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2020平和宣言<広島><長崎>総理大臣挨拶

2020平和宣言<広島>

1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。

今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。

およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繋がりました。

こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。

原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた。」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。」という当時13歳であった男性の訴え。
昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。

今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ。」、「人類の未来のための教訓だ。」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。

そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。

日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。

本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井 一實

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2020平和宣言<長崎>

長崎平和宣言

私たちのまちに原子爆弾が襲いかかったあの日から、ちょうど75年。4分の3世紀がたった今も、私たちは「核兵器のある世界」に暮らしています。
どうして私たち人間は、核兵器を未だになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか。

75年前の8月9日、原爆によって妻子を亡くし、その悲しみと平和への思いを音楽を通じて伝え続けた作曲家・木野普見雄さんは、手記にこう綴っています。

私の胸深く刻みつけられたあの日の原子雲の赤黒い拡がりの下に繰り展げられた惨劇、ベロベロに
焼けただれた火達磨の形相や、炭素のように黒焦げとなり、丸太のようにゴロゴロと瓦礫の中に転
がっていた数知れぬ屍体、髪はじりじりに焼け、うつろな瞳でさまよう女、そうした様々な幻影
は、毎年めぐりくる八月九日ともなれば生々しく脳裡に蘇ってくる。

被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました。しかし、核兵器の本当の恐ろしさはまだ十分に世界に伝わってはいません。新型コロナウイルス感染症が自分の周囲で広がり始めるまで、私たちがその怖さに気づかなかったように、もし核兵器が使われてしまうまで、人類がその脅威に気づかなかったとしたら、取り返しのつかないことになってしまいます。

今年は、核不拡散条約(NPT)の発効から50年の節目にあたります。
この条約は、「核保有国をこれ以上増やさないこと」「核軍縮に誠実に努力すること」を約束した、人類にとってとても大切な取り決めです。しかしここ数年、中距離核戦力(INF)全廃条約を破棄してしまうなど、核保有国の間に核軍縮のための約束を反故にする動きが強まっています。それだけでなく、新しい高性能の核兵器や、使いやすい小型核兵器の開発と配備も進められています。その結果、核兵器が使用される脅威が現実のものとなっているのです。
“残り100秒”。地球滅亡までの時間を示す「終末時計」が今年、これまでで最短の時間を指していることが、こうした危機を象徴しています。
3年前に国連で採択された核兵器禁止条約は「核兵器をなくすべきだ」という人類の意思を明確にした条約です。核保有国や核の傘の下にいる国々の中には、この条約をつくるのはまだ早すぎるという声があります。そうではありません。核軍縮があまりにも遅すぎるのです。
被爆から75年、国連創設から75年という節目を迎えた今こそ、核兵器廃絶は、人類が自らに課した約束“国連総会決議第一号”であることを、私たちは思い出すべきです。

昨年、長崎を訪問されたローマ教皇は、二つの“鍵”となる言葉を述べられました。一つは「核兵器から解放された平和な世界を実現するためには、すべての人の参加が必要です」という言葉。もう一つは「今、拡大しつつある相互不信の流れを壊さなくてはなりません」という言葉です。
世界の皆さんに呼びかけます。
平和のために私たちが参加する方法は無数にあります。
今年、新型コロナウイルスに挑み続ける医療関係者に、多くの人が拍手を送りました。被爆から75年がたつ今日まで、体と心の痛みに耐えながら、つらい体験を語り、世界の人たちのために警告を発し続けてきた被爆者に、同じように、心からの敬意と感謝を込めて拍手を送りましょう。
この拍手を送るという、わずか10秒ほどの行為によっても平和の輪は広がります。今日、大テントの中に掲げられている高校生たちの書にも、平和への願いが表現されています。折り鶴を折るという小さな行為で、平和への思いを伝えることもできます。確信を持って、たゆむことなく、「平和の文化」を市民社会に根づかせていきましょう。
若い世代の皆さん。新型コロナウイルス感染症、地球温暖化、核兵器の問題に共通するのは、地球に住む私たちみんなが“当事者”だということです。あなたが住む未来の地球に核兵器は必要ですか。核兵器のない世界へと続く道を共に切り開き、そして一緒に歩んでいきましょう。
世界各国の指導者に訴えます。
「相互不信」の流れを壊し、対話による「信頼」の構築をめざしてください。今こそ、「分断」ではなく「連帯」に向けた行動を選択してください。来年開かれる予定のNPT再検討会議で、核超大国である米ロの核兵器削減など、実効性のある核軍縮の道筋を示すことを求めます。
日本政府と国会議員に訴えます。
核兵器の怖さを体験した国として、一日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核兵器地帯の構築を検討してください。「戦争をしない」という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください。
そして、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、未だ被爆者と認められていない被爆体験者に対する救済を求めます。

東日本大震災から9年が経過しました。長崎は放射能の脅威を体験したまちとして、復興に向け奮闘されている福島の皆さんを応援します。
新型コロナウイルスのために、心ならずも今日この式典に参列できなかった皆様とともに、原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、長崎は、広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2020年(令和2年)8月9日
長崎市長  田 上  富 久

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2020総理大臣挨拶(広島)

本日ここに、被爆75周年の広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が挙行されるに当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前、一発の原子爆弾により廃墟(はいきょ)と化しながらも、先人たちの努力によって見事に復興を遂げたこの美しい街を前にした時、現在の試練を乗り越える決意を新たにするとともに、改めて平和の尊さに思いを致しています。
広島と長崎で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果を活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、継承する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ広島市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、広島市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月6日
内閣総理大臣・安倍晋三

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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ
令和2年8月9日

本日ここに、被爆75周年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀悼の誠を捧(ささ)げます。
そして、今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
新型コロナウイルス感染症が世界を覆った今年、世界中の人々がこの試練に打ち勝つため、今まさに奮闘を続けています。
75年前の今日、一木一草もない焦土と化したこの街が、市民の皆様の御努力によりこのように美しく復興を遂げたことに、私たちは改めて、乗り越えられない試練はないこと、そして、平和の尊さを強く感じる次第です。
長崎と広島で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めていくことは、我が国の変わらぬ使命です。
現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。
特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。
本年、核兵器不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎えました。同条約が国際的な核軍縮・不拡散体制を支える役割を果たし続けるためには、来るべきNPT運用検討会議を有意義な成果を収めるものとすることが重要です。我が国は、結束した取組の継続を各国に働きかけ、核軍縮に関する「賢人会議」の議論の成果も活用しながら、引き続き、積極的に貢献してまいります。
「核兵器のない世界」の実現に向けた確固たる歩みを支えるのは、世代や国境を越えて核兵器使用の惨禍やその非人道性を語り伝え、承継する取組です。我が国は、被爆者の方々と手を取り合って、被爆の実相への理解を促す努力を重ねてまいります。
被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め、原爆症の認定について、できる限り迅速な審査を行うなど、高齢化が進む被爆者の方々に寄り添いながら、今後とも、総合的な援護施策を推進してまいります。
結びに、永遠の平和が祈られ続けている、ここ長崎市において、核兵器のない世界と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことをお誓い申し上げます。原子爆弾の犠牲となられた方々のご冥福と、ご遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、長崎市民の皆様のご平安を祈念いたしまして、私の挨拶といたします。

