資料年表:宇吹暁の8・6<2001年~>

資料年表:宇吹暁の8・6<2001年~><敬称略><作業中>

年  事項
2001
07:30 出勤。タクシーで平和記念式典会場へ。西垣学長、村松、岡本三夫と原爆ドーム前で会う。小泉の挨拶の内容に「平和憲法」・「非核三原則」という言葉があったので、わが耳をうたがったが、その他はひっかかるところなし。問題は、この挨拶と靖国参拝が同一人物で重なること。
09:10 広島女学院上幟町校地到着。
被爆56周年平和祈念式。於・上幟町校地・慰霊碑前。キリスト教主義大学ジョイント8・6平和学習参加の学生も含め盛会。西垣学長が、挨拶の中で私の名前をあげる。女学院高校の生徒が挨拶。加害についても考える必要があるとの内容。
10:40 Oが一生懸命撮影してくれる。だいぶ疲れた様子。終了後、休憩室で湯茶をよばれ、Oは帰宅。
11:30 キリスト教主義大学ジョイント8・6平和学習で講演。小泉首相と女学院高校生徒の挨拶を取り上げる。-12時半。西垣学長から、他校の慰霊式典の様子を聞かれる。NからTシャツを貰う。Nの話=謝礼を次回の給与に振り込む。昼食を一緒に摂り、退席。
13:00 原爆被害者8・6証言のつどい20周年のつどい。於:広島YMCAコンベンションホール。M・S(広島県立保健福祉大学)・S・Nと話す。Iに続いて挨拶を求められる。-2時半に中途退席。タクシーで大学に戻る。
13:01 M=広島国際大学は、まもなく辞めるつもり。S=来年の非常勤は宇吹の名前で予算要求しているのでよろしく。今年は福島生協病院の?に依頼した。N=8月23日にアメリカに戻る。原爆の絵とともになつかしの広島を描いた絵も全部閲覧できた。?が親切に応対してくれた。
15:00 K(共同通信)より大学へ電話。被爆体験継承策についての見解を聞かれる。
2002
自宅で早朝から採点。8時の平和式典中継を見て、出勤。広島駅で今朝の朝刊を購入。
10:00 校内で*と彼女の姉母子と会う。私の研究室でコーヒーを飲みながら30分ほど話す。姉は、広島大学の国際協力研究科(修士)を卒業し、現在女学院英米文学博士過程に在籍中とのこと。父親が、鉱山関係の研究者とのこと。中国の核実験などについて話す。
15:00 2002年度「8・6平和学習プログラム」。於:広島女学院幟町校地内。2時30分、印パ学生との交流会の最後に加わる。3時~4時半、まとめの集会で発言。終了後、帰宅。
2003
09:00 広島駅新幹線口で今日の新聞を購入して出勤。広島女学院被爆58周年平和祈念式には参列せず。全国各新聞社のホームページで社説をチェック。文化史学の採点。帰宅後、夜中までかかり一応終了。
18:30 NHK総合テレビで朗読劇「夏雲」の模様を簡単に紹介。翌日Tから聞いた話では、折鶴が焼かれた事件のため、放映時間が短くなった由。
2004
07:00  講座「ヒロシマ」:市民球場バス停へ。7:30集合だったが関西学院一行は、7:00に集まる。長富健三(中国新聞・論説委員)もしばらく取材。天風録で取り上げる由
07:20  「せこへい」の碑前で沢野(安田高校)で出会ったので、碑の説明を講座「ヒロシマ」参加者向けにしてもらう。
 07:30  講座「ヒロシマ」:現地実習(広島市平和式典参列)。*(関西学院大学商学部4年)を含む第9グループがNHKの取材を受けるため、式典会場に一緒に座る予定であったが、会うことが出来ず。別々に会場に座る。「8・6平和セミナー」と会う。
09:00 講座「ヒロシマ」:広島女学院高校へ移動。
10:00 講座「ヒロシマ」:現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参列)。*が在学生代表で挨拶。総務の職員と課長クラスが総動員されていた。英文関係の顔が見えず。
 11:00  講座「ヒロシマ」:「原爆の絵碑」除幕式。早坂暁・森本順子も参列。*の話では、早坂暁には旅費は出さず、森本順子にはオーストラリアから来日する旅費を出したとのこと。講座「ヒロシマ」のメンバーはほとんどが参列せず。
11:30 講座「ヒロシマ」:女学院中学高等学校の食堂で昼食。当初、関西学院大学の学生は夜8時に集合の予定であったが、彼らがコンサートに参加することになっており、集合時間を9時半まで延長することを私からアナウンス。
13:00 講座「ヒロシマ」:現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学などグループごとに)。
13:10 *と大学に戻る。直後に*と*、来室。広告のレポートについて二人で検討。2時間ほど研究室で寝る。「アジアの中のヒロシマ」の資料を作成。
15:30 *より電話。講座「ヒロシマ」でビデオを上映したい由。
20:00 講座「ヒロシマ」の学生に会うため、平和公園へ。関西学院大学の学生は、8:45に市民球場前に集合することにしていた。歩いて広島女学院中学・高等学校へ。最後まで付き合った女学院学生は4人。その一人*を広まで送って10時過ぎ帰宅。*は広島大学国際協力研究科の事務職員とのこと。
 2005
 06:30  広島駅の駐車場に車を置き、駅の売店で新聞を購入。日経が昨日の模様を大きく掲載。電車で市民球場南側へ。07:15関西学院大学のバス到着。まとまった班から平和公園へ。*・*も来る。デジタルビデオカメラでの撮影を依頼。
08:06 集中ヒロシマ(第2日)④⑤現地実習(広島市平和式典参加)。会場内に空席が無く、式典会場の西側へ。翌朝の報道では5万5000人が参列。学生とはぐれ、式典の最中に出口付近に移動して待ったが会えず。最後までいたとのことで、ほとんどが女学院慰霊祭に遅刻。
 2006
07:20 特別講義「ヒロシマ」(第2日)。広島市民球場南側に集合。欠席:54038*(体調不良との連絡)。
07:30 特別講義「ヒロシマ」(第2日)。④現地実習(広島市平和式典参加)。空席多数。
08:50 平和公園->NHK->旧日本銀行広島支店->袋町小学校->アンデルセン->タクシー->広島女学院。関西学院大学から中*、*が加わる。
10:00 特別講義「ヒロシマ」(第2日)。⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。BGSU平和セミナー(*、*が引率)、ジョイントセミナー(*、*の姿を見る)、被爆同窓生の*が連れてきたアメリカオレゴン州の「ローグバレー平和合唱団」38名も参加。
11:00 同窓生の体験記集朗読会(食堂)。湯茶の接待を受ける。昼食(ゲーズホール2階)。
12:30 特別講義「ヒロシマ」(第2日)。⑥⑦⑧現地実習。(平和公園碑めぐり、原爆資料館、原爆死没者追悼平和祈念館、袋町小学校平和資料館、広島市立中央図書館など、班ごとに行動・見学)。
12:30 ホームテレビのドクター・キャンパ用取材撮影(玄関前)。ディレクター:円並地元道。私が関西学院大学との合同授業の意義について語る。この後、カメラクルーは、原爆ドーム前で第6班を取材予定とのこと。企画広報課の*が手配同行。
13:00 大学に戻り研究室で2時過ぎまで昼寝。1年生~3年生の成績をつける。途中まで。~19:30。
16:00 *(3班)より電話。放影研に行き、そこで脱落した由。
20:30 広島女学院中・高へ。関西学院大学の集合と帰路へ付いたのを確認。見送りに残っていた女学院生のうち、呉在住の2人を送り帰宅。
 2007
06:30 大学到着。突然の雨。ツバメに連絡したが6~7時台は予約で一杯との回答。徒歩で行く途中、*・*とユアーズ前で会う。一緒にバスで広島駅まで行きタクシーに乗り継いで07:10、市民球場前に到着。ちょうど関学一行と出会う。揃った班から平和式典会場へ。
