安藤福平「広島県立文書館の業務を顧みて」(『広島県立文書館だよりNo.50』20260302)
内容
| 頁 | ||
| 1 | 広島県立文書館の業務を顧みて | |
| 資料調査・資料収集 | ||
| 2 | 資料整理 | |
| 3 | 資料保存 | |
| 研究・研修 | ||
| 専門職員の確保 | ||
| 公文書管理条例 | ||
| 「広島県では、公文書管理法《公文書等の管理に関する法律=平成21年法律第66号》制定後、全国に先駆けて公文書管理条例制定に向かっていた。」「隣県の状況」「鳥取・島根についで昨年度山口県でも制定」「広島県も続いてほしい」 | ||
| (名誉館員 安藤福平) |
止
ヒロシマの歴史を残された言葉や資料をもとにたどるサイトです。
安藤福平「広島県立文書館の業務を顧みて」(『広島県立文書館だよりNo.50』20260302)
内容
| 頁 | ||
| 1 | 広島県立文書館の業務を顧みて | |
| 資料調査・資料収集 | ||
| 2 | 資料整理 | |
| 3 | 資料保存 | |
| 研究・研修 | ||
| 専門職員の確保 | ||
| 公文書管理条例 | ||
| 「広島県では、公文書管理法《公文書等の管理に関する法律=平成21年法律第66号》制定後、全国に先駆けて公文書管理条例制定に向かっていた。」「隣県の状況」「鳥取・島根についで昨年度山口県でも制定」「広島県も続いてほしい」 | ||
| (名誉館員 安藤福平) |
止
サーロー・節子<作業中>
| 年月日 | |||
| 1932 | |||
| ** | 誕生 | ||
| 1983 | |||
| 0331 | 『平和教育運動 No.10』(日本平和教育研究協議会編、広島平和教育研究所出版部) | ||
| サーロー・セツコ「カナダにおける平和運動」pp. 98 | |||
| 『10フィート映画世界を回る』(永井秀明著、朝日新聞社) | |||
| 16 セツコ・サーローの軌跡 pp.151- | |||
| 1984 | |||
| 0430 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言’84春 第10号』(秋月辰一郎、庄野直美編、広島・長崎の証言の会) | ||
| サーロー・セツコ「米国反核活動家裁判への証言-アメリカ・ローエル法廷から 」 pp.106- | |||
| 0820 | 『ヒロシマ・ナガサキの証言’84夏 第11号』(秋月辰一郎、庄野直美編、広島・長崎の証言の会) | ||
| 特集2/核を拒否するヨーロッパのうねり サーロー・節子「イギリス反核のイースター平和行脚 」 pp.36- |
|||
| 1987 | |||
| 0120 | 『ヒロシマの女たち』(広島女性史研究会著編、ドメス出版) | ||
| 節子・サーロー「カナダで反核活動」pp.153- | |||
| 1995 | |||
| 0720 | 『人類は生きねばならぬ 森瀧市郎の歩み 核時代を乗り越えて 森瀧市郎追悼集』(森瀧市郎追悼集刊行委員会) | ||
| 第4章 お別れ会に寄せられた追悼の言葉 283 サーロー・節子(JFSカナダ・トロント) 298 |
|||
| 2005 | |||
| 0806 | 『平和を祈る人たちへ 広島女学院同窓会被爆60周年証言集』 | ||
| サーロー節子「ヒロシマを語り続ける」pp.304- | |||
| 2007 | |||
| 0131 | 『動員学徒「慟哭の証言」』(広島県動員学徒等犠牲者の会) | ||
| サーロー節子「ヒロシマを語り続ける」pp.137- | |||
| 2019 | |||
| 0723 | サーロー節子・金崎由美『光に向かって這っていけ』(岩波書店) | ||
止
2026年4月(日録)
| 日 | できごと | |
| 01 | ヒロシマ遺文への投稿=「核の危機と平和-地球といのちを守る」、「炎の記憶 安芸門徒の終戦五十周年」 | |
| 02 | ||
| 03 | ||
| 04 | ヒロシマ遺文への投稿=「ラッセル法廷―人文選書8」 | |
| 05 | (日)ヒロシマ遺文への投稿=「ベトナムと思想の問題」、「人間性と人格の理論」 | |
| 06 | ヒロシマ遺文への投稿=「核時代Ⅰ 思想と展望」、「核時代Ⅱ文化と芸術」「2026年4月(日録)」 | |
| 07 | ヒロシマ遺文への投稿=「サーロー・節子」 | |
| 08 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立文書館の業務を顧みて」、「講座世界史9 解放の夢」 | |
| 09 | ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:田中聰司」 | |
| 10 | ||
| 11 | ヒロシマ遺文への投稿=「明治の父の日記」 | |
| 12 | (日)ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:寺島洋一」 | |
| 13 | ||
| 14 | ヒロシマ遺文への投稿=「広島教育 特集平和運動・平和教育」 | |
| 15 | ||
| 16 | ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの子-君たちはどう生きるか」 | |
| 17 | ヒロシマ遺文への投稿=「平和の瞬間 二人のひろしまびと」 | |
| 18 | ||
| 19 | (日)ヒロシマ遺文への投稿=「被爆者 森下弘の証言」 | |
| 20 | ||
| 21 | ヒロシマ遺文への投稿=「歌集・美しく伸びし水銀柱」 | |
| 22 | ヒロシマ遺文への投稿=「森下清鶴書作品集」 | |
| 23 | ||
| 24 | ||
| 25 | ヒロシマ遺文への投稿=「連禱 深川宗俊歌集」 | |
| 26 | (日) | |
| 27 | ヒロシマ遺文への投稿=「特集/私とヒロシマ(『青史』No.133)」 | |
| 28 | ヒロシマ遺文への投稿=「『青史』主要記事目録2」 | |
| 29 | 昭和の日 ヒロシマ遺文への投稿=「昭和天皇二つの「独白録」」 | |
| 30 | ||
ヒロシマ遺文への投稿=
止
『核時代Ⅱ 文化と芸術』(芝田進午、青木書店、19870701)
内容
| 部 | |||
| 序文 | |||
| 1 | 核時代の文化的・芸術的展望 | ||
