『日本共産党の70年』目次(第9章)

『日本共産党の70年』(日本共産党中央委員会、新日本出版社刊)

目次(第9章 1970年代後半の党のたたかい―逆流に抗して)

026 ベトナム人民の歴史的勝利、三木内閣の自民党支配の立て直し策
 〈ベトナム人民の勝利―アメリカの覇権主義とたたかいつづけた日本共産党の歴史的役割〉
〈三木内閣成立をめぐる内外情勢と野党分断政策〉
〈選挙法改悪での”自社共闘”、公明、民社の右傾化〉
 029  「解同」朝田派の暴挙と七五年いっせい地方選挙
 〈八鹿高校事件―「解同」の蛮行を糾弾して〉
 〈「解同」の無法を打破した東京都知事選〉
 〈75年のいっせい地方選挙―自治体労働者論、「解同」とのたたかい〉
 〈6中総―内外情勢と党の任務、いっせい地方選挙の総括など〉
 034  70年代後半の国際情勢
 〈各国人民の闘争、非同盟運動の前進〉
 〈ランブイエーサミットの開催〉
 037  「救国・革新の国民的合意」のよびかけ
 〈共・創協定とその死文化〉
〈「国民的合意」のよびかけにもとづく各界各層との対話・懇談〉
〈官公労働者のスト権問題をめぐって〉
〈理論政策会議の開催、「総選挙での前進をめざす機関紙読者拡大月間」〉
042  『文春』立花論文、春日違憲質問への反共反撃
 044  ロッキード疑獄の発覚と党の奮闘
047  第13回臨時党大会と「自由と民主主義の宣言」
 〈「自由と民主主義の宣言」の先駆的意義〉
 052  反動攻勢下の総選挙での後退とあらたな前進めざす活動
 〈鬼頭事件―反共攻撃の謀略性〉
 〈ロッキード疑獄など国民の怒りと反共大合唱のなかの総選挙〉
 〈76年総選挙を総括した13中総(第12回党大会)〉
 〈「職場に自由と民主主義を」の訴えとたたかい〉
 057  77年参院選での後退と教訓
 〈カーター政権と福田内閣の発足にたいして〉
 〈200カイリ時代の日ソ漁業交渉、歯舞、色丹のすみやかな返還の提唱〉
〈「日本経済への提言」の発表〉
〈77年参院選挙とその結果〉
063  第14回党大会と「社会主義生成期」論
067  77年参院選後の政局と党の原則的なたたかい
 〈党の後退となれあい国会、国債増発〉
〈77年原水禁統一世界大会と分裂策動の継続〉
〈社会党の内部抗争の激化、民社、公明両党の右傾化〉
071  「教育月間」、袴田の転落と反共毒素一掃クリーンパンフの活用
 073  78年京都府知事選挙と革新つぷし戦略とのたたかい
 〈国際勝共連合などの策動とのたたかい〉
 〈「革新統一戦線についての懇談会」開催〉
〈宮本委員長のユーゴ、ルーマニア訪問〉
 077  「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)と事実上の安保改悪
 〈有事立法反対闘争、日中平和条約をめぐって〉
 〈「ガイドライン」の閣議決定と大平内閣の成立〉
 〈円高不況下の国民生活をまもる活動〉
 〈全国婦人活動者会議と「女性のひろば」の創刊〉
083  中国のベトナム侵略に抗して
 〈ポル・ポト政権の崩壊とカンボジア人民共和国の成立〉
 〈社会主義の大義にそむく中国のベトナム侵略〉
 〈イラン王政の崩壊、第6回非同盟諸国首脳会議〉
087  79年の全国いっせい地方選挙―いつでも、どこでも革新の党
 〈宮本委員長の「資格争訟」をめぐる反共攻撃〉
 〈日ソ両党予備会談、国際理論シンポジウム〉
093  79年総選挙での躍進と「一般消費税」の導入阻止の闘争
 〈必勝区への力の集中〉
 〈79年総選挙での党躍進の意義〉
 〈公民合意と社公政権協議)
 101  ソ連に干渉の誤りをみとめさせた79年の日ソ両党会談
 〈千島政策の発展〉
 〈「発達した社会主義」論の拒否〉

『日本共産党の70年』目次(第8章)

『日本共産党の70年』(日本共産党中央委員会、新日本出版社刊)

目次(第8章 1970年代前半―革新の高揚と党の躍進)

399 1970年代の展望をしめした第11回党大会
〈京都府知事選挙の勝利と70年安保闘争〉
 〈発達した資本主義国での革命のあたらしい可能性の探究〉
〈宮本委貝長宅電話盗聴の発覚〉
 408  革新統一戦線めざす党の活動
 〈革新三目標の提起〉
 〈社公民(”江公民”路線による革新分断の策動〉
 412  二つの全国的選挙戦(71年全国いっせい地方選挙と参議院選挙)での前進
 〈71年いっせい地方選挙と大阪など革新自治体の発展〉
 〈参院選と連合政権・統一戦線論議〉
〈「プロレタリアートのディクタツーラ」の訳語問題〉
〈ソ連による干渉の継続、ベトナムなど五力国共産党・労働者党との会談〉
〈ニセ「左翼」暴力集団激励など毛沢東一派の干渉〉
 420  日米沖縄協定によるサンフランシスコ体制の再編
 423 ニクソン訪中、訪ソとアメリカ帝国主義美化論批判
 〈金日成個人崇拝と「南北共同声明」支持の押しつけ〉
 425  党創立五十周年と総選挙での躍進
 〈党創立の三つの原点〉
 〈「日本列島改造」論と日中国交回復〉
 〈72年総選挙と日本共産党の躍進〉
432  ベトナム停戦のパリ協定とアメリカの侵犯
434  小選挙区制など田中内閣、自民党のファッショ的策謀、反共攻撃との闘争
 〈田中内閣の小選挙区制を粉砕〉
 〈共青創立五十周年と新日和見主義分派の粉砕〉
 〈73年大阪参院補選と都議会選挙〉
 〈大企業の買い占め売り惜しみに反対して〉
  441  「自由社会守れ」のキャンペーンと宮本委員長への右翼テロ
〈「解同」朝田派の無法とのたたかい〉
 〈年の中ソの核実験にたいするあたらしい対応〉
 〈チリの反共軍事クーデター〉
447  第12回党大会と 民主連合政府綱領提案
 〈沖縄人民党の日本共産党への歴史的合流〉
〈民主連合政府綱領提案の採択とその意義〉
 〈大会後の国民生活防衛の全国的な闘争
 〈パレスチナ問題解決の正しい道〉
 455  「三つの自由」をかかげてー74年参院選での躍進と党の活動
 〈ソルジェニツイン問題-科学的社会主義と言論、表現の自由〉
 〈74年京都府知事選、参院選〉
 460   反共野党の攻撃とのたたかい、革新統一戦線推進の闘争
 〈公明党による憲法問題での日本共産党攻撃と論争での回答不能〉
 〈4中総と革新統一のための「開かれた懇談会」、統一労組懇の結成〉
 〈民主的教師論の提起〉
 〈文化分野での五〇年問題の総括〉
 467  ソ連、中国のニクソン美化論と干渉とのたたかい
 〈第十二回党大会へのソ連などの攻撃とのたたかい〉
 〈『平和と社会主義の諸問題』誌をめぐって〉
 〈中国の「三つの世界論」と「核のカサ」容認〉
 471  ニクソン、田中の退陣と日本共産党
 〈ニクソンとウォーターゲート事件〉
 〈核積載軍艦寄港を暴露したラロック証言の衝撃〉
 〈田中金脈問題の追及、選挙管理内閣の提起〉

『日本共産党の70年』目次(第7章)

『日本共産党の70年』(日本共産党中央委員会、新日本出版社刊)

目次(第7章 第8回党大会後、1960年代の闘争)

