年中行事一覧(12月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 08 | 1946 | 真珠湾攻撃 | ||
| 11 | 1980 | 原爆被爆者対策基本問題懇談会答申 | ||
| 2018 | 12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題講演会 | |||
| 主催者:原爆被害者相談員の会。開催日:12月09 日 。講師:川野徳幸。会場:平和記念資料館会議室。 | ||||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
年中行事一覧(12月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 08 | 1946 | 真珠湾攻撃 | ||
| 11 | 1980 | 原爆被爆者対策基本問題懇談会答申 | ||
| 2018 | 12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題講演会 | |||
| 主催者:原爆被害者相談員の会。開催日:12月09 日 。講師:川野徳幸。会場:平和記念資料館会議室。 | ||||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
年中行事一覧(10月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
年中行事一覧(9月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 05 | 2002 | ならコープ「ヒロシマの旅」 | ||
| 05 | 2018 | ならコープ「ヒロシマの旅」(ならコープ組織部)5~6日。(18回) | ||
| 舟入むつみ園、平和記念公園碑めぐり、資料館、平和記念式典見学など。出典:『ヒバクシャ―ともに生きる― 第35号』 | ||||
| 1964 | 広島県母親大会 | 7月26日。会場:広島市段原小学校 | ||
| 23 | 2018 | 広島県・広島市母親大会 | 会場:広島県西区民文化センター | |
| 出典:大会用プログラム所収「広島県母親大会のあゆみ」 | ||||
| 30 | 1999 | 東海村 JCO臨界事故 | ||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 06 | 1947 | 広島市平和祭 | ||
| 06 | 2018 | 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式 | ||
| 09 | 1948 | 長崎市文化祭式典 | ||
| 09 | 2018 | 被爆73周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 | ||
| 11 | 2018 | ひろしま盆ダンス(第1回)。(中国新聞社主催、会場:旧広島市民球場跡)。 | ||
| 11 | 2018 | ピースマッチ=サンフレッチェ広島対V・ファーレン長崎(後援:平和首長会議・広島市・長崎市・広島市教育委員会・広島平和文化センター。場所:エディオンスタジアム広島) | ||
| 15 | 2002 | 「原爆詩・反戦詩の屋外朗読会」(仮称) | ||
| 15 | 2018 | 「8・15 反戦・原爆詩を朗読する市民のつどい」(「広島文学資料保全の会」(土屋時子代表)など主催) | ||
| 15 | 1963 | 全国戦没者追悼式(日比谷公会堂、1964年靖国神社、1965年~日本武道館で開催) | ||
| 15 | 2018 |
全国戦没者追悼式(政府主催、日本武道館。参列者約7000人) |
||
| 2005 | 青少年国際平和未来会議(同実行委員会) (International Youth Conference for the Peace in the Future, IYCPF) |
|||
| 報告書:『青少年国際平和未来会議ヒロシマ2005報告書 被爆60周年記念事業 -未来を築く子どもたちのため』(20060301) | ||||
| 2018 | 8月20~26日、ドイツ・ハノーバー市で開催(『中国新聞』20180817) | |||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
************************************
年中行事一覧(7月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 | |
| 1952 | 合同慰霊式 | ||||
| 2018 | 戦没者戦災者及び旧呉鎮守府管内非戦闘員殉職者合同慰霊式(6月30日) | ||||
| 05 | 2017 | 九州北部豪雨 | 6日にかけて福岡県・大分県を中心に発生。40人死亡、2人行方不明。 | ||
| 2018 | 福岡県朝倉市主催追悼式。約400人が参列。 | ||||
| 07 | 2017 | 核兵器禁止条約採択 | |||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | |||||
年中行事一覧(6月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 08 | 2018 | 原爆死没者名簿の記帳 | 6月8日~8月5日 | |
| 09 | 2018 | こどもピースサミット | 平和記念式典の「平和への誓い」を読むこども代表を決定 | |
| 13 | 1959 | 2018 | 原子爆弾後障害研究会 | 13―14日、於広島市平和記念館。 |
| 1990 | 2018 | ジュノー博士記念祭(第1回) | ジュノー顕彰碑」1979年9月建立)(広島平和記念公園横の緑地帯)。マルセル・ジュノー=1969年6月19日没。 | |
| http://www.hiroshima.med.or.jp/jigyo/junod.html | ||||
| 18 | 2018 | 大阪府北部を震源とする地震 | ||
| 23 | 1945 | 沖縄戦で日本軍の組織的戦闘が終結。 | ||
| 1974 | 沖縄県慰霊の日を定める条例 | (1974年10月21日 条例第42号) | ||
| 25 | 1950 | 朝鮮戦争(開戦) | ||
| 2018 | 朝鮮戦争68年式典 | 韓国政府主催。場所:ソウル。 | ||
| 26 | 1968 | 小笠原諸島返還 | ||
| 2018 | 小笠原諸島返還50周年記念シンポジウム | 5月24日。場所:東京都議会議事堂1階 都民ホール | ||
| 小笠原諸島返還記念日式典 | 6月30日。場所:大神山公園お祭り広場(父島) | |||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
年中行事一覧(5月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 1 | 1889 | メーデー | ||
| 1886年5月1日アメリカの労働者(約35万人)が「1日8時間労働」を要求してストライキ。国際組織(第2インタナショナル)が1989年、5月1日を8時間労働制を求める国際デモンストレーションの人決め、各国に広がる。日本では1920年5月2日、東京・上野公園での開催が初。 | ||||