| I | 核時代の文化的展望-日本の暑い夏 2 | ||
| 一 東京の暑い夏 2 | |||
| 二 ヒロシマ・ナガサキの暑い夏 7 | |||
| 三 “反核文化”の暑い夏 11 | |||
| II | 核時代の文化的展望II-世界の地理的‐文化的ビジョン 17 | ||
| III | 核時代の文化的展望III-大国中心主義をこえて 21 | ||
| IV | 核時代の芸術的展望-”反核芸術”論序説 28 | ||
| 一”反核芸術”の形成 28 | |||
| 二 ”反核芸術”の特殊性と普遍性 31 | |||
| 三 ”反核芸術”の世界史的意義 39 | |||
| 2 | 被爆者の証言と詩とドラマ | ||
| I | 被爆者の証言-反核文化の原点 52 | ||
| 一 『木の葉のように焼かれて』によせて 52 | |||
| 二 一粒の麦、もし死なずば 56 | |||
| II | 二人の被爆詩人のこと 60 | ||
| III | 歴史を創る樹-『ヒロシマ母の記』の意味 63 | ||
| IV | ヒロシマの子と母の歌 69 | ||
| V | 核時代の二つのドラマ 75 | ||
| 一 藤川健夫作「傷だらけの手」を観る 75 | |||
| 二 藤川健夫作「青春を返せ!」を観る 77 | |||
| 3 | 核時代の音楽 | ||
| I | 『反核・日本の音楽』によせて 82 | ||
| II | ”原爆音楽”の歴史的意義 87 | ||
| 一 ”原爆音楽”の意義と作品 87 | |||
| 二 ”原爆音楽”の特徴 91 | |||
| 三 現代の民主主運動と音楽 97 | |||
| III | 核時代の音楽についての感想 103 | ||
| 一 人間の尊厳のための音楽-林学の作品によせて 105 | |||
| 二 反核オペラ「おこりじぞう」によせて 105 | |||
| 三 長崎国際平和コンサートを聴く 106 | |||
| 四 荒川の”草の根”コンサートを聴く 108 | |||
| 五 「原爆を許すまじ」の普遍的意味 110 | |||
| 六 反核コンサートの二つの課題 114 | |||
| 七 音楽をつうじてのさまざまなジャンルの統一 116 | |||
| 八 ナッパーズ讃-ヒロシマの国鉄労働者の歌 120 | |||
| 4 | 核時代の陶彫芸術 | ||
| I | 思想および芸術的労働としての陶芸 122 | ||
| 一 思想としての陶芸 122 | |||
| 二 芸術的労働としての陶芸 124 | |||
| II | 核時代の新陶彫芸術 127 | ||
| III | 北一明の創造の世界 130 | ||
| 一 北一明における創造 130 | |||
| 二 ”死の芸術”と”生の芸術” 131 |
|||
| 三 反核陶彫芸術のたえざる創造 133 | |||
| 四 この人を見よ! 135 | |||
| 五 核時代の思想家にして芸術家 136 | |||
| 六 核時代のプロメテウス 137 | |||
| 七 慣れを許すな! 139 | |||
| 八 核時代の造形 140 | |||
| IV | 核時代の芸術的表現-北一明の芸術カレンダーの思想 142 | ||
| 5 | 核時代の文化としての「新しい考え方」 | ||
| I | 核時代の文化としての思想・歴史意識・科学 146 | ||
| 一 研究課題としての人類絶滅の阻止 146 | |||
| 二 核時代と歴史意識の転換-”ヒロシマ紀元三七年”によせて 149 | |||
| 三 核時代の生命哲学 151 | |||
| 四 日本の科学者の国際的責任 153 | |||
| II | 核時代の文化としての人権意識 156 | ||
| 一 ヒロシマとパレスチナ-イスラエル政府のジェノサイド犯罪 156 | |||
| 二 ジェノサイドの世界からの脱却 160 | |||
| 三 核時代の憲法 163 | |||
| 四 ヒロシマとパールハーバー 165 | |||
| 五 史上最大の差別者 167 | |||
| III | マルクスの復活-核時代のマルクス 170 | ||
| 6 | 核時代の文化としての言葉・教育・報道 | ||
| I | 核時代の言葉 184 | ||
| 一 生きのこるための動員 184 | |||
| 二 言葉と政治 187 | |||
| 三 言葉と政治・再論-「核兵器」「核戦争」という言葉をめぐって 190 | |||
| II | 核時代と教育の課題-とくに外国語教育の改革のために 194 | ||
| 一 「万物絶滅」の危機の時代 194 | |||
| 二 教育の課題 197 | |||
| 三 外国語教育の課題 200 | |||
| III | 核時代に生きる学生のために 202 | ||
| 一 生存のための運動と研究を! 202 | |||
| 二 ”神を信ずる人びと”とともに-カトリックの学生に訴える 203 | |||
| IV | 核時代の報道 210 | ||
| 一 原爆報道に期待すること 210 | |||
| 二 再び原爆報道に期待すること 215 | |||
| 7 | 核時代の出版文化 | ||
| I 核時代の出版文化 220 | |||
| 一 史上最大の”焚書”の危機 220 | |||
| 二 核時代の出版文化 222 | |||
| 三 二種類の”書物”の存続のために 227 | |||
| II 核時代のための書評 230 | |||
| あとがき 245 | |||
止
『核時代Ⅰ 思想と展望』(芝田進午著、青木書店、19870615)
内容
| 部 | |||
| 序文 | |||
| 1 | 核兵器廃絶とマルクス主義 | ||
| Ⅰ | 核兵器廃絶とマルクス主義 2 | ||
| 一 現代マルクス主義の試金石 2 | |||
| 二 核兵器禁止をめぐる二つの路線 3 | |||
| 三 核兵器廃絶と現代革命 7 | |||
| Ⅱ | 核兵器廃絶とマルクス主義・再論 12 | ||
| 一 国連特別総会の意義と限界 12 | |||
| 二 ソ連の核政策の歴史と現段階 16 | |||
| 三 核兵器廃絶運動の論理 20 | |||
| 2 | 核時代の新しい哲学 | ||
| Ⅰ | 核時代の平和思想 30 | ||
| 一 核時代 30 | |||
| 二 平和の思想の歴史的系譜(欧米)33 | |||
| 三 平和の思想の歴史的系譜(日本)42 | |||