302 ケネディの二面政策と世界の共産主義運動の分裂の表面化
〈世界の共産主義運動の不団結と党の自主独立の立場〉
306 安保闘争後の国内情勢と党の先進的なたたかい
〈綱領路線の「四つの旗」〉
〈三つの先駆性―安保破棄、「所得倍増計画」反対、政暴法粉砕〉
〈「ケネディーライシャワー路線」と統一戦線分断の策動〉
〈原水禁大会の分裂と安保共闘の解体〉
313
319 4・17スト問題での誤り.大衆団体の民主的強化のための活動
〈「新日本婦人の会」の結成など各分野の運動の発展、松川裁判での勝利〉
326 ソ連による干渉工作と第7回中央委員会総会
〈野坂・袴田、志賀・神山らの策動と五中総決議の誤り、7中総での是正〉
〈63年の原水禁大会とジューコフ論文〉
〈7中総―各個撃破政策の定式化、自主独立の立場の強調〉
333 フルシチョフらの公然とした覇権主義的干渉とのたたかい
〈志賀一派をつかったソ連の公然たる党破壊活動への反撃〉
〈新日本文学会の変質と党貝文化人の反党声明〉
〈ソ連の社会党との緊密な関係、平和、国際友好運動への干渉〉
〈「国際会議」開催をめぐるソ連、中国両党への批判、フルシチョフの解任)
〈「トンキン湾事件」とアメリカのベトナム侵略の本格化〉
343 第9回党大会と党の国際路線
345 65年の参議院選、都議選での前進、党活動の発展
〈ベトナム侵略戦争反対の統一行動〉
 〈65年月の参議院選と東京都議選〉
 〈65年原水禁大会、ソ連による佐藤内閣美化論の批判〉
 353  ベトナム侵略に反対する反帝国際統一戦線の結成をめざして、日中両党会議
 〈反帝国際統一戦線の提起〉
 〈党代表団のベトナム、中国、北朝鮮訪問、毛沢束による共同コミュニケの破棄〉
 〈毛沢東一派の干渉と中国盲従分子の党破壊活動〉
 359  第10回党大会と覇権主義批判
 361  中ソ覇権主義とのたたかいの先駆的、歴史的意義
 〈日中友好協会本部襲撃事件、砂間代表らへの集団リンチ〉
 〈論文「今日の毛沢東路線と国際共産主義運動」「極左日和見主義者の中傷
 〈68年の日ソ両党会談〉
 〈ソ連など五力国軍隊のチェコスロバキア侵略へのきびしい批判〉
 〈ブレジネフの「制限主権」論の誤り〉
 〈「武力南進」論を批判した1968年の朝鮮労働党との会談〉
 〈国際分野での60年代の闘争の意義〉
 371  67年の総選挙と東京都知事選での勝利
 〈「高度成長」政策の矛盾のふかまりと国民の要求にこたえる党の政策と活動〉
 〈67年いっせい地方選挙と反共攻撃とのたたかい〉
 〈都知事選での統一戦線運動の前進〉
 377  安保・沖縄問題での先駆的たたかいと統一行動の前進
 〈ベトナム侵略反対のたたかいのたかまり〉
 〈安保・沖縄問題と「日本共産党の安全保障政策」〉
 〈69年の10・21闘争〉
 383  基本的大衆組織の建設と大衆運動の前進をめざして
〈労働組合運動と6中総決定〉
〈民青同盟への指導援助の改善と9中総〉
〈大学民主化闘争と自民党のニセ「左翼」暴力集団「泳がせ」政策〉
〈公害反対運動のたかまり〉
389 68年参院選と沖縄三大選挙、都識選での前進
〈沖縄での革新統一勢力の勝利〉
392 現実政治を動かす党への前進
〈佐藤・ニクソン会談と核持ち込みの密約〉
〈「千島問題についての日本共産党の政策と主張」〉
〈69年総選挙での14議席への躍進〉
〈公明党・創価学会の出版妨害事件〉
〈60年代にかちとった選挙戦の成果〉
〈党建設の面での前進〉

『日本共産党の70年』目次(概要)

『日本共産党の70年』(日本共産党中央委員会、新日本出版社刊)

目次(概要)

1 日本共産党の創立
2 党の創立後、1920年代の闘争
3 中国侵略戦争の開始から日本帝国主義の敗北まで
4 敗戦後-党活動の公然化、平和・民主・独立の日本
をめざして
5 日本共産党の50年問題とその克服への道
6 第7回党大会と第8回党大会
7 第8回党大会後、1960年代の闘争
8 1970年代前半―革新の高揚と党の躍進
9 70年代後半の党のたたかい―逆流に抗して
10 1980年代前半の運動・社会党の右転落のもと、国政革新をめざして
11 80年代後半の運動l反核国際統一戦線と非核の政府をめざして
12 1990年代初頭の運動―体制選択論に抗し、党の歴史と路線を掲げて

日本共産党史関係文献一覧

日本共産党史関係文献一覧

発行年月日 書名 編・刊
19571222 日本共産党50年問題資料集 1 日本共産党中央委員会50年問題文献資料編集委員会編、新日本出版社発行
19571222 日本共産党50年問題資料集 2 日本共産党中央委員会50年問題文献資料編集委員会編、新日本出版社発行
19571222 日本共産党50年問題資料集 3 日本共産党中央委員会50年問題文献資料編集委員会編、新日本出版社発行
19670715 日本共産党の45年 日本共産党中央委員会出版局発行
19670815 写真集 日本共産党の歩み その45年 1922~1967 日本共産党中央委員会宣伝部編・出版局発行
 19720723  日本共産党の50年  日本共産党中央委員会機関紙経営局
19810215 日本共産党50年問題について 日本共産党、新日本出版社
19821225  日本共産党の60年  日本共産党中央委員会刊・同出版局
19830520 これが真実「ソ連秘密資金」問題―ソ連がもっとも恐れた自主独立の日本共産党 日本共産党中央委員会刊・同出版局
19890708 日本共産党と中国の共産党はどこが根本的にちがうのか 中国の野蛮な流血をつく 日本共産党中央委員会出版局
19940505 日本共産党の70年(上) 日本共産党中央委員会、新日本出版社
19940505 日本共産党の70年 党史年表 日本共産党中央委員会、新日本出版社
 19770505  宮本顕治 私の歩みから  日本共産党中央委員会
19821025 歴史の中の日本共産党 宮本顕治80年代論 新日本出版社

くずれぬ平和と人民の解放を求めて

『くずれぬ平和と人民の解放を求めて 日本共産党広島県党のあゆみ』(日本共産党広島県委員会、19841028)

内容

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備考
01 一 弾圧の嵐をついて―不屈の戦前のたたかい
血にまみれた日本帝国主義のアジア侵略と広島県の戦前史
03 呉海軍造兵廠の大ストライキ 胎動する労働運動社会主義運動
05 「米騒動」初メーデー
07 党組織の誕生
11 「聳ゆるマスト」
16 二 廃墟のなかから反核のたたかい―波乱にみちた戦後の十数年
16 広島地方(党)委員会の確立
19 ゼネストの中止
22 総選挙での党の躍進とあいつぐ弾圧
26 レッドパージ 「50年問題」
30 原水爆禁止全面講和のたたかい
30 歴史の証人「ヒロシマ」
38 被爆者の組織
41 三 光彩ある60年代のたたかい―日本人民解放の路線「綱領」の確立
41 「綱領」
第7回大会と第8回大会
42 広島での安保反対闘争と統一戦線
44 松江ら反党分子との闘争
46 広島県政
47 「ケネディ・ライシャワー路線」と広島・松江らによる原水禁運動の分裂
51 ソ連・中国共産党からの不当な干渉 いっそう強まった県党の団結
51 ソ連・中国の不当な干渉とのたたかい
党勢の拡大
53 ”ひろしま”をベトナムにくりかえすな
53 原爆ドームの永久保存など
56 党勢拡大
58 四 70年代前半―党の躍進とトロッキスト・「解同」小森派の策動
58 第11回・第12回大会
60 沖縄全面返還・小選挙区制粉砕
62 トロッキスト・「解同」小森派の蛮行
63 五 70年代後半―逆流に抗して―「犬は吠えても歴史は進む」
67 六 80年代の新たな躍進めざして―10年間の歴史的総括にたって
67 反核・平和闘争の新たな高まり
70 党建設の前進

那須正幹

那須正幹

19420606生20210722没 なす・まさもと 享年79 児童文学作家、小説家。『広島県現代文学事典』

関連資料

年月日 資料名 備考
20190806 「筆に託して 戦争体験と表現〈1〉児童文学作家 那須正幹さん(77)防府市」(増田咲子記者『中国新聞』20190806掲載)

 

憲法9条を守る音楽と講演の集い(呉)

憲法9条を守る音楽と講演の集い(呉)

開催状況

年月日 概要 メモ
01 20060826 2. 講演「戦争遺族としての私」(講師:菅原龍憲)  警固屋公民館
02  20071124  2.講演「戦争する国にしないために」(講師:浅井基文)
03  20081018  2.講演「歴史に学ぶ」(講師:平岡敬)
04  20091115   2. 講演「『基地のあるまちで育って」(講師:信樂峻麿「」)
05  20101030  第2部 講演「岩国に吹いた風 憲法を生かす基地反対のたたかい」(講師:伊原勝介元岩国市長)
06  20111022  第2部 講演「フクシマに学ぶ ― 止めよう!上関原発 ―」(講師:木原省二)
07 20121117 第2部 講演「戦争被害と憲法」(講師:宇吹暁)
08  20131013  第2部 講演「戦争被害と憲法」(講師:小森陽一)「暴走改憲の危険な本質」
09
10  20150718  第2部  講演「『基地のあるまちで育って」(講師:智海寺子)
11  20161016 第2部  講演「『尖閣の危機』を平和のチャンスに変える道―親鸞の言葉と憲法第9条」(講師:泥憲和)
12
13
14
15
16
17 20220612 第2部 講演「自民党改憲草案と改憲4項目について~今、平和を守るために何が必要か」(講師:寺西環さん<弁護士・被爆3世>)

現代憲法読本

『現代憲法読本』(石井金一郎、法律文化社、19650520)