07:30 「ヒロシマ」。④現地実習(広島市平和式典参加)。ホームテレビがドクターキャンパ用に第1班を取材。欠席:* *(生活2)、*(生活4)、
10:00 「ヒロシマ」。⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。終了後、ドクターキャンパ用に私のコメントを収録。*(ホームテレビ映像KKプロデューサー)。
11:10 「ヒロシマ」。昼食(昼食後、平和公園まで徒歩移動)。
13:00 「ヒロシマ」。⑥⑦⑧現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学など)。*・*と一緒に行動。袋町小学校→旧日本銀行広島支店→NTTクレドホール(大阪万博の展示を見る予定であったが入場料が1000円だったので入場せず)→紀伊国屋書店(本4冊購入)→大学へ。
16:00 大学へ戻る。*から「オキナワとヒロシマ」(*)資料が届く。20:30女学院幟町校地に集合した関学の学生を見送り帰宅。
21:30 *(明治大学大学院修士課程)より電話。*から紹介。今広島。杉並の運動を整理。会って藤居などの話が聞きたいとのこと。
 2008
特別講義Ⅱ「ヒロシマ」。
07:30 「ヒロシマ」。④現地実習(広島市平和式典参加)。関学のバスが1時間も早く到着し、ぐるぐる回っていた由。
10:00 「ヒロシマ」。⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。*が在校生代表として挨拶。式終了後、今田学長が参列している3つの平和プログラムの参加者を紹介。
11:10 「ヒロシマ」。食堂で卒業生による体験記の朗読を聞く。<石井三恵も朗読>。チャペルの2階で昼食。杉原左右一関西学院大学学長に挨拶。*(経済1)が体調を崩し、高校の茶室で休養。
13:00 「ヒロシマ」。⑥⑦⑧現地実習(平和公園碑めぐり、原爆資料館見学など)。第1・2・5班と広島市現代美術館へ。引率の私の入館料は無料。石内都展、ヒロシマ・モナムール、ドームの3展示。15:00~16:30映画アトミック・カフェを見る。5時前に分かれ、大学へもどる。20:30幟町に見送りに行く。かなりの女学院の学生が最後まで付き合う。*を苗代の自宅に送り届け帰宅。
2009
06:20 広島女学院高校に車を駐車。徒歩で平和公園へ。
07:30 ④現地実習(広島市平和式典)。*など間に合わず。
10:00 ⑤現地実習(広島女学院原爆死没者追悼式典)。慰霊碑の移転後初めて。11:15堀洵子一人芝居を観劇。
11:10 昼食:アイリスセンター2F多目的ホール。~12:00。昼食後、班別行動。旧市民球場・折り鶴展示場-広島城など。
13:00 ⑥⑦⑧現地実習。広島市現代美術館―13:00ゲーンズ先生の墓―放射線影響研究所13:30山下俊一「国連機関と放射線影響研究」―シャトルバス13:45―八丁堀
16:20 旧市民球場・折り鶴展示場―平和公園一周―灯ろう流し18:30―広島女学院高校―自宅。
 2010
07:30 W ④現地実習。旧広島市民球場前集合。原爆ドーム前で*と会う。広島市平和式典。10:00⑤広島女学院原爆死没者追悼式典参加)。
11:10 W 昼食。中学校チャペル。同窓生による夏雲朗読。09:30「第12回見て!見て!!平和のでっかい絵」。
13:00 W ⑥⑦⑧現地実習。県立美術館。14:30広島城。15:00*と会う。袋町小学校平和資料館。旧日本銀行広島支店。*と会う。アンデルセン。旧広島市民球場。17:00平和公園。17:30*(原爆資料館学芸員)と会う。
 2011
 呉駅-0711広島駅。宮島行広電で原爆ドーム前へ。11本通り-熊野団地入口。12時帰宅。
 2012
 焼山発の広電バスで広島へ。8時に平和公園到着。正午過ぎまで市内で資料収集と写真撮影。むさしで昼食。一気に疲れが出たので、広島バスセンターから帰路へ。~12時。
 野田首相挨拶=原稿に目を向けたまま顔を上げず。棒読み。献花=内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、外務大臣、厚生労働大臣・・・・・。広島市女職員生徒原爆死没者慰霊式典。
旧日本銀行広島支店。せこへい美術館。澤野と話す。佐々木の兄と黒瀬の紹介で会ったことがある由。
ウェブ上の地方紙の8・6社説をチェック。翌日も補遺作業。原発に言及するものもあり。
 2013
 06:42広電昭和支所ー7:37中電前ー平和公園ー9:12国際会議場ー篠原収と会うー「光の肖像展」-平和大通り(第一県女)ー旧日銀・せこへいーバスセンター12:13-13:13昭和支所ー13:30帰宅。
 2014
 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式。
 2015
 08:00被爆70年。広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式。式典終了後、篠原収・田城明と会う。
 本川学区慰霊碑(正面)慰霊之碑(裏面)為原爆死没者 昭和三十二年八月六日建之 本川学区内有志〔説明板〕此の慰霊碑は過ぐる昭和二十年八月六日原爆投下された際本川地区一帯の死亡者数千の遺体を本川小学校内に集め、焼却された遺骨を此の位置にあった空鞘町防空壕内に埋没されたのであります。その後遺骨は平和公園内の供養塔内に移したのですが、永く此の聖地を記念しその英霊を慰めるため、地区内有志相寄り此の慰霊碑を建立したのであります。合掌 昭和四十年八月本川地区町民有志本川町三丁目町内会
 2016
 広島市平和記念式典の周辺を取材。昨年・一昨年と供養塔前に置いてあった平和のメッセージが今年はなかった。旧日銀・袋町・県立体育館を回り、1時過ぎのバスで帰宅。
 2017
 広島市平和記念式典に参列・取材。旧日本銀行広島支店などを覗く。
 2018
 07:30 昭和市民センター発のバス(始発)で広島へ。8時過ぎ、平和公園に到着。
 2019
広電バス・昭和市民センター前
08:00原爆犠牲ヒロシマの碑8;00 全損保8:13、供養塔茶席08:30、9:16嵐の中の母子像。9:48NHK、
22:00NHKスペシャル「“ヒロシマの声”がきこえますか~生まれ変わった原爆資料館~ 」(50分)。
 2020
 読売・毎日・日経・産経をコンビニで購入。
08:15 黙とう呼びかけの呉市からの町内放送に合わせ1分間の黙とう。
 2021
 広島平和公園へ。原爆死没者慰霊行事に参列。原爆ドーム北側などを取材撮影。―07:26。
 広島大学「平和と人間D」期末レポート採点表、メール添付で返送。
10:30 そごう駐車場―平和公園―広島県動員学徒犠牲者の会―原爆の子の像―原爆ドーム―原爆慰霊碑―花輪―撤去表(北辰映電)―献花―小倉桂子―peace run clubー平和の鐘を吊るす装置―巨大スクリーン―原爆慰霊碑―会場テント内―平和記念式典に寄せられたメッセージ―温井慰霊碑―造船工慰霊碑―教師と子どもの像―損保慰霊碑―湯川秀樹歌碑―原爆資料館―嵐の中の母子像―原爆資料館時計―ローマ法王碑―被爆ピアノ11:09―<全損保―被爆遺構―レストハウス>―そごう地下で昼食用弁当―
「47ニュース」で社説・論説をチェック。https://www.47news.jp/news/column/shasetsu
 2022
 自宅発―広島平和公園。
 2023
 読売・毎日など購入。
 ヒロシマ遺文への投稿=「社説20230806」
 2024