| 四 核時代の平和の思想とその課題 45 | |||
| Ⅱ | 核時代の新しい哲学 50 | ||
| 一 反核大衆運動の哲学 55 | |||
| 二 「核時代の新しい哲学」の内容と特徴 60 | |||
| 三 哲学改革のための提言 65 | |||
| Ⅲ | 核時代の人間存在 65 | ||
| 一 核時代と言葉の問題 65 | |||
| 二 ”ヒバクシャ”の意味 65 | |||
| 三 ”ヒバクシャ”としての人間存在 68 | |||
| 3 | 核時代の歴史哲学 | ||
| Ⅰ | 核時代の歴史哲学-”原爆被害”の世界史的意義についての要綱- 78 | ||
| 一 歴史としての”原爆被害” 78 二 世界史におけるヒロシマ 82 三 歴史としての”原爆被害” 84 四 人類絶滅の危機と世界史の可能性 87 |
|||
| Ⅱ | 核時代の歴史哲学・再論 90 | ||
| Ⅲ | 核時代の歴史哲学・再々論 108 | ||
| 一 核時代の「地理約-文化的諸ビジョン」 108 | |||
| 二 「核時代」の概念 113 | |||
| 三 核時代の歴史理論 118 | |||
| 4 | 核時代と人類生存のための運動 | ||
| Ⅰ | 核時代の新国際秩序の形成 126 | ||
| 一 ジェノサイドの国際的無秩序としての旧国際秩序 126 | |||
| 二 国家主権の再検討-新国際秩序の前提条件として- 134 | |||
| 三 新国際秩序の形成と国連 138 | |||
| Ⅱ | 核時代の階級闘争 143 | ||
| 一 問題の提起 143 | |||
| 二 核軍拡競争は階級的現象である 144 | |||
| 三 核時代の階級闘争(一)150 | |||
| 四 核時代の階級闘争(二)153 | |||
| 五 核兵器廃絶闘争の展望 161 | |||
| Ⅲ | 核兵器禁止運動の社会学的研究 -地域婦人会の核兵器禁止運動を中心に-171 | ||
| 一 核兵器禁止運動の社会学的研究の意義 174 | |||
| 二 地域婦人会の役割とその社会学的研究の意義 174 | |||
| 三 地域婦人会とその核兵器禁止署名運動 178 | |||
| Ⅳ | 反核運動の社会運動論的考察 206 | ||
| 一 問題の提起 206 | |||
| 二 反核運動の発展とその社会運動論的特徴 207 | |||
| 三 「アビール」署名運動の展開と特徴 211 | |||
| 四 「アビール」署名運動の社会運動論的考察 221 | |||
| 五 社会運動論の課題 227 | |||
| 5 | 核時代の対話の発展のために | ||
| I 核時代の思想家としてのサマヴィル 240 | |||
| II サマヴィルの思想とドラマ 243 | |||
| III 核時代の対話の発展のために 225 | |||
| IV 人類の死活問題についての対話の発展のために-『ドイツ哲学雑誌』での批判に答える258 | |||
| V 『ドイツ哲学雑誌』はなぜ対話できないのか 267 | |||
| VI 再び、人類の死活問題についての対話の発展のために-E・ヴォイト教授への再回答の手紙-272 | |||
| VII ソ連における「核時代」観念の形成 280 | |||
| 一 「正義の核戦争」論の破綻 280 | |||
| 二 ソ連における「核時代」観念の形成 281 | |||
| 三 ゴルバチョフ政権と反核運動の展望 285 | |||
| あとがき 289 | |||
止
『人間性と人格の理論』(芝田進午、青木書店、19611130)
内容
| 部 | 章 | |
| 序 | 現代と間性と人格の理論 | |
| 1 | 人間性と人格の形成 | |
| 1 | 自然史前提 | |
| 第一節 自然史の発展過程の三段階 第二節 生命体と環境 生命の基本的矛盾-生命体の弁証法的統一性 第三節 個と種 生殖関係の矛盾-生態と個体群 第四節 生命過程 生態における矛盾-進化と退化 第五節 神経過程 |
||
| 2 | 生産と欲望 | |
| 3 | 労働過程 | |
| 4 | 言語活動過程 | |
| 5 | 認識過程 | |
| 6 | 人間性と人格の形成 | |
| 2 | 人間性と人格の疎外。疎外の諸形態 | |
| 7 | 商品生産 | |
| 8 | 資本主義的生産 | |
| 9 | 帝国主義 | |
| 資本主義と独占資本主義―帝国主義の基本的標識と疎外―帝国主義の特殊性と矛盾の構造―国家独占資本主義―国家独占資本主義の実体的構造―国家独占資本主義の諸矛盾 | ||
| 10 | イデオロギー的関係 | |
| 11 | イデオロギー | |
| 3 | 人間性と人格の解放。その方法と過程 | |
| 12 | 階級闘争 | |
| 13 | プロレタリアアート独裁と社会主義 | |
| 14 | 共産主義 | |
| あとがき | ||
止
『ベトナムと思想の問題』(芝田進午著、青木書店、19730501)
内容
| 序文 ベトナムと思想の問題 | ||
| Ⅰ | ベトナム革命の思想的意義 | |
| 1 ベトナムとの連帯と思想の問題 15 2 現代の革命思想 16 3 現代の反動思想 32 4 反動思想の把握をめぐる思想対立 48 5 ベトナム侵略反対をめぐる思想闘争 52 |
||
| Ⅱ | 17度線からの報告 | |
| 1 アメリカの独立記念日に 60 2 もう一つの広島・長崎 62 3 戦争犯罪者の心理 69 4 人民戦争による抵抗 74 5 ベトナムの「戦時社会主義」 78 6 ベトナム戦争の展望 84 |
||
| Ⅲ | ベトナムにおける戦争犯罪と社会科学の問題 88 | |
| 1 戦争犯罪の研究と社会科学 88 2 戦争犯罪調査と社会科学的認識の客観性 91 3 戦争犯罪とアメリカ帝国主義 97 4 戦争犯罪とたたかうベトナム社会主義 104 5 社会科学者の課題 111 |
||
| IV | ラッセル法廷の法理的意義 115 | |
| 1 ラッセル法廷の思想史的意義 115 2 「戦争犯罪」の観念とその系譜 118 3 ニュルンベルク法廷と極東軍事法廷 122 4 ラッセル法廷の正当性 128 5 ラッセル法廷の法理的・思想的意義 131 6 人民の法廷 144 |
||
| V | ベトナム戦争と科学・技術革命 148 | |
| 1 歴史はベトナムにおいてつくられつつある 148 2 アメリカ帝国主義と科学・技術革命 150 3 ベトナム人民と技術革命 158 4 「死の革命」と「生の革命」 166 |