| 2018 | 第89回広島県中央メーデー | 主催:連合広島など。会場会場:広島市。参加者:約7100人。 | ||
| 2018 | 広島県中央メーデー集会。 | 主催:広島県労連など。会場:広島市。参加者:約800人。 | ||
| 3 | 1948 | 憲法記念日 | 1947年5月3日に日本国憲法施行。1948年に公布・施行された祝日法によって制定。 | |
| 2018 | 5.3ヒロシマ憲法集会 | 場所:広島市・ハノーバー庭園。参加者約1800人(主催者発表) | ||
| 3 | 1977 | ひろしまフラワーフェスティバル | 「ひろしまFF」と略称。3~5日の3日間、広島市の平和大通りを会場に開催。 | |
| 2009 | 折りづるひろば・折りづるみこし連 | 広島女学院大学の学生が「ひろしまFF」の中で設けるブースで折り鶴を集める。折りづるみこしでパレードに参加。2018年が10回目。 | ||
| 5 | 1958 | 原爆の子の像(除幕式) | ||
| 2018 | 原爆の子の像碑前イベント | 広島女学院大学の学生が集めた折りづる1万8000羽を像に奉呈。 | ||
| 6 | 2018 | 原水爆禁止国民平和大行進(東京―広島コース)出発集会 | 場所:東京都・夢の島公園・第5福竜丸展示館前。参加者約800人。 | |
| 16 | 広島市の原爆死没者名簿の「風通し」 | 場所:広島市平和公園原爆慰霊碑前。 | ||
| 22 | 広島市平和宣言文案を考える懇談会 | 場所:市役所。 | ||
| 27 | 2016 | オバマ米国大統領の広島訪問 | ||
| 2018 | 訪問の意義を考えるトークイベント | 2018.5.25 於:広島市内・カフェ「ハチドリ舎」。 | ||
| 1985 | 広島国際アニメーションフェスティバル | 隔年開催で2018年は17回目。 | ||
| 28 | 2018 | 選考審査の結果・上映日公表。上映日:8月23日~27日。会場:JMSアステールプラザ。http://hiroanim.org/index.php | ||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
年中行事一覧(4月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 07 | 1945 | 戦艦大和爆沈。 | 米軍の攻撃により鹿児島県沖・東シナ海で。 | |
| 2018 | 戦艦大和戦没者之碑前で追悼式。戦艦大和会主催。場所:呉市・長迫公園。参列者:約300人。 | |||
| 07 | 1975 | ヒロシマ国際アマチュア映画祭 | 『広島県大百科事典』に紹介項目。 | |
| 14 | 2016 | 熊本地震 | ||
| 15 | 1986 | 広島平和文化センター「ヒロシマの証言~被爆者は語る」収録開始。 | ||
| 16 | 2016 | 熊本地震 | ||
| 26 | 1986 | 旧ソ連チェルノブイリ原発事故 | ||
| 2018 | 原爆慰霊碑前座り込み | 広島県原水禁・県平和運動センター主催、場所:広島市・平和公園。約80人が参加。『中国新聞』2018.4.27 | ||
| 27 | 1991 | ピース・ラン’91<広島―東京コース>広島平和公園スタート。 | 2年おきに実施し今回が3回目。 | |
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 01 | 1919 | 「3・1運動」(韓国) | 日本からの独立を求めるデモ | |
| 2018 | 「3・1運動」記念式典 | 西大門刑務所歴史館(ソウル市内刑務所跡)主催。文在寅(ムン・ジェイン韓国大統領)が演説。同地での開催は初。 | ||
| 01 | 1954 | 第五福竜丸水爆被災事件 | 「 3・1ビキニデー2018」(投稿) | |
| 01 | ||||
| 08 | 国際女性デー | 1904年にアメリカ、ニューヨークでの婦人参政権を要求したデモが起源、1975年に国連が制定。 | ||
| 08 | 1948 | 国際婦人デー広島大会 | 場所:中国配電ビル講堂。広島大会としては初。 | |
| 2018 | 2018国際女性デーひろしま実行委員会主催講演会 | 講師:藤森俊希(日本被団協事務局次長)。2018年3月11日、広島市男女共同参画推進センターで開催。参加者約150人。 | ||
| 10 | 1945 | 東京大空襲 | ||
| 2018 | 「慰霊碑・哀しみ東京大空襲」での法要。 | 2018年3月9日開催。。碑は2005年に建立(東京都台東区内)。 | ||
| 10 | 2018 | 東京大空襲を語り継ぐつどい | 東京大空襲・戦災資料センター主催。講師:窪島誠一郎無言館館主。 | |
| 10 | 2018 | 東京大空襲犠牲者追悼集会(31回目) | 東京大空襲犠牲者追悼・記念資料展実行委員会主催。場所:東京都台東区・言問橋たもとの碑前。参加者:120人。 | |
| 11 | 2011 | 東日本大震災 | 死者1万5895人、行方不明者2539人、震災関連死3647人。 | |
| 11 | 2011 | 東京電力福島第一原発事故 | ||
| 11 | 2018 | フクシマを忘れない! さよなら原発ヒロシマ集会 | 同実行委員会主催。場所:原爆ドーム前。参加者:約300人。 | |
| 2018 | 東日本大震災7周年追悼式 | 政府主催。会場:東京都千代田区・国立劇場、参列者:秋篠宮夫妻・安部首相・遺族など約820人。 | ||
| 11 | 1951 | 原民喜死亡 | ||
| 13 | 2018 | 原民喜「碑前祭」の中で被爆柳案内板除幕。 | 広島市中区橋本町京橋川河岸緑地。 | |
| 13 | 1968 | ソンミ村虐殺事件 | (ベトナム中部クアンガイ省) | |
| ソンミ村虐殺50年追悼式典 | ||||
| ベトナム戦争中の1968年、無抵抗の民間人504人が米軍部隊に殺害される。同村と交流を続ける元ベトナム従軍米兵も出席。ベトナムの非営利団体「ソンミ平和基金」が、広島・長崎を参考にした平和公園の建設計画を発表。(しんぶん赤旗20180317) | ||||
| 21 | 1975 | 神戸市議会核積載艦艇拒否決議 | ||
| 2018 | 非核「神戸方式」決議43周年記念のつどい | 記念講演講師:安斎育郎立命館大学名誉教授。場所:神戸市内。参加者340人。 | ||
| 21 | 1982 | 1991 | 3・21平和のためのヒロシマ行動 | 1991年=9回目。 |
| 23 | 1989 | ヒロシマ賞(広島市主催) | 第1回=三宅一生 | |
| 29 | 1985 | ヒロシマ国際平和マラソン(広島青年会議所など主催) | 1990年3月18日=第10回 | |
| 31 | 1990 | 少年少女ヒロシマの旅(日本生協連主催) | 1990年3月31日4~4月2日=第3回 | |
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
年中行事一覧(2月)
| 日 | 年1* | 年2** | 年中行事・事件 | 備考 |
| 11 | 1967 | 建国記念の日(国民の祝日) | ||
| 11 | 1978 | 1992 | 広島県高校生平和ゼミナール | 第1回(1978年)。1992.2.08(第15回) |
| 11 | 2018 | ヒロシマ革新懇デー「日米「軍事同盟」の光と闇」 | 記念講演:孫埼享(元外務省国際情報局長・防衛大学校教授)場所:生協けんこうプラザ。連絡先:平和・民主・革新の日本をめざす広島の会。 | |