 

 

 

 

止

資料年表:宇吹暁の8・6<1967~2000年>

資料年表:宇吹暁の8・6<1967~2000年><敬称略>

年
1967 平和式典・第13回原水爆禁止世界大会広島大会
1980 家族で東北旅行。5-9日。民宿千葉荘泊.岩手県肝沢郡衣川村.
1981 大山登山。5-7日。
1982 年休。世界大会援護法関連分科会に出席.
1983
1984 広島大学慰霊祭に出席。熊田重邦夫人と会う。
1984 原水禁大会(統一)分科会。於竹屋小学校。北西が運営委員として参加。
1985 広島大学本部慰霊祭に参列.
1986 広島大学慰霊祭参列.8月7日、五日市ユソフ忌に参列。
1987
1988
1989 広島大学慰霊行事参列.
1990 広島大学原爆死没者慰霊行事参列。
1991 自宅を出発。7時過ぎより広島市の原爆死没者慰霊式・平和祈念式に出席。Sと。
1991 Oに広島市所蔵の死没者名簿の閲覧について伝える。8月下旬に閲覧とのこと。宇吹も一緒に行くから連絡されたしと伝言。
1991 広島市立中央図書館の正田篠枝展を観る。
1991 国際平和シンポジウム。-16時。疲れてほとんど寝ていた。これまでの国際シンポにも共通した感想だが、国内からのパネラーの質が悪い。
1992 広島大学原爆死没者追悼式。Hと参列。Hによれば参列者数は約100人。OにHを紹介。
1992 「世界遺産条約資料集1・2」届く。剄草書房へ「核兵器廃絶の思想と運動」のゲラを返送。
1992 放影研でH・H・Mと会う。Hは、役人の天下りのようで、資料のことに詳しかった。年表と国会議事録の作業を進めることを伝える。私の補助者が問題であったようだが、検討期間を貰い、8月末か9月初に返事することにした。
1992 粟屋憲太郎来所。「ブルータス」への連載の取材で初めて来広した由。「平和記念式典の歩み」を贈呈。6時ごろから黄金山を案内し、椿亭で夕食。来年、研究休暇が取れるのでオーストラリアへ行くとのこと。
1993 広島大学の追悼式を欠席。
1993 藤居より電話。吉田嘉清が午前中に来てくれた。彼が統一の仲介をしてくれと私を訪ねてきたのは1977年。佐久間・庄野・石井が一緒だった。吉田は1984年に除名。
1994 Kの運転で海田市駅まで行き、朝日・毎日・中国・読売の各紙を購入。1紙=110円。呉駅の8番レンタカーで軽トラックを予約。4000円。マーチの自動車保険契約変更(健の運転に伴う)代金2万6160円を支払う。
Sへ順子と一緒に行く。電気・対面式台所・風呂等の検討。地鎮祭と柱建ての日程を決定。2時過ぎ、帰宅。荷物の一部を健と借家に運ぶ。6時、家族で出来庭に行き夕食。
1994 順子と、*・**・***に引っ越しと新築工事について挨拶に行く。
1995 呉駅で各新聞を購入。
1995 自宅のテレビで平和記念式典の中継を観る。4時過ぎのRCC「8月6日のヒロシマ」でマンハッタン調査団の映像への私のコメントが放映される。午後9時からの「調査報告・地球核汚染-ヒロシマからの警告」を観る。1日、自宅で新聞の整理。
1996 年休をとる。5時に起きて原医研へ寄りNHKへ到着。*・*と一緒に平和公園へ行き、6時半、慰霊碑への石段下西側の記者席に着席。*(東京・NHKラジオセンター)がプロデューサー格で加わる。
1996 *とのリハーサルの時、*から総理挨拶を批判するよう勧められる。「あなたがそう思わないなら言わなくても良いが、もし思っているのなら・・・」という形で。
1996 平和式典会場の上空にヘリコプター2機。朝日とまともに向き合う席ではなはだ暑い。8時前、平岡市長が近くに来て立っているので何ごとかと思ったら、橋本総理を出迎えるため。二人は挨拶を交わしていたが、こうした場合何を言い合うのか。
1996 開式前、*は短い現場中継、その後、式典の進行については簡単に打ち合わす。私は準備した原稿の趣旨の半分も話せず。一般参列者としては、随分長く感じたが、今回はあっと言う間に1時間が過ぎた。
1996 終了後県立体育館に寄ったが成果無し。バスセンターで新聞各紙を購入して原医研に帰る。寝不足で仕事にならず、そのまま帰宅。昼食後、3時まで寝込む。
1997 自宅で平和式典中継を見る。出勤途中で、広島駅により日経と産経を購入。
1997 広島市立中央図書館で「しるされた被爆体験」展を見る。*娘が受付。*が案内してくれる。峠・正田の原稿がきれいに残っているのに驚く。文学資料保全の会からは、寄贈を受けた形になっているが、まだ正式に受け入れ手続きはしていない由。
1997 広島県立総合体育館の原水禁大会の会場へ。書籍を購入。森脇・湯川の顔を見る。
1997 広島原爆資料館で「きのこ雲の下に子どもたちがいた」を見る。漫画でわかりやすくした展示。一瞬「ムッ」としたが、見進むうちに感心する。*と話す。ハーウィットがこの展示を誉めた由。尾津の紙芝居も好評。
1997 Kの話=市長?は、レストハウスへの文化庁の保存要請について、それなら文化財に指定してもらえ、と言っている。レストハウス保存に方針転換するには、共産党に手柄を立てさせることになる、という議会内の反発がある。
1997 Y(NHK広島放送局)来所。明日東京へ転勤、新聞社のデスクに相当する役。もっと実際に番組作りに携わりたかった、また、歴史番組が作りたかったとのこと。
1997 NHKスペシャル「姿なき核開発・核兵器最前線で何が起きているのか」を見る。
1998 早朝出勤。荒神堂に向かう赤バスの中でコンスタンチノフと会う。市の平和式典に参列するとのこと。
1998 荒神堂到着。山中高女の追悼式に最前列で参列。8時前から読経。8時半、終了。A夫人と会う。第二県女の慰霊祭は被爆50周年で止めたが、この式には出席しているとのこと。
1998 平和公園内を一周し写真を撮る。県立体育館前でSと会う。彼の話では、右翼がたくさん来ていた由。中央公園まで歩く。
1998 広島大学原爆死没者追悼式。M・U・Oらと会う。Uの母は山中の教師をしていたので、彼も荒神堂に行っていた由。学長が式辞の中で、インド・パキスタンの核実験に対する怒りを表明。
1998 昼過ぎに原医研に戻ってから、インターネットで各新聞を閲覧。6日新聞の整理。ホームページアクセス788件。
1998 M母子3人が来宅していた。Kが順子の土産、イタリアサッカーチームのユニフォームを喜ぶ。
1999 広島市平和公園へ。平和式典の会場周辺で模様を撮影。N(中島本町の平和観音像前)・諏訪住職(レストハウス)・Y(そごう前)と会う。Nの話=今年は、空の椅子が目立つ。
原医研へ出勤。YAHOO!JAPANから「新着情報」に私のホームページを紹介したとのメール。アクセスカウントが急上昇する。と同時に壊れる。Hが心配して別のアクセスカウントを入れてくれる。
I(中国)より電話。今年の平和宣言について。私の感想=わかりやすくて好感が持てた。
朝からインターネットで地方紙の8・6社説の確認。ホームページに、組合の碑めぐりや今日の平和公園の模様を加える。
2000 休日出勤。平和記念式典に出席。公園でM(中国)と会う。10時前研究所へ帰る。10時まで、新聞とデジカメで撮影した式典のデータの整理。
HPC<宇吹のホームページのアクセス数>=14673(rbm)3711(lec)6512(hist)。

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2024年7月(日録)

