主語は〃世界人類〃であり、人類全体への警告、戒めである」(「平和の推進」) |
| 71 | 04 | 16 | 天皇・皇后、広島市の原爆慰霊碑を参拝。 |
| 77 | 09 | 23 | 広島市の平和記念公園内、原爆慰霊碑の碑文の照明装置が壊されているのを発見。 |
| 83 | 08 | 09 | ジュネーブ軍縮委員会で今井大使、広島市の原爆慰霊碑の碑文についての解釈を表明。「核戦争をあくまで回避せねばならないという決意を示したもの」 |
| 88 | 10 | 19? | 故雑賀忠義広大教授による原爆慰霊碑碑文の英語版、広島市立本川小学校の平和資料館に展示。 |
| 96 | 08 | 29 | 亀井静香自民党組織広報本部長、広島国際会議場で開催された党青年議員連盟総会の講演で、原爆慰霊碑の碑文を批判。 |
| 96 | 09 | 02 | 新進党広島県連、「原爆慰霊碑は目障り」と発言した亀井静香自民党組織広報本部長に対する抗議声明を発表。 |
| 97 | 12 | 20 | 亀井静香前建設大臣、広島市の原爆慰霊碑について「広島にもそういうばかげた碑がある。日本が悪いということを堂々とうたっている」と新潟市内での講演で発言。 |
| 年 | 追加数 | 内 数 | 総 数 | ||
| ① | ② | ③ | |||
| 1952(昭和27) | 57902 | 57902 | |||
| 1953(昭和28) | 391 | 58293 | |||
| 1954(昭和29) | 212 | 58505 | |||
| 1955(昭和30) | 523 | 59028 | |||
| 1956(昭和31) | 680 | 59708 | |||
| 1957(昭和32) | 185 | 15 | 59893 | ||
| 1958(昭和33) | 173 | 60066 | |||
| 1959(昭和34) | 187 | 60253 | |||
| 1960(昭和35) | 161 | 95 | 66 | 60414 | |
| 1961(昭和36) | 139 | 64 | 60553 | ||
| 1962(昭和37) | 125 | 83 | 42 | 60678 | |
| 1963(昭和38) | 127 | 29 | 60805 | ||
| 1964(昭和39) | 169 | 44 | 60974 | ||
| 1965(昭和40) | 469 | 69 | 61443 | ||
| 1966(昭和41) | 550 | 68 | 61993 | ||
| 1967(昭和42) | 430 | 157 | 43 | 62423 | |
| 1968(昭和43) | 1101 | 521 | 428 | 121 | 63524 |
| 1969(昭和44) | 9211 | 1390 | 6764 | 1035 | 72735 |
| 1970(昭和45) | 3606 | 1228 | 1122 | 1196 | 76341 |
| 1971(昭和46) | 1745 | 243 | 389 | 1107 | 78086 |
| 1972(昭和47) | 2097 | 204 | 319 | 1567 | 80183 |
| 1973(昭和48) | 2650 | 321 | 742 | 1575 | 82833 |
| 1974(昭和49) | 1970 | 139 | 396 | 1429 | 84803 |
| 1975(昭和50) | 2172 | 128 | 450 | 1590 | 86975 |
| 1976(昭和51) | 2159 | 114 | 392 | 1647 | 98134 |
| 1977(昭和52) | 2282 | 143 | 528 | 1611 | 91416 |
| 1978(昭和53) | 2179 | 97 | 370 | 1712 | 93595 |
| 1979(昭和54) | 2090 | 59 | 318 | 1713 | 95685 |
| 1980(昭和55) | 2279 | 71 | 355 | 1853 | 97964 |
| 1981(昭和56) | 2753 | 82 | 656 | 2015 | 100717 |
| 1982(昭和57) | 3060 | 112 | 792 | 2153 | 103777 |
| 1983(昭和58) | 5179 | 65 | 2648 | 2466 | 108956 |
