「慰霊碑1(広島市内)」カテゴリーアーカイブ

生死の火 広島大学原爆被災誌

『生死の火 広島大学原爆被災誌』(広島大学原爆死歿者慰霊行事委員会、1975/08/06)

内容

巻頭写真
まえがき 広島大学長 飯島宗一
題字 広島大学長 飯島宗一
001 被災の概況
018 死歿者名簿
教職員の部
  広島文理科大学 19
広島高等学校 23
広島工業専門学校 24
広島高等師範学校 27
広島高等師範学校附属中学校 28
広島高等師範学校附属国民学校 29
広島女子高等師範学校 30
広島女子高等師範学校附属山中高等女学校 30
広島師範学校 31
広島師範学校附属国民学校 32
広島県立医学専門学校 32
広島市立工業専門学校 3
学生・生徒・児童の部
広島文理科大学 33
広島高等学校 35
広島工業専門学校 37
広島高等師範学校 43
広島高等師範学校附属中学校 45
広島高等師範学校附属国民学校 47
広島女子高等師範学校 48
広島女子高等師範学校附属山中高等女学校 48
広島師範学校 74
広島師範学校附属国民学校 74
広島県立医学専門学校 74
広島市立工業専門学校 74
手記
077 1 遺稿
102 2 遺族
118 3 生存者
広島文理大学 118
広島高等学校 221
広島工業専門学校 232
広島高等師範学校 238
広島高等師範学校附属中学校・同附属国民学校 281
広島女子高等師範学校・同附属山中高等女学校 306
広島師範学校・同附属国民学校 312
広島県立医学専門学校 320
広島市立工業専門学校 328
339 4 留学生
357 メッセージ
373 広島大学原爆死歿者追悼式記録
 381 参考資料
392 人名索引
393 あとがき

 

 

 

広島県立広島工業学校被爆職員・生徒追悼碑

広島県立広島工業学校被爆職員・生徒追悼碑<編集中

資料

碑(写真)
文献
ああ麗しき太田川 広島県立広島工業学校 原爆追悼集 第1集 広島県立広島工業高等学校同窓会 1994/08/06
ああ麗しき太田川 広島県立広島工業学校 原爆追悼集 第2集 広島県立広島工業高等学校同窓会
広島県立広島工業高等学校
1995/08/06
ああ麗しき太田川 広島県立広島工業学校 原爆追悼集 第3集 広島県立広島工業高等学校同窓会
広島県立広島工業高等学校
1996/08/06
ああ麗しき太田川 広島県立広島工業学校 原爆追悼集 広島県立広島工業高等学校同窓会
広島県立広島工業高等学校
1997/11/15

 

 

 

 

礎(いしずえ)

『礎(いしずえ)』(県立広島商業高校原爆研究部編、県立広島商業高校遺族会、1976/05/23)

内容

礎―そして、私たちはいま―
巻頭言 寺地操(旧職員 )
詩 「8月6日」 峠三吉
被爆による戦没者氏名一覧
本校(皆実校舎)平面図
本校生の罹災地図
1 本書を世に送るにあたって
永遠に慰霊と鎮魂を 松本義吉(県立広島商業学校遺族会副会長 )
原爆犠牲137名を礎に 吉見広行(県立広島商業学校同窓会長 )
ヒロシマの心を 真田義隆(県立ヒロシマ商業高等学校長 )
 ヒロシマを若者の手で 松崎徹 (広商 原爆研究部 参与)
2 本校被爆の概要
3 当時の教師の記録
4 当時の生徒の記録
第44期
第45期
第46期
第47期
第48期
第49期
5 遺族による記録
6 そして私たちはいま 在校生の記録
あとがきにかえて

 

 

 

波羅密多に想う 進徳高女被爆生の記録

『波羅密多に想う  進徳高女被爆生の記録』(進徳高女被爆生の会、1981/12/06)

内容

09 昭和二十年八月六日… 新開ウメ子
15 思い出せば… 藤田博子
19 十字架負って二十年… 黒石雅子
27 昭和二十年代の流れに生きて… 岩本節子
47 私の昭和二十年代… 松長静子
61 戦後十年私は此の様に生きた… 定信多紀子

 

 