2024年7月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:石垣重信」
 02   ヒロシマ遺文への投稿=「広島県市町公文書等保存活用協議会(略称:広文協)」、「『ふるさとを訪ねて9 広島』」、「渡部正」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆の証言」
 04   ヒロシマ遺文への投稿=「オバマの誤算-「チェンジ」は成功したか」
05
 06   ヒロシマ遺文への投稿=「毛沢東研究序説」、「レッド・パージとは何か 日本占領の影」
 07 (日) ヒロシマ遺文への投稿=「朝鮮戦争は誰が起したか」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:吉田茂」、「日本の志」
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「非核護憲都市宣言運動のすすめ」、「平和は歩いてこない」、「シンポジウム 今なぜ非核自治体か」、「シンポジウム 核兵器廃絶の展望を探る」、「歴史教育シンポジウム記録集 1995~1999年」
10  ヒロシマ遺文への投稿=「小笠原臣也」、「23森井忠良」、「明日を創る―提言・新世紀の社会保障」、「広島県労働者学習協議会」
11
12
13   ヒロシマ遺文への投稿=「東洋工業労働者のたたかいとともに」
 14 (日)
15 (海の日)ヒロシマ通信への投稿=「資料年表:宇吹暁の8・6<1967~2000年>」、「資料年表:宇吹暁の8・6<2001年~>」
16   ヒロシマ遺文への投稿=「みんなでつくろう住みよい焼山」
 17
18    ヒロシマ遺文への投稿=「家永三郎」
19    ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:家永三郎」
20    ヒロシマ遺文への投稿=「大塚茂樹」
21  (日)  ヒロシマ遺文への投稿=「『家永教科書裁判 被告側証人』(抄)」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「教科書検定訴訟を支援する全国連絡会ニュース」
23
24  ヒロシマ通信への投稿=「旧4軍港都市の平和運動代表による「非核サミット」の記録」
25
26
27  ヒロシマ遺文への投稿=「オリンピックと日本スポーツ史」、「資料年表:オリンピック」
28 (日)
29  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県労働年鑑 1952~」
30
 31

2024年6月(日録)

2024年6月(日録)

日 できごと
01
 02 (日)
03
 04 ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1956一覧」、「書誌1957一覧」、「書誌1958一覧」
05 ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1959一覧」
 06 ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1960一覧」、「書誌1961一覧」、「書誌1962一覧」、「書誌1963一覧」、「書誌1964一覧」、「書誌1965一覧」、「2024年6月(日録)」、
 07  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1966一覧」、「書誌1968一覧」、「書誌1969一覧」、「書誌1970一覧」、「書誌1971一覧」、「書誌1972一覧」、「書誌1973一覧」、「書誌2005一覧」、「書誌1974一覧」
08   ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1975一覧」、「書誌1976一覧」、「書誌1977一覧」、「書誌1978一覧」、 「書誌1979一覧」、「書誌1980一覧」、「書誌1981一覧」、「書誌1982一覧」、
 09 (日)ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1983年一覧」、「書誌1984一覧」、「書誌1985年一覧」、「書誌1986一覧」、「書誌1987一覧」、「書誌1988一覧」、「書誌1989一覧」、「書誌1990一覧」、
10  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1991一覧」、「書誌1992一覧」、「書誌1993一覧」、「書誌1994一覧」、「書誌1995一覧」、「書誌1996一覧」、「書誌1997一覧」、「書誌1998一覧」、「書誌1999一覧」、「書誌2000一覧」、「書誌2001一覧」、「書誌2002一覧」、「書誌2003一覧」、「書誌2004一覧」、「書誌2005一覧」、
11
12  ヒロシマ遺文への投稿=「“戦争と科学”の諸相 原爆と科学者をめぐる2つのシンポジウムの記録」、「追悼上野英信」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「鎌田定夫」、「時代を生きて 文集・鎌田定夫」
 14
15  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌2006一覧」
16 (日)
 17
18
19
20
21
22
23 (日)
24  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:文沢隆一」
25  ヒロシマ遺文への投稿=「日の丸・君が代の戦後史」
26
27
28  ヒロシマ遺文への投稿=「戦争遺跡は語る」
29
30 (日)

2024年5月(日録)

2024年5月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆禁止は世界の声-平和擁護ストックホルム世界大会記録」
 02   ヒロシマ遺文への投稿=「2024年5月(日録)」
03 憲法記念日
 04 みどりの日   ヒロシマ遺文への投稿=「現代詩代表選集 2(1951年版」
05 (日)こどもの日 ヒロシマ遺文への投稿=「ニッポン日記(マーク・ゲイン)」、「国際平和読本 国際連合を中心として」
 06
 07
08   ヒロシマ遺文への投稿=「危機の学生運動-歴史とその展望」
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「Ⅰ日本学生運動の歴史」
10
11
12 (日)
13
 14  ヒロシマ遺文への投稿=「Ⅱ学生運動の新たなる生育」
15  ヒロシマ遺文への投稿=「Ⅲ教育復興から教育防衛運動へ」、「Ⅳ自由と平和と独立の運動」、「V全面講和と反帝運動」、「Ⅵ全面講和と平和運動」
16
 17
18
19 (日)
20  ヒロシマ遺文への投稿=「日本共産党の百年 1922-2022」、「書誌2023」、「書誌2024」、「書誌2022」
21
22  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:猪飼隆明」
23
24
25 (日)
26
27  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌1975」、「書誌1967」
28
29
30  ヒロシマ遺文への投稿=「書誌2009一覧」

2024年4月(日録)

2024年4月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「世界平和運動」。
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「現代用語の基礎知識1949年版[増刷版] 」、「政党年鑑1948年版」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「平和の解剖」、「広島原子爆弾被害調査報告(気象関係)」、「原子爆弾に依る電気工作物の被害調査」
 04  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマの緑の芽」
05  ヒロシマ遺文への投稿=「太平洋戦争による我国の被害総合報告書」
 06  ヒロシマ遺文への投稿=「「太平洋戦争による我国の被害調査」経過」
 07 (日)ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:深川宗俊」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「反戦詩歌集第1集」、「1950年8月6日-朝鮮戦争下の広島」。
 09  ヒロシマ遺文への投稿=「広島電話番号簿-昭和17年10月1日現在」、「犯罪少年の手記」。
10  ヒロシマ遺文への投稿=「原子力の国際管理」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「戦争と平和」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ平和都市法」。
13
 14 (日)ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしま-原子爆弾の体験をめぐりて」
15  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県職員名鑑」
16
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「天皇の素顔」
18  ヒロシマ遺文への投稿=「隠るべき所なし-ビキニ環礁原爆実験記録」、「原子力の将来」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=「原子力の将来 続」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「水素爆弾 原子力の将来 第3部」、「防共の書 道徳教団パンフレット1号」
21 (日) ヒロシマ遺文への投稿=「長崎-二十二人の原爆体験記録」
22   ヒロシマ遺文への投稿=「原子爆弾 亡き夫に愛をこめて 復刻」
23   ヒロシマ遺文への投稿=「終戦史録」
24
25 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマを忘れるな No more Hiroshimas」
26
27
28 (日)ヒロシマ遺文への投稿=「原爆記-千代紙の小箱 | ヒロシマ遺文 (hiroshima-ibun.com)」
29 (昭和の日)
30

2024年3月(日録)

2024年3月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「歴史と民族の発見」、「2024年3月(日録)」
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆裁判<『中国百年 第3部 重い軌跡』所収>」
03 [日]ヒロシマ遺文への投稿=「ビキニ水爆と原対協の動き」
 04   ヒロシマ遺文への投稿=「原爆と広島-大学人会研究論集第1集」
05  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止世界大会広島ニュース 第1号(1955年6月15日)」
 06 ヒロシマ遺文への投稿=「原子爆弾ニ依ル白血球減少症ノ報告(奈良県立医学専門学校 )」、「月刊中国」
 07
08 ヒロシマ遺文への投稿=「原子爆弾ニ依ル広島戦災医学的調査報告(1945年11月)」
 09 ヒロシマ遺文への投稿=「終戦記録-議会への報告書並に重要公文書輯」、「終戦の前夜-秘められたる和平工作の諸段階」
10 [日]ヒロシマ遺文への投稿=「太平洋戦争史-奉天事件より無条件降伏まで」、「終戦の表情 鈴木貫太郎述」、「原子力時代に於ける基督教-新島講座記念論文集」
11 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:宇吹ヤス」
12 ヒロシマ遺文への投稿=「マッカーサー」、「南加州広島系人住所録 1963」。
13 自宅のパソコンが壊れる。
 14
15
16
 17 [日]
18
19 パソコン修理依頼のためデオデオ呉店へ。パソコンの基盤の修理は扱えないとのこと。広島市内のパソコン修理・データ復旧専門店へ。
20 パソコンのデータ復旧完了。パソコン修理料金=3万8500円。
21 修理の終ったパソコンの設置・設定作業。
22 修理の終ったパソコンの設置・設定作業。
23 ヒロシマ遺文への投稿=「児玉正昭」
24 [日]ヒロシマ遺文への投稿=
25 ヒロシマ遺文への投稿=「恒久平和論」、「愛国伝書鳩の飼方」
26 ヒロシマ遺文への投稿=「広島市防空計画<1941年>」
 27 ヒロシマ遺文への投稿=
28 ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース2023年・第128~129号」。
 29 ヒロシマ遺文への投稿=「非核の政府を求める広島の会ニュース2022年・第12?~127号 | ヒロシマ遺文 (hiroshima-ibun.com)」。
 30  ヒロシマ遺文への投稿=
 31  [日]ヒロシマ遺文への投稿「帝国議会に対する終戦経緯報告書」