||
| VI | ベトナム人民戦争の軍事論的意義 168 | |
| 1 現代の奇跡 168 2 マルクス主義の軍事理論 169 3 中国・朝鮮の抗日人民戦争 188 4 第二次世界大戦後の人民戦争 197 5 ベトナム人民戦争 211 6 ベトナム人民戦争の教訓 231 |
||
| Ⅶ | チェコスロバキア・ベトナム・日本 239 | |
| 1 チェコスロバキアとベトナム 239 2 チェコスロバキアにおける「ベトナム問題」246 3 日本とベトナム 252 |
||
| Ⅷ | 思想家としてのホ―・チ・ミン 255 | |
| 1 ベトナムのレーニン 255 2 マルクス=レーニン主義への理論的貢献 263 |
||
| IX | インドシナ戦争の世界史的意義 272 | |
| 1 インドシナ戦争の世界史的意義 272 2 “ニクソン戦略”の特徴とその破綻 275 3 インドシナ人民戦争の発展と世界史の転換 280 |
||
| 「アリス・ハーズ夫人記念平和基金」について―あとがきにかえて 291 | ||
止
『ラッセル法廷―ベトナムにおける戦争犯罪の記録―人文選書8』( ベトナムにおける戦争犯罪調査日本委員会編、人文書院 、19670925)
内容<作業中>
| 頁 | ||
| 005 | 人類の良心に | バートランド・ラッセル |
| 012 | まえがき | |
| 014 | 国際法廷を構成する人びと | |
| 016 | 国際法廷日程表 | |
| =戦争犯罪国際法廷の記録= | ||
| 021 | 開廷のことば | ウラジミール・デディエ |
| 022 | 国際法廷へのメッセージ | バートランド・ラッセル |
| 026 | 国際法廷の目的と目標 | |
| 030 | 開廷にあたって | ジャンーポール・サルトル |
| =告発理由= | ||
| 039 | 戦争犯罪の法的根拠 | レオン・マタラッソー |
| 1 適用法規 | ||
| 違反の規定/平和にたいする犯罪と侵略戦争/戦争犯罪/人道の反する罪/集団殺人 | ||
| 042 | 2 罪状 | |
| 全般的考察/平和にたいする犯罪と侵略戦争/本来の意味での戦争犯罪/人道に反する罪/集団殺人/結論/ | ||
| 048 | アメリカのベトナム侵略小史 | ガブリエル・コルコ |
| 1954年-ジュネーブ会議/ジュネーブ協定/ジュネーブ以後、1955-59年 | ||
| 053 | 抵抗の再燃―1959年―60年(略) | |
| ベトナム民主共和国への爆撃(略) | ||
| 056 | ベトナム侵略の法的究明 | 日本委員会 |
| 057 | 1 ベトナム民主共和国の正当性 | |
| 058 | 2 アメリカによる侵略の開始 | |
| 059 | 3 ジュネーブ協定の成立と南北ベトナムの法的地位 | |
| 061 | 4 ジュネーブ協定の侵犯について | |
| 065 | 5 アメリカによる侵略の拡大 | |
| 066 | 6 結論と提案 | |
| 070 | ジュネーブ協定とアメリカの侵略 | ハ・ヴァンラオ |
| 081 | CBU爆弾の機能 | ジャン-ピエール・ヴィジエ |
| 084 | 説明と質疑 | |
| 092 | 民間目標の砲爆撃 | 日本委員会 |
| 099 | 五つの省での実状調査 | ジョン・タックマン、アクセル・フイエル |
| 115 | 二人の被爆者 | |
| 123 | 南北ベトナムでの私の体験 | マドレーヌ・リフォー |
| 128 | 質疑 | |
| 133 | 南ベトナムでのアメリカの犯罪 | グエン・ヴァンドン |
| 143 | 水利爆破の歴史的先例 | ガブリエル・コルコ |
| 146 | 民間人爆撃とアメリカ軍捕虜 | ジョン・B・ニーランズ |
| 155 | カンボジア侵略について | コウロデス |
| タイ国政府の犯罪/売国傭兵の創設/アメリカ政府とサイゴン政府の犯罪/ | ||
| 165 | 人民の健康にたいする犯罪 | ロベルト・ゲラ |
| 171 | タンホア省での三日間 | マーチン・バーティングル |
| 175 | アメリカ政府への論告 | レリオ・バッソー |
| Ⅰ意図的な計画 Ⅱジュネーブ協定の侵犯 Ⅲ南ベトナムへの直接干渉 Ⅳ北ベトナム爆撃 | ||
| =要約的結論= | ||
| 203 | アメリカは有罪である | ジャン⁻ポール・サルトル |
| 214 | 閉廷のことば | ウラジミール・デディエ |
| 216 | 戦争犯罪国際法廷成立の経緯 | ベトナムにおける戦争犯罪調査日本委員会 |
| 戦争犯罪国際法廷の発起/ニュールンベルグの法理/法廷経過の特徴点/内戦論について/ベトナムの証人たち/国際法廷とベトナム反戦運動/ | ||
止
『炎の記憶 安芸門徒の終戦五十周年』(炎の記憶編集委員会編、浄土真宗安芸教区広陵東組仏教壮年会、19950806)
内容
| 部 | |||
| 発刊のねがい | 『炎の記憶』編集委員一同 3 | ||
| 1 | 被爆と私 | ||
| 伊藤次郎(24才) | ヒロシマの証言-『被爆者は語る』より- | 法光寺門徒 | |
| 山中茂樹(27才) | 兄を偲んで | 大教寺門徒 | |
| 川村周吉 (24才) | 私の戦後五十年 | 進徳寺門徒 | |
| 宇佐川信夫(10才) | 追想 | 善徳寺門徒 | |
| 香川了治(14才) | 被爆の記 | 一松寺門徒 | |
| 入江瑠璃子 (17才) | あの日 | 順教寺門徒 | |
| 松原和子(13才) | あの時の私 | 専光寺門徒 | |
| 糸井シナ子(28才) | 娘のお骨は母の懐に抱かれて | 西方寺門徒 | |
| 小川照子(18才) | 八月六日の回想 | 専光寺門徒 | |
| 山野アキノ(25才) | 耳に残る哀願の声 | 善徳寺門徒 | |
| 大前スミエ(19才) | 私の被爆体験記 | 専念寺門徒 | |
| 中元頼子(26才) | あのとき水を飲ませてあげれば良かった | 善徳寺門徒 | |
| 下東艶子(29才) | 原爆の頃の思い出 | 専光寺門徒 | |
| 山岡ミチコ(15才) | 人生をかえた五十年 | 真光寺門徒 | |
| 古谷勝(12才) | あの日あの時-原爆記『オリオンの泪』より- | 真光寺門徒 | |
| 2 | 被爆後の私 | ||
| 山本正義(22才) | 追想 | 大教寺門徒 | |