内容

見出し 備考
はしがき
1 日本国憲法と憲法調査会
2 憲法制定の経過
3 憲法の現実
4 憲法第9条
5 基本的人権と公共の福祉
1 人権の歴史とその内容
2 公共の福祉―学説と判例
3 憲法調査会における意見
6 三権分立制
1 議院内閣制とアメリカ型大統領制
2 日本国憲法の分立制と改憲論
7 改憲論の問題点
資料 日本国憲法と憲法調査会における多数意見との対比

文献:憲法とヒロシマ

文献:憲法とヒロシマ<作業中

発行年月日 書名 著者・編者 発行所 備考
1947
1020 戦争の放棄 横田喜三郎 国立書院
1948
0515 国際平和条約機構関係条約及日本国憲法-和英対照 早稲田大学外政学会編 正統社
0831 恒久平和論 長谷信夫(編) 日本文化平和協会
1115 国民統合の象徴 和辻哲郎 勁草書房
1949 ヒロシマ平和都市法-ヒロシマ平和記念都市建設法註解 寺光忠 中国新聞社
1951
0904 平和の創造 上原専六 理論社
1952
 0803  原爆の子 見よ!戦争の惨苦を!-広島の少年少女・魂の叫び 日本労働組合総評議会情報出版部
1965
0520 現代憲法読本 石井金一郎 法律文化社
1990
0503 ヒロシマと憲法 水島朝穂ほか 法律文化社

年表:石田原爆訴訟 1973~78年

年表:石田原爆訴訟 1973~78年

Y M D NEWS1
73 04 18 石田明広島県被爆教師の会会長、桑原訴訟に続く原爆訴訟の提訴を準備していることを明らかにする。
73 05 16 「石田原爆訴訟をすすめる会」の準備会、広島市内で開催。23人が出席。
73 05 17 石田明全国被爆教師の会会長、厚生大臣を相手取り、白内障の原爆症認定申請却下処分の取り消しを求める訴えを広島地裁に提出。
73 05 26 「石田原爆訴訟をすすめる会」、結成総会を広島市内で開催。50人が出席。
73 06 10 広島県原爆被害者団体協議会(田辺勝理事長)、広島市内で総会を開催。約60人が参加。被爆者援護法制定への取り組み、桑原訴訟・石田訴訟支援など昭和48年度の運動方針を決定。
73 06 26 広島県被爆教師の会、1973年度定期総会を広島市内で開催。石田原爆訴訟支援など1973年度活動方針を決定。
73 06 26 広島地裁、石田原爆訴訟の第1回口頭弁論。原告訴訟陳述、被告答弁書陳述、原告求釈明(原爆投下責任の所在・認定基準の存否等)、原告本人意見陳述。
73 07 10 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。却下処分は適法と主張。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 21 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。原爆投下責任は本件訴訟と係わりなく釈明の要なし、認定基準は無しと主張。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 23 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 07 24 広島地裁、石田原爆訴訟の第2回口頭弁論。被告が準備書面を陳述。
73 07 26 石田原爆訴訟で、被告が準備書面を提出。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 09 18 広島地裁、石田原爆訴訟第3回公判。被告が準備書面を陳述。原告準備書面提出(原爆医療法の解釈、在り方、国家補償原理に依る法の解釈、運用の義務、被爆者の実態、行政の在り方、本件の処分の違法性)。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
73 11 13 広島地裁、石田原爆訴訟の第4回口頭弁論。被告が準備書面を提出し陳述。原告側、24人の証人を申請。
74 03 06 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で原告側弁護団と合同会議を開催。被爆者援護法制定要求とからめ石田原爆訴訟を支援する署名運動を30万人規模で展開することを決定。
74 03 12 広島地裁、石田原爆訴訟の第5回口頭弁論。加藤智一元厚生省公衆衛生局企画課長補佐、被告側証人として証言。
74 05 25 「石田原爆訴訟をすすめる会」、提訴1周年をむかえ支援集会を広島市内で開催。
74 05 28 広島地裁、石田原爆訴訟第6回公判。被告側証人・加藤智一元厚生省公衆衛生局企画課長補佐に対する反対尋問。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
74 07 16 広島地裁、石田原爆訴訟の第7回口頭弁論。高橋澄子・富永初子、原告側証人として証言。
74 09 17 広島地裁、石田原爆訴訟第8回公判。原告側証人・寺地操・高橋昭博・西田文子。(「石田原爆訴訟ニュース最終号」)
74 09 19 広島地裁、石田原爆訴訟の第9回口頭弁論。伊東壮日本被団協事務局長、原告側証人として証言。
74 12 24 広島地裁、石田原爆訴訟の第10回口頭弁論。佐久間澄が原告側証人として証言。
75 02 18 広島地裁、石田原爆訴訟の第11回口頭弁論。草野信男が原告側証人として証言。
75 05 13 広島地裁、石田原爆訴訟の第12回口頭弁論。小川政亮が原告側証人として証言。
75 07 15 広島地裁、石田原爆訴訟の第13回口頭弁論。訴訟進行について、原被告双方意見陳述。
75 09 09 広島地裁、石田原爆訴訟の第14回口頭弁論。田坂正利福島生協病院長が原告側証人として証言。
75 10 09 広島地裁、石田原爆訴訟の証人調べ(出張尋問、東京地裁)。庄治義治九州大学名誉教授、被告側証人として証言。
75 12 09 広島地裁、石田原爆訴訟で第15回口頭弁論。杉本茂憲、原告側証人として証言。
75 12 23 広島地裁、石田原爆訴訟の第16回口頭弁論。杉本茂憲、前回に引続き原告側証人として証言。
76 03 02 広島地裁、石田原爆訴訟の第17回口頭弁論。原告の石田明が証言。
76 05 07 石田原爆訴訟の原告側弁護団、最終準備書面と原告の勝訴判決を求める日本原水爆被害者団体協議会の要望書を広島地裁に提出。
76 05 11 広島地裁、石田原爆訴訟の第18回口頭弁論。原・被告双方準備書面提出及び陳述(結審)。
76 05 11 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島弁護士会館で報告集会を開催。
76 05 17 「石田原爆訴訟をすすめる会」、「石田原爆訴訟の勝利をめざす報告集会」を広島平和記念館で開催。約80人が参加。
76 07 12 広島地裁、石田原爆訴訟の判決を27日に言い渡すことを関係者に通知。
76 07 27 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島城跡公園で判決報告集会を開催。約200人が参加。
76 07 27 広島地裁、石田原爆訴訟で原告側勝訴の判決。厚生省に原爆白内障の認定申請却下処分の取り消しを命じる
76 07 27 広島地裁、石田原爆訴訟で判決。
76 07 27 石田訴訟判決に出かける。
76 07 27 日本原水爆被害者団体協議会、石田原爆訴訟の判決に関連し、政府が早急に被爆者援護法を制定するよう求める声明を発表。
76 07 27 「石田原爆訴訟をすすめる会」、広島市内で判決検討会を開催。国に控訴をやめるよう求めることを決定。
76 07 29 荒木広島市長、石田原爆訴訟の判決について、記者会見で、国が控訴を控えるよう希望を表明。
76 07 30 石田明と訴訟支援関係者5人、厚生省を訪れ、控訴を断念するよう要請。
76 07 31 広島県原水禁、役員会を開催。石田原爆訴訟で控訴しないよう国に要請することを決定。
76 08 03 宅和純「石田原爆訴訟をすすめる会」会長ら3人、広島県・市の原爆対策担当者に石田訴訟の控訴を断念するよう首相に働きかけることを要請。
76 08 04 石田明、第22回原水爆禁止世界大会本会議で訴訟勝利の挨拶。5日には、被爆31周年原水爆禁止世界大会でも。
76 08 06 三木首相・田中厚相、広島での記者会見で石田原爆訴訟の控訴をしない方向で検討していることを明らかにする。
76 08 10 厚生省、石田原爆訴訟で、控訴断念を決定。広島地裁判決が確定。
76 08 31 「石田原爆訴訟をすすめる会」、幹事会を開催。3年間の活動を総括、近く解散することを決定。
76 09 04 石田明、原爆症認定書を受け取る。
76 10 01 石田原爆訴訟勝利を記念する講演会と祝賀会、広島市内で開催。石田忠一橋大学教授が講演。約100人が参加。
77 08 22 「石田原爆訴訟勝利1周年記念、桑原訴訟の勝利を目指す集会」広島市内で。
78 04 26 “桑原訴訟”の口頭弁論で、証拠書類として“石田原爆訴訟”の記録集を提出。

2022年5月(日録)

2022年5月(日録)