| 13 | 広島・長崎宗教者平和会議 | 広島・長崎で交互に開催。5回(13日、長崎)、6回(13日、広島 | ||
| 18~ | 1937 | 重慶爆撃 | ||
| 19 | フランクリン・D・ルーズベルト大統領「大統領令9066号」に署名。 | 「軍が必要がある場合(国防上)に強制的に『外国人』を隔離する」ことが可能となる。 | ||
| *発生年月日、開始日など、**確認できた最終年。 | ||||
日録(2018年1月)
| 日 | 事項 |
| 1日 | ヒロシマ遺文開設。作成のため利用するWordPressの基礎を理解するために約1週間かかる。 |
| 1~ | ヒロシマ遺文の カテゴリー(目次のようなもの)の構築へ挑戦。とりあえず過去に作成・公開していたデジタルデータを投稿。 |
| 20 | 木村逸司さんの中国文化賞を祝う会。 |
| 25 | 第25回広島平和記念資料館展示検討会議(最終回) |
| 25 | 広島原爆被爆からの日数26470日(「地球平和監視時計」情報) |
| 25 | 地球滅亡まであと2分(米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」発表の「終末時計」情報) |
| 25 | 平和公園取材(原爆慰霊碑など撮影) |
| 26 | 「投稿」原稿作成途中でWikipediaが充実してきていることを知る。一般的な項目は、Wikipediaの紹介に譲り、ヒロシマ遺文では、自分史との関連で取り上げることとする。 |
| 27 | 広島市内千田町・大手町取材(原爆慰霊碑・被爆建造物など撮影) |
| 28 | スマホ(VAIO)購入。明日からフェイスブックやヒロシマ遺文への画像投稿作業が容易になることを期待。 |
| 29~ | 1月分の新聞(3紙)の切り抜きと整理。最近1年間に受贈した本の整理。 |
日録(2018年2月)
| 日 | 事項 |
| 02 | 「01月忌(一覧)」、「 02月忌(一覧)」を作成。 |
| 03 ~ | 過去のデジタルデータを順次投稿。 |
| 07 | ~8日。 広島平和文化センター編『平和事典』(1985年)を読む。目次(広島平和記念資料館「平和データベース」からダウンロード)に読んだ項目の執筆者を記入。 |
| 09 | 「「平和事典」執筆者」を投稿。 |
| 日 | 事項 |
| 05 | 「03月忌」に「内田恵美子」を投稿。 |
| 09 | 「02月忌(一覧)」「03月忌(一覧)」を投稿。 |
| 17 | 似島(広島市南区)原爆碑・原爆遺跡調査。 |
| 日 | 事項 |
| 02 | 実家と自宅で花を撮影。「ヒロシマ遺文」に投稿。 |
| 0 2 | ~3日。『広島県現代文学事典』(岩崎文人編、勉誠出版、2010.12.20刊)を読む。 |
| 05 | 「ヒロシマ遺文」 に、「秦野裕子」を「人物」に投稿、「講座ヒロシマ20020929戦後政治と原爆被害者の動向-原爆死没者追悼と政府の対応」を「その他」に投稿 |
| 06 | 「ヒロシマ遺文」 に,「戦争と平和の旅1993年1月25日~30日」を投稿 |
| 08 | 「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 1995.1.17」見学。 |
| 14 | My little concert(私のコンサート)<被爆ピアノによる演奏・伴奏>鑑賞。会場:旧日本銀行広島支店。 |
| 20 | 「大阪空襲を語り継ぐ平和ミュージアム=ピースおおさか」見学 |
| 20 | 「阪急古書のまち」で記念切手「広島平和記念都市建設(バラを持つ女性)」(1949年8月6日発行)購入。 |
| 27 | 『灰墟の光 甦るヒロシマ』(ロベルト・ユンク著、原田義人訳、文芸春秋、1961年2月10日刊)を読み始める。 |
| 日 | 事項 |
| 1 | 新聞切り抜きと記事の分類整理。 |
| 9 | ヒロシマ遺文 の「出来事―年表(テーマ別)」に「メーデー(広島)年表」を投稿 |
| 10 | ~12日。広島県史編さん室勤務時の資料を整理。 |
| 14 | NNNドキュメント「南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ」を視聴。0 |
| 18 | 原爆放射線医科学研究所 附属被ばく資料調査解析部を訪問。 |
| 20 | 「風のように炎のように-峠三吉追悼集」の詳細目次を作成にヒロシマ遺文に投稿 |
| 22 | ヒロシマ遺文 の「出来事」に「編年資料:ヒロシマ」(1945年~1960年分)を投稿。過去に収集した資料のタイトルを年ごとに目録化したもの。 |
| 23 | 『日本労働年鑑 大原デジタルライブラリー』(大原社会問題研究所)を読み始める。http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/index.html |
| 25 | フェニックス広島号の冒険(アール・レイノルズ著) を読む。 |
| 26 | 森滝日記の新聞連載のデータを整理。 |
| 28 | 「特別調査一件(広島県総務部地方課) 」を読む。 |
| 日 | 事項 |
| 1 | ヒロシマ遺文への投稿。「広島県労働年鑑」を読む。5月分の新聞切り抜き作業。 |
| 1 | フタバ図書(県内各店舗)で被爆70年史の予約を開始。販売時期:7月28日。 |
| 2 | 夜の散歩中、実家の川沿でホタル3匹確認。 |
| 2 | 「平和記念式典」関係資料の整理。ヒロシマ遺文への投稿。 |
| 3 | 『中国新聞』14~17面に大学徹底研究「広島県の大学へ行こう」(企画特集・PRのページ)。これによると、県内には「ヒロシマ」を学べる大学がない。私の見落としか? |
| 6 | ~8日。ヒロシマ遺文への投稿。「原爆報道」 |
| 9 | ヒロシマ遺文への投稿。「国連」。「科学者会議」。「自治研」など。 |
| 10 | ヒロシマ遺文への投稿。「国際シンポ」など。 |
| 11 | ヒロシマ遺文への投稿。「ヒバクシャ―ともに生きる」など |
| 12 | 呉市立図書館へ。早朝、ネットで予約した「地域社会福祉史入門」(田代国次郎著)を受け取るため。窓口では、すでに昭和図書館に移動中なので、こちらには無い、昭和図書館に届くのは11時以降とのこと。 |
| 12 | ヒロシマ遺文への投稿。「ヒバクシャ―ともに生きる」など。 |
| 13 | 町内のコンビニへ。米朝首脳会談を一面で掲載している新聞を購入。 |
| 15 | ヒロシマ遺文に福祉関連の事項を投稿。 |
| 16 | ヒロシマ遺文にNPT再検討会議関連の事項を投稿。 |
| 18 | ヒロシマ遺文に「広島・長崎の証言の会」、「NPT再検討会議」などを投稿。 |
| 19 | ヒロシマ遺文に投稿。「平和記念式典」など。 |
| 20 | ヒロシマ遺文に投稿。「核兵器禁止条約・平和式典参加状況表など。 |
| 21 | 原爆資料館。福島学芸員と広島情報の発信情報につき意見交換。『患者と福祉』、『平和のために市民の対話をすすめる会・会誌』を閲覧。 |
| 21 | 広島平和会館。前田耕一郎広島県被団協事務局長と会ヒロシマ関係資料の収集・保存体制につき意見交換。 |
| 21 | 広島市公文書館。安藤福平氏と私の所蔵するヒロシマ関係資料につき意見交換。 |
| 22 | ヒロシマ遺文に投稿。「若い広島の会」 |
| 23 | ヒロシマ遺文に投稿。「昭和天皇実録」「忘れてはならない4つの日」 |
| 24 | ヒロシマ遺文に投稿。「原水爆禁止大会・平和集会(2017年)」 |