流光 語り継ごう平和を 被爆50年

『書名 流光 語り継ごう平和を 被爆50年』(修道中学・高等学校記念誌「流光」編集委員会、修道中学・高等学校、1995/11/04)
内容

備考
(写真)
発刊に寄せて (校長 畠眞實)
1  修道の原爆被災記録
広島市に原子爆弾投下される 1
広島県警察部の発表した広島市の被害 1
被爆時の千田地区 2
修道中学校の被害 3
原爆被災寺の学徒動員出動状況 6
被爆当時の広島市街図 8
修道中学校戦災日記 9
戦災時教職員の動静 17
修道中学校原爆死没者名簿 21
2 被爆五十年の記録
被爆五十年の歩み(1945~1995年)年表 25
関係註記
修中生徒二告ぐ(ビラ)31
戦災を偲ぶ会 戦災死没者合同慰霊祭 32
慰霊碑の建立 32
1950年(昭和二十五年)三月三日の卒業式 32
感謝状(修道中学校原爆死没者生徒遺族会会長 香川凱二殿)33
慰霊祭を学校主催で行うにあたって 33
慰霊祭で献水を行うようになった経緯 34
慰霊の辞(昭和五十三年八月六日)34
本校原爆慰霊碑に関する調査とその平和教育教材化 35
何故中二だけが原爆慰霊祭に参加するのか 36
慰霊の辞(昭和六十一年八月六日)36
慰霊の辞(昭和六十二年八月六日)37
「炎の絵」 ヒロシマ生変図誕生秘話 38
被爆煉瓦保存記念碑建立 除幕式校長挨拶(平成五年月十五日)38
3  当時の生徒の手記
私の八月六日 中西淳雄 43
広島の長い一日 絹谷晴沼 45
古里へ向かって歩いたあの日 平山郁夫 46
被爆五十年を迎えて 三枡積 47
五十年前のタイムカプセル 佃昭信 49
花も蕾も若桜 私の勤労動員 佐々木博 52
制服の白線 深崎敏之 53
学校での救助活動 名越渉 54
あの日あの時の修道中学三年・合同製鋼組 久保利雄 55
火傷 坪田幸雄 56
原爆投下五十年を迎えて 四竃揚 59
生と死を分けた学徒動員 八木圭三 60
原爆と私-我が子への伝言-天野治男 61
半世紀後の後輩へ-受け継ぐ時代- 林孝治 62
悲しみを乗り越えて-サッカーへの道- 下村幸男 64
昭和二十年 林晃司 65
八月のカラス雨 中村和彦 66
慰霊碑の前で 竹本成徳 68
あの日、あの時 谷尾励 71
原爆 阿部正 72
新たなる出会い 十三才と六十三才の同級生 永谷道孝 73
核を阻むことが同級生への最大のプレゼント 森島剛 75
浜さんよう生きて帰った 浜田一 76
4 父母家族の手記
原爆死没者懇談会にて 後藤健蔵 81
原爆の記録 井上和子 81
想い出 平泉清子 83
追憶 山本孝子 85
三人の学徒 長尾梅代 86
弟の八月六日 徳富俊子 88
尊い犠牲 辰本キミヨ 89
かぼちゃの魂 木葉博 90
広島原爆の思い出 戸田實 92
私の思い 貞方サク子 93
5 元教職員の手記
心の故郷を求めて 岡島四郎 97
動員先の三菱造船所にて 松石義郎 98
思い出 田辺甲子生 99
原爆と修道・そして平和 脇田久二 101
「8・6平和学習」にかかわって 東通雄 102
6  語り継ごう平和を
「語り継ごう平和を 被爆五十年」 107
慰霊の辞(一九九五年八月六日)108
被爆五十年に寄せて(東京芸術大学長 平山郁夫)109
生徒教職員の思い
核廃絶へ 岡野真之 111
家族と共に平和の大切さ感じた 杉原惇平 112
戦争が起きないよう努力を 瀬戸大気 113
原爆許すまじ 森元裕貴 115
人間どうしじゃないか 和田憲二 116
僕達が語り継ぐ原爆 井上大輔 118
ぼくたちの使命 武永憲二 119
平和について関心を持とう 谷岡貴法 120
過ちを二度と起こさないために 深井大輔 123
心に残る深い傷 白石隆史 124
語り継ごう核兵器の恐ろしさ 桧垣忠直 125
五十年前の八月六日 佛原悠介 126
自国の平和は世界の平和から 溝端祥浩 127
僕達は何をすればよいか 杉原哲平 128
僕らにできること 高橋俊彦 130
地球を破壊させてはいけない 中村忠 132
世界平和とは 原直輝 133
人類の義務 丸本健次 134
なぜ戦争は起こるのか 兼平佑一 136
世界へ向けて叫けぼう「原爆許すまじ」と 高橋峻洋 137
澄みきった平和な世界を 浜田亮 138
平和な時代に生きる 満居紘史 139
何を忌むべきか 城水輝之 140
被爆五十年に平和を祈って 大純一 143
今、地球の「滅亡者」か「救世者」か二者択一のとき 橋谷秀雄 144
心の被爆者 渡辺郁夫 145
原爆資料関係目録
原爆資料関係目録 153
平和宣言N(一九九五年八月六日 広島市長)180
参考引用文献・資料 182
語り継ごう平和を 被爆五十年
類焼を食い止めた千田町人々 3
旧広島陸軍兵器支廠(南区霞町)44
悲しく揺れた4つの水筒(浜田一さん) 51
雑魚場街疎開跡(中区国棒寺町)58
広島工専周辺の惨状(中区千田町)67
御幸橋(1)(中区千田町)69
御幸橋(2)(中区千田町)75
母が守った学用品(山本孝子さん)86
被爆動員学徒慰霊慈母観音像(平和大橋東詰)89
動員学徒慰霊塔(原爆ドーム南)93
原爆慰霊祭後の座談会(一九九六年八月六日)98
生徒情報記録・戦災記録 103
広島貯金支局跡(中区千田町)104
被爆樹木 柳(千田公園)115
被爆ポンプ(広電本社バス停前)119
ふりかえりの塔(中区鷹野橋)126
広島電鉄発電所跡(中区千田町)130
旧広島赤十字病院(中区千田町)134
防火水槽(中区南千田東町)138
「広島生変図」陶壁画(広島市原爆資料館)142
動員学徒悼歌「ほのお果てては」 183
付録(折込)類焼をまぬがれた当時の千田町住宅図
あとがき