できごと
01 メーデー。水俣病犠牲者慰霊式。
01 ヒロシマ遺文への投稿=「広島合唱団」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「2022年5月(日録)」、「年表:石田原爆訴訟 1973~78年」
03 休日(憲法記念日)。日本国憲法施行75年。
03  ヒロシマ遺文への投稿=「文献:憲法とヒロシマ」、「現代憲法読本」。
04 休日(みどりの日)。ヒロシマ遺文への投稿=「憲法9条を守る音楽と講演の集い(呉)」、「那須正幹」、「くずれぬ平和と人民の解放を求めて」、「日本共産党史関係文献一覧」。
05  休日(こどもの日)。日経コラムに「ヒロシマ戦後史」への言及ありとのこと。
05  ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(概要)」、「『日本共産党の70年』目次(第7章)」。
06  ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第8章)」
07  ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第9章)」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第10章)」
09  ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の70年』目次(第11章)」、「『日本共産党の70年』目次(第12章)」、「浄土真宗本願寺派(西本願寺)」、「非核の政府を求める広島の会ニュース」
10  ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース 第25号 19950720」、「3・1ビキニデー広島集会(広島県原水協主催)一覧」、「森脇勝義」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース 第26号 19951101」、「非核の政府を求める広島の会ニュース1996年・第27~30号」、「李実根」。
12  ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース1997年・第31~34号」、「現代の発見(春秋社)」、「ヒロシマを侵略戦争の基地にするな(広島県平和委員会)」
13  東京にいる息子夫婦、初帰省。大阪・広島から兄・姉も来宅。
13  ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース1998年・第35~38号」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「遺骨奉還宗教者市民連絡会と壱岐への朝鮮人遺骨移管」
15  沖縄本土復帰50年。野呂山学園へ、花苗を購入。
15 ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄本土復帰50年報道(2022年5月15日)」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「婦人のあゆみ80年(日本婦人団体連合会編・刊)」、「広島民報 19650425-2」
17  **問題研究会、初のZOOM会議。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650801-12号」、「被爆20年を生きて_『広島民報』連載」、「原爆ゆるすまじ」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=「02犬丸義一」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「日本共産党(国際問題)重要論文集」、「書誌(日本共産党中央委員会編・刊)」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「自衛隊の『観閲式』に反対しよう(広島民報号外)」、「第12回原水禁世界大会特集(『広島民報』1966年)」。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める会」、「PEACE FOCUS ピースフォーカス(日本平和委員会)」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「日本平和委員会発行資料(集)」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月3日」、「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月2日」
24  桜が丘へ。倉庫の沖縄関係資料3箱を自宅に持ち帰る。
ヒロシマ遺文への投稿=「2000年日本平和大会(宇吹メモ)2000年12月1日」、「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」
25  ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄世界遺産調査 2006年9月12日~14日」、「書誌:琉球王国のグスクおよび関連遺産群」、「今帰仁城跡(なきじん)」
26  ヒロシマ遺文への投稿=「座喜味城跡(ざきみ)」、「勝連城跡(かつれん)」、「中城城跡(なかぐすく)」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「斎場御獄(セーファウタキ)」、「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」、「首里城跡(しゅりじょうあと)」、「玉陵(タマウドゥン)」、「識名園(しきなえん)」
28  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌:オキナワの心と行動」、「沖縄人民党の歴史」
29  ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第1章~第3章」
30  ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第4章 弾圧の激化と”島ぐるみ”土地闘争の高まり」、「沖縄人民党の歴史 第5章 瀬長那覇市政と民主主義擁護、祖国復帰運動の発展」、「沖縄人民党の歴史 第6章 軍事的植民地的支配の新段階と県民運動の前進」
31  ヒロシマ遺文への投稿=「沖縄人民党の歴史 第7章 専制支配の強化とそのもとでの共闘と分裂」、「沖縄人民党の歴史 第8章 ベトナム侵略戦争の拡大と大衆闘争の高まり」、「沖縄人民党の歴史 第9章 革新共闘の発展と三大選挙の勝利」、

広島合唱団

広島合唱団<作業中

略年表

年月日 事項 備考
1954
0430 第25回メーデー前夜祭 職場合同合唱 200名 (児童文化会館)
出典:草創期 – 広島合唱団(60年間「平和」を歌ってきました) (jimdofree.com)
0504 広島みんなうたう会=ひろしま合唱団・国鉄あかつき合唱団が誕生
12 メーデー前夜祭に集まった職場合同合唱団の中の60人ほどで「ひろしま合唱団」、同年12月第1回総会。綱領を決定、正式名称を「広島合唱団」とする。
出典:『広島文団連50年誌』(20121215)
1955
07 広島合唱団(指揮者:村中好穂)、峠三吉の原爆詩「ちちをかえせ/ははをかえせ…」を作曲、8月6日ラジオ中国で発表へ(出典:『中国新聞』)
1956
08 日本原水協が原爆ドキュメント映画「生きていてよかった」に主題歌を吹き込むことを決定。安部静子作詞・村中好穂作曲(広島合唱団指揮者)の「被害者の願い」が選ばれる(出典:『中国新聞』)
1119 原水爆禁止広島協議会, 原爆被爆者団体協議会, 広島合唱団共催で「広島のうたごえ」(会場:広島児童文化会館)。参加約100人。「世界の人に」(村戸由子作詞、山崎登作曲)も初発表。(出典:『中国新聞』)
1201 原水爆禁止広島協議会, 原爆被爆者団体協議会, 広島合唱団の代表40人、被爆者救援国会請願大会に参加するため広島を出発。(出典:『中国新聞』)
1962
1201 広島合唱団, 劇団「月曜会」, 広島市平和記念館で第 1回合同公演. 400人参加.
1995
0805 ピースウェーブコンサート’95 (サンプラザホール)
0806 原水禁世界大会 「アメイジンググレイス」を全国合同で演奏(グリーンアリーナ)1991~2000 – 広島合唱団
 2005
 1104~06  日本のうたごえ祭典inひろしま
2016
01 広島合唱団、CD「平和を歌いつぐ」を作成。(出典:『中国新聞』)
 2020
0202 働く女性の県民集会演奏(中央公民館)13:00~
0216 オレンジ元気(まめ)うたう会(アステール6F小練習室)13:30~
0224 国鉄広島ナッパーズコンサート
0307 中央公民館フェスティバル 15:00~<中止>
0315 無名戦士合祀祭 <延期>
0328 ほのぼのうたう会(ロードビル)14:00~<延期>
日本ユーラシア協会全国総会祝賀会演奏(留学生会館)18:00~<延期>
0422~29 NPT再検討会議(ニューヨーク)<中止>
0530 声の学校おさらい会<延期>
0607 平和と希望のコンサートⅢ<延期>
0614 堺町夏のフェスタ<延期>
0712 広島のうたごえ合唱発表会<延期>
0806 原水禁世界大会オンライン大会
1018 合唱フェスティバル
1101 ほのぼのうたう会 (中広会館)
1121 みんな元気か がんばろうフェスタ(西区民文化センター)12:30~ YouTube配信
2021
0106 うたい初め中止
2022
0107 広島合唱団運営委員会(ZOOM)
最近の活動記録 – 広島合唱団(60年間「平和」を歌ってきました) (jimdofree.com)

沖縄を返せ 荒木栄作品集「不知火」所収

沖縄を返せ 荒木栄作品集「不知火」所収

MLS-2005
Ⅰ<A>
 心はいつも夜明けだ/仲間のうた/星よお前は/夜明けだ/手/沖縄を返せ/花を送ろう/子供を守るうた
 Ⅰ<B>
 <未入力
 MLS-2006
 Ⅱ<A>
  <未入力
  Ⅱ<B>
 詩と合唱とオーケストラによる構成「不知火」(しらぬい)
 三池の主婦の子守歌/がんばろう/地底の歌
20220430arakisakae

機関紙サルダボヤ

機関紙サルダボヤ

内容

年月号 目次(抄)
197008 被爆体験記掲載に寄せて
20220429saru
201109 アメリカ原発反対平和行進に参加して(鴨下祐一)
2011年東京~広島・長崎平和行進メッセージ
201110
201111
201304
201305
201306
201307 「はだしのゲン」講談師が訪れたインド(神田香織)
以下作業中

 

日印サルダボヤ協会

日印サルダボヤ協会

「一般社団法人日印サルボダヤ交友会」は1961年、日本山妙法寺の創設者である藤井日達上人(1885-1985)を初代会長として、インドの聖者マハートマ・ガンディー翁の唱えるサルボダヤ精神と日本の仏法による非暴力による平和社会建設を目指して設立
http://sarvodaya-japan.org/index.php

機関紙「サルボダヤ」
http://sarvodaya-japan.org/index.php?20111002

長崎の証言20年

『長崎の証言20年』(長崎の証言の会、19890527)

