核兵器禁止条約50カ国・地域批准報道(日本)
日本の新聞(10月26日1面掲載)
![]() |
| 日本の新聞報道(1面掲載20201026) |
| 中国新聞 |
| 朝日新聞 |
| 毎日新聞 |
| 読売新聞 |
| 日本経済新聞 |
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
核兵器禁止条約50カ国・地域批准報道(日本)
日本の新聞(10月26日1面掲載)
![]() |
| 日本の新聞報道(1面掲載20201026) |
| 中国新聞 |
| 朝日新聞 |
| 毎日新聞 |
| 読売新聞 |
| 日本経済新聞 |
金正堂書店
原爆の火
社史が語る原爆・ヒロシマ(「しんぶん赤旗」中国四国総局、新日本出版社、2003年1月20日)
| 01 | 0603 | 星野村 火 | 57年後も燃え続ける |
| 02 | 0604 | 星野村 碑 | 平和への思い内外に |
| 03 | 0605 | 創業のころ | 本屋の「のれん分け」 |
| 04 | 0606 | 発展と衰退 | 文京都市の文化ささえて |
| 05 | 0607 | 革屋町壊滅 | 涙の中から復興へ |
| 06 | 0610 | おいの体験(上) | 宇品への車中で被爆 |
| 07 | 0611 | おいの体験(中) | 叔父求め歩き続ける |
| 08 | 0612 | おいの体験(下) | 灰を吹きつけると炎が・・・ |
| 09 | 0613 | 23年の管理 | 惨状知る火、絶やしてはならぬ |
| 10 | 0614 | 恒久平和願う「火」 | 全国9ヵ所に「分火」 |
『広島女学院大学の世界遺産学-』(広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科、広島女学院大学総合研究所、20080228)
目次
| 著者 | タイトル | 備考 |
| 宇吹暁・末永航 | はじめに | |
| 宇吹暁 | 世界遺産条約と世界遺産をめぐる動向 | |
| 田頭紀和 | 日本の誇る自然の美-日本の自然遺産とそのあり方- | |
| 堀田佳克 | 建築構造からみた世界文化遺産-工人の知恵と工夫の結集- | |
| 末永航 | ヨーロッパの世界遺産と世界遺産の未来 | |
2021年1月(日録)
丑 |
1945年8月6日から27542日 |
| <ピカ暦(ぴかごよみ)> <原爆資料館ロビーの地球平和監視時計> |
核兵器禁止条約元年 |
| 2021(令和3)年 |
元旦 |
| 日 | できごと |
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島女学院大学の世界遺産学」 |
| 05 | 新聞切り抜き「月忌」「WHO」関係の分類整理。 |
| 06 | 中国新聞「原爆手記刊行 75年間で6194冊 家族・市民 聞き書き担う」(西本雅実)。 |
| 07 | ヒロシマ遺文への投稿=「金正堂書店」 |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器批准条約批准50カ国・地域批准報道(日本)」 |
| 12 | 厚労省のサイトから黒い雨関連のデータをダウンロード。 |
| 13 | ビキニ水爆被災事件関係データの整理。 |
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「年表:ヒロシマ(1946年)」 |
| 15 | ヒロシマ遺文への投稿=「第五福龍丸事件(焼津市)」、「われら水爆の海へ<俊鶻丸ビキニ報告>」 |
| 16 | 東芝COSMIO2011年春バージョンを立ち上げる。ネットに接続せず過去のデータを読むだけに利用予定。一太郎の過去のデータが利用できるはず。 |
| 16 | ヒロシマ遺文への投稿=「岩手県原水協30年の歩み」 |
| 17 | 昭和図書館へ。県内の町村史を閲覧。 |
| 17 | ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止日本協議会出版物」、「ドキュメント1945→1985 核兵器のない世界を」 |
| 18 | 自宅書庫の原水禁大会・平和運動関係資料の整理。 |
| 18 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島市宇品町民が献納した飛行機」 |
| 19 | ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止2013年世界大会」、「原水爆禁止世界大会記録一覧(第10~22回)」、「原水爆禁止世界大会記録一覧(1979年~)」、 |