 

 

備考

夏雲 広島女学院原爆被災誌

『夏雲 広島女学院原爆被災誌』( 広島女学院教職員組合平和教育委員会編、広島女学院教職員組合、 1973/04/01)

内容

01 発刊に寄せて
■小川清 ■広瀬ハマコ ■石田明
02 15年戦争のあらまし
03 戦時下の国民生活(年表)
04 戦時下の女学院
05 女学院の原爆被災状況
06 生徒手記
・あの友もこの友もみんな死んだ 八用恵子 52
・唯ひとり残されて 佐々木文子 55
・わたしが見たもの 網谷美佐子 58
・「助けて」の声を後に 竹内園子 61
・再び繰り返すまい 多田節子 64
・あの日のこと 武永舜子 69
・繰り返してはならないこと 藤本純子 73
・8人の家族を奪われて 河本和子 76
・修羅場の徘徊 川崎芙美子 81
・講堂の下からはい出て 林友枝 85
07 父母の手記
・あの朝の娘小香子をしのぶ 荒川不二子 90
・愛し吾娘を思う 井槌義明 92
・和子のこと 岩田シズエ 93
・広島の空は青かった 上里ヨシエ 95
・セーラー服の娘 岡野浅一 97
・チエちゃんの思い出 沖本サダミ 97
・戦を捨てよ 小沢徳太郎 99
・原爆 梶山アキノ 101
・今もなお吾が子を捜して 岸本カズ 103
・愛子 木村玉二 105
・原爆で愛児を失った追憶の一端 北村孝義 107
・二度とこんな思いは 楠原登義枝 111
・富子のこと 諏訪トモ 114
・「光恵 」 田能ヤチヨ 115
・逝きし子 田丸ナツヨ 117
・最後の日の娘の姿 田中節子 120
・原爆投下されて27年になります 田中マツ子 121
・なき娘を偲びて 神保薫 122
08 教職員の手記
・原爆下の広島女学院 松本卓夫 126
・瓦礫の中から生きのびて 宮崎みよ 131
・惜しき少女らを思う歌10首 島津武子 133
・恐ろしい体験 小堀清子 134
・その日の父のこと 島崎史朗 138
・睦子を懐うて 米原善四郎 141
09 平和運動のあゆみ
10 核兵器の恐怖
11 あとがき 平和教育委員会

ISBN
目次 もくじ

備考

流燈 広島市女原爆追憶の記

『流燈 広島市女原爆追憶の記』(真田安夫 編、広島市女原爆遺族会、1957/08/06)