| 1984(昭和59) | 4315 | 56 | 1685 | 2573 | 113271 |
| 1985(昭和60) | 25419 | 123 | 22009 | 3234 | 138690 |
| 1986(昭和61) | 4941 | 165 | 1018 | 3656 | 143590 |
| 1987(昭和62) | 4619 | 110 | 993 | 3473 | 148177 |
| 1988(昭和63) | 4476 | 114 | 931 | 3428 | 152650 |
| 1989(平成 元) | 4424 | 23 | 921 | 3474 | 157071 |
| 1990(平成 2) | 10175 | 1565 | 5117 | 3483 | 167243 |
| 1991(平成 3) | 4787 | 20 | 1081 | 3682 | 172024 |
| 1992(平成 4) | 4944 | 176964 | |||
| 1993(平成 5) | 4878 | 181836 | |||
| 1994(平成 6) | 5110 | 186940 | |||
| 1995(平成 7) | 5094 | 192020 | |||
| 1996(平成 8) | 5030 | 197045 | |||
| 1997(平成 9) | 5076 | 202118 | |||
| 1998(平成10) | 4927 | 207045 | |||
| 1999(平成11) | 5071 | 212116 | |||
| 2000(平成12) | 5021 | 217137 | |||
| 2001(平成13) | 4756 | 221893 | |||
| 2002(平成14) | |||||
| 2003(平成15) | |||||
| 2004(平成16) | |||||
| 2005(平成17) | |||||
注:①1945年8月6日死没者、②1945年8月6日~前年8月5日死没者、③前年8月6日~当年8月6日死没者
出典:1967年までは新聞報道、68年以降は広島市原爆被害対策部の資料
原爆死没者名簿
広島市調査課は、1951年(昭和26年)5月、原爆死没者調査を実施した。再三のGHQへの陳情の結果実現したもので、7回忌(51年8月6日)を期して慰霊堂に合祀するための全死没者名簿作成を目的とするものであった。
調査は、「広島に投下された原子爆弾により直接に、又は原爆の影響を直接の原因として死没された方全部」を対象としており、調査の内容としては、「1.死没者の氏名、2.性別、3.死没時の年齢、4.死没者の当時の住所、5.死没者の当時の職業(勤務先)、6.死没年月日、7.直接の原因、8.死没の場所、9.被爆時にいた場所」の9項目があげられていた。
その方法は、関連者からの申告によるものとし、「広島市内及び広島県下については特別に徹底を期して、調査票も市内は全世帯に配布、県下も多量配布し、個人票以外に事業体、学校、団体、病院、寺院等には連記制調査票も配布」した。また、県外については、「各県の地方課から各市町村役場の関係課係を通じて連絡員(部落の世話人)、前国勢調査員、学校の生徒達の御協力により、或は告知板の利用等により申告者に調査票を入手させ、記入して貰う」こととした(広島市役所「広島市原爆による死没者調査についての趣意書」)。
慰霊堂の建設は、51年の式典には間に合わなかった。しかし、式典前日までに確認された氏名は、いろは別にカーボン紙に記載され、式典会場の戦災供養塔に供えられた(広島市『市勢要覧昭和26年版』、「中国新聞」54年8月6日)。
1952年7月上旬、広島市は、市内の能筆家20人に委嘱して過去帳への記載を始めた。5万7,902人の原爆犠牲者の名前を謹記した15冊の「広島市原爆死没者名簿」は、8月6日の式典で、浜井広島市長の手によって原爆死没者慰霊碑の中に設けられた奉納箱に納められた。広島市調査課は、この名簿の写しを、式典当日、原爆死没者慰霊碑と戦災供養塔前で公開し、記帳洩れの届出の受け付けを行なった。
1953年の式典では、この日以降新たに確認された391人の追加者の名簿が奉納され、以後、追加名簿の奉納が式典の慣例となった。