止

2024年2月(日録)

2024年2月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:新日本婦人の会広島県本部」
 02  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:広島平和協会」
03 ヒロシマ遺文への投稿=「私の学んだこと 山代巴」、「民話を生む人々 広島の村に働く女たち」、「「平和と広島」に関する国外からの書簡(第一輯)」。
 04  [日] ヒロシマ遺文への投稿=「広島新史-資料編Ⅱ(復興編)」
05  ヒロシマ遺文への投稿=「広島随想 豊田清史」
 06 ヒロシマ遺文への投稿=「2024年2月(日録)」
 07 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:バイデン米大統領」
08 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:トランプ米大統領」
 09 ヒロシマ遺文への投稿=「歴代米国大統領の訪日」
10 ヒロシマ遺文への投稿=「六・一五事件前後 : 銀杏並木から国会へ」
11  [日]建国記念の日 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:北西允」
12 振替休日 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:オバマ米大統領」
13 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:ブッシュ米大統領」
 14 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:クリントン米大統領」
15 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:レーガン米大統領」
16 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:カーター米大統領」、「資料年表:フォード米大統領」、「資料年表:ニクソン米大統領」、「資料年表:ジョンソン米大統領」
 17 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:ケネディ米大統領」、「資料年表:アイゼンハワー米大統領」、「資料年表:トルーマン米大統領」、「」、
18  [日] ヒロシマ遺文への投稿=「オバマ大統領がヒロシマに献花する日」
19 ヒロシマ遺文への投稿=「平和シンポジウム感想歌集」、「いまに問うヒバクシャと戦後補償」、「資料年表:広島市文化協会」、「広島花幻忌の会」
20 ヒロシマ遺文への投稿=「原爆後の75年 長崎の記憶と記録をたどる」、「「原爆の子」をうけついで こども・青年・市民の平和へのねがい」。
21 ヒロシマ遺文への投稿=「広島女子専門学校」
22 ヒロシマ遺文への投稿=「能平のAgora一河音能平追悼文集」
23 天皇誕生日 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:朝尾直弘」、「京大文学部国史研究室<宇吹在籍時>」
24 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:河音能平(かわね・よしやす)」
25  [日] ヒロシマ遺文への投稿=「舞え!HIROSHIMAの蝶々 被爆地からのメッセージ」
26 ヒロシマ遺文への投稿=「戦後70年を越えて 平和と軍縮に向けた論点と課題」
 27 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:岡山医科大学」
28 ヒロシマ遺文への投稿なし
 29 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:甲斐英男」、「ヒロシマの『河』 劇作家・土屋清の青春群像劇」

止

2024年1月(日録)

2024年1月(日録)

辰     元旦

1945年8月6日から28637日

<ピカ暦(ぴかごよみ)>

核兵器禁止条約4年

2024(令和6年)
 PXL_20231231_020707250
撮影:20231231

2024年1月(日録)

日 できごと
01  円福寺・高尾神社、参拝。
 02
03  昭和高校跡地周辺まで散歩。
 04
05
 06 ヒロシマ遺文への投稿= 「広島県立呉昭和高等学校」
 07 [日]
08  [成人の日] ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:藤原彰」
 09
10  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650410-1号」、「広島県知事一覧(公選知事)」
11 ヒロシマ遺文への投稿= 「広島民報 19650425-2号」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650501-3号」
13
 14 [日] ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650510-4号」
15   ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650520-5号」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650601-6号」
 16  呉市立吉浦中学校テニス部同期会。
 17  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650610-7号」
18  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650620-8号」
19  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650701-9号」、「広島民報 19650710-10号」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650720-11号」
21 [日] ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650810-13号  」、「広島民報 19650820-14号」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650901-15号」、「広島民報 19650910-16号」、「広島民報 19650920-17号」、「広島民報 19651001-18号」、「広島民報 19651010-19号」、「広島民報 19651020-20号」、
23   ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650715号外」、「広島民報 19650627号外」、「須藤五郎・村上径行婦人後援会ニュース第1号」、「須藤五郎・村上径行青年後援会ニュース第1号」、「広島民報 19650731号外」、「広島民報 19650806号外」、「広島民報 19651029号外」、「広島民報 119651020-21号」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19651114-22号」、「広島民報 19651121-23号」、「広島民報 19651122号外」、「広島民報 119651128-24号」、「広島民報 19651205-25号」、「広島民報 19651212-26号」、「広島民報 19651219-27号」。
25   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:横山英」、「浅田常三郎」
26   ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650101-28号」
 27   ヒロシマ遺文への投稿=「徳毛宜作アルバニア訪問記」
28 [日]  ヒロシマ遺文への投稿=「原水爆禁止広島市協議会(再建)」。
 29  ヒロシマ遺文への投稿=「広島県党史資料保存・作成委員会」
30  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19650618-100号」、
31  ヒロシマ遺文への投稿=「広島民報 19651112号外」、「広島民報記事目録 1965年」。

止

2023年12月(日録)

2023年12月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:平山郁夫」
02   ヒロシマ遺文への投稿=「田辺勝」
03 [日]   ヒロシマ遺文への投稿=「加藤周一」、「村中好穂」、「資料年表:村中好穂」、「資料年表:大田洋子」
04   ヒロシマ遺文への投稿=「江戸屋猫八(3代目)」、「任都栗司」、「清水栄」、「関寛治」、「山瀬明」、
05   ヒロシマ遺文への投稿=「小磯良平」、「竹下虎之助」、「早坂暁」、「渡辺鼎」、「片岡脩」、「今西祐行」
06  ヒロシマ遺文への投稿= 「藤田雄山」、「乙羽信子」、「平田嘉三」、「大田堯」、「千田夏光」、「聖林からヒロシマへ 映画カメラマン・ハリー三村の人生」、「三村明」、「木原一郎」、「松下正寿」、「レツルの黙示録」、「トルーマン」、「資料年表:吉川生美」、「浦廉一」、「稲富栄次郎」、「原爆絵本シリーズ(汐文社)」
07   ヒロシマ遺文への投稿=「イサム・ノグチ」。
08   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:郭貴勲」、「ヒロシマの朝そして今 被爆者として母として人間として」。
09  自宅2階の資料整理。
10 [日] 自宅2階の資料整理。
11  自宅2階の資料整理。
12  自宅2階の資料整理。
12  自宅2階の資料整理。
13  一日好天。布団類・毛布の乾燥、2階の掃除など。正月を迎える準備。
14  自宅2階の資料整理。
15  来客。取材。
16  H・Aより冊子『1944年ワルシャワ蜂起1944』拝受。
17 [日] 実家の土地が平地になっているのを確認。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「 広島大学文書館紀要」
19  自宅2階の資料整理。
20
21
22  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:植木研介」
23
23
24 [日] 
25
26
27
28  ヒロシマ遺文への投稿=「黒木和雄」
29  ヒロシマ遺文への投稿=「小河原正己」、「資料年表:小河原正己」。
30
 31  [日] 
   ヒロシマ遺文への投稿=「」、「」、「」、「」、「」、

止

2023年11月(日録)