内容<作業中

口絵
001
002
003 刊行の辞(遺族会長 真田安夫)
004 所感 (元校長 宮川造六)
008 学徒動員から終戦まで  (元校長 宮川造六)
追憶の記
017 遺族 坂本潔他
066 職員 沓木良之他
遺稿
087 被爆死亡生徒
あの頃の市女生活
103
 校友会誌「二葉」
日記・サイン帖等より
遺族会の記録
127 (写真)持明院内市女追悼碑
128 遺族会結成以前のこと(元校長 宮川造六)
130 遺族会結成以後のこと(会長 真田安夫)
137 市女終末記―戦後13年の歩み(元職員 古田加茂太)
140 原爆犠牲者芳名録(合計679名)
140 職員(10名)
140 第1学年(274名)
144 第2学年(263名)
148 第3学年(50名)
149 第4学年(59名)
150 専攻科(23名)
<註>この名簿は原爆当時作製した「原爆犠牲者名簿」と「生徒調査表」による
151 遺族通信
152 編集後記

 

 

昭和二十年の記録 全滅を免れた附中一年生

『昭和二十年の記録 全滅を免れた附中一年生』(「昭和20年の記録」刊行委員会編、広島高等師範学校附属中学校刊、1984/07/20)
内容

はじめに
1 私たちは、こうして、原爆から生き残った 1
2 手記-思い出をつづる(手記二篇)宮岡力 15
附中生徒の原村疎開
思い出を語る(私の行動)
全滅を免れた附中一年生 新井俊一郎 20
3 わがヒロシマ日記-一年生四人の日記から 51
昭和二十年四月
五月
六月
七月
八月
九月
十月
十一月
十二月
昭和二十一年一月
二月
三月
四月
五月
4 証言-昭和20年を記録する会恩師をかこむ座談会 215
はじめに
昭和20年4月の状況
戦時体制下での附中の立場
8月6日、その朝は
農村動員-疎開計画
大学南門の悲劇
入学してからの幾旬日
当時の、動員学徒の被災状況
農村動員への出発も、混乱の中で
科学学級の東城町疎開
終戦から原村時代へ
原村での初のストライキ
あの日、広島に帰省した5人
敗戦の日、原村では
終戦直後の原村生活
原村から西條へ(母校裏面史)
5 資料編
附中の昭和二〇年史(年表)301
昭和二十年旧制附中入学生名簿 313
昭和二十三年新制附中卒業生名列表 315
移動・死没者名簿 316
恩師・旧担任教官名簿 328
同期会の開催記録 330
焼失前の附中平面図など(資料)360
あとがき 365

備考

 

碑 いしぶみ(一高会)

碑 いしぶみ
(一高会原爆慰霊碑建設委員会編・刊、1991/06/01)

内容<作業中

1 慰霊碑の建設
○慰霊碑建設の経緯…1
○一高会の経緯…1
○原爆慰霊碑建設趣意書…14
○慰霊碑建設募金の報告…16
○寄附者名簿…18
2 原爆慰霊碑除幕式並びに第一回原爆死没者慰霊祭
○除幕式式辞…25
○除幕式の記録…30
○沿革史…33
○旧教職員名簿…39
○年次別卒業生名簿…46
3 被爆者の証言
○増田先生のひとりごと、画と文…113
○原爆投下について(広島市原爆戦災史より)…116
○動員学徒原爆死没者名簿…120
○被爆者の証言…122
●教師の証言…122
●被爆者の遺族の証言…135
●被爆者生存生徒の証言…162
4 思い出
○写真…171
●旧教職員の思い出…173
●卒業生の思い出…206
252 編集後記

 

碑いしぶみ(二中)

『碑 いしぶみ(人類の記録シリーズ)』(広島テレビ放送編、ポプラ社刊、1970/06/20)

内容

見出し 備考
<口絵>広島二中の慰霊碑
<口絵>原爆の子の像
<図>広島市原爆被災地図
はじめに
009 その日の朝
020 河本君の日記から
034 本川土手の集合
038 爆発の瞬間
050 川の中で
058 脱出から再会へ
083 郊外へ
088 その夜
104 お寺の救護所で
111 寄宿舎から平良村へ
118  寝られぬ両親
123 あくる朝
141 避難する途中で
185 ゆくえのわからない生徒たち
198 そして全滅した
206 あとがき 薄田純一郎(「碑」プロデューサー)
212 原爆死亡者の名簿
214 <絵>小林勇作「原爆傷者の滝」(1954年)