内容

 著者など
 長崎の証言20年 目次
表紙写真 黒崎晴生
レイアウト 松尾覚
 001  刊行のことば
003  グラビア(反核運動の灯をかかげて)
011 反原爆―人間のあかし
-「長崎の証言」20年の軌跡
鎌田定夫
018 「証言」 について 石田忠
019 証言を世界へ 大川悦生
020 原爆遺跡の保存と原爆文学館を 栗原貞子
021 被爆者は警鐘を鳴らす 杉山英夫
022 長崎の証言運動の人々 山田かん
024 20年のあゆみ-いま思いを新たに 内田伯
025 私の支えとしての証言運動 浜崎均
026 長崎の証言20周年に寄せて 山内隆司
027 「証言」に期待するもの 溝口昌喜
028 「長崎の証言」発足のころ 広瀬方人
再録証言集
030 長崎は証言する 秋月辰一郎
032 詩・全滅 山田かん
034  爆心から184メートルの壕で生き残る  (語り手)松尾ヨセ
 036  炭坑・軍属・長崎の三地獄  李寿東
 039  被爆二世の死  広瀬方人
 042  ふたりのわたし  片山昌造
 044  『長崎の証言』総目次(1969~1989)
 102  年表・長崎の証言運動20年
20220429nagan
 114  あとがき

広島県原爆被害者団体協議会陳情書(市長宛、1970年6月16日)

広島県原爆被害者団体協議会陳情書(市長宛、1970年6月16日)

昭和四十五年六月十六日
広島市長
山田 節男 殿

広島市大手町四丁目五番六号
広島県原爆被害者団体協議会
理事長  滝滝 市郎
事務局長 檜垣 益人
陳情書

人類史上空前の原爆悲劇からはやくも四半世紀の歳月をけみし、被爆二十五周年の八月六日を迎えようとしています。
毎年の八・六式典についての市民の声、特には生存被爆者や遺家族のつぶやきに耳を傾けて下さいまして、今年の被爆二十五周年の式典に於てこそは、被爆生存者や遺家族が生きてゆく勇気と希望を与えられ、被爆死没者の犠牲が人類の救いとして決してむだとならぬために、少くとも次の事項につき改善乃至新企画をして下さいますよう要請いたします。

一、平和宣言の内容には、原爆死没者の犠牲が少くともこの二十五年間の原爆不使用の大きな因であり、日本の平和と繁栄もこの犠牲の上になりたっていることも、更めて確認され、戦争なきひとつの世界へ向かっての大いなる警鐘と不動の礎石として、決してむだにしないことを誓うという内容がもりこまれること。
一、右と関連して広島市当局自ら原爆死没者遺家族の援護に尽すとともに、政府・国会に対しては、原爆遺家族援護や原爆傷害者に対する補償的援護施策が行なわれるよう、先頭に立って促進することを誓う旨をもりこむこと。
但し、この頂は平和宣言の内容としてでなくても、市長の別の八・六声明としてでも行われたいこと。
一、平和式典の祝辞の代読はこれを止め、出席本人が読むもののみに限られたいこと。形式的代読の空しさは多年の市民のつぶやきであり、今年こそは勇断をもって、このつぶやきを聞きいれていただきたいこと。
一、平和宣言が市長によって読みあげられるだけに止らず、これに応えて市民代表が決意表明を行なうように企画されたいこと。(この場合、市民代表は青年又は被爆者が望ましい。)
このための時間は代読廃止等によってセイブされる時間が充てられるならば式典に一層真実がこもって来るものと思われます。
一、会場の被爆者席には市内在住の認定被爆者だけが招待されるのでなく、被爆者並びに遺家族なら誰でも先着順に坐れるように改善されたいこと。
一、平和の歌は会場の全員が合唱できるようにあらかじめ普及・練習の方途を講ぜられたいこと。
一、尚、八月六日~九日を国際停戦デーとすることの提唱。八月六日八時十五分の一分間黙祷が全国的・全世界的に行なわれることの提唱、これと関連して八時十五分を中心とする式典がテレビ宇宙中継されるようにとの要望などは、私たちの団体も深く賛意を表し、その実現を強く望むものであります。
右、被爆二十五周年にふさわしい画期的意義ある式典となりますよう切に陳情申し上げるものであります。

タブーへの挑戦ー本島(長崎市長)発言に市民は…

『タブーへの挑戦ー本島(長崎市長)発言に市民は…』(言論の自由を求める長崎市民の会編・刊、19890815)

内容

項目 備考
001 刊行にあたって(岩松繁俊)
009 呼びかけ人から寄せられた手紙
026 座談会(言論の自由を求める市民の会)「本島発言の波紋―市民の会の4か月」 1989年5月1日
高實康稔・
041 37万署名に添えられた手紙(永田正俊編)
074 本島市長の”叫び”(中野清)
078 天皇報道と言論の自由に関する声明  ~2・24~ 大喪の礼を前にして
 1989年2月20日 長崎マスコミ文化共闘会議(長崎新聞労組、日放労長崎分会、長崎放送労組・テレビ長崎労組)
079 「大喪の礼」報道に関する要請
  1989年2月10日 長崎マスコミ文化共闘会議(長崎新聞労組、日放労長崎分会、長崎放送労組・テレビ長崎労組)
080 2・24 長崎 自由に語ろう天皇制 -おんなの井戸端会議-
 市民有志131人と「市民週間」/「市民の会」結成と第2次署名運動/初の街頭署名と集約作業/自由に語ろう天皇制/「大喪の礼」当日のマラソン集会/大嘗祭までは活動を!?/署名を本島市長に提出
086 ドキュメント”市民の会”(宮川淑子)
100 本島発言をめぐる経過(文責 三岳寛之)
 1988年12月7日~ 1989年04月28日
110 あとがき

 