令和2年8月9日
内閣総理大臣・安倍晋三

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2020年8月15日終戦記念日

あの苛烈を極めた先の大戦では、300万余の同胞の命が失われました。

祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、遠い異郷の地にあって、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで、無残にも犠牲となられた方々。今、すべての御霊(みたま)の御前(おんまえ)にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。

今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、終戦から75年を迎えた今も、私たちは決して忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧(ささ)げます。

未(いま)だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも、決して忘れません。一日も早くふるさとにお迎えできるよう、国の責務として全力を尽くしてまいります。

戦後75年、我が国は、一貫して、平和を重んじる国として、歩みを進めてまいりました。世界をより良い場とするため、力の限りを尽くしてまいりました。

戦争の惨禍を、二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です。現下の新型コロナウイルス感染症を乗り越え、今を生きる世代、明日を生きる世代のために、この国の未来を切り拓(ひら)いてまいります。

終わりに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様にはご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。

令和2年8月15日
内閣総理大臣 安倍 晋三

2021年7月(日録)

2021年7月(日録)

 事項
01  呉空襲の日。呉市役所からの町内放送。12:00より自宅で黙とう。
01 呉海軍墓地を取材。『呉海軍墓地誌 海ゆかば 合祀碑と英霊(改定)』(管理棟で呉海軍墓地顕彰保存会、20180901、381頁)購入。2500円。
01  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマはどう記録されたか NHKと中国新聞の原爆報道」、「爆央と爆心 1945年8月6日ヒロシマで何が起きたのか」、「呉空襲の日(20210301)」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「新長崎市史第四巻現代編」、「戦後日本の社会と市民意識」、「ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会刊行物」、「2021年7月(日録)」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「伊東壮」、「わたしの心が癒されるときは 栗栖洋遺稿・追悼文集」、「横山英」
04  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆死没者追悼平和祈念館運営委託費」
05  比治山公園・日赤、取材。大学堂で古書「中国新聞労働組合50年史」などを購入。
05  広島大学へ出講。「平和と人間D」リモート。
05  ヒロシマ遺文への投稿=「「被爆体験」の展開ー原水爆禁止世界大会の宣言・決議を素材として」
06  ヒロシマ遺文への投稿=「中国新聞労働組合50年史」
07  ヒロシマ遺文への投稿=「広島陸軍墓地」、「広島陸軍病院原爆慰霊碑」
08 ヒロシマ遺文への投稿=「電信兵慰霊碑」、「2020平和宣言<広島><長崎>総理大臣挨拶」、「殉国忠士之碑<大日本帝国在留仏国人>」、「陸軍少年飛行兵戦没者慰霊碑」、「歩兵第11連隊戦没者慰霊碑」、
09  ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま文芸の碑」
10 ヒロシマ遺文への投稿=「広島赤十字・原爆病院メモリアルパーク」、「広島赤十字病院慰霊碑」
11  呉西保健所。新型コロナワクチン接種(2回目)。
11  ヒロシマ遺文への投稿=「大森正信」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「ゲーンス先生(広島女学院)墓碑」、「原爆遺跡後世に伝えて」、「広島県の歴史」、「原爆の絵 動員学徒の碑」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ日記(蜂谷道彦著)翻訳書」、「動員学徒犠牲者の会原爆死没者追悼式」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「全日本損害保険労働組合」、「平和公園内被爆遺構の公開 2020年」、「被爆ピアノコンサート(平和公園)」、「秋葉忠利広島市長の平和宣言」、「広島損害保険史」
15  コンビニで新聞購入。「黒い雨」訴訟広島高裁控訴審判決報道。
15 ヒロシマ遺文への投稿=「中国電気通信局原爆犠牲者慰霊碑」、「広島平和公園2018」、「日本損害保険協会広島地方協議会友愛碑」、「広島損害保険史」、
 16  バッハIOC会長、広島来訪。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「広島戦災供養会」、「広島損害保険史」
17  コンビニで新聞購入。バッハIOC会長の広島訪問関係記事。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「広島損害保険史」、「堀川町原爆慰霊碑」、「平和へのストリートライブ(元安橋)」。
18  日本ジャーナリスト会議広島支部公開記念講演会:講師:宮崎園子「ヒロシマの現在地」。場所:合人社ウェンディひと・まちプラザ(中区、袋町小学校隣)北棟4階ギャラリー。参加者40人。
 18  ヒロシマ遺文への投稿=「平和式典報道体制(広島テレビ)」、「元大正屋呉服店を保存する会」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=「下関原爆被害者の会」、「新日本スポーツ連盟」.
20  ヒロシマ遺文への投稿=「全国建設労働組合総連合会・広島県建設労働組合」、「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」、「広島県農業会原爆物故者慰霊碑」、「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」、
21  ヒロシマ遺文への投稿=「隊跡馬碑(輜重兵第五連隊)」。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「広島被爆者援護会」、「袋町小学校平和資料館」、「野外展示(2015年8月平和公園)」、「献花(2015年8月6日平和公園)」。
 23   東京オリンピック開会式。~8月8日。
24  ヒロシマ遺文への投稿=「広島二中原爆慰霊碑保存会」、「被爆動員学徒死没者の慈母観音像」、「広島県宗教連盟被爆70年の声明」、「原爆死没者慰霊行事2015」
 25  ヒロシマ遺文への投稿=「舟入・市女同窓会」。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市商同窓会」
26 新日本婦人の会呉支部「ヒロシマ・ナガサキ原爆と人間パネル展」。会場:呉市役所1階ロビー。26~29日。観覧できず。
27  ヒロシマ遺文への投稿=「呉海軍墓地」。
 29  広島大学へ出講。平和科目「平和と人間C」リモート。
30 ヒロシマ遺文への投稿=「平岡敬前広島市長:私の平和論ーヒロシマから―20100121」、「平和の灯奉讃会」、
31 ヒロシマ遺文への投稿=「悠仁親王」

 

 

 

 

【論!2010】「被爆者」にこだわるべき 宇吹暁さん

【論!2010】
「被爆者」にこだわるべき 宇吹暁さん
2010年01月13日(朝日新聞)

朝日 原爆投下から65年となる被爆地・広島が果たすべき役割について、宇吹暁・広島女学院大教授=日本現代史=にインタビューした。戦後の平和運動やマスコミ報道の変遷を研究してきた宇吹さんは「広島は被爆者にこだわるべきだ」と説き、「まだまだやるべきことがある」と指摘する。(加戸靖史)