| 下田始(16才) | 終戦(昭和二十年八月十五日)前後1週間の出来事 被爆当時の語り部として | 養専寺門徒 | |
| 3 | 戦争と私 | ||
| 中野哲浄(18才) | 無残な終戦・虐げられた人たち | 僧侶 | |
| 和田彰(24才) | 「大東亜戦争」を戦って想う | 正光寺門徒 | |
| 佐々木栄一(19才) | 戦争記の一筆 | 真光寺門徒 | |
| 井上晃陽(14才) | B29焼夷弾攻撃とその前後-私の体験談- | 正光寺住職 | |
| 川村敏朗(22才) | 私の戦争体験 | 進徳寺門徒 | |
| 叶幸恵(23才) | 二度と愚かな戦を繰返さぬことを願って | 進徳寺門徒 | |
| 島本卓郎(32才) | 終戦50周年を迎えるにあたり一老人の熱い願い | 専光寺門徒 | |
| 窪寺千彰(19才) | 孫への手紙 | 浄円寺門徒 | |
| 発刊によせて | |||
| 小田恭久 | 広陵東組仏教壮年会会長 | ||
| 上薗恵水 | 広陵東組組長 | ||
| 佐々木節子 | 広陵東組仏教婦人会会長 | ||
| 三村邦雄 | 編集後記 炎の記憶編集委員会委員長 | ||
止
『核の危機と平和-地球といのちを守る』(アメリカ合同メソジスト監督協議会著、東海林勤訳、日本基督教団出版局刊、19880720)
内容<作業中>
| 頁 | 章 | ||
| 003 | 日本語版への序(C・デイル・ホワイト監督) | ||
| 009 | まえがき | ||
| 021 | はじめに | ||
| 024 | 概観 | ||
| 025 | 信仰の遺産と平和への招き | ||
| 029 | 信仰に対する核の挑戦 | ||
| 033 | 軍備競争とアメリカ社会 | ||
| 035 | 軍備競争と世界共同体 | ||
| 038 | 正しい平和のための政策 | ||
| 041 | 平和を実現する者としての教会 | ||
| 045 | 1 | 信仰の遺産と平和への招き | |
| 045 | 聖書的基礎 | ||
| 創造、契約、共同体におけるシャーローム/イエス・キリストはわたしたちの平和である | |||
| 059 | 伝統の多様性 | ||
| 平和主義の伝統/正義の伝統/十字軍の伝統 | |||
| 070 | 正しい平和のための神学―その指針 | ||
| 075 | 2 | 信仰に対する核の挑戦 | |
| 核兵器に関する倫理的立場の分析 | |||
| 伝統的な平和主義/核平和主義/然りと同時に否を言う抑止論/第一不使用の抑止論/第一使用の抑止論/対兵力優位性/先制第一撃政策/ | |||
| 090 | 抑止力の偶像崇拝 | ||
| 戦略防衛―抑止に代わりうるか | |||
| 正義の問題としての核兵器 | |||
| 核兵器と通常兵器 | |||
| 108 | 3 | 軍備競争とアメリカ社会 | |
| 政治的諸制度 | |||
| 経済 | |||
| 人種と軍備競争 | |||
| 心理的、精神的次元 | |||
| 121 | 4 | 軍備競争と世界共同体 | |
| 米ソの対立 | |||
| 南北対立 | |||
| 142 | 5 | 正しい平和のための政策 | |
| 核のない世界に向けて | |||
| 世界共同体のための共同安全保障 | |||
| 平和の道を選択するための教育 | |||
| 156 | 6 | 平和を実現する者としての教会 | |
| 合同メソジストの遺産 | |||
| 平和をもたらす精神 | |||
| 平和をもたらす家族 | |||
| キリスト教教育と平和実現 | |||
| 平和実現のための職業上の働き | |||
| 平和実現の政治 | |||
| エキュメニズムと平和実現 | |||
| 付録 | すべての合同メソジストに対する牧会の手紙 | ||
| 訳者あとがき | |||
止
『非核・平和と宗教者 かもがわブックレット27』(古都の宗教者シンポジウム事務局編、かもがわ出版、19900325)
内容
| 頁 | |||
| 02 | 古都の宗教者シンポジウム 開催の御案内 | ||
| 03 | 岩井忠熊 | 古都の宗教者シンポジウム開催に至るまで | |
| (古都の宗教者シンポジウム事務局代表、「非核の政府を求める京都の会」常任世話人代表) | |||
| 06 | 比叡山メッセージ | ||
| 発題 滋賀 | |||
| 07 | 小林慶存 | (天台寺門宗宗務総長) | |
| 古都の宗教者シンポジウムによせて | |||
| 発題 奈良 | |||
| 13 | 工藤良任 | (般若寺住職) | |
| 宗教者と非核・平和の願い | |||
| 17 | <核兵器全面禁止署名運動京都府推進委員会「核兵器全面禁止・廃絶のために―ヒロシマ・ナガサキからのアピール―」> | ||
| 24 | 発題 京都 | ||
| 服部素(京都YWCA核問題委員長) | |||
| 24 | 生命に学ぶ | ||
| 35 | フリートーク 立場を超えて平和を考え、祈る | ||
| 座長 | (宮城泰年・聖護院執事長) | ||
| 36 | 松原武夫 | (滋賀・日本基督教団大津教会・滋賀大学名誉教授) | |
| 「剣をもつものはみな剣で滅びる」 | |||
| 37 | 佐伯快勝 | (浄瑠璃寺住職) | |
| 宗教者の連帯と実践 | |||
| 38 | 海江田俊雄 | (京都・浄土真宗本願寺派西法寺) | |
| 平和の問題を心の問題にすりかえていないか | |||
| 40 | 北川隆啓 | (滋賀・桑実寺住職) | |
| 一人ひとりの宗教家が活動に参加する | |||
| 42 | 工藤良任 | 戦争と平和に関する戒律を | |
| トニ・グリン | (奈良・登美が丘カトリック教会司祭) | ||
| 平和のために「祈る」 | |||
| 44 | 浅田純雄 | (京都・明光寺住職) | |
| 智慧と慈悲において連帯を | |||
| 46 | 柳田聖山 | (京都・花園大学国際禅学研究所所長・京都大学名誉教授) | |
| 平和をどう考えるか | |||
| 47 | 中島哲演 | (福井・明通寺住職) | |
| 54 | 加藤西郷 | (龍谷大学教授) | |
| 集いの継続を期待 | |||
| 55 | ホルスティック | (京都・カトリック教会司祭) | |
| 同じ神の子どもとして | |||
| 56 | 福本正一 | (滋賀・神職) | |