| 20 | ヒロシマ遺文への投稿=「ノーベル平和賞-90年の軌跡と受賞者群像」 |
| 21 | アメリカ大統領就任式(現地時間20日)テレビ番組視聴。 |
| 21 | ヒロシマ遺文への投稿=「ノーベル平和賞受賞者(ヒロシマ関連)一覧」、「国連歴代事務総長」、「核兵器白書 ウ・タント国連事務総長報告」、「核兵器の包括的研究 国連事務総長報告」 |
| 22 | 核兵器禁止条約発効。 |
| 22 | コンビニで4紙を購入。「核兵器禁止条約発効」、「バイデン米大統領就任式」関連情報収集のため。 |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「核兵器禁止条約発効-Yahooニュース」、「核兵器禁止条約発効-新聞報道(20210122)」 |
| 23 | ヒロシマ遺文への投稿=「ウ・タント「世界平和のために」」、「ストックホルム平和大会(1958)の記録」 |
| 24 | ヒロシマ遺文への投稿=「世界平和への提言-ユネスコ語録」 |
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「核を葬れ!森瀧市郎・春子父娘の非核活動記録」 |
| 27 | ヒロシマ遺文への投稿=「記録:核実験抗議座り込み―広島平和公園慰霊碑前」 |
| 29 | ヒロシマ遺文への投稿=「記録・82年 平和のためのヒロシマ行動」。 |
| 31 | ヒロシマ遺文への投稿=「年表:学術会議(稿)~1964」、「年表:学術会議(稿)1965~」 |
『新編広島県警察史』(広島県警察史編修委員会編、広島県警察連絡協議会刊、19540428)
目次
| 編 | 章 | 節 | 見出し | |
| 序 | 警察制度の変遷と広島県の警察 | |||
| 1、中央政治機構の変遷 2、広島県の行政機構の変遷 3、警察制度の変遷 4、広島県警察の変遷 5、警察官吏制度、警察費及び服制の変遷 6、警察法規の変遷 7、警察官吏の採用と教養 |
||||
| Ⅰ | 日支事変及び太平洋戦争と警察 | |||
| 1 | 戦争と国内の戦時体制 | |||
| 第1節 日支事変の発生とその展開 第2節 太平洋戦争の勃発とその推移 第3節 国内の新体制 第4節 戦争と広島県 |
||||
| 2 | 警察の戦時体制 | |||
| 第1節 戦時下行政機構の改革 第2節 戦時下の警察法規 第3節 警察機構の戦時編成 第4節 警察執務態勢の改善刷新 第5節 警察(消防)官吏の採用、教養制度の特別措置 |
||||
| 3 | 戦時下の警察活動一般 | |||
| 1 | 防空の強化と警防警察 | |||
| 2 | 経済警察の誕生とその推移 | |||
| 3 | 輪送統制と交通輪送警察の展開 | |||
| 4 | 戦時下の犯罪趨勢と刑事警察 | |||
| 5 | 言論統制の強化と特高警察 | |||
| 6 | 戦時下の風俗警察 | |||
| 7 | 労務統制の強化と労政警察 | |||
| 8 | 警防団の活動と梨本官殿下の御視閲 | |||
| 9 | 特設消防署の設置 | |||
| 10 | 警備隊の設置とその推移 | |||
| 11 | 南方占領地域の拡大と警察 | |||
| 12 | 華人労務者の警備 | |||
| 13 | 敵国人の抑留と俘虜の警備 | |||
| 14 | 戦時下警察武道の振興 | |||
| Ⅱ | 原爆下の広島県警察 | |||
| 1 | 原爆投下さる | |||
| 2 | 原爆罹災下の警防活動 | |||
| 3 | 原爆の被害 | |||
| 4 | 原爆下の警察部及び広島市内の警察、消防署 669 | |||
| 5 | 原爆と広島 | |||
| Ⅲ | 終戦直後(終戦より警察法施行まで)の警察 | |||
| 1 | 戦争の終結と国内諸制度の変革 | |||
| 1 | 終戦の大詔下る | |||
| 2 | 連合軍の本土進駐と日本管理政策 | |||
| 3 | 国内諸制度の改革と混乱 | |||
| 敗戦と広島県 | ||||
| 2 | 警察の民主化 | |||
| 第1節 行政機構の改革 第2節 終戦直後の警察機構の改編 第3節 警察法規の応急措置 第4節 警察執務態勢の改革 第5節 特高並びに武徳会追放 第6節 警察自体の混迷と監察制度の強化 第7節 警察教養制度の整備 |
||||
| 3 | 終戦直後の警察活動一般 | |||