▽▽▽6日付掲載の対談記事で、平岡敬・元広島市長(82)が「広島に平和思想があるか」と疑問を呈しました。
平岡さんは被爆者の同世代人としてそう感じているのだろう。広島には多様な流れがあり、そのトータルが「思想」のはず。それがないと見えること自体に私は危惧を感じる。

▽▽▽昔は違ったと。
1950年代末から60年代にかけて、被爆者運動を支える理論づくりを担ったのは広島だった。残留放射能の問題を提起したのは庄野直美広島女学院大名誉教授。原水禁世界大会の宣言の起草も、広島の知識人が支えていた。

▽▽▽平岡さんは思想が生まれない理由について「論争」がない点を憂えています。
私が学生だった60年代後半は、原水禁世界大会が論争の場だった。強い主張を持つ被爆者や知識人も多かった。そうした人たちがいなくなっているのは確か。原水禁運動や被爆者運動自体に「匿名性」が強まっている。

▽▽▽60年代には原水禁運動内の対立が激化し、県被団協は64年に分裂しました。
日本被団協初代事務局長の藤居平一さん(故人)に分裂批判について直接聞いたことがある。「当たり前よ。最初から分裂しとった。多くの被爆者がいたから。そこに政党が横やりを入れてきた」と。被爆者が当初は一致団結していたかのような幻想をマスコミが振りまき、「分裂」が既成事実化した。さらに「分裂」後は各勢力が被爆者援護を勝ち取る競争を始めた。運動の中心が政府に近い東京へ移り、被爆者がまつりあげられる傾向が出てきた。

▽▽▽その被爆者の高齢化も今や待ったなしです。
広島、長崎のキーワードはやはり「被爆者」であるべきだ。チェルノブイリ原発事故(86年)の時は、広島の被爆者援護の例がずいぶん必要とされた。そうした面で世界から期待されている。だから広島はもっとこだわらないと。

▽▽▽具体的には。
まず被爆者に関する資料収集。被爆者健康手帳の申請書類は貴重な資料だが、広島、長崎以外の地方では散逸の懸念が出ている。個人収蔵の資料もそう。詩人・栗原貞子資料は公的機関ではなく、広島女学院大に寄贈された。本来は平和記念資料館や国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などがもっと積極的に収集機能を果たすべきでは。

▽▽▽平和記念資料館では、有識者による展示の見直しが話し合われています。
私自身が委員だが、現行の展示をどうするかという論議に終始してしまっている観がある。年間130万人強が入館する博物館は全国にもあまりない。広島市としてここから何を発信したいのか。もっとはっきりした方向性があっていいのではないか。

▽▽▽期待されているのはどんな役割でしょう。
資料館のホームページにある情報は原爆に関する一般論がほとんどだ。現代はインターネットで容易に情報収集できる。だから個々の被爆者に関する情報をいかに発信するかが大切になるはずだ。
平和記念公園の原爆死没者慰霊碑には約26万人の名簿が納められている。広島で被爆した人が約15万人生存しているとみると、将来は40万人余りの名前が残ることになる。それだけの数の生と死を語るのならば、広島がやるべきことはまだいくらでもある。

▽▽▽マスコミはどんな役割を果たすべきですか。
政府や海外の動きにもっと鋭く反応し、裏を探る報道がほしい。01~06年に首相だった小泉純一郎氏の平和記念式でのあいさつは徐々に短くなり、最後は就任当初の2分の1ぐらいになったが、どのマスコミも指摘しなかった。毎年あれだけのスペースをさいて報道しながら、公表された事実を要約しているに過ぎないのではないか。マスコミは妙に物わかりがよくなってはいけない。

被爆建物壁面部材の展示会

被爆建物壁面部材の展示会
(広島アンデルセンの北側側面の一部)
主催:広島大学原爆瓦発送之会(会長 嘉陽礼文)
期間:2019年7月22日~8月22日
会場:広島大学医学資料館

撮影:20190725
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ドキュメント:2021年8月6日

ドキュメント:2021年8月6日<作業中

できごと 備考(主催・場所など)
原爆死没者慰霊行事  広島戦災供養会・原爆供養塔前
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式  広島市・平和公園
原水爆禁止2021年世界大会
被爆76周年原水禁世界大会
連合2021平和ヒロシマ集会
日本生活協同組合連合会~ピースアクション~  ?

 

 

ドキュメント:2020年8月6日

ドキュメント:2020年8月6日<作業中

できごと 備考(主催・場所など)
原爆死没者慰霊行事  広島戦災供養会・原爆供養塔前 参列者:役員約20人。
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式  広島市・平和公園。785人。83か国とEU代表。
原水爆禁止2020年世界大会・広島デー  オンライン
被爆75周年原水禁世界大会  オンライン
2020連合平和IN広島  メッセージ等動画配信によるWEB開催
2020ピースアクションNヒロシマ(日本生活協同組合連合会) 現地への参集に替わり、動画配信・オンラインを活用した形式で開催

 

 

ドキュメント:2019年8月6日

ドキュメント:2019年8月6日<作業中

できごと 備考(主催・場所など)
原爆死没者慰霊行事  広島戦災供養会・原爆供養塔前
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式  広島市・平和公園
原水爆禁止2019年世界大会
被爆74周年原水禁世界大会
連合2019平和ヒロシマ集会
日本生活協同組合連合会~ピースアクション~
 ピースナイター2019

 

 