| 平和運動とは戦争をよく知ること | |||
| 58 | 石田良正 | (京都・大輪院住職) | |
| 教団に対して自分は何をするか | |||
| 60 | 細井友晋 | (京都・立本寺貫主) | |
| 「非核の会」に集う | |||
| 62 | 道端良秀 | (京都・伏見御坊」住職・光華女子大名誉教授) | |
| 長谷川道子 | (非核の政府を求める京都の会常任世話人) | ||
| 宗教者シンポジウムの継続を願って | |||
止
『被爆四十年追悼の記 被爆体験記 増補版』(安芸教区高宮組可部法中編・刊 19860901)
内容
| 頁 | 著者 | タイトル | 備考 |
| 005 | 武永槇雄 | 追悼 絵と文 | |
| 007 | 吉谷光枝 | 私の十六歳 | |
| 009 | 栗原民野 | 原爆忌 | |
| 012 | 立松健與 | 追憶 | |
| 021 | 神田サヤノ | 忘れられない日日 | |
| 023 | 鈴木さがと | 気の毒な疎開者 | |
| 025 | 橋本民代 | 原爆体験記 | |
| 026 | 矢野シゲ子 | 被爆体験・私の訴えたいこと | |
| 029 | 川崎勲 | 悲惨なあの日 | |
| 032 | 高蔵信子 | 原爆を知らない幼い人達に | |
| 037 | 広末美智恵 | あの日 宇品で | |
| 039 | 高蔵宣秋 | 不気味な使者 パラシュート | |
| 043 | 小川フサノ | 昭和二十年八月六日 | |
| 046 | 藤本了善 | 当時の記録から | |
| 047 | 徳森照子 | 原爆と平和への想い | |
| 048 | 三ヶ本義映 | 原爆と真の平和に寄せて | |
| 051 | 三ヶ本友枝 | いとし子の被爆 | |
| 053 | 増田正美 | あの日 | |
| 055 | 富樫君枝 | 思い出したくないこと | |
| 056 | 新田マサエ | 恐ろしくて忘れることのない八月六日 | |
| 058 | 石井敏雄 | 八月六日行動記 | |
| 059 | 船田マスヨ | 二人の子の死 | |
| 061 | 可部花子 | 記憶 | |
| 063 | 秋津龍圓 | 原爆追憶記 | |
| 065 | 助信保 | 原爆被爆記 | |
| 073 | 副田知子 | だびに付す骨もなく | |
| 076 | 研井悦子 | 炎の中の声 | |
| 078 | 助信保 | 音楽祭 | |
| 079 | 末次花子 | 「お母さんは生きとってよ」 | |
| 081 | 藤本まつき | 救護の無惨 | |
| 083 | 中野八重子 | 看護の思い出 | |
| 085 | 桐原範子 | あの日のこと | |
| 087 | 川見茂子 | 平和な心はお念仏 | |
| 088 | 村中スエミ | いとしき者を失いて | |
| 090 | 原田利之 | 被爆四十周年を迎えるに当って | |
| 093 | 当時の可部10ヶ寺の状況 | ||
| 093 | 専隆寺 | ||
| 094 | 東善坊 | ||
| 094 | 日光寺 | ||
| 095 | 報恩寺 | ||
| 096 | 誓立寺 | ||
| 096 | 徳行寺 | ||
| 097 | 願船坊 | ||
| 098 | 勝円寺 | ||
| 099 | 品窮寺 | ||
| 099 | 超円寺 | ||
| 100 | 「広島新史」年表編より転載 | ||
| 101 | 1945(昭和20)年八月六日の記録 | ||
| 102 | 「過去帳」記載の原爆死没者数 | ||
| 104 | 橘正澄 | あとがき | |
| <被爆者の8割は安芸門徒> | |||
| 105 | 増補版について | ||
| <1986年秋、京都で開かれる第8回世界仏教婦人大会への参加者へこの体験記を届ける予定> | |||
| 1985(昭和60)年8月発行 1986(昭和61)年9月、本編より6編を英語、ポルトガル語、エスペラントに翻訳した増補版発行。 |
|||
止
『傷痕 四十年目の証言』(山口地区カトリック正義と平和協議会、19850801)
| 頁 | |||
| 特別寄稿 | |||
| 01 | 私の戦争体験 | 相馬信夫 | 日本カトリック正義と平和協議会担当 名古屋司教 |
| 郷土での戦争体験 | |||
| 06 | オモ・オミニ・ルプス(人間が人間に対して狼になる) | フェリズ・ビエラ | 萩協会 |
| 07 | 魔の日、昭和20年8月1日 | 三宅千代子 | 山口教会 |
| 10 | 戦争と私―神州不滅を信じて | 増野ミチ子 | 山口教会 |
| 12 | 光海軍工廠の空襲 | 佐々木蔚 | 山口教会 |
| 13 | 下関での戦時体験記 | 松永縫子 | 長府教会 |
| 15 | 幼な児と共に生きて | 藤沢マサ子 | 彦島教会 |
| 原爆・東京大空襲・そして | |||
| 20 | 広島駅前で被爆 | 杉山富子 | 山口教会 |
| 24 | 恐るべき東京大空襲 | 山辺房枝 | (萩)メルセス宣教修道女会 |
| 27 | こども時代の断片 | 林尚志 | 彦島教会 |
| 外地で終戦・引揚げ | |||
| 30 | 満蒙開拓青少年義勇軍 | 岡崎彪 | 細江教会 |
| 31 | 戦争は絶対いやです。 | 梅田美也子 | 細江教会 |
| 33 | 二度と通さない、この道 | 井上正夫 | 防府教会 |
| 37 | 戦争の中の信者像 | 住田穣 | 長府教会 |
| 39 | 台湾からの引揚げ | 殿村愛子 | キリスト イエズスの宣教会 |
| 43 | ペルー・国外追放 | 宮木美千枝 | ペルー・国外追放 |
| 還らざる戦友の死 | |||
| 46 | 教会・修道院・住民を巻き添えにして | 津森立己 | 長府教会 |
| 48 | 平和の尊さを忘れるな | 梅田藤義 | 細江教会 |
| 49 | 恥多し・軍隊生活 | 橋文仁 | 山口教会 |
| 51 | あとがき | ||
止
『現代のまちづくり 地域固有の創造的環境を』(池上淳・小暮宣雄・大和滋編、丸善ライブラリー、20000920)
内容<作業中>
| Ⅰ | 地域固有の文化資源を見直す都市設計 | ||
| ―マルチメディア産業と、創造都市 | |||
| 1 | 空き家から地域固有の芸術文化を発信する | ||
| ―現代まちづくりの原点 | |||
| 2 | 歴史的文化財と、先端産業文化財の同時展開 | ||