| 第1節 治安情勢の悪化と公安警察 第2節 連合国軍の進駐とその警備 (附)連合国軍特殊慰安施設の開設とその推移 第3節 第三国人(主として朝鮮人)の暴挙と警察 第4節 犯罪の激増と刑事警察 第5節 混乱期の経済警察 第6節 闇市場の簇生とその推移 第7節 風俗の頽廃と風俗警察 第8節 交通の混乱と交通警察の強化 第9節 水上警察の復活とその推移 第10節 天皇の行幸と御警衛 |
||||
| Ⅳ | 新制度下の警察 | |||
| 1 | 新憲法制定と諸制度の改革 | |||
| 第1節 占領政策の転換とその推移 第2節 日本国憲法の制定 第3節 新憲法下における政治機構の改革 第4節 地方制度の改革と広島県 |
||||
| 2 | 警察制度の改革 | |||
| 第1節 警察法の制定とその推移 第2節 広島県における新警察制度の実施とその推移 第3節 警察法規の整備再建 第4節 公安委員連絡協議会の設置のその推移 第5節 警察連絡協議会の設置とその推秒 第六節 警察執務態勢の刷新 第七節 警察教養制度の充実、強化 |
||||
| 3 | 新制度下の警察活動一般 | |||
| 第1節 犯罪の趨勢と刑事警察 第2節 各種社会運動の激化と警備警察 第3節 防犯警察活動の強化 第4節 交通機関の発達と交通警察 第5節 朝鮮動乱の勃発と警察 第6節 警察予備隊の設置と警察 第7節 天皇、皇后両陛下の国体御臨席と御警衛 第8節 警察武道の復活 |
||||
| Ⅴ | 警察官吏制度、警察費及び服制の改革 | |||
| 1 | 警察官吏制度 | |||
| 第1節 戦時中の警察官吏制度 第2節 終戦直後の官吏制度の改革と警察官吏 第3節 公務員制度下の警察官吏 |
||||
| 2 | 警察費の変遷 | |||
| 第1節 旧制度時代(主として戦時中及び終戦直後)の警察費 第2節 新制度下の警察費 |
||||
| 3 | 警察官吏服制の改革 | |||
| 第1節 戦時中の服制 第2節 終戦後の服制改革 |
||||
| 年表 | ||||
| 索引 | ||||
| 付録 | ||||
| Ⅰ | 警察各部署の沿革 | |||
| 1 | 旧制度下 | |||
| 1、 | 警察部の沿革 | |||
| 2、 | 各警察署の沿革 | |||
| 2 | 新制度下 | |||
| 1、 | 公安委員会の沿革 | |||
| 2、 | 警察本部の沿革 | |||
| 3、 | 各警察署の沿革 | |||
| Ⅱ | 殉職警察(消防)官吏並びに功労記章(功績章)受領 警察官吏の殉職功績録 | |||
| 1 | 殉職警察(消防)官吏 | |||
| 2 | 功労記章(功績章)受領警察官吏 | |||
| Ⅲ | 警察職員名簿 | |||
関連市町村の状況
出典:『広島原爆戦災誌 第4巻 第5章』、
| 項 | 市町村 | 備考 |
| 01 | 呉市 | |
| 02 | 大竹市 | |
| 03 | 三次市 | |
| 04 | 庄原市 | |
| 05 | 因島市 | |
| 06 | 佐伯郡五日市町 | |
| 07 | 佐伯郡廿日市町 | |
| 08 | 佐伯郡沖美町 | |
| 09 | 佐伯郡宮島町 | |
| 10 | 佐伯郡大野町 | |
| 11 | 佐伯郡湯来町 | |
| 12 | 佐伯郡能美町 | |
| 13 | 佐伯郡大柿町 | |
| 14 | 安佐郡祇園町 | |
| 15 | 安佐郡安古市町 | |
| 16 | 安佐郡佐東町 | |
| 17 | 安佐郡安佐町 | |
| 18 | 安佐郡沼田町 | |
| 19 | 安佐郡可部町 | |
| 20 | 安佐郡高陽町 | |
| 21 | 安芸郡府中町 | |
| 22 | 安芸郡船越町 | |
| 23 | 安芸郡安芸町 | |
| 24 | 安芸郡海田町 | |
| 25 | 安芸郡坂町 | |
| 26 | 安芸郡瀬野川町 | |
| 27 | 安芸郡矢野町 | |
| 28 | 安芸郡熊野町 | |
| 29 | 安芸郡熊野跡村 | |
| 30 | 安芸郡江田島町 | |
| 31 | 安芸郡音戸町 | |
| 32 | 安芸郡倉橋町 | |
| 33 | 高田郡白木町 | |
| 34 | 高田郡向原町 | |
| 35 | 高田郡吉田町 | |
| 36 | 高田郡甲田町 | |
| 37 | 賀茂郡志和町 | |
| 38 | 賀茂郡黒瀬町 | |
| 39 | 賀茂郡八本松町 | |
| 40 | 賀茂郡西条町 | |
| 41 | 山県郡戸河内 | |
| 42 | 山県郡加計町 | |
| 43 | 甲奴郡上下町 | |
2-5-2-33 第三三項
2-5-2-42 第四二項
2-5-2-43 第四三項
『広島市勢要覧 昭和21年版 復興第1年号』(広島市役所、194612)
目次