2023年11月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:石田明」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:坪井直」
03 [文化の日]  自宅階段下の整理。
04  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:新江義雄」
05 [日]  ヒロシマ遺文への投稿=「田坂正利」、「原田一三」、「資料年表:重藤文夫」
06
07
08
09
10
11
12
12 [日]  
13
14   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:岩崎昶」、「資料年表:高橋昭博」。
15  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:山代巴」、「土屋清」。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:土屋清」、「丸木位里」、「資料年表:丸木位里」、
17  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:中川秋一」
18   ヒロシマ遺文への投稿=「安田リヨウ」、「資料年表:福井芳郎」
19 [日]  ヒロシマ遺文への投稿=「及川儀右衛門」、「資料年表:及川儀右衛門」
20   ヒロシマ遺文への投稿=「山下義宣」
21
22   ヒロシマ遺文への投稿=「中塚明」
23 [勤労感謝の日]   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:中塚明」
23   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:中塚明」
24   ヒロシマ遺文への投稿=「徳田 球一」、「栗栖洋」、「資料年表:栗栖洋」
25   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:神田三亀男」
26 [日]   ヒロシマ遺文への投稿=「『日本共産党の100年1922-2022』目次(概要)」
27
28
29   ヒロシマ遺文への投稿=「池田大作」
30   ヒロシマ遺文への投稿=「私の見た『創価の世界』」

止

2023年10月(日録)

2023年10月(日録)

日 できごと
01  [日] 桜ヶ丘実家の整理。
02 母屋北側書庫の本の大部分を暁書庫に移動。
03 母屋北側書庫の残りの本の大部分を書庫に移動。
04 母屋北側書庫の本の配置換え。
05 母屋北側の本・その他を暁書庫に移動。
06 広島より二人来宅。「まどうてくれ」の録音テープ、資料調査通信などを持ち帰る。
07 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:吉田治平」、「原爆放射能医学研究所沿革(抄)」
08  [日] ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:村上経行」、「広島のねがいを国政へ 活躍する、村上経行さん」、「平和に生きる(村上経行後援会」。
09 桜ヶ丘の母屋北側の書庫にある本の移動。
10 桜ヶ丘の母屋北側の書庫にある本の移動。
11 桜ヶ丘の母屋の遺品の移動。一応終了。
12 桜ヶ丘へ。中国電力ネットワークの車。電線とメーターを撤去。
12 桜ヶ丘へ。遺品整理人(3人)と会う。農機具・自転車・肥料など母屋から私の倉庫の畑に移動。
13 桜ヶ丘へ。コンクリートブロックなど母屋から私の倉庫の畑に移動。
14 桜ヶ丘の書庫で見つけたMOドライバーで過去のデータの閲覧。
15  [日] 桜ヶ丘へ。コンクリートブロックなど母屋から私の倉庫の畑に移動。焼山・高尾神社の秋祭り。見学する気力なし。
16 ヒロシマ遺文への投稿=「財団法人放射線影響研究所年報に見る放影研の「国際化」」、「原子爆弾後障害研究会で取り上げられた海外のヒバクシャ」。
17 桜ヶ丘へ。倉庫の畑に移動したコンクリートブロックの整理。
17 ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマあの時、原爆投下は止められた いま、明らかになる悲劇の真実」
18 桜ヶ丘へ。芋堀。午後、倉庫・南側の境界をコンクリートブロックで整理。
19 ヒロシマ遺文への投稿=「総評20年史02編 総評結成にいたるまで(1948-49年)」、「総評20年史03編 総評の発足と発展(1949-51年)」
20 K、広島より雨の中直接桜が丘の倉庫へ。藤居平一テープ起こし資料を持ち帰る。
21 桜ヶ丘へ。畑の柿と梅の枝の剪定、草抜き。
22  [日] ヒロシマ遺文への投稿=「総評20年史07編 「大」安保・三池闘争(1959-61年)」、「総評20年史08編 労働戦線の流動化(1961-63年)」
23 桜ヶ丘へ。畑北側に桜の枯葉(政畝公園)のためのコーナーを造る。
23 ヒロシマ遺文への投稿=「総評20年史09編 険悪な情勢下、春闘の前進(1963-64年)」、「総評20年史10編 日韓条約、ベトナム反戦闘争(1965-67年)」、「総評20年史11編 闘争局面の拡大と深化(1967-69年)」、「総評20年史12編 70年安保闘争(1969-70年)」
24 焼山木村眼科。一応完治。来院不要とのこと。
25 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:河合護郎」
26  ヒロシマ遺文への投稿=「2023年10月(日録)」、「瀬長亀次郎」、「資料年表:瀬長亀次郎」、「資料年表:大牟田稔」、
27  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:犬丸義一」
28  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:今堀誠二」
29   [日] ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:荒井信一」
30  ヒロシマ遺文への投稿=「松尾雅嗣」
31  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:松尾雅嗣」、「2023年11月(日録)」

止

2023年9月(日録)

2023年9月(日録)

日 できごと
01 ヒロシマ遺文への投稿=「2023年9月(日録)」、「上栗頼登」、「資料年表:孫振斗」。
02  ヒロシマ遺文への投稿=「林重男」、「資料年表:林重男」。
03  [日] 豊栄<わが家の相棒の実家>へ。新米とブドウ。
03 ヒロシマ遺文への投稿=「門秀一」、「資料年表:平岡敬」
04  ヒロシマ遺文への投稿=「尚志百年」
05  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:尾津訓三」、「資料年表:サイド・オマール」
06  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:堀田善衛」
07  ヒロシマ遺文への投稿=「岩佐幹三」、「資料年表:岩佐幹三」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「」、「資料年表:大山広司」、「」
09  ヒロシマ遺文への投稿=ヒロシマ遺文への投稿=「」。
10   [日]ヒロシマ遺文への投稿=「」。
11   ヒロシマ遺文への投稿=「」、「」。
11 ネットのルーターが故障。ルーターを購入。
12  ネットの新ルーター<BUFFLO Wi-Fi6 2401+800>を設定。
13  新ルーター<BUFFLO Wi-Fi6 2401+800>を使いこなせず。
14 新ルーター<BUFFLO>経由でのプリンター(CanonTS8430)での印刷設定にてこずったが完了。
15   ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:土門拳」、「資料年表:秋信利彦」。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「好村冨士彦」、「資料年表:好村冨士彦」、「考えるとは乗り越えることである 好村冨士彦遺稿・追悼集」
17   [日] ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:升川貴志栄」、「資料年表:佐久間澄」、
18  ヒロシマ遺文への投稿=「広島市爆撃ニ関スル報告(三村剛昴・佐久間澄・上野義夫)」、「資料年表:谷本清」
19 中国新聞連載「ヒロシマの空白 中国新聞とプレスコード」 開始。(担当:薮井和夫客員特別編集委員)。
20  ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしまの河(原水爆禁止広島母の会機関誌)」、「ひろしまの河 NO.01(1961年6月15日)」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「ひろしまの河 NO.02(1961年8月1日)」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:久保山愛吉」、「バーチェット、ウィルフレッド」、「資料年表:バーチェット」
23    [秋分の日]  ヒロシマ遺文への投稿=「中本たか子」、「資料年表:中本たか子」、「広島へ…そしてヒロシマへ 私の戦後平和運動史」。
24   [日] 公園の掃除。集めた枯葉を桜が丘へ運ぶ。
25  ヒロシマ遺文への投稿=ヒロシマ遺文への投稿=「広島県立音戸高等学校の日々(抄)1969年10月1日~」、「広島県立音戸高等学校第21回卒業証書授与式」。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「第31回おんど会 2003年2月8日」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「いとこ会」。
28  ヒロシマ遺文への投稿=「ヤスの旅一覧(国内)」。
29  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:藤居平一」。
30  桜ヶ丘実家の整理。

止

2023年8月(日録)

2023年8月(日録)