広島市は、1951年の調査に先だって、死没者の総数を20数万人と想定していた(「中国新聞」51年4月14日)。この根拠は、被爆当時の広島市内の人口を42万人(市内在住者約25万人、軍関係者約8万人、市外からの来広者約9万人)と推定、それから、50年に国勢調査付帯調査で明らかになった生存者数15万7,575人を差し引くという大雑把なものであった。ところが、51年の調査の結果は、6万人にも達せず、広島市調査課長は、53年7月に、死没者数は十数万が妥当との見解を発表した(「中国新聞」53年7月22日)。
原爆死没者名簿作成当時、この中への記帳者は、原爆被爆時またはその直後に死亡したもののみが対象との理解があった。翌1954年の式典での追加記入は212人に過ぎず、こうした結果を踏まえて、今後の追加者を加えても、名簿記帳者数は、6万人程度にとどまるのではないかとの見解が報じられている(「中国新聞」54年8月6日)。しかし、その後、被爆後数年経過した時点での死没者も記帳対象と考えられるようになった。57年には22人、58年には34人、59年には38人(原爆病院で死亡した人)が、過去1年間の死没者として名簿に追加されている。
表は、現在までの追加数と名簿奉納総数を年別にみたものである。名簿への記帳は、遺族からだけでなく、関係団体からの申し出によってもなされた。1955年と56年には、県婦協の調査により確認された死亡者が追加され、記帳者数が増加した。69年の9,211人という増加は、市長が、被爆者健康手帳所持者で届出の無い死亡者6,844人を職権で記載したためである。また、この年には、原爆供養塔の無縁仏のうち氏名判明分1,071柱の名前が、広島戦災供養会の申し出により記入された。
追加奉納された犠牲者のうち、過去1年間の死亡者の人数は、67年までは、100人未満、68年は121人であった。しかし、広島市が、市内の死亡者の中から被爆者を調査して追加奉納を行なうようになった69年以降は、1、000人を超えるようになった。
広島市は、市外の死亡者については、自動的に名簿に記載するという措置を取ることができないでいた。原爆医療法(1957年3月31日公布、正式名称:原子爆弾被爆者の医療等に関する法律)、原爆特別措置法(68年5月20日公布、正式名称:原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律)にもとづく行政事務は、広島・長崎両市を除き都道府県が担当しているからである。77年の場合、7月13日現在で名簿追加記帳予定者数は、1,664人(最終的には2,282人)であったが、そのうち、広島市の措置による数は、1,489人であり、遺族と名簿記入運動を進めている広島県原爆被害者団体協議会の届出分は、175人に過ぎない。
この年、広島市を除く広島県内の被爆者健康手帳1,141人分が、所持者の死亡により県に返還されていた。しかし、広島県が、記帳の申し出は遺族の自主判断に任せるという方針を採っていたため、県から市へ記帳対象者として連絡されることはなかった(「読売新聞」1977年7月22日)。
このような死亡時の居住地による名簿記帳手続き上の差異を無くするため、広島市は、80年、全国の原爆被爆者対策担当窓口に死没者名簿登載申請書を送った。また翌81年には、長崎市と連名で、知事、政令市市長などを通じて、全国の遺族に犠牲者の名簿記載を呼びかけ、さらに82年には各地の被爆者団体にも働きかけを行なった。
年々の追加奉納数は、表のように1972年と83年を画期として、それぞれ2,000人、4,000人を超えるようになっており、85年と90年には顕著な増加を示した。85年の急増は、前年、被爆者関係のデ-タ処理をそれまでの片仮名処理から漢字処理に変更した広島県が、被爆者健康手帳が交付されるようになった57年以降の死亡による手帳返還者2万865人の名前を広島市に提供したことによる。また、90年の急増は、85年に厚生省が実施した死没者調査で新たに判明した5,551人の犠牲者名が加えられたためである。
原爆死没者名簿の奉納は、一貫して市長の役割であった(ただし、1960年のみ県知事と共同で行なった)。その補助者を、69年までは市の職員が務めていたが、翌年からは遺族代表が務めるようになった。70年の補助者に選ばれたのは、この年に新たに名簿に追加された2人の死没者の遺族であった。その後、補助者は、2人(男女)が通例となった。ただ、追加者数の多かった85年と90年には3人が務めている。
原爆死没者名簿(仏式で「過去帳」とも呼ばれる)には、俗名・死没年月日・享年が記入されている。奉納された簿冊の数は、1952年の15冊から始まり、91年には、57冊となった。