| 頁 | 項目 | 備考 | |
| (口絵) | |||
| 例言(広島市役所調査課) | |||
| 01 | 総説 | ||
| 05 | 風土 | ||
| 07 | 行政 | ||
| 12 | 財政 | ||
| 21 | 教育 | ||
| 22 | 水道 | ||
| 26 | 保健衛生施設 | ||
| 26 | 社会援護施設 | ||
| 27 | 経済 | ||
| 36 | 都市計画 | ||
| 45 | 原子爆弾の犠牲と復興 | ||
| 81 | 付録 | ||
向原町原爆被爆者慰霊碑
1976年10月建立、1995年8月1日、丸山公園に移設。
![]() |
![]() |
| 被爆者慰霊誌
昭和二十年八月六日広島市に原子爆弾が投下され本町がいち早くこれらの戦災者の救護活動を展開したが真夏日と医薬品皆無の状態の下悶死された犠牲者は百数十柱に及んだ |
![]() |
| 裏面 「昭和56(1981)年10月 建之」 |
広島県内市郡別人口推移(1944・45・46年)
| 市郡 | 1944年 | 1945年 | 1946年 |
| 広島県 | 1962950 | 1885471 | 1901430 |
| 広島市 | 343034 | 137197 | 171902 |
| 呉市 | 339278 | 152184 | 170285 |
| 三原市 | 42052 | 42743 | 45122 |
| 尾道市 | 48864 | 53590 | 56624 |
| 福山市 | 57490 | 49060 | 53233 |
| 安芸郡 | 148649 | 161727 | 159033 |
| 佐伯郡 | 120706 | 149860 | 155118 |
| 安佐郡 | 63677 | 89882 | 82779 |
| 山県郡 | 49425 | 67650 | 60796 |
| 高田郡 | 53337 | 78394 | 73334 |
| 賀茂郡 | 96213 | 132800 | 124198 |
| 豊田郡 | 110116 | 145030 | 140265 |
| 御調郡 | 92485 | 108146 | 108425 |
| 世羅郡 | 34675 | 46097 | 44588 |
| 沼隈郡 | 83174 | 107177 | 106215 |
| 深安郡 | 46157 | 61370 | 60096 |
| 芦品郡 | 82093 | 78929 | 78253 |
| 神石郡 | 26267 | 32715 | 31622 |
| 甲奴郡 | 17371 | 33024 | 21778 |
| 双三郡 | 59687 | 80139 | 76270 |
| 比婆郡 | 67683 | 87757 | 81494 |
出典:「戦時期市町村別人口の推移」(『広島県戦災史』所収)
メモ
1944(昭和19)=昭和19年2月22日現在人口調査
1945(昭和20)=昭和20年11月1日現在人口調査
1946(昭和21)=昭和21年4月26日現在人口調査
書誌2020
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行年月日 |
| 日本文化の通になる-スペイン語を話す人々のための日本事典Ⅰ | 遠西啓太 | 朝日出版社 | 20200229 |
| 「井上ひさし:『父と暮せば』」pp.143-147 | |||
| <松重美人撮影・被爆当日の御幸橋p149.> | |||
| 昭和天皇物語6 | 能條純一<原作:半藤一利> | 小学館 | 20200502 |
| 昭和天皇物語7 | 能條純一<原作:半藤一利> | 小学館 | 20201205 |
| 現地資料が語る基層社会像―20世紀中葉 東アジアの戦争と民衆 | 笹川裕史編 | 汲古書院 | 20201215 |
| 丸田孝志「第2章 人民に奉仕する身体-中華人民共和国成立前夜の華東栄誉軍人学校における兵士の生活」pp.31-62 | |||
| 人新世の「資本論」 | 斎藤幸平 | 集英社新書 | 20200922 |
| ヒロシマを生きてー被爆記者の回想ー | 山野上純夫 | 私家版 | 1031 |
| 昭和天皇物語7 | 能條純一<原作:半藤一利> | 小学館 | 20201205 |
| 広島平和記念資料館総合図録 ヒロシマをつなぐ | 広島平和記念資料館編、広島平和文化センター刊 | 20201221 | |
| 生まれた時から被爆者-胎内被爆者の想い、次世代に託すもの | 原爆胎内被爆者全国連絡会 | 20201225 | |
雑誌論文
| 著者 | タイトル | 掲載誌(編集、発行所) | 発行年月 |