| 27 | 「 12・11基本懇意見書にこだわる被爆者問題講演会」(2017年12月2日 広島市総合福祉センター)の講演要旨をまとめ、原爆被害者相談員の会事務局に送付。 |
| 28 | ヒロシマ遺文の「回顧:年中行事・事件」用のデータ整理。6月分の新聞切り抜きと分類整理。 |
| 29 | ~30日。ヒロシマ遺文の「祈り―月忌(一覧)」の整備。 |
| 30 | 『呉海軍工廠の形成』(千田武志著)を語る会。呉阪急ホテル。 |
| 日 | 事項 |
| 01 | 12時15分、町内放送の呼びかけで1分間の黙とう(呉空襲犠牲者慰霊・恒久平和祈念の日) |
| 01 | ~2日。 カテゴリー(このサイトでは目次に相当)の再検討 |
| 02 | 雨の合間を縫って「7月の草花」 を撮影。投稿。 |
| 03 | 受贈した本の整理 |
| 04 | 台風7号の暴風で倒れた倉庫のヘチマなどの支柱を補強。 |
| 05 | カテゴリー「組織」の再検討。組織のエクセルデータ(600件超)の重複削除などの整備に着手。 |
| 06 | 夜から豪雨~8日。呉―焼山を結ぶ幹線道路(平谷線)が不通となり焼山町は孤立状態。避難指示が発令されたが自宅で過ごす。 |
| 09 | 午前6時過ぎ町内放送。幹線道路(平谷線)が開通し、広電バスが運行開始とのこと。 |
| 11 | WHOデータの死亡月別への再整理。「月忌」データとして利用するため。 |
| 13 | WHOデータの死亡月別への再整理、終了。 |
| 14 | 7月6日以降の新聞切り抜き。 |
日録(2018年8月)
| 日 | 事項 |
| 04 | 合同授業「ヒロシマ」(関西学院大学・広島女学院大学)に参加。 |
| 06 | 広島市平和記念式典に参列。 |
| 06 | 「広島への原爆投下からの日数 26663日」(出典:原爆資料館「地球平和監視時計」) |
| 09 | 11:02 町内放送の呼びかけで黙とう(長崎原爆の日) |
| 11 | ひろしま盆ダンス。旧広島市民球場跡。 |
| 12 | 「この世界の片隅に」マンガ原画展(呉市立美術館、7月22日~9月9日)。入船山記念館。 |
| 12 | 自宅のネットの速度を上げるためルーターを新調。 |
| 15 | 12:00 町内放送の呼びかけで黙とう(終戦記念日)。 |
| 16 | 慰霊碑関係資料・被爆建物関係資料の整理に着手。 |
| 21 | ヒロシマ遺文に投稿。「原爆被爆者対策前史資料集」の一部。 |
| 25 | 第24回平和のための広島の戦争展。会場:県民文化センター(広島市)。 |
| 25 | 広島市映像文化ライブラリー「映画『平和記念都市ひろしま』とその時代」。 |
| 25 | パソコンソフト「読取革命」(11620円)を購入。 |
| 26 | 「読取革命」を自宅のパソコンにインストールし、使用方法の確認。 |
| 27 | 眼科医院。6年前の白内障手術後の状態は良く、目・視力等は正常とのこと。点眼の薬を処方される。 |
| 28 | ヒロシマ遺文のカテゴリーの体系の再検討。~30日、大幅変更。 |
| 31 | 過去の『ヒロシマ通信』のデータや女学院勤務期に作成したデータの確認作業。ヒロシマ遺文に掲載したい事項多数あり。 |
日録(2018年9月)
| 日 | 事項 |
| 01 | 過去の『ヒロシマ通信』のデジタルデータをヒロシマ遺文に掲載するための準備作業。 |
| 03 | 今年になってからの葉書・手紙類の整理。 |
| 04 | 過去の葉書・手紙類の整理。~7日。 |
| 08 | エクセルデータWHO(人物)の整備作業と「月忌」(ヒロシマ遺文)への投稿。 |
| 09 | ヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。 |
| 10 | 広島大学文書館発行の所蔵目録を参考に、ヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。~12日。 |
| 13 | 所蔵する追悼集を参考にヒロシマ遺文「月忌」への追加作業。~13日。 |
| 16 | ヒロシマ遺文のカテゴリーの再検討とそれに基づく新聞切り抜きの分類整理。~17日。 |
| 18 | たまたまNHKで放映されていたBSプレミアム『二十四時間の情事』を観る。広島の風景を繰り返し。 |
| 19 | 呉市民劇場.こまつ座公演「マンザナ、わが町」。呉市文化ホール。日系アメリカ人強制収容所問題の顛末がわかりやすく描かれていた。 |
| 21 | 天皇夫妻、広島県呉市の天応地区を見舞う。家族からヘリコプターで降り立った二河球場から被災地に向かう天皇に出会った様子を聞く。 |
| 22 | 広島県立図書館で「若い広島の会第1号」を部分コピー。県立文書館で今堀誠二資料目録の閲覧。 |
| 日 | 事項 |
| 4 | 修学院離宮から詩仙堂に向かう途次、 圓光寺(京都市左京区一条寺)の門前を通る(同寺には、広島で被爆した南方特別留学生の墓あり)。参照:サイド・オマール |
| 12 | 『戦後ヒロシマの記録と記憶』出版記念パーティー。会場:広島市内。 |
| 13 | 「広島への原爆投下からの日数 26731日」(出典:原爆資料館「地球平和監視時計」) |
| 13 | 大 学生10人を引率して平和公園フィールドワーク。 |
| 21 | グリーンヒル郷原「秋の収穫祭」。<売上の一部は「原爆ドーム保存募金」に寄付されます>とのキャッチコピーに惹かれ<「ヒロシマPEACE」バナナ>を購入。 |
| 29 | 鹿児島県原爆犠牲者慰霊平和祈念碑(鹿児島県鹿児島市照国町城山公園内 探勝園)を取材。 |
| 日 | 事項 |
| 04 | 世界遺産関係記事の新聞切り抜きを整理。~5日。 |
| 06 | 『広島財界今昔物語』を斜め読み。 |
| 08 | 広島市現代美術館。特別展「丸木位里・俊 ―《原爆の図》をよむ」コレクション展「2018-Ⅲ コレクション・ハイライト+特集「顔のような」」。『原爆の図』(1953年 新星映画社 17分 白黒 16㎜)( 監督/今井 正、青山通春 撮影/浦島 進 解説/赤木蘭子)。図録を購入。 |
| 11 | 自宅書庫から追悼集・遺稿集などを抜き出す。 |
| 14 | 「世界の子どもの平和像・京都」( 京都府教育会館前)を撮影。 |
| 15 | 滋賀県大津市取材。<三井寺観音堂(西国第14番)=「天台寺門宗総本山園城寺(三井寺)で毎年八月六日原爆犠牲者慰霊追悼」(出典:『日本被団協50年史 本巻』416頁)> |
| 15 | 京都府原爆被災者の会「京都府原爆死没者慰霊碑」(京都東山霊山観音教会)を撮影。 |
| 19 | 実家書庫から追悼集・遺稿集などを抜き出す。 |
| 20 | 母屋北側の書庫の本の整理。抜き出した追悼集・遺稿集などを自宅に持ち帰る |
| 22 | 追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。 |
| 23 | 桜が丘母屋の母の書斎から豊田清史・火玄関係の刊本を自宅に持ち帰る。追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。 |
| 24 | 追悼集・遺稿集をもとに、デジタルファイル”WHO”の校訂作業。自宅の書斎に「月忌」順に配列。 |
| 25 | 桜が丘の母の書斎から短歌の本を自宅に持ち帰る。 |
| 27 | WHO(人物)関係資料の整理。~29日 |
| 30 | 原爆資料および情報ネットワーク委員会関係のデジタル資料をやっと見つけ出す。一部を「ヒロシマ遺文」に投稿。 |
日録(2018年12月)