日 できごと
01 ヒロシマ遺文への投稿=「日本の原子力問題」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「平和な未来を!映画「はだしのゲン」感想文集」
03  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆供養塔納骨名簿(呉市昭和支所掲示)」
04  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:粟屋仙吉」、「池田勇人」
05  広島女学院大学出講「平和学特別演習ヒロシマ」
 ヒロシマ遺文への投稿=「キリスト教主義大学ジョイント8・6平和学習プログラム」
06  ヒロシマ遺文への投稿=「社説20230806」
07  ヒロシマ遺文への投稿=「岩波講座 教育」
08  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:明田弘司」
09  ヒロシマ遺文への投稿=「小林文男」、「中国往還―現代史の視点」
10  ヒロシマ遺文への投稿=「丸山真男」、「俳優・丸山定夫の世界」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:田辺耕一郎」、「丸山眞男と広島─政治思想史家の被爆体験─」
12 墓参:五日市・柳井墓地10:00―円福寺11:00帰宅。
12  ヒロシマ遺文への投稿=「奥久登先生 思い出の記」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「沖原豊」、「悟道入りの野人 奥久登」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「御幸教会五十年史 改りのあゆみ五十年」、「熊田秀雄」、「日本よ国家たれ 核の選択」、「その日の広島 キリスト者の原爆体験」、「社史に見る太平洋戦争」
15   ヒロシマ遺文への投稿=「ヒロシマ・ノート」、「原水爆禁止運動(潮新書)」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「平和を実現する力―長女の死をめぐる被爆牧師一家の証言」、「ふるさと文学館 第40巻 広島」、
17  ヒロシマ遺文への投稿=「集中講義「ヒロシマと平和」(2019~2023)」
18  ヒロシマ遺文への投稿=財団法人ヒロシマ・ピース・センター「」、「」
19  ヒロシマ遺文への投稿=「中西巌」、「あしあと〈動員学徒援護会〉」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「動員学徒「慟哭の証言」」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「松前重義(逓信院総裁)褒状」、「わが戦いの日々 ―被爆四十周年記念」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「『わが昭和史(松前重義)』への宇吹コメント」、「資料年表:松前重義」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「広島女学院平和祈念式(被爆55〈西暦2000〉年8月6日~被爆65年)」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:近藤幸四郎」
25  ヒロシマ遺文への投稿=「原爆死没者追悼式(広島県動員学徒等犠牲者の会)第63回(2019年~)」
26  ヒロシマ遺文への投稿=「御園生圭輔」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「動員学徒死没者慰霊式典(2015年)」
28   ヒロシマ遺文への投稿=「山内敕靖」、「追憶 山内敕靖」
29   ヒロシマ遺文への投稿=「校長の記録」
30   ヒロシマ遺文への投稿=「広島県史-現代(通史Ⅶ)」、「資料年表:森田俊男」
31   ヒロシマ遺文への投稿=「原爆死没者慰霊式典(2023年)」

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2023年7月(日録)

2023年7月(日録)

日 できごと
01 ヒロシマ遺文への投稿=ヒロシマ遺文への投稿=「稲賀敬二」、「ヤスの自分史1」。
02  ヒロシマ遺文への投稿=「ヤスの自分史2」、「ヤスの自分史3:看護婦見習時代」、「ヤスの自分史4:結婚と出産」。
03  ヒロシマ遺文への投稿=「ヤスの自分史5:夫・静男の出征」、「ヤスの自分史6:闇値と宇品署への出頭」、「ヤスの自分史7:子どもの疎開」、「ヤスの自分史8:配給と防空演習」、「ヤスの自分史9:空襲下の生活」、「ヤスの自分史10:原爆・終戦」。
04  ヒロシマ遺文への投稿=「山口仙二」、「115,500㎡の皮膚 被爆43年の自分史」、「灼かれてもなお 山口仙二聞書」
05  ヒロシマ遺文への投稿=「核時代 昨日・今日・明日 リレーインタビュー米の18人」「ヒロシマに、なぜ 海外よりのまなざし」、「朝永振一郎」。
06  ヒロシマ遺文への投稿=「長崎五郎を偲ぶ」、「田中好一」。
07  ヒロシマ遺文への投稿=「沼田鈴子」、「被爆アオギリと生きる 語り部・沼田鈴子の伝言」。
08  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:小倉馨」、「末宗明登」、「東雲同窓会母校創立百年記念史」。
09  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:山崎与三郎」、「資料年表:ロベルト・ユンク」、「沼田鈴子と白梅女子短大学教養科平賀ゼミ(近現代史)」
10  ヒロシマ遺文への投稿=ヒロシマ遺文への投稿=「田中隆荘」、「灰墟の光 甦えるヒロシマ」
11  ヒロシマ遺文への投稿=「竹前栄治」、「DDT革命」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「坪田正夫」、「北西英子」、「宇吹メモの中のナガサキ(1985・86)」
13  ヒロシマ遺文への投稿=「林茂夫」、「資料年表:日野原重明」。
14  ヒロシマ遺文への投稿=「大木惇夫」。
15  ヒロシマ遺文への投稿=「岡本三夫」、「資料年表:志水清」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「今中次麿 生涯と回想」
17 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:増岡敏和」。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:山下義信」、「桧垣益人」。
19  ヒロシマ遺文への投稿=ヒロシマ遺文への投稿=「中国新聞報道に見るコロナ禍への原水禁大会の対応」
20  ヒロシマ遺文への投稿=「被爆75・76・78周年原水爆禁止世界大会」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:小寺初世子」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「中国地方総監府誌-原爆被災記録」、「資料年表:大佐古一郎」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「阿川弘之」、「京都大学原子爆弾災害綜合研究調査班遭難 「記念碑建立・慰霊の集い」のあゆみ」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「李鍝」
25  ヒロシマ遺文への投稿=「年表:韓国・朝鮮人原爆犠牲者慰霊碑」
26  ヒロシマ遺文への投稿=「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」、「資料年表:韓国人原爆犠牲者慰霊碑」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「田沼肇」
28  ヒロシマ遺文への投稿=「忘れじのヒロシマわが悼みうた 栗原貞子詩集」
29  ヒロシマ遺文への投稿=「増本量」
30  ヒロシマ遺文への投稿=「岩波講座現代思想」、「2023年8月(日録)」
31  ヒロシマ遺文への投稿=「清水幾太郎 」

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2023年6月(日録)

2023年6月(日録)

日 できごと
01  ヒロシマ遺文への投稿=「同胞援護会広島県支部」
02  ヒロシマ遺文への投稿=「嘉屋文子」、「小島丈兒」
03   ヒロシマ遺文への投稿=「佐藤栄作」、「小島丈兒先生追悼文集」
04  【日曜日】 ヒロシマ遺文への投稿=「加藤陽三」
05   ヒロシマ遺文への投稿=「松元寛」、「ヒロシマという思想―「死なないために」ではなく「生きるために」」、「広島長崎修学旅行案内 原爆の跡をたずねる 新版」、「松井康浩」「原爆裁判 核兵器廃絶と被爆者援護の法理」。
06 ヒロシマ遺文への投稿=「第8回先人を語る会配布資料(抄)」
07  ヒロシマ遺文への投稿=、「大内五良」、「日本郷友連盟広島県支部」、「谷川和穂」。
08  ヒロシマ遺文への投稿=「小倉豊文」、「湯崎稔:経歴と研究業績」、「時代を先取りした作家梶山季之をいま見直す」。
09  ヒロシマ遺文への投稿=「小山祐士」、「湯崎稔」、
10  ヒロシマ遺文への投稿=「河村盛明」、「沢近宏」、
11  【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「南京・広島・アウシュヴィッツ」、「2023広島県母親大会」
12  ヒロシマ遺文への投稿=「郭沫若」、「大村英幸」、「名越操」、
13  ヒロシマ遺文への投稿=「河瀬正利」、「正田篠枝」、「さんげ 原爆歌人正田篠枝の愛と孤独」、「荒木武追想録-ヒロシマの心を世界へ燈々無盡」
14  ヒロシマ遺文への投稿=「荒木武」
15  ヒロシマ遺文への投稿=「私の決意 広島市長選出馬にあたって」
16  ヒロシマ遺文への投稿=「ジュノーは「ヒロシマの恩人」か?」、「資料年表:マルセル・ジュノー」、「資料年表:金井利博」
17  ヒロシマ遺文への投稿=「江口保」、「碑に誓う 中学生のヒロシマ修学旅行」、「山崎寛治」
18  【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「加藤剛」、「岡ヨシエ」、「炎のなかに 原爆で逝った級友の25回忌によせて」、
19  ヒロシマ遺文への投稿=「ウィリアム・シャール」、「石井金一郎」、「資料年表:石井金一郎」、
20  ヒロシマ遺文への投稿=「戦後日本の国家権力」、「河村虎太郎」、「医療と信仰 河村虎太郎遺稿集」、「資料年表:市岡正憲」
21  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:原田東岷」、「亀井正夫」
22  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:井出三千男」、「熊平源蔵伝 人とその事業」、「熊平源蔵追想録」
23  ヒロシマ遺文への投稿=「『ながれ』の中の桧山袖四郎 」、「桧山袖四郎―広島県政に賭けた生と死」、「佐々木久子」、「わたしの放浪記」、「宮沢喜一」
24  ヒロシマ遺文への投稿=「医界風土記 中国・四国篇」
25  【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「三一書房発行図書」、「資料年表:宇都宮徳馬」
26  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:加納竜一」、「宇都宮徳馬」
27  ヒロシマ遺文への投稿=「中野清一」
28  ヒロシマ遺文への投稿=「仲間とともに-中野清一教授広島大学御退官記念論集」、「広島・原爆災害の爪跡」
29  ヒロシマ遺文への投稿=「古浦千穂子」、「杉本春生」、「資料年表:木村功」
30  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:大原三八雄」