年表:沖縄・広島 1996年~2000年

年表:沖縄・広島 1996年~2000年<作業中

 年月日  事項
1996年
01 10 日本被団協、九州ブロック会議を沖縄県那覇市で開催。九州8県の会長と全国理事が参加。
01 27 <宇吹メモ>**の話:戦争遺跡の保存は沖縄の南風原が先陣を切った。「平和の礎」とともに沖縄が先進的な役割を果たしている。
02 15 沖縄県、全国巡回展「沖縄からのメッセージ-基地と平和と文化を考える」を広島市内の県民文化センターで開催。約1500人が参加。
03 11 広島県内の被爆者7団体代表ら、国が広島市に建設する「原爆死没者追悼平和祈念館」への死没者氏名の掲示問題の参考にするため沖縄の「平和の礎」を視察。12日、帰広。
03 15 広島県原爆被害者団体協議会(伊藤サカエ理事長)、6月に沖縄訪問団を派遣することを決める。
03 05? 広島県内の被爆者7団体、国の「原爆死没者追悼平和祈念館」に要望している死没者氏名の掲示方法を探るため、沖縄県の「平和の礎」の視察と専門の検討委員会の発足を計画。
04 13 「4・13沖縄・佐世保の声を!長崎集会」、長崎原爆資料館ホールで開催。
04 27? 長崎市・長崎平和推進協会、今夏に沖縄への平和学習ツアー「長崎市少年平和と友情の翼」を計画。
05 13 沖縄平和運動センター(社会党系)の平和行進、那覇市など沖縄県内3か所を出発。1978年に始まったこの行進は今年で19回目。過去最高の700人余が参加。
05 27 広島県被団協(伊藤サカエ理事長)、総会を広島市内で開催。沖縄に交流団を派遣することなどを決める。
05 19? 沖縄県伊良部町立佐良浜中学校3年生87人、修学旅行で訪れた長崎市の爆心地公園で平和集会を開催。
06 03 長崎市が募集している沖縄平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」への応募が定員120人に対し2000人を越える。
06 20 「沖縄発全国キャラバン」一行、広島市の原爆資料館を訪問。大田沖縄県知事などのメッセージを原田館長に手渡す。
06 23 広島県被団協(伊藤サカエ理事長)の「ヒロシマ・オキナワ交流団」、沖縄を訪問。-24日。
06 23 「広島と沖縄をむすぶつどい-広島と沖縄の新しいスタートを!」、広島YMCAで開催。約100人が参加。
06 23 沖縄県、沖縄全戦没者追悼式を糸満市摩文仁の平和祈念公園で挙行。約5000人が参列。
06 28 広島市議会、全面的核実験禁止条約の締結促進と沖縄・普天間基地の岩国移転反対の二つの意見書を可決。
07 13 長崎市などがはじめて企画した沖縄平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」(30日-8月2日)に参加する同市内の小中学生約120人、長崎原爆資料館で、伊藤市長と平和について話し合う。
08 03 原水禁長崎県民会議の平和の島を目指す沖縄の運動に連帯する平和行進キャラバン、原水禁長崎大会会場に向け佐世保市を出発。約40人が参加。
08 03 「沖縄からのメッセージ展」、長崎池田平和会館で開幕。-9日。
08 04 「平和に生きる社会をつくるヒロシマのつどい実行委員会」(代表:松江澄)、「平和に生きる社会を創るヒロシマのつどい1996」を開催。-7日。テーマは「沖縄-岩国-ヒロシマ-『核の傘』のもとで平和は守れるか」。
08 06 沖縄県中頭郡北谷町の町民11人、広島市の平和祈念式典に参列。
08 07 沖縄市の親子平和大使一行16人、恵の丘長崎原爆ホームなどを訪問。
08 08 「沖縄・高校生平和集会」、那覇市内で開催。-10日。広島から30人が参加。
08 08 「なくせニュークス96MICフォーラムwith沖縄」、長崎市内で開催。約100人が参加。
08 09 「被爆51周年長崎反戦集会」、長崎県勤労福祉会館で開催。沖縄の反戦地主・知花昌一が講演。約300人が参加。
08 23 広島県内の小中学生らでつくる「サダコクラブ」のメンバー11人、沖縄学習旅行に出発。沖縄県立平和祈念資料館やひめゆり資料館などを見学。-25日。
08 03? 広島高校生平和ゼミナール、5月に沖縄の若者を広島市に招き開いた「広島と沖縄を結ぶ平和ゼミナール」の報告集を発行。
10 28 那覇市・広島市・広島平和文化センター、「広島・沖縄・平和のキャンパス」を広島国際会議場で開催。31人が参加。坂本義和が講演。-30日。
11 21 広島市立長束小学校と沖縄県具志川市立天願小学校、テレビ電話で交流。
11 29 自由法曹団広島支部、結成20周年を記念して「沖縄から広島へ-梅原司平ミニコンサート&安保・基地・核を語る夕べ」を広島市内で開催。
11 13? 広島県内の平和学習グループ「サダコ・クラブ・ヒロシマ」、今夏沖縄県に平和学習旅行をした感想文集「私たちのみた沖縄」を発行。
1997年
02 10 外務省、米海兵隊岩国基地所属の垂直離着陸機ハリアーが1995年から96年にかけて沖縄県の射爆撃場で放射性物質である劣化ウラン弾を誤射していたと発表。
02 11 沖縄県で訓練中に米海兵隊が劣化ウラン弾を誤射した問題で、岩国市の照会により、同弾が岩国基地に貯蔵されていることが判明。
04 18 広島県被団協(伊藤サカエ理事長)、組織強化対策委員会・拡大事務局合同会議を開催。米の臨界前核実験への抗議、長崎・沖縄との連帯、放影研の発行した冊子の全面改定の要請などの行動計画を決める。
04 28 <宇吹メモ>大牟田の話=週刊金曜日で筑紫哲也が、原爆・沖縄を特集すると、売れる部数が半減したと書いていた。
05 08 長崎市・長崎平和推進協会、今夏沖縄県で行われる平和学習ツアー「長崎市少年平和と友情の翼」に参加する小・中学生を募集。
05 15 沖縄県宮古島・伊良部町立佐良浜中学校3年生99人、修学旅行で長崎市を訪れ、平和公園で平和集会を開催。
05 18 映画「GAMA-月桃の花」上映と安里要江(沖縄)・沼田鈴子(被爆者)のトークの集い、広島県廿日市市で開催。600人が参加。
06 03 広島・長崎・沖縄3県の社民党県連合、党の平和政策を協議する独自の研究会「社民党広島・長崎・沖縄3県平和研究交流会議」を沖縄県で開催。-4日。平和政策に関する共同アピールを採択。
06 22 「広島と沖縄をむすぶつどい」、広島YMCAで開催。約100人が参加。
06 23 広島市立幟町中学校、「沖縄を学ぶ全校集会」を開催。
06 28 第25回全国平和教育シンポジウム「沖縄・ヒロシマ・ナガサキ・アジアを結ぶ-憲法施行50年」を福岡市の西南学院大学で開催。約300人が参加。-29日。
07 12 長崎市企画の沖縄平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」に参加する小中学生120人、伊藤市長と長崎原爆資料館で意見交換。
07 22 長崎市の平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」の小中学生120人ら、沖縄を訪問。-25日。
07 23 山梨・滋賀・和歌山・香川・高知・沖縄の6県が、広島市が平和記念式に都道府県から一人ずつ招いている遺族代表を派遣しないことが判明。
08 03 創価学会広島学生平和委員会、広島・長崎・沖縄などの学生1800人を対象とした平和意識調査の結果をまとめる。
08 04 沖縄市内の中学生と保護者による親子平和大使一行17人、平岡広島市長を表敬訪問し、被爆韓国人の体験談を聴取。
08 05 沖縄の親子平和大使として広島入りした中学生とその親8組16人、平和公園の原爆慰霊碑に献花。
08 06 被爆52周年広島反戦集会「くり返すな!アジア侵略-ヒロシマ・ナガサキを」、広島のアステールプラザで開催。沖縄の反戦地主・知花昌一が記念講演。
08 06 社民党の広島・長崎・沖縄の3県連合、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)見直しの内容が憲法違反にならないよう求める要請書を土井たか子党首に送る。
08 09 8・9長崎反戦集会。沖縄の反戦地主会長が講演。
10 29 広島・長崎・沖縄3県の社民党県連合、「3県平和研究交流会議」を広島市内で開催。6月に那覇市で初会合を開いて以来2回目。
11 15 沖縄県与那国町立与那国中学校の3年生25人、修学旅行で長崎を訪問。平和公園で伝統舞踊エイサーで原爆犠牲者を慰霊。
12 06 長崎・沖縄・広島3県の社民党県連合会、「平和研究交流会議」を長崎市内で開催。提言「21世紀への平和ビジョンとプロセス」をまとめる。9日、提言を党本部へ送付。
12 07 広島県原水禁、沖縄県の米軍普天間飛行場返還に伴う名護市沖の海上ヘリポート建設などを訴える街頭宣伝を広島市内で実施。約20人が参加。
12 13 沖縄県南風原町の子供ら、平和学習で広島市を訪れ、地元の子供らと交流。
1998年
02 05 <宇吹メモ>**より電話。沖縄・高松・高知の原水協の連絡先が知りたいとのこと。県原水協(松本)に電話し、一覧表をファックスで送って貰う。奥さんが3月初めに沖縄調査に行くとのことで、行くべき場所についても聞かれる。
05 17? 長崎市・長崎平和推進協会、沖縄県での平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」の参加者を募集。
06 12 沖縄市の社会福祉法人緑樹会の職員22人、長崎市平和公園で原爆犠牲者追悼のため郷土民舞を披露。
06 15 <宇吹メモ>総科講義の感想文を読む。原爆問題を学ぶために沖縄から広島に来たと書いた女学生が一人いた。
06 18 <宇吹メモ>佐藤三男(日本共産党中央委員会平和・統一戦線推進委員会責任者)と会う。3年ほど沖縄へ行っていた由。
06 21 戦争遺跡保存全国シンポジウム(第2回)、沖縄県南風原町で開催。-22日。三百数十名が参加。
06 23 沖縄県人会など12団体、「広島と沖縄を結ぶ」をテーマに広島YMCAで集会。
07 11 長崎市・長崎平和推進協会、被爆地長崎の小中学生が沖縄戦の悲惨さなどを学ぶ平和学習ツアー「少年平和と友情の翼」の事前研修を実施。-12日。
07 23 <宇吹メモ>**(国際協力研究科)来所。広島・長崎・沖縄の地方紙を取り上げて、8月下旬に神戸で発表するとのこと。
08 01 沖縄駐留の米軍が、1950年代後半、旧ソ連など敵の侵攻を受けた際に備え、核兵器の使用を含む沖縄本島の防衛作戦計画を立てていたことが、米海兵隊の秘密指定文書で明らかになる。
08 01 広島・長崎・沖縄3県の創価学会青年部、「3県青年平和協議会」を広島市内で開催。40人が参加。-2日。
08 06 沖縄タイムス社説「広島「原爆の日」-新たな認識で核廃絶を」
08 07 「沖縄市親子平和大使」一行22人、長崎市入り。「青少年ピースフォーラム」などに参加。
08 09 沖縄タイムス社説「長崎「原爆の日」-「抑止力」の意味を考える」
08 13? 日本非核宣言自治体協議会、国際会議を来年沖縄県で開催することを計画。