| 堀川恵子 | 忘れられた遺骨-証言 75年が経ったということ | 『御堂さん 2020年8月号』(本願寺津村別院 大阪教区教務所) | 20200801 |
『平和を―被爆から75年を行きぬいて』(長崎原爆被災者協議会、20200809)
内容
| 頁 | 著者 | タイトルなど | |
| [口絵] | 写真でみる被災協のあゆみ | ||
| 001 | 浜谷正晴 | [特別寄稿]被爆七十五年被爆者運動に思う | |
| 1 | 忘れえぬあの夏の日 | ||
| 長崎7人 | |||
| 2 | 戦中・戦後を生きる | ||
| 長崎12人 | |||
| 濱谷正晴 | 原爆と人間アーカイブに残る深堀悟迫真の証言 | ||
| 3 | 被爆者運動 | ||
| 長崎6人 | |||
| 4 | 戦争放棄・核兵器なくせ | ||
| 長崎7人 | |||
| 5 | 被爆者・家族の思いをつなぐ | ||
| 長崎11人 | |||
| 6 | 戦争、被爆体験・記憶を語りつなごう | ||
| 長崎7人 | |||
| 資料編 | 長崎被災協のあゆみなど | ||
広島部落問題研究会結成大会 1968年4月7日
会場:広島大学文学部
| 祝辞 | ||
| 門田秀夫 | 社団法人部落問題研究所嘱託研究員 | |
| 藤川春雄 | 部落解放同盟広島県連合会委員長 | |
| 奥田武夫 | 広島県教職員組合委員長 | |
| 記念講演 | ||
| 小森竜邦 | 同盟県連副委員長 | |
| 部落解放運動の今日的課題 | ||
| 天野卓郎 | 広島教育研究所 | |
| 「明治百年」と部落問題 | ||
| 発会総会 | ||
| 経過報告、活動方針の決定、役員・幹事(14名)、会計(監査2名)、事務局長の決定 | ||
| 後藤陽一 | 代表監事挨拶 | |
| 出典:『研究紀要「部落問題」』第1輯(広島部落問題研究会編集・発行) | ||
『いのちあるかぎり 原爆と未解放部落』(福島地区被爆者の会編、兵庫県部落問題研究所刊、19850520 )
内容
| 著者 | ||
| 藤川春雄 | はじめに | |
| 戦争・差別・貧困 | ||
| 高橋信雄 | 軍都広島 | |
| 戦争のあゆみと一本の線路 軍都広島への道 軍港宇品から戦場へ 戦争とはなんだったのか 食料の補給もない戦場で すべての物を奪いつくす すべての物を焼きつくす そして殺しつくす-「三光」作戦 | ||
| 手記〔その1〕 | ||
| 田中ハル | ピカに夫を奪われて | |
| 和佐田政一(仮名) | 米騒動と原爆で差別がわかった | |
| 堀川俊市 | 三重苦のわたしらの現状 | |
| 高田春子 | 娘を奪ったあの日 | |
| 滝川ヨネ子 | 若い人たちに伝えたい | |
| 炎と瓦礫の中で | ||
| 金崎是 | 原爆と未解放部落 | |
| 三滝山の無縁仏 炎と瓦礫の中で-わたしの体験 原爆による福島地区の被害状況戦前の部落の生活とわたしの生いたち部落差別を解消し、平和で豊かな日本を | ||
| 手記〔その2〕 | ||
| 山中幸雄 | 悲しき被爆二世 | |
| 前畑チヨノ | 日本が戦争さえしなければ | |
| 大崎ヨシ子 | 一ケ月もたって掘り出されたわが子 | |
| 宝神実人 | まちがいなくわが娘だった | |
| 森本範雄 | 太陽の光もなんにもない | |
| 川口ユミ子(仮名) | そりゃ生き地獄です | |
| 藤井イマコ | 助かるとは思いませんでした | |
| いのちあるかぎり | ||
| 田阪正利 | 未解放部落の健康と医療 | |
| 福島診療所創設のこと 部落と健康 健康へのあゆみ これからの課題 | ||
| 佐藤秀之 | 非核の日本を-若者たちは今 | |
| 平和と核兵器廃絶は全人類の願い 深まる核戦争の危機 広がる反核運動の輪 若者たちは今 | ||
| 手記〔その3〕 | ||
| 丸岡ユキ | 二人の息子をかえして! | |
| 川田芳夫(仮名) | みんなの力で! | |
| 滝本静 | いのちあるかぎり | |
| 中島カヨ | 子どもや孫には平和な世界を | |
| 広田美千代 | 戦争を二度とおこさないために | |
| 平田路雄 | 原爆と森永ヒ素ミルク中毒のなかで | |
| 古賀昭子 | 被爆二世にも手帳を! | |
| 中西はるゑ | あとがき | |
| 金崎是 | あとがき(福島地区被爆者の会会長) | |
壁―未解放部落原爆被害者の手記(発行:福島地区被爆者の会)
| 第集 | 発行年 | 備考 |
| 1 | 19680806 | 差別と貧困の中から |