ドキュメント:1995年8月6日

ドキュメント:1995年8月6日<作業中

できごと 備考
毎日新聞、広島市の原爆供養塔納骨者名簿を掲載。
原爆被爆当時に広島市内を走っていた電車内で当時の関係者46人が「被爆電車のつどい」を開催。
太平洋戦争中に広島高等師範学校や広島文理科大学で学んだ元「南方特別留学生」9人、広島市内の「興南寮」跡で留学時代をしのぶ会を開く。
「元大正屋呉服店(広島市のレストハウス)を保存する会」、レストハウスで旧中島地区ゆかりの人の交流会を開催。約50人が参加。
井出厚生大臣、北米在住被爆者に被爆者手帳が短期間で交付されるよう、今年6月から申請書類を希望者に事前配布していることを明らかにする。
村山首相、広島市内のホテルの「被爆者代表から要望を聞く会」に出席。伊藤サカエ・梶下昌彦・鄭達男・李実根・近藤幸四郎・金子一士・部家充から要望を聞く。
斉藤十朗参議院議長、広島市の原爆養護ホーム「舟入むつみ園」を慰問。
村山首相、広島市の原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」を慰問。
広島市、原爆死没者慰霊式・平和祈念式を挙行。過去最高の6万人が参列。村山富市首相・土井たか子衆議院議長・斉藤十朗参議院議長・草場良八最高裁判所長官の3権の長が参列。
「こども平和のつどい」の参加者代表2人、広島市の平和記念式典で「平和への誓い」を読む。
広島県・広島市が招いた米国・マレーシアなど11か国20人の在外被爆者・遺族代表、平和記念式典に参列。
アメリカン大学の夏季セミナーに参加している米4大学の11人、広島市の平和記念式典に参列。
広島市内の小学生が広島市平和記念式典で初めて「平和の鐘」を打鐘。
平岡広島市長、平和宣言で「共通の歴史認識を持つために、被害と加害の両面から戦争を直視しなければならない」と述べる。
北マリアナ連邦テニアン島・テニアン市のハーマン・マングローナ市長、広島市の平和記念式典に参列。同島は、「エノラ・ゲイ」が飛び立った島。
広島市内で約1万個の灯ろう流し。
第77回全国高校野球選手権大会に出場する宮島工ナイン、8時15分に西宮市の宿舎で黙とう。
連合、広島市の本川で灯ろう流しを実施。
広島県警、平和記念式典にともなう交通規制を実施。
広島県佐伯町の被爆者と同町、同町総合スポーツセンターで平和記念式典を初めて開催。
長崎県被爆者手帳友の会の会員約40人、8時15分に長崎市平和公園の「長崎の鐘」を打ち鳴らす。初。
広島祭委員会・広島市中央部商店街振興組合連合会・中国新聞社、広島市の元安川で「被爆50周年とうろう流し」を開催。「とうろう流し」の最中に原爆ドーム前の台船を舞台に薪能を催す。
米国ウィスコンシン州ミルウォーキーで灯ろう流し。
広島県大竹市原爆被爆者協議会、第13回原爆死没者追悼・平和祈念式典を慰霊碑「叫魂」前で挙行。約500人が参列。
山口市の「原爆死没者之碑」前で広島原爆忌・死没者追悼式。
中国郵政局、原爆犠牲者の慰霊式を挙行。今年4月に局内に植樹した被爆アオギリ二世の記念碑の除幕式も。[被爆樹木]
日本赤十字社、広島赤十字・原爆病院で追悼式を挙行。約250人が参列。
広島市・流川教会、50年ぶりに被爆した十字架を掲げた礼拝堂で追憶の礼拝。約150人が参列。
福山市原爆被害者の会、、原爆死没者慰霊式を挙行。
中国地方建設局、旧中国四国土木出張所慰霊祭を原爆ドーム横の碑前で挙行。約100人が参列。
広島県動員学徒犠牲者の会、追悼式を平和公園の動員学徒慰霊碑前で挙行。約300人が参列。
熊本県原爆被害者の会、原爆犠牲者の碑除幕式と慰霊式を熊本市小峰墓地公園で挙行。2百数十人が参列。
岐阜県原爆被害者の会(岐朋会)、慰霊祭を岐阜市内で開催。約70人が参列。
熊本県原爆被害者の会、原爆犠牲者の碑除幕式と慰霊式を熊本市小峰墓地公園で挙行。2百数十人が参列。
福岡県原爆被害者団体協議会、八女郡星野村に完成した「平和の塔」前で初の原爆死没者合同慰霊祭を挙行。
香川県原水協など、被爆50周年祈念祭を高松市峰山で開催。160人が参列。
ローマ法王、「被爆者のための御ミサ」を実施。
新聞労連・中国新聞労組、広島市の「不戦・原爆犠牲新聞労働者の碑」前で碑前祭。
広島市商高の同窓会、慰霊祭を平和記念公園で挙行。
鳥取県原爆被害者協議会、鳥取市のさざんか会館で原爆死没者追悼・平和祈念式を挙行。約300人が参加。
広島市平和公園の原爆供養塔前で合同慰霊祭。約400人が参列。
歌手のさだまさし、長崎市で記者会見し、同市に平和を願う世界地図のモニュメント「PEACE・SPHERE(祈りと誓いの壁)」を造る計画を発表。
広島市平和公園の原爆の子の像碑前祭。約300人が参列。
旧県立広島第一高等女学校の慰霊祭、平和大通りの「原爆犠牲者追憶之碑」前で挙行。約200人が参列。
広島市の世界平和記念聖堂でアジア太平洋平和の祈り。約100人が参列。
広島市医師会関係者130人、小町の碑前で原爆殉職医師・看護婦・職員の追悼法要。
カトリック広島司教区、「和解と平和のミサ」を広島市の世界平和記念聖堂で挙行。1300人が参列。
広島県庄原市山内社会福祉協議会、山内国民学校に開設された広島第一陸軍病院庄原分院の死没者の慰霊祭を挙行。
広島市保険年金課、原爆供養塔慰霊祭を挙行。
広島県庁舎の記念碑が広島市中区の旧庁舎跡に完成、県職員原爆犠牲者追悼式に先立ち除幕式。追悼式には約20人が参列。県職員原爆犠牲者遺族更正会、年内に解散することを決める。
おこり地蔵供養祭、松山市の真言宗・竜仙寺で挙行。約50人が参列。
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)マレーシア支部、クアラルンプール市のレイク・ガーデン公園で開催された「ヒロシマ・デー」で、碑建立のため誘致した広島市役所旧庁舎の被爆石を披露。
北マリアナ連邦テニアン島のサンホゼ教会で戦争犠牲者追悼式。広島から武田靖彦・新谷満・松江達樹の3人が参列。11日帰国。
広島大学原爆死没者追悼式、広島市東千田町の大学内で挙行。
広島ガスなど中国地方5県のガス会社、広島市内の「原爆犠牲者追憶之碑」前で慰霊祭を挙行。5社の合同慰霊祭は初。
広島銀行、被爆50年物故者追悼式を本社屋上慰霊碑前で挙行。
NTT中国支社、電気通信関係原爆死没者慰霊式を挙行。
第28回韓国人原爆犠牲者追悼式、韓国・大韓赤十字社ソウル支社で挙行。約100人が参列。日本被団協の代表3人も昨年に続き参列。