| 日 | 事項 |
| 01 | TOP頁の更新 |
| 02 | カテゴリー「原爆資料」の再検討。 |
| 03 | 「12月忌(一覧)」を校訂し、投稿。 |
| 04 | 「ヒロシマ遺文」のカテゴリー「原爆資料」の再検討。 |
| 05 | 「ヒロシマ遺文」のカテゴリー「ヒバクシャ」の再検討。「広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会」関係データを投稿。 |
| 06 | 一日雨。「ヒロシマ遺文」の投稿「宇吹所蔵目録(広島市関係)」の充実作業。 |
| 08 | 新日本婦人の会呉支部「第3回戦争体験を聞く会」。場所:呉市生涯学習センター(つばき会館)。<新日本婦人の会呉支部「第3回戦争体験を聞く会」案内ビラの情報=7月23日~29日開催予定のヒロシマ・ナガサキ原爆と人間パネル展は市役所ロビーが豪雨災害避難場所となったため中止。> |
| 14 | 桜が丘の書庫の整理。資料の配置を大幅に変更。 |
| 16 | 過去の年賀はがきの整理。併せてWHO(人物)関係資料・データの更新作業。 |
| 27 | TOP頁の更新 |
| 29 | 容量拡大のためサーバーを変更。 |
豊田清史
| とよた・せいし | 1921**生 | 20111124没 |
編著書
| 書名 | 発行所 | 発行年 | 備考 | 所蔵 |
| N | ||||
| 廣島 歌集 | 第二書房 | 19540806 | 歌集廣島編集委員会編(代表:豊田) | U |
| 千羽鶴-原爆の子の像の記録 | 昭森社 | 19580806 | U | |
| 火の幻 | 日本文芸社 | 19600615 | U | |
| 原水爆秀歌 | 日本文芸社 | 19620801 | N | |
| 広島随筆 | 広文館本通店 | 19640330 | N | |
| 豊田清史所蔵原水爆に関する出版物目録-戦後広島における文化関係出版物 | 火幻社 | 196506 | [91052818]に収録 | |
| 炎の歌集 | 東出版 | 19660806 | 阿部正路・島内三郎・豊田清史編 | |
| 炎は消えず-父子被爆記 | 火幻社 | 19670701 | 豊田久夫・豊田清史(共著) | N |
| 火幻 創刊10周年記念号 | 火幻短歌会 | 19671018 | ||
| 歌集・炎の証 | 広文館書店 | 19690301 | ||
| 原爆文献誌 | 崙書房 | 19710806 | N | |
| 歌集 心眼 | 火幻社 | 19780620 | 火幻叢書第20集 | N |
| 広島県短歌史 | 溪水社 | 19820420 | N | |
| はばたけ千羽鶴 | 筑摩書房 | 19820730 | ちくま少年図書館65 | NU |
| 広島の遺書 | 蒼洋社 | 19840510 | N | |
| 評伝渡辺直己 | 雁書館 | 19850604 | U | |
| 反核秀歌百絶 | 短歌公論社 | 19850720 | N | |
| 廣島随想 | 火幻社 | 19870420 | N | |
| 生霊 豊田清史歌集 | 雁書館 | 19890720 | 火幻叢書第56集 | N |
| [ドキュメント]悲しみの千羽鶴 | 創樹社 | 19910710 | NU | |
| 広島県歌人史と全歌碑 | 火幻社 | 19921020 | 火幻叢書第71集 | U |
| 「黒い雨」と「重松日記」 | 風媒社 | 19930806 | N | |
| 爆前・爆後-広島を生きた教師のドキュメント | 創樹社 | 19940710 | N | |
| 「原爆の子の像」と「折鶴」-正しい知識<学習の手引き> | 火幻社 | 19950501 | N | |
| 骨四百首 豊田清史歌集 | 砂子屋書房 | 19960710 | N | |
| 知られざる井伏鱒二 | 蒼洋社 | 19960725 | N | |
| 戦後を拓いた歌人の書 | 創元社 | 19980901 | N | |
| 歌集 幽魂 | 創元社 | 20030701 | 火幻叢書第102集 | N |
| 井伏鱒二著「黒い雨」の内実―書誌学的検証― | 創元社 | 20051020 | N | |
| アンネをしのぐ鶴を折って生きんとした禎子 | 創元社 | 20080401 | N |
止
空襲・戦災を記録する会(宇吹所蔵資料)
| 年月日 | タイトル | 備考 |
| 19731013 | 呉歴教協10月例会(於:呉勤労会館) | 宇吹メモ |
| 19741124 | 呉戦災を記録する会設立総会関係(1974年11月24日、呉市・勤労会館ホール) | 一括 |
| 19750121 | 呉戦災を記録する会会報No.1、No.2(0220)、No.3(0320)、No.4((0323) | 各B4紙1枚 |
| 19750126 | 呉戦災を記録する会例会関係 | 一括 |
| 197505 | 呉市政だより8月 戦後30年特集号(呉市役所市民相談課編・発行) | |
| 第14回戦災空襲を記録する全国連絡会議呉大会(1984年8月4日、呉市・勤労会館ホール) | ファイル1冊 | |
| 空襲を記録する会 | ノート1冊 | |
旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案
(1993.2.1 宇吹 暁委員)
ヒロシマ・ピース・プラザ(広島県平和館)とし、非核自治体宣言に基づく行政施策の中心施設と位置づけ、県民やアジアを中心とした世界の平和情報の受信と発信の機能を持たせる。
[具体的機能]
Ⅰ.広島県近・現代史資料館としての機能
☆原爆被害の実態解明
*原爆被害は、建物疎開作業や救護活動への動員により、県内全般にひ ろがっている。しかし、これらの実態解明は、広島市の努力には限界が あり、県として独自に取り組む意義が存在する。
☆広島県と戦争に関する資料の収集・整理
*広島県編「広島県戦災史」の編さん過程で、県内には多数の軍事関係 の行政資料が残っていることが確認できた。県立文書館と連携をとりな がら、明治以降の兵事資料を中心に収集・保存・整理を行う。
*兵役・戦闘・空襲・銃後に関連する資料は、呉や福山の空襲を記録す る会などにより、展覧会用に一時的に収集されたことはあるが、恒久的 な保存措置は取られていない。県として協力を呼びかけることにより、 多数の団体・個人資料が発掘できるものと思われる。
*「軍都広島」の実態を明らかにするため、防衛庁防衛研修所・13師 団(海田)・入船山記念館(呉)・参考資料館(江田島)・毒ガス資料 館(大久野島)などで収集されている資料の映像化による収集と総括的 なデ-タベースの構築を行う。
Ⅱ.国際交流機能
*海外からの広島訪問者に広島県を紹介する窓口
*海外からの短期の技術研修者・放射線医療研修者の宿泊施設
*留学生と日本の青少年との交流の場
広島県旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会
設置:1992(平成4)年8月4日
動向
| 月 | 日 | 事項 |
| 1992年 | ||
| 03 | 05 | 竹下広島県知事、県議会で旧陸軍被服支廠の保存に前向きの答弁。また、放射線被曝者医療国際協力推進協議会の事業に原爆被爆の実相や「ヒロシマの心」を伝える内容を盛り込む意向を表明。 |
| 06 | 01? | 広島市の旧陸軍被服支廠の保存・再生案、市民グループによりまとめられる。 |
| 06 | 29 | 広島市内の市民グループ、被爆した旧陸軍被服支廠の保存・再生案の提案書「赤れんが生きかえれ」を所有者の県に提出。 |