09 30 沖縄の歌手喜納昌吉らが企画した平和リレー隊(ネイティブ・アメリカンの風習に基づく「セイクレッド・ラン(聖なる走り)」)、広島市の原爆ドーム前を出発。
11 22 沖縄県・南風原町の小学生、広島市牛田公民館で市立戸坂城山小学校の生徒と平和交流。
11 29 <宇吹メモ>**・**と立教大学の研修旅行(12月15日)の打ち合わせ。**の話=自分の勤務地の焼津には資料が残されていない。戦争資料と言えば忠魂碑のみ。第5福龍丸関係の資料は図書館の片隅にあるだけ。広島・長崎・沖縄が崩れると日本全体に現代史を語るよすがが無くなることになる。
11 29 <宇吹メモ>「大番」で「集い」の反省会。-7時半。20人余が参加。広島の修学旅行生が、戦争・平和を実感するのには沖縄の方が良いと言って同地に流れている。**=広島では原爆資料館に集中しすぎている。見学者が数珠つなぎで頭しか見えない。
12 15 沖縄県与那国町立与那国中学校3年生21人、修学旅行で長崎を訪れ、平和祈念像前でエイサーを披露。
12 18 <宇吹メモ>広島自治研事務局で**と話す。広島市役所職員に原爆問題についての見識がない。沖縄では、職員研修で徹底的に戦争について教えられている。なんとかしたいという気持ちを持つものはいるが、どうしてよいか分からないでいる。
12 28? 我部政明琉球大学教授、復帰前の沖縄に核兵器を600発貯蔵していたことを示す米の公文書を入手。
1999年
01 11? 米国家安全保障局、朝日新聞社の公開請求に対し、沖縄返還時の核密約の存在を認める。
02 06 広島市・那覇市など、「広島・沖縄-平和のキャンパス」を国際青年会館で開催。3回目。-8日。中国・台湾・韓国からの留学生を含む30人が参加。
02 07 「広島・沖縄-平和のキャンパス」(第2日)。小林よしのり「新ゴーマニズム宣言スペシャル戦争論」、山上たつひこ「光る風」、「がきデカ」の3作品を取り上げ討論。
02 07 ピース・ネットワーク南風原、「戦争体験を子供たちへ伝える夕べ」を開催。沖縄県原爆被爆者協議会顧問の金城文栄と南風原赤十字奉仕団の仲程シゲを招く。30人余が参加。(「琉球新報」hp)
02 15 沖縄平和運動センター、中部地区労、県原爆被爆者協議会は十五日、北中城村の米軍司令部ゲート前で「米国の臨界前核実験強行に抗議する緊急集会」を開く。75人が参加(「琉球新報」hp)
02 19 劇団「はぐるま座」沖縄公演、南風原町を皮切りに始まる。(「琉球新報」hp)
02 23 琉球新報「論壇/宮田夏江/同じ目線で語り合う/広島・沖縄平和のキャンパス」(「琉球新報」hp)
03 01 沖縄県原爆被爆者協議会(被爆協、伊江和夫理事長)など、核兵器廃絶を求める「被災45周年3・1ビキニデー県集会」が那覇市内で開く。労働組合員など100が参加。(「琉球新報」hp)
03 03 大浜長照石垣市長、高知県の橋本大二郎知事が外国艦船の入港時に「非核証明書」の提示を外務省を通して求める条例制定を提示したことについて、重要港湾の石垣港を抱える同市も賛同する考えであることを明らかにする。(「沖縄タイムス」hp)
03 03 那覇市の親泊康晴市長、高知県の橋本大二郎知事が非核証明書を求める条例案を県議会に提出していることについて理解を示す。(「沖縄タイムス」hp)
03 10 大浜沖縄県石垣市長、与党議員との協議の結果、非核港湾条例の市議会への提案を「時期尚早」として見送る方針を明らかにする。(「沖縄タイムス」hp)
04 29 秋葉広島市長、2000年の主要国首脳会議(サミット)の開催地が沖縄に決まったことについて、沖縄開催を歓迎する意向を表明。
06 16 沖縄県・竹富町立竹富小中学校、NTT長崎支店のテレビ電話回線を利用し、長崎の語り部・山脇佳朗の被爆体験を聞く。
06 26 「広島と沖縄をむすぶ会」など12団体、「沖縄慰霊の日祈念集会」を広島YMCAで開催。山内徳信沖縄県前出納帳が「沖縄の現状と将来展望」と題して講演。
07 23 <宇吹メモ>**の話=新聞労連で大田元沖縄県知事に講演依頼。50万の講演料と50万の旅費(秘書役の娘分も含む)ということであったが、講演料は10万にして貰った。
08 01 (16:00-)NBC(TBS系)、今年の日本民間放送連盟賞報道番組部門・九州沖縄地区優秀賞を受賞した「ゆるすまじ~山口仙二、その生の記録」を再放送。
08 03 広島県三良坂町・平和公園で「戦争・核・差別を許さない99みらさか平和の集い」。大田昌秀前沖縄県知事が「平和のために、今私たちができること」と題して講演。
08 05 中国新聞労働組合など、「99広島平和フォーラム」を広島市内で開催。大田昌秀前沖縄県知事と大牟田稔前広島平和文化センター理事長が講演と対談。80人が参加。
08 06 沖縄タイムス社説「被爆地の声世界に発信を」
08 07 広島・沖縄両県の少年野球チーム8チーム、広島市内で親善試合を実施。広島県少年野球協議会の企画する「沖縄・広島平和交流の翼」の一環。
08 13 NHKテレビ、九州沖縄スペシャル「被爆者たちの肖像画、絵筆に込めた遺族の思い」を放映。
08 14? 九州・沖縄8県の2000年度政府予算の概算要求に向けた要望が出そろう。長崎県は、介護保険導入を前に、原爆被爆者の負担軽減に配慮を求める。
09 11 「沖縄・ヒロシマ青年交流会」、沖縄県で開催。
10 02 「非核・平和条例全国交流会in函館」、北海道函館市で開催。富野暉一郎龍谷大学教授・大田昌秀前沖縄県知事などが参加してパネルディスカッション。約850人が参加。-3日。
10 20 ノリス天然資源保護協会(米の核軍縮団体)上級研究員、返還前の沖縄に18種合計1200発以上の核爆弾・弾頭が配備されていたとする米国防総省機密解禁文書の分析結果を発表。
10 22 赤旗「国防総省解禁文書-米国は沖縄を核戦略の拠点にしていた-日本政府は施政権返還後も”密約”で通過など黙認」
10 31 広島市の広陵高校2年生、広陵祭で広島の「原爆ドーム」、長崎の「平和の像」、 沖縄の「平和の礎(いしじ)」の模型を作成し展示。
11 08 <宇吹メモ>母、沖縄旅行。-11日。
11 12 毎日新聞[2面特集]「特集・天皇陛下即位10周年-「平和」「沖縄」「福祉」両陛下、思い新たに」
12 15 広島平和文化センター、来年2月10~14日に沖縄県那覇市で開催する「広島・沖縄平和のキャンパス」の参加者を募集。
12 23 沖縄タイムス社説「臨界被ばく-大内さんの死を忘れまい」
12 28 広島県原水協・県被団協、米軍普天間飛行場返還問題で、沖縄県名護市長に、新基地受け入れ撤回を求めるファックスを送付。
2000年
01 05 1969年11月の日米両国首脳会談時に、沖縄への核再持ち込みを認めた極秘文書「日米合意議事録」が、現在も機密扱いのまま国務省に保管されていることが、米情報公開法に基ずく請求への回答で明らかになる。6日、外務省は、「核密約」を否定。
01 06 朝日新聞「解説:核密約-有効性の有無検証を-沖縄の基地偏重を固定化、自由使用の密約が「実害」」
02 07 広島・長崎両市、サミット期間中、沖縄で原爆展の開催を計画。
02 08 <宇吹メモ>JSA事務局より電話。沖縄問題に関する公開質問状案のファックスを検討して欲しい。
02 11 朝日新聞「主張・解説:60年安保・沖縄返還時の日米「密約」-「秘」ベール、外務省は外せ」
02 12 広島・那覇両市長や被爆者らが話し合う「戦争の世紀から平和の世紀へ」、沖縄県那覇市で開催。約200人が参加。
02 12 鳩山由紀夫・民主党代表、沖縄サミットに合わせて広島市が計画中の原爆展に賛意を表明し、政府に協力を働きかける考えを示す。
02 14 稲嶺沖縄県知事、広島・長崎両市が沖縄サミットに合わせて計画している原爆展に協力する意向を表明。
02 29 朝日新聞「列島2000:秋葉・広島市政1年-「沖縄原爆展」久々のヒットだが」-平和・経済の両立に腐心」
02 22? 沖縄県、広島・長崎両市の原爆展の会場として糸満市の県平和祈念資料館の使用を承諾。
02 24? 沖縄市、広島・長崎の代表を招き、8月22-25日に「中学生ピースサミット」を開催することを計画。
03 09 ナガサキ学生平和ボランティア、戦争や被爆の体験を若者がどう継承していくべきかを考えようと、琉球大学の学生らと沖縄・長崎学生平和フォーラムを沖縄県那覇市で開く。
03 17 朝日新聞「戦争ない世界どう実現-広島・沖縄平和のキャンパス-広島からの参加者のひとこと(広島平和文化センターに寄せた感想文から)」
04 11 政府、旧ソ連の核兵器解体について、沖縄サミットでロシアを除く7カ国で総合的支援策を打ち出す方針を固める。
04 30 岡山県・大聖寺住職で陶芸家の福田寺大英、広島市・西向寺境内の土を採取。この土でつぼを制作し、沖縄サミットに参加する首脳らに贈る予定。6月、窯出し。
04 12? 「広島・沖縄 平和のキャンパス」に参加した学生ら、両県の大学生を対象に実施した「若者の平和意識を探るアンケート」の結果をまとめる。調査は、昨年11月から今年1月にかけて琉球大・広島大・広島市立大など計932人。全体の65%が「日本は平和」と回答。
04 14? 藤田雄山広島県知事と秋葉忠利広島市長、連名で、主要国首脳会議(沖縄サミット) に参加する各国の首脳や閣僚に広島を訪れてもらうよう招請状を送る。
05 24 広島・長崎両市、両市が沖縄サミットに合わせて沖縄県で開催する原爆展に、核保有5カ国首脳に視察してもらうよう、各国大使館に要請。-25日。
05 27 中国新聞社説「沖縄サミット-平和な21世紀像を描け」
05 31 使用済みの劣化ウラン弾とみられる米軍機関砲弾の薬きょうが、沖縄県西原街の資材置き場に放置されていることが判明。
05 12? 長崎市など、夏休み中に沖縄でせんそうについて学ぶ「長崎市少年平和と友情の翼」の参加者を募集。
06 01 広島市、沖縄・広島・長崎3市などが、8月22-25日に沖縄市で開催する「中学生ピースサミット」の参加者を募集。
06 11 長崎新聞社説「沖縄サミット-被爆地・長崎から考える」
06 12 秋葉忠利広島市長、主要国首脳会議(沖縄サミット)に合わせて広島、長崎両市が沖縄県で開く「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の概要を記者会見で発表。
06 12 伊藤長崎市長、主要国首脳会議(沖縄サミット)に合わせて広島、長崎両市が沖縄県で開く「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の概要を記者会見で発表。
06 17 広島・長崎両市、沖縄サミットに合わせて開催する原爆展を、首脳に同行して来日する夫人に見学してくれるよう招請状を、7カ国の在日大使館などに届ける。
06 23 朝日新聞「沖縄戦継承へ課題-終結から55年きょう慰霊の日-原爆展も計画」
06 23 広島・長崎両市、沖縄サミットに合わせて開催する原爆展をクリントン大統領が視察するよう求める書簡を在日米大使館に提出。
06 12? 広島市と広島平和文化センター、主要国首脳会議(沖縄サミッ ト)開催を記念して8月に沖縄で開く「2000〇年中学生ピ