元南方特別留学生の4人、広島市五日市の光禅寺の元留学生の墓に参拝。
ノルウェーのナルビク市で広島市役所の被爆石を使ったモニュメントの除幕式。[被爆石]
イギリス・ロンドンのウェストミンスター大修道院で礼拝。広島50周年を機に作曲された「ヒロシマの犠牲者のためのレクイエム」を演奏。
ドイツ・ハノーバー市の教会で被爆50周年の記念式典。広島市フォークダンス協会のメンバー21人が、フラワーフェスティバルでの交流が縁で招待され参列。
東京在住で広島被爆者のカメラマン井上清司、被爆体験と戦後の生活をつづった「ヒロシマ・一期一会」を出版。
ネパール・ルンビニの平和団体「コミティー・フォー・ピース・アクション」、広島原爆ポスター展を開催。
米国ハワイ・オアフ島のワイアナ地区に「ピース・センター」開館。日米両国の市民が基金を設けてつくったもので、原爆投下の瞬間や市民の描いた原爆の絵の写真が音声付きで展示される。
新日本体育連盟広島市連盟など、第9回核兵器廃絶8・9平和マラソン大会を広島城ランニングコースで実施。126人が参加。
HOPEプロジェクト実行委員会、広島市の中央公園で3本の巨大な針を大地に立てるパフォーマンスを実施。-11日。病める地球のツボを被爆地に見立て針治療するという趣旨。
大串正喜(横浜市在住の長崎原爆被爆者)ら12人の「平和アピール・ウオーク」、広島市を出発。15日に長崎に到着予定。
「ピース・ラン95」、長崎(約450キロ)を目指して広島市の平和記念公園をスタート。1991年から始まり(昨年は中止)、今回が4回目。
「広島壮年走ろう会」、9日長崎到着を目指す初の試み「ひろしま・ながさきピースリレー」を実施。約350人で継走予定。
国連NGO「バハイ国際共同体」(本部:イスラエル)の広島から長崎までの約500キロを走り継ぐ「国際平和リレー」、広島市を出発。9日に長崎市到着の予定。
佐古昭典、原仲裕三ら、「広島アートドキュメント」を広島市中央公園などで開催。-20日。ビデオアートやインスタレーションなど。
アメリカ・イリノイ大学講師ジョン・ブラッドレイら、峠三吉・栗原貞子など核問題を表現した7か国の詩人の作品朗読を全米10か所で同時に朗読。
岡山県・里庄町立図書館で朗読ボランティアによる朗読劇「この子たちの夏」の上演。
劇団はぐるま座、音楽詩劇「夏の約束」を広島市西区民文化センターで上演。
久保浩之、昨年から始めた「原爆供養講釈」口演が100回に達する。
アートプロジェクト「8月6日の傘」、原爆ドーム前の元安川で実施。ドイツ生まれの和傘作家ステファン・クーラーのアイディアで、色とりどりの美濃和傘を浮かべる。
広島市中央部商店街振興組合連合会など、「被爆50周年鎮魂薪能」を元安川特設舞台で開催。演題は「ひろしま」で「平安時代」・「戦国時代」「未来へ」の3部構成。
神戸在住のソプラノ歌手瀬野光子、「ヒロシマ・長崎から50年・・・私のメッセージ」と題したリサイタルを大阪で開催。
オノ・ヨーコが作曲した「広島の空はいつも青い」、NHKニュース番組「おはよう日本」で放送。
マル・ウォルドロン(米国生まれでベルギー在住のジャズ・ピアニスト)ら、広島市内の善正寺でライブ。広島市原爆資料館で流れている詩「白い道」に曲を付けた作品などを演奏。8日には長崎でコンサートを開催。
米の女性歌手スーザン・オズボーン、広島市の原爆供養塔前で「アベマリア」を独唱。
「グローバル・ピース・ジャパン・コンサート」、東京芸術劇場で開催。
平和コンサートの夕べ、広島国際会議場で開催。PMFオーケストラと広島交響楽団などが共演。聴衆約1300人。
さだ企画、コンサート「長崎から・1995夏・さだまさし」を長崎市稲佐山公園で開催。9回目。2万3000人が参加。
南こうせつら、ピースコンサート「HIROSHIMA87-97」を広島厚生年金会館で開催。観客約2000人。10回目の今回で幕を閉じる。
愛知県内の4つの合唱グループ総勢110人、広島市牛田の「ピカドンたけやぶ」でピースコンサート。はらみちをの絵本をもとにした合唱曲「ピカドンたけやぶ」などを合唱。
「ヒロシマ平和祭」、広島市民球場で開催。邦楽ロックグループ「武TAKERU」らが出演。
沖縄伝統の丸木舟「サバニ」で沖縄と広島を結ぶ旅を続けてきたミュージシャン喜納昌吉ら、広島市・太田川河川敷に到着。約500人が出迎える。
広島ホームテレビ、テレメンタリー95「岐路に立つ放射線影響研究所」を放映。
広島テレビ、「歴史を描く-平山郁夫の戦後50年」を放映。
RCC(中国放送)テレビ、広島・長崎の被爆映像を撮ったカメラマンと撮られた被爆者双方の「その後」に焦点を当てた番組「関口宏が迫る広島・長崎50年目の真実-埋もれたフィルムがいま語る」を放映。
NCC長崎文化放送(テレビ朝日系)、ドキュメンタリー「はだしのゲン・ヒロシマからアメリカへ」を放映。
RCC(中国放送)、「1995年8月6日ヒロシマ-21世紀へとどけ折り鶴メッセージ」を放映。
RCCテレビ、「遠い影-原爆孤児の軌跡」を放映。
広島ホームテレビ、米のケーブルテレビ会社ショータイム・ネットワークス社、カナダのテレシーン・コミュニケーション社と日本の大映が共同製作したドキュメンタリードラマ「ヒロシマ」を放送。
広島ホームテレビ、「若者たちの平和です-元安川に千本の傘が流れる」を放映。
「ヒロシマデー・ラジオ・プロジェクト」、中国放送スタジオで5言語により式典の模様を海外放送。
NHK総合テレビ、NHKスペシャル「調査報告・地球核汚染」を放映。
テレビ朝日系列(広島ホームテレビ)、日英米露4か国共同制作ドキュメンタリー「ヒロシマ・原爆はなぜ投下されたか」を放映。最近公開された米国の機密文書を基に原爆投下の真の意味を検証する。
TBS系列、報道特番「関口宏が迫る広島・長崎50年目の真実」を放映。
広島テレビ、「知ってるつもり!?-被爆の語り部・沼田鈴子」を放映。
広島市の平和記念式典を取材する報道機関は、広島市の把握分で21か国95社。
テレビ新広島(フジテレビ系)、報道特別番組「揺らぐ太陽」をローカルで放映。スミソニアンの原爆展示の経過・背景を取り上げる。
原爆被害者証言のつどい、広島YMCAで開催。27人の被爆者が証言。350人が参加。14回目。
連合平和ヒロシマ集会、広島グリーンアリーナで開催。