| 08 | 04 | 広島県、旧陸軍被服支廠保存・活用懇話会を設置。 |
| 09 | 18 | 広島県、旧陸軍被服支廠保存活用方策懇話会の初会合を開催。現地も視察。 |
| 11 | 16 | 橋本秀夫広島県建築士会副会長、旧陸軍被服支廠を調査。取り壊しを控え調査を要望。 |
| 11 | 19 | 原爆遺跡保存運動懇談会、旧陸軍被服支廠の保存・活用方法について、被爆の実相を伝える工夫をするよう広島県知事らに要望書を提出。 |
| 1993年 | ||
| 01 | 12? | 広島県建築物調査・改修協同組合、旧陸軍被服支廠の耐久度調査結果を発表。改修や補強で再利用はOK。 |
| 02 | 01 | 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策検討委員会」、第3回会合(最終)を開催。 |
| 04 | 16? | 広島県の「旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会」、会合の意見を報告書にまとめる。 |
| 08 | 10 | 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用のための検討委員会を設置することを決め、委員13人の名前を公表。18日、初会合。 |
| 08 | 18 | 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」の保存活用方策検討委員会の初会合を開催。 |
| 10 | 25? | 土橋春人、旧陸軍被服支廠を明治38年に移した写真を広島市公文書館へ寄贈。 |
| 1994 | ||
| 01 | 31 | 広島県の「被爆50周年記念事業検討委員会」、第3回会合を開催。旧陸軍被服支廠の保存策がまとまらず、年内に報告書をまとめることになる。 |
| 03 | 03 | 広島県知事、県議会の答弁で被爆50周年の記念事業への取り組みとして旧陸軍被服支廠の活用、戦後50年誌の発刊などをあげる。 |
| 07 | 19 | 広島県の旧陸軍被服支廠の建物の活用検討委員会、第4回目の会合を開催。 |
| 12 | 05 | 広島県の戦後50周年記念事業検討委員会、旧陸軍被服支廠の保存・活用策について瀬戸内海文化博物館と音楽芸術センターとするなどの案をまとめる。 |
| 12 | 12 | 広島県の橋口収戦後50周年記念事業検討委員会座長、旧陸軍被服支廠の保存・活用策についての報告書を藤田県知事に提出。 |
| 1995年 | ||
| 03 | 22 | 原爆遺跡保存運動懇談会、県に旧陸軍被服支廠を被爆資料展示施設として活用を求める要望書を広島県に提出。 |
| 03 | 31 | 広島大学学生寮「薫風寮」、大学移転に伴い閉鎖。同建物は旧陸軍被服支廠で被爆建物。 |
| 05 | 03 | 広島市の被爆建物である旧陸軍被服支廠で火事。1階の一部約200平方メートルが焼ける。 |
| 09 | 13 | 広島県の瀬戸内海文化博物館策定会議の初会合。旧陸軍被服支廠の活用を検討。 |
| 1996年 | ||
| 04 | 03? | 広島県の「瀬戸内内海文化博物館」(被爆建物の旧陸軍被服支廠を利用)構想策定会議、平成7年度中の構想の策定を1年延期。 |
| 1997年 | ||
| 02 | 19? | 広島県、被爆建物「旧陸軍被服支廠」を「瀬戸内海文化博物館」として活用する構想の再検討を計画。耐震補強に巨額の経費が必要なことが判明したため。 |
| 03 | 27 | 広島県、旧陸軍被服支廠(広島市南区の被爆建物)を活用した瀬戸内文化博物館の基本イメージを発表。 |
| 12 | 26 | 広島県、被爆建物の旧陸軍被服支廠を「瀬戸内海文化博物館(仮称)」として活用する計画を、県財政の悪化を理由に当分凍結することを明らかにする。 |
| 1998年 | ||
| 02 | 16 | 広島県、1998年度予算案を発表。被爆建物の旧陸軍被服支廠を保存・活用する「瀬戸内文化博物館」計画を休止。 |
| 08 | 06 | 野外現代美術展「ヒロシマ・アート・ドキュメント98」、広島市の旧陸軍被服支廠などで開催。-20日。 |
旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会一件資料(ファイル1冊)
| タイトル | 発⇒受 | 年月日 | 備考 | |
| 1 | 旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会運営要綱 | 19920901* | *施行日 | |
| [事務 県民生活部県民課文化振興室] | ||||
| 2 | 旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会委員名簿 | |||
| 座長:丸山茂樹(はきもの博物館館長) | ||||
| 委員:宇吹暁()、加藤新()、栗栖武士郎()、佐藤恭子()、嶋津孝之()、浜井澄人()、原田佳子()、藤原隆雄()、山下彰一()、山本定男()、横田工()。 | ||||
| アドバイザー:矢野暢(京都大学教授) | ||||
| 3 | ||||
| 4 | [宇吹メモ]1992.7.28熊田の話〇県内の町村役場を対象とした研修会 古文書(公文書)【中間書庫】、〇中央の出先の官庁文書 国立文書館は中央の省庁のもので精一杯。〇県庁文書 現用→本庁、非現用→文書館、中間の半現用→被服廠 | |||
| 5 | ||||
| * | 第1回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会次第 | 19920918 | ||
| * | 第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会次第 | 19921127 | ||
| 第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会資料 | ||||
| * | 第2回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会の要旨 | |||
| 旧陸軍被服支廠保存・活用方策への提案 | 199301 | |||
| * | 第3回旧陸軍被服支廠保存・活用方策懇話会資料 | |||
「昭和史の天皇4」(読売新聞社、1968.8.1)
目次
| 原爆を抱いて | |||
| ためらう科学者 | |||
| 学者委員が大激論 | |||
| 日本ヘどう使うか | |||
| 大統領、投下に同意 | |||
| 科学者の反論むなし | |||
| 矢はつるを離れた | |||
| 四つの目標都市 | |||
| 特別の部隊を編成 | |||
| 最後の決断を待つ | |||
| “本命”の実験も成功 | |||
| 爆撃命令の承認 | |||
| “微妙な八月三日ごろ” | |||
| 部品、テニアン島へ | |||
| 命中した模擬爆弾 | |||
| 広島上空、雲切れる | |||
| 運命の日の天候 | |||
| 矢花慎雄(気象庁予報課技官) | |||
| 横山幸雄(陸軍中央通信調査部高級参謀・中佐) | |||
| 投下用B29の電波 | |||
| 東京にも同符号機 | |||
| 日本の原爆 | |||
| スタート、米の直後 | |||
| 公開、一転し軍機に | |||
| 頭脳結集「二号研究」 | |||
| 熱拡散法しかない | |||
| 一発勝負の実験 | |||
| 研究より資材集 | |||
| フッ素研究も難航 | |||