| 3 | 山村の民家を保存する力 | ||
| ―丸岡町の文化と情報 | |||
| 4 | 情報スーパーハイウエイ時代のまちなみを創る | ||
| Ⅱ | 地域文化産業における「二重の市場」とまちづくり―映像の市場と現地の市場の相互関係 | ||
| 1 | ネットで見る。訪問する。住んでみる畔 | ||
| ―島嶼部を中心とする地域振興政策 | |||
| 2 | 「心の村おこし」から「小さな経済による活性化」への展開 | ||
| 3 | 水の固有価値とまちづくり | ||
| 平成大野屋の歴史的実践 | |||
| 4 | 生活の質への欲求と地域固有文化産業財の供給 | ||
| Ⅲ | 「未知」の創造による「まち」の形成 | ||
| ―青森、京都からの芸術リポート | |||
| 1 | 青森の匂いのする芸術家たち | ||
| 2 | なみおか平和祭のこだわり | ||
| 3 | 行政と地域新聞が支える芸術環境 | ||
| 4 | 西陣の人びとと町衆の営み | ||
| 5 | アーツ空間と、西陣活性化実賢地をつくる会 | ||
| 6 | 町家倶楽部ネットワークにシードクラブ | ||
| Ⅳ | 地域づくりのノウハウの形成と発展―過疎地域における文化・産業政策を中心として | ||
| 1 | 条件不利地域における地域づくり | ||
| 2 | 過疎地における文化・産業政策 | ||
| 3 | 地域づくりのノウハウの形成と学習 | ||
| 4 | 地域づくりのノウハウの形成と発展 | ||
| Ⅴ | 産業のまちの文化創造―首都と地域社会から | ||
| 1 | 分権化と創造都市―地域社会における産業発展と文化との相関関係をめぐって | ||
| 2 | 近代化産業遺産とまちづくり | ||
| 3 | ものづくりのまちから工房文化の都市へ―墨田区の事例 | ||
| 4 | 鉱山の産業遺産を生かしたまちづくり―秋田県小坂町の事例 | ||
| 5 | 固有価値の再評価と都市の再生 | ||
| Ⅵ | 山の文化、自立の文化、そしてクラスターの形成 | ||
| 1 | 山の町における芸術文化コミュニティー大分県日田市から湯布院町へ | ||
| 2 | 地域の伝統文化産業における市場開拓 | ||
| 3 | 地酒の市場開発とクラスターの形成 | ||
| 4 | NPOを支えるパートナーシップ | ||
| Ⅶ | 固有の味わいと国際交流―アーツマネージメント・ブームを越えて | ||
止
『いまこの世界をどう見るか アジア・アフリカ・ラテンアメリカ』(不破哲三、新日本出版社、20020525)
内容
| 頁 | |||
| 003 | はしがき | ||
| 013 | アジア・アフリカ・ラテンアメリカ いまこの世界をどう見るか | ||
| 014 | 1 世界のすべての国民が主人公となる時代 | ||
| 025 | 2 世界の平和秩序とアジア・アフリカ・ラテンアメリカ | ||
| 037 | 3 野党外交の経験をふりかえって | ||
| 044 | 4 21世紀の展望とこの世界の動き | ||
| (1)第3回アジア政党国際会議 | |||
| (2)ラテンアメリカの新しい発展 | |||
| (3)体制的な変動の展望のなかで考えると | |||
| 063 | 世界とアジア―21世紀を迎えて | ||
| 「世紀」を尺度にして世界を見る | |||
| イラク戦争と国際政治 | |||
| 21世紀の世界をどう展望するか | |||
| 平和の国際秩序をめざす闘争 | |||
| 日本共産党の野党外交の経験から | |||
| 提起されているいくつかの問題について | |||
| 101 | アジア政党国際会議に参加して | ||
| はじめに | |||
| 1 どんな会議だったか | |||
| アジア政党国際会議とは | |||
| 「北京宣言」を読む | |||
| 中国の主催者ぶりについて | |||
| 2 何を発言してきたか | |||
| 3 どんな外交をやってきたか | |||
| 東南アジア諸国との関係 | |||
| インド亜大陸の諸国との関係 | |||
| その他の国ぐにとの交流から | |||
| 4 日本共産党の外交路線、綱領路線が活動の根底に | |||
| 5 世界のなかで日本を見ると | |||
| 国際会議での発言 | |||
| 戦争のないアジア、戦争のない世界をめざし て | |||
| [資料]「北京宣言」 | |||
| 195 | 戦後60年―世界とアジアそして日本 | ||
| あの戦争は何だったのか―8・15で誰の目にもはっきりしたこと | |||
| 日本の戦争をどう見るかは「内政」でなく世界の大問題 | |||
| 日露戦争百年と作家の”史眼” | |||
| 国連憲章に世界が注目―いま”第二の波”が起こっている | |||
| バンドン会議50周年―アジア・アフリカのたくましさ | |||
| 一年ごとの新しい発見―アジア外交の展望が広がった | |||
| アフリカに広がる友好の輪―「共産党は悪い党だと思っていた」大使が・・・ | |||
| 「国内に目を向けると・・・」との声にこたえて | |||
| デンマーク女王の夕食会に招待されて | |||
止
『核と石油の世界戦略 キッシンジャー激動の時代③』(H.A.キッシンジャー著 ; 読売新聞・調査研究本部訳、小学館、19821030)
内容
| 章 | |||
| 19 | エネルギー危機 | ||
| 1 | 自己満足の時代 | ||
| 2 | 嵐の前触れ 1970-1973 | ||
| 3 | OPECの支配確立 | ||
| 4 | 10月戦争とエネルギー | ||
| 5 | 第2次石油ショック | ||
| 6 | 禁輸解除 | ||
| 20 | エネルギーと民主主義国家 | ||
| 1 | エネルギー戦略 | ||
| 2 | 各国代表、続々参集 | ||
| 3 | ワシントン・エネルギー会議 | ||
| 4 | 消費国の結束 | ||
| 5 | またも爆発 | ||
| 21 | ダマスカスへの道、瀬踏み往復外交 | ||
| 1 | ソ連のジレンマ | ||
| 2 | ファ―ミとサカフ、ワシントン訪問 | ||
| 3 | 波乱万丈のダマスカス訪問 | ||
| 4 | イスラエルのドラマ | ||
| 5 | カイロへ戻る | ||
| 6 | ダマスカスへ再び、アサドは冷静だった | ||
| 7 | リアド | ||