連合、「連合平和ヒロシマ集会」を広島グリーンアリーナで開催。原水禁国民会議と核禁会議が「協催」。1万人が参加。
原水協など、原水爆禁止世界大会・広島の閉会総会を広島グリーンアリーナで開催。約9000人が参加。「被爆50年・広島の誓い」・「被爆50年・世界へのよびかけ」を採択。
フランスの核実験再開決定に抗議するためムルロア環礁に向かうヨット2隻、ニュージーランドのオークランドを出港。ボルジャー首相やグリーンピースが見送る。
グリーンピース・モスクワ支部のメンバーら35人、ロシア・モスクワの赤の広場でフランスの核実験再開決定やロシア・米国などの核政策に対する抗議行動を実施。
フランス・パリのエッフェル塔前で、フランスの核実験再開に抗議してダイイン。
ガリ国連事務総長、広島への原爆投下50周年記念日にちなみ声明を発表。核実験禁止に向けた取り組みを一段と強化するよう呼びかける。
グリーンピースなど約100団体、フランスの核実験再開に抗議する集会をパリで開催。約2000人が参加。
村山首相、広島市の平和記念式典の挨拶の中で中国・フランスの核実験を名指しで批判。
「フランスは核実験をやめろ!大阪連絡会」、ワインミュージアムを持つ「ふれあい港館」にフランス産ワインの販売を自粛するよう申し入れ。
米国の団体「平和を求める退役軍人(VFP)」など、米国立ローレンス・リバモア研究所前で反核行動。
連合、ピース・ウオークを広島市の平和記念公園で実施。
第5回世界陸上選手権大会組織委員会など、スウェーデン・イェーテボリで。「ヒロシマ・デー」を開催。横路謙次郎核戦争防止国際医師会議日本支部事務総長が招待され参加、平岡広島市長のメッセージを届ける。
石田明広島県原爆被爆教職員の会会長ら、「電車内被爆者のつどい」を開催。
連合の「長崎平和キャラバン、広島市の平和記念公園を出発。車で長崎市へ平和のメッセージを届ける予定。
「ヒロシマ平和祭」、広島市民球場で開催。和太鼓、バイオリン演奏、被爆者の「語り」を歌にした合唱など。
広島YMCA、被爆50周年国際平和セミナーを開催。-9日。
広島市地域女性団体連絡協議会、平和大通り緑地帯の石灯ろうへの「献灯式」を実施。
千葉県八千代市の「市民の平和祈念の日実行委員会」、市民会館広場の平和祈念像(広島市役所旧庁舎の被爆石を使用)前で、「黙とうと献花の会」を開催。9回目。
米・シカゴ大学で被爆者を交えた講演会を開催。(サンケイ)
オーストラリア・シドニー市の「広島デー委員会」、平和行進を実施。約1万5000人が参加。先頭に訪問中の北海道広島町の北広島少年少女合唱団と岡山県の笠岡みたけ少年少女合唱団の計100人が参加。
台湾の最大野党民主進歩党、台北市内の公園で「平和を、原爆50周年記念大会」を開催。
グリーンピース・ウィーン支部、フランスの核実験に抗議してフランス大使館前に反核キャンプを設置。
原爆ドーム周辺でダイ・イン。約1000人が参加。
江津市の原爆被爆者有福温泉療養研究所「有福温泉荘」で平和祈念式。
高橋昭博広島市原爆資料館元館長、東館でテニアン市長ら8人に被爆体験を話す。
「デルタ・女の会」、広島市・元安川河岸の中曽根元首相の句碑前で反核集会。
米シアトル市で広島市特別名誉市民のフロイド・シュモーの百歳の誕生日を祝う集いが開催される。400人以上が参加。
米ハワイ・オワフ島にピースセンター「ハレ・ホオマルヒア」開設。
インド・カルカッタの屋内競技場で核兵器廃絶を求め、米国による原爆投下を非難する集会。1万人が参加。城田尚彦全労連副議長も参加。
カトリック広島司教区の平和年推進委員会事務局、シンポジウム「アジアの司教から」を、広島市の世界平和記念聖堂で開催。韓国とフィリピンの司教を招き、旧日本軍の侵略の歴史など日本の加害責任を見つめ直す試み。
カザフスタンの反核組織「ネバダ・セミパラチンスク」、広島・長崎への原爆投下50周年を記念して核実験の全面禁止と核兵器廃絶を求める集会と行動を首都アルマトイで実施。-7日。
「ヒロシマデー・ラジオ・プロジェクト」(世話人代表:ロナルド・クライン広島女学院大学助教授)、ラジオを通じ平和記念式典の模様を約30か国に中継。
「カトリック高校生平和フォーラム」、広島市のエリザベト音大で開催。
第22回全国高校生平和集会ヒロシマ集会、広島市・安田女子高校で開催。25県から約700人が参加。山岡ミチコが被爆体験を語る。「平和の決議-高校生の50年決議」を確認。
全国高校生平和集会実行委員会・広島高校生平和ゼミナール、「NO・NUKES・CONCERT’95-黒板正文さんと私たちコンサート」を広島市・安田女子高校で開催。約600人が参加。吉永小百合も参加。
福岡県八女郡星野村、「平和祈念式典」を開催。
広島市の「あの日あのこと-ひろしま50年展」の入場者は1万195人で、総入場者が4万1000人を突破。
長崎県、ピース・イン・ザ・パーク(国際平和のための歴史めぐり・懇談会)を開催。
「国際市民フォーラム・長崎」、平和・核廃絶・環境保全など5つの分科会を開催。
長崎県など、「国際市民フォーラム・長崎」を開催。-8日。全体会議を長崎市の県総合体育館で開催。テーマは「平和-軍縮と環境」。全体会には14カ国の有識者を含む約1000人が参加。酒井和歌子元環境庁長官が基調講演。
広島市・広島平和文化センター、「ヒロシマ・地球市民フォーラム」を広島国際会議場で開催。パネリストにロバート・リフトン、リチャード・ローズ、加藤周一、池澤夏樹の4人。聴衆は約800人。
広島市、政府が計画している「原爆死没者追悼平和祈念館」について、平和記念公園内に建設する方針を固める。
英国コベントリー市のコベントリー大聖堂で広島国際会議場に先月設置されたブロンズ像「レコンシリエーション(和解)」と同じ像の除幕式。像は英国人女性彫刻家ジョセフィーナ・ヴィスコンチェロス。
米・ワシントン紙、核兵器廃絶を訴える平岡広島市長名の1ページ意見広告「広島をよく見て」を掲載。
村山首相、広島市の平和式典に参列後、「ひろしま50年展」視察、広島原爆養護ホーム「神田山やすらぎ園」慰問、藤田県知事ら、被爆者団体代表と懇談。
広島県三良坂町で平和の集いを開催。三良坂平和美術館外壁のレリーフ大壁画「翔べ永遠に」(吉野誠デザイン)の除幕式。
米原爆投下機エノラ・ゲイの元爆撃手トム・フェアビー、「原爆投下を遺憾に思う」と語る。
村山首相、平和記念式典後の記者会見で、国際司法裁判所(JCJ)での意見陳述で被爆国として核廃絶をアピールする意向を表明。