| 次はウラン作り | |||
| でてきた待望の結晶 | |||
| 炭素もデンプンで | |||
| 苦心の分離簡完成 | |||
| 苦心重ねての実験 | |||
| ウラン分離始まる | |||
| 六回に及ぶテスト | |||
| ウラン分離に失敗 | |||
| 空襲、分離筒も焼く | |||
| 軍がウラン鉱捜し | |||
| ドイツ政府へ依頼 | |||
| 朝鮮に大量の原鉱 | |||
| 福島県に工場疎開 | |||
| 尼崎にも大分離筒 | |||
| 熱拡散法は失敗 | |||
| 珍妙な“特高研究室” | |||
| 二号研究に悲観論 | |||
| 海軍は京大に一任 | |||
| 原子力応用を調査 一度は研究を中断 | |||
| 連鎖反応を立証 | |||
| 金属ウランも作る | |||
| 超遠心分離に苦心 | |||
| チエ持ちより設計 | |||
| 臨界量も割り出す | |||
| 陸軍も中止論へ | |||
| くやしく、情けなく | |||
| 万感こめ被害調査 | |||
| 補遺、「荒勝先生覚え書き」 | |||
| 広島第一報! | |||
| 爆痕がないぞ…? | |||
| 強烈で奇妙な兵器 | |||
| 出勤途中、李殿下も | |||
| 黒い死の影ひそむ | |||
| 仁科博士“原爆です” | |||
| “白色の着衣徹底を” | |||
| 一定角度の焼け跡 | |||
| 爆心点は球場付近 | |||
| 物質に死の放射線 | |||
| 笑えぬ“特殊火薬説” | |||
| 生々しい報告内容 | |||
| 水爆の構想を予言 | |||
| 「ソ連参戦」の波紋 | |||
| ラジオゾンデ回収 | |||
| 原爆と一緒に手紙 | |||
| 軍は驚き、手紙隠す | |||
| 発信、加州大の旧友 | |||
| 京大調査隊の悲劇 | |||
| 山津波で十人殉職 | |||
| 克明な尾形日記 | |||
| “一刻も早く和平ヘ” | |||
| 一号演習-陛下の周辺・その一 | |||
| 最後まで“一号演習” 防空室の補強作戦 物、人、技術者に苦労 決意の“師団長旗” 一号演習”はじまる 工事現場に擬装網 皇居上空から“偵察 巨大な網の天井 14メートルの新しい小山 延べ12万人を動員 下痢患者が続出 師団長と心の交流 消灯でさんざん苦労 司令部の中心参謀 兵力動員に一苦労 森師団長と古賀参謀 答礼に二等兵感激 視察、労をねぎらう 扉のそばにボンベ 送電、換気、水に苦心1 会議室、明るく重厚 極秘の無線電話機 |
|||
昭和天皇
| 裕仁 | ひろひと | 19010429生19890107没 | 享年87 | 第124代天皇。 |
参考資料(刊本)
| 書名 | 著者 | 発行所 | 発行年月日 |
| 昭和史の天皇4 | 読売新聞社 | 19680801 | |
宇吹所蔵資料(広島市関係)
| 箱1 | |||
| 年 | タイトル | 形態 | |
| 1984~91年 | 原爆被災資料調査研究委員会(広島平和文化センター) <1984年9月1日荒木武委嘱状><1991年2月22日荒木武解嘱状> |
ファイル4冊 | |
| 1986~ | 被爆者証言ビデオ一件 | ファイル1冊 | |
| 1986年2月5日被爆者証言ビデオ作成に伴う関係者会議。於平和記念館。初会合。 | |||
| 1988~89 | 原爆映画製作委員会 5月19日(第1回)~ | ファイル1冊 | |
| 1988 | 「ヒロシマ・母たちの祈り」(日本映画社製作・広島平和文化センター企画)<構成案・企画案など> | 一括 | |
| 1988~91 | 専門委員( 広島平和文化センター) | ファイル4冊 | |
| 19920526~27 | 広島市博物館視察(1992年5月13日、担当者より電話。部会委員就任依頼。) | ファイル1冊 | |
| 1992~96 | 総合通史展示部会会議資料 | ファイル3冊 | |
| 広島市博物館(仮称)展示委員会総合通史展示部会(広島市教育委員会社会教育部文化課) 1992年5月 |
|||
| 第1回(1993年6月11日)、第2回(1994年1月29日)、 (1995年2月16日)、第7回(1995年3月29日)、(1996年1月26日)、 |
|||
| 199203 | 広島市博物館(仮称)施設基本計画(黒川紀章建築都市設計事務所、1992年3月) | 冊子 | |
| 199203 | 広島市博物館(仮称)展示基本計画要約版(トータルメディア開発研究所、1992年3月) | 冊子 | |
| 198303 | 広島市博物館基本構想(広島市) | 冊子 | |
*
| 箱2 | |||
| 年 | タイトル | 形態 | |
| 19870331 | 国立平和研究所広島設置の構想(案) 1987年3月31日 | 冊子 | |
| 1989年~ | 平和関係施設調査研究委員会ワーキンググループ(広島平和文化センター) | ファイル1冊 | |
| 1991 | 平和に関する国際的な研究機関基本計画検討懇談会 | ファイル1冊 | |
| 第1回広島部会 1991年1月7日、第2回広島部会 1991年3月15日 (三菱総研との接触、1990年12月5日~91年3月15日) 「平和に関する国際的な研究機関」(市長室 平成3年7月3日)の設置について | |||
| <ご参考> 第1回基本計画検討懇談会(広島部会資料)(19910118) | |||
| 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査中間報告用資料(三菱総合研究所、1990.12) | |||
| 第2回基本計画検討懇談会(広島部会資料)(三菱総合研究所、19900315) | |||
| <ご参考>「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告用資料(三菱総合研究所、199103) | |||
| 19910331 | 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告書(株式会社 三菱総合研究所、1991年3月31日) | 冊子 | |
| 19910331 | 「平和に関する国際的な研究機関」設置基本計画策定調査報告書<要約版>(株式会社 三菱総合研究所、1991年3月31日) | 冊子 | |
| 1991 | 平和に関する国際的な研究機関 | ファイル1冊 | |
| 「平和に関する国際的な研究機関」の設置について(市長室、1991.3) | |||
| 広島市立大学(仮称)基本構想(広島市、1991.7) | |||
| 1992.3~ | 平和に関するデータベース構築検討委員会 | ファイル2冊 | |
| 平和データベース 基本計画策定業務報告書(シー・ディー・アイ、1994年3月) | 冊子 | ||
| 平和データベースシステム(広島平和文化センター) | ビラ | ||
*
| 箱3 | |||
| 年 | タイトル | 形態 | |
| 1992~ | 広島市被爆50年記念史編集研究会<第1回(1992年7月29日)、第2回(1992年9月28日)、第3回(1993年3月23日)、> | ファイル1冊 | |
原爆資料編(目次)
| 序 | ||
| 凡例 | ||
| 解説 | ||
| 第1部 | 戦争末期の防衛体制 | |
| Ⅰ | 防空対策 | |
| 1 | 警防団の非常応援につき通達 | |
| 2 | 防空態勢の緊急整備につき通達 | |
| 3 | 防空日強化につき通達 | |
| 4 | 空襲時における寺院教会活動につき通達 | |