| 壁―差別と貧困の中から―によせて 2 原爆被爆者の手記に寄せて 4 「未解放部落の被爆者として」 6 「日雇いぐらしの中から」 7 「差別と闘う我が子たち」 9 「私しゃ戦争にゃぜったい反対ですよ」 11 「ピカに夫を奪われて」 13 「朝鮮人被爆者として」 15 「原爆ブラブラ病に苦しむ」 16 「私の体験」 19 「二人のむすごをかえして!」 20 「一日も早く差別と戦争のない世の中を」 23 「私のあゆんだ道」 25 むすびのことば 28 |
||
| 2 | 19690806 | 三重苦の斗かい |
| ○推せんのことば 広島県被爆者団体協議会理事長 田辺勝 1 ○推せんのことば 部落解放同盟広島県連委員長 藤川春雄 2 はんせんのうた (一被爆者) 5 被爆者の保障はない *** 6 三重苦の斗い *** 7 食べるものも食べられぬ生活 *** 10 戦争と差別をなくするため!! *** 12 二十五年たったいまでも *** 14 三重苦のわたしらの現状 *** 17 原水禁運動を強めなくては *** 27 むすびのことば 金崎是 29 |
||
| 3 | 19700806 | |
| 「壁」第三集発行によせて 福島病院院長 田坂正利 1 被爆者健診から 福島病院被爆診療科 鏑木富衛 3 被爆老人に生きる喜こびを 部落解放同盟広島県連合会 委員長 藤川春雄 13 〔特別寄稿〕 原子爆弾傷害調査委員会を告発する 深川宗俊 33 手記 米騒動と原爆で差別がわかった *** 15 カンボジアでもベトナムでもけっしてこんなことを切り返さないで *** 18 私の感想 *** 19 悲しき被爆二世 *** 21 みんなの力で! *** 24 生命のあるかぎり *** 28 子係や孫には平和な世界を *** 30 戦争を二度とおこさないために *** 31 あとがき 41 |
||
| 4 | 19710806 | |
| すいせんのことば 福島生協病院々長・田坂正利 1 人間らしい生活を 失対・***(62才) 2 嫁に行けない子 (認定被爆者)無職・***(63才) 3 わたしたちが死ぬのをまっている 失対・***(60才) 5 一五、六〇〇円で暮らしている ***(69才) 7 天皇や佐藤さんが来てもうれしくない ***(47才) 9 夫婦の記録 (認定被爆者)***(63才)・***(59才) 11 あの時の悲惨さは口にはいえない ***(67才) 13 このままでは死にきれない ***(63才) 14 被爆者活動から *** 17 ここに生きる(赤旗より) 故 鏑本富衛 19 むすび 事務局 25 |
||
| 5 | 19720806 | 被爆二世特集号 |
| 6 | 19730806 | 広島県水平社50周年記念 |
| 「壁」第六集発行によせて 部落解放同盟正常化広島県連委員長 藤川春雄 1 〔主張〕 原水禁運動と被爆者運動の真の統一と発展を願って 福島地区被爆者の会 3 〔特別寄稿〕 吉島被爆者の会「老いと怒りと」と野口久子さんの死 田丸歌子 5 〔手記〕 三重苦のわたしらの現状 堀川俊市 6 終戦の年のこと *** 14 差別の中に生きて靴職人の生活と原爆被爆 *** 16 娘をうばったあの日 八月六日 ひたむきに生きつづけてきた老婆の怒り *** 20 老いて訪づれた不幸 *** 23 どうしても語りつがなければ 少年の日、原爆と生活を背負って *** 25 被爆二世にも「手帳」を! *** 28 原爆被爆下の福島町 *** 30 「壁」を読んで読者からの便り 34 あとがき 38 |
||
| 7 | 19740806 | 原水禁運動20年 |
| はしがき 1 福島地区の原水禁運動 第一回大会より第二〇回大会へ 2 原水禁運動・被爆者救援運動のなかで学んできたもの 8 被爆者の会を結成したころ 14 廃品回収運動の想い出 15 分裂への怒り(九回大会) 18 被爆者訪問の中から 20 被爆診療科のあゆみ 26 原水禁運動の日常化をめざして 30 被爆二世としてのとりくみ 32 原爆犠牲者慰霊碑建立趣意書 35 あとがき 36 |
||
| 8 | 19750806 | 原爆被爆30周年 |
| はしがき 1 福島地区の原水禁運動 第一回大会より第二〇回大会へ 2 原水禁運動・被爆者救援運動のなかで学んできたもの 8 被爆者の会を結成したころ 14 廃品回収運動の想い出 15 分裂への怒り(九回大会) 18 被爆者訪問の中から 20 被爆診療科のあゆみ 26 原水禁運動の日常化をめざして 30 被爆二世としてのとりくみ 32 原爆犠牲者慰霊碑建立趣意書 35 あとがき 36 |
||
| 9 | 19760806 | 福島地区原爆犠牲者慰霊の碑建設記念 |