| 8 | ヨルダンの選択 | ||
| 22 | デタントの凋落・・・転換点 | ||
| 1 | 四面楚歌のデタント | ||
| 2 | ジャクソン=バニク修正案 | ||
| 3 | 国防力増強をめぐるジレンマ | ||
| 4 | 再びSALTを論ず | ||
| 5 | またモスクワへ | ||
| 6 | 総括 | ||
| 23 | シリア往復外交 | ||
| 1 | クマを檻に入れる | ||
| 2 | アラブ世界 | ||
| 3 | 往復外交への前奏曲 | ||
| 4 | ダヤンの新たな訪米 | ||
| 5 | シリアの特使 | ||
| 6 | レバノンの間奏曲 | ||
| 7 | 往復外交開始、分離ライン | ||
| 8 | 「アメリカ案」 | ||
| 9 | 兵力制限 | ||
| 10 | 最終段階・・・ダマスカス、危機再び | ||
| 11 | 最終段階 | ||
| 24 | 最後の歓声 | ||
| 1 | ザルツブルクの記者会見 | ||
| 2 | ニクソンの中東旅行 | ||
| 3 | 追い打ちの非難 | ||
| 4 | 1974年のモスクワ首脳会談 | ||
| 25 | 政権の終焉 | ||
| 1 | 長い家路 | ||
| 2 | もうひとつの危機 | ||
| 3 | 旅路の果て | ||
| 補遺 | 1973年、カンボジア爆撃作戦 | ||
止
『忘れ得ぬ伊藤恕介先生の思い出』(香川 亀人編著刊、19850505)
内容
| 頁 | |||
| 001 | ゲーテの詩句 神性 | ||
| 序文 | |||
| 006 | セツルメントは伊藤さんの「いのち」だった | 山田智彦 | |
| 思い出の記 | |||
| 010 | (1)情熱と行動の人・伊藤恕介先生の追憶 | 高橋重聡 | |
| (2)伊藤恕介先生を憶う | 松浦秀陽 | ||
| (3)伊藤恕介さんの思い出 | 益田与一 | ||
| (4)伊藤園長先生の思い出 | 明星正明 | ||
| (5)くさぐさの訓え | 大崎美恵子 | ||
| (6)伊藤先生をしのんで | 大崎美恵子 | ||
| (7)影の姿で | 西本つや子 | ||
| (8)寒夜めざめて | 山田すなえ | ||
| (9)思い出・父の一面 | 伊藤昇介 | ||
| けだかし・わが師 | 香川亀人 | ||
| (1)けだかしとは | |||
| (2)社会事業家の資質について | |||
| (3)伊藤さんの方面委員(民生委員)間における声望とか地位について | |||
| (4)伊藤さんと私 | |||
| (5)会ってどんな話をしたか | |||
| (6)読者への願い | |||
| (7)弔辞 | |||
| (8)宿世の縁 | |||
| (9)書き残したこと | |||
| 跋 | 西岡喜美子 | ||
| 略譜 | 長男 昇介編 | ||
止
『どう映っているか日本の姿 世界の教科書から』(NHK取材班、日本放送出版協会、19840601)
| プロローグ 日本を映す鏡 | ||
| 1 | 経済大国・日本のイメージ | |
| 日本からの大波/エコノミック・ジャイアント/アジアの教科書/西欧の古い記憶/日本の経済成長の秘密/ホンダ・トヨタ・ソニー/日本の技術力/農業・漁業先進国/ | ||
| 2 | 新ご三家「シンカンセン、コーガイ、オシヤ」 | |
| ザ・モストのつく街、東京/新幹線、公害、押し屋/経済発展のしっぺ返し/サーディン・キャン/ | ||
| 3 | 日本人と会社 | |
| 会社と雇用関係/忠臣蔵/滅私奉公/日本を見る西欧の目/文化摩擦の時代/日本はフェアか/ | ||
| 4 | 日本人の信条と暮らし | |
| 異質な人/自動車会社の建てた寺/神棚と仏壇/お辞儀と微笑/スケートの名人/裸のつき合い/ウサギ小屋の間取り/家族団らんの図/家族のきずな/主婦の座/お見合い/ | ||
| 5 | 共産圏から見た日本 | |
| ソ連/東ドイツ/ | ||
| 6 | アメリカから見た日本 | |
| ある手紙/日米教科書比較/オールドコート中学校/ミス・シモンダの生活と意見/ミセス・ジェイカムの教室/ガルバリーノ博士/ | ||
| 7 | ヨーロッパから見た日本 | |
| 教科書のない授業/よいことばかり書きすぎる/フランスの教科書/理解し合う努力/ | ||
| 8 | 太平洋戦争はどう記述されているか | |
| 教科書の中の太平洋戦争/なぜ太平洋戦争は起こったのか/「大東亜共栄圏」の意味/日本占領時代/太平洋戦争の終結/ | ||
| 9 | 太平洋戦争はどう教えられているか | |
| 中国/マレーシア/シンガポール/フィリピン/インドネシア/タイ/ | ||
| 10 | 相互理解と教科書 | |
| 相互理解/アメリカ/ポーランド/韓国/ | ||
| エピローグ 心を閉ざす日本社会 | ||
| あとがき | ||
止
『呉 明治の海軍と市民生活―明治の海軍と市民生活―(復刻)』(呉公論社編・著、発行者:石踊一則、発行所:あき書房、19851010)
内容<作業中>
| 章 | |||
| 1 | 地理的概観 | ||
| 2 | 人文的概観 | ||
| 3 | 沿革略記 | ||
| 4 | 鎮守府設置の顛末 | ||
| 5 | 市制施行前の呉 | ||
| 6 | 市制の施行(上) | ||
| 7 | 市制の施行(下) | ||
| 8 | 海軍の恩恵 | ||
| 9 | 驚く可き膨脹 | ||
| 10 | 行政機関と議政機関 | ||
| 11 | 教育と衛生 | ||
| 12 | 市経済の膨張 | ||
| 13 | 商工業と一般経済 | ||
| 14 | 交通機関 | ||
| 15 | 官衙及団体 | ||
| 16 | 生活及風習 | ||
| 17 | 警備、警察其他 | ||
| 18 | 娯楽機関 | ||
| 19 | 遊郭、旅館、料理屋 | ||
| 20 | 社、寺、碑、碣 | ||
| 21 | 名勝、古蹟 | ||
| 22 | 付近の市邑 | ||
| 23 | 海軍遊覧の栞 | ||
| 24 | 事業と人物 | ||
| 25 | 将来の呉市 | ||
止
浄土真宗本願寺派碩原山 円福寺 <呉市焼山>
作業中
![]() |
||
| 頁 | ||
| 03 | 慶讃法要日程 | |
| 04 | ごあいさつ 住職 多幾山斯梵 | |
| <> | ||
| 07 | 碩原山・円福寺の沿革 | |
止