| 5 | 軍管区の改編に伴う防空警報につき通達 | |
| 6 | 投下弾等届出につき通達 | |
| 7 | 敵襲時における情報放送周知方につき通達 | |
| 8 | 敵機空襲による被害情報 | |
| 9 | 県警備隊活動状況 | |
| 10 | 義勇隊結成協議会における県知事訓示要旨 | |
| 11 | 敵機投下の文書図画等届出につき通達 | |
| 12 | 防空態勢の再強化につき通達 | |
| 13 | 呉空襲被害の状況と対策 | |
| 14 | 空襲勃発の際に町村としての対策につき通達 | |
| 15 | 宮内村国民義勇隊日誌 | |
| Ⅱ | 疎開対策 | |
| 16 | 重要工場分散疎開につき通達 | |
| 17 | 広島師団緊急軍需品疎開につき通達 | |
| 18 | 人員疎開実施につき通達 | |
| 19 | 寺院本堂使用につき通達 | |
| 20 | 人員疎開受入につき通達 | |
| 21 | 広島県学童疎開要綱 | |
| 22 | 疎開受入戸数並に人員調につき通達 | |
| 23 | 疎開者等受入につき通達 | |
| 24 | 国民義勇隊員出動指令 | |
| Ⅲ | 避難対策 | |
| 25 | 罹災者避難実施計画につき通達 | |
| 26 | 罹災者収容・給食・医療救護計画につき依頼 | |
| 27 | 空襲による罹災者の取扱につき通達 | |
| 28 | 罹災避難者の相談斡旋につき通達 | |
| 29 | 空襲時の待避指導につき通達 | |
| 30 | 空襲罹災者の鉄道乗車取扱につき通達 | |
| 31 | 罹災者疎開者等の受入態勢整備強化につき通達 | |
| 32 | 空襲罹災者救護につき通達 | |
| 33 | 広島市大避難実施要領 | |
| 34 | 戦災保護法による避難所設置に伴う経費につき通達 | |
| 35 | 罹災証明書交付につき通達 | |
| 36 | 県庁の移転先につき通知 | |
| 37 | 転入戦災者の救護につき依頼 | |
| 38 | 罹災者疎開者等受入体制の整備強化並に家賃につき通達 | |
| Ⅳ | 配給対策 | |
| 39 | 警報発令下の食糧給付につき通達 | |
| 40 | 空襲罹災者に対する主要食糧配給につき通達 | |
| 41 | 空襲時の衣料雑貨配給につき通達 | |
| 42 | 罹災者に対する給食対策につき依頼 | |
| 43 | 非常炊出計画につき通達 | |
| 44 | 戦災者生活必需物資調達につき通達 | |
| 第2部 | 原爆被災の記録 | |
| Ⅰ | 戦災記録 | |
| Ⅱ | 救護活動 | |
| 1 | 救護活動 | |
| 2 | 県・地方事務所・警察 | |
| 3 | 町村(佐伯郡宮内村) | |
| 4 | 義勇隊(広島市草津大隊) | |
| 5 | 学校 | |
| Ⅲ | 被爆者の手記 | |
| 第3部 | 原爆調査団の活動 | |
| Ⅰ | 調査報告日録 | |
| Ⅱ | 軍調査団 | |
| Ⅲ | 理化学研究所 | |
| Ⅳ | 大学調査団 | |
| Ⅴ | 原爆映画ロケ班 | |
| 第4部 | 原爆に対する国際的反応 | |
| Ⅰ | 戦時下の外国情報 | |
| 1 | トルーマン声明 | |
| 2 | アトリー声明 | |
| 3 | スチムソン声明 | |
| 4 | その他の情報 | |
| Ⅱ | 海外の新聞論調 | |
| 1 | 報道 | |
| アメリカ | ||
| 5 | トルーマンの艦上発表 | |
| 6 | 原子爆弾は原子時代に平和をもたらすか | |
| 7 | 法皇庁の原爆観<シカゴ.トリビューン紙(19450808)大下応氏蔵> | |
| 原爆使用に対し、法皇庁は遺憾の意を表明 バチカン市、8月7日、AP電――バチカン市の新聞であるロセルバトーレ・ロマノ紙は本日の紙面において、「日本に投下された原子爆弾は、今大戦下の一連の黙示録的事件の悲劇的終末である」と評した。 また、法皇庁の渉外部は、「日本における原子爆弾の使用に対して遺憾の意を禁じ得ない」という発言を公式見解として引用することを許可した。[以下未入力] |
||
| 8 | 原子爆弾の経済的効用 | |
| 9 | ”原子沙漠”の恐怖を笑殺 | |
| 参考資料11 | ||
| 10 | ロシアの原爆報道 | |
| 11 | 原子爆弾の軍事的意義 | |
| 12 | 原子力に対する科学者の期待/ | |
| 13 | 原爆犠牲者の遷延性死について | |
| 14 | 広島の被爆報道に接した科学者の見解 | |
| 15 | J・F・ダレス、原爆に抗議 | |
| 16 | 原爆惨禍の両市に生命甦える | |
| 17 | 原爆投下は政治目的のため | |
| 2 | ヒロシマからの現地報道 | |
| 18 | ノー・モア・ヒロシマ | |
| デイリー・エクスプレス紙(19450905) | ||
| 3 | 社説 | |
| 4 | 投書 | |
| 5 | その他 | |
| 第5部 | 平和への努力 | |
| Ⅰ | 原爆への抗議 | |
| 1 | 米機の新型爆弾による攻撃に対する日本政府の抗議文 | |
| Ⅱ | 広島の再建 | |
| 2 | ||
| Ⅲ | 朝鮮戦争前後の取り組み | |
| Ⅳ | 原水爆禁止運動 | |
| 12 | 原水爆禁止署名運動全国協議会準備会 | |
| 13 | 原水爆禁止県民運動 | |
| 14 | 一〇〇万人署名 | |
| 15 | 黒田秀俊メモ | |
| Ⅴ | 被爆者の歩み | |
| 16 | 原爆の子の記念像碑文 | |
| 17 | 広島子供を守る会経過報告 | |
| 18 | 広島子どもを守る会五か年の日誌 | |
| 19 | 広島子どもを守る会青年部の歩み | |
| 20 | あゆみ新聞発展史 | |
| 21 | 広島県原爆被害者大会の宣言と決議 | |
| 22 | 広島県被害者団体協議会の歩み | |
| 23 | 折鶴の歩み | |
| 24 | 原爆被害者の歩み | |
| Ⅵ | 被爆者援護 | |
| 25 | 復員庁原子爆弾関係による死没者及状況不明者の処理要領 | |
| 26 | 厚生省中部復員局広島支部原子爆弾による在広島市諸部隊被害状況 | |
| 27 | 引揚援護庁戦傷病者戦没者遺族等援護法の事務について通達 | |
| 28 | 厚生省中部復員局広島支部広島における原爆関係軍人軍属状況不明者及身分死因調査計画 | |
| 29 | 厚生省中部復員局広島支部原爆関係調査審査上の特性 | |
| 30 | 陸軍関係原爆死亡者の死亡原因究明業務処理に基く予算措置について伺い | |
| 31 | 服部達太郎メモ | |
| 32 | 地婦連原爆被害者実態調査結果表 | |
| 33 | 原爆被害者救援の動き | |
| Ⅶ | 八・六宣言への反応(書簡) | |
| 34 | オーストラリア平和擁護連盟 | |
| 35 | A・パーカー | |
| 36 | 核兵器禁止運動ウェストミッドランド支部 | |
| Ⅷ | 国・県の対応 | |
| 37 | 原爆裁判判決 | |
| 38 | 広島県議会決議 | |
| Ⅸ | 原爆体験の継承 | |
| 39 | 日本政府による原爆被災白書の作製に関する要望書 | |
| 40 | 広島市長ドーム保存の訴え | |
| 41 | 被爆地図復元の論理と構想 | |
| 42 | 被爆教師の会結成 | |
| 43 | ヒロシマ会議 | |
| 資料解題-付調査概要 | ||
| 採訪原爆資料所在目録 | ||
| 年表 | ||