| 10 | 19780806 | 「壁」第十集発刊によせて 田阪正利 1 被爆者を囲んで 2 太陽の光もなんにもない。まっ暗ななかから狂うた牛が飛びかかってきた *** 17 何べん死のう思うたかわからん *** 23 福島生協病院に入院中の被爆者のかたの話 27 戦争さえなければ、こんな目におうてないのに *** 34 「わしゃあ、あんたをかばっとるヒマはないんじゃけぇ」と妻に言って *** 39 あとがき 46 |
| 11 | 19790806 | |
| 「壁」第十一集発刊によせて 中本康雄 1 われわれが訴えなければ、われわれの体験を現在の方々に伝えなければ 林田みや子 2 命をみつめて 林田みや子 8 いつでも子どもといっしょに いっしょに死ぬりゃあええ思うっとたんです 佐藤テル子(仮名)14 原爆に遭うた者には平等に手当をだしてもらいたい 鈴木ミネ子(仮名) 23 貧血のせいで、この暑いのにコタツがはなせんのですよ 藤川貞雄・藤川房江(仮名) 27 朝鮮の人に助けてもろうての、うれしかったよ 山田スミ子(仮名) 31 生き証人として大きい声でいゝたいよ *** 37 街が燃える最中に広島にはいってきました 杉山ヨシ子(仮名) 46 あとがき 53 |
||
| 12 | 19950806 | 終刊号 |
| 巻頭言・『壁』に寄せる 齋藤紀 1 主張 被爆者援護法の課題 3 平和・民主主義・生活擁護のたたかい五十年-金崎是の被爆・戦後五十年- 小西正則 5 助産婦として六十年-益田小蝝さんとの対談- 西岡ミツ子 12 岩井コマノさんの被爆体験 秋本美佐子 18 学童疎開から五十年-水本文子さんの孫への話し- 藤井みな子 22 藤川美代子さんの被爆とその後 佐竹陽子 27 米三升で焼いてもらったひろこちゃん・姉 木原清子さんの回想 柿本一征 30 金崎さんのお話を聞いて 山口竜司 36 金崎さんの話をうかがって 小西結介 38 |
||
広島中央保健生活協同組合
機関誌『けんこう』WEB版http://www.hch.coop/magazine/index.html
| No. | 発行年 | 記事 |
| 466 | 201108 | 伝言板 8月16日創立記念日 1955(昭和30)年8月16日、住民自らの手で福島診療所がつくられました。 |
| 466 | 第26回「網の目平和行進」 | |
| 467 | 201109 | 子どもたちに明るい未来を核のない21世紀を願い訴えます |
| 555 | 201909 | 8・6朝のセレモニー |
| 555 | 2019ピースアクショinヒロシマ虹のひろば | |
| 566 | 202009 | 8・6朝のセレモニー |
| 566 | 平和を考える~三人女誕生会 | |
| < 新川場町で被爆> | ||
『ふるさとふくしまひろしま-金崎是画集』(広島県水平社六〇周年記念事業金崎是画集刊行委員会編・刊、19840110)
内容
| タイトル | ||
| ひょうたん堀 | ||
| 賭場正面 | ||
| 福島川南沖町側 | ||
| 電停前のくすの木 | ||
| 賭場への道 | ||
| 十四軒長屋 | ||
| <以下つづく> | ||
許すまじ被爆体験記(広島市原爆被爆者協議会井口支部、198808)
『核に灼かれて 安芸地区被爆の記録』(安芸地区被爆実相委員会)
| 第1集 | ||
| 第2集 | ||
| 第3集 | ||
| 目次 | ||
| 1 | はじめに(1996.7.30) | |
| 2 | 各町の実相 | |
| B | 矢野町 | |
| 高山俊郎 | 原爆を目のあたりにして | |
| 広島高等師範学校附属中学校1年生 | ||
| C | 海田町 | |
| 尾木正己 | 白島付近を通って | |
| D | 船越町 | |
| 上田盈 | 私の原爆体験記 | |
| F | 熊野町 | |
| 田原詩郎 | 熊野町では | |
| 3 | 平和のために | |
| ① | 中節二 | 槇尾さんを偲んで |
| ② | 奥村邦一 | 中節二さんに捧げる |
| ③ | 金子一士 | タヒチ集会に参加して |
| 4 | 三村博保さん追悼集 | |
京都大学原爆災害総合研究調査班遭難記念碑
![]() |
![]() |
![]() |
止
広島市公文書館開館30年講演会(2007年9月29日)
占領下における被爆者医療活動-医学博士・都築正男資料から
宇吹 暁(広島女学院大学)
はじめに
1972年2月3日、日赤に重藤文男院長を訪問。
都築著『医学の立場から見た原子爆弾の災害』借用。
1978年6月11日、80年11月17日~18日、都築家資料調査。