ースサ ミット」(広島、沖縄、長崎市など主催)の参加者を募集。

06 14? 主要国首脳会議(沖縄サミット)期間中、広島市と長崎市が沖縄県糸満市で開催する原爆展について中国新聞社が在日大使館などを通じて尋ねた結果、サ ミット参加の海外7カ国首脳と欧州連合(EU)委員長の見学予定は無し。
06 20? 広島・長崎両市が沖縄サミットに合わせて開催する原爆展で、沖縄在住の被爆者が証言することが決まる。
06 22? 先進7か国(G7)、チェルノブイリ原発事故の完全閉鎖を決めたウクライナに対し、総額3億ドルの新たな共同支援計画を、沖縄サミットで表明することで合意。日本は21億円負担。
07 06 広島原爆資料館、先進国首脳会議(沖縄サミット、21〜23日)に合わせて沖縄県で開く原爆展の展示資料を発送。長崎原爆資料館も。
07 08 沼田鈴子から贈られた広島の被爆樹木「アオギリ」の苗木の委託式、沖縄国際大学で開催。約40人が参加。
07 11 朝日新聞(広島版)「広島ひと模様:反核、沖縄から発信-原爆展で実相訴え」
07 14 広島・長崎両市、原爆展の開会式を沖縄県糸満市・県平和祈念資料館で開催。両市長など100人が参列。-26日。期間中6000人が参列。
07 20 秋葉忠利広島市長、沖縄県入り。クリン トン米国大統領が21日、糸満市の県平和祈念資料館そばの「平和の礎(いしじ)」前で演説する計画があるため、資料館で開催中の 「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」の会場で、大統領の見学に備え待機。伊藤長崎市長も。
07 20 広島市の女性グループ「ヌチドゥタカラ (命こそ宝)ひろしま」、主要国首脳会議(沖縄サミット)を前に、原爆ドーム前で座り込みを実施。10人が参加、米兵による犯罪の根絶を求める署名活動などを行う。
07 21 クリントン米大統領が演説した沖縄県糸満市の平和祈念公園を訪れていた米軍基地の子供たち約40人、大統領の演説後、同公園内の同県平和祈念資料館で開かれている「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」を見学。大統領は見学せず。
07 23 金城文栄・山岡ミチコ・比嘉幸子、沖縄県糸満市で開催中の原爆展会場で被爆体験を証言。約300人が参加。
07 23 沖縄サミット、終了。共同宣言「沖縄2000」で、「核兵器廃絶への明確な誓約」を合意した今年五月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議について、「その成功を歓迎する」とさらりと触れただけで論議は皆無。
07 25 夏休み中の子供たちに戦争について学んでもらう「長崎市少年平和と友情の翼」事業に参加した同市内の小中学生60名、沖縄県に向け出発。沖縄地上戦ゆかりの地を訪ねる平和学習行事で、今年で5回目。
07 26 長崎新聞「訴えは届いたか-沖縄の原爆展から」(-27日、2回)
07 31 朝日新聞(広島版)「沖縄の「原爆展」6000人見学-反核のメッセージ心に刻み-核廃絶への行動、ますます重要に」
07 11? 宮崎市で開く主要国首脳会議(沖縄サミット)の外相会合がまとめる「総括文書」に米ロの第2次戦略兵器削減条約(START2)の早期履行と第3次戦略兵器削減条約(START3)交渉の早期開始、妥結の必要性を明記することが固まる。
08 01 沖縄で開かれる「2000年中学生ピースサミット」に参加する広島市の中学生12人、事前学習会を原爆資料館で開催。
08 04 中国新聞「沖縄・韓国・北朝鮮…-民族芸能一堂に-6日、芸術祭」
08 07 沖縄市役所内のギャラリーで、市の平和月間事業の一環として「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」を開催。(沖縄タイムス)
08 11 毎日新聞「特集・平和の発信:新たな世紀へ-沖縄から、各地から-広島・原爆資料館ほか」
08 12 沖縄市で開かれる中学生ピースサミットに長崎市から参加するメンバーの事前研修会。長崎市から江平、山里、淵の各中学校の代表、計12人が参加予定。
08 22 広島、長崎、沖縄県沖縄市の3市、「2000年中学生ピースサミット」を沖縄県内で開催。-25日。広島、長崎、沖縄県沖縄市の3市の中学生48人が沖縄戦の戦跡や米軍基地巡りや、グループ討議などを沖縄県内で実施。
08 24 広島、長崎、沖縄市の中学生が平和について語り合う「2000年広島市・長崎市・沖縄市中学生ピースサミット」(主催・沖縄、広島、長崎市)のピースフォーラム、沖縄市民小劇場あしびなーで開催。
08 02? 中曽根康弘元首相が沖縄返還の日米交渉が「核抜き・本土なみ」で合意に達した翌年の1970年9月、防衛庁長官として訪米した時、有事の際の日本への核持ち込みを容認する発言をしていたことが、米側の公文書で判明。
11 02 <宇吹メモ>**より電話。沖縄平和大会参加の件。初日の南部戦跡めぐりは、5000円高であるが可能になったとのこと。
11 08 <宇吹メモ>**(広島県平和委員会)より電話。沖縄行きの件の確認。
11 23 <宇吹メモ>2000年日本平和大会結団式兼学習会・打合会。於沖縄旅行のホームページをカラーで打ち出す。・県立生涯学習センター。湯川寛子(沖縄の現状)・上田博之(呉の基地の現状)の話を聞く。-4時。6万5000円支払う。広島からの参加者は約40名。
12 01 <宇吹メモ>沖縄行きのため年休を取る。
12 01 <宇吹メモ>南部戦跡めぐり。糸満市の平和祈念公園・沖縄県平和祈念資料館見学のみ。ゆったりとしたスペース。建物・展示いずれも金をかけていることは理解できた。閉館直前なので、入館者は、ほとんどいない。5時過ぎ那覇市民会館到着。300円の弁当が夕食。
12 01 <宇吹メモ>日本平和大会in沖縄開会集会。須田博基調報告。ジョセフ・ガーソン(アメリカ)、イアヌゼッリ(イタリア)、イム・サンジン(韓国)、グアダルーペ(プエルトリコ)海外代表挨拶。各地からの報告。-20:30。
12 02 <宇吹メモ>ホテルで朝食バイキング。徒歩で一緒に沖縄バス旭町車庫へ。8時半、沖縄本島北部・中部基地調査バス出発。3号車。サカ(三重県代表)が車長。ガイドは名嘉。
12 02 <宇吹メモ>那覇市民会館着。近くのブックオフに沖縄コーナーがあったので、関係の本を数冊購入。近くのピザ屋で簡単な夕食。
12 02 <宇吹メモ>文化の夕べ。子ども獅子舞、琉球舞踊、琉球民謡、琉球舞踊、沖縄空手、真志喜トミのパフォーマンス、エイサーなど沖縄の芸能を楽しむ。
12 02 <宇吹メモ>ワシントンホテル近くの飲み屋「居酒屋六文銭」で、広島県代表団の壮年・老年グループの交流会。10数人参加。オリオンビール、泡盛など、沖縄料理を堪能。
12 27 <宇吹メモ>沖縄旅行のホームページをカラーで打ち出す。