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2023年5月(日録)

2023年5月(日録)

日 できごと
01 メーデー
連合広島:広島県中央メーデー:4月29日、会場:JMSアステールプラザ(広島市中区)。
広島県中央メーデー集会:参加者約400人(『赤旗』)。
第94回呉地区メーデー:堺川野外音楽堂。
 01  ヒロシマ遺文への投稿=「高橋和巳」。歩数:7230歩
02  ヒロシマ遺文への投稿=「渡辺忠雄」。歩数:?歩
03 桜が丘へ。倉庫1階の新聞原紙資料約20ケースを2階に移動。
03  ヒロシマ遺文への投稿=「砂原格」、「故議員砂原格君に対する追悼演説」、「碓井静照」。歩数:1万0454歩。
04  桜が丘へ。倉庫1階の世界遺産関係資料を2階に移動。
04 ヒロシマ遺文への投稿=「消えた十字架」。歩数:1万0536歩。
05  桜が丘へ。倉庫1階の世界遺産関係資料を2階に移動。
05 午後2時42分ごろから石川県能登地方を震源とする地震。震度6強と5強を観測。**にLINEで見舞い。
05 ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:菊池武彦」。歩数:1万3311歩。
06 一日雨。時折激しい雨。
06  ヒロシマ遺文への投稿=「今川卓治」、「放射線被曝の歴史」。歩数:3191歩。
07 【日曜日】一日雨。
07 ヒロシマ遺文への投稿=「三沢大集会に万余の人々結集」、「反核燃の日全国集会」。
08  ヒロシマ遺文への投稿=「編年資料:梶山季之」、「別冊 新評 梶山季之の世界 <追悼特集号>」。歩数:1万270歩。
09  ヒロシマ遺文への投稿=「草野信男」、「島薫あれもこれも」、「島薫」。歩数:1万270歩。
10  ヒロシマ遺文への投稿=「小松茂美」、「平家納経の世界」。歩数:7082歩。
11  広島空港―JAL252便―09:00羽田空港10:10―JAL143便―11:25青森空港―バス
11 龍飛崎展望台、津軽海峡冬景色歌謡碑、階段国道
11  ホテル竜飛(東津軽郡外ヶ浜町字三厩龍浜)<泊>
12  高山稲荷神社(つがる市牛潟町鷲野沢)
12 蟹田港(東津軽郡外ヶ浜町字蟹田)―むつ湾フェリー(約1時間)―脇野沢港<むつ市脇野沢本村>―恐山・菩提寺・宇曽利山湖(日本3大霊場の一つ)
12 むつ斗南温泉・むつグランドホテル<むつ市大字田名部字下道4><泊>
13  道の駅よこはま「菜の花プラザ」―JR陸奥横浜駅―はまなすベイスライン(むつ湾を望む本州最北のローカル線、自由席、乗車時間約20分)―JR野辺地駅(のへじ)―ホタテ広場(東津軽郡平内町大字土屋字鍵懸)―ねぶたの家 ワ・ラッセ<青森市文化観光交流施設>
13 青森空港17:40―JAL148便―19:00羽田空港19:50―JAL267便―20:20広島空港
14 【日曜日】一日雨。自宅で旅行の片づけ。
15  ヒロシマ遺文への投稿=「炎の墓標 被爆体験記」、「佐藤月二」。歩数:5655歩。
16  ヒロシマ遺文への投稿=「大庭みな子」、「女たちの八月十五日」。歩数:8252歩。
17  桜が丘郵便局でG7広島サミット記念切手を購入しようとしたが売切れ。
17  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:新藤兼人」、「小さな窓から」。歩数:6826歩。
18  ヒロシマ遺文への投稿=「岡本直正」、「吉野源三郎」、「戦後アメリカの世界政策と日本」。歩数:6257歩。
19 ~21日 先進7カ国首脳会議(G7サミット)。
20 ヒロシマ遺文への投稿=「わが非暴力 藤井日達自伝」、「母を語る 広島のトップを育てた母」、「続・母を語る 広島のトップを育てた42人の母」。歩数:7230歩。
21 【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:伊藤正子」。歩数:?歩。
22  ヒロシマ遺文への投稿=「山本康夫」、「山本康夫『歌話と随想』」。歩数:7523歩。
23  ヒロシマ遺文への投稿=「村上経行」。歩数:8484歩。
24  **(**新聞)より電話。G7サミットへの感想について。
24  ヒロシマ遺文への投稿=「永井隆」。歩数:7308歩。
25  ヒロシマ遺文への投稿=「月丘夢路」。歩数:7341歩。
26  三鈴書林へ「時代の証言 原子科学者の昭和史」を注文。
26  ヒロシマ遺文への投稿=「伏見康治」、「時代の証言 原子科学者の昭和史」。歩数:6317歩。
27  第6回ワクチン接種。
27 ヒロシマ遺文への投稿=「村井志摩子」。歩数:4163歩。
28 【日曜日】ヒロシマ遺文への投稿=「山本達雄」、「資料年表:山本達雄」。歩数:5378歩。
29  桜丘郵便局へ。三鈴書林(古書店)へ1810円振り込み。
29 ヒロシマ遺文への投稿=「星野村平和の塔」、「東京都港区平和の灯」、「植村環」、「文芸臨時増刊 高橋和巳追悼特集号」、「放送ウーマンの70年」。歩数:3547歩。
30  ヒロシマ遺文への投稿=「資料年表:渡辺正治」、「渡辺正治」、「中井正一」、「資料年表:森戸辰男」。歩数:6421歩。
31  ヒロシマ遺文への投稿=「豊田利幸」。歩数:7411歩。

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国民文化祭

国民文化祭

出典:国民文化祭 | 文化庁 (bunka.go.jp)

*観光、まちづくり、国際交流、福祉、教育、産業その他の各関連分野における施策と有機的に連携しつつ、地域の文化資源等の特色を生かした文化の祭典
*伝統芸能や文学、音楽、美術などの各種芸術、食文化などの生活文化等の活動を全国規模で発表、共演、交流する場を提供
*文化により生み出される様々な価値を文化の継承、発展及び創造に活用し、一層の芸術文化の振興に寄与。
*昭和61(1986)年度の第1回大会から当時の浩宮殿下に御臨席いただいて以来、皇太子殿下になられた後も御臨席
*令和元(2019)年度から天皇皇后両陛下御臨席の下、文化庁、開催都道府県、開催市町村及び文化団体等の共催により開催
*平成29(2017)年度から、障害の有無にかかわることなく国民の参加や鑑賞機会の充実を図るため、「全国障害者芸術・文化祭」と一体的に開催

開催状況<作業中>作業中

回 会場 開催年月日
1 東京都 19861122~1201
2 熊本県 19871002~1011
15 広島県 20001103~1112
37 沖縄県 20221022~1127

 

 

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