1994~96年度 科学研究費補助金
1995年12月23日、広島大学公開講座「原爆医療法制定前の被爆者問題」。
Ⅰ 占領下における被爆者医療活動
『広島大学公開講座・被爆50年-放射線が人体に与えた影響』
(広島大学1995.10.01)<資料1
Ⅱ 都築資料の概要
広島市寄贈(1981年7月6日)点数
書簡・葉書53点、論文247点、講演要旨27点、写真19点、雑誌17点、調査票9点、地図9点、その他264点 計645点 <『広島市公文書館紀要 第5号』(広島市、1981.03.31)>
『広島新史 資料編1(都築資料)』(広島市、1981.03.31)
目次<略>
Ⅲ 都築正男をめぐる現在
1.文献
1.文献
| No. | 発行年月日 | 書名 | 著者・編者 | 発行所 |
| 1959.07.21 | 原水爆時代-現代史の証言(上) | 今堀誠二 | 三一書房 | |
| 1972.03.31 | 広島県史・原爆資料編 | 広島県(編) | 広島県 | |
| 1979.07.25 | 広島・長崎の原爆災害 | 広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会(編) | 岩波書店 | |
| 1980.08.06 | 桜隊全滅-ある劇団の原爆殉難記 | 江津萩枝 | 未来社 | |
| 1981.03.31 | 広島新史・資料編Ⅰ-都築資料 | 広島市(編) | 広島市 | |
| 1981.03.31 | 広島市公文書館紀要 第5号 | 広島市(編) | 広島市 | |
| 1981.04.05 | 都築正男研究業績目録-都築正男大人命20年祭 | 広島市史編纂室(編) | 都築正和 | |
| 1982.11.10 | 長崎原爆体験-医師の証言 | 調来助・吉沢康雄 | 東京大学出版会 | |
| 1986.08.11 | DDT革命-占領期の医療福祉政策を回想する | サムス,クロフォード、F.、竹前栄治(訳) | 岩波書店 | |
| 1990.10.18 | 核と共に50年 | 木村一治 | 築地書館 | |
| 1995.03.30 | 漱石の脳 | 斎藤磐根 | 弘文堂 | |
| 1995.10.01 | 広島大学公開講座・被爆50年 -放射線が人体に与えた影響 |
広島大学 | 広島大学 | |
| 1997.02. | 原爆被爆者対策史の基礎的研究―原爆被爆者対策前史 1945年(昭和20)~1953年(昭和28)資料集― | 宇吹 暁 | 宇吹 暁 |
2.今堀誠二の評価
占領軍と日本人科学者:サムス、アレン、ケリー、 ジュノー
『原水爆時代-現代史の証言(上)』、『広島県史・原爆資料編』、(『広島・長崎の原爆災害』)、『広島新史・資料編Ⅰ-都築資料』
3.検閲
「所謂『原子爆弾傷』に就いて-特に医学の立場からの対策」(『総合医学』、1945年10月1日)
<ゲタバキ部分あり。「昭和20年9月8日米国原子爆弾損害調査団を案内して広島市へ向ふ時記す」>
4.調査データのプライオリティ
大橋成一(元陸軍軍医学校教官・少佐、宇品陸軍救護病院副院長)、井深健次(元陸軍軍医学校校長・中將)宛の書簡(1953年5月3日付)の中で原子爆弾災害調査報告集の中に軍関係者の名前が掲載されていないことを指摘。(「広島県史原爆資料編」)。
大橋書簡=「当時の軍関係者の研究分担者の名前が掲載されて居らず、大学の先生方等のみの名があり、之のレポートが大学の先生方によって主になされた如く誤解される恐れがあると愚考致します。」
5.政府機関
予防衛生研究所、文部省、厚生省研究班、
6.広島・長崎の医療関係者
*都築正男報告(新聞発表)『中国新聞』
1945.9.4 9.5 11.25 1946.5.22 12.21
『広島県史・原爆資料編』(広島県、1972.03.31)
*公開治療
*松坂義正(広島)、調来助(長崎)
*学研調査団資料 調査票
7.被爆者
1945年8月13日、仲みどり(移動演劇団桜隊の女優)、広島で被爆後、東大都築外科に入院。24日、仲みどり、東大病院で死亡。30日、東大医学部教授都築正男ら調査団、来広。
1956年4月15日、東京の原爆被災者の会(事務局長松尾明人)、東京で、原爆被災者の集いを開催(東京・群馬・神奈川などから約100人参加)。都築博士による講演。被災者対策の充実・促進などを申し合わせ。
「畑とし子」=<東京の日赤で都築博士の治療を受ける>『あの日から生きて生きて』(1986年2月20日)
宗藤尚三=<被爆場所:1.3キロ自宅。大学生。日赤・似島・庄原日赤で治療。庄原では都築の診断を受ける。>『いのちの塔-広島赤十字・原爆病院への証言』(1992年6月10日)