 

 

ドキュメント:1990年8月6日

ドキュメント:1990年8月6日<作業中

できごと 備考
長崎県の山口彊(広島・長崎の二重被爆者)、45年ぶりに広島市を訪問。
長崎県被爆二世教職員の会会長平野伸人に、ソウルでの韓国人原爆犠牲者追悼式で、韓国原爆被害者協会から感謝の盾が贈られる。
日本弁護士連合会の在韓被爆者問題委委員長、訪韓し、強制連行され被爆した韓国人らが三菱重工業に補償を求めている問題について現地調査。
広島県甲奴郡の元陸軍上等兵、被爆直後に救援トラックに乗せた女学生の消息捜しを呼びかけ。
広島電鉄、「広島電鉄家政女学校および女子挺身隊員のつどい」を広島市で開催(106人参加)。
広島市の広島信用金庫横川支店(原爆遺跡)で救護活動をした元医療学生ら、同支店を再訪。
広島市の路面電車の中で被爆した被爆者ら、被爆電車に乗り込み、「電車内被爆者のつどい」を開催(34人参加)。
「被爆者代表から要望を聞く会」、広島市で開催(広島県両被団協代表ら7人が参加)。在日居留民団代表、北朝鮮在住被爆者への支援を要請。
海部首相、原爆死没者への弔意の表し方について、年末をめどに結論を出したいとの意向を表明。被爆者援護法についは消極的見解。
「原爆被爆者援護法制定を求めるヒロシマ集会」(連合・原水禁・核禁会議共催) 、広島市で開催。
海部首相、広島原爆養護ホーム舟入りむつみ園を慰問。
小山参院副議長、広島市の原爆養護ホーム神田山やすらぎ園を慰問。
広島赤十字・原爆病院で、入院患者ら、原爆投下時刻に黙とう。
広島県警、平和祈念式などに伴い、平和記念公園一帯で交通規制を実施。
夏の全国高校野球大会に参加する広島代表の山陽高校の選手ら、原爆投下時刻に、大阪市で黙とう。
広島県・市の在外被爆者招待事業で、米在住の韓国人被爆者、来広し、平和祈念式に参列。
呉原爆被爆者友の会、広島市での平和祈念式へ参加するための大型バス3台を運行。うち1台を市内在住被爆者に無料開放。
長崎市、広島市の原爆投下時刻に、サイレンを吹鳴。
「’90女性国際シンポジウム・イン・ヒロシマ」に出席する米・ソ連などの代表、平和祈念式に参列。
広島市原爆死没者慰霊・平和祈念式典、広島市平和公園で開催(約5万5千人参列)。海部首相、参列し、あいさつの中で原爆死没者調査に言及。広島市長、「平和宣言」で、「海外のヒバクシャ」の救援を訴え。
海部首相、平和祈念式参列後、原爆資料館仮展示場を見学。
広島市の元安川などで、とうろう流しを実施。
広島市の原爆供養塔の遺骨名簿(960人分)、韓国で初めて公開。歌人深川宗俊が名簿を携え訪韓。
長崎市の原爆犠牲者慰霊・世界平和祈念旬間、開始(15日まで)。
世界平和祈念ポスター・標語展、長崎市で開催(15日まで)。
滋賀県被団協、追悼慰霊祭を大津市・円城寺、堅田教会で挙行。各生協などと共催。
大竹市の原爆慰霊碑「叫魂」前で、追悼・平和祈念式(約500人参列)。
新潟県被団協、追悼慰霊祭を新潟市役所前広場で挙行。
福井県被団協、追悼慰霊祭を福井市・西山光照寺で挙行。終了後体験発表と懇談。
北海道被団協、追悼慰霊祭を札幌市・新善光寺で挙行。15時、語り継ぐ会、18時とうろう行列。
原爆殉難者慰霊祭、広島市の原爆ドーム横で挙行。
広島県高田郡の敬覚寺で、被爆者ら、平和祈念の集いを開催(約150人参加)。
米ミシガン州の郵便局員の作った千羽づる、静岡県の姉妹郵便局を通じて、広島市の「原爆の子の像」に供えられる。
広島市の原爆供養塔前で、各宗派合同慰霊祭(約100人参列)。
キリスト教慰霊集会、広島市の原爆供養塔前で挙行。
広島県安芸郡府中町の原爆の碑前で、府中町原爆慰霊式(約100人参列)。
仏教慰霊法要、広島市の原爆供養塔前で挙行。
広島市の平和記念公園前で、献燈式。
原爆慰霊祭、広島市の護国神社で挙行。[天皇]
「第23回韓国人原爆犠牲者追悼式」、韓国・ソウルで挙行(約300人参列)。日本政府による40億円の一括・即時支払いなどを要求。長崎市長の謝罪メッセージを発表。
第18回国鉄原爆死没者慰霊式典、広島市の同慰霊碑前で挙行。
広島郵便局原爆殉職職員慰霊祭、広島市の多聞院で挙行(約200人参列)。
広島県職員原爆犠牲者追悼式、広島市中区で挙行。
郵政関係職員原爆死没者慰霊式、広島市の中国郵政局で挙行。
原爆殉職会員並びに医療従事者の追悼法要、広島市の平和大通りで挙行。
広島市平和記念公園内の慰霊碑前で、損保従業員慰霊祭(約200人参列)。
中・四国土木原爆殉職者慰霊祭、広島市の原爆ドーム横で挙行(約90人参列)。
新聞労働者慰霊祭、広島市の「不戦の碑」前で挙行(約100人参列)。
電気通信関係原爆死没者慰霊式、広島市のNTT基町ビル前で挙行(約200人参列)。
広島第一県女原爆犠牲者追悼式、広島市の平和大通りで挙行(約120人参列)。
第34回原爆追悼式、広島市の動員学徒慰霊碑前で挙行(約200人参列)。
広島市の平和記念公園内「平和観音像」前で、中島本町追悼法要(約120人参列)。
広島市の旧天神町北組の遺族ら、平和記念公園の慰霊碑前で慰霊祭。
広島県比婆郡の禅仏寺で、東城平和祈念式(東城町原爆被害者の会会員ら120人参列)。
第45回広島県被団協慰霊祭、広島市の浄園寺で挙行。
鳥取県原爆被害者協議会主催被爆45周年鳥取県原爆死没者追悼・平和祈念式典、鳥取市で開催(約180人参列)。
嵐の中の母子像の供養式(広島市地域婦人団体連絡協議会主催)、広島市の平和記念公園で挙行(約100人参列)。
平和祈念茶会、広島市平和記念公園で開催(裏千家淡交会広島県支部青年部主催、約600人にお茶)。
「非核の政府を求める徳島の会」、「原爆の火」を保存する灯ろうを建設し、完成式開催。(福岡県八女郡星野村、「原爆の火」の分火の申し入れに対して、政治的利用の恐れを理由に分火を拒否。)
「ヒロシマを語る会」、在韓被爆者の証言集「海峡を越えて-訪韓・在韓被爆者の訴えを聞いて」(B5、102ページ)を出版。
原爆詩集「原子雲の下より」(1952年刊行)に収録されなかった原爆詩を集めた「行李から出てきた原爆の詩」(B6、227ページ、広島文学資料保全の会発行)、刊行。
広島県神石郡の原爆被害者協議会、「被爆45周年記念誌 ピカドン第2集-終わりなき闘い」を発行。
原爆被害者相談員の会、広島市で、「原爆被害者証言の集い」を開催(約350人参加)。被爆者援護法制定を訴える寸劇などを上演。
「第1回広島原爆俳句展」(中国地区現代俳句協会広島県支部主催)、広島市で開催(10日まで)。作品42点を展示。
原爆記録映画会、長崎市の各公民館で開催(8日まで)。
「第2回ヒロシマ平和映画祭in府中」、広島県府中市で開催(9日まで)。ポーランドの映画監督の講演「ヒロシマへの私の思い」、など。
ポーランドのアンジェイ・ブジォゾフスキ監督、来広し、被爆45周年を迎えた広島・長崎両市を描いたドキュメンタリー映画の製作を開始。
コンサート「8月の祈り」、大阪市で開催。原爆をテーマにしたオラトリオ「鳥の歌」を演奏。
歌手さだまさしによるコンサート「長崎から・1990・夏・さだまさし」、長崎市で開催。
「ノー・ニュークス・コンサート’90」(広島高校生平和ゼミナール主催)、広島市で開催。女優吉永小百合、友情出演し、原爆詩を朗読。
「HIROSHIMA’90コンサート」、広島市で開催(聴衆約1200人)。収益金は原爆養護ホーム建設資金として活用。
「’90平和コンサートの夕べ」(広島平和文化センターなど共催)、広島市で開催。「広島レクイエム」(糀場富美子作曲)などを演奏。
テレビ番組「ヒロシマから世界へ、世界からヒロシマヘ」(衛星第一テレビ)、放送(午前6時から終日)。
中国新聞社、6日付夕刊で、英語版「ヒロシマ45周年」を特集し、発行。
テレビ番組「特集フレッシュモーニング」(原爆特集、広島ホームテレビ)、放送。
テレビ番組「いま過ちをくり返していないか~ソ連反核運動からの教訓」(新広島テレビ)、放送。
テレビ番組「45年目の朝ヒロシマから」(広島テレビ)、放送。
米NBCテレビ制作のドキュメンタリードラマ「ヒロシマ、灰の中から」、全米に放送(夜のゴールデンアワーに、2時間放送)。
テレビ番組「ニュースプラス1特集 被爆45年ヒロシマ・フォーク歌手小室等が見たヒロシマ・平和記念式典・海部首相と被爆者など」(広島テレビ)、放送。
テレビ番組「マミーの顔がぼくは好きだ~母と子のヒロシマ」(NHK)、放送。在米被爆者の半生をドキュメンタリー部分を交えて構成。
テレビ番組「RCCスコープスペシャル いまヒロシマを問う・韓国の8・6ほか」(中国放送)、放送。
テレビ番組「衛星ブリッジ~ヒロシマ・ナガサキ・セミパラチンスクとの対話」(中国放送)、放送。
NHK・民放各局、広島市の平和祈念式典の模様を中継放送。
テレビ番組「墓標からの伝言~原爆ドームとヤン・レツル」(広島テレビ)、放送。
テレビ番組「現代ジャーナル『作家が語る・自作への旅①堀田善衛“審判”』」(NHK教育)、放送。
テレビ番組「徹子の部屋『夫妻で原爆を描く 丸木位里・俊』」(広島ホームテレビ)、放送。
テレビ番組「核・平和・女性~女性国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマ」(NHK)、放送。
テレビ番組「世界に広がる核被害、いまヒロシマの役割」(広島テレビ)、放送。
テレビ番組「特集ズームイン! 朝 ヒロシマ被爆45年・チェルノブイリは今」(広島テレビ)、放送。
長崎で被爆した大串正喜ら、広島-長崎450キロを歩き通す「平和アピール・ウォーク」を開始(15日、長崎着)。
日本被団協、「被爆者の森」植樹と記念碑完成式を広島市内で挙行。約130人が参加。
「被爆者援護法を求めるヒロシマ集会」(連合・原水禁・核禁会議主催)、広島市で開催(約1000人参加)。援護法の早期制定を求めるアピール採択。
原水爆禁止1990年世界大会「平和の波」行動、広島市で実施。
日本原水協主催の原爆ドームを取り囲む「折鶴・人間の鎖行動」、実施(約2500人参加)。
三原市の社会奉仕団体、市民に折りヅル作りを呼びかける「おりづるの会」を同市内で開催。
広島市の福島生協病院前で、平和風船飛ばし。
核兵器廃絶第4回8・6ヒロシマ平和マラソン大会、広島城周辺で実施(4回目、56人参加)。
平和集会、広島市の西隣保会館で開催 。講演「被爆者医療の歩みと現状」など。
広島市の原爆ドーム周辺で、原爆投下時刻に「ダイ・イン」実施(約1000人参加)。
「セイクレッド・ラン・ヨーロッパ1990」、ロンドンを出発。モスクワまで約8000キロを走破し、核廃絶などを訴え。
「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む広島集会」、広島市で開催(同集会実行委主催、約800人参加)。韓国人被爆者らを招待。
ソ連の「サマンサ・スミス少年少女合唱団」・広島女学院高校生・米ワシントンの高校生ら、広島市の元安川で灯ろう流し(約100人参加)。
「ヒロシマ・デー国際電話プロジェクト」、広島市の平和祈念式の様子などを、国際電話でカナダなど十数カ国に生中継。
「非核の呉港を求める会」、呉入港の外国艦船に非核証明の提出を義務づける市条例改正の直接請求署名簿(約3万4千人分)を、呉市選管に提出。
米コネティカット州の高校生と広島女学院高校生徒が折った千羽づる、広島市の「原爆の子の像」に供えられる。
北海道の占冠中学校生徒ら、来広し、平和学習。山県郡安野中学校生徒らと交流。
広島市の舟入高校演劇部、第36回高校演劇コンクールで、原爆劇「ともこのオルゴール」を上演。
原爆フィールドワーク、広島市平和記念公園で実施(広島県高校生平和ゼミナール主催、約400人参加)。
カトリック広島司教区、広島市で、韓国の戦争犠牲者から証言を聞く集いを開催。
広島国際少年協会、西独ハノーバー市を訪問。同市主催「ヒロシマ被爆45周年平和記念式典」に参列。
広島市、庁内関係部局による「被爆建物等継承方策検討会議」を設置。(広島市資料)[原爆遺跡]
「’90女性国際平和シンポジウム・イン・ヒロシマ」(広島市・広島平和文化センター主催)、広島市で開催(聴衆約1000人)。日・米・ソ連・中国などのパネリストらが討論。テーマ「世界平和を考える 国際平和と核軍縮のために」。
「国会議員・ヒロシマプロジェクト」に参加する議員ら、放影研などを見学。
長崎市の国際文化会館、長崎市民に限り無料開放(15日まで)。
日本被団協、広島市の平和大通りに「被爆者の森」を建設、完成式を開催(約100人参加)。
1958年に、原爆資料館の展示品の説明文を英訳したアンドルー・ヒューズ、今秋の帰国を前に来広し、平和記念館などを見学。
韓国のキリスト教アジア研究院生徒ら(15人)、来広。
「原爆の図・丸木美術館」、原発分の電気料金支払い拒否で送電をストップされているため、太陽光発電装置を設置